「えーっと?あなたは響ちゃん…かな?どうしたの?こんな所で」
「それはこっちのセリフだよ。君はあの人間と一緒にここに来たんだよね?悪いけど私達は君を受け入れるつもりはないよ」
「私”達”?」
明石がそう聞き返すと響はしまったと言わんばかりに口を抑えた。
「……何でもないよ。ここには私一人だけさ」
「ふーん…そう……」
と、明石は軽く流したが、実は明石はこの時既にとある事実に薄々気がついていた。
「それで?君は遠くからわざわざ何しに来たんだい?」
「そうねぇ…私はこの鎮守府の工廠担当兼衛生兵として来たから…」
「君は衛生兵なのかい?」
食い気味に響が尋ねる。
(やっぱり…そういう事なのかな…)
「そうよ!大体の艦娘なら治せちゃうんだから!」
「……なら力を貸してほしい、だめかな?」
「もちろん!私はその為にここに来たんだから!」
口調こそ冷静だが、響は希望を見つけたかのように目を輝かせている。
「こっちだよ。なるべく急いで欲しい」
響は工廠の奥の方にあるハシゴを登り、屋根裏の中に入った。明石もその後を追う。
「ゲホッゲホッ…すっごいほこり…」
もわっと立ち込めるほこりに一瞬怯んだが、次の瞬間目に飛び込んで来た衝撃的な光景にほこりの事なんかどうでもよくなった。
「何よ…これ……」
明石は両手で口を抑えて絶句した。そこにはぐったりと倒れてしまって動かない艦娘が沢山いた。ざっと10人くらいだろうか。明石はその艦娘達に近寄って手を触れる。
「ヒッ…」
明石は目を疑った。触れた手には生温かい血がべっとりと付いていたのだ。それはつまりその艦娘は未だに出血しているという事を意味していた。
(あの本の山の内容がやけに救護に片寄っていたから傷ついた艦娘がいるのかと思ってましたが…まさかここまでとはね…)
そして明石は急いで艦娘達の状態を確認した。
「結構傷が深い…よく今まで持ちこたえられましたね……何にせよ私の処置だけではこの損傷は治せません。早く入渠させないと命が危ないです」
すると響が残念そうな顔をして呟いた。
「入渠は…させられないかな…」
「な、何を言ってるんですか!?このままだとみんな死んじゃいますよ!?」
「そんな事…私が一番わかっている!」
響が叫んだ。その目には絶望の色と冷たい涙が浮かんでいる。
「ここの入渠施設は最悪なんだ!もしあんな水にみんなを入れたら………入れたら…」
響はそれ以上は何も言わなかった。明石はそんな響に対して強気で話しかける。
「泣き言は後!とりあえずここの入渠施設に案内して!早く!」
「わ、わかったよ!こっちだ!」
響は明石の切羽詰まった声に驚きながらも、明石を入渠ドックへ案内した。入渠ドッグまでの距離はそこまで遠くは無かったが、雑草に足を取られてしまう。
「………ここだよ」
「ありがとう!早速入らせてもらうわよ!」
明石は工廠と同じくらいの広さのドックに案内してもらった。扉を壊れんばかりの勢いで開ける。
「ここが…入渠ドック……?」
そこには衛生観念も無いような酷く汚れた入渠ドックの姿があった。もはや入渠ドックとすら呼べないかもしれない。中は全体的に物凄くカビくさいし、垢のような汚れがあちこちにこびりつき、肝心の水は真っ黒に淀んでいて、上には白い泡のような物がびっしりと浮いていた。
(……驚いている暇なんか…ない!)
「響ちゃん!とりあえずこの修復材を全部抜くわ!向こうから順に栓を抜いて!」
明石は考えるより先に体が動いていた。
「無茶だ!いくら入渠ドックだとしても水道から出てくる水はただの水道水なんだ!この修復材を抜いてしまったら…私達はもう入渠すら出来なくなるかもしれない!」
「大丈夫よ!修復材の原液ぐらいなら作れるわ!とにかく今はスピードが大事よ!事態は一刻を争うわ!」
「…………!!」
響は目を見開いて驚いている。今まで作る事すら不可能だと思われていた修復材をあっさり作れると言われてしまったのだ。
「……わかった。君は修復材を作ってくれるかな?」
「了解しました!あ、あと水を抜いたらこれもお願いします!」
明石がそう言うと一人の妖精が大きなモップを持ってきた。
「そのモップは私と妖精さんが開発した特殊モップです!ひと拭きで大体の菌は死滅します!多少は残りますが誤差の範囲内なので大丈夫です!今回は時間がないので浴槽の中だけでお願いします!では!」
明石は早口で説明しながら工廠まで走って行った。誰が見ても明らかな焦りが出ている。
(彼女は…こんな私達の事を全力で助けようとしてくれているのかな…)
その後響は黒ずんだ修復材を全部抜き、浴槽を次々と掃除していった。
(これはいいな…本当にひと拭きで汚れが落ちていく…)
響に渡されたモップは想像以上に綺麗に浴槽の汚れを落としている。最後の浴槽を掃除していると、明石が耳にペンを挟みながら息を切らして戻ってきた。その両手には濃い緑色の液体の入ったペットボトルが7〜8本握られている。
「ハァ…ハァ…で…出来ました…!多分…これで全員分…足りると思います…」
「こっちももうそろそろ終わるよ」
「じゃあ…私は…お湯を張っていきますね…」
響が最後の浴槽の掃除を終えた後、明石はそこにお湯を張って響と工廠に戻った。
「響ちゃん!みんなをドックまで運びますよ!」
そう言って明石はリュックから担架を取り出すと、響と一緒に屋根裏から素早く艦娘達を運び出した。暗くてあまりよくわからなかった部分まで、陽の光を浴びてはっきりと見えてしまう。
(これは……酷すぎる……傷が深いのはわかってたけどこれ程までなんて…)
痣、火傷、切り傷、打撲など、数えれば切りのない程の種類の傷を負っていた艦娘達は1時間くらいかけて全員入渠ドックの中に運び込まれた。
「それじゃ、響ちゃんは向こうからこの原液を入れてくれる?一つの浴槽につき2本分くらいね」
「わかったよ」
二人は浴槽に原液を入れ始めた。辺りに薬草のいいにおいが立ち込める。透明だったお湯がみるみるうちに黄緑色になっていく。
「よし!そろそろみんなを入れるよ!顔はまだ浸けちゃ駄目だからね!溺れちゃうから!」
二人は一人づつ丁寧に修復材の中に傷ついた艦娘達を入れた。明石の作った修復材は物凄い効き目のようで、みるみるうちに傷が治っていく。それからしばらくすると徐々に艦娘達の意識が戻り始めた。
「う…ん……?ここは……?」
「私達…生きているの……?」
「暁!!!雷!!!」
二人の艦娘の意識が戻った途端に響が側に駆け寄って二人に抱きついた。
「よかった………二人共……生きていてくれて……本当に……よかった……グスッ」
「もう!響ったら大袈裟なんだから!でも……ありがとう」
「もっとお姉ちゃんらしく扱ってよね……ううっ…会いたかったよぉ……」
三人は抱き合ったままずっと泣いていた。その涙はさっきまでの冷たい涙ではなく、温かい涙が浮かんでいた。他の艦娘達もどうやら姉妹艦だったらしく、みんな抱き合って泣いていた。
(やれやれ…一時はどうなる事かと思いましたよ…)
明石も安堵した表情で艦娘達を眺めていた。すると暁と雷と響が近寄って来た。
「あなたが私達を助けてくれたのね!心から感謝するわ!」
「ありがとう……お礼はちゃんと言えるし…」
「本当にありがとう。君は私達の命の恩人だな」
「いえいえ!私もあなた達を助ける事が出来て本当によかったです!ちゃんと肩まで浸かるのよ?」
『はい!』
三人は再び浴槽に戻り、話し始めた。それは雑談などではなく、何かを相談をしているように見える。
「みなさーん!ちゃんと傷を全部治すまでお湯に浸かってて下さいねー!」
『はーい!』
元気のいい艦娘達の返事を聞いた明石は提督に今回の出来事を報告すべく、執務室に向かった。
はい九話目が終わりました!響の一人称はいろいろ探してみたんですけど結局わからなかったのでとりあえず一番違和感のなさそうな”私”を採用しています!次はいよいよ十話ですね!よかったら感想と評価もお願いします!ではまた次回で会いましょう!
続き
-
見たい
-
別にいい