俺のサーガはセカンド・シーズンから始まるようだ 作:魔女太郎
剣を手にして魔法を口にし化物を斬り伏せて仲間と共に凱旋する。ははは、なんて無敵で素敵で刺激的。そんな中でふと思う。
今日は、月曜日、学校だ。
するとさっきまでいた夢の世界は唐突に終わりを告げて、俺は横になって微睡んでいることを自覚する。そう、ここは現実。剣も魔法も化物もエグい服着た可愛い仲間もいやしない。
早く起きて顔洗って、歯を磨いて、着替えて、朝食作って……ああ、やることなすこと盛りだくさん。
けれど、眠気というものはそういったものにすら勝ってしまう禁忌の感覚。遅刻してしまうという恐怖よりも、枕とベッドに身体を預ける快感のが優先。そうして、どこかに浮かんでいくような、沈むような感覚を目の奥で感じ始めると、耳元で目覚ましがけたたましく鳴り響き、俺の安息を邪魔する。
「起きてくださーい! 寝坊しちゃいますよ!」
それにしてもうるさい目覚ましである、心なしか意志があるようであるが、いやまさか、寝ぼけているのだろう。しかし、これ止まないな、スイッチはどこだ。
「ぎゃははは! ちょっとどこ触ってるんですかミナトさん!」
この目覚まし、体温があるし、人型だ、というか息もしてるし、動いている。手のひらに感じる感触が急に気味悪さをともない、背中を鳥肌として駆け巡る。これはなんだ、どこだここは、それは眠気を吹き飛ばし、俺に意識の覚醒を驚異的な速度で促す。
「うおう!」
「ぎゃひ!」
思わず掴んでた
ぞっとする。椅子とテーブル、木目の目立つあんな家具が、俺の部屋にあっただろうか。
部屋を見回せば、なるほど家具と親和した木造は癒やしを与えてくれるだろう。俺の住んでたマンションは、鉄筋コンクリートのはずで、エアコンもない不便きわまりそうなところじゃなかった。
スプリングも対して効いていないベッド、布団はうすっぺらく、枕は余計に肩と首を疲れさせそうなデザイン、寝間着だって寝汗を効率的に吸収してくれるのか疑いたくなる生地。先程までこれで微睡んでいたなんて。そのまま横に目を向ければ……鞘、に入った剣であろう。こんなもの当然持っている覚えはないし、そもそも日本じゃ捕まるんじゃ。
そういった俺の混乱と疑問の応酬の中、目を背けてたそれが喋りだす。
「ミナトさん、いくらなんでも酷いじゃないですか! でもあんなところ触られちゃうなんて、ベルのことそんなに求めているんですかぁ~、恥ずかしいですねぇ~」
ふわふわと、薄桃色の羽と髪を揺らめかせて浮かぶ、小さな小さな女の子。精巧なフィギュア・ドローン、いやまさか、そう多分これは。
「……妖精?」
「そうですよ、妖精のベルです……まだ寝ぼけてるんですか?」
愛らしく小首をかしげる
「夢なら覚めてくれって、思っているところ」
なぜか俺の名前、
俺は、どうやら異世界に転移したのだと。
さて、普通ならば、これから楽しい異世界冒険譚が始まるのだろう。いや、異世界に転移してるなんて非日常に普通もなにもないのだけれど。お約束・様式美・テンプレート、そういったものに乗っ取るのならば。
しかし、俺の場合は少々事情が違うようで、先の文言に合わせるならば、
「俺が異世界に転移してきたのは一年前?」
「そうですよ、ベルと出会ったのはその少しあとですけど。ミナトさんは、この一年間みんなと戦って、ついに黒幕を倒したばっかりじゃないですか」
「いや、俺は昨日寝て、目が覚めたらここに居た……って感じなんだけど」
「変なこと言いますねミナトさんったら、パラリラポイッ!」
ベル、妖精が急に宙を反転すると、ボワンと煙とともにいつの間にか手鏡を持って……いや、抱いている。
「それ、魔法?」
「いやですね、これは
ふらふらと手鏡の重さに落ちそうになっているのを「ごめん」と慌てて持ち、覗き込む。
「ほら、ミナトさんはミナトさんでしょ」
違う。いや、俺自身であることには違いないのだろうが、差異がある、全体的に引き締まっているし、目尻に力があるし、髪型も。少しづつ違う、俗な言い方をすれば。
「格好良くなってる……?」
「え、ベルとしても少し引いちゃう系ですよその発言」
無視。なるほど、しばらくの間、真剣な顔つきと運動をする機会が多ければ、こんな風になるのだろう、俺は。写真で取れば同一人物の判定になるだろうし、免許証だって通る、僅かな違い。
「一年分、進行しているんだ」
「あの、本当に大丈夫ですかミナトさん? 幻覚魔法とか掛かっちゃいました?」
「ベル……さん、って言ってたのかな俺は」
「いえ、ミナトさんはベルのことベルって、というか名前をつけたのがミナトさんじゃ」
「ごめん、覚えてないんだ」
「え」
「どうやら、丸々一年分、記憶失くしちゃったみたい」
小さくても妖精の声は、特に驚く声はうるさい。
異世界に来て、初めて、いや、覚えていない何度目かに学んだことだった。