俺のサーガはセカンド・シーズンから始まるようだ   作:魔女太郎

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第七話「驚異の胸囲」

「ようっ、やく……捕まえたぞ、ベル!」

「きゃあ〜、ベル捕まっちゃいましたぁ〜」

 

 俺の右手でいやんいやん、わちゃわちゃと騒ぐベル。

 クリアしたという実感に、昂ぶっていた気持ちが徐々に落ち着いていく。

 長かった、所詮追いかけっこなどと舐めていた俺をブン殴りたい気分……にもならない。もう体力も精神的にも限界。

 俺がとんでもない肉体を有しているのと同じように、ベルの速さは尋常ではなかった。

 妖精といえばふわりふわりと浮かんでいるイメージ、いや、事実ベルはそうして俺の周りを飛んでいるので、見失うのは森の中に入ってから……なんて考えていたら、一瞬で目の前から消えているのだ。

 慌てて辺りを見回してもどこにもいない、がさがさと木々をかき分ける音が微かに聞こえるので森かと突っ込み、どうにか捕捉。

 木々の合間を縫っていくベルに追いつくためには不安定な足場と、手を繋いだセレメアも考慮しなくてはならない。

 初めは思わず振り回してしまったり、転けてしまったり、力強く握りしめてしまったりと迷惑をかける事があったのだが、その都度セレメアは、なんてことはなく着地、本人は一回転して転けないまま俺だけ地面に、赤面した程度でノーダメージ。と、超人ぶりを発揮してくれた。

 そうしてどうにか、速度や移動の際の重心バランスなどを身につけると、次の問題。

 ベルの通るルートが縦横無尽なのは当然として、いざ捕まえようとするとその手足を使って反撃してくるのだからたまらない。しかも普通に痛いし。

 つまりこれは素早く反撃を避ける、あるいは防御するという行動、時にはフェイントも織り交ぜないといけない。当然、これは右手一本だけで。

 困難なんていうものではない、おまけにこうした考えを追いかけながらしないといけないのだから。

 いや、最終的にはそういうのを無意識でできるようになるというのが目標なのだ、と、トライアンドエラーを繰り返し、ようやく。

 初の確保と至ったわけ、なのだが。

 

「じゃ、初確保に至った時間だけど……三日目ね」

「あ、あそこに門がありますよ、街のすぐそばですね! ほらほらミナトさん起きて起きて」

「寝かせてくれ……」

「こんな街の真ん前で寝てたら笑われるわ、ほら起きなさい」

「いっそ気絶させてくれ、なんで日を追うごとに目だけはらんらんと輝くんだ」

「戦闘状態でそうやすやす気を抜けないようになってるのよ、あんたの身体は」

 

 俺は、てかげんを、おぼえた!

 さて、何枚かの書類に必要事項の記入と、タグを見せてようやく街へ入る。

 先程の書類によれば、ここは「ジャナー」。

 門の周辺は、商人の馬車に、同じように移動してきた人、それを目的とした商売などごった返している。

 

「賑わいがすごいな、流石に新宿や渋谷ってわけじゃないけど」

 

 見れば、獣の耳を付けた人や、鱗のようなものを持っている人もチラホラと見える。

 

「ジャナーは牙族(ナガン)鱗族(ドラド)が多いのよね、昔大きな集落が近くにあってその中間地点に位置するかららしいけど」

「セレメア、その牙族(ナガン)鱗族(ドラド)っていうのは」

「ああ、人種のことよ。翻訳が自然過ぎて説明してなかったわ。ちなみに私は血族(ペムト)

「ね、寝不足の脳には入ってこないな」

「また後で教えてあげるわ、それよりクルクスだけど」

「居場所はわかるのか?」

「ええ、別れたときに自宅まで行ったからね」

「ベルも覚えてますよ、さあ行きましょー」

「ま、まさか街中でも追っかけっこ……」

「するわけないでしょ、壊れちゃうわ」

「そうだよな、じゃあ手も放したほうが」

「いえ、それは壊す必要もないんだし、むしろはぐれたら困るからやっておいた方がいいわ、絶対そうよ、うん」

 

 人混みを避けるのがやたらスムーズになっていたのは、思わぬ修行の副産物だった。

 さて、そして問題もなく、件のクルクスと出会うことになったのだが。

 

「あら、それじゃあミナトくんは私のこと覚えてないの?」

 

 クルクスさん、彼女を前に、俺は以前の発言を思い返す。

 俺は「目移りなんてしないよ」と、セレメアに言ったはずだ。

 勿論、心変わりしたとか、そういう話ではない。そもそも記憶が戻っていないような、こんな不確かな状態で、色恋ができるほど俺は器用じゃないし。

 けれど、けれど、言い訳できない。これは、目移りしてしまう、というか目を奪われしまう。

 クルクスさんは綺麗だ、大人のお姉さんというべきか、紺色の髪で片目を隠し、流し目でこちらをじぃっと見つめる。

 いや、その美貌は俺の心を奪う価値があるだろう、元の世界なら一躍人気でスーパースター。しかし、そうじゃない。

 問題はその服装だ、白衣を羽織っているのは理解できる。けれど、その下は包帯包帯包帯、ぐるぐる巻にしてまるでミイラのように首から下を包帯で隠しているのだ。

 そして、そのために、身体のラインがはっきりと見えてしまう。

 その抜群のプロポーション、神秘的な母性の象徴、そう、胸が!

 手を握っただけで喜んでいるような俺にはあまりにも刺激が強すぎる。

 

「ええ、覚えていたら忘れません……」

「ちょっと混乱しているみたい」

 

 ぼうっとしてしまった俺は失礼だぞ。と、慌てて視線を逸らす。

 するとセレメアが口を開き。

 

「ね、ミナトがあんたの胸から視線逸らすなんて、考えられないでしょ」

「確かに記憶がないみたいね」

「バレてる!? というよりも俺はそんな非紳士的だったのか?」

「駄目ですようミナトさん、女の子は視線に敏感なんですから」

「はい、ごめんなさい……」

「いいのよ、裸見せあったことあるくらいだもの。じゃあ、改めて自己紹介」

 

 なにやらとんでもない爆弾発言が聞こえた気がするが、ともかく。

 

「私の名前はクルクス・アッカ。あなたのギルド『超越の勇士』に所属しているSランク冒険者であり、錬金呪術師よ」

「ええと、はじめまして」

「はい、はじめまして。ちなみに記憶を失う前のあなたとは、恋人だったわ」

「え!?」

「うふふ、冗」

「じゃあ二股ってことですか!?」

「あら」

 

 クルクスさんがなぜかセレメアの方へと視線を投げ、目を細めると。

 

「冗談よ、ミナトくんの恋人はセレメアちゃんだもんね」

「そうですよね! なんだ、冗談ですか……」

「ええ、私はミナトくんの恋人じゃなくて、お姉ちゃんよ」

「ええ!? より衝撃的なんですが」

「ちょ、ちょっとそれはいくらなんでも無茶苦茶よクルクス!」

「あら、無茶でも嘘でもないわよ。私はミナトくんと同じ師に錬金術を習っていた、姉弟子だもの。同じように学び、同じ釜の飯を食べ、同じ湯船に使ったのよ」

「セレメアさんとミナトさん、三人で洗いっこしましたねぇ」

「そうね、ベルちゃん。ほら、これはもうお姉ちゃんよ。ミナトくん、『セレメアお姉ちゃん』って呼んでみて?」

「いえ、それはいきなりで恥ずかしいというか……」

「一度もそんな風に呼ばせたことなかったわよね!? というかみんなミナトとお風呂入りすぎ!」

「あら、結構影ではお姉ちゃんって呼んで甘えてくれたわよ。そうだ、ミナトくんこっち来なさい、抱きしめてあげる。何か思い出すかもしれないわ」

「させるもんですか! いや、いきなりそんなこと、刺激が強すぎるわよ!」

「あらやだあなた達恋人同士でしょ、まさか手を繋いだことしかないとか、そういうこと? ミナトくん、恋人はよぉく考えて選ばないと駄目よ」

「うるさぁーい!」

 

 言い争いは続き、なにやら一言一言飛び交う度に、俺への俺の知らない俺の恥ずかしさが露見していく。

 耐えきれず天を見上げ、ふと目があったベルが言う。

 

「なんだか、いつも通りって感じです!」

 

 お前は異世界で何をしていたんだ、「ミナト」。


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