俺のサーガはセカンド・シーズンから始まるようだ   作:魔女太郎

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第八話「来るぞ黒幕!」

「ところで、錬金呪術師って、どういう職業なんだ?」

 

 話を切り替えるためでもあるが、気になっていたことを質問する。

 こちらでいう医者のような職業なのだろうか、やや名前の響きが不安だが。

 

「うーん、難しいわね。お姉ちゃんは呪術師かつ錬金術師で……ミナトくんの今直面している問題に関してだけ言えば、民間療法の集合体とでも言えばいいかしら?」

「クルクスは医者としての資格を国からとってるわけじゃないけれど、人体のエキスパートよ。呪術も錬金術も、薬学や医学に通じるとこがあるから」

「ギルドでは、皆の体調管理や健康診断を任されていたの。話を聞く限り、セレメアちゃんの方では何もなかったんでしょう? 誰かの魔法ってわけじゃなさそうね」

「ええ、ありえないわ。だからてっきり呪術の範囲、もしくは怪我か病気かって思ったから、クルクスに頼ろうと思ったの」

「ベルも妖精界に問い合わせましたけど、そういう事例はなかったです」

「……とりあえず、調べてみましょうか。ミナトくん、これからお姉ちゃんの言うことよぉく聞いてね?」

「分かりました」

「もっと砕けてでいいわよ、お姉ちゃんなんだもの」

「ええと、わ、分かった」

 

 恋人に、決闘に、姉と、異世界に来てから妙な関係がどんどん増えていく。

 椅子を取り出してきて座るように促すクルクスさんに従い、診断が始まる。

 主に触診や、光への反応、そして簡単な質問をしてもらい、出た結論は。

 

「セレメアちゃんの言う通り、外傷はない、体も健康そのもの、加えて若ボケってこともなさそうね……ベルちゃん、ミナトくんが記憶を失う前日、眠る前は何も起きなかったのよね?」

「はい、部屋に戻って少しお話ししたり、窓から外を見たりして、とかそれだけですね。すぐに寝ちゃいました」

「ひとまず、大きな病気じゃないってのは安心したわ」

「ということは、呪術ってことか?」

「少し試してみるわ。はい、ミナトくんこの薬草を口に含んでよぉ~く噛んで」

 

 差し出されたのは青々とした葉っぱ、見るからに、そして嗅ぐからに苦々しい。

 

「こ、これを?」

「好き嫌いは駄目ですよ、ミナトさん」

 

 記憶を取り戻すためなのだ、何があろうと従う気はある、が。

 何事にも心の準備というものは必要じゃないか。

 

「ベルがお手伝いしますね!」

「モガガガモガ」

 

 ベルまで口に飛び込んでき、おうぇ。

 

「ほらほら、遊ばない遊ばない」

「ベタベタします~」

「げほっ……それで、これ、何の薬?」

「ああ、ちょっと呪いをかけるための下準備よ」

「ええっ!?」

「ちょっと、クルクス何をやってんのよ!」

「落ち着いて。呪いっていうのは、対象の中に他の人がかけた呪いがすでにあるなら、中で争いあうっていう性質があるの。私がかけるのは、言わば呪い殺しの呪い、対象への効力が弱い代わりに他の呪いを根絶させる力があるわ」

 

 説明を終えるとクルクスさんは立ち上がり、部屋の隅々に設置された香を焚く。

 先程の青々とした臭いがまだ鼻に残っていたはずだが、徐々に甘い匂いへと、頭の中が満たされていく。

 

「なるほど、他の呪いがあれば潰せるから元通りってわけね」

「勿論、相手がより格上なら押し負けることもあるけれど……それでも、誰かの呪術が関係しているってことは分かるでしょ?」

「ちなみに、どういう呪いが発症するの?」

「……()()()()()

 

 目の前で、呪いのためか踊り始めたクルクスさん。

 すらりと伸びたその腕や脚が織りなす妖艶な姿に段々と目が離せなくなっていく。

 

「バリバリの禁忌呪術じゃない!」

「一時的に気分が高揚するだけのものよ、まだギリギリ合法だわ」

「知られてないだけでしょ!」

 

 ああ、なんて美しいんだクルクスさん。

 踊りを見ているうちになんだか楽しくなってきた。

 ふわふわしていい気分だ。

 

「大丈夫ですかミナトさーん」

 

 ふふ、天使ちゃんが舞い降りたと思えばベルじゃないか。

 

「そうですよ、ベルは妖精ですから天使じゃないですよ」

 

 まったく困った子猫ちゃんだ。

 

「だから妖精って言ってるじゃないですか」

 

 うふふ、あはは。

 

「仕方ないでしょ、今のミナトくん対呪術抵抗も知らないんだから。最弱の腹痛呪術程度でも、どうなるか分からないんだもの」

「それにしたって、ああほら、熱に浮かされたような顔になってるわよ!」

 

 いや、まさか、そんなことないよセレメア。

 ただ、ちょっと熱くなってきただけだ。

 思わず髪を掻き上げ、首元を開ける。

 ところで、なんだか君も妙に色っぽくなったような。

 よく、見せてくれないか?

 

「ちょちょちょちょっと乗せられて色っぽくなってんじゃないわよ!」

「あら、こんなに効くのは初めてね」

「クルクス、もしかしてあんたこれ何回かやってるわね」

「……ミナトくん、それじゃあここからまた質問に入るわね」

「誤魔化すな!」

 

 ともかく。

 やや記憶が曖昧だが、呪いによる検査は終わったみたいだ。

 

「結論から言えば、呪術による痕跡はないわね。記憶を封じるなんていうのは私も聞いたことがなかったから、当然といえば当然の結果だけれど」

 

 魔法でも、怪我でも、病気でも、呪術でもない。

 どうやら暗礁に乗り上げてしまったみたいだ。

 

「けど、興味深いことが分かったの。ミナトくんは、本当に記憶がすっぽりと抜けているみたい……思い出せないとか、そういうレベルの話じゃなくて、まるごと持っていかれたみたいに空白だと考えられるわ」

「なんでそんなことが分かるのよ?」

「ミナトくんが昂揚して、曖昧なまま喋った色んな恥ずかしい言葉があるでしょ? あの呪いは、昂揚して矢継ぎ早に色んなことを喋るんだけれど、その語彙の中に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「……なるほど、あんなふわふわした状態にしたのは意味があったのね。確かにいつものミナトなら、『君の美しさはソルアヴァスタの水面よりも輝いて見える』とか言いそうだもの」

「なあ、俺ってもしかして異世界で調子に乗っていたのか?」

「うーん、まあ少し? お姉ちゃんは好きよ、ああいうのも」

「ま、まあ結構似合ってたわよ、時々!」

「すっごいロマンチックでしたよ!」

「ああ、いいや、もう、思い出したら悶絶するんだろうなコレ。って、今の説明だと思い出せないのか、俺」

「ええ、ミナトくんは()()()()()()()()()()。私が判断するにね」

 

 何者かの意思で、俺の記憶は奪われている? けれど。

 

「そんなこと可能なのか? セレメアは魔法でもそんなことは無理だって」

「ええ、けど何事にも例外はあるわ。例えば神様ならそんなことは楽勝でしょうね、もしくはそれこそ魔法や呪術を極めた存在だとか……後は」

「『敵』、ね」

 

 セレメアがぼそりと呟くと、クルクスさんも、ベルも、皆一様に真剣な眼差しになる。

 

「『敵』?」

「私達が、魔王を倒したっていうのはもう言ったわよね。そもそも、魔王なんて復活するはずないのよ、今のこの世の中で」

 

 魔王復活のメカニズムは、この世に漂う最も小さき粒となった魔王が、集まって魔物になり、それを魔物が捕食し、さらに……というのを繰り返すことで一つの肉体へと戻るという。

 かつて俺たちが倒したのはその復活手前だったという話だが。

 確かに、ドラゴンでさえ小指の爪の先の大きさにも満たないというならば、その時点で必ず被害や目撃情報から冒険者が動き殲滅するだろう。そして最も小さき粒に分解されるのを繰り返すはずで……冒険者のシステムがある限り、魔王復活は起こり得ないように思える。

 

「つまり、意図的に魔王の復活を企んだ存在がいた、それが『敵』?」

「ええ、とは言っても『教団』や『王国』……色んなとこに潜んでいたやつらは魔王とともに倒したはずなんだけど」

「けど、かつて他ならぬミナトくんがこう言ってたの。これで終わったとは思えない、って」

「もしかして、ミナトさんの記憶を奪ったのって……魔人ですかね?」

 

 聞いたことのないワードに首を傾げる。魔王、魔物は聞いたけれど……魔人?

 

「魔王の最も小さき粒が集まる内に、やがて人間並いや、それ以上の知性を持ち始める個体がいるの。それが魔人。魔王と同じように、魔法に秀でて、つまり誰もできないような魔法を使える。()()()()()()()()()()、できるかもしれないわ」

「魔王復活を阻止され、その最大の功績者であるミナトくんを狙った。っていうのが私の推測よ、今ほど無防備なミナトくん、いないもの」

「なるほど、聞いてる話を総合すると、俺ってかなりのピンチだよな?」

 

 俺たちが顔を見合わせたそのとき。

 カーンカーンと、大きな鐘を鳴らす音が響く。

 

「これは、街の緊急警報よ」

「ねえ、嫌な予感するんだけれど」

「ベルもです」

「なあ、もしかしてだけど冒険者ってこういう時」

「ええ、Sランクは勿論、脅威を排除する義務があるわ」

 

 鐘の音は鳴り響く。

 記憶喪失と睡眠不足に襲われる俺の脳に。


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