ジャロンダ   作:ムラムリ

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規模を500倍位大きくした続きです。


ジャロンダ2

 森の奥の研究所から家族が帰って来ない、音信不通であるという報せが警察署に届いた頃にはもう、警察署は軍に協力を請う事を考えていた。

 森に入った人達が誰一人として帰って来なくなった事が判明したのも、きっと発生し始めてから数日、一週間程の時間が経っている。

 強力なポケモンを携えた警官が幾人も森へと調査に入って行ったが、それもまた誰一人として帰って来なかった。

 飛行タイプやテレポートを覚えたポケモンを携えた警官でさえもだ。

 繋がっていた無線には、辛うじて「ジャローダ……? デカ過ぎる! 多過ぎる!」と言う叫び声と、後は断末魔、ただそれだけがログとして残っていた。

 警察官のポケモン、しかも荒事に対処する班のその強さは、ジムリーダーに匹敵する程でもあったはずなのに。

 正々堂々としたバトルだけではなく、狡猾な犯罪者にも対応出来るように厳しい訓練を積んだトレーナーとポケモンであったはずなのに。

 あの森の中ではどうしてか、そんなトレーナーとポケモンを鏖殺してしまう程の巨大なジャローダが大量発生しているらしい。

 そして挙句の果てに、一人の観光客、しかもジョウト地方の伝説のポケモンを連れたチャンピオンさえもが森に入った後に行方不明になっていると言う報告が上がって来た。

 

 その森に隣接している都市は広大だ。マンションやビルも立ち並び、数多くの人とポケモンが住んでいる。しかし森で異変が起きているらしいと勘付いた住民達も、大して暮らしに変化は起こさない。

 何か起きているらしいよ、程度で。そして、警察も起きている事が何か途轍もない規模の事柄だと分かっていても、都市に住む人数を一斉に避難させる事など出来やしなかった。そして、流石にそれ程の必要がある出来事だとも思えなかった。

 しかし、都市以上に森は遥かに広大だった。空を飛んでいても、低空であれば鋭い葉で切り刻まれ、蔦で引きずり降ろされて捕食される程に食物に飢えていた、過剰に成長したジャローダ達は、その都市に狙いを定めていた。

 元々、ロイヤルポケモンと呼ばれる程に高貴な振る舞いをするポケモンである為に、知能は高い。それが食欲の為だけに発揮させられる。

 より取り逃しを抑える為に、下水道から忍び込む。そこに住む毒タイプのポケモンは一掃し、また共に住んでいたホームレスやらは食い漁り。そうして数多に都市の地下に忍び込めた所で、地上では下水道の汚い臭いが薄れているというような、前向きな噂が立ち始めた。

 それがジャローダの醸し出す香りの為だと警察が理解した時にはもう手遅れであり、地下鉄の壁をぶち壊し、マンホールから、街の中を流れる川の中から、数多のジャローダが一斉に溢れだした。

 

 ガッ、ギギギギギギギイイイイイッ!!

 唐突に、車輪に何かが絡まり、地下鉄がけたましい音を鳴らしながら止まった。

 立ってスマホを弄っていた人達は吹っ飛ばされる程の勢いで人から壁や柱などにぶつかった。頭から血を流し、気絶する人も少なくなかった。

「な、なんだ?」

 電車が止まり、そして車掌がアナウンスをする前に、車両の窓にギィィッ!! と鋭い切り傷が入った。

 そして顔を出した、空腹に耐えて来たジャローダの口からは、我慢出来ないように涎がだらだらと流れ落ちていた。そして、リーフブレードによって深い傷を付けられたガラスは、人など簡単に飲み込めよう程に太い胴を打ち付けられれば粉々に砕け散った。

「きゃああああああっ!!」

「えっ、えっ。えっ?」

「バ、バオッキー、火炎放射ッ!」

「えっ、ちょっ、ぎゃああああああっ!!」

 パニックに陥ったトレーナーがパニックに陥ったバオッキーに命じた火炎放射は女性を一人こんがりと焼き上げた。

 全ての車両にそうしてジャローダが、ぼたぼたと涎を垂らしながら這いずり込んでいく。逃げ場所などどこにもなく、抗いようもなく。

 そのバオッキーはジャローダ達に誰よりも先に四肢を、首を、胴体を、至る所を蔦で絡め取られ、凄惨な最期を迎えた。

 せめて愛しのイーブイはとモンスターボールに戻したトレーナーは、それすらも取り上げられて壊された。同時にトレーナーは締め上げられながら絶叫を上げ、外に出されたイーブイはへたり込んで、その常軌を逸した巨体を目の前にして腰を抜かし、尿を漏らし、涙を流す。

 そしてジャローダが眼前で大きく、大きく口を開けてトレーナーを飲み込んでいくのを、何も声が出ない口でパクパクとしながら見上げるだけ。

 ばぐん、ごっくん!

 イーブイも呑み込まれてしまえば、未だ残る人達に目を向ける。砕いた窓からは人が逃げようとしていたが、それを蔦で巻き取り持ち上げる。

「ひいぃぃぃぃ、かっ、金ならいくらでもっ!」

 そんな場違いな言葉など理解する必要もなく、思いきり持ち上げて口の上へと持って行く。

 ぐわりと開けられたその赤い口の中には先に呑み込まれたトレーナーとイーブイの歪んだ顔が見えた。

「えあっ」

 次の瞬間、蔦は離され、すっぽりとジャローダの口の中へと入って行った。

 

 阿鼻叫喚の中、車両の先頭と最後尾に一人ずつ乗っている車掌は体を縮めていた。たった一人ずつ、襲うならば人の沢山乗っているそこ以外から優先しているに過ぎないとどこか理解していようとも、ただ見つかっていないだけだと自分に言い聞かせて、陰に隠れて目を瞑り、じっとしていた。

 しかし、想像以上に短い時間で悲鳴は何も聞こえなくなる。頼む、居なくなってくれ、どこか行ってくれ!

 しゅるしゅると音が聞こえて去っていく。複数のそれが聞こえてきて、大丈夫か? 大丈夫なのか? と天にも昇る勢いで安堵に包まれる。しかし、それでも不安は拭えず、もう暫くじっとして何も聞こえなくなった時に目を開き、恐る恐る顔を出した。

 その外の窓には、ジャローダが数多に張り付いていた。じゅるり、と一斉に涎を舐め、意地悪い捕食者の目を向けられている。

「ひ、ひいいいいいいいいいいいいいい」

 そして後ろの扉を力づくでこじ開けられれば、大きく口を開けて一気にごきゅりと、ショートケーキの苺を楽しむように飲み込まれていった。

 

 地上では同時にマンホールが弾き飛ばされたかのように一斉に開かれた。その中から飛び出してきた数多の蔦は久々の太陽の明かりに急成長しながら車のタイヤを、人を、ポケモンを絡め取る。交通事故が一斉に各地で起こり、車での移動は適わなくなる。何だ何だと辛うじて無傷だった、車を運転していた人が外に出れば、マンホールから出て来た巨大なジャローダと目が合った。

 後ろに体をぐっと引く。その行動の意味が分かった時には、勢いを付け、口を開いて跳び掛かったジャローダに頭から丸呑みにされていた。

 地下と同様に絶叫が響き渡る。ぞろぞろとマンホールから出て来るジャローダはいつまで経っても終わりを見せない。

 キリキザンを繰り出し、脚に絡みついた蔦を切り裂く。そしてキリキザンをボールに戻してからウォーグルに掴まって空へと逃げようとしたポケモントレーナーはしかし、逃げ切る前に蔦で絡め取られた。

 ジャローダ達の下へとウォーグルと共に地面に叩き落されたトレーナーはその時点で事切れていた。ウォーグルも翼を折ってしまう。それでも立ち上がろうとすれば見えたのは二匹のジャローダがそのトレーナーを頭から足から飲み込もうと争っている様と、零れたモンスターボールを叩き壊すジャローダ達。

 モンスターボールから出されたポケモン達はすぐさま巻き取られ、飲み込まれ。キリキザンは蔦で縛られた後に何度も地面や壁へと叩き付けられていた。

 バキャァッ、ボギィッ、ビキッ、メギャァ!!

 死んでいるのは見て当たり前だった。もう全身が不自然にねじ曲がっている。全身の刃は砕けて粉々に飛び散り、そうして食べやすいように加工されれば、舌なめずりをしたジャローダはそれを開けた口の上へと持ち上げ、落として飲み込んだ。

 呆然とするしか出来ないウォーグルの頭に影が覆い、ぽたりと何かが垂れて来る。

 上を見れば、大きい口がゆっくりと近付いて来ていた。蛇睨みをされた訳でもないのに体は全く動かなかった。

 そうして生暖かい闇に包まれた。

 

「私も乗せてって!」

「俺のドンカラスは一匹しか運べないんだ、後で絶対に助けに来るから!」

「嘘よ嘘よ絶対来ないわ!」

「すまんっ!」

 しゅるり。

「え? あああああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ」

 どしゃっ。

「あっ、かひゅっ、ドンカラス、お前だけで……も……」

「カアアアアッ!!」

 しゅるしゅるっ!

「カァッ!?」

 ベキボキバキャッ!

「あ……あ……」

 あんぐっ、ごっくん。

「ああ……ああ……」

 ばく、ずっ、ずっ、ごっきゅん。

「きゃあああああああっ! ひっ、やだ、こないでこないでこないでこないで、い、いや、いやあああああああっ!!」

 ばぐっ、ちゅるっ、ごきゅり。

 

「ブラッキー! でんこうせっか!」

「ブアアアアッ!!」

 どすっ。

「え、嘘だろ、のろい最大まで積んでるのに、ブラッキー、もう一度だ!」

「ブ、ブアアアッ!!」

 どすっ。

「ブ、ブラッキー! すてみタックルっ!」

 ジャローダはそれを軽く避ける。ブラッキーは勢い余って壁へと激突した。

 そこへとジャローダが巻き付く。

 ぐるり、しゅるり。顔だけが外に出た状態だ。

「ブアアッ!?」

「ブラッキーッ! かみつけっ!」

 トレーナーが指示するが、それよりも先にジャローダが締め付ける。

 みちぃっ!

「アガッ」

 少しずつ、ぎゅむ、ぎゅむ、と力を込めていく。

「グッ、ガッ」

「も、戻れブラッキー……? あれ、ボールは、え、あ、あああああああああ!?」

 トレーナーは後ろからもやって来ていたジャローダに取られていた。ボールの中身が空だった事に残念な様子を見せながらも、トレーナーをばっくりと飲み込んだ。

 そして残ったブラッキーは、締め付けられて動けない。

 ぎゅむっ、ぎゅむっ。

「カッ、アアッ、グ、グウ!」

 しかし耐えていた。歯を食いしばり、せめて一矢報おうと敵意を見せつける。

 そんなブラッキーに、ジャローダは更に巻き付いた。ブラッキーの倍以上に太いその胴が、二重に、三重に巻き付いた。

 そして軽く力を入れた。

「ガッ、ガアアアアッ??!!」

 みし、みしし……。

「シュルルル……」

 顔を近付けてみれば涙を流していて、それは僅かにしょっぱい。

 もう、歯向かう気概など微塵もなかった。

「アア、アッ……」

 そして力を更に加えれば。

「ブ、ブアアアアアアアアアッ!!」

 べきばきぼぎゅう!!

「アッ、カッ、ヒューッ、ヒューッ、ヒューッ……」

 そして解放すれば四肢が捩れ、胴体がひん曲がり、びくんびくんと震えるだけのブラッキー。その目はもう虚ろだ。

 ばくっ、ごっくん。

 

 カンッカンッと音を立てながら少年が階段を駆け上る。目指すは屋上。

 扉を開けて、まだ誰も居ない。けれど隠れられる場所も無いに等しい。

 下からはしゅるしゅると音がしてきている。

 少年は更に走り、給水槽へと着いた。

「シャワーズ、出ておいで。鍵にスピードスターだ」

「シャワッ」

 そうして給水槽をこじ開けると、少年は言った。

「シャワーズ、この中に入るんだ」

「シャワ?」

「早く!」

「シャァ……」

 入ると、少年は後ろを一度振り返って、まだ来ていない事を確認してから言った。

「シャワーズ、君だけは水に溶けられる。だから、君だけはこの中に隠れて生き延びられる」

「……シャワ?」

「だから、生きてね、シャワーズ。もう、何も声を出すんじゃないよ」

 がこんっ。

「シャ、シャワッ!?」

「絶対に出るんじゃないぞ! お前なんて助けに来てもすぐに食べられちゃうだけなんだからな! 来いよジャローダ! 僕を食べて見せろよっ、うあああああああああっ!!」

「シャ、シャァ……」

 

「応答求む、応答求む! 巨大なジャローダが市内で同時多発的に大量発生! 市民が喰われている!

 嘘じゃないっ! 外は阿鼻叫喚だ! テレビなんかが映す暇もない! 早急に応援求む! 兵器も炎タイプのポケモンもありったけだ! レシラムを連れたチャンピオンは? は? 今はアローラに観光中? クソが!

 え? 1時間掛かる? それじゃあ全員殺されてる! 耐えろ? 無理だ! 有事の際に連絡の付くようにしているエリートトレーナーがどれだけ集結出来たと思う? 3だよ! この都市に滞在している378人中のたった3人だ! しかもそいつらはこの警察のすぐ近くに居た運の良い奴だけだ! 何よりも優先して救援を寄越せ、分かったか! クソッ……外はどうなってる?」

「まだ、何とか持ちこたえています」

「良い知らせだ」

 警察署から出れば、炎が至る所から立ち上っている。

 自分達で発生させたものだった。

「炎タイプのポケモンはとにかく炎を起こせ! 飛行タイプのポケモン達は竜巻を作り上げろ! 火災旋風を作り出すんだ! 今の食われまくっている状況だけよりはよっぽど良い! ジャローダを一匹でも減らさないと状況は好転しない!」

「ジャローダ一体に対しては三体で挑め! 特殊技で攻めろ、近付かせるなよ、とぐろをまくでも積まれてて物理技は通らねえし、一体一体はチャンピオンのポケモンより強大だ、巻き付かれたら助けるのも諦めろ!」

「隊長、ガソリンありったけ集めました!」

「よーし、保持しておけ! 集まって来たジャローダどもにぶちまけるんだ!」

 そんな至る所の炎の壁と集められた弱点タイプのポケモン達に、流石に攻めあぐねるジャローダ達。

 そこに一匹のジャローダがやって来た。巨大なジャローダよりも、更に一回りも二回りも巨大なジャローダ。

 未だ食事が足りないと不満そうな顔をするそのジャローダは、体から蔓を伸ばして気怠そうにしながらも車を一つ、難なく持ち上げる。

 そして炎の壁に向かって投げつけた。

 それは爆発を起こし、内側から悲鳴が聞こえた。

 もう一つ、二つと投げる内に周りのジャローダも力を合わせてそれを真似し始める。がしゃん、がしゃんと音が鳴り響き、その後に激しい爆発そして中からは怒声が聞こえて来る。

 炎は激しくなるが、先程のような安定さはなくなった。

 その隙を突いてジャローダ達が数匹潜り込み、数体はやられてしまうものの、炎の勢いは弱まっていく。崩壊も時間の問題だった。

 

「ニンフィア、ハイパーボイス!」

「フィアアアアアッ!」

 精一杯のハイパーボイス。けれど、如何せん実力の差があり過ぎた。

 まるで効いていないジャローダがお返しにと、ただ吼えた。

「シャアアアアッ!!」

 技でもないそれに音量ですら負け、そしてその大きく開かれた口の中からは、溶けかけた人間の顔が覗いていた。

 ニンフィアは腰を抜かし、尿をじわじわと漏らしていった。

「ニ、ニンフィア、お願い、立って!」

「フィ、フィ……」

 それでも動けないニンフィアは、ジャローダは蔦で持ち上げる。ぼたぼたと垂れる尿に対して、汚らわしそうな目を向ければ、それを地面に乱雑に擦りつけた。

 べちゃ、ざりゅっ!

 悲鳴を上げるニンフィアの口はすぐに閉じられ、そして気の済むまで至る所に擦り付けられた時にはもう虫の息で、それを嗅いで満足そうな顔をしたジャローダは今度こそ飲み込んだ。

「ニ、ニンフィア、いや……」

 ジャローダが近付いて来る。必死に後退るトレーナーも漏らしており、ジャローダは心底面倒くさそうな顔をした。

 

 トイレの掃除用具をしまっておくロッカーに一人の男子が隠れていた。

 外からジャローダの大群が唐突に現れ、その窓際で外をぼうっと眺めていた男子は誰よりも先に逃げた。一匹のジャローダと目が合った気がしたのだ。そして、その顔は自分を食べ物として見ていた。魚屋でお客さんがバケツに入れられたヨワシやコイキングを見るような目。

 そんな男子が逃げるのに対して、授業中だった教師は呼び止めようとしたが、校庭を人が走るよりも何倍も速く這いずり、そのままガラスを突き破ってくるジャローダ達と同時に聞こえてくる悲鳴に学校中は一瞬にして混乱に陥った。

 四方八方から数多にジャローダが押し寄せてくる。一番高い階からファイアローを出してそれに掴まって逃げようとした女子が、窓から鳥ポケモンに掴まる前に他の女子に掴まれ、その掴んだ女子共々落ちていく。

 それらはそのまま下で待ち構えていたジャローダの口にすっぽりと入っていった。

 ファイアローは唖然としている間にその数多のジャローダから一斉にマジカルリーフを喰らい、それらは相性が悪くとも地面に堕とすには十分なダメージだった。

 色んな場所から悲鳴が上がる。教師達でさえ何も出来ずに食べられていく。統率は出来ず、出来たところで何も意味はない。外に逃げようとした学生達はそこでも数多に蠢くジャローダ達に呑み込まれ、そして戻ろうとしたところで追い掛けて来たジャローダ達に呑み込まれた。

 

 投げつけられた、燃え上がる車にブースターは反応出来ず、下敷きになった。

 炎の薄い場所からジャローダが入り込んでいき、その終わりを見た警察官の一人はポケモンと共に自殺した。

「ブ、ブゥ……」

 辛うじて息のあったブースターは、けれど、上の車が爆発してもう死ぬのだろうと目を閉じた。

 しかしその直後、圧し掛かっていたその重みが消える。

 目を開けてしまえば、その直前にジャローダが。爆発によって食べられなくなる事を危惧していたその顔は心底ほっとしていて。

 良かったと、燃え上がる車を投げ捨てながらジャローダは口を開いて頬を膨らませた。

 警察署の中にジャローダが入り込んでいく。阿鼻叫喚は驚く程の速さで消え失せた。

 

 下水道に忍び込んでいたジャローダ達にとって綺麗な水は餌と同等に欲していたものであり、給水槽を見つければジャローダは嬉々としてそこに顔を突っ込み、水を凄まじい勢いで飲んでいく。

 屋上まで上り詰めたジャローダ達は等しくそのような行為をし、シャワーズが隠れていた給水槽もジャローダは開けて、水は一気に失せていく。

 水に溶けていたシャワーズはすぐに隠れる場所を失い、最後に空になったその給水槽の底でぽつんと姿を現した。

「シャ、シャワ……」

 にぃ、と口角を持ち上げたジャローダ達は、シャワーズの全身に蔦を突き刺し、そしてギガドレインをした。

「ア、カ……」

 一瞬にして干からびたシャワーズは、ちゅるりと飲み込まれた。

 

 室内に強い冷気を纏わせたグレイシアは、驚くほどの時間を持ちこたえていた。ラジオから軍隊が出動したと聞いて、トレーナーと生き延びられるかもしれないと希望を見出していたが、しかしそれは、面倒臭いからと後回しにされていたに過ぎなかった。

 そのマンションの殆どの人間とポケモンを食い尽くしたジャローダ達が、最後に給食で余ったプリンを奪い合うが如くに殺到してくる。

 扉をぶち破られ、ベランダから一気に殺到し、トレーナーとグレイシアは何も出来ずにへたり込んだ。数多の、数多のジャローダが口を開けて我先にと突っ込んでくる。

 ばぐぅ! とグレイシアは一飲みにされ、しかしその冷たさに思わず吐き出される。そこに更に数匹のジャローダが一気に殺到し、ぐちゅぐちゅと幾多の舌で舐め回されて程良い温さになったところで飲み込まれた。

 

「サンダース……僕と君は逃げてばっかりだったね」

 学校のトイレの掃除用具入れのロッカーの中で隠れていた少年は、ボールの中に向かって呟いた。

 この臭いトイレの中にジャローダ達はそう積極的に入って来る事も探す事も無く、殆どの人間とポケモンがジャローダ達の胃の中に収まった今も少年は生き延びていた。

 けれど、だからこそ丹念な捜索をし始めたジャローダ達に少年は覚悟を決めた。

「ジャローダ達は今は少ない。君の脚力なら、君だけなら逃げ切れる」

 ボールの中でサンダースは首を振っていた。

「駄目だ、僕は逃げられない。僕は人間なんだ、しがない人間さ。

 出来る事と言えば、君にスピーダーを与える事位。それだけさ」

 口は震えている。けれど、女子トイレの方から悲鳴が上がって来たのを皮切りに少年は外へと出た。サンダースをボールから出し、そしてポケットから常備しているスピーダーを一気に、嫌だ嫌だと今にも涙を溢れ出させそうなサンダースに与えた。

 目の前からは腹を膨らませたジャローダがのっそりとやって来ていた。

 少年はサンダースが入っていたボールを踏み潰して、叫んだ。

「行けえええええええええええ!!!!!!」

 サンダースは、その声にジャローダの隣を本物の雷光のように駆け抜けていった。

 それを見たジャローダは怒りの形相で少年に向き直す。

 そして少年は、トイレの窓から飛び降りようとし、そこを蔦で捕らえられた。

 口を抑える。悲鳴を上げないように。サンダースに聞こえないように。

 しかし胴ですでにとぐろを作り、そこへと収めようとしているジャローダに対して、先にサンダースに殺して貰う事をどうして思いつかなかったのか、そんな自分を酷く後悔した。

 すっぽりと入れられ、徐々に、徐々に力を込められる。

 ジャローダが飽きるまで、気絶も出来ずに締め上げられ続けた。

 

 サンダースは絡んで来ようとするジャローダの蔦を、食いついてこようとするその口を、執拗に追って来るマジカルリーフさえも追いつかない速さで街中を駆け抜ける。時間が経ったのもあってジャローダ達は大量に居ようともばらけている。スピーダーによって更に速度を持ち上げられたサンダースならば、常日頃から逃げる事を得意としてきたサンダースならば、逃げ切る事はそう難しい事ではなかった。

 しかし、街の外れに行くに連れて、未だ逃げ切ろうとしている人間、ポケモン達を追い掛けるジャローダ達の数が増えて行く。

 その中には驚くほどに一際巨大なジャローダも居た。その横をすり抜け、そして追いつかれて餌食になっていく人間、ポケモン達もすり抜け、そしてその目の前にはやっとやってきた軍隊が居た。

 鋼タイプのポケモンでさえも穴だらけにしてしまうような兵器を担いだ人間達が頑丈な車に、キャタピラからキュラキュラと音を鳴らす戦車に乗って。

 サンダースは安堵に包まれた。この地獄は終わる事だろう。トレーナーが命を賭けて自分を助けてくれたからこそ……。

 そんな感傷に浸ろうとしたその瞬間、後ろからメギメギメギメギィ! と何かが迫って来る音がした。

 振り返れば、地面を派手に抉り返しながら太い蔦が人間を、ポケモンを吹っ飛ばしながら軍隊へと向かっていた。サンダースは咄嗟に避けた。機敏な動きが出来ないその軍隊の下へと潜り込んだ蔦は一気に噴き出した。

 戦車はひっくり返り、ただの車は宙へと絡め取られる。弾丸も大砲も一発も発射される事はなく、軍隊は一気に半壊した。せめて人間だけでも体勢を立て直そうとしている内にジャローダ達は距離を詰めていく。

 ポケモンの一匹が出して良い威力ではないその技。

 思わず呆然として、足を止めていたサンダースの後ろ足に蔦が絡みついていた。

「ア……」

 焼き切る間も無く、一瞬にしてジャローダ達の元へと引きずり込まれていく。

 そこで目にしたのは、周りのジャローダ達がその技を放った一際巨大なジャローダの為に人間の服を破り、ポケモンの尖っている部位を引き千切り、口の中へと送り込んでいるその様。

 サンダースはジャローダの一匹の目の前に吊るし上げられると、地面へと何度も叩き付けられてその尖った体毛を全て折られた挙句に、蔦で包み込まれた。

 そうして、一際巨大なジャローダの供物となった。

 ごきゅんと人間を、ポケモンを飲み込んだジャローダはまた蔦を地中へと潜り込ませる。その途端に更に奥へと蔦が伸びる。同時に数多のマジカルリーフを展開し、バババババ、と騒音を上げながら空からやって来た軍のヘリコプターへと飛ばした。

 数も威力も速度も、並みのジャローダとは桁違いなそれは、遥か上空のヘリコプターまで簡単に届く。それはプロペラをいとも容易く砕き、全てが墜落の運命に逆らう事が出来なかった。

 後は、たった二度の攻撃で全壊し、身動きの取れなくなった軍隊を、また挫けた人間やポケモン達をゆっくりと頂くだけだった。

 

 未来を予知出来るエーフィは、安全な場所をとにかく追い求めて隠れ続けてきた。

 多過ぎる数のジャローダ達の僅かな死角を縫って隠れ場所を転々とし、そしてとうとう夜を迎える。すっかり腹を満たしたジャローダ達の大半は暗闇の街の中で眠りに就く。

 また、各地には明日の食物として生け捕りにされた人間やポケモン達も少なくなかった。

 エーフィにとっては、隠れ続けてこの街で明日を迎える事など耐えられなかった。

 この街のどれだけの生き物が捕食されたのかは分からない。しかし人間、ポケモン達は碌に反撃も出来なかった。それだけのジャローダがこの街を闊歩している事は間違いない。明日が来れば食糧の少なくなったジャローダ達はここから去ってくれるかもしれない。けれど去ってくれなかったら、碌に物も食べられていない状態で明日も必死に隠れ続けなければいけない。

 逃げるなら今しかない、とエーフィは僅かな隙間から体を出して、ひっそりと歩き出した。音を立てないようにして、自らの予知能力を信じて。

 ただ、郊外までの道のりは遠く、見通せる未来は直近のみ。腹は気を抜いたら音を出してしまいそうだった。

 必死に集中して未来を見通す。

 マンホールが開いていた。その中からはジャローダの気配は感じなかった。しかし、そこから先の選択肢が酷く限られてしまう。

 かと言って道路の先には保存食として人間やポケモンが捕らえられている蔦の檻が各所にあった。

 それにも見つかってしまえば、助けて、とでも声を出されてしまうだろう。

 ここまで生存本能を突き動かされた事は今まで無かった。どちらの選択肢を選ぼうとも強い危険が伴う。分からず、マンホールの中へと入り込んだ。

 中は意外な程に臭わない。ジャローダ達が潜んでいた為であるが、そんな事にも気付かずに直前まで呑気にしていた自分が馬鹿らしくて堪らなかった。

 そして、中では蔦が至る所に張り巡らされていた。敏感な体毛からの感覚が、それが生きている事を教えてくれる。

 ジャローダの居る感覚はしない。しかし、触れてはいけない気がした。ただ、踏まずに進める程疎らでもなかった。水の中に入ってしまえば、体毛をこんな汚水で濡らしてしまえば未来予知の精度が酷く落ちる。

 間違えてしまったか、と思う。

 また外に出る事は恐ろしかったが、この下水道は行き止まりに等しい。

 まだ、詰みじゃない。まだ、詰みじゃない。そう言い聞かせて錆びついた梯子を器用に手足を使って登って行けば、外では丁度、リーフィアが蔦の檻をリーフブレードで切り裂いてトレーナーと共に脱出していた。

 その瞬間、全身がぞわりとした。

 やはり、蔦の全てはジャローダを呼び起こしてしまう。すぐさま下水道に戻って身を潜めると、敏感な体毛が外の事を目で見る以上に精緻に教えてくれてしまう。

 脱出したトレーナー、リーフィアの前にすぐさま現れたジャローダは、捨て身でリーフブレードを放ったリーフィアを同じリーフブレードで真っ二つにしてしまった。

 崩れ落ちるトレーナー。ジャローダは血を払ってリーフィアを飲み込むと、他に逃げようとする人間、ポケモン達をただ睨んだだけで動けなくしてしまった。

 檻に再び閉じ込め、蔦をより強固に編み直したジャローダは、しかし下水道の方へと向かってきた。

 そこで先程の悪寒が、自分が外に出直した瞬間に見つけられてしまっていた事でもあった事に気付いた。

 エーフィは、走った。蔦を踏んでしまう。その度に地上のジャローダが起き上がる。右に左に、とにかくジャローダの居ない方向に、無我夢中で走る。下水道にジャローダが幾多に入り込んでくる。それは連鎖して街中のジャローダが起きて下水道へと潜って来る。

 どうしてあのリーフィアはあのタイミングで蔦を切った? どうして? どうして?

 頭の中はそれだけに占められ、ある時、十字路に辿り着く。しかし目の前からはジャローダがやって来ている。後ろからも、右からも左からも。

 うぞうぞと這い寄って来る音ばかりが耳に響く。真っ先に辿り着いたジャローダにサイコキネシスで必死に抵抗するも、ジャローダはそれ以上の力で僅かずつに近寄って来る。その両脇からジャローダが辿り着く。がぁぶ、と胴体に噛みつかれればその頭も別のジャローダが食らいつき、また背後からやって来たジャローダによって尻尾は容易く引きちぎられた。

 グィ、グィ、ミチ。

「ミ゛ィ゛ヤ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛」

 ブヂィ。

 ごきゅん。

 真っ先に辿り着いたジャローダが不満そうな顔をするものの、後には何も残らなかった。

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