回復術士の筋肉鍛え直し   作:三柱 努

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勇者パーティにより薬漬けの奴隷にされていた【癒】の勇者・ケヤル。
最終決戦で手に入れた魔王の心臓『賢者の石』を触媒に【時間遡行】を実行。
復讐の為、奴隷にされる前に戻り人生をやり直すことに。
時代は遡り4年前へ。“記憶のみ”を引き継いだ彼は生まれ育った村で目を覚ました。
【術】の勇者・フレアと出会い、地獄の日々が始まるまでの5日間。
それまでに【翡翠眼】のスキルを身に着け、【薬物耐性】の熟練度を貯め、勇者パーティに復讐する・・・・

はずだった。


少年は鍛え直す

「これではダメだ!」

精霊の泉で【翡翠眼】を手に入れた後、彼は気付いてしまった。

【薬物耐性】を獲得するには、薬漬けレベルの薬物摂取によって到達するほどの熟練度が必須。

当初、彼の目論見では『“毒”キノコを食べて、回復してを繰り返す』ことで“薬物”の熟練度を上げるはずであった。

 

だが、ステータスを確認するスキル【翡翠眼】によって詳細に見た結果、毒と薬物は別項目にあることが分かった。

つまり毒耐性と薬物耐性は全くの別物。

計画は最初から破綻していたのだ。

 

『どうする? 残された時間は無い。それまでにレベルを上げるか? 駄目だ。この辺りのモンスターじゃ、とてもじゃないが経験値が足りない』

残る頼みの綱は彼のスキル。

【癒】の勇者が扱う【回復】の本質である、状態変化魔法の派生【回復】【模倣】【略奪】【改良】【改悪】。これらを駆使すれば、薬漬けとなる前に復讐に移行できるだろう。

だがそれはあくまで“前の人生”で獲得したスキル。

記憶だけを引き継いだ今、成人を迎えてクラスに目覚めたての回復術士では、使える魔法は【回復】だけだ。

『残り5日間、派生魔法獲得を目指して修行するか。それとも・・・』

 

 

派生魔法の獲得は、4年間の奴隷生活の中で到達した領域。今から懸命にレベル上げしたとして、復讐に確実に使えるものとはいえない。

であるならば、確実な道を行くしか他にあるまい。

そう決意したケヤルは、近くの岩に手を掛けた。彼の背丈ほどある大岩である。

「どうにか転がるか?」

渾身の力を込めて岩を押し、ゴロンと一回転させる。この1回だけで息が切れた。

だが彼の狙いは隣の岩までの移動。そして、岩肌を転がす力を利用し、辛うじて地面から浮かすことができた。

「この、ままっ」

どうにか持ち上がった岩の下に、ケヤルはあえて入り込んだ。すでに限界に達している状態で、これは明らかな自殺行為。このまま少しでも力を抜けば岩に押し潰され、待っているのは死。そうでなくても限界の今、岩から脱出することは叶わない。

「まだまだぁあああ!!」

全身が悲鳴を上げていた。腕も足も腰も、筋肉も骨も血管も。筋繊維はプルプルと痙攣し、骨にはミシミシと小さなヒビが入り、血液は全身を逆流して最後の出口である目や鼻から噴出している。

「ううう、がああああ!」

ケヤルの叫びが森にこだまし、同時にズズウンと地響きが鳴り響いた。

最後の最後。人体が自身の体を破壊せぬよう制限している筋力が、命に係わる非常事態にリミッターを外して発揮されるパワーで、ケヤルはどうにか岩を押し流して下敷きを免れたのだ。

だがそれは限界を超えた先の世界。全身が“使い物にならない”状態に至っていた。

“自然回復”だけでは完全回復に1か月はかかる状態であろう。

しかし、【回復】を使えばブチブチに破壊された筋肉を瞬時に修復することができる。

ケヤルは最後の力を振り絞って身を引きずり、近くの泉の水面に自らを映した。

それは魔法反射の特性を持つ【精霊の泉】の聖なる水。“自らに【回復】をかけるほどの熟練度を得ていない”今の状態でも、この方法であれば解決できる。

「回復(ヒール)!」

ケヤルの体が光に包まれ、筋繊維が修復されていく感覚が彼を包んだ。

だが同時に【回復】の副作用が発現した。

 

【回復】はその過程で、対象の状態変化の記憶を術者に体験させる。

大きなダメージであるほど、その反動は大きく、常人の神経では耐えることはできない苦痛。一度この苦痛を味わえば、二度と【回復】をしたくはないと思う代物だ。

それゆえ、彼は【回復】を拒否しないように薬漬けにされていたのだ。

そして今、彼は彼自身の限界を超えた身体苦痛に対して【回復】を施した。

「あ゛ぁああいいがががが!!」

肉が裂け、骨が砕け、神経が剥き出しになり、体の中から茨の棘で擦られるような痛みがケヤルを襲った。

回復の過程が10として、それを9まで回復するまでに9の分の苦痛を味わい、それを8まで回復するまでに更に8。

完全回復までに味わう苦痛は計り知れないほど。

かつて奴隷として味わってきたどの【回復】よりも遥かに壮絶な痛みに、ケヤルの意識は途絶えた。

 

 

「・・・朝か」

葉からこぼれた朝露が頬に垂れ落ち、ケヤルは目を覚ました。

ムクと起き上がると、何かに引っ張られるような抵抗が彼の体にまとわりついた。

「何だ? 布?」

彼の体は何かに拘束されていた。とはいえ拘束というにはあまりにも貧弱。少し腕を上げればブチブチと音を立てて拘束衣が千切れていく。

否、それは拘束衣ではない。ケヤルが元から着ていた服である。指でつまみ上げると頼りない布切れがハラリと垂れた。

「ぬ? どうなっている?」

寝ている間に獣にでも引き裂かれたのか? ケヤルは立ち上がり、自分の姿を確認するために近くの水面に体を映した。

そこにいたのは確かにケヤルの顔をした男だが、その体躯は元の14歳の彼をそのまま大人にしたような、村の大人たち並ぶ逞しさを有していた。

「これが・・・俺、なのか?」

身体は自然な成長の他に鍛錬、肉体への負荷からの回復を経て成長する。

昨日の夜、岩を持ち上げて身体の限界まで追い込んだ体の回復の他に、ケヤルは【回復】によって体に最大級の負荷を与えていた。

通常であれば傷ついた筋繊維にそのまま新たな負荷をかけてしまうと、成長するどころか委縮してしまう。

だがケヤルの場合は違った。回復と負荷の同時進行により、約1年分のトレーニングに匹敵する筋肥大、身体成長を遂げていたのだ。

「なるほどな。なら、MPの尽きるまで、鍛え放題ってことだな!」

自らの身体成長に笑みをこぼし、ケヤルは次なる岩へと手を掛けた。

 

4日間はケヤルにとって地獄と灼熱の日々であった。

鍛えれば鍛えるほど蓄積される苦痛。

10であったものが9+8+7+6+5+4+3+2+1=45であれば。

次に鍛える時には45から鍛え直し、990に。

MPで可能な【回復】は日に4回。4日で16回。

日を追うごとに、回復をするたびに、身体は“変貌”を遂げていった。

 

 

5日後

ズズゥーンと鳴り響く地響きに驚いた村人たちは、森の中から姿を現した者を見て驚愕していた。

「モンスターだ! きょ、巨人!? 巨人・・・・・・・なのか?」

それは、巨人と呼ぶにはあまりにも異形であった。

通常の巨人の肉体は人間をそのまま倍化したような外観。目の前のソレも大の大人の2倍ほどの背丈を有している。

手首の太さは、乳房に自信のある女性の胸回りほどに太くたくましく。胸板は牛2頭を乗せ、その主が寝そべられるほどに広く。丸太のような脚は、丸太は丸太でも樹齢100年と言われても不思議ではない。

だが頭部だけが人間サイズ。

そしてそれは明らかに村の仲間・ケヤルのものと酷似していた。

「ケヤル・・・なの?」

「如何にも。ケヤル只今、帰村しました」

ケヤルと名乗る巨人は村人たちの元に膝をつき頭を下げる。

この5日間、姿を消していたケヤルを村の皆が心配していた。

だが、今目の前にいるケヤルはケヤルでは絶対にありえない。

声が太い。

立ち振る舞いに自信が溢れている。

面影はある。

ケツアゴ。

「ケヤル、なの? その姿は一体」

「勿論、我は我でございます。肉との対話に夢中になるあまり、気付けば五日も。いやはやお恥ずかしい」

笑い方にケヤルの面影がある。ファッファッファってなっているが。

 

 

「そ、村長―!」

まだ、村人たちが困惑している最中のその時、村の入り口が急に慌ただしくなった。

それは地獄への片道切符。

ケヤルを薬漬けにした元凶。

新たな勇者を探しに現れたジオラル王国第一王女。

回復術士であるケヤルを用無しと切り捨て、エリクサー代わりの奴隷に陥れた犯人。

【術】の勇者、フレア・アールグランデ・ジオラルの来訪を告げる呼び声であった。

 

 

「王女様がいったいどうして? こんな村に来られるなんて・・・」

村人たちが困惑する中、王国の馬車から舞い降りたフレアは優雅に答えた。

「今日は、この村に誕生した新たな勇者を迎えに来ました」

 

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