鍛錬により“超筋肉”を手に入れたケヤルは今日、因縁の勇者・フレアと初顔合わせとなる。
勇者を集めパーティを組み、魔王を討伐し、賢者の石を手に入れ、世界を統べる。
それがフレアの野望である。
その一歩のため、王女である彼女自らこの辺境の村へと足を運んでいた。
「この村に誕生した新たな勇者を迎えに来ました」
【術】の勇者・フレアには勇者の居場所を探知する能力があった。
4日前、それはケヤルの14歳の誕生日であり、彼が勇者の力に目覚めた日。(筋肉の回復鍛錬を始めた日でもある)。彼女は新たな勇者の誕生を探知していた。
『みすぼらしい。これだから田舎は嫌だわ』
貧しい村の村人たちを心では軽蔑しながら、表面上は穏やかで純粋無垢な眼で見つめるフレア。
この中に勇者がいる。何としても懐柔して王都へ連れて帰り、自分のパーティに組み込みたいと、彼女は考えていた。
そのためにも愛想を振りまきながら、出会いはドラマチックに演出し、『貧しい出の勇者が優しい王女の誘いを断るわけにはいかない』という流れを作りたい。
「あなたが私の仲間ですね?」
第一声はこれだ。『初めから分かっていたんだよ』と優しく手をさし伸ばしてやれば、少年だろうが少女だろうがコロッと口説き落とせる・・・
はずであった。
「・・・・・」
フレアは探知能力に導かれるままに向けた視線を一度逸らし、二度見した。
彼女を囲む村人たちの中に、異様な巨体が立っていたのだ。
『巨人族モンスターがいる。腰布だけを身に纏っている半裸の大男がいる』
と彼女も最初は思ったが、探知能力はビンビンに、その巨体の方向を指し示していた。
『いや、アレは違う』
そんな彼女の懐疑心の目の向く先で、村娘の1人に抱かれた赤ん坊がその巨人に怯え泣き始めてしまっていた。
すると巨人は手にした丸太を手の中に隠し、ギューと握りこむと、その中からブサイクな木の人形を取り出して赤ん坊をあやし始めた。
ありえない光景だ。
フレアは以前、王都の力自慢の戦士が鉄を曲げたり、素手で木を切り倒したりするパフォーマンスを見たことがある。
だが、木を素手で粘土細工のようにこねる男を見たことは無い。というより現実的に可能なのだろうか? 木が裂けないように潰したりするなんて・・・
木を操る魔法であれば説明はつくが、魔力は一切感じない。絶対に腕力オンリーである。化け物である。
『私は信じないわ。もし勇者の証である紋章が手の甲に刻まれていたら信じるしかないけど・・・』
しっかりと刻まれていた。諦めて認めるしかない。
そんな困惑と動揺を隠せないフレアの前に、その巨人はフワリと跪いた。
「ケヤルと申します。王女フレア殿、共にこの世界を魔の手から救いましょう」
巨人の勇者が前に出ると、フレアの探知能力はますます通知した。彼こそが探していた勇者であると。
「よ、よろしくお願いします、ケヤルさん。あ、貴方こそ私が探し求めていた勇者」
戸惑いのまま用意していた台詞をどうにか口から出すフレアに、ケヤルはうやうやしく頭を下げると、サッと手を差し出した。
『思ったより紳士でよかったけど・・・この手を握っていいものかしら? あの木みたいに肉の粘土にされたりしないかしら? でも、求められた握手に応じないのは流石に・・・』
ニコッと笑うケヤルの・・・手と同じサイズの指に、フレアは「お、お願いします」と震えながら手を重ねた。当然、無事である。
この状況に唖然とする村人たちは「凄い、オレたちの村から勇者が誕生するなんて」と歓喜するべき状況に口を動かすことができなかった。
ケヤルの幼馴染で隣人である少女も、「あなたがそんな運命を背負っているなんて」と感動する心も胸にあるのだが、それ以前に「あなたはそんな筋肉をどこで背負ってきたの?」の気持ちで胸いっぱいであった。
終始ケヤルのペースのまま、勇者としてすべきことを学ぶため、ケヤルは王都へと旅立つことになった。
フレアの想像では、村から旅立つ若者がいれば、村人が餞にアイテムを渡したり、幼馴染や想い人がお守り代わりにアクセサリーを託したりするものだが。この村の見送りは皆が遠目であった。
ケヤルが人から嫌われるような人柄でないことは誰の目から見ても明らか。だが、なんとなくその理由は誰にでも察することができた。
「では、参りましょうかケヤルさ・・・」
ふと大事なことに気付いたフレアは足を止めた。
予定ではケヤルを王都への馬車に案内する手筈。つまりこの巨人と同じ空間の中に入るという事。
『もし変な気を起こされたら・・・私、死ぬんじゃない?』
護衛の騎士も同乗するが、はっきり言って護衛できないだろう。
どうすれば・・・と、頭を抱えていた彼女の悩みはすぐに消し飛んだ。
そもそもケヤルの巨体は馬車に入らないのだ。
『「では僕は歩いていきます」と言ってくれるに違いない』
と、彼女は期待した。
「どうぞケヤルさん、こちらへ。あっ、なんという事でしょう。このような小さな馬車しか用意が無いなんて」
少しわざとらしさはあるが、フレアはうっかり間違えたフリをして嘆いて見せた。
「御心配いりません王女様」
そういうとケヤルは大きく息を吸い込むと「フンヌ!」と全身に力を込めた。
筋肉が凝縮され、巨体がみるみるうちに縮んでいく。あれよあれよと言う間に、ケヤルの体は常人サイズ(とはいえ背丈2m強)に変貌したのだ。
「・・・何が起きたのですか?」
「腹を小さく見せようと力を込めて引っ込める方がいらっしゃいますよね? あれと同じです」
同じではないことは確か。おそらくではあるが、『王女様に恥をかかせては申し訳ない』というケヤルの気遣いの行動なのだろう、とフレアは考え『余計な事をしなくていいのに!』という気持ちが溢れた。
だが一分の希望あり。そのような紳士的な行動理念があるならば、もしかすると無事に王都まで馬車に揺られることができるかもしれない。
そんな彼女の願いは裏切られなかった。
勇者ケヤルは至って紳士。
だが、馬車が窮屈にならないわけがない。
馬車の床にケヤルが体操座りし、ギリギリ空いたスペースにフレアが座る。残ったわずかなスペースに護衛の騎士が不安定な姿勢で立ち、それをケヤルが支えた。
この前人未踏の乗車スタイルで、王都への道に揺られる一行。
「そういえばケヤルさん。よければクラスを教えてもらってもよろしいですか?」
さん付けがデフォルトになってきたフレアに、ケヤルは静かに首を横に振った。
「申し訳ありません。先日成人したばかりですので、鑑定紙は未使用でして」
鑑定紙とはステータスを確認するアイテムである。手に取ればその者のクラス名やステータス、スキルが表示される。
「ではこの場で確認しましょう」
そう言うとフレアは護衛から巻物を受け取り、それをケヤルに手渡した。
ケヤルが巻物を開くと、白紙だった面がパァっと光を放ち文字が浮かぶ。
「出ました・・・が」
「クラスはどうでしたか?」
ニコッと笑うフレア。前衛クラスを欲していた彼女は、ケヤルのクラスを【戦士】や【武闘家】と算用していた。
だが・・・
「読めません」
ケヤルの答えに、フレアは『これだから田舎者は。識字もできないなんて』と笑いを堪えながら「お貸しください」と鑑定紙を受け取った。
が・・・
「読めませんね」
鑑定紙を前にフレアは目を丸くしていた。
「肘関節屈曲:瞬発筋力104N/㎟・秒 等尺運動維持筋力:95N/㎟・秒 等尺運動維持可能筋力・・・」
見たことの無い単語と見たことの無い数値の羅列に、フレアの頭にはクエスチョンマークが並ぶ。
せいぜい理解できるのは『筋力』に関するステータスであるということ。巻物一面が端から端まで筋肉の情報で埋め尽くされ、そのあまりの膨大な量にステータスの“後”に表示されるスキル面が押し出されてしまっていた。
『そんな・・・新品なら普通、10人分の鑑定をしても余るはずなのに』
そしてステータス面の“前”に表示されるはずのクラス名などの情報すらも押し出されてしまっていた。
『鑑定紙の書式が中央揃えならぬ“筋肉揃え”になっている!?』
信じられない鑑定紙のエラーに、フレアは何度も表示内容を眺める。
「こんなことって・・・見たことがありません。これではクラスも確認できませんね」
しかしそれでも何ら問題は無い。
ケヤルが前衛クラスでないわけがないからだ。先頭に不向きなクラスであるわけがない。
例えば、“回復術士”なんて一番役に立たないクラスなんてことは、絶対にありえないのだ。
「王国に到着しましたら、特注の鑑定紙をご用意いたしますわ」
「左様で。有難き幸せ」
拳をパシリと合わせ頭を下げるケヤル。その反動で馬車がガタンと小さく揺れた。
こうして、王女の無駄な心配と護衛騎士の無理な姿勢からの筋肉痛を生み出しながら、勇者ケヤルを乗せた馬車は、ジオラル王国へと足を踏み入れたのだった。