【術】の勇者フレアは、この日を待ち侘びていた。
新たに誕生した勇者・ケヤルは、その高すぎるポテンシャル故に鑑定紙では彼のステータスを確認しきれず、勇者パーティとして旅に同行させることができなかった。
否、旅に出たとしても何ら問題は無いポテンシャルがあるのは誰が見ても明らかなのだが、先天的に決まっているクラスによって適した戦い方がある以上、それを調べてからの出発が定石なのだ。
そして今日、その膨大なステータスを鑑定できる鑑定紙が王宮に届いたのだ。
『どんなクラスかしら? 剣は2人いても無駄はないし、槍でも斧でもいい。兵士たちの噂だと徒手空拳が適しているんじゃないかっていうから、武闘家でもいいわね』
ワクワクしながら指遊びするフレアは、鑑定紙職人から絨毯ほどの大きさの鑑定紙を受け取り、それを護衛に持たせ、ケヤルを呼び寄せた。
「さて、いよいよですか」
鑑定紙到着の一報を受け、フレアの待つライナラの間へと足を進めた。
彼は知っていた。フレアは鑑定結果を見てすぐにケヤルに失望するのだと。
ケヤルのクラスは回復術士。
“回復は【エリクサー】でどうとでもなる”からと、フレアはケヤルに回復系ではなく、直接的な戦闘力を求めている。鑑定が終われば、彼女は回復術士の勇者なんぞ役立たずだと、早々にケヤルに見切りをつけるはずである。
『ですがそれは前の人生の話。今の我は肉弾戦士。よもやその価値を見出せないお馬鹿さんではあるまい』
ケヤルはフンと鼻を鳴らし通路を縮こまって闊歩すると、悲し気な表情を浮かべた少女、元【剣聖】クレハと出会った。
「・・・巨人!? 王宮内に!」
「いいえ巨人ではなく、勇者ケヤルでございます」
ケヤルが胸に右手を当て行儀よく名乗ると、クレハは「も、申し訳ありません」と右の上腕を動かし、そこで動きを止めた。
彼女の腕は肘から先が無い。高位魔族との戦闘で右腕を失っていたのだ。
戦う術を失った彼女には王国において存在価値が無く、その強い血統を継ぐ次世代を産むだけの存在と認識されていた。
当然、前の人生でその事情を知っていたケヤルであるが、改めて思った。
『幼い頃からの研鑽で積み上げた剣術。右手を失ったからといって、まだまだ前線で戦えると思うのですが。それに彼女はまだ19、隻腕というオリジナルを磨けば今以上の実力に至る可能性も十分にあるというのに』
可能性を期待せず、人の成長に無頓着。それが王国の性質であった。こんな雰囲気が市民の立ち上げた社会で社風としてまかり通ったら、たちまち崩壊するであろう。
そんな理不尽に悩み悲しむクレハの眼に涙が浮かぶ。
「悲しげな剣士さん。失われた腕が元通りに戻るとしたら、素敵な笑顔を見せていただけますか?」
ケヤルの言葉に目を丸くするクレハ。
「ご、ご冗談を。この腕はエリクサーですら治らな・・・」
「こんなところで油を売っていたんですか? ケヤルさん」
クレハの言葉を遮り、通路の奥からカツカツと現れたのは、痺れを切らしてケヤルを迎えに来たフレアであった。
フレアはクレハを一瞥すると、価値がない人間に用はないというように冷たい視線を送り、すぐさまケヤルに愛想よく笑いかけた。
「さぁケヤルさん、参りましょう。貴方のために用意した鑑定紙がようやく届きました」
笑顔で手を差し伸べるフレアであったが、ケヤルはその提案を一蹴する。
「申し訳ありませんが王女様。先約がございますので、鑑定はその後で」
「はい?」
フレアの目は笑っていなかった。彼女は彼女の都合や思い通りに事が運ばないことに激怒する性格。ケヤルがクレハとの約束を、自分との約束より優先させたことに怒りを覚えないはずがない。
これは当然、ケヤルの故意。彼女の性格を知った上で挑発していた。
「ゆ・・・勇者様、ケヤル様! 私のことはお気になさらず、どうか王女様の元へ」
クレハの気遣いに、ケヤルは静かに息を吐いた。
「では貴女も同席していただけますか? その腕の件を鑑定が終わり次第すぐに対応させていただきたい」
ケヤルとフレアの間でバチバチと火花が散った。
『どういうこと? ケヤル、この男。私に逆らう素振りなんて今まで見せてこなかったくせに。随分と調子に乗ってくれているわね』
そんなフレアの怒りを無視し、ケヤルはクレハを連れライナラの間に足を踏み入れた。
ライナラの間には鑑定紙が絨毯のように敷かれ、その傍らに王宮の魔術研究主任の老人の姿があった。クラス鑑定の専門知識をその場で参照するため、同席を許可されていたのだ。
「それでは鑑定を」
部屋に入るなり鑑定紙に手をかざすケヤル。紙に光が浮かび上がり、彼のステータスの詳細が扉1枚分に相当する量、表示されていった。
「クラスは!」
鑑定紙に駆け寄るフレアと老人。そんな2人に構うことなく、ケヤルはクレハの失われた腕に手をかけた。彼女の右腕の断端の包帯を外し、その治りつつある皮膚に優しく手を振れる。
「回復術士!?」
衝撃の記載に愕然とするフレアと老人はケヤルを睨んだ。その瞬間、ケヤルの腕に触れられたクレハの腕に光がまとわる。
「【回復】(ヒール)」
それはわずか一瞬。電光の一閃すら見切ると言われるクレハですら、その目に捕らえることができないほどの間に起きていた。
「そんな・・・私の腕が・・・治った!? エリクサーですら・・・私の腕!」
二度と戻らないと覚悟していたクレハは、再び剣を握ることができる現実に歓喜し、溢れる感動に泣き崩れた。
その光景に、フレアは冷淡な眼差しを向ける。
「これで、回復術士に間違いないことも証明“されてしまった”わ。全く、どうしてこうも私の思い通りにいかないのかしら。忌々しい」
ケヤルに聞こえないほどの小声でつぶやいたフレアに対して、傍に立つ老人は目を丸くしていた。
「いやいや! すごいですぞフレア様。これはただの【回復】ではございません!!」
興奮気味の老人に、フレアは冷めた声で「何が違うって言うの?」と問う。
「本来の【回復】は自己治癒能力を魔力によって活性化させるもの。人体が自分で治せる傷しか治せないのです。しかし彼の【回復】は違う。無からの創造、あるいは時間の回帰。いずれにしても神の領域!」
「でも所詮は回復術士でしょ?」
老人の分かりやすい解説にも、フレアは興味の無い反応を見せた。
その反応に老人は『えっ? 馬鹿なの?』と、不平不満の想いが溢れた。
『いやいや、ワシ言ったよ。神の領域って。聞こえなかった? それだけでスゴイ事じゃん。何でそんなに興味ないの? もし仮にケヤル殿が“あれほどの肉体を持っていなくても”、ワシはきっと同じような台詞で褒めていたよ!』
『そもそもさ、“エリクサーでも治せなかった”のを“治した”んだよ。魔族との戦いで治せない傷が治るんだよ。なら、これから魔族どころか魔王と戦いに行くアンタには必須のメンバーじゃん!』
『そんでもって、もしも、もしも回復術士だから戦闘能力が無かったとしても、それならそれで別の役割を与えてあげれば、立派に勇者パーティの一員として活躍させられるって。“ケガをしたらエリクサーを使えばいい”って、その手間はあるでしょ? なら回復専門がいればアンタは戦闘に集中できるじゃん。適切な回復・補助アイテムの采配を教えれば、下手なオートポーションスキルなんかより役に立つよ』
『馬鹿なの? だから他の勇者をパーティに誘っても断られてるの? だからこの国にはマトモな勇者がいないの?』
『もうさ、ケヤル殿を見習ってよ。彼が来て1週間で、ウチの剣士長や合同訓練に参加した兵士たちにも彼を慕う者が増えてきているって聞くし、この流れだとクレハだって彼に命すら捧げるんじゃね?』
年齢不相応な口調になるくらいの苛立ちと憤りが老人の心の中で炸裂する中、ケヤルもまた心の中で様々な想いに馳せていた。
二度目の人生で他人に行う、はじめての【回復】。
彼の【回復】は完璧な治癒の反面、他人の体験した苦痛を追体験する副作用を持つ。
今、ケヤルの体にはクレハが人生において体験してきた全ての苦痛が再現され、常人では耐えられない痛みが襲っていた。
『こんなものですか』
だがそのクレハの一生分の痛みは、ケヤルの山奥での修行中に感じた【回復】一回分の苦痛よりも遥かに劣っていた。
常人で例えるなら、蜂に刺された程度。10発くらい喰らえば悶絶するかもしれないが、何なら小指をタンスの角にぶつけたほうが痛い。
『我は、何を復讐しようとしていたのだ? 前世に受けた苦痛? 思い出せる限りを合計したところで、修行1日分の苦痛にも満たないではないか』
ケヤルの復讐心は、圧倒的筋力を前にして、取るに足らないものへと矮小していた。
そして同時に、彼はクレハの鍛錬の日々に感動していた。
彼の【回復】は発動時に対象の経験からスキルを略奪することも可能。
だが今のケヤルにとって、人が自らの力で積み上げてきたスキルを略奪(ではなく正確にはコピーだが)することは、その積み重ねに対する侮辱だと思えていた。
「剣士さん、回復は無事に成功しましたか?」
ケヤルが手を差し伸べると、クレハは「はい!」と声明るく、治った右手を使って掴み上がった。
「ありがとうございますケヤル様。剣を再び与えていただき・・・クレハ・クライレット、このご恩は一生忘れませぬ。この命に代えてでも、今すぐにでも、貴方のために何でも致します!」
「フォッフォッフォ。元気そうで何よりです。何でもしていただけると言うなら、我の望みとしては貴女が笑顔を見せていただければ」
そう言ってケヤルがニコッと笑うと、クレハは満面の笑みを浮かべて返した。
【笑顔】の勇者(は気持ち悪いため、今後は【癒】の勇者で統一させていただきます)ケヤルの誕生。
この祝福すべき瞬間を、【術】の勇者・フレアは歯噛みして睨みつけていた。