回復術士の筋肉鍛え直し   作:三柱 努

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筋肉は裏切らない

王都を脱したケヤルの姿は郊外の荒野にあった。

背負っているのは拷問を受けた亜人。その傷は全て回復させたものの、失った意識までは回復することはできない。

「ここは・・・」

荒野を疾走する背に揺られ、亜人はわずかに目を覚ましつつあった。

「目が覚めましたか?」

「ここは? !!?? 放せケダモ・・・ノ?」

亜人の記憶では、自身を捕らえた相手は王国の兵士であり、彼を拷問した相手。つまり敵であった。

だが、ケヤルの背を目にした瞬間に、その予想は脆くも崩れ、どう反応していいのかが分からなくなっていた。

「えっと、その・・・貴方は何?」

「我は勇者ケヤル。とはいえ、今は王国から追われる身ですけどね」

亜人はその言葉から悟った。おそらくは自分を助けたことで、このケヤルは国を追われているのだと。

「申し訳ない」

「かまいません。それより、これからどうしましょうか」

空を見上げるケヤルのつぶやきに、亜人は記憶の片隅から緊急事態を思い出した。

「あの・・・勇者殿に、俺なんかがお願いするのは申し訳ないんだが・・・」

口を濁らせる亜人に、ケヤルは優しく「遠慮なくどうぞ」と促す。

「仲間を・・・村を助けてくれ!」

 

亜人は氷狼族という種族であり、彼は村の見張り役であった。

それが先日、王国の斥候に捕らえられてしまい、無惨に殺された仲間を見て恐怖に震え、拷問の末に村を守る結界の秘密を教えてしまったのだ。

「俺は臆病者だ。仲間は奴隷にされて、村も奴隷狩りに遭ってしまう」

溢れる罪悪感を強引に抑えこみ、彼はケヤルに助けを懇願した。虫のいい話なのはわかっている。だが、それでも彼は助けを乞うことしか考えられなかったのだ。

「ええ、勿論ですよ」

ケヤルは返事よりも先に駆け出していた。

氷狼族の若者に道案内を頼みながら、巨大な肉の塊が荒野に土煙を巻き起こしていく。

 

それから数刻後、ラナリッタの町に続く道に馬車を引く一行があった。

荷台は牢になっていて、その中に何人もの亜人の姿がある。

奴隷商人の一行は、ジオラル王国から買い付けた氷狼族の奴隷を店へと運んでいたのだ。

「全く、いい買い物をさせてもらったぜ」

「今から新商品の仕入れに大部隊が動員されるんだとよ。忙しくなるぜ」

奴隷商人である荒くれ者たちが牢の中の亜人たちをニヤニヤと眺めながら笑っていると、何やらフォッフォッフォという笑い声が彼らの頭上から聞こえてきた。

「そのお話、詳しくお聞かせ願えますか?」

「ぁん?」

ふと空を見上げると、そこには青空の中に黒い点が1つ、徐々に大きくなっていくのが見えた。

そしてその巨大さが認識できた時、ズドンと大きな音と共に馬車に衝撃が走る。

「な、何だ!?」「魔物か!?」

「勇者ですよ」

自分たちの倍ほどの背丈の大男の出現に、奴隷商人たちは「いや魔物だろ!」と心の中で叫んだ。

「みんな! 助けに来たぞ!」

亜人の若者の言葉に、牢の中の氷狼族たちはバッと顔を上げた。

「お前! お前のせいで私たちは!」

「本当にすまない! 死んで詫びても詫びきれない。だが、勇者様をお連れした。俺たちは助かるんだ!」

若者の言葉に抗戦の構えを取る奴隷商人たち。だが、一番重要な勇者様ご本人の巨体を前に勝てる気、生き残れる可能性が微塵も感じられず、すぐに戦意喪失となった。

「勇者様、この者たちに裁きを!」

若者が叫ぶ中、ケヤルは奴隷商人たちに向かってニコッと笑い、懐の中から剣を取り出した。

「あの牢の方々を譲っていただけますか? 手持ちがありませんので、お代はコチラで」

ケヤルから剣を受け取る奴隷商人。その剣は剣聖クレハから回復の礼にと受け取っていたもの。町で売れば奴隷100人でも釣りがくるほどの高級品である。

「ケヤル様! こんな奴らから仲間を買うなんて!?」

「この方々も王国にお金を支払っているのですよ? それを一方的に略奪することは肉の道から外れる行為です」

ケヤルがフンと鼻を鳴らすと、若者は「貴方様がそうおっしゃるなら」と引き下がった。

その後、「こいつらは何を話しているんだ?」と頭に?を浮かべた奴隷商人から若者が鍵を受け取ると、ケヤルは牢をチョイと摘まみ飴細工のように牢をこじ開けて氷狼族たちを解放した。

「こいつら! よくもセツナたちに!」

氷狼族の少女が飛び出すと、牙爪を剥き出しに奴隷商人たちに襲い掛かった。

その強襲を「いけませんよ」とケヤルが手で掴み包んで止める。

「放せ! こいつらに、セツナたちが受けたのと同じように!」

「復讐ですか? であれば許可できませんよ。貴女が不幸になるだけです」

ケヤルはセツナと名乗る少女を静かに【回復】させた。その体に刻まれた痛ましい虐待の痕・復讐の炎が、光に包まれ癒されていく。

「復讐を果たしたところで、得られるのは一瞬の甘美な満足感だけです。それを幸せと勘違いしてしまえば尚更、虚しさだけが心と筋肉を支配してしまう。復讐なんてものは不幸になることはあっても、幸せになることは絶対に無いのです」

ケヤルの言葉に、セツナは抵抗を止め大人しく座り込んだ。

そして仲間の氷狼族たちと共に、絶望からの解放を泣いて喜び始めた。

その光景に微笑むケヤルであったが、緩んだ殺気によって一瞬、奴隷商人の殺意が再始動してしまった。

弓矢がケヤルと氷狼族に向けられる。感知技能の無いケヤルが、それを察知することは無い。

『死ね! 化け物・・・』

「筋の刃よ、肉の弾丸よ。弾け飛べ、肉弾戦車!」

その時、ケヤルの背後から突如姿を現した人影が手を振りかざし、奴隷商人たちに向けて攻撃魔法を放った。

赤褐色の塊がマシンガンのように、奴隷商人たちを弾き飛ばしていく。

「背中がお留守でしたので、出しゃばらせていただきました」

人影はマントを翻し、倒れた奴隷商人たちを背にケヤルの元に歩み寄った。

その姿に、亜人の若者はガクガクと震え、自らの拷問で受けた傷のあった場所を守るように身を縮こまらせた。「大丈夫ですよ」と、怯える若者の背に、ケヤルが優しく指を置く。

「お早いお帰りでしたね、フレアさん」

それはケヤルによって【聖筋肉領域】に閉じ込められていた【術】の勇者・フレアであった。

亜人の若者を拷問し、氷狼族の奴隷化と村の襲撃を命じた張本人。

ケヤルを陥れ、王国からの逃亡を策略した真犯人。

そんな彼女が、ケヤルの目の前まで足を進めると、ササッと膝をついて両手を握り合わせた。

「お待たせいたしました“コーチ”。フレア、只今帰還いたしました」

ニコッと自然で屈託のない笑顔を見せるフレア。その肉体はほんの数刻前と比べてムッチリと膨れているようにも見える。

「フレアさん、筋肉は?」「裏切らない!」

ケヤルが両腕を曲げてポージングを決めると、それに呼応するようにフレアもまた両腕を曲げてポーズを決めた。

その理解不能な光景に唖然とする氷狼族たち。

「筋肉は裏切らない。私たちの体を構成するものは筋肉、つまり私たちは筋肉そのもの。つまりこの言葉は、人間は真実を以て生きよということ」

「その通りですよフレアさん。見事に筋肉更生されましたね」

「コーチ!」

パァッと明るい表情を浮かべ、ケヤルの大腿に抱き着くフレア。その髪を指で優しく撫でるケヤル。

その異様な光景を初めて見るセツナであったが、これだけは理解できた。

 

これは更生じゃない。洗脳だ、と。

 

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