【聖筋肉領域】をやり遂げた王女・フレアの合流後、ケヤルは残る氷狼族の【回復】に回った。
「さて、他にお怪我の残っている方はいらっしゃいませんか?」
氷狼族たちは両手を挙げて完全復活ぶりをアピールした。
「よろしいですね。それでは早速、あなた方の村を救いに参りましょう。フレアさん、お手伝い願えますか?」
「そのことですが、幾ばくか問題があります」
ケヤルの問いにフレアは両手を握り合わせ頭を下げ、返答の許可を求めた。
フレアは落ちていた木の枝で地面に周辺の地図を描いていき、ケヤル達の現在地、ジオラル王国、氷狼族の村、そしてケヤルの故郷の位置を示した。
「コーチが今、向かわれようとしている村がコチラ。そこにジオラル王国から亜人狩りの軍団が向かっています。無論、村が襲撃されれば蹂躙は免れないでしょう」
「そうおっしゃりながら、我の村を示している理由は。もしや?」
ケヤルは彼の故郷の位置を指さし歯噛みした。
「そうです。状況を考えると王女である私の誘拐ないし殺害の罪で今、コーチはジオラル王国から手配されているでしょう。そうなれば、その故郷の村もまた討伐の対象となり、即座に軍隊が差し向けられているはずです」
フレアが地図上に矢印で各軍の進行速度を示していくと、その事態の深刻さが浮き彫りになっていく。
その様子を見て、セツナは言い出しにくそうに口を開いた。
「あの、ケヤル様・・・セツナたちの仲間で、ここに居ない女戦士が何人かいる」
その何人かは、襲撃の際に人質として利用するため軍団に捕えられていると考えられた。
「我が全力を出せば、2つの村とも間に合うかもしれません」
「流石ケヤル様!」
「ですが・・・それだけでは済まないのでしょう?」
ケヤルが尋ねると、フレアは静かに頷いた。
「軍隊は1団だけではありません。戦略上、控えの後方部隊が第2波となるため、ケヤル様が村の手前で軍を1度退けたとしても、村の危機は排除されたとは言えないのです。村人たちを安全な場所に避難させれば解決できますが、そこに時間を割かれれば、もう1つの村は手遅れになってしまいます」
つまり、どうあがいても氷狼族とケヤルの故郷のどちらか1つを救うことしかできないというのだ。
「一応、2つの村を救えるかもしれない道もあります。それは私の無事を王国に知らせるために、ケヤル様と一緒に帰国することです。ですが、すでに出陣してしまった第1陣の軍に伝令が間に合うか・・・いえ、おそらくは間に合わないでしょう」
「逆に今すぐに国に戻らず、村を救うために軍と交戦すれば、我は国から追われる身となるわけですね」
道は3つ。
氷狼族を救い、故郷を見捨て、反逆者として歩む道。
故郷を救い、氷狼族を見捨て、反逆者として歩む道。
ケヤルの立場を守り、2つの村を半ば見捨てる道。
決断できるのはケヤルだけである。
その動向を氷狼族もフレアも息を飲んで見守る中、ケヤルは口を開いた。
「そんなもの、初めから道は1つです。我は傲慢で自分勝手な人間ですから」
フォフォフォと笑うケヤルの声は、静寂の荒野に不気味に響き渡っていた。
それから数日後。
「今頃、ケヤルは何をしているのかしら?」
「どうじゃろうな。そのうちに帰ってくるやもしれんな」
ケヤルの生まれ育った村では、いつもと変わらない平穏な時間が流れていた。
だが、理不尽は突然に。何の前触れもなく、蹂躙は始まった。
村の前に突如姿を現した騎兵隊の姿に、村人たちは何事かと家から顔を出しはじめていた。
「天誅である!」
ジオラル王国から派兵された討伐隊は、門を突破し次々と村へ雪崩こんでいった。
家々に火を放ち、村人たちを捕らえ縛り上げていく。
「な、何じゃ。お主ら、ジオラル王国の者たちか?」
「いかにも。この村に邪教信仰が蔓延っていると御触れがあった。反逆者ケヤルが王国を滅ぼすため、我らが王女に手をかけたことが何よりの証拠。よってここに粛清を果たす!」
王宮でケヤルに制圧された近衛騎士隊長が高らかに宣言すると、村の広場に村人たち全員が集められた。
1人1人と磔にされ、その間に他の兵士たちが薪の準備を進めていく。
「そんな、ワシらが邪教などと、何かの間違いではありませんか!?」
「それに、ケヤルが王女様を? そんなわけがありません!」
村人たちの弁明も兵士たちには届かない。村人たちの半数ほどが磔となったところで、隊長が松明に火を灯した。
「やめtッ!!!」
ケヤルの隣人、アンナの悲鳴が響き渡る中、宙に放たれた火が村人たちの足元へ・・・
バッ
その時、隊長と火刑の間に巨大な塊が割って入った。
「いけませんよ。このような非道は、我が許しません」
その巨体は松明の火を摘まみ潰し、隊長の足元に放り投げた。
「来たな・・・反逆者ケヤル」
「間に合って良かった。筋肉の泣き声に呼ばれ。勇者ケヤル、只今戻りました。」
隊長が苦々しく睨む中、勇者ケヤルの帰還に村人たちは歓喜した。
「ケヤル! 助けてくれ!」
「勿論ですよ」
ケヤルは1人とはいえ、討伐隊との戦闘力の差は歴然。巨象と虫の群れほどの差がある。
だが、兵士たちには村人を人質にするというアドバンテージがあった。
「大人しくしてもらおう。抵抗すればどうなるか分かるな?」
不敵に笑う隊長は、剣をケヤルの喉元へと突き立てた。
「王宮では不覚を取った。どうやったか分からんが、背後から襲うとは卑怯千万」
「卑怯ですか? 否定はしませんが、王宮の件は冤罪ですよ」
否定をしないケヤルの言葉にふと違和感を覚える村人たち。
すると突如、兵士たちの間にいくつもの白い影が走った。
そして瞬く間に兵士たちは白い影に剣を奪われ無力化していく。
「ケヤル! こっちはセツナたちに任せて!」
「何者だ!?」
「我の仲間ですよ」
それはセツナをはじめとした氷狼族であった。
隊長は目を丸くした。彼が得ていた情報では、氷狼族はジオラル王国の襲撃を受けているはず。距離を考えれば、氷狼族の村からこの村までたどり着くはずがない。
考えられるのは斥候が捕らえた見張りの戦士たちであるが、そんな者たちが村を見捨ててこんな場所に現れるはずがない。
この場で奴らがケヤルと共に現れるのは道理に合っていないのだ。
「ケヤル・・貴様、何をした!?」
「仲間を頼った。ただそれだけですよ」
ケヤルは氷狼族の村を見捨ててはいない。彼は奴隷商人から奴隷を助けた後、ジオラル王国の奴隷狩りの部隊を襲撃していた。
そして、そこからチームを2つに分けていた。故郷の村を助けるチームと、氷狼族の村人を避難させるチームである。
故郷へは動ける人員を。それはケヤルとセツナをはじめとしたスピードのある戦士たちに。
避難誘導へは疲れの残る負傷者と、その護衛にフレアを向かわせていた。
当然、信の置けないフレアの同行に戦士たちは不安を覚えていたが、そこはケヤルへの信頼があったからこそ実現した布陣であった。
「形勢は決しましたね、隊長さん」
「くっ・・・だが、貴様だけでも!」
隊長はそう叫ぶと、隠し持っていた短剣をケヤルの胸板へ突き刺した。
「ハハハ! 油断したな・・・・!? う、動かない」
それは、物理攻撃耐性を持つ鋼鉄の魔物に剣撃を加えた時の感触に似ていた。
「貴様、貴様ァ!」
「隊長さん、貴方の筋肉が泣いていますよ」
「くそぉがぁああああ」
ケヤルの手に捕らえられ、隊長の意識は【聖筋肉領域】へと消えていった。
その断末魔の中、兵士たちも、村人たちも、氷狼族たちも思った。
その言葉の通りだと、ケヤルを村に呼んだのは、隊長の筋肉の泣き声ということになるのでは? と。