回復術士の筋肉鍛え直し   作:三柱 努

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最後に勝利するのは勇気ある筋肉を持つ者

1か月前、故郷の村を救い、氷狼族の村人たちと合流したケヤルたち。

2つの村はともにジオラル王国に場所を把握されており、安住の地ではなくなった。

そのため両村人たちは、ケヤルが探し出した新天地に移り住んでいた。

子供や動きの不自由な老人もいる大所帯での旅には危険が伴ったが、ケヤルの【聖筋肉領域】に全村民が収容されることで問題は解決されていた。

 

「ケヤル! あとで野鳥狩りに行こう!」

「セツナさん、コーチを呼び捨てはいけませんよ」

鳥のさえずりに癒される小川の端。

両手一杯に水桶を担いだケヤル、フレア、セツナの姿がそこにあった。

溌剌と戯れるセツナとフレアの姿に微笑みを見せるケヤル。

「おはようございますケヤル様」

「ケヤル様、さっき皆で小屋を建てたよ。見に来てよ」

すれ違うのは村の老人と亜人の子供。2人して仲良く丸太を担いで運んでいる。

離れたとことでは、女性たちが笑顔で柱に釘を(一撃で)打ち、男たちがレンガの山を担いで運び、誰もが住みやすい家を建てている。

ここでは村の開拓のため、誰もが汗を流して働いていた。

亜人も子供も、老人も子供も、全ての筋肉が美しく躍動する世界。(それもそのはず、全村民が【聖筋肉領域】を経て、元の体重の5%分、筋肉量が増えているのだ)

「素晴らしい。これが筋肉の悦ぶ気分ですか! 最高です。我は今、この世界で一番幸せな男ですよ!」

フォフォフォと笑うケヤルの満足げな表情に、フレアとセツナは互いに微笑みあった。

「ケヤル様、もう村の方々だけで発展を進めることが出来そうですね」

「そのようで。そうすれば勇者は不要かもしれません」

「勇者は不要。であれば、ケヤル様は旅に・・・出られるのですか?」

「今後、何をするのか・・・ですが」

ケヤルは静かに目を閉じると、静かに語り始めた。

「我としては是非、フレアさんには王国の奴隷となった方々を救っていただきたい」

「私が、ですか!?」

ケヤルの言葉に衝撃を受けるフレア。

「奴隷として虐げられている亜人の方々を暴力から救い出すには、現王である御父上を排し、貴女には王位に就いていただくしかありません」

ピシャリと言い放つケヤルに、フレアは表情を曇らせた。

「ですがケヤル様。私には国をどのように統治すればよいのかが分かりません」

「心配ご無用。我は国を支えるインナーマッスルになる男。及ばずながら助力いたします」

「コーチがいれば千人力ですわ。でしたら早速、政治学の教本を手に入れなければ」

ケヤルがドンと胸を叩くと、フレアの顔に笑顔が戻る。

「ムー、2人して難しい話して! セツナを置いてけぼりにするなー!」

政治の話に頭がショート寸前になっていたセツナが両手を上げると、フレアとケヤルはケラケラと笑い始めた。

「大事なお話ですよセツナさん。フレアさんが皆が安心して暮らせる国を作るための」

「そうなのかフレア? だったらセツナも手伝う! セツナはフレアが大好きだ。フレアだったら良い国を作れると思うぞ!」

「まぁ、セツナさんったら」

 

翌日、フレアは隣国へと旅立った。護衛には【聖筋肉領域】で脚力を強化しまくった近衛騎士隊長が就くことに。彼の脚であれば日帰りで帰ってくるであろう。

「フレア。これをやる」

セツナは氷狼族に伝わるお守りをフレアに手渡した。厄除けの念が込められたこのお守りは、氷狼族にとって何よりの友好の証でもあった。

「ありがとうございます。ジオラル王国のため、フレア・アールグランデ・ジオラル、いってまいります」

彼女の姿が見えなくなるまで、ケヤルや村人たちは名残惜しそうに手を振り続けた。

 

 

それから数刻後、開拓の村に不穏な影が迫っていた。

発端は1人の村人が感じた違和感。森の奥へ丸太を取りに行った亜人の子供がいつまで経っても戻らない。

探しに出ようとした足が止まる。鼻につく鉄の臭いがしたからだ。それは以前、口の中を切って流れた血の風味に似ていた。

「ケヤ・・・」

ザンッ

「あ~あ、勿体ない。可愛い娘だったのにさ」

血の滴る剣を振り、その者は森の中から姿を現した。

「で、何処なのよ? 僕のフレア様を消したクソ巨人野郎ってのは?」

 

 

ケヤルは風のざわつきに作業の手を止めていた。

「いかがいたしましたか? ケヤル様?」

聖堂を建てるために支えられた巨岩の柱が揺らぐ心配はないが、村人たちはケヤルの不穏な雰囲気にざわつき始める。

「離れてください」

そうケヤルが呟いた瞬間、一筋の閃光が彼の胸元に突き刺さった。

「ほう、これを止めるか」

間一髪、ケヤルが剣先を掴み、その凶刃は胸の肉をわずかに抉っただけで済んだが、その主は素早く飛び退きケヤルから距離を取った。

「【剣】の勇者ブレイドさ。反逆者ケヤル、僕の【神剣ラグナロク】の錆になりなよ」

「ほぉ。こんな大鼠さんは、何処から紛れ込んだんでしょうね?」

ブレイドはニタァと笑みを浮かべ、ケヤルに再び斬りかかった。その斬撃が防戦一方のケヤルの皮膚を裂いていく。

ケヤルはただやられているわけではない。近くにいる作業中の村人の避難の時間を稼いでいるのだ。

そのことを察した村人たちが聖堂から飛び出していく。

が・・・、その足は突如として止まっていた。

「どうされたのですか、皆さん! ・・・・!?」

そこには既に大軍が布陣されていた。ジオラル王国の精鋭部隊1000名。

ケヤルは唖然とした。この新天地は山奥の秘境であり、易々と見つかるような場所でも、これほどの大部隊が気付かれることなく接近できるような立地ではない。

すると軍の中から1人の少女が姿を現した。

それは、この奇襲を可能にする軍略を持つ軍師。ジオラル王国第二王女、軍神ノルン・クラタリッサ・ジオラルであった。

「あ~ら、お姉様の仇がこんなところに。犬猿と仲良く暮らしてたのに、残念ねぇ。家畜の浅知恵なんて、人間様に簡単にバレちゃうのよ」

歪んだ笑みを浮かべるノルンが手を上げると、兵士たちが剣を構えて村人を包囲していった。

「ケヤル様!」

「皆さ・・・」「余所見する余裕があるのかい?」

ブレイドの剣がケヤルの頬を切る。

スピードとパワーは聖堂で戦っていた時以上。その理由は彼女の持つ【ラグナロク】の力。剣の輝きにより身体機能と自己治癒力を爆発的に強化されたブレイド。

そこに加え、村人の窮地という精神的なプレッシャー。

二重の攻めに、ケヤルは初めて、小さく汗をかいた。

「軍の包囲に【剣】の勇者。1匹の罪人には豪華すぎるお迎えだと思わない? だけどね、今日は特別よ。もう1人、来てもらっているの」

ケヤルの焦った表情に、ノルンは満足げな表情を見せた上で、指をパチンと鳴らした。

するとその瞬間、軍の間から数発の砲撃が放たれ、村人たちに向かって飛び交った。

「!!??」

ケヤルは咄嗟に村人を守るため、自らの身を挺して砲撃を防いだ。

ダメージは軽くはない。通常兵器の威力ではないことは明らか。

「ケヤル様!」

「僕のことも忘れないでよ」

村人が駆け寄るのを制したケヤルが、ブレイドの追撃を浴びていく。

そして間髪入れず次の砲撃が鳴り響き、ケヤルは再びそれを防いだ。

「ブレットさんまで来てくださったんですね」

「ぁあ? よく俺のことを知ってたな?」

ケヤルの睨んだ先、軍の間から【砲】の勇者ブレットが姿を現す。

これで、兵士たちが村人を包囲したまま人質に取らない理由が判明した。

村人を撃てばケヤルが守り砲が命中する。その合間を縫ってブレイドが削る。

それぞれ1対1であれば、苦戦こそすれどもケヤルが負けることはないであろう。

だが現状、ケヤルに勝機は無かった。

「フレアさんが戻ってきていただければ・・・あるいは」

ケヤルの窮地にセツナは歯噛みした。

レベルの差は歴然、助けに入ったところで足手まといになるのは明白である。包囲を強行突破してフレアに助けを走ったとしても、ケヤルの体力がもたないだろう。

『なら、セツナにできることは・・・』

セツナは決意し、震える足を叩いて走り出した。

降りしきる砲撃の雨を潜り抜け、目的の場所に突撃するタイミングを計る。

「ふん、雑魚犬が」

眼中にないセツナの行動に、ブレイドは構うことなくケヤルに斬りかかった。

その強襲を迎え撃たんと、ケヤルは消耗した拳を辛うじて振り上げる。

「今だ!」

剣と拳が交差する刹那の時。その間に割って入った一迅の白い影。

「そ・・・そんな!?」

ケヤルは拳が貫いた肉の感触に我が目を疑った。

滴る赤い血が、白い肌を紅に染めている。

両雄の激突に乱入したセツナの体は、ケヤルの拳とブレイドの剣に貫かれていた。

ケヤルは咄嗟に【回復】したが、セツナの目に既に生気は無く、失われた命は戻ってはこない。

「はっ、お前の女か? 馬鹿な奴だ、勇者の剣を止められるとでも思ったのか!」

セツナの遺体を鼻で笑い、ブレイドはケヤルの肩に目がけて剣を振り下ろした。

ガッ

「!!??」

ブレイドの剣は、まるで空間拒絶の呪文でもかけられたように、標的の皮膚の上で止まっていた。

「馬鹿ですよセツナさん、貴女という人は」

ケヤルは剣に手をかけ、ググと押し返していく。

「なっ、どういう・・・この力は・・・」

「怒りでパワーアップなんて、おセンチなものじゃありませんよ。実に簡単なお話です」

ケヤルが剣を掴んだ指に力を込めると、ミシミシと割れ目が入っていく。

「レベルアップですよ。”ここに来て”初めての、ね」

2度目の人生に入ってから、ケヤルは一切の経験値を得ていなかった。戦闘こそあったものの、逃亡や消失であり経験値はゼロ。

今、セツナの死によって生じた経験値はブレイドとケヤル、勇者2人の経験値ボーナスにより、氷狼族レベル7の通常経験値の4倍を得たこととなる。

よって現在、ケヤルのレベルは5。

「レベル5!? 馬鹿な、今のがその程度なわけが」

「おや、お気づきでないようで。高レベルになれば薄れてくる感覚でしょうが、レベル1とレベル5ではステータスが倍ほどに違うのですよ?」

そう言うと、ケヤルはブレイドの剣・ラグナロクを粉々に砕いた。

「なっ!」

その驚愕の光景に、その場にいた誰もが愕然とした。

「それに貴女は【勇者】を勘違いしている」

ケヤルは静かに言い放った。

「勇者とは、勇気ある筋肉を持つ者のこと。死の恐怖を前に、仲間を救うため己が身を奮い立たせたセツナさんこそ【真の勇者】なのです」

ケヤルの気迫を前に、ブレイドは死を覚悟し、背を見せ一目散に走り出そうとした。

が、既にケヤルは素早く身をひるがえし、丸太のような脚を回していた。

「さようなら。勇気無き者よ!」

黒い竜巻。見た者すべてがそう感じたものは、ケヤルの残像にすぎないものであった。

そして直後、宙高く蹴り上げられたブレイドの姿に誰もが目を奪われる。

「貴方もですよ」

その瞬間、【砲】の勇者ブレットの体は、彼の意識と共に【聖筋肉領域】の中に溶けていた。

そして村人を包囲していた兵士たちもまた、その姿を消していたのだ。

残されたのはノルンただ一人。

「ぁぁ・・・・許しt・・・」

「聞く耳は、何処かに置いてきてしまいました」

ケヤルの手がノルンを薙ぎ、その頭上に墜落してきたブレイドの体もまた【聖筋肉領域】に閉じ込められた。

 

 

 

全ては5秒ほどの間の出来事であった。

 

尊い犠牲者3名を出し、ケヤルの怒りに燃える瞳は、王都へと向けられたのだった。

 

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