「こ、これは」
フレアの帰村は、ジオラル軍の襲撃から数刻後であった。
踏み散らかされた田畑に、崩壊した家や小屋。聖堂前の広場に集まる村人たちが温かく彼女を迎えたが、その中央でセツナの亡骸を抱くケヤルだけはフレアに覚悟と悲しみを燃やした目を向けた。
「コーチ、これは」
「フレアさん。いえ、王女様。我は王国を甘く見ていたようです。奴らは相手の嫌がる事を平然と行います」
フレアはセツナの亡骸に自らのマントをかけた。
「コーチが氷狼族に味方したことは既に王国に知られています。そうなれば、国内の亜人奴隷を人質にした非道戦術で・・・」
「先手を打つしかありません。王宮の見取り図を教えていただけますか?」
「お一人で向かうおつもりで? 申し訳ありませんが、私は・・・絵が酷く下手ですよ」
そう言うとフレアは靴の紐を縛り直した。ケヤルと共に王都へ向かうつもりなのだ。
「ケヤル様! 我々も共に、セツナの仇を取らせてください!」
氷狼族の戦士たちも名乗り出るが、これ以上の犠牲を増やしたくないケヤルは首を横に振った。
「コーチ、王族だけが知る隠し通路を使いたく思います。ですが、そこを押さえられている可能性もあるため、表から囮が向かっていただけると成功率が跳ね上がります」
フレアの提案にケヤルは「皆さんを囮に?」と語気を荒げた。
「ケヤル様、我らはゲリラ戦術を得意としています。時間を稼いだ後は大軍を引き付けたまま撤退いたしますので問題ありません」
この計画では彼らが王国と真正面から闘うことになるが、ケヤルの背中を押すために、戦士たちは虚勢を張った。
「ケヤル様、ワシらからもお願いします。セツナちゃんのためにも王都へ向かってください! ワシらのことは心配なさらず。追手から逃げつつ、また新天地を探し皆で村を復興できます」
村人たちにも背を押され、ケヤルは深々と頭を下げ、フレアと体調が用意したマントを羽織り、王都へと旅立った。
「ケヤル様、こちらでございます」
隊長の案内を受け、ケヤルとフレアは王宮の内部へと潜入していた。
「コーチ、想定より兵が多く残っています」
王宮内の通路は平常時と変わらない数の兵が闊歩していた。
「勿論です。囮の方々に合図していませんから」
フレアが目を丸くする中、ケヤルがフォフォと笑う。そこに同行していた近衛騎士隊長が口を挟んだ。
「フレア様、これは私の案でございます。氷狼族の皆の犠牲なく、王宮の兵を一掃する策は、私にはこれしか思い浮かびませぬ故」
そう言うと隊長は剣で自らの体を突き刺した。
「レナードさん・・・貴方、まさか」
「ケヤル様、筋肉のご加護があらんことを」
それから数分後、王座の間にフレアの声が響き渡った。
「父上! 国王様! 大変です!」
「姫様! フレア様、ご無事だったのですか!」
死んだと思われていたフレアが突然姿を現したことに、王座の間を守る近衛兵たちに動揺が走る。そしてその腕に抱かれた近衛騎士隊長の血まみれの姿に誰もが慌てふためいた。
「娘よ、よくぞ無事であった。しかしこれはどういうことだ?」
「レナードが護ってくれました。先ほど、秘密通路で・・・彼を、早く!」
フレアの懇願に兵士たちは急いでエリクサーを取りに走った。国王も身を乗り出して事態の行く末を見守る。
その刹那ほどの玉座の隙を、頭上から黒い影が狙っていた。
「ムッ!」
国王プロームは素早く立ち上がると、頭上からの強襲に両手を構えて迎え撃った。
ガンッ!
鈍く激しい衝突音が王座の間に響き渡り、王座が塵埃に覆われる。
「なっ、何が!? 王よ、ご無事ですか!」
「ほぉ、バレてしまいましたか」
その影の主はケヤルであった。隊長が決死の覚悟で作り出したわずかな時間に勝負を賭け、プロームを仕留めようとしていたのだ。
「ふっ、このような児戯がワシに通用するとでも思ったか? とはいえ・・・」
徐々に煙が晴れていき、その中からプロームのいたはずの場所に立つ“何者か”が姿を現す。
「よもやこの姿にならねば防げぬダメージとはな」
ブロームの声を口にする異形の生物がそこには立っていた。禍々しいオーラを放ち、闇の翼を背に、巨大な四躯を鎮座させる怪物。
それは、この世界の外側に属する邪悪な力のなせる業。
圧倒的なその能力は魔王をも凌ぐ。
「ま・・・魔王!? まさか、プローム王・・」
「予想外でしたが、魔王とは少し違うようですね」
その姿に恐れおののく兵士たち。だが、ケヤルだけは記憶にある魔王の姿との相違を冷静に見極めていた。
「ですが納得いきました。プローム王が魔の力を宿しているとすれば説明がつきます。ジオラル王国が世界の情勢と逆行し、魔族との対立を煽っていることも。勇者に兵士、国民までもが邪悪な心に染まっていることも。全ては貴方の謀略だったのですね?」
ケヤルの指摘にプロームは『いや、人民の性格の悪さは生粋のものだが・・・』と心の中で指摘した。
「全く、勇者というものは忌々しいな。この姿が明るみになってしまったら、ワシがこれまで丹精込めて作り上げてきた地盤が無駄になってしまうではないか」
そう呟くとプロームは腕を一振りし、その腕から幾つもの暗闇の塊を放った。
放たれた塊は一瞬にして形を作り、闇の眷属へと変貌した。
「仕方あるまい。全ては勇者ケヤルの所業。目撃者は皆殺しにせんとな」
プロームの号令で兵士たちに襲い掛かる闇の眷属たち。
「フレアさん、任せましたよ」
「はい、コーチ!」
主の裏切りに心をかき乱され、動けずにいる兵士たちの前に躍り出たフレア。その手に持った杖から放たれる魔法陣が眷属たちを迎撃していく。
その攻防を背に、ケヤルは単身プロームに特攻を仕掛けた。
「舐めるなよ、勇者風情が!」
プロームとケヤルの拳がバチバチと火花を上げぶつかり合う。
「やりますね」「お主こそな・・・だが!」
プロームはもう一方の手で魔法陣を描き上げ、拳の威力を高めていった。
「グッ、このままでは・・・致し方ありません!」
ケヤルもまた奥の手を惜しむことができないと判断した。
それは彼自身が卑怯と感じ封印してきた秘術。【回復】の解釈のチート拡大。
【改悪】。触れた対象を作り変え、崩壊にすら至らしめる、筋肉への愛も味気も無い、悲悦の魔法。
「【改悪】!」
ケヤルの拳と触れたプロームの腕が端から腐食していく。
「ぬぅっ! そんなものぉを!」
プロームは【改悪】の特性を一瞬で見抜き、魔法陣をすぐさま書き換えた。その途端、彼の崩壊した腕は肘から先が消滅した。
「空間転移魔法じゃよ」
その呟きがケヤルの耳に届いた瞬間にはもう遅く。
ケヤルの腕に転移された崩壊は、彼の腕を崩壊させていった。
「くっ!」
判断に迷いはなく、ケヤルは自らの右腕を左手で切り落とした。
崩壊は、その左手にまで及んでいたが、それもまた彼の筋収縮の瞬間過膨張により、手首から先で血管の破裂とともに爆発して防がれた。
わずか0.5秒の攻防で、両者ともに右腕を失い、ケヤルに至っては左手すらも。
だが、その絶望の中においても、ケヤルの意思は攻めのまま。
「ゥオラァ!」
ケヤルの左ストレートがプロームの顔面を捕らえた。その凄まじいパンチに吹き飛ばされるプローム。
「なっ! 切れた手で殴りやがった!」
兵士たちが自らの健康な左手を押さえゾッとする中、ケヤルは立ち上がろうとするプロームを静かに睨みつける。
「まだ余裕はあるようですね」
「ああ。ワシの見立てでは、その手では回復も改悪も使えぬようだ。となれば、戦力差と状況を見て、貴様に勝ち目は無い」
そう言うとプローム残った左手で命じ、眷属たちに兵士たちへの一斉攻撃を命じた。
「ちっ」
舌打ちをしてケヤルはフレアや兵士の元へ走る。
そして、その背に向かってプロームは闇のエネルギーを放っていた。眷属もろとも全てを消し去る衝撃波である。
「貴様が避けぬことは分かっていた。さらばだ。勇者よ」
反応が遅れたフレアの術では間に合わない。逃げる足もまた同様。
諦めに至ったフレアや兵士たちに、ケヤルは覆いかぶさり、自らの背にその衝撃波を浴びた。
巨大な爆発が王座の間を包み込んだ。
衝撃で天井は崩落し、天から差す光がプロームと、その目の先にある瓦礫の山を照らし出す。
「この城も気に入っていたのだがな・・・人間の力で“自然に”再建するには手間がかかr・・」
その時! 瓦礫が吹き飛び2つの人影が姿を現した。
「なっ!? 貴様らは!」
プロームの睨む先に立つ屈強な体つきの女性と大男。
その背には衝撃波の余波を受け気絶した兵士たちが。
そして、さらに巨躯の大男と姫の姿。ケヤルとフレアを庇っていた。
「大丈夫だったか? 兄貴」
「僕たちがついている」
その声に顔を上げるケヤルとフレア。
「貴方たちは!」
そこに立っていたのは紛れもなく性悪の権化。【砲】の勇者ブレットと、【剣】の勇者ブレイド・・・
の、なんとも煌めかしい、爽やかな筋肉の従者に進化した2人の姿であった。
「ブレットさん、ブレイドさん!」
「筋肉は!」「裏切らない!」
両腕を天高く掲げ、胸板の分厚さと美しさを魅せるポージングを取るブレットとブレイド。
それに呼応するように、ケヤルとフレアも腕を上げ、同じポーズで応えた。
「師匠。全ては【聖筋肉領域】(トレーニングジム)で聞かせていただきました」
「俺たちの王・・・いや、プロームの野郎こそ悪の根源なんだってな!」
「その通りですわ。父を討ち、国を救いましょう!」
「まさか、この4人で戦う日が来るとは。我の、我ら筋肉の喜びの唄が聞こえてきますよ!」
4人は互いにアイコンタクトを取り、横並び立ち布陣した。
「【砲】の勇者・ブレット」
「【剣】の勇者・ブレイド」
「【術】の勇者・フレア」
「【癒】の勇者・ケヤル」
名乗りを上げ、勇者たちは武器を手に取り、その切っ先をプロームに向ける。
かつては恨みと支配欲と肉欲、復讐で結ばれた4人が、筋肉によって結ばれた。
今、史上最強のブレイブチームが、ここに誕生したのだ。
「行きますよ! 皆さん!」
ケヤルの号令に「応!」と叫ぶ3人の勇者たち。
両手を失ったケヤルの右をブレットが、左をブレイドがサポートし、3人の背をフレアが護り、4人はプロームへと突き進んだ。
「!?」
瞬きすらしていない。まるで転移魔法のように、プロームは懐に4人の接近を許してしまっていた。
ガッブンッ!
意識が追い付かないうちに、砕けた天井を突き抜けて城のはるか上空に蹴り上げられるプローム。
「ガハッ、これほどとは・・・だが、ワシにも考えはあるぞ!」
そう言うとプロームは左手を薙ぎ振るい、無数の闇の眷属を城の周囲に向かって解き放った。
「どうする勇者たち! 早く向かわねば、国中が我が眷属によって蹂躙されるぞ」
プロームの勝ち誇った笑い声が轟く中、ケヤル達は上空へと飛び上がっていた。
「ブレイドさん!」
ケヤルの左腕にしがみついたブレイドが振り回した剣筋。
ブンッ
その瞬間、同心円状の眷属たちが真っ二つに切り裂かれた。
「なっ!?」
「ブレットさん!」
ケヤルの右腕にしがみついたブレットから放たれた砲撃が、眷属たちの群れの空間を次々と削り取っていく。
「フレアさん!」
フレアの唱えた魔術の雷が、残る眷属たちをこそぎ落とした。
「そんな・・・1秒足らずで・・・」
絶望を味わったプロームは、翼をひるがえして一目散に逃走を図った。
飛行速度であれば負けるはずがない、そう考えたのだ。
「たしかに1人では追いつきません。ですが我らは2人が繋がれば2倍、3人で繋がれば4倍速く飛べるのですよ」
ケヤルの言葉がプロームの耳に届くよりも早く、8倍の速度で飛行したケヤルたちがプロームの懐に再び迫る。
「くっ、来るなぁ!」
「さようなら、悪しき力よ!」
4人は身を転がし、ケヤルは靴を脱ぎ捨て、一直線にプロームを蹴り抜いた。
大きく穴の開いた怪物の胴体は、その端から【改悪】によって崩れ落ちていった。
「手が無くとも、我のヒールは残されています。ですから名乗ったでしょう? 【癒】の勇者だと」
こうして、黒い力に永く支配されていたジオラル王国は、その悪しき闇から解放されたのだった。
次回、フィナーレへ