賑やかな星   作:彼岸花ノ丘

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生物災害05

 ざぁざぁという雨音が、洞窟の中を満たす。

 洞窟といっても奥行き五メートルほどしかないが、それでも雨の音が入り込むと反響し、ちょっと不思議な音色を響かせた。淡々と続く静かなリズムは、睡眠を誘導するのに丁度良い。

 洞窟内は気温も涼しい。ミュータントである継実達は数百度に達する焚き火の中でも居眠りが出来るぐらい丈夫だが、それでもやっぱり二十数度の気温が一番寝心地が良いのだ。一日中日光が当たらない洞窟は昼間でも気温が上がらず、天井のお陰で熱がこもるので夜も急激には冷えない。高々五メートルの奥行きしかない洞窟でもその機能は多少なりと働き、そこそこ寝心地の良い気温になっていた。

 強いて難点を挙げるなら、ごつごつとした岩肌はどう考えても寝心地が良くない点だろう。しかしミュータントに支配されたこの地球にその心配は無用だ。洞窟内でも背の低いコケがびっちりと生えていて、床と壁を覆っている。ふかふか、というほどの厚みはないが、岩肌にごろ寝するよりは幾分マシだ。そもそも継実は七年間木の洞を寝床にしていたぐらいなのだから、今更岩肌ぐらいで眠れないだのなんだの言わない。

 総合的に見て、実に寝心地の良い空間である。自然界の中では最高峰と言っても過言ではない。

 ――――その最高峰の中で。

 

「(ね、眠れない……)」

 

 継実は目をギンギンに見開いていた。

 勿論目玉を根性で押っ広げていれば、眠れる訳がないだろう。しかし継実にそんなつもりはない。目を閉じ、思考を停止し、何度も眠りに入ろうとした。

 なのに何故か、眠れない。目は勝手に開き、思考などしていない脳はどんどん感覚を鋭くしていく。

 

「(そりゃ、今までも寝付けない時とか何度かあったけどさぁ)」

 

 昔の記憶を紐解けば、そうした眠れない日は獲物が全然獲れなくて空腹な時ばかり。

 今日のように満腹になれば、暗くなるだけでこてんと眠れるのが普通だ。何故なら本能に支配された身体は、無駄なエネルギー消費を嫌う。獲物が見付け難く、強敵となりかねない夜行性生物が跋扈する夜中など、さっさと眠ってやり過ごすのが合理的なのだから。

 そう、継実の身体は合理的である。

 つまりこうも考えられる。継実の身体は()()()()()()のだ。獲物が捕まえられなくてエネルギーが賄えない時のような、ある種の危機感によって。

 継実は殆ど無意識に身体を起こす。

 

「眠れない?」

 

 そうすれば、右隣で寝ていたモモが声を掛けてきた。

 相棒も眠れなかったらしい。同じ状態の仲間がいて安心……するほど継実も能天気ではない。自分の本能の感じているものが、ただの勘違いでない可能性が高まったのだから。

 

「そっちも?」

 

「うん。ぜんっぜん眠れない。こんなの生まれて初めてだわ」

 

「モモ、よく寝るからねぇ」

 

 ネコの語源は『寝る子』という説があるが、犬も似たようなもんじゃないかと継実は思う。なんやかんやこの愛玩動物達は、起きてる時間よりも寝ている時間の方が多い。尤もその睡眠は殆どが浅いもので、だからこそたくさん寝ているらしいが。

 ともあれ人間よりも多くの睡眠を欲するモモが、こうして夜中でも寝惚ける事なく起きている。それだけで事の異常さが分かるというものだ。

 

「んにゃー……むにゃむにゃ……だめですつぐみさぁー……それはあたしの……みけ……らんじぇろ……」

 

 ちなみにミドリはぐーすか寝たまま。宇宙人は異変に気付いていないらしい。

 「私のミケランジェロってなんやねん。あとアンタは私をどんな風に見てんのさ。つかミケランジェロとか何処で知ったの?」等と猛烈にツッコみたい衝動を抑えつつ、継実はモモと目を合わせる。暗闇の中だが優れた感覚、そして心が繋がってる二人は同時に自然と頷いた。

 今眠るのは良くない。

 何故かは分からないが本能がそう感じている。『野生動物』である継実達はその感覚に従って、一時眠るのを止める事にした。そして未知の脅威が迫る中、索敵能力に優れるミドリの存在は欠かせない。

 熟睡しているところ申し訳ないとは思うが、継実はミドリの肩をそっと揺すった。

 身体を揺らされたミドリは少し間を開けてから、もぞもぞ動いて起き上がった。くるりと継実の方へと振り返り、目と目を合わせる。

 

「……ぐぅ」

 

 が、またぱたりと倒れた。

 

「えぇーい! 起きろっつってんの! おーきーなーさーいぃー!」

 

「ふぇあっ!? て、敵襲!?」

 

「ほんとに敵襲だったらもう一回死んでそうだけどね」

 

 優しくやっても埒が明かないと、継実はミドリの耳許で吼えた。これには流石にミドリも跳び起き、目はパッチリと開く。モモがやれやれとばかりに肩を竦めた。

 起きたミドリに、継実は自分とモモが抱いた『感覚』を説明する。気の所為でしょ、と言われたらなんの反論も出来ない話だったが、かれこれもう二ヶ月近く共に暮らしてきたミドリは継実達の話に疑いなど持たず。

 

「分かりました。とりあえず、周りの様子を探ってみます」

 

 それどころかすぐに自分の役目を理解し、実施してくれる。

 やはりこういうところでは頼りになる。継実はミドリに索敵を任せつつ、何時異変が起きても良いように身体を温めていく。モモも立ち上がり、洞窟の出入口を見ている継実とは逆方向……洞窟の行き止まりを見つめた。七年前ならそこは見る必要のないものだが、今や世界は肉食巨大ミミズやステルスハマダラカが何時出てくるか分からない状況。壁に背を向けて安心しているようでは甘い。

 何処からどんな攻撃が来ようとも、簡単にはやられやしない。

 

「うーん。少なくとも近くには全然気配も何もないですけど」

 

 ところがそんな決意は、眉を顰めるミドリの一言で行き場を失ってしまうのだが。

 

「……なんもない? えっと、地中とか空中も見た?」

 

「失敬な。あたしだってもう何十日もこの星で暮らしてるんですよ。ちゃんと見てますー」

 

「あ、うん。ごめん」

 

「いやまぁ、この前のカみたいな例もありますから絶対とは言えませんけど……」

 

 可愛らしく怒りつつも、もしもについてはミドリも考えている。実例があるだけに『見えない』だけでは絶対の安心は得られない。

 とはいえ接触するような距離でも隠れ続ける事が出来たのは、フィリピンのハマダラカだけ。ミドリの索敵能力は基本的には信用に値する。無闇に疑うものではない。

 それに、見えない敵にも対処法はある。

 

「何本か毛を伸ばしてみたけど、特に引っ掛からないわね」

 

 モモの体毛によるセンサーだ。直接触れてしまえば、如何に隠れていようと誤魔化せない。

 二人の索敵に引っ掛からない以上、やはり近くには何もいないのだろう。

 ならば遠くにいるのか、とも考える継実だが、そうなると今度は知る術がない。如何にミドリでもあまりにも遠い存在を探ろうとすれば、その分能力の精度が落ちてしまう。島全体を索敵するだけならミドリは難なく出来るが、精度が低くて参考程度にしかならない。モモの体毛はそもそも射程距離が短いので、広範囲の索敵は不向き。臭いなどがあれば別だが、雨が降っては期待出来ないところだ。

 ちなみに継実はなんの役にも立たない。継実の索敵能力は基本ミドリの下位互換であるので、ミドリの索敵に引っ掛からないものを継実が見るのはまず無理だからだ。精々ミドリが一方向を索敵してる時、補助するように別方向を探るのが精いっぱい。モモのような触覚や嗅覚による探知も出来ないので、索敵は本当に人任せである。

 

「うーん、ならやっぱり近くには何もいないのかなぁ。でもなぁ、気になるし……」

 

「それなら普通に夜更かししてれば良いんじゃない? 眠くなったら寝れば良いでしょ」

 

 どうしたものかと悩む継実に、モモが意見を出す。

 いきあたりばったりな……とも思う継実だったが、確かに、気になるなら起きていれば良いのだ。本能が危険を察知して眠気が飛んでいるなら、危険がなくなれば勝手に眠くなる筈。

 どうせ全然眠くならないのだから、眠くなるまで好きなように起きていれば良い。文明人と違って時間に縛られない、野生動物らしいやり方だ。

 

「あ、良いですね! あたし、パジャマパーティーとかしてみたかったんです!」

 

「パジャマどころか毛皮も着てないけどね。全員全裸」

 

「寝る前だからこの呼び方で良いんですー!」

 

 モモのツッコみもなんのその。文明人ミドリは、夜更かしがしたくなったらしい。

 実は継実も、ちょっとそわそわしていた。

 何しろ十歳の時に文明が滅びて野生生活に叩き落とされた身。修学旅行も友達の家でのお泊まりも、一度も体験したい事がない。当然夜中の語らいも、だ。七年間のモモとの生活でも、夜になったらすぐに寝ているのでパジャマパーティー的なものをした事は一度もない。

 身体は性成熟が済んだ十七歳でも、心はまだまだ女の子。そして元文明人の精神は、野生の本能と理性に押し潰されただけで、まだ奥底にほんのりと残っている。

 

「……やっちゃおうか。パジャマパーティー」

 

 女の子に戻った継実に、ミドリからの誘惑に勝てる道理などなかった。

 ……………

 ………

 …

 

「……飽きた」

 

 なお、そうして始まったパジャマパーティーへの関心は、十分も経たずに終わったのだが。継実は洞窟の地面に大の字に寝そべり、ただただ天井を見つめるばかり。

 

「飽きたわねー……」

 

「ですねー……」

 

 モモとミドリも退屈さを隠しもしていない。モモはつまらなそうにうつ伏せで寝転がり、ミドリは壁に寄り掛かってぼぅっと洞窟の出入口を見つめるだけ。

 考えてみればこうなるのは当然だ。パジャマパーティーというのは普段一緒に暮らしていない、学校の友達だとか幼馴染だとかを誘ってやるもの。そこで学校では訊けない恋バナだとか悪口だとか秘密の花園だとかを繰り広げるのである。

 ところが継実達はどうだ。

 毎日一緒に暮らしているし、一緒に狩りもしているし、一緒に寝ている。別行動なんて(肉食獣に襲われたら危ないので)殆ど取った事がなく、比喩でなく二十四時間一緒の状態だ。そんな相手に訊きたい事などある訳がない。むしろ誰よりも知り尽くしているという自負まである始末。大体にして異性どころか同種とすらまともに会えないのだから恋バナなんて出来る訳がなく、同様に悪口の対象は目の前の相棒か宇宙人しかいない。秘密の花園? ハエすら悟ってホモに走る自然界で、そんな花園など入場無料で公開中だ。

 結局のところ『平穏な日常』というのは日々の積み重ねが大事であり、そんなものがない継実達にはパジャマパーティーなど土台無理な話なのである。

 

「(しかも全然眠くなんないし)」

 

 この退屈さから睡魔が来ればある意味成功だったのに、それすらない有り様。なんの実りもないとはこの事だ。

 

「……雨、止まないわねぇ」

 

 モモも継実と同じ状態のようで、天気の話題という一番しょうもない話を始める始末。それでも本当になんの話題もないので、継実はちらりと洞窟の出入口に目を向けた。

 モモが言うように、雨は未だ止む気配がない。いや、ついさっきまで『ざぁざぁ』態度だった雨脚が、『ごうごう』という音を鳴らしているのだから、むしろ酷くなっているぐらいか。

 具体的な降水量は継実には分かりかねるが、まだ人類文明が元気だった幼少期、ゲリラ豪雨やら局所的大雨などと呼ばれていた雨がこのぐらいの勢いだったかと感じる。十歳よりも更に小さな時の記憶なのであまり自信はないが、その雨では崖崩れが起きて死者が出ていたような記憶があった。

 ニューギニア島にとってこの雨が有り触れたものかどうかは分からないが、七年前の日本ならちょっとした被害は出そうなほどの大雨だと言えよう。

 

「なんか、ほんと酷いですね……此処、大丈夫でしょうか……」

 

 ミドリが不安な気持ちになるのも、当然というものだろう。

 あくまでも、七年前であればの話だが。

 

「別に平気でしょ、こんなもん」

 

「でも土砂崩れとか土石流があるかもですし……」

 

「そんなんで私らが死ぬと思う?」

 

「……いや、まぁ、死にませんけど」

 

 モモの意見に反論出来ず、ミドリの不安が吹っ飛ぶ。

 そう。継実達は星をも支配したミュータント。今更豪雨なんて怖くもなんともない。土石流に巻き込まれて生き埋めになろうが、大津波が押し寄せようが、継実だけでなくミドリも棒立ちでやり過ごせるだろう。寝たまま生き埋めになっても生還出来る自信がある。

 文明に壊滅的被害を出すような大雨すらも、継実達の興味を惹くには足りないのだ。

 

「うーん。でもなぁ……そもそもなんで夜にこんな大雨が降るんですかね。普通こういう大雨って、あつーい空気と冷たい空気のぶつかり合いが起きる昼間に降るものじゃないですか」

 

「台風なんじゃないの?」

 

「ニューギニア島って南半球だったと思うから、呼び方的にはハリケーンじゃないかな。まぁ、そんなんが来てるかもね。どうせ暇だし、海の方調べてみたら?」

 

「そうですね。じゃあ、海水温でも見てみよっかなー」

 

 暇潰しになりそうなものを見付けて、少し気持ちを持ち直したのか。ミドリは笑みを浮かべながら洞窟の外に広がる海を眺めた。尤も今は大雨で、外の様子は何一つ見えやしないが。

 別段大雨の理由に興味もないが、時間潰しぐらいにはなるだろうから何か分かったら教えてもらおう。継実は暢気にそんな事を考えながら、暇潰しにへそのゴマを穿り返し始めた。

 故に。

 

「ひぃっ!?」

 

 ミドリが上げた悲鳴への反応が、まるで『七年前』の時のように遅れてしまった。

 

「……ミドリ? どうし」

 

 悲鳴の理由を尋ねようとする継実だったが、言いきる前にミドリが抱き付いてくる。

 ミドリの身体は、ガタガタと震えていた。

 大雨で冷えきったであろう外の風が冷たかったのかしら? ――――脳裏をほんの一瞬過ぎった考えに、退屈なあまりどれだけ退化したのかと自己を叱責する継実。この震えは寒さの所為なんかではない。

 恐怖だ。

 

「……何を見付けたの?」

 

 継実は要点だけを尋ねる。

 ミドリは身体全体が震えていて、上手く話せない様子。何度も何度も口が空回りし、擦れた吐息だけが継実の耳には聞こえる。

 このままでは話せるようになるまでどれだけ掛かるか分からない。継実だけでなく、ミドリ自身もそう思ったのだろう。だから彼女は音ではなく、脳神経のイオンチャンネルを操作して作り出した『脳内通信』で継実達に訴えた。

 脳に直接送り込まれたメッセージは一文のみ。されどその一文で十分。

 

【何か……何か、大きなものがこっちに来てます!】

 

 退屈で惚けきった継実達の野生を呼び戻し、次の行動を考えるには――――

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