賑やかな星   作:彼岸花ノ丘

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飢餓領域04

「もう! 今度という今度は流石に呆れたわ! 話になんない!」

 

 声を荒らげながら、激しい怒りの形相を浮かべるモモ。その声は遮るもののない大海原の遠く彼方まで響き渡る。

 更に瞳は鋭くなり、まるで猛獣と出くわしたかのような憤怒に燃え上がらせていた。そうした目付き自体は、これまで幾度となくモモは浮かべてきたが……今までと違うのは、眼光の向けている相手が、自身の正面に立つ大切な家族こと継実である事だろう。

 家族から剥き出しの怒りをぶつけられ、だが継実はその瞳に決して慄かない。それどころか同じぐらいの怒りを滾らせ、モモと対峙する。開いた口から出てきたのは、モモと同じく罵声染みた声。

 

「それはこっちの台詞だ! 今まで我慢してきたけど、もう面倒見きれない!」

 

「この期に及んで面倒見てきたぁ? どんだけ自惚れてんのよ!」

 

「自惚れてんのはどっちさ! この野良犬!」

 

「何よハゲ猿!」

 

「「ぐぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎ!」」

 

 互いにおでこをくっつけ合うほど近付き、メンチを切る。されどどちらも一寸たりとも退かず、事態は硬直して動かない。罵り合いが終わる時は、しばらく来そうにないだろう。海と空はとても穏やかだというのに、二人の周りだけが嵐のように空気が荒れていく。

 そんな家族二人を前にして――――罵り合いに参加してないミドリは、冷めた表情を浮かべていた。対して継実達を乗せたマッコウクジラは、つぶらな瞳が右往左往して狼狽を露わにしている。

 

「……二人とも元気だなぁ」

 

「ミドリ! 私の意見の方が正しいわよね!」

 

「いいや私の方だね! そうでしょ!?」

 

 ミドリがぽつりと呟けば、思い出したように ― 実際継実はここでその存在を思い出した ― ミドリに賛同を求める。しまった、と言いたげに顔を顰めたミドリは、どう答えたものかと考えるためか、しばし黙りこくってしまう。視線は継実達から逃げるように逸らされている有り様だ。

 その沈黙や仕草さえも今の継実達には焦れったい。故に継実とモモは答えを待たず、改めて問う。

 

「優しい人の方が良いでしょ!?」

 

「逞しい雄の方が魅力的よね!?」

 

 どっちの男性()が好ましいかという、大変個人的な問いを。

 ……事の発端は継実が切り出した話題。つまり『女の子の口説き方』から始まった。

 その話の初っ端から、モモが「継実に女心なんて分かるのぉ?」と煽ってきた。確かに女である事と、女心が分かる事は話が違う。野生生活を七年も続けてきた継実が分かりそうなタイプかといえば、成程そうは見えないだろうというのは継実も納得するところだ。

 しかし自信がなければ継実はこんな事など言わない。何しろ小学生時代(七年前)には女の子達の色恋話を幾度も(噂話で)聞いてきた身であるし、専門書(少女漫画)も数えきれないほど読んできたのだ。人間相手なら兎も角、犬やら宇宙人やらに心配される事などない。

 かくして継実は自信満々に女の子のハートを射貫く方法として「紳士的で優しい事が大事なんだよ」と力説――――したところモモから異論が。優しさが取り柄なんてそんななよなよした雄に頼れるもんかと言うのだ。ならばモモはどんな雄なら良いのかと問えば、逞しくて力が強いタイプなら女の子を魅了出来るという。それこそナンセンスな話だと継実は思う。力で女を魅了するなんて、それこそ野蛮人である。

 こっちの方が良い、いいやこっちの方だと、言い合いを続ける事数分。

 

「「うぎぎぎぎぎぎぎぎ!」」

 

 すっかりいがみ合う状態が出来上がっていたのだった。

 

「あわわ。ケンカは良くないんだなぁ。仲良くしてほしいんだなぁ」

 

 背中の上でケンカが始まり、温和なマッコウクジラとしてはどうして良いか分からなくて困惑している。

 対して継実達との付き合いももう長くなってきたミドリは、全く慌てる事もなし。むしろちょっと呆れたような表情まで浮かべている始末だ。

 

「……いやー、まぁ、ケンカしているように見えますけどねぇ」

 

「だな? ケンカじゃないのかぁ?」

 

「まぁ、訊いてみれば分かるかと。あのー、一つ質問しても良いですかー?」

 

 睨み合う二人に臆する事もなく、ミドリは継実達に声を掛けてきた。

 くるりと、継実とモモは同時にミドリの方へと振り返る。先程ミドリに質問をぶつけた二人であるが、継実はモモへの怒りですっかり忘れていたし、モモの方も同じく忘れている様子。

 改めて問い詰めてくる事のない二人に対し呆れたような表情を向けながら、ミドリが尋ねたのはそもそも論。

 

「あの、どうしてお二人はそういう男性像が良いのですか?」

 

 ミドリからの問いに、継実とモモは一瞬顔を合わせる。しばし考えるように沈黙した後、最初に継実が口を開く。

 

「だってモモの恋人が、乱暴者だったらモモが傷付けられちゃうじゃない!」

 

 そしてその口から出てきたのは、まるで母親のような言葉。

 

「だって継実をつがいにした雄が、猛獣一匹倒せないような軟弱モノじゃ心配で夜も眠れないじゃない!」

 

 ついでにモモの口から出てきた言葉も、大体似たようなものだった。

 

「……はぁ」

 

「何が軟弱モノなら心配だよ! 男は強くなきゃ駄目とか何十年前の価値観引きずってる訳!?」

 

「今でもバリバリ現役ですぅ! つーか優しい雄を選ぶ雌なんて何処にいんのよ!」

 

「此処にいますぅー! 大体モモは男の怖さを知らな過ぎなんだよ! 私なんて一度襲われたんだから! 男なんて獣よ獣! モモの貞操は私が守るんだから!」

 

「貞操守られたら子孫残せないじゃない! つーか私だって、私の継実が傷付けられるのは我慢ならないのよ!」

 

 ぎゃーぎゃーと騒ぐ継実とモモ。継実としては罵り合いをしているつもりであり、モモも同じくそんな気持ちなのだろう。

 しかし「もうお前ら結婚しちまえよ」と言いたげな視線を送るミドリは、絶対に違う意見の持ち主で。

 

「マッコウクジラさん、ざぶんと沈んでください」

 

「だなぁ」

 

 さらりとそんな指示を、マッコウクジラに向けて出したり。

 マッコウクジラはミドリの指示通りにざぶんと海中へと沈む。ミドリはきっちり息を止めていたが、言い争いに夢中な継実達には寝耳に水状態。突然の水に二人とも驚いて固まってしまう。

 マッコウクジラはすぐに再浮上。突然の海水で全身びしょ濡れになった継実とモモは、ポカンとしながら互いの顔を見合う。継実など鼻から海水がじょろじょろと流れ出ている始末。

 勿論同じくマッコウクジラの背中に乗っていたミドリも同じくびしょ濡れだが、心構えが出来ていた彼女は澄まし顔を浮かべている。濡れた髪を掻き上げ、にっこりと微笑んでもみせた。まるで継実達に見せ付けるかのように。

 

「少しは落ち着きましたか?」

 

「「……はい」」

 

「なら良かったです。あ、ちなみに答えてなかったですけど、あたし的には女心を掴むにはまず見た目です。優しくても逞しくても、ある程度見た目が良くなかったら生理的に無理ですし」

 

 それからようやく、ミドリの恋愛観(女心の掴み方)が語られて。

 あまりにも俗物的で、だけど存外的を射ている答え。

 呆けたように固まっていた継実とモモは、同時にけらけらと笑い出してしまった。

 

「あっはははは! 見た目! そっか見た目かぁ!」

 

「くくく……まぁ、そうよね。確かに見た目が良ければ大体解決するわ。優しさも逞しさも、見た目が良くなかったら見向きもしないか」

 

「別に見た目が全てとは言いませんけどね。イケメンに誘われて付き合ってみたら、性格も仕草も全部最悪とかよくあるでしょ?」

 

「うっわ、含蓄ある言葉。え、ミドリってもしかして経験豊富なの?」

 

 継実が尋ねてみれば、ミドリは何やら色香のある笑みを浮かべてみせる。それが演技なのか、はたまた大人の余裕が出せる技なのか、大きな胸を携えた身体(宿主)の記憶なのか……一見して判断は出来ず。

 もしも実体験があるのなら、妄想でわーわー語っていた自分達があまりにも滑稽で。けれども経験なしに威張っているなら、それはそれで滑稽というもので。

 もう、継実は笑いを抑えきれない。

 笑う継実を見ていたモモも、貰うように笑い出す。ミドリだけが何やってんだかと言いたげに、肩を竦めた。

 

「えーっと、それはそれとして……あたし、ちょっとお腹空いてきちゃいました」

 

 そんなミドリだったが、ふと恥ずかしがるように身を捩りながら、そのような事を言い出す。

 継実はミドリからの言葉に、一瞬困惑を覚えた。どのような方法で海に出るとしてもエネルギー消費は少なくないと考え、食事は陸地でしっかり取ってきた筈なのだ。そして結果的にではあるが、自分達はマッコウクジラという楽で安全な移動手段を見付けた。エネルギー消費なんて殆どなく、たった一時間も経たないうちに空腹になる訳がない。

 ところがどうした事か、まるでミドリの発言で思い出したかのように、継実のお腹もぐぅっと鳴った。更にはモモの腹からもきゅるると可愛い音が聞こえてくる。ミドリだけでなく自分達の身体も腹ペコになっていたようだ。

 原因があるとしたら、先の言い争いか。

 言い争いでお腹が空くなんて、どれだけ盛り上がっていたのか。自分とモモのやっていた事のおかしさに、また継実は笑い転がりたくなる。

 

「(……だからって、全員一斉に腹ペコになるもんか?)」

 

 本当に笑い転げなかったのは、そんな『疑問』が脳裏を過ぎったから。

 とはいえ全員ではしゃいでいたようなものなのだから、全員同じタイミングで腹ペコになるのも、あり得ないという訳ではないだろう。何よりそんなしょうもない疑問を追究している暇もない。自分達は今、お腹が空いているのだから。

 

「じゃあ、魚でも釣ってみようか。ミュータント相手に上手くいくかは知らないけど」

 

「あら。それなら今度は釣りで勝負する? 釣り上げた魚の合計の重さが一番多かった人が勝者ね」

 

「良いねぇ。ミドリも強制参加ね」

 

「へぁっ!? あたしの能力じゃ魚なんて獲れませんよ!?」

 

 無理矢理勝負に参加させられ、先程までの余裕は何処へやら。困惑するミドリを継実とモモは息ぴったりに無視。

 マッコウクジラの上での余暇を存分に楽しむように、深く考える事もなく継実は釣りを始めるのだった。

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