賑やかな星   作:彼岸花ノ丘

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干からびる生命15

「ひゃあああああああぁぁぁ!?」

 

 地平線まで続く夜の砂漠に、ミドリの叫びが木霊する。

 何故なら彼女は、モモの肩に担がれた状態でいて――――そしてモモが超音速というのも生温い速さで砂漠の大地を駆けているからだ。

 しかしモモはミドリの悲鳴を聞いても止まる気配すらない。担いでいるミドリを支えているのとは反対側の腕にいる家族……継実の干からびた身体をしっかりと抱え直し、猛然と駆けながら、体毛をミドリの耳に差し込んで言葉を伝える。

 

「ミドリ! 水場は何処!」

 

【あ、あっち、あっちですぅ!? ででででもこん、こんな、急がなくても】

 

「駄目! 更に加速するわよ!」

 

 あまりの速さに目を回し、減速を求めるミドリ。しかしモモはそんな要望など聞く耳持たず。宣言通り更に加速して、砂漠の大地を駆け抜けていく。

 モモが本気で走れば音速など軽く突破し、秒速三キロ程度は軽く出せる。これだけの速さとなれば、如何に広大な砂漠でもすぐに横断だ。砂だらけで足下の柔らかかった土地が、段々と硬くて踏ん張れるものへと変わる。

 砂漠の中心から離れると、地面の水分も増していく。ミュータント化した植物の一本も生えていない状態だったが、段々と小さな緑が見えるようになる。一度植物の姿が見えるようになると、その数と大きさは加速度的に増していき――――

 

【あそこ! あの森の中心です!】

 

 ミドリが指先と声で示した水の在り処は、巨大な森林地帯と化していた。

 

「あー、やっぱオアシスの周りってなるとこーなるわよねぇ……ま、仕方ない。ミドリ、周りに大きな動物がいないか警戒して」

 

【はいっ! えと、とりあえず今はいません! 多分!】

 

 力強く、けれども曖昧なミドリの答え。しかしながらミドリの索敵能力も無敵ではない。隠れ潜むモノ、隠密能力に優れているモノが相手となると、見逃してしまう事もある。

 多少の安全は確保されたが、完璧とは言えない。おまけに昼間ならばまだ明るかっただろうが、夜の森は宇宙空間のように暗かった。普通ならば一瞬でも森の手前で立ち止まるだろう。

 されどモモは躊躇いもなく、巨大な森の中に足を踏み入れた。生い茂る草を踏み付け、樹木を避けながら前へ前へと進む。ミドリだけでなくモモも臭いを嗅ぐなどして周辺の索敵は行うが、前進を優先した勇猛果敢な歩みを続けた。

 幸いにしてやがてモモ達の前に現れたのは猛獣ではなく、開けた水色の視界……月明かりを浴びて煌めく、大量の水を湛えたオアシスだった。

 

「ぁ……ああああ! 水です!? 水があります!」

 

「いや、そりゃある場所に来たんだから当然でしょ。ほら、喉乾いてるだろうから、飲んできなさい」

 

 大騒ぎするミドリをモモは降ろす。地面に足を付けた途端、ミドリは駆け足でオアシスに向かい、オアシスの湖面に顔を漬ける。ごくごくと音が聞こえそうなほど、力強く水を飲む。

 そんなミドリと違って落ち着いた足取りでモモはオアシスの岸までやってくると、これまで大事に抱えていた継実の身体を大きく振り、

 

「ほーい」

 

 投げた。

 水を飲んでいたミドリが目を丸くする中、継実の干からびた身体は大空を駆けていく。放物線を描くそれは重力に引かれて徐々に落下し……

 どぼんっ、という音を立てて着水。オアシスの底へと沈んでいった。

 

「……え、えええええええええっ!?」

 

 継実が水に落ちるところを見て、ミドリは仰天。大声で叫びながらモモへと視線を移すが、見られたモモは一仕事終えたとばかりに汗を拭うような仕草を取るだけ。しかもその顔はやり遂げたように誇らしげだ。

 何故モモがそんな顔をしているのか、何故モモは継実をオアシスに投げ捨てたのか。訳が分からないであろうミドリは目を丸くして、呆然としてしまう。されどモモはそんなミドリの姿を見ても、特に説明などはせず。

 代わりに、モモが見つめるのはオアシスの湖面。

 あたかも、そこを見ていれば答えが分かると言わんばかりに……

 

 

 

 

 

 喉が乾いた。

 そんな生物的な衝動を抱いた、その次に()()()()()()()()()()()事に気付く。

 果たしてそれは天国か地獄に辿り着いたからなのか。悪い事をしたつもりはないけど、殺生しまくりだし神様信じてなかったし人間殺してるしやっぱ地獄かなぁ……等と漫然と思っていたが、四肢の感覚が、つまり肉体がある事も自覚した。大体冷静に考えれば魂がこの世界に不在なのは、自分の『粒子テレポート』が証明しているではないか。

 やがて、息苦しさも覚える。

 自分は魂だけの存在になった訳ではない。生きた肉体を持ち、呼吸している存在のままだと理解する。そして息苦しさから、自分が窒息寸前である事と、周りが水で満たされている事も。

 おまけに、足下から大きな気配が迫っている事実も認識する。

 何が来ている? 苦しみの中、意識と『能力』を足下へと向けてみた。

 見えたのは、体長二メートルはありそうなワニだった。

 

「……ごぽぉっ!?」

 

 驚きから口を開く。肺の中の空気なんて殆どなく、僅かな泡が漏れただけだが、一層苦しさを増した。尤も今はそんな些末事を気にしている場合ではない。

 急がないといけない。だから四肢を振り回し、能力で周りの水分子を高速で動かして超スピードで泳ぐ。

 そのスピードのまま水面を飛び出して、放物線を描きながら向かうは、二人の人影がある陸地。

 着地は顔面から。土が柔らかかったお陰で衝撃はあまりなかったが、痛いものは痛い。反射的に両手で顔を擦ってしまう。

 そうしてから上げた顔の前に立っていたのは、水面から飛び出した時に見た二つの人影。

 

「おかえり。どうにかなったみたいね?」

 

「あ、あぁ、ああぁぁ……!」

 

 声を掛けてくる、或いは声にならない嗚咽を漏らす人影こと、モモとミドリ。

 大切な家族の姿を見た彼女――――継実は未だ苦しさの残る顔を強引に動かして、心からの笑みを浮かべた。

 

「……ただいまー」

 

「いやー、思ったより復帰に時間が掛かったわね。失敗したかと思って心配したわよ」

 

「継実さああああんっ!」

 

 モモの軽口に一言返そうとする継実だったが、その前にミドリが飛び付き、抱き締めてくる。非力とはいえミュータントであるミドリの全力パワーは、今の弱りきった継実には中々過酷。このままでは比喩でなく潰されそうだったので「ギブギブっ」と呻きながらミドリの背中を叩き、離してもらう。

 なんとか圧迫地獄から抜け出して、継実は一息吐く。あまりにも疲れきった吐息だったからか、モモがくすりと笑った。

 

「何よ、蘇生したばかりなのに随分元気がないわね。もっと喜びなさいよ」

 

「そりゃ……今度ばかりは、ほんとに、死にそう、だったし……つか、蘇生とは、違うし……」

 

「え、えっ!? 蘇生!? え、継実さん死んでたんですか!? まさかゾンビ!?」

 

「だから、死んで、ないから。あとゾンビは、どっちかといえば、アンタでしょ」

 

 掠れた声でぽそぽそと答えながら、継実は苦笑い。興奮するミドリに説明してあげようと、未だ干からびてがびがびな喉を震わせながら喋る。

 地球生物の中には、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 これを人間はクリプトビオシス……『隠された生命活動』と呼んでいた。機能としては過酷な環境に対抗するための術であり、その耐久力はミュータントでもないのにトンデモない代物だが、今回継実が目を付けたのは『乾燥した状態での休眠』の部分。

 通常、水分をある程度失った生物は死に至る。しかしクリプトビオシスが出来る生物は、身体から水分が完全に失われた後も死なず、その後水を得るだけで蘇生出来るのだ。

 クリプトビオシスを使える生物は系統的な共通点がなく(何しろ細菌、緩歩動物、昆虫でそれぞれ独自に獲得した)、定まった方法がある訳ではない。しかしながらある程度の、基本的なやり方は存在する。

 例えばトレハロースの合成。

 トレハロースは糖の一種であり、これ自体は様々な生物の体内で見られるあり触れた物質に過ぎない。しかしこのトレハロースは高濃度になると『ガラス化』を起こし、細胞を構成する分子を保護する働きがあるのだ。これが乾燥によるダメージを防ぎ、脱水による『休眠』を可能とする。

 継実はサボテンに吸血される間際、体内の血糖やタンパク質を分解してこのトレハロースを大量に合成。細胞全体に高濃度の状態で満たし、脱水による体組織の破壊を防いだのである。その後モモが投げ込んだオアシスの水を吸水し、元の身体に戻ったという訳だ。今も少しずつだが継実はオアシスの水分を取り込み、徐々に回復に向かっている。

 この力はモモと二人暮らしをしていた時、考えていた『技』の一つ。とはいえこれはあくまでもクリプトビオシスの生態がある生物のメカニズムを、継実がその場凌ぎで真似したものに過ぎない。成功する保証はなく、また長時間の休眠が出来るとは限らなかった。故にモモは急いで継実を水に浸したかったのだ。折角成功していたのに、もたもたして継実の命が失われるのを避けるために。

 

「しっかし、今回は本当にヤバかったわね」

 

「ほんとにねぇ……あぁ、クソッ。体力も殆ど残ってないし……ケホッ、ゲホ」

 

 喉の乾きが戻るに連れ、身体の不調さも自覚出来るようになる。

 サボテンは主に水を吸っていて、継実の身体にある栄養素にはあまり手を付けていなかった。しかしながらクリプトビオシスへ移行するため、継実自らが体組織中のタンパク質や糖を分解・合成している。その際に使ったエネルギーは決して多くなかったが、ほぼ絶食状態の身体には追い打ちを掛けるようなものだった。

 逃げるだけでもこの消耗具合。だが、三人全員が無事な状態で逃げきれただけでも御の字だろう。いや、御の字どころか奇跡か。一人どころか二人が犠牲になっても、それでようやく御の字。あのサボテンはそれほどまでの……比喩でなくここまでの旅路で一番の難敵だったと言えよう。

 砂漠という過酷な環境であっても、自分達を凌駕する生命がいくらでも存在する。

 ならば砂漠の中心から外れた、この先の道にはどれほどの脅威が潜んでいるのだろうか。もしサボテンに匹敵する、或いは凌駕する生物に真正面から遭遇したなら、今度は三人全員が無事逃げ出せるとは限らない。旅の終わりは近付けども、脅威の終わりはまだ訪れないのだ。

 それを今になって改めて突き付けられた。

 

「(ふん。やってやろうじゃない)」

 

 しかし継実の心は折れていない。

 旅でここまで追い込まれたのは初めてでも、文明が終わってからの七年間ならこの程度の修羅場は何度か経験済みだ。今更恐怖やら不安に苛まれやしない。

 継実は力強く立ち上がる。旅の続きを始めるために。

 

「さて、無事に逃げきった訳だし旅の再開をしたいけど……どうする?」

 

 そんな継実にモモが尋ねてくる。ただしその視線が向いているのはオアシスの方。じっと、警戒するような眼差しを向けていた。ミドリもオアシスを見ていて、じりじりと後退りしている。

 二人とも、池に潜む存在に気付いているのだ。それがこちらに近付いている事も勿論理解しているだろう。

 何より、継実が何を考えているのかも。

 継実は二人の期待に応える事にした。

 

「まずは……腹ごしらえかな!」

 

 元気よく宣言するや継実は構えを取り、

 オアシスから飛び出してきた巨大ワニに、誰よりも早く突撃を仕掛ける。

 サボテンから受けたダメージなどもう何処にもないかのように、今まで通りの『継実の旅』が再び始まるのだった。

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