賑やかな星   作:彼岸花ノ丘

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メル・ウルブス攻略作戦05

「ミツバチ……ええっと、それって虫ですよね?」

 

 継実の意見を聞いたミドリは、そんな質問を尋ねてくる。

 宇宙人であるミドリ自身はミツバチなど知らずとも、寄生した肉体(の脳みそ)は覚えていたらしい。とはいえあくまでその知識は脳にあるもので、そして日本人の年頃女子がミツバチについてそこまで詳しい筈もない。

 説明と復習がてら、継実はミツバチについて話す事にした。

 ――――ミツバチ。正確に言うならセイヨウミツバチは、人間の手を借りて世界中に分布を広げた『家畜』である。

 家畜としての用途は、主にミツバチが生成する物質を得る事。古来より人類にこよなく愛されてきたこの昆虫は、此処オーストラリアでも飼われていた。七年前に人類文明は滅亡してしまったが、ミツバチ達はミュータントと化し、人の手を借りずに生き延びてきたとしてもおかしくない。

 さて、そんなミツバチの生成物には様々なものがあるが、代表的なのは二つ。

 一つは蜂蜜だ。誤解されがちだが、蜂蜜は単に花の蜜を集めただけのものではない。ミツバチの体内で分泌された酵素の働きで糖質を変化させ、更に水分を飛ばして濃縮。防腐性を高めた保存食へと作り変えている。この蜂蜜は成虫や幼虫の餌として使われており、ミツバチが生きていく上で欠かせないものだ。

 そしてもう一つが、蜜蝋である。

 

「蜜蝋ってのはミツバチが分泌する脂肪分……所謂ワックスとか蝋って呼ばれる物質の一種でね。ミツバチはこれで巣を作ってる」

 

「ワックス……固形の油って事ですか。なんかよく燃えそう」

 

「実際昔は蝋燭の原料に使われてたからね。あと健康食品とか、食用油の一つとして使われていたらしいよ」

 

「ほへー。ミツバチって便利な生き物なんですねぇ」

 

「ま、何千年も人類と付き合ってきた生き物だしね……話を戻して。その蜜蝋なんだけど、あの都市のビルに使われてるみたいなの。しかも主要な建材として」

 

 目の前にある黄金都市を指差しながら、継実は改めてその都市を形作る六角柱のビルを凝視する。

 ビルの構成物質で最もよく見られるのはセロチン酸とパルミチン酸。これらは蜜蝋に含まれる飽和脂肪酸として有名だ。また蜜蝋……正確にはミツバチの巣……は花粉や排泄物などの不純物により、美しい黄色或いは黄金色をしている。そしてビルを形成しているパーツに見られる、六角形のハニカム構造はハチの巣の構造として有名だ。

 ビルだけで、その建物がミツバチにより作られたものだと物語っている。他にも建物全体から漂ってきた甘い(蜂蜜の)香り、内部にて食糧として栽培していたであろう花など、ミツバチ達の正体を窺い知れる情報が幾つも見られた。尤もミツバチ達は己の正体を隠そうなどしていないだろうが。

 

「ま、そーいう訳で私はアイツらがミツバチだと思うんだけど、モモはどう思う?」

 

「んー。私も同じ意見かなぁ。言われて思い出したけど、町から漂っている匂い、蜂蜜のやつだからそうなんじゃない?」

 

 念のためモモにも尋ねてみれば、彼女の意見も同じ。ならばその正体は確実だ。

 そしてミツバチが正体となれば、他の疑問にも次々と声が出せる。

 

「はぁ……ミツバチ達、七年で随分と進化したんですね。なんか身体も大きくなってるし」

 

「あ、アレ本当の身体じゃないと思うよ」

 

 例えば警備員達やウジムシの姿形。

 七年以上前、人類に飼われていたセイヨウミツバチの働き蜂は体長十二〜十四ミリ程度だった。昆虫としては決して小さな部類ではないが、人間から見れば指先サイズである。対して警備員やウジムシはニ〜三メートルと、ざっと二百倍の大きさを誇っていた。

 ゴミムシが巨大化して生態系の頂点に立ち、コアラが肉食に目覚めて感染症を撒き散らすのが今の世界。ミツバチが巨大化しても不思議ではないし、姿が変わってもおかしくないだろう。が、此度に限ればそれは違うと継実は断じる。

 

「観察してみたけど、アイツらの身体も蜜蝋で出来てた。つまりビルと同じ、『人工物』って事だね」

 

 警備員達の身体も蜜蝋を主成分にしていた。言うまでもないが、セイヨウミツバチというのは身体が脂肪分で出来ている生き物ではない。継実達を包囲し、連行したアレらは……恐らくは『絡繰蝋人形』だ。内部に働き蜂が搭乗していて、様々な仕事をしているのだろう。

 ワックス()で絡繰なんて作れない、とまでは言わない。固めれば蝋燭程度は形作れるのだから、上手く加工すれば分厚い歯車ぐらいは作れるだろう。だが所詮脂肪だ。強度がないから薄く出来ず、だからといって大きくすると重さが増すのでやはり強度が足りない。どうにかこうにかして動かせば、摩擦などで生じた熱で部品が溶けてしまう。それをもどうにかしてもエンジンを点火したら、引火して自分自身が燃料になってしまう可能性がある。機械部品としては徹底的に向いていない物質だ。

 にも拘らずミツバチ達はその蜜蝋で巨大なビルや警備員型ロボットを作った。高度な科学力、なんて言葉では到底足りない非常識な技術。それこそ魔法染みた力が必要だ。

 そう、この世の理をも捻じ曲げるインチキが。

 

「(ミツバチ達の能力は、恐らく『蜜蝋を用いたトンデモ科学』を使える事か。そーいう能力もありなんだなぁ)」

 

 ミュータント能力としての技術力。それなら目の前に聳える黄金都市を作れるのも納得だと、継実は乾いた笑みを浮かべる。

 またこの考えから、何故自分達が先程ビル……より正確に言うならミツバチ達の巣から追い出されたのか、その理由も察せられた。

 恐らくミツバチ達は継実達を『天敵』が送り込んだロボットだと考えたのだろう。敵がのこのこと送り込んだ技術の塊を、敵だからといって完膚なきまでに破壊するのは少々勿体ない。拿捕して、徹底的に調べて、情報を得ようとしたのだ。

 ところが調べてみたら(例えば声の発振などから内部構造を覗き見たのかも知れない)全く関係ない連中と判明した。天敵と関係ないなら、調査にリソースを割いても仕方ない。しかしだからといって中に招き入れた以上、殺処分しようとして暴れられても困る。なので穏便に、そして速やかに追い出した……といったところか。

 ちなみにその天敵とは、恐らくスズメバチだと継実は思う。継実は日本の森で、レーザー銃とアーマーで身を包んだオオスズメバチに遭遇している。当時はなんだこれとしか思わなかったが、ミツバチの存在を思うと、彼女達も超技術の使い手なのだろう。スズメバチは蜜蝋を作らない(巣の材料は主に木や土だ)ので、技術体系は全くの別物だろうが。

 ……目の前に聳える黄金都市、その住人についての『推論』はこんなものだろう。そしてこうした推論は次の話の糧となる。

 

「で? これからどうすんの?」

 

 つまり、どうやって都市を越えて南極に行くのか、だ。

 継実達は遊びや好奇心でミツバチの巣に近付いた訳ではない。南極へ行くまでの道を塞いでいる、興味深くはあるが『邪魔』なこれをどうすれば越えられるかを考えるために接近したのである。

 結果的に捕まり、ゴミのようにポイッと追い出された訳だが、しかしその経験は無駄ではない。お陰で継実は南極へと行くのに役立つ情報が得られた。

 ミツバチの巣で見付けた、四角い飛行機械の事だ。

 

「……あの巣の中で使われてる機械で、凄い速さで飛んでる種類があったよね。ほら、花畑で使われていた奴。あの機械を借りられたら、安全に南極まで行けると思う」

 

「ああ、あのニメートルぐらいのやつですか? 確かにあれならあたし達が乗る事も出来そうですし、使えたなら便利そうですけど……使わせてもらえますかね?」

 

 訝しげな表情をしながらミドリは尋ねてくる。口には出さないが、「絶対無理」と顔には書いてあった。

 実際、普通の手では無理だろう。ミツバチ達がこちらを巣内に招き入れたのは、あくまでも継実達が脅威であるか調べるためだと思われる。そして調査が終わった今、向こうが継実達(余所者)を入れる理由がない。

 どれだけ友好的な振る舞いをしたところで、ミツバチ達が巣内に部外者を入れるとは思えない。入る事が出来なければ話し合いも出来ず、巣内の機械を借りたいと伝える事すら儘ならないだろう。正面からの突破は難しいと言わざるを得ない。

 ならば、取れる手は一つだ。

 

「……借りるか、無断で」

 

「そうね。借りましょ、無断で」

 

 継実とモモの意見はぴたりと重なる。家族と考えが一致した継実はニヤリと微笑み、モモも同じく笑う。

 七年前の継実であれば、人様のモノを盗むなんて出来なかっただろう。ミツバチは人間ではないが、だとしても他の生き物が使っているモノを奪うというのは気分が悪い。それぐらいの倫理観は持っていたし、持たずに済むぐらい恵まれた生活を送っていた。

 しかし『野生動物』となった今の継実は違う。そもそも無断拝借……窃盗がいけないというのは人間がより良い社会生活を営むために育んだ価値観であり、自然界にそんなルールはない。むしろ何時奪われるか分からず、奪わねば生きてもいけない世界。自分の仲間以外に対する罪悪感も倫理観も、この七年で消し飛んだ。当然犬であるモモの倫理観など言うまでもなし。

 家族の中で一番文明的なミドリだけが頬を引き攣らせていたが、しかし何時まで経っても文句を言ってくる事はない。言える筈がない。それが南極まで行くのに一番良い方法なのは明確なのだから。

 かくしてミツバチから乗り物を奪い取るための行動――――メル・ウルブス(蜂蜜都市)攻略作戦(継実命名)が、件のミツバチ達の巣の前で宣言されるのだった。

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