賑やかな星   作:彼岸花ノ丘

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賑やかな星05

「……ぎもぢわるぃ」

 

 継実が呻く。

 顔は真っ青、身体はぷるぷると震える有り様。お世辞にも健康とは言い難い。

 頭上には朝の清々しい星空が広がっているのに、こうも気分が悪くては楽しむ事など出来やしない。いや、それだけならまだ良いのだが、この後重大な『仕事』がある。しかも地球の命運を左右するかも知れない、人生最大の大仕事だ。

 こんな時に体調を崩すなんて、なんとも申し訳ない……と言いたいところだが、此度は違う。

 元凶がいるのだ。酒という名の元凶が。

 

「つーか私、昨日のパーティーの間ずっと寝てた訳? え、何時間寝てたの? え?」

 

「なんつーか……継実、ちょっとお酒に弱過ぎない?」

 

「あたしは普通に飲んでますし、モモさんもコップ半分ぐらいなら平気なのに、継実さん一口でノックダウンされてますもんね」

 

 記憶の喪失という一大事の真っ只中にいる……そう訴えてみたが、家族二名からの反応は冷たい。気遣いすらなく、それどころか少し責められる有り様。

 私、不可抗力で未成年飲酒させられたんだけどなんで怒られてるの? これがアルハラか――――等と思えども、文明が崩壊すれば法もモラルもありはしない。弱者は容赦なく踏み潰される自然界では、酔い潰れる方が悪いのだ。

 

「いやー、ごめんね。わたしのお酒でここまで悪酔いするとは思わなくて」

 

 むしろ目の前に酒の造り手こと清夏が現れて、謝罪しながら飲み物の入ったコップを渡してくるだけマシというものだろう。

 

「謝らないでください、御酒さん……御酒さんのお酒が悪い訳じゃないのですから」

 

「ううん、わたしの所為よ。この前飲んだ時に酔い潰れていたから、昨日は実験がてら酔い難いように作った一品を飲ませたのに、まさか逆に即効で潰れるなんて。反省して、次は花中とかで実験してから飲ませるわね!」

 

「飲ませる前に許可取ってからにしてください」

 

 果たして本当にマシなのか? 反省してるのかしてないのか、いまいち分からない清夏の態度だが、それは彼女が酒に並々ならぬ情熱があるからなのだろう。

 そう考えながら継実は、渡されたコップの中の水を口に含む。

 ……正確にはコップの中身は水ではなく、透明な酒だったが。

 

「ぶふぅーっ!? これもお酒じゃん!?」

 

「え? 二日酔いには迎え酒でしょ? うちのお父さんはそれで何時も治していたわよ、わたしも今日それで治してきたし」

 

「それはアルコールの所為で中枢神経が麻痺してるだけで、痛覚が鈍ってるだけです!」

 

 酔い醒ましとして最悪な方法を施され、息を乱すほどの声でツッコむ継実。しかし清夏はキョトンとしていて、割と本心からの気遣いで迎え酒をしてきたらしい。

 確かに頭痛と吐き気は一口で大分マシになった……つまり口に含むだけで酔ってる……が、迎え酒は症状の先送りでしかない(二日酔いはアルコール分解後のアセトアルデヒドが残っているため起きる。当然迎え酒のアルコールもやがてアセトアルデヒドに分解される)ので全く意味がないのだ。

 

「はーい、調子はどう……って訊くまでもなさそうね」

 

「あなたお酒に対して弱過ぎません? 戦うのも大して強くないのに毒にも弱いとか良いとこないですね」

 

「ちょ、フィアちゃん……!?」

 

 そうこうしていると、ミリオン・フィア・花中の三人が集まってきた。

 別段酒に強い方が偉い、なんて前時代的な意見を言うつもりは継実にもない。しかし酔い潰れた、情けない姿を見られたと思うと、ちょっと恥ずかしい気持ちが込み上がる。

 勿論どれだけ恥ずかしくても、二日酔いは治ってくれない。不服ながら迎え酒によりマシになったもののまだまだ酔いは残っているし、この迎え酒もいずれアセトアルデヒドに変化して悪酔いを引き起こす。これをどうにかしなければ、丸一日体調不良のまま過ごさねばならないかも知れない。

 流石にそれは不味いと継実が思っていると、花中が背中を擦ってくれた。するとどうした事か、みるみる体調が良くなっていく。あっという間に頭痛も吐き気も治まり、しゃっきりと背筋を伸ばせる。

 

「……アセトアルデヒドの、分解は、出来ました。これで、大分良くなったのでは、ありませんか?」

 

 花中からそんな言葉が掛けられる。彼女の言う通り、今の継実の気分や体調はかなり良い。

 花中のお陰でようやく本調子になった。勿論感謝はしているのだが、如何せん自力で毒素の分解が出来なかったのが原因。何事も個人差があるものだから恥ずかしがる必要はないだろうが、それでも照れて継実は頭をポリポリと掻いてしまう。

 締まらない。あまりにも締まりがない。幸先が悪いにも程があるドタバタぶりに、こんな調子で地球を守れるのかと思わなくもない。

 しかし気持ちを落ち着ければ、こんなもので良いのだと思う。地球の命運だのなんだの言ったところで、結局のところ自分が生き延びるための戦いであり、それは何時も繰り広げている野生の闘争と同じもの。今更取り繕う必要などないのだ。

 例え、惑星ネガティブが相手だとしても。

 

「しっかし、随分と大きく見えるようになったわねぇ」

 

「今は地上から大体十万キロ地点ですかね。あと二時間程度で到着するかと」

 

 ミリオンが空を――――村から凡そ十五キロほど離れたこの平地の頭上を仰ぎ、フィアが情報を捕捉する。

 二人が見ている空を、継実も見上げた。

 そこにはぽっかりと、空に穴でも空いたかのような黒い円が浮かんでいる。

 宇宙の色よりもずっと濃い、輪郭すら捉えられない漆黒。今や肉眼で見えるサイズは二センチほどと月の四倍程度の直径になり、ミュータントの観測能力でなくとも視認は容易だ。そしてそれは刻々と、少しずつだが見た目の大きさを増している。

 惑星ネガティブは着々と接近していた。昨日フィアが予測した通り、今日の朝から昼に掛けて……あと二時間程度で到着するだろう。到着とはつまり地上との激突だ。

 それを防ぐための作戦がこれから始まる。

 

「……小田さんと立花さん、アイハムさんとカミールくん、それとヤマトくん。皆さん、村で待機しています。何かあっても、きっと、力を合わせて、なんとかしてくれる筈です」

 

「憂いがなくなったなら、作戦の確認をするわよ」

 

 『普通の人間』である晴海と加奈子の安全が確保されている事を、言葉で語る花中。精神的準備が終わったところを見定めてからミリオンが話し始める。

 惑星ネガティブ撃破作戦は実にシンプル。生身で宇宙空間を飛べる継実と花中、そして生きていけるフィアの三人で惑星ネガティブへと乗り込む。乗り込んだ後はゼロにする力を潜り抜けて前進。中心部に到達次第三人で暴れ回り、惑星ネガティブのバランスを崩して崩壊させる。ちなみにモモやミドリ達は『見送り』のために来ているだけで、惑星ネガティブ攻略に直接関わりはしない。

 崩壊後の脱出は重力に引かれる形での落下。普通の生物なら大気圏突入時の熱で燃え尽きるところだが、ミュータントである三人にとっては問題ない。受けたダメージ次第ではあるが、地球には難なく降下出来るだろう。

 突入から作戦終了まで、ちゃんと考えている。ネガティブ自体に謎が多いので詳細は詰められないが、事前の計画としては悪くないものだ。

 

「で、作戦開始は()()()が惑星ネガティブを止めたタイミング。ところではなちゃん、アイツとは連絡取れたの?」

 

「いえ、全然。向こうからも、音沙汰なし、です」

 

 唯一の欠点が、開始時刻がいまいち判然としないところだった。

 

「……アイツってのがどんな奴か知らないけど、大丈夫なの、それで」

 

「うーん。まぁ、あの方、結構ビビりなので、無視はしないでしょうけど……」

 

 惑星ネガティブを食い止められるのに、ビビりとはどういう事なのだろうか? 正直色々胡散臭いが、花中もミリオンもその正体は教えてくれず。曰く、教えたら余計不信感が募るから、との事。

 なんで正体を秘密にするよりも明かした方が不信に陥るんだよ、と不信感MAXになる継実だったが、花中達の友達なのだから悪いものではないと判断。それにネガティブを止められるなら誰でも良いとも考え、これ以上の追求はしなかった。

 

「なんにせよ、あともう少しで作戦開始ね。私達はリラックスして、少しでも調子を万全のものにしておきましょ」

 

「あ。んじゃわたしはそろそろ村に帰るわ。わたし、戦闘能力殆どないし」

 

 ミリオンの言葉を受けて、清夏が村に帰ろうとする。

 「アンタ私にお酒飲ませた以外になんかした?」と心の奥底で思う継実だったが、思うだけで言わないでおく。ミリオンが言うように間もなく作戦が始まる。戦う力がない彼女は安全な村に戻るべきだ。

 

「おっと待ちなさい」

 

 ところがどうした事か。フィアが清夏の首根っこを押さえ、帰るのを邪魔したではないか。

 突然のフィアの行動に、継実やモモは驚きで目を見開く。尤も、一番驚いたのは間違いなく清夏自身であろうが。

 

「ちょ、いきなり何? わたしなんか捕まえて」

 

「戦いが始まるんですから勝手に離れるんじゃありません」

 

「はぁ? いや、何を言ってんのよ。戦いが始まるから離れる訳で……」

 

 ぺらぺらと理由を語るフィアだが、それは今までの話の流れを無視するもの。

 何時ものように話を聞いていなかったのだろうか? 継実はそう思ったが、しかし一番フィアと親しい花中が難しい顔をしている。

 花中は何か、違和感を覚えたらしい。その違和感の正体は、継実が質問するよりも前に明らかとなった。

 

「そろそろ私達と同じぐらいの大きさの奴が幾つか空から降りてきます。逃げるぐらいなら花中さんの盾にでもなりなさい」

 

 フィアがそんな事を言い出す事で。

 一瞬、場の空気が固まる。ただし本当に一瞬だ。フィア以外の全員が空を見上げた。

 継実の目に映ったのは、無数の黒い球体。

 秒速ニ十キロもの速さで地上に降下している。球体の直径は一メートル前後。まだまだ遠くてプレッシャーを感じるほどではないが、意識を集中させれば力をひしひしと感じ……そんな数々の情報は今更不要だ。継実の目はその正体を即座に見破る。

 ネガティブだ。勿論惑星ネガティブではなく、今まで何度も戦ってきた普通のネガティブ。戦い方も強さも分かっている相手と言えよう。

 しかし継実は冷や汗を流す。

 何故なら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()からだ。

 

「……ねぇ、フィア。ネガティブの奴、何体ぐらい来そう?」

 

「あん? そうですねぇ……大体三百でしょうか。ああ言うまでもないと思いますが一陣の数です。二陣と三陣はそれぞれその倍はいますよ」

 

 何が言うまでもないのか。自分以外誰一人知らないであろう情報を、フィアは声色一つ変えずに告げてきた。

 第一陣で三百体。第二と第三が仮に六百ずつならば、三つ合わせて合計一千五百体にもなる大群団だ。昨日倒した三十数体なんて、足下にも及ばない。

 惑星ネガティブに挑む前の前座が、継実達の心をへし折りに来ていた。

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