賑やかな星   作:彼岸花ノ丘

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賑やかな星19

「という訳で友達になったので連れてきました、ネガティブくんです」

 

【今後ともよろしく】

 

「なんでこの人、宇宙の災厄連れ帰ってきてるのおおおおおおおお!? というか友達ってどゆ事おおおおおおおおおっ!?」

 

 南極に帰還した継実がネガティブを紹介したところ、誰よりも真っ先に反応したのはミドリだった。

 平坦な氷に覆われた南極大陸の平地にて。多少のトラブル(四肢を喪失した状態での大気圏突入)はあったものの、地上に無事辿り着いた継実達は、それから数時間が経って迎えに来たミドリ達に囲まれていた。

 やってきたのはミドリとモモの家族二名に加え、フィアと花中の二人もいる。宇宙空間でわいわいやっていた継実達と違って、花中達は惑星ネガティブ崩壊と共に脱出したため一足早く地上まで帰っていたようだ。

 ネガティブの姿を見た四人は即座に戦闘態勢を取ったが、それを継実が制止。かくかくしかじかと説明し……ミドリの冒頭発言に至る。

 

「ほーん。随分面白い奴と友達になったわねぇ。あ、私はモモね。この子の家族。よろしくー」

 

「あ、あの! わたしは、大桐花中と申します。え、えと、よろしくお願いします!」

 

「花中さんは誰とでも友達になろうとしますねーこんな靄みたいな奴の何が良いのでしょうか。あっ花中さんに手を出したら殺しますからね?」

 

 ちなみにミドリ以外の三人は、特段抵抗もなくネガティブの存在を受け入れていた。ミドリは僅かに呆けた後、しっかりと叫んでツッコミを入れてくる。

 

「いやいやいや!? なんで皆さんそんなあっさりと受け入れてるんですか! ネガティブですよ!? 宇宙の厄災ですよ!? 幾つもの星を滅ぼした悪魔ですよ!」

 

「でも継実と友達になったんでしょ? なら別に大丈夫じゃない? あと地球以外の星の事とか別に興味ないし」

 

「例え、同じ種族でも、性格は色々です! きっとお友達になれる子だって、いますよ!」

 

「どの道私の敵ではないのでコイツがなんだろうがどーでも良いです。花中さんを虐めるなら殺すだけですし」

 

 ミドリの必死の説得。しかしモモ含めた三人は何処吹く風だ。モモとフィアは過去の行いや他者との関係性ではなく、『今の相手』と『今の自分』でしか物事を判断していない。友達大好きな花中も、ある意味似たようなものだろう。種族的な特性を誰一人として気にもしていなかった。

 とはいえミドリの反応も至極尤もなもの。ネガティブは幾つもの惑星を滅ぼした宇宙的厄災だ。おまけにミドリはネガティブに故郷を滅ぼされている身である。

 フィアやモモぐらい『野生動物』的な存在であれば、故郷を滅ぼした種族でも、自分に害がないのであればなんの恨みもなく付き合えるだろう。故郷なんて、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだから。しかしミドリは文明的なご身分。最近はかなり野獣染みてきたが、それでもまだまだ本能と合理性よりも理性と感情を重んじる。ネガティブに対し嫌悪感が募るのは仕方ない。

 こういう時はまず対話だと、継実は思う。相手の事を知らないから思い込みで話をするのだ。嫌うのは相手と話をしてからでも遅くはないだろう……勿論、その上で嫌うのは当人の自由だが。

 

「まぁ、ほら、確かに色々あったけどさ、話してみると意外と面白い奴だからさ」

 

【はじめまして。当面の生きる目的は、地球生命を根絶やしにする事だ】

 

「一言目から絶対に分かり合えない事を確信する発言なのですけどぉ!?」

 

「いや、でも一体だけじゃ何も出来ないって。だから大丈夫だよ」

 

【力が溢れる……高まる……】

 

【イギロロロオオオォ……】

 

【イィイィイギッギッギッ】

 

「増えてる! 今目の前で増えてます! なんか分裂して増えてますからぁ!?」

 

 次々とミドリの心配を裏付けるような行動を起こすネガティブ。ミドリはもう目に涙を浮かべ、猛烈に後退りしていた。

 ……ネガティブには顔がないので表情もないが、絶対今はニヤニヤしているなと継実は思う。戦っている時から感情豊かだとは思っていたが、意外とイタズラ好きな性格らしい。やはり、何事も付き合ってみなければ分からないものだ。

 とはいえイタズラばかりでは話が進まない。ぺちん、とネガティブの後頭部を叩いて窘めておく。ついでに分裂して増えたネガティブはその足を掴んで、適当に遠くに放り捨てておいた。ネガティブ達は川に捨てられたアメリカザリガニよろしく、すたこらさっさと自然界に逃げていく。この後生きて繁殖するか、食べられて死ぬかは、彼等の奮闘次第である。

 継実に叱られ大人しくなったネガティブを見て、ミドリも少し落ち着きを取り戻す。小さくないため息の後、なんだか吹っ切れたような顔になっていた。

 

「……まぁ、良いです。思い返したら、別にネガティブぐらい大したもんじゃありませんし」

 

「おっ、ミドリも言うようになったねー。昔はネガティブを見た途端、私ら置いて逃げたくせにーこのこの」

 

「ええい、じゃれ合わないでください! あたしが子供みたいじゃないですか! あと結構根に持ってますねそれ!?」

 

 継実が近付き、肘で脇腹を小突いてみれば、ミドリは顔を顰めながら反抗する。

 それからネガティブの方を睨むように見ると、がるると唸るように喉を鳴らした。

 

「あたしは! ぜぇーったいに友達だなんて認めませんからね! べぇーっ!」

 

 次いで見事なあっかんべーで、ネガティブに『敵意』を示す。

 ……敵意と呼ぶには少々可愛らしい気もするが。

 ネガティブがぷるぷると震え出したのは、決して恐怖している訳でも、致命的なダメージが蓄積したからでもあるまい。

 

「……なんですか、その反応は」

 

【他意はない】

 

「他意しかないでしょうがその反応はぁ!」

 

「おー。ミドリが何時もに増して凶暴だぁ」

 

 ミドリの怒りも、モモのような家族にとっては物珍しいだけ。

 そんな中、ぶっ、と何かが吹き出すような声が聞こえた。

 ……ちらりと視線を向けてみれば、花中がミドリからそっぽを向く姿が見える。継実からもその顔は見えないが、ぷるぷると震える姿を見ればどんな表情かは想像が付くというもの。

 継実も思わず吹き出し、そしてゲラゲラと笑ってしまう。

 当然ミドリからすれば面白くなく、「むぎーっ!」と怒りを露わにした声を継実はぶつけられた。が、このタイミングでそれをやっても可愛いだけだ。余計笑いが止まらなくなり、花中もくすくすと声が漏れ始める。

 和やかな雰囲気が皆の中に広がっていく。

 荒れ狂うミドリに頬を引っ張られながら、継実は視線をネガティブに送った。私の言った通りでしょ? と。

 ネガティブの雰囲気が僅かに和らいだのは、気の所為だろうか。いいや、きっと気の所為ではない。彼もまた、このやり取りを楽しんでいるのだ。

 

「(ちょーっとだけ心配もしてたけど、杞憂だったね)」

 

 ミドリが大丈夫なら、ヤマト達も問題はないだろう。仮に何か言われても、このお調子者ぶりを見たら毒気を抜かれてしまうに違いない。

 そしてそれはネガティブも同じ筈だ。羨ましかったもの、妬んでいたものに自分がなっているのだから。きっと、今の彼となら、村で一緒に暮らしていけるだろう。モモやフィアと狩りをして、花中や晴海や加奈子とお喋りし、清夏やミリオンと議論する。時には誰かとケンカして、誰かのケンカを仲裁して、関係ない仲直りの宴会を楽しんで……

 新たな住人を入れての村生活。それは今まで以上に刺激的で、バラエティ豊かで、何よりとても――――

 

「ん? ……おっとこれは不味い」

 

 そう継実が考えていた時、不意にフィアが独りごちる。

 何が不味い? そう疑問を抱いたのは継実だけでなく、花中やモモ、ミドリやネガティブも同じらしい。全員が ― ネガティブに顔はないが ― キョトンとした表情を浮かべる。ただしその顔が見られたのは、ほんは一瞬の間だけ。次の瞬間には全員が、警戒心や恐怖心など感情の色は違えども、意識を引き締める。

 何かが来る。途方もなく大きな力を有したきな何かが。

 方角は、頭上。

 

「よっと」

 

「ひゃあっ!?」

 

 一足先に危険に気付いていたフィアは、花中を抱きかかえてその場から跳ぶ。継実達も身の危険を感じ、此処から退避しようとした、が、一手遅い。

 継実達が逃げ出すよりも、空より降下してきた何かが地上に辿り着き、強烈な衝撃波を撒き散らす方が先だった。

 

「ぬひゃあ!? わ、わわわわわっ!?」

 

「ミドリ! くっ……!」

 

 この場にいる面子の中で最も貧弱なミドリが、衝撃波によって吹き飛ばされる。モモが即座に反応して彼女の足を掴むも、引き留めるには体重とパワーが足りなかったらしい。ミドリ共々空に浮かび上がってしまう。

 飛行能力がなければ、身体が浮かんだ後にどうこうする事は出来ない。二人はそのまま遥か彼方へと飛ばされてしまった。あっという間に地平線を越えてしまったようで、もう継実の視力でも確認出来ない。

 モモもミドリもミュータントなので、高々数キロ吹っ飛んだ程度で死ぬ筈はない。されどこのままでは継実と離れ離れになってしまう。だからすぐにでも二人の下に向かいたいと継実は思うのだが、しかしそうもいかなくなった。

 どうにか踏ん張っていた継実の目の前には、()()()()がいるのだから。

 

「(コイツ、まさかカモメか……!?)」

 

 直感的に察した正体は、日本人ならば誰もが知っている鳥類。

 真っ白な羽毛に覆われた身体、漆黒の羽毛に覆われた翼、黄色くて鋭い嘴、獰猛さが一目で伝わる鋭い目付き……どれもこれもカモメの特徴だ。種類は恐らくミナミオオセグロカモメだろう。七年前にも南極に生息していた種で、特段珍しいものではない。

 が、身体の大きさが明らかに七年前と違う。

 目測だが体長十メートルを超えている。左右に広げた翼の長さは、ざっと二十メートルはあるだろうか。継実達は此処南極で体長十八メートルの恐竜を目の当たりにしているが、翼がある分大きく見える所為か、あの恐竜よりも強烈なプレッシャーを感じる。何をどうしたところで、自分達では勝てないという予感を抱かせる存在だ。

 

「むう。コイツは厄介ですよ。この南極では恐竜以上に危険な奴です」

 

 その予感が正しい事を、フィアの淡々とした言葉が裏付ける。尤も、予感が的中しても継実は全く嬉しくないが。

 フィアが起源というほどだ。その戦闘能力は自分一人ではどうにもならないと、継実は暫定でカモメの実力を予測する。

 そしてその鋭い目と、開いた口から糸引く涎を見るに、こちらを喰う気満々のようだ。

 今までの旅でこのカモメと出会ったら、恐らく継実は酷く狼狽えていただろう。シンプルな強さほど対処の難しいものはないのだから。諦めるつもりは毛頭ないが、覆せるとは到底思えない。

 されど今の継実は違う。

 此処には ― 吹っ飛ばされて今はいないが ― モモ達だけでなく、フィアと花中、更にはネガティブもいるのだ。恐竜さえ撃退したフィア、そのフィアに匹敵する花中の二人が揃えば、恐竜以上の実力者である巨大カモメも追い払える筈。そこにネガティブ、そして自分自身の力を加えれば……暫定であるが継実には勝ち筋が見えた。

 とはいえ無理に戦う必要はない。結果的に生き残る事が出来ればそれでOKだから、逃げるという作戦もありだ。そして選択肢が複数あるなら、意思を統一しておくべきである。

 

「フィア! 花中! どうす」

 

 る。残りあと一文字というところで、継実の声はぴたりと止まった。

 何故なら、先程までフィア達がいた場所に、フィアと花中の姿はなく――――地平線近くに花中を肩に担いで疾走しているフィアがいた。

 つまるところ、フィアは花中と共に全力疾走で逃げている。継実の事などお構いなしに。

 

「……ちょ、えええええええっ!? え、フィア!? なんでアンタそんな遠くに……」

 

「あ、有栖川さあぁぁん! ぜ、全力で、に、逃げぇぇぇ……」

 

 唖然とする継実に、フィアに担がれている花中が大声でそう告げてくる。

 恐らく、花中はフィアに無理やり連れ去られたのだろう。彼女の性格的に、逃げるにしても一言ぐらいある筈だ。だが離れていく花中は、フィアに戻れと言わず、継実に逃げろと言ってくる。

 つまりこのカモメは、まともに戦ったら花中達でも勝ち目がない相手なのだ。惑星ネガティブの内部で、何百何千のネガティブを相手にしても無事宇宙から帰ってきたあの二人が、である。

 さて、ではそんなカモメがじっとこちらを見下ろしている今の状況を、一言で例えるならばなんと言うべきか?

 

【絶体絶命、というべきだろうか】

 

 その答えを口にしたのは、継実と同じく取り残されたネガティブだった。

 継実は肩を竦める。それはカモメを嘗めている訳でも、ネガティブの言葉に呆れた訳でもない。過度に緊張した自分の気持ちを、少しでも和らげるための行動だ。こうでもしないと、恐るべき化け物カモメの前で談笑なんて出来やしない。

 

「正にそんなところだなぁ。しっかしどうしたもんか」

 

【まともにやり合って勝てる相手ではない。そこで一つ作戦がある。お前があの生命体に突撃し、私はその間に退避を行う。これで私は無事に生還可能だ】

 

「真顔で冗談言ってんじゃないよ。つか表情ないから本気かどうか分かんないし」

 

【それはそれとして、作戦を練ってる暇はなさそうだな】

 

 自分が繰り出したボケを投げ捨て、現実を突き付けてくるネガティブ。継実としてはそのまま話を流されるのは癪だが、しかしネガティブの言う事は至極尤もだ。

 こちらを見つめている巨大カモメの『気配』が、どんどん強くなっている。

 襲い掛かってはこない。だが、それは巨大カモメに攻撃の意地がない事を意味しない。恐らく奴は継実達が軽口を叩きながらも警戒を一切弛めていない事を見抜き、迂闊に攻撃すれば躱され、逃げられてしまうと考えているのだろう。

 巨大カモメと継実達の実力差は明白。にも拘わらず襲い掛かってこないなんて、自分の実力に自信がない未熟者なのか? いいや、逆だ。自分の実力のみならず、相手の実力も正確に推し量っている。その上で、万に一つも失敗しないよう慎重に振る舞っているのだ。

 実力も現実認識も問題ない。そして一切油断も慢心もない。正しく「普通に戦えば勝ち目がない」相手である。そんな輩の前で作戦会議なんて『隙』を晒せば、その時は躊躇いなく攻めてくる筈だ。その時点で継実達の負け確定である。

 なら、やる事は一つ。

 

「じゃあ、あの作戦しかないか」

 

【あれは作戦とは言わないと考える】

 

「生き残るための作戦だから問題なし。あ、そうそう。周りの生き物もおこぼれや横取りを狙ってるから気を付けてよ」

 

【気付いている。しかし全く、この星は騒がしい、というより喧しい。宇宙の静寂が、虚無に包まれた頃が、早くも懐かしくなる】

 

 悪態を漏らすネガティブ。だがどうしてだろうか。騒がしい喧しいと責める言葉が、僅かに弾んで聞こえてくるのは。

 コイツはまだまだ自分の想いを出すのが下手だなと継実は思う。だから、という訳ではないが、継実はお手本を見せるように満面の笑みを浮かべながら尋ねた。

 

「でも、好きなんでしょ? こういう賑やかな星がさ、わざわざ宇宙の彼方から全速力でやってくるぐらいに」

 

 ネガティブからの返事はない。しかしこくりと動いた頭を見れば、それで十分。

 継実はネガティブの方を見て、ネガティブも継実の方を見る。同時に顔を見合わせた二人は、今度は同時に頷く。

 

「んじゃ、とりあえずモモ達と合流するまでよろしくね」

 

【こちらこそ。では早速】

 

「【逃げる!】」

 

 二人は一緒に走り出す。巨大カモメは逃がすものかと追い駆けてきた。そんなカモメから獲物を横取りしようとしてか、雪に隠れていたアザラシや、エビらしき巨大節足動物も次々と顔を覗かせる。

 例え宇宙の厄災だろうが、地球生命の多くを救った英雄だろうが、捕食者達からすれば獲物には変わらない。生物は全てを平等に認識し、平等に見下し、平等に殺し――――平等に認め合う。

 新たな種族も受け入れた地球は、以前よりもほんの少し賑わいを増すのだった。


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