賑やかな星   作:彼岸花ノ丘

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新たな世界07

「で? 結局一匹も捕まえられなかった訳?」

 

【ええ。全く使えませんわね、この人間】

 

 モモの問いに、クスノキは辛辣な言葉で答える。大好きな人間を侮辱された格好だが、しかしながら『使えない』という評価自体は極めて妥当なもので、故にモモは表情一つ変えない。

 対して、その場に居るにも拘わらず堂々と貶されたミドリはしゅんと項垂れ、ミドリの同族である継実は唇を尖らせた。

 陽も沈み始めた夕暮れ時。イモムシ退治を一通り行った継実とミドリは地上に降り、洞の前に広がる草っ原でモモと合流した。たらふくイモムシを捕まえた継実と同じく、モモもたっぷりと獲物を獲れたらしい。丸々太った生焼けネズミを二匹も見せてくれた。ネズミはミドリの晩ご飯となり、ミドリは少々顔を引き攣らせながらも恐る恐る食べ、だばぁーと吐いて――――その最中にクスノキとモモの間で交わされた会話が、先のものである。

 

「あまりうちの子虐めないでくれる?」

 

「うちの子って、すっかりお母さんねぇ」

 

【母親だとしてもその発想は理解出来ませんわ。事実をありのまま認識しなければ、問題は何時までも解決しませんわよ?】

 

「もうちょっとオブラートに包んでって言ってるの」

 

「あ、あの、私が、悪い、ので……」

 

 継実とクスノキの言い合いを止めようとしてか。拙く、そして申し訳なさそうに、ミドリが話に割り込んでくる。

 ミドリはケンカと認識したのかも知れないが、継実とクスノキにとって、この程度の言い合いは日常茶飯事。何しろこの木とは、継実が超生命体として目覚めたばかりの頃――――かれこれ七年前からの付き合いなのだから。犬猿の仲、というほどではないが、友達でもない。気も合わないしムカつく事の方が多いが、憎たらしいとも思わない……大体そんな間柄だ。この程度の言い合いもコミュニケーションでしかない。

 と、継実も頭の中では言えるのだが、口には出したくない。何故と問われても「なんか癪だから」としか説明出来ないのだが。

 

「気にしなくて良いわよ。コイツら、何時もこんな感じだから」

 

 そしてそんな継実の考えなどお見通しなのか。モモが勝手に二人の関係を説明してくれた。

 なんかその言い方は仲良しっぽく聞こえて嫌なんだけど……とは思いつつ、一々反論すると必死に見えそうで嫌だ。クスノキが沈黙していれば尚更である。

 

「はぁ……そう、なのです、か」

 

 首を傾げながらも、ミドリも一応は納得したようなので、とりあえずそういう事にしておく。

 

【それにしても、随分と言葉が上達しましたわね。これなら普通に話が出来ますわ】

 

 クスノキは最初から継実との関係などどうでも良いのか、さらりと話を変え、ミドリの饒舌さに触れた。

 クスノキが言うように、まだまだ拙いとはいえ、これだけ喋れるなら会話と呼んで差し支えない。時計などないので正確な時間は計れないが、イモムシ狩りから僅か数時間でここまで上手くなった事に継実は少し驚いていた。

 今ならば、ミドリがこれまでどんな境遇だったか、ちゃんと問答が出来るだろう。

 ……果たして本当に訊いて良いのかという迷いが、今更ながら継実の胸の奥底から込み上がる。話し方の微妙な上達速度から、ミドリには複雑な経緯があると継実は読んでいた。もしもなんらかの精神的ショックにより話せなくなっていたのなら、境遇を尋ねる事そのものがトラウマを穿り返す行いである。下手をすれば、彼女の心は手当が出来ないほど深く傷付くかも知れない。

 こちらから訊くというのは、少々リスクがあるように思える。ミドリが自分から話したくなるまで待とうと、継実は己の考えを改めた。

 

「あ、今なら説明してもらえるかな? ミドリはなんで一人だった訳? そんな弱っちくて今までどうやって生きてきたの?」

 

【そうですわね。こんな貧弱な生物が一人で生きていけるとは思えないだけに、少々興味があります】

 

 なお、そんな気遣いは人間特有のもので、人外達は己の好奇心のまま尋ねていた。悪意も何もない、純粋さに満ち溢れている彼女達の興味は、一人地面に突っ伏した継実の方へとすぐ逸れる。

 

「? なんで継実、地面に倒れてんのよ」

 

【芸でも披露してくれますの?】

 

「違う! もうちょっとデリカシーを持ってほしいの! 女の子の心は繊細なんだからぁっ!」

 

「あ、あの、大丈夫、です。私、ちゃんと話せます、から……」

 

 まるで理解してくれない畜生(片方は動物ですらないが)共に怒りをぶつける継実だったが、当のミドリに宥められては退くしかない。それに継実自身、ミドリの境遇に『興味』はあるのだ。

 息を整えながら座り直し、継実は押し黙る。それからミドリへと視線を向け、彼女の言葉を待つ。

 ミドリも静かに呼吸し、何かを考え込むように黙りこくる。しばし沈黙が流れ……継実達が注目する中、ミドリは静かに語り始めた。

 

「私は、ずっと、遠いところから、来ました」

 

「遠いところ?」

 

「はい。とても遠い場所、です。えと、北海道の方、とか」

 

【確かに遠いですわね。此処は関西ですし】

 

「アンタ、動けない植物なのになんで地理分かるの?」

 

【さぁ? それを言い始めたら、わたくし達の知識の根源からして正体不明でしょうに】

 

 自分のペースで話すケダモノ達の所為で、話がすぐに逸れてしまった。ムスッとする継実の横で、ミドリがくすりと笑う。

 

「……ともあれ、私は北海道で、暮らしていました。家族や、友達は……いないよう、あ、えと、いませんでしたが」

 

「ずっと一人だった訳?」

 

「えっと……はい、そうです。一人、でした。長い間喋らなかったので、声の出し方を、忘れていまして。今は、少しずつ思い出して、喋れるように、なってます」

 

【そういうものですか。人間というのは中々不便な身体の作りをしていますわね】

 

 クスノキがざわざわと葉を揺らしながら、なんとも樹木的な意見を述べる。「そりゃ声帯もないのに声を出してるアンタと比べればね」と継実が突っ込めば、ミドリはまたくすくすと笑った。

 

「北海道の方は、此処よりも、生き物が少なくて、襲われる事もありませんでした。食べ物も少なくて、お腹は、空いていましたが」

 

「え。そうなの? 私はてっきり北海道の方が生き物が多いと思っていたんだけど」

 

「へ? え、ぁ、あ」

 

【わたくしも、元々自然が豊かな分、あちらの方が生物が多いと思っていましたわ。原因はなんですの?】

 

「や、わ、分からない、です」

 

 何故かしどろもどろになりながら、問われた事になんとか答えるミドリ。クスノキは【ふぅーん】と一言返し、それで納得したようだった。

 身動ぎするミドリは、胸に手を当てながら息を整える。何故ミドリの息が乱れたのか、分からないモモが首を傾げる。

 ミドリはそれからすぐに、話を続けた。

 

「そ、それで、えと、やはりお腹が空きまして。だから食べ物を求めて、移動していました。私が此処に来た理由は、それです」

 

「へぇー、大変だったんだねぇ」

 

「本当に、大変だったみたい、です。道中で行き倒れになって」

 

「は? 行き倒れたの!?」

 

【よく無事でしたわね。弱った肉の塊なんて、肉食獣共が見逃すとは思えませんもの。何か、秘策がありまして?】

 

「えぁ!? え、あ、わ、分かり、ません。お、覚えてません」

 

 モモとクスノキが問うと、またしどろもどろ。要領の得ない答えに「覚えてないなら仕方ないね」とモモはあっさり信じ、クスノキも問い詰めるだけ無駄だとばかりに黙る。

 

「そ、それで、あの、目が覚めた時、あの大きな生き物に襲われて、あなた達に会いました! そ、それだけ、です」

 

 それが好機だと言わんばかりに、なんとも強引にミドリは話を終わらせた。

 沈黙が流れ、質問があればどうぞとばかりに胸を張り、されどその目を泳がせるミドリ。急に話が終わったように感じたのか、モモとクスノキはキョトンとしている様子だ。

 対して継実は、思う。

 ――――正直に言えば、胡散臭い。ありとあらゆる点で。

 自分の事なのに何故か他人事のような話し方、喋り方を忘れただけにしては何時間も経つのにまだまだ拙い事、北海道の生態系に疑問を呈した瞬間見せた挙動不審、そして『行き倒れ』ていたのに何故無事なのか曖昧なところ……社会性なんて持たない樹木や、人を疑う事など考えもしない犬なら兎も角、生物界最強のコミュニケーション能力の持ち主である人間を騙すにはあまりにもお粗末過ぎる。こんな体たらくで何を誤魔化せると思ったのだとツッコミの一つでも入れたいぐらいだ。モモやクスノキの問い掛けでペースを崩したのかも知れないが、七年もこんな世界に生きていればあれぐらいの質問は想定していそうなものなのに……

 ともあれ、恐らく今ここで嘘を指摘すれば、ミドリは呆気なくしどろもどろになり、嘘を重ねる前に何かを白状するだろう。なんとも簡単な話だ、が、それをしようとは継実は思わない。

 元々、話したくなった時に話してくれれば良いとしか思っていなかったのだ。嘘を吐かれたのは悲しいが、思えば自分達との出会いなどまだたったの数時間前の事。全てを曝け出すには、ちょっとばかし相手の事を知らな過ぎる。それにもしかすると恥ずかしい……或いは()()()()()事だってあるかも知れない。事情を説明するとどうしてもその話をしないといけないから、敢えて嘘を吐いたというのもあり得るだろう。

 何より、こんなに嘘がド下手くそな子が悪人とも思えない。

 とりあえず、今は彼女が話した通りだという事にしておこう。そしてミドリが本当の事を話したくなったら、その時そっとアシストすれば良い。『社会性動物』である人間にはそれが出来るのだから。

 

「……そうなんだ。大変だったね。私からは、特に質問はないよ」

 

「そ、そう、ですか」

 

 継実が追い討ちを止めると、ミドリは心底安堵したように肩を落とす。

 

「はいはーい。私は質問あるわよー」

 

【私も幾つか訊きたい事があります】

 

 その安堵は、数秒と続く事なく終わったが。

 

「えっ。え」

 

「ねぇねぇ。私以外にも犬の超生命体っていた? あ、超生命体ってのは私達みたいな生き物の事ね」

 

【クスノキの分布はどの辺りまで広がっていますの。今後私の子孫を増やす上で、ライバルとなり得る存在について把握しておきたいですわ】

 

「く、くす? え、え」

 

 相手を思いやる気持ちなど微塵もない生き物達は、一切容赦なくミドリを問い詰める。いや、モモ達はミドリの話を信じている訳だから、問い詰めているのではなく普通に尋ねているだけだが……ミドリからすれば取り調べに等しい。

 なんと答えれば良いのか。どう誤魔化せば良いのか。考えても考えても、答えが出てこないのだろう。ミドリの目がぐるぐる回る。身体もぐるぐると回るように動き、段々傾きも強くなり……

 

「……きゅう」

 

 ぱたりと倒れた。

 ……倒れたまま動かない。モモが歩み寄り、身体を揺すってみるが、起き上がる気配なし。

 どう考えても失神している。間違いなく質問攻めのプレッシャーに耐えかねて。遠目に見ている継実にでも分かる事。

 

「なんか急に寝ちゃったわね。疲れていたのかしら?」

 

【北海道からの長旅ですもの。この人体力もないみたいですし、仕方ありませんわ】

 

 されどどこまでもミドリを信じている二匹には、ミドリがちょっと早めの睡眠を取った程度にしか思わず。

 再びずっこけてしまった継実は、さてこれから来るであろう二匹からの問いをどう誤魔化そうかと考えるのだった――――

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