賑やかな星   作:彼岸花ノ丘

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旅人来たれり15

 自分の心臓が跳ねるように鼓動している。

 それを実感しながら、ミドリは『元凶』である花中の目を、驚きを露わにした眼差しで見つめる。されど花中はニコニコと、優しく微笑むだけ。

 こちらからの言葉を待っているのだろう。花中の意図をそう理解したミドリは、引き攣る唇を強引に動かし、どうにか言葉を絞り出す。

 

「な、にを……言ってるんですか。あたしなんかが、参加したところで……」

 

「確かに、何も変わらないかも、知れません。でも、何かが変わるかも、知れません。それは、やってみないと、分からない事です」

 

「で、でも、あたしが参加しても、足を引っ張るだけで……」

 

「そうかも、知れませんね。だけど、引っ張らなくても、多分二人とも、負けちゃいますよ?」

 

 ミドリが語る言葉を、一つ一つ、丁寧に花中は否定していく。切り捨てられていく『理屈』が増えるほど、ミドリは何も言えなくなり……ついには押し黙ってしまう。

 分かっている。こんなのはただの言い訳だ。

 助けたいけど、助けられるほどの力がない。その事実をひた隠しにするための理由付け。足を引っ張る? 自分が参加しても変わらない? なんの理由にもなってないではないか。足を引っ張らなくても、参加しなくても、このままでは継実達の負けがほぼ確定しているのだから。

 それなのに躊躇ってしまうのは、自分が知的生命体だからなのだろう。責任だとか原因究明だとか、『自分の所為』になる事に関わりたくないという、知性ある者としての性質が邪魔をしている。自分がしてしまった失敗を、大切な人からなじられる事を恐れてしまう。

 後先考えずに突っ込める野生生物の生き様が自分にも出来れば、こんなしょうもない躊躇いなんてしていないのに。

 

「行きたいなら、行けば良いんです」

 

 そんな自分の背中を、花中はそっと押してくれる。

 だけど意固地なミドリの脚は、簡単には動かない。ふるふると首を横に振り、ミドリは花中の顔を見遣る。

 花中は継実達とフィアの戦いを眺めながら、話を続けた。

 

「わたしもよく、躊躇っていましたから、あなたの気持ちは、分かります」

 

「……花中さんも?」

 

「ええ。見た目通り、引っ込み思案で、何時も不安ばかりで。だけど、フィアちゃんが、何時も背中を、押してくれました。その度にわたしは、わたしの思うがままに、動いたものです」

 

「……その結果は、どうだったのですか?」

 

「わたし的には、満足しています。世の中的にも、悪くはなかったと、思います。でも、人によっては、いくら罵っても、足りないぐらい酷い事も、したものです」

 

「それでも……後悔は、していないのですか?」

 

「してなくは、ないです。わたし、何時までも、うじうじ悩むタイプ、ですし。でも」

 

 一度言葉を句切ると、花中はミドリの目を見る。透き通った、曇りのない紅い眼。穏やかで、何処か気弱で、だけど強い意志を秘めた瞳がミドリを射貫く。

 

「しなかった事を、後悔するより、した事を、後悔したい。それがわたしの、()()()()ですから」

 

 そして花中の言葉は、ミドリの胸を打つ。

 しないよりも、した方がマシ。

 なんでもそうなるとは限らない。余計な事をやったがために状況が悪化するというのは、決して珍しい出来事ではないのだから。だけど何もしなかったがために、状況が悪化するというのもまた少なくない事。

 未来は予測出来ない。だから自分の行動がどっちに転ぶかなんて、誰であろうと分からない。事情を知っていれば予測が出来る? 馬鹿馬鹿しい――――自分の行動により引き起こされた結果が、どうなるか予想するなんて事は『科学的』に不可能だ。量子が確率論的に存在するが故に、世界はあらゆる可能性を内包している。

 分からない事をうだうだ悩むというのは、無駄な事。

 無駄な事をするよりも、やりたい事をやる方が『合理的』だ。

 

「ミドリさんは、どう、したいのですか?」

 

 続いて花中から問われたのは、己の気持ち。答えなんて最初から決まっている、曲げたくない想い。

 こんなにも背中を押してもらえたのだ。これで立てなきゃ――――死ぬまで立てない。

 

「……大切な家族の夢を、叶えさせてあげたいです!」

 

 ミドリは己の内側で燃えていた想いを言葉にし、力強く立ち上がった。花中のお陰でようやく得られた、決意を支えにする事で。

 どおおんっ、という爆音と共に、呆気なく折れてしまう決意だったが。

 

「ひゃあぅ!? な、何……」

 

「……もぉー。フィアちゃったら、何時もわたしの邪魔をするんだから」

 

 驚きで尻餅を撞いてしまったミドリの横で、花中がぽそりと独りごちる。そんな花中の視線の先には、高さ百メートルはあろうかというキノコ雲が立ち昇っていた。熱波などは感じられず、どうやら水蒸気の集まりらしい。

 フィアが繰り出した攻撃なのだろう。けれどもまるで核爆弾でも投下されたかのような光景だ。しかしこれまで繰り広げられていた様々な技からして、こんなのは騒ぐほどのものではない。実際巨大なキノコ雲はすぐに雷撃とビームで吹き飛ばされ、継実達三人の姿が露わとなる。三人は戦いを休む事すらせず、また激突していた。

 ミュータントにとって、あんなのは挨拶代わり。

 ミドリもミュータントの身体を借りているが、あそこまで出鱈目な力の使い方なんて分からない。やっぱり自分なんかが行っても、一秒と経たずにやられるだけ……蘇った恐怖で、ミドリはへたり込んでしまう。それでも自分のやりたい事は継実さん達を助ける事だと己に言い聞かせ、なんとか奮い立とうとするが、生存本能に支配された身体はこの場を動こうとしない。

 決意をしたのにこの有り様。あまりにも情けなくて涙が出てくる。

 そんなミドリを見て、何を思ったのだろうか。花中はそっと、ミドリの横顔に近付き――――囁く。

 

「力が、欲しいですか?」

 

 まるで、悪魔が語るような言葉を。

 

「ち、力……?」

 

「あ。念のために、言いますけど、変な儀式とか、薬とか、そういうのじゃないです。ただ、どうもミドリさんは、自分の力が上手く、使えていないようなので。さっきの爆発に、腰を抜かして、しまったのも、多分継実さん達ほど、強くないから、ですよね?」

 

 合ってます? そう尋ねるように首を傾げる花中に、ミドリはすぐに答えを返せない。花中の予想は正しく、だからこそ驚いたがために。

 フィアには正体を見抜かれてしまったので、花中はミドリが『寄生生命体』である事は知っている。しかし逆に言えばそれしか知らない筈だ。宇宙生物達から見ても地球の生命……ミュータントが出鱈目過ぎて力の仕組みが分からないなんて、知りようがない。

 だから普通なら、ミドリが単純に『貧弱』だと考える筈。どうして、花中は自分がこの身体を使いこなせていないと分かるのか。何か、全てを見透かされているような……

 得体の知れない不気味さを感じる。だが、今のミドリにとってはどうでも良い事だ。

 力が欲しいか。

 ああ、欲しいとも。力がなければ、自分は何時までも守られ、怯える側なのだから。力さえあれば、あの二人の後ろではなく、横に並ぶ事が出来るのだから。

 だからミドリはこくりと頷く。

 すると花中は満足げに微笑んだ。握り拳まで作り、とても嬉しそう。

 それから彼女は、ひそひそ声で告げた。

 

「なら、教えます。わたし達ミュータントの、力の『原理』を」

 

 継実もモモも知らない、この世界に満ちる秘密を……

 

 

 

 

 

「ごがっ!?」

 

「ぎゃいんっ!」

 

 継実が呻きを上げ、モモが悲鳴染みた声を漏らして、二人は地面に叩き付けられる。継実はどうにか体勢を直し、大地に爪を立てて動きを止めるが……モモはそのまま何十メートルも転がった。

 

「さぁさぁどうしましたかぁ!? 良い感じにエンジンが掛かってきたのですからこんなところで倒れないでくださいよォ!」

 

 そして二人を殴り飛ばしたフィアは、げらげらと笑いながら煽ってくる。

 今すぐその満面の笑みに拳を叩き込んでやりたい……が、継実の身体はがくりと膝を折り、立ち上がるだけの力すら出せない。跪くような姿勢を保つので精いっぱいだ。モモに至っては、転がった先で倒れたまま動かない。

 傷が深い、という訳ではない。フィアは花中の提示したハンデをちゃんと守っていて、継実だけでなくモモもそこまで酷い怪我は負っていないのだから。しかしダメージを延々と受けているため、その傷の『再生』は繰り返している。道具が摩耗してやがて壊れるように、再生させなければ身体そのものが壊れてしまうので仕方ないのだが……無から有は生み出せない。再生させる度にエネルギーをどんどん使い、体力は減っていく。勿論全力全開の攻撃でもエネルギーは消費する。

 今や継実とモモは疲労困憊。スタミナが底を尽きようとしていた。

 対してフィアは継実達以上のパワーで暴れ回り、全く避けないため継実達以上に攻撃を受け止めてきたのだが、あちらはピンピンしていた。水の身体は、継実達の身体よりも遥かに『タフ』らしい。

 負けたところで、どうこうなる話ではない。

 だけどこんな、ハンデを幾つも付けた相手にすら勝てないようでは、草原の外に出るなど夢のまた夢。生き延びた人類に会えるかもという、淡い希望は決して叶えられない。

 こんなところで挫けている場合ではないのだ。

 

「ふぅぅぅ……ふうううぅぅぅぅ……!」

 

 感情が昂ぶれば、不思議と力が湧いてくる。継実は大地を踏み締め、背筋を伸ばし、ゆっくりと己の力だけで立ち上がり

 その継実の努力を嘲笑うように、フィアの触手が地面から生えてくる。気付いた時にはもう遅く、触手は継実の右足を殴り付け、バランスを崩した継実はまた倒れてしまう。

 少し休めば、まだ体力回復の余地はある。モモだって同じ筈だ。されどフィアはそれを許してくれない。例えフィアは一歩と動かずとも、触手を伸ばして攻撃出来るのだから。

 どうすれば体勢を立て直せる?

 ――――生憎、考える事さえフィアは許さないだろう。

 ぞくぞくとした悪寒が継実の背筋を走る。

 地中を何かが走っているような気配。間違いなく、フィアの触手だ。何処から出てくるのか探ろうとするも、地中を高速で動き回り、分裂と融合を繰り返すその気配を正確に探知するのは難しい。もっと言えば触手もまた水であるため、自然な密度や分布域を取られると土壌水分と見分けが付かず、観測そのものが出来なくなる有り様。

 

「ごぁっ!?」

 

 不意に集結・巨大化しながら地中より飛び出した触手に、背中から殴られてしまうのは避けられない。

 太さ二十センチはあろうかという触手の一撃により継実は前のめりに数歩つんのめる、と、今度は正面の地面から触手が生えた。額を狙った一撃。咄嗟に腕を交叉してガードする継実だったが、受けた衝撃で今度は大きく仰け反る。

 するも今度は側面より触手が生え、継実の脇腹を殴り付けた。力のこもっていない方角からの攻撃に継実は転倒――――した直後に、地面から触手が生えて腹部を打ち抜く! 強力なボディーブローだ。継実の口からは血が吐き出された。

 

「どうしたのですかぁ? 折角手加減してるのですからちゃんと避けてくださいよ。一方的に嬲るのも嫌いじゃありませんが獲物はやっぱり追い回す方が楽しいのですよねぇ」

 

 理不尽なまでの暴力を振るいながら、フィアは笑みを浮かべつつも欲求不満な様子。継実を更に煽るのは、もっと大きな力を引き出すためか。

 これで怒りの一つでも爆発させて、秘めたる力に目覚めて一発逆転……というのはある種の王道か。

 だが()()()()()()()()()()。人間に会うための旅をしたいという願いに突き動かされ、全身の力をフル稼働させた。エネルギー消費を考えない戦闘形態まで用いている。

 それでも、未だフィアには及ばない。

 

「(何が、足りなかった……?)」

 

 持てる力は振り絞った。モモとの連携だってバッチリだし、作戦だって幾つも練った。エネルギーをたっぷり蓄え、万全を期した。

 その万全を、フィアは鼻息一つで消し飛ばす。

 何故? どうすれば良かったのか? 何かが足りなかったのか? それともどれだけハンデを積まれようとも、最初から勝ち目なんて……

 

「……そろそろ終わりですか。まぁ暇潰しにはなりましたかね」

 

 継実の脳裏を過ぎった弱気な想いは、顔なり態度なりに出ていたのか。興醒めしたように、笑みを消したフィアが独りごちる。

 途端、大地から感じられる力が急速に増大していく。特大の触手か、はたまたとんでもない力を込めた代物か……いずれにせよこんなものの直撃を受けたなら、疲弊した今の継実達では失神は免れまい。

 何がなんでも攻撃を避けなければ。しかし力があまりに大きく、おまけに拡散していて、何処から攻撃が飛んでくるか分からない。タイミングも逃げ道も定まってない回避なんて、大きな隙をわざわざ作るようなもの。やらない方がマシなぐらいだ。

 一体、どうすれば。

 花中のように優しければ、少し、時間をくれたかも知れない。けれどもフィアは無慈悲で不条理なケダモノ。考える時間などくれない……他の野生生物達と同じく。

 地中からの力の増幅が止まる。それと共に霧の中を蠢く影のように漠然とした存在感が急速に具現化を始めた

 刹那、

 

【真っ正面から二ミリ秒後に顔目掛けて来ます!】

 

 そんな声が頭に響いた。

 いや、声ではないかも知れない。『音速』なんてすっとろい速さではなく、情報として脳に叩き込まれたような、そんな感覚を継実は覚えたのだから。

 今のはなんだ? 継実は困惑した、が、そこに思案を巡らせるつもりは毛頭ない。

 間もなく、二ミリ秒後がやってくる。

 

「くっ……!」

 

 破れかぶれで継実は自ら天を仰ぐように仰け反った

 瞬間、正面の地面を粉砕して一本の触手が生えた!

 触手は今まで継実の顔面があった場所を、継実ですら視認するのが難しい速さで通過。掠めた鼻先の肉が削れ、血が滲み出る。もしも直撃を受けていたら、顔面の形が変わっていただろう……後で再生して元には戻せるが、一時的な失神は免れまい。

 渾身の攻撃が躱され、フィアは驚いたように目を見開く。回避した継実自身も驚いてしまう。二人同時に驚いたが、先に我を取り戻したのはフィアの方だった。

 

【今度は右足下狙い、多分三ミリ秒後!】

 

 しかし継実の脳に響く情報は、フィアが動く前に『次』を教えてくれる。

 新たな情報を信じた継実は、能力により五十センチほど空へと飛ぶ。すると地面から生えてきた触手が、かつて右足のあった場所を通り過ぎた。脳に声が響いてから、きっちり三ミリ秒後の出来事だ。

 フィアは更に触手を繰り出すが、その都度頭に情報が入り込み、その通りに動けば全ての攻撃を躱せる。まるで、未来を見通しているかのように。

 尽く攻撃が躱され、フィアは自らの顎を撫でるように触りながら沈黙。猛攻も止み、しばらくしてから、心底楽しそうな笑みを浮かべる。

 

「なぁーるほどそちらの方も参戦ですか。乱入は構いませんよ。この二匹だけでは物足りなかったので」

 

 何かに気付いたフィアは、快く『そいつ』を受け入れた。

 

「では、お言葉に甘えて」

 

 そして『そいつ』はハッキリとした声で、フィアに答える。

 継実は耳を疑う。その声には聞き覚えがあるが、しかし彼女が此処に参加するとは思えない。だって、彼女は弱いのだから。

 だけど聞き間違える筈がない。

 何故なら彼女は、大切な『家族』なのだから。

 

「……カッコいい登場、してくれるじゃない」

 

 照れ隠しに悪態を吐きながら、継実はくるりと後ろを振り返る。

 『家族』は笑っていた。誇らしげに、楽しげに、何よりも嬉しげに。

 

「ここからは、あたしも参加します……もう継実さん達には、傷一つ負わせません!」

 

 空気を震わせるほどの大声量。大きな胸の前で腕を組み、堂々とした仁王立ちまで見せ付ける。

 かつてないほど自信を滾らせたミドリが、この場にやってきていた。

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