賑やかな星   作:彼岸花ノ丘

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旅人来たれり16

「ほほう最初に見た時は虫けら以下の力しかないと思っていましたが……それと比べればずっとずっと強くなりましたねぇ」

 

 真っ直ぐにミドリを見つめながら、フィアは淡々とその力についての評価を下す。獰猛な笑みを浮かべ、少なくとも『虫けら』に向けるものではない闘志をミドリに向けた。

 虫けら以下というフィアの言い分は中々失礼だが、されど否定出来ない事実でもある。何しろミドリは、一人ではアオスジアゲハの幼虫すら殺せない貧弱さだったのだから。そこらの虫けらすら殺せないのだから虫けら以下。極めて正確な評価であろう。

 しかし今は違う。

 継実にも分かる。ミドリが放つ力は、これまでの比ではない。何十倍、いや、何百倍も増大しているようだ。昔の漫画に出てきた戦闘民族も真っ青になるような、凄まじいパワーアップ。継実達が試合を始めてから一時間も経っていないのに、何をどうしたらそこまで強くなるのか訳が分からない。

 ……確かに増幅幅で見れば、訳が分からないほどミドリは強くなった。強くなったのだが、()()()()()()()()()。アオスジアゲハと人間の体重差は、ざっと二万倍。数百倍のパワーアップをしたところで、やっぱり身体の大きさを考えればしょうもないほど弱い。

 

「まぁネズミが一匹増えたところで試合運びが変わるとも思えませんが」

 

 フィアの独りごちた言葉が、全てを物語っていた。

 

「そんなのやってみないと分からなぎゃあっ!?」

 

 反射的にか言い返そうとするミドリであったが、残念ながらフィアは空気を読まず。地中から突然出てきた触手に驚き、悲鳴と共にミドリはひっくり返ってしまう。

 そんなミドリを追撃するように、無数の触手が地面から生えてきた。ミドリは一瞬目を点にし、次いでさぁっと顔を青くする。

 カッコいい登場など忘れたと言わんばかりに、なんの躊躇いもなく背を向けて逃げ出すミドリ。

 フィアの触手達は、逃げるミドリを執拗に追い始めた。

 

「ひぃいいいいいい!? しょ、初心者狩りとか強者としてのプライドはないんですかあなたぁ!?」

 

「ああん? 弱い奴から狙って数を減らすのは戦いの定石でしょうが。あとあなたは残しておくと後々厄介な予感がするので先に潰しておきたいですし」

 

「なんでいきなり的確な行動取れるのぉ!? ひやぁああっ!?」

 

 言葉による非難も、野生を生きるフィアには通じず。情けない悲鳴を上げながら、ミドリは襲い掛かる触手を紙一重で躱しつつ走り回る。

 なんとも締まらない展開だが、フィアの意識は継実からミドリへと逸れた。尤も見逃してもらえたのはこの戦いが遊び(試合)だからで、野生の闘争ならば弱った継実を確実に仕留めてからミドリを襲っただろう。その意味ではやはり『嘗められている』のだが、どんな理由であれチャンスはチャンスだ。

 防御に回していた力を体力回復に費やす。ミドリが来てくれるまで散々殴られた事で出来た傷口も塞ぎながら、継実はまず状況把握に勤める。

 先程頭に響いた情報は、ミドリの能力によるものだろう。

 その前提に立って自身の脳内を解析してみれば、ミドリが何をしたのかは見えてきた。どうやらミュータントとなった人間の力……『粒子操作能力』を用いて継実のシナプスや脳内物質に干渉。神経信号をちょちょいと弄って、『声』のような文章を伝えてきたのだ。

 しかし疑問は残る。ミドリの身体は人間だが、彼女の本体はあくまでも寄生生物。本来なら身体の持ち主以上に力を引き出せるらしいが、ミュータントの出鱈目な力は原理が不明で、上手く扱えないと先日話していた。それが何故、急激に力を出せるようになったのか?

 少し辺りを見渡せば、答えは自然と明らかになった。

 この場を遠くから眺めている女性――――花中だ。逃げ回るミドリを見てくすくすと笑っているのは、間抜けな彼女を嘲笑っているから……などという邪悪な理由ではあるまい。成長した幼子を眺めるような、優しい眼差しを見れば花中の内心は察せられる。

 恐らく花中は、ミドリにアドバイスをしたのだ。ミュータントの能力が、どんな『原理』により発現するものなのかを。

 花中はミュータントの能力について多少なりと理解があったらしい。そして説明を聞いたミドリは、その身体に存在していた力を引き出せた、といったところか。尤もイモムシがネズミにランクアップした程度なので、理論を伝えたというより『コツ』を伝授したという方が正確か。

 

「(それで、ミドリの能力には観測向きの傾向があるのかな?)」

 

 脳内物質への介入、そしてフィアの触手の出現位置予測。ミドリが行った事を考えれば、直接攻撃ではなく支援に特化した性質なのだろう。

 今もぎゃーぎゃー喚きながらもフィアの触手を躱しているのも、優れた観測能力で攻撃を予測出来ているからか。その分『戦闘能力』では見劣りするだろうが、しかし相手の攻撃を予測出来るのは心強い。脳に直接信号を送れるなら会話でこちらの思惑が敵にバレる事もなく、何より超音速での戦いがごく普通のミュータントにとって音速以上の情報交換は非常に有力だ。正に支援の理想型。敵からすれば、真っ先に潰しておきたい相手である。

 ……ミドリが叫んでいたように、なんでフィアは彼女の能力も知らないのにいきなり最適解を出せたのか。これが実戦経験の差というものなのだろうか?

 ともあれ、いくら能力のお陰で回避が得意だとしても、このままにしておくとそのうちミドリはボコボコにされてしまうだろう。パワーアップしてもなお貧弱な彼女では、一発頭を殴られればそれでKOだ。折角出てきたチャンスの芽も、摘まれては意味がない。

 幸い、ミドリのお陰で体力は回復しきった。

 

「――――せいっ!」

 

 継実は全速力で駆け、ミドリを襲おうとした触手に蹴りをお見舞いする!

 継実の全力の一撃に、触手の軌道が僅かにズレた。ぐにゃりと蠢きこちらを狙おうとするが、継実の速さならなんとか対応出来る程度。

 継実はミドリを抱きかかえ、全力で後退していく。フィアは一瞬触手達に逃げる継実を追わせたが、すぐに無理だと判断したのだろう。触手達を引っ込めた。

 継実も足を止め、ミドリを下ろす。獲物を捉えたかのような獰猛な笑みを浮かべるフィアと、真っ正面から向き合う。

 そうしていると、バチンッ、と弾けるような音が傍で鳴る。

 何時の間にかモモが隣に来ていた。どうやら彼女も、休憩を取った事で回復したらしい。

 

「長かったね、お寝坊さん」

 

「悪かったわね。でも、お陰でそっちよりは元気になったわよ」

 

 軽口を叩き合いながら、相手の体調を窺い合う。実際、モモはすっかり元気な様子。長く寝転がっていた分、言葉通り継実よりも回復出来たようだ。

 ミドリはつい先程来たばかりで、まともな攻撃を受けていないので傷一つない。一番ダメージが大きいのは継実だろう。ならばなんの問題もない。継実にとってこの程度の消耗は、日常茶飯事である。

 継実が最前線に出て、モモが継実の横で構えを取り、ミドリが後退りしつつも二人からは離れない。継実達三人は言葉を交わさなかったが、自然と自身が一番活躍出来る立ち位置へと移動出来た。誰もポジションが被らない、最高のチーム編成の証と言えよう。

 これでようやく、自分達の『本気』を見せられる。

 最大の力を発揮出来るようになり、継実は強気な笑みを浮かべてみせた。モモだって勝ち気に笑い、ミドリは後ろに隠れながらも引き締めた表情で覚悟を表す。

 これでも、フィアの笑みを崩す事すら叶わないのだが。

 

「全く。準備に時間を掛け過ぎですねぇ。その分ちゃんと楽しませてくれると期待して良いのでしょうか?」

 

「勿論。楽し過ぎてへろへろになっちゃうかも」

 

「ほほうそれはそれは」

 

 継実の強気な発言もなんのその。むしろ感心したように頷く始末。

 その自信満々な態度が虚勢や過信でない事は、散々戦ったからこそ分かっている。

 

「実に楽しみですねぇ――――ワクワクし過ぎてうっかり殺してしまっても悪く思わないでくださいよ?」

 

 そして一方的に告げられたこの『警告』が、脅しでもなんでもない事も。

 

「(……来るッ!)」

 

 継実とモモが身構えた

 

【しょ、正面からたくさん触手が来ます!?】

 

 刹那、ミドリからの警告が頭に響く。

 なんとも大雑把な物言い。

 されどフィアの背中から生えてきた、何百何千という数の触手を目にすれば、そうとしか表現出来ないと思った。

 空をも覆い尽くすかの如く、大きく広がった半透明な触手達が、一斉に継実達へと襲い掛かる!

 

「ちょ!? これは流石に……!」

 

「モモ! なんとかミドリを守って!」

 

「――――おっしゃあっ!」

 

 あまりの物量に一瞬気圧されるモモだが、継実(人間)からの指示で元気を取り戻す。身も心も犬である彼女にとって、人間からの命令は至上の喜びだ。喜び勇んで前へと出て、電撃を纏った拳と蹴りで触手達を押し退ける。

 やはりモモの電撃は、フィアにとって弱点らしい。継実のパワーではガードするので手いっぱいの触手を、継実よりも馬力で劣るモモの方が難なく押し返している。相性の良さから、モモならしばらくは猛攻に耐えられそうだ。

 とはいえ所詮は時間稼ぎ。いずれ触手の物量に押される事は目に見えている。何より、その場凌ぎのために継実はモモを前に出した訳ではない。

 時間稼ぎはミドリが能力を発動させるため。

 自分達にはどうやっても無理だが、ミドリの力ならば、フィアを一時的にでも止められると読んだからだ。

 

「ミドリ! あなたの通信能力、私達以外の脳にも使える!?」

 

「へ? あ、は、はい。や、やり方は分かったので、多分」

 

「なら、アイツにやって!」

 

 そういって継実が指差したのは、フィア。

 フィアに情報を与えるという事か? 一瞬そんな疑問でも抱いたかのように怪訝な顔を浮かべるミドリだが、やがて一つの案に辿り着いたのだろう。

 しかし理解したらしたで、ますます顔を顰める。そこまでやるか? と言わんばかりに。

 

「さ、流石にそれは、フィアさんが死んでしまうのでは……」

 

「良いからやって! 多分、心配いらないから!」

 

 不安そうなミドリに、継実は堂々と曖昧な答えを返す。

 最初は中々実行しなかったミドリだが、モモが触手の一本を止めきれず、ミドリのすぐ傍までやってきた事でようやく覚悟を決めたらしい。ミドリは力を込めるようにうんうんと唸り……

 鋭い眼差しで、フィアを睨んだ。

 

「ぐぅっ!?」

 

 するとどうした事か、フィアが苦しむような声を上げたではないか。

 僅かに身体がよろめき、フィアは片手で頭を抑える。後退りこそしなかったが、モモの雷撃も継実の粒子ビームも跳ね返した身体が、ただミドリに睨まれただけで揺らいだのだ。

 しかしそれも当然の事。ミドリの能力を思えば、これは必然の結果だ。

 継実が解析した結果が正しければ、頭に響く情報文は脳内物質やシナプスに干渉する事で発現している。これは本来、途轍もなく危険な力だ。脳内物質とは単に思考だけを司る訳ではなく、全身の体調さえも管理している。そのバランスを崩された場合、体調不良なんてものでは済まない。脱水や体温上昇、消化器不全や睡魔までも狂わされ、容易に死に至るのだ。例え殺さずともシナプスの繋がりを変えてしまえば、思考さえも塗り替えられる。

 七年前の地球ならば一切の武力を用いる事なく、全ての生命の生死はおろか、意識さえも支配する……可愛くて女らしいミドリが手にしたのは、地獄の魔王すら青ざめる力なのだ。

 

「小癪な真似を……!」

 

 尤も、魔王の力を用いても、フィアの顔を顰めさせるのが限度だったが。

 

「え? え、ちょ……こ、ここ、これでどうですか!?」

 

「ぐっ……ぬぅううう……! 生意気な……!」

 

 思いの外効きが悪かったのか、ミドリは狼狽えながら更に力を込める。が、より大きな能力を受けたにも拘わらず、今度のフィアはどっしりと構えたまま。これならどうだ、これならどうだと、何度も何度もミドリは力を入れ直すが……その度に唸りながらも、フィアは決して倒れない。

 

「ふえええええっ!? な、なんでイオンチャンネルをしっちゃかめっちゃかにしたのに、この人ぴんぴんしてるのぉ!?」

 

 最早ミドリは手加減などしていない筈なのに、フィアは問題なく生きていた。全くの想定外を前にして、ミドリはすっかり半狂乱だ。

 恐らくフィアは水を操る能力で、体組織内の物質濃度をコントロールしているのだろう。理屈については見当こそ付いたが、まさか本当に抵抗性を持つとは。何処までも出鱈目なフィアに、やってしまえと(けしか)けた継実すら顔を引き攣らせる。

 だが、フィアの動きは十分に止められた。

 もう身体こそ揺れていないが、無数に伸ばしている触手は輪郭がぼやけるように揺らめき、中にはぐずぐずと崩れるものまで現れている。一歩も動かないという『敗北条件』を満たさない事を意識するあまり、触手の制御が疎かになっているのだろう。

 接近するなら、今がチャンス。

 

「ミドリ! しばらく守れないけど……」

 

「だ、大丈夫です!」

 

 覚悟を決めるよう促そうとした継実に、ミドリが先んじて答える。

 顔は恐怖で引き攣っているし、足はがくがくと震えていた。けれども決して下がらず、フィアだけを睨み続ける。そのフィアが、横目で見るだけで全身が凍り付くほどの視線をミドリに向けているにも拘わらず。

 彼女はとっくに決心していた。ならば、それに応えねば失礼というもの。

 

「――――任せた!」

 

 継実が伝えるのはこの一言のみ。

 ミドリはにこりと、笑みを浮かべた。

 

「モモ!」

 

「ようやくねっ!」

 

 掛け声と共に、長年のパートナーが継実の横に並び立つ。継実が名前を呼べば、モモは全てを察してくれる。二人は一瞬のうちに呼吸を合わし、同時に前へと駆け出した!

 ミドリの力で『頭痛』にもだえるフィアが、継実達の動きに気付く。そしてこちらの目論見も察したであろう。

 苛立つような舌打ちと共に、フィアは大きく腕を振るう! 地面から生えてきたのは巨大な触手。太さ三メートル、長さは二十メートルはあるだろうか。太さ五十センチもないような触手とは比較にならない巨大さだ。外敵を纏めて薙ぎ払うための大技だろう。

 元気な時に繰り出されたなら、きっと何も出来ずに纏めて薙ぎ払われたに違いない。

 だが、今のフィアの集中力は乱れている。触手の中身はボロボロのぐずぐず……大きいだけのハリボテだ。

 

「「たぁっ!」」

 

 声を合わせ、継実とモモは飛ぶ! モモは片脚に電撃を纏い、継実は前に伸ばした拳に粒子の渦を作り出す!

 最大級のパワーを一点集中させた二人の一撃は、迫り来る巨大触手と正面からぶつかり合い――――これをぶち破った!

 粉砕した触手は能力の支配下から脱したのか、爆発するように体積を元に戻す。その衝撃をしかと受け、継実達は更に加速!

 触手を砕かれたフィアと視線が交叉する。未だ頭が痛むのであろうフィアは唇を噛み締め、ミドリではなく、迫り来る継実達を睨んだ。

 されど顰め面は、さして間を開かずに不敵な笑みと化す。

 まだまだ終わる気はないらしい。それを察しながらも、今更止まる気などない継実達は減速などせずに突き進み……

 ついに、継実とモモはフィアの下半身に組み付くのだった。

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