賑やかな星   作:彼岸花ノ丘

54 / 230
第四章 横たわる大森林
横たわる大森林01


「天気、良し」

 

 雲一つない東の空で燦々と輝く太陽を、びしりと指差す。

 

「体調、良し」

 

 気怠さも痛さもない、自身の健康的な身体を両手で触る。

 

「お腹、良し」

 

 ぽっこり膨らんだお腹を摩りながら、地面に転がるヘビの頭蓋骨を足で退かす。

 

「家族、良し!」

 

 そして自分のすぐ傍に立つ、モモとミドリに目を向け、彼女達の頷きを見て自分と同じく『支度』が出来た事を確認。

 全ての準備を終えたと確信した継実は、にこりと笑った。

 今日からいよいよ自分達の旅――――南極への大冒険が始まるのだから。

 

「花中達は今頃何処まで行ったのかしらねぇ」

 

「うーん。百キロか、二百キロか。お二人の速さなら何処までいってても、不思議じゃありません」

 

「どっちにしろ、南極に着くまで再会はお預けという事ね」

 

 モモとミドリの会話に、継実もこくりと頷く。

 この旅を志す発端となった花中達は、継実達よりも前、具体的には試合をした日(昨日)の夕方のうちに旅立っている。継実達と別行動をした理由は「花中さんと二人きりの旅の邪魔するんじゃありませんよ」というフィアの気持ちと、「フィアちゃんと一緒だと逆に危ない」という花中の心遣いがマッチしたため。

 ……ついでに、昨日戦った『アレ』に追われる事が嫌だという継実達側の理由ともマッチしたが。思い出すのも嫌になので継実は記憶を半分ぐらい封印している。何がどうしてあんなものに追われるようになったのか継実には分からないが、あの二人が生粋のトラブル体質であると確信するには十分。一緒に行動したら、多分却って危険である。

 ともあれ花中達とは別行動。頼れる二人と一緒でないのは ― 向こうのトラブル体質を差し引いても ― 不安といえば不安だ。しかしそれではなんのためにフィアと戦ったのか分からない。あの戦いのお陰で、自分達は、自分達の力だけで過酷な大自然を生き抜けるのだという自信を得たのだ。

 旅立ちを阻むものはない。後は一歩踏み出せば、旅立ちとなる。

 

【そろそろ旅立ちみたいですわね?】

 

 心身共に準備を終えたそんな継実達に、背後から声を掛けてくるモノがいた。

 継実が振り返れば、そこにあるのはクスノキの巨木。大きな洞があり、七年間、命を繋いできた大切な場所。

 これまで自分とモモが住処として使っていた、あのクスノキが話し掛けてきたのだ。慣れ親しんだ住処からの問い掛けに、しかし継実は寂しさなど見せず。小馬鹿にしたような笑みを浮かべてみせる。

 

「そうだけど、何? 寂しいの?」

 

【ええ。質の良い労働力がいなくなるのは、私にとっても損失ですもの】

 

「……別れの時でも労働力扱いかい」

 

【最初からそういう契約で住まわせたじゃありませんこと? 大体あなただって私の事、家ぐらいにしか思ってないでしょう】

 

「あのねぇ、確かにそうとしか思ってないけど、人間にとって家ってのは大事なもんなの! アンタみたいな木には分からないかもだけど!」

 

【分かりませんわね。生身を晒して生きられない、軟弱な生き物の気持ちなど】

 

「なぁんですってぇ!?」

 

 ぎゃーぎゃーわーわー。継実が一方的に怒鳴り、クスノキが淡々と煽り返す。なんやかんや毎日やっている言い争いだ。モモとミドリもその口ゲンカを一々止めず、微笑ましいものを見るように優しく見つめるのみ。

 或いは、止めるという行いを無粋と感じているのか。

 この言い合いも、今日が最後なのかも知れないのだから。

 

「ぜー……ぜー……あー、その、兎も角。私達このまま南極に行くけど、アンタは大丈夫なの? ほら、私達が今までやってたイモムシ退治とか」

 

【さして問題はないかと。イモムシを食べたがる生き物など引く手数多ですもの】

 

「……あっそう」

 

 ぷいっと、拗ねるように継実はそっぽを向く。

 ――――もしも、である。

 もしも南極で生き延びた人間達が社会を作っていたら……継実はそこに定住するだろう。いや、花中とその知り合いが向かう事は確実なのだから、継実達が辿り着く頃には少なくとも三人は人間がいる筈だ。そこに継実達も加われば、小さな『社会』を形成するのに十分な人数である。何より南極の環境次第ではあるが、帰路にも同じだけの危険を冒す事を考えれば、人間が居ようが居まいがそのまま南極に移り住むのが合理的という可能性が高い。

 だから恐らく、もう二度とこの地には戻ってこない。

 七年間住み続けたこのクスノキとは、ここでお別れなのだ。この合理的で無感情な木が自分達との共同生活に想うところなんてある訳ないとは思っていても、それでも今日までの想いを問い詰めてしまう……感情的な生き物である人間の性というものだ。

 

【どうしましたの? やはり寂しいとか?】

 

「寂しくないやい!」

 

【そうですの。じゃあ、こっちに帰ってくる予定は?】

 

「ある訳ないでしょ! むしろアンタとお別れ出来て清々してるんだから!」

 

【そう。なら、もうこの洞は必要ありませんわね】

 

 反射的に全て言い返す継実に、クスノキは淡々と、されど悪巧みを感じさせる反応を示す。

 次いで、クスノキにあった大きな洞……継実達が長年暮らしていた住処が、ぼこぼこと盛り上がり始めた。

 まるで石鹸を泡立てたかのように膨らむ樹皮により、洞は瞬く間に埋め尽くされる。継実が「あっ」という声を漏らした時には、もう継実が入るだけの隙間なんて残っていない。一瞬で、洞は消えてしまった。

 

【使う予定がないならゴミが溜まるだけですから、埋めてしまいますわね……ほら。もう住処もないのですから、さっさとお行きなさい】

 

 継実達の家を『破壊』すると、クスノキは無情にも旅立ちを促す。

 いや、それとも情に溢れているのか。

 退路を立って、前進を促す。荒々しいが、されど効果的な後押しである。共に暮らしていた者達に、自分から別れを告げるという最もやり辛い事を担うという意味でも。

 これは、クスノキなりの応援なのだろうか。

 顔すら持たない彼女の真意は誰にも分からない。けれどもそう受け取れる光景を前にした継実は、

 

「ちょ、何してんの!? 万が一の時に帰る家がないじゃん!? どーすんのこれぇ!?」

 

 激しく動揺しながら怒った。

 ……これにはクスノキも呆れた様子。顔も手足もなく、微動だにしていないが、兎に角呆れた様子だった。ちなみにモモとミドリも「え。マジでそれ言ってんの?」と言いたげである。

 が、怒りと混乱で頭がいっぱいな継実に、その事実に気付く余裕なんてない訳で。

 

【あなた……本当に空気読めませんわね】

 

「空気読まないのはどっち!? この、考えなしのとーへんぼく!」

 

【唐変木とは失礼ですわね。良いでしょう。今までは共同生活だったので我慢していましたが、これが最後なら遠慮はいりませんわね。冥土の土産に私の力を見せて差し上げますわ】

 

「へ? あ、いや、ちょ待っ」

 

 全身を駆け巡った悪寒から反射的に命乞いを始める継実だったが、クスノキはその身に宿る力を止めない。

 葉から染み出す大量の薬効成分。本来殺虫成分として活用しているそれは、しかしミュータントと化した彼女には新たな使い道がある。成分は大気中に放出されるや酸素と反応し、大量の光と熱を生み出すのだ。そして大出力のエネルギーは、質量の直撃が如く破壊力を生み出す。

 至近距離で受ける衝撃は、最早核など足下にも及ばない。

 

「ぶげぇっ!?」

 

 クスノキからの一撃をもろに受けた継実は、弾丸よりも速く大空へと吹っ飛ばされてしまった。音速の何倍もの速さであり、描いた放物線から推測するに、恐らくこのまま飛べば数キロ彼方に落下するだろう。

 普通の人間なら即死確定であるが、ミュータントとなった継実には大したものではあるまい。頭から落ちたところで、痛いと思うかどうかも怪しいところ。モモとミドリも心配などせず、むしろくすくすと笑っていた。

 

「おー、よく飛んだわねぇ……んじゃ、私らも迎えに行きますか」

 

「そうですね。あ、クスノキさん。今までお世話になりました」

 

 ミドリがぺこりとお辞儀をし、モモは片手を振って挨拶。クスノキはなんの反応もなく、遠ざかる二人を見送るのみ。

 残されたクスノキは、ため息を吐いた。口のような器官など、何処にもないというのに。

 

【やれやれ全く……今度は小鳥でも飼いましょうか。出来るだけ、ぴーちくぱーちく五月蝿くない奴を】

 

 そしてぽそりとそう独りごちながら、草原の中に何時までも佇むのだった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。