賑やかな星   作:彼岸花ノ丘

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横たわる大森林09

「シャアァァァァ……ン」

 

 大トカゲが、物悲しそうな声で鳴いた。

 それは産みの苦しみによるものか、間もなく我が子が食べられてしまうという悲しみか、子孫を残せない事への悔しさか。様々な想いを継実は感じたが、哺乳類である自分が爬虫類の気持ちを何処まで理解出来るものかと、自嘲気味に笑う。

 大体大トカゲが本当に悲しみや苦しさを感じていたとして、継実達のやる事はなんら変わらない。大トカゲが産み落とした卵を奪い取り、美味しく頂く……そうしなければ旅を、命を、続けられないのだから。

 

「継実。どのタイミングで出る?」

 

「そりゃ、あの親が巣穴から離れたところでしょ。十メートルぐらい離れた頃が良いんじゃない?」

 

 モモからの問いに、継実は迷いなく答える。勿論声は相手にだけ届くよう、粒子操作で大気分子の震えを制御しながら。

 如何に子への愛が希薄なミュータントといえども、目の前に現れた卵泥棒を見逃すほど無関心ではない。継実達が「どーもどーも」と頭を下げながら接近しようものなら、その頭目掛けフルスイングの尾が飛んでくるだろう。無論継実達の頭も纏めて三つ飛んでいく。

 だからある程度親が離れてからでないと、こっちの命が危険だ。しかしあまりのんびりと待っている訳にもいかないのだが……

 

「シュゥゥゥ……」

 

 意見を交わしている間に、大トカゲは一息吐くような声を漏らす。次いで少し前進すると、後ろ足で土を蹴り、掘ったばかりの巣穴を埋め始めた。

 どうやら産卵を終えたらしい。ミュータントの身体能力であれば、大仕事である産卵もスムーズに行えるのだ。とはいえそれを踏まえても今回はかなり早い方で、継実は少なからず違和感を覚えたが。

 何かが奇妙だとは思いつつ、しかし此処から離れるという選択肢はない。大トカゲが卵から離れるタイミングを、じっと、継実達は辛抱強く待ち続けるのみ。大トカゲが巣穴を埋め終えた時も、そこで一休みを始めた時も、ずっと息を潜めて待ち……

 

【あの。大トカゲさん、移動しませんね?】

 

 ミドリが脳内物質の操作で話し掛けてきた通り、何故か大トカゲは全然動こうともしなかった。

 正直、継実としてはかなり想定外の出来事。ちらりと横目に見たモモも目をパチクリとさせていて、彼女も動揺を見せている。

 ミドリに話したように、ミュータントは子供に執着しない。繁殖力を増した今、それが最も合理的な考え方だからだ。ところがこの大トカゲはその合理性を無視して、何時までも卵の傍に陣取っている。継実に大トカゲの気持ちなど分からないが、見ている限り動く気配はまるでない。

 産卵による疲労が大きいのだろうか? 否だ。星に傷跡を残すほどのパワーで何十分も暴れていられるミュータントが、()()()()()()()()で疲れるなどあり得ない。その産卵もすぐ終わったのだから、難産という事もない筈である。

 なら、産んだ卵を守ろうとしている?

 その可能性が、どんどん高くなってきた。合理的なミュータントは子供に愛情など持たない、が、それは子育てをしないという意味ではない。例えば親鳥が子供に餌を与えるのは、子供が可愛いからやっているのではなく、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()から。子供は腹が減ると口を大きく空け、その色を見た親は虫を突っ込みたくて堪らなくなり、結果子供は腹を満たせる。愛情などなくとも、本能だけで子育ては問題なく出来るのだ。そしてある種の生物が子育てをするのは、それが子孫を残す上で合理的な戦術だからに過ぎない。

 七年前の世界で、ただのカナヘビは子育てをしない生物だった。子供を大切に育てる事にコストを掛けるよりも、ほったらかしという省エネ戦法で生きていく方が彼等にとっては有利な生存戦略だったからだろう。しかし大トカゲになった事で、子育てをする方が有利な状況となったのかも知れない。

 だとすると、大トカゲが産卵場所から移動する可能性は低いだろう。

 

「さて、どうしたもんか……」

 

【しばらく様子を見ますか? 半日ぐらい待てば、トイレとか餌探しで一回離れるかも】

 

「うーん。それが一番簡単だけど、一番やりたくない手よねぇ」

 

「だねぇ」

 

 ミドリの『無難』な意見に、モモは反対し、継実もモモに同意する。確かにもうしばらく待てば、アイツが子育てをするタイプか否か分かるかも知れない。

 だが、あまり褒められる手ではないのだ。

 

【なんで待つのは駄目なんですか?】

 

「だって、孵っちゃうかも知れないでしょ? 生まれちゃったらいくら赤ん坊相手でもちょっとキツいわ。逃げるし、逆襲されると面倒いし、親を呼ばれたら最悪だし」

 

【……孵るって、卵が? そんな、半日かそこらで?】

 

「半日で孵る奴より、十時間ぐらいで孵る奴の方が多いかなー」

 

【短い方に訂正されるの!?】

 

 頭の中で驚きの声を上げられ、キンッとした痛みに継実は僅かに顔を顰めた。とはいえミドリが声を荒らげたくなる気持ちも分からなくもない。

 ミドリが驚く事から察するに、半日未満で孵化する卵というのは宇宙的にも珍しいようだ。確かに七年前の地球でも、そんなに早く孵化する生物なんて殆どいなかった。繁殖サイクルが極めて早いショウジョウバエでも一日掛かる。

 この『早生まれ』はミュータント化の影響だろう。卵は基本的に無防備だ。如何に産卵数が増えても、ミュータントの優れた捕食能力の前では数だけだと生き残れない。捕食者に見付かるよりも早く生まれる事の出来た個体だけが子孫を残せるため、今ではここまで早く孵化するようになった……と考えるのが自然だ。

 

「(つっても、七年かそこらで『進化』なんて起きない筈なんだけど)」

 

 乱獲染みた漁業を数十年間続けていたら、魚が小型化を起こしたという話がある。小さな魚は網の隙間から逃れられるため、その方が適応的だからだ。ある種の研究ではたった四世代で体長が半分ほどに変化したというケースもあるらしい。生物進化というのは、実はごく短期間でも起きる事がある。

 ……が、今まで十日以上掛かっていたものが七年で半日以下になるのは何かがおかしい。身体が小さくなるのは突然変異や障害でそういう個体もいるから不自然ではないが、半日で孵化する卵なんて七年前には何処にもなかった筈。進化というのは、下地も何もないのにぽんぽんと新しい形質が得られるものではないのに。

 ミュータントの進化というのは、どうにも奇妙だ。正直進化というより、元々あった力が一気に解放されたかのような――――

 

「(まぁ、考察はまた今度にしようか)」

 

 知的な遊びに興じたくなるのを我慢。今は生きるために必要な、食事に集中しようと継実は意識を切り替える。

 兎にも角にも、待つというのはあまり良くない。モモが言うように卵が孵化したら色々面倒だ。

 しかし、ならどうすれば良い? もしも本当に子育てをするタイプなら産卵場所から離れる事はないし、下手に刺激すれば五メートルの巨躯が猛然と襲い掛かってくるだろう。そうなったらもう食べ物どころの話ではない。

 何時、どうやって仕掛けるべきか。それとも見切りを付けるべきか。継実は大いに悩んだ。

 そしてそれは()()()()()()()にとっても同じであり――――尚且つそいつは、継実よりも勇気と自信があった。

 

【ん? ……二時の方角の草むらから、何かが出てきます!】

 

 最初に気付いたのはミドリ。

 ミドリの言葉により、継実とモモは正面右側の草むらに目を向ける。次いで大トカゲも気配を察知したようで、継実達と同じ草むらに目を向けた。

 大トカゲに気付かれた事で、最早隠れる必要もないと考えたのか。がさがさと茂みを揺らしながら、そいつは悠々と姿を現す。

 現れたのは、カメだった。

 体長一メートルの巨躯と、怪獣染みた強面のカメ。ゾウのように太い手足を持ち、岩山の如 き様相の甲羅を背負い、半開きの口から見える舌先にはピンク色の紐状器官が一つある。大地を踏む足は力強く、生える草花を無慈悲に踏み潰す姿は正しく大怪獣のよう。

 これは日本のカメではない。しかし継実はそのカメをテレビで幾度となく見てきた。七年の月日が経とうとも、忘れられるものではない。

 ワニガメだ。しかも七年前と殆ど姿形が変わっていないタイプの。恐らく外来種として日本に定着していた個体がミュータント化し、そのまま繁殖したのだろう。本来ワニガメは水辺に暮らす生き物だが、ミュータント化のお陰で活動範囲が広がったのか、或いは陸地に適応した個体群か。いずれにせよ陸上でも特段苦もなく活動している様子だった。

 

「こりゃまた、厄介そうな奴が出てきたわねぇ……電撃、効くかしら?」

 

「草原にいたクサガメには辛うじて効いたけど、大きさが違うしなぁ」

 

【ど、どうしますか? 逃げた方が良いのでしょうか……】

 

「まだその心配はいらないわ」

 

 すっかり怯えた様子のミドリに、モモが強い言葉で制止する。

 継実もモモと同じ意見だ。まだ逃げる必要はない。むしろこれは好機である。

 ワニガメがどんな能力を持つかは不明だが……恐らく攻撃よりも防御力に優れた能力だろう。攻撃は最大の防御、等と人間は格言っぽいものを言い残したが、そんなのは自然界では通じない。戦闘力を持たない卵を奪うのなら、何人も寄せ付けない圧倒的防御で前進するだけで良いのだ。むしろ攻撃力重視で、反撃してくる大トカゲとわざわざ戦わねばならない方がリスクというもの。

 ワニガメが大トカゲの前に姿を見せたのも、自分の防御力に自信があるからだろう。守りの強さに物を言わせて、強引に突破する算段に違いない。勿論戦わずに済むならその方が良いので、だからこそ今まで隠れていたのだろうが。

 大トカゲは巨大であるが、ワニガメほどの重量感は感じさせない。総合的なパワーではワニガメの方が上だろう。だとするとワニガメが襲い掛かれば、大トカゲは逃げ出す可能性が高い。何故なら自分が死んだらそれ以上の卵は産めないし、負けたら産んだ卵も食べられてしまうから。合理的に考えれば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 大トカゲがワニガメ相手に逃げ出した瞬間、ワニガメよりも早く卵を奪おう。幸運にもワニガメの足はすっとろそうだ。多分自分達の方が先に卵の下に辿り着ける――――継実が即席で立てた作戦はこのようなもの。

 

「モモ。あのワニガメと大トカゲが組み合ったら、すぐ卵の場所に行くよ」

 

「ええ、私もそうしようって提案するところだったわ……ただ、問題が一つあるわね」

 

「問題?」

 

 モモの言葉に継実は首を傾げる。確かに、問題がないという事はない。ワニガメがあっさり負けるかも知れないし、戦いの余波で近付けないかも知れないし、大トカゲの矛先が何故かこっちに向くかも知れないし、ワニガメがもの凄い速さで動くかも知れないし……可能性はいくらでも挙げられる。

 しかしわざわざ言うほどの問題か? 継実としてはそう思うのだが、長年の家族は違う意見かも知れない。

 意見の相違はいざという時、行動の相違に繋がる。危機的であればあるほど、想定外というのは致命的だ。今のうちに認識合わせをしようと、継実はモモの考えを訊こうとする。

 結論を言えば、継実の行動は全てが後手に回っていた。

 何故なら継実が一言発するよりも、大トカゲが全速力でワニガメ目掛け突進する方が早く。

 まるでそれに呼応するかの如く、森の至る所から『獣』達が現れたのだから――――

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