賑やかな星   作:彼岸花ノ丘

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南海渡航10

「シャアァァ!」

 

「ギシャアァアアッ!」

 

「ぎゃあぁっ!?」

 

 猛スピードで追跡してくる二匹の三メートル級のサメ ― と悲鳴を上げる一匹の宇宙人 ― を尻目に、ツバメに連れられて継実達は大空を駆け抜ける。

 飛行高度は水面ギリギリ。ツバメ曰く上空ほど気流の流れが激しく、真っ直ぐ飛ぶのが難しくなるらしい。故にサメに襲われるリスクを受け入れてでも、低く飛ばねばならぬという。

 ミュータントすら飛行制御出来ない暴風とは、継実的には逆に興味も湧くが、お代が命では支払う訳にもいかない。無論大人しくサメに食べられるつもりも毛頭ないが。

 

「こん、のっ!」

 

 継実は指先より、弾丸のように丸めた粒子ビームを二発飛ばした。

 粒子ビームは今にもミドリのつるんとしたお尻に齧り付こうとしていたサメ達の、丁度鼻先に命中。大きな爆発が起こると二匹のサメは揃って大きく仰け反り、わたわたと逃げていく。

 威力としては精々大都市を跡形もなく吹っ飛ばす程度。撃ち手である継実なら片手で弾き返せるし、大きさから推定される体重差からしてサメ達にとっても大した威力ではないだろう。だが、サメにとって鼻先は重要な器官だ。様々な感覚器が詰まっており、非常に敏感だと言われている。

 実際には目や鰓を狙う方が『攻撃』としては効果的だが、鼻先の方が大きくて狙いやすい。無事攻撃が当たり、効果もあって継実としても一安心。

 ……なんて、している暇はない。

 

「モモ! そっちは!?」

 

「まだよ! コイツらほんとしつこい!」

 

 空の鳥達を迎え撃っていたモモだが、成果は芳しくない。追い駆けてくる海鳥達は翼で雷撃を弾きながら、どんどん距離を詰めてくる。

 鬱陶しい鳥共だ。自分達はこれから、超巨大積乱雲の真下へと行かねばならないというのに!

 

「もう構わなくて良いぜ! そろそろみんな下がる頃だからな!」

 

 歯噛みする継実だったが、ツバメはそう言ってきた。

 まるでその声に応えるように、海鳥達は追跡を止めて大空にUターンしていく。

 サメが出てきた海も静かさを取り戻す。ミドリはおどおどしながら辺りを見渡すが、特段一ヶ所を警戒する素振りもない。海中でこちらを虎視眈々と窺う生物もいない、と考えて良いだろう。

 継実がそう考えていた、ほんの僅かなうちに、いよいよ継実達は積乱雲の直下に入り込む。

 少しだけ奥に進めば、ぽつぽつと雨粒が頬を打ち始めた。

 尤も、小雨は瞬く間に豪雨へと変化したが。更には台風すらそよ風に思えるほどの暴風が吹き荒れ、あちこちで暗雲から海面まで伸びている竜巻が生じているのが見えた。雷も至る所で落ち、暗闇と眩しさが交互に瞼を刺激する。

 

「ひ、ひえええぇっ!?」

 

「落ち着きなさい。このぐらいならどうって事ないわ」

 

 恐らく生命が生きていける星では早々お目に掛からないであろう大災害にミドリが悲鳴を上げたが、モモがそれを嗜める。

 まるでモモのそんな言葉を挑発と受け取ったかのように、一発の雷撃が継実達の方へと飛んできたが……モモが伸ばしていた一本の体毛に吸い寄せられるように誘導。数億ボルトもの電気であるが、その数倍の出力を流せるモモの体毛は溶けも焼けもしない。

 そのまま別の体毛に電気を流し、海水へと流してしまえば排出完了。雷の被害は受けずにやり過ごす。

 

「ほらね? こんなものなら、むしろ休憩みたいなもんよ」

 

【は、はひ……り、理屈では分かっているのですけど……】

 

 宥めるようにモモが語れば、ミドリは少しだけ落ち着きを取り戻す。脳内通信で話してきたのでちゃんと話せるほど落ち着いてはいないが、にこりと笑みも浮かび、乱れていた呼吸も段々と収まってきた。

 

「安心してるところ悪いが、此処の『歓迎』はこんなもんじゃないぜ」

 

 尤も、ツバメの一言でミドリの顔は再び恐怖に染まる。

 うちの子を怖がらせないで。ツバメをそう嗜めるのは簡単だが、継実の口は開かない。

 彼の言葉が事実である事を、継実の本能は予期していたのだから。

 

「っ! モモ!」

 

「あら、お代わり……にしてはてんこ盛りねぇ」

 

 空に感じた『違和感』。継実が名前を呼んだ時、モモは既に臨戦態勢を整えていた。

 準備を終えていなければ、空から降り注ぐ三発の落雷のどれかが継実達の誰かに命中しただろう。

 

「きゃあぁっ!?」

 

「おっと! 一度に三発……ちっ!」

 

 何十本と伸ばした髪を広げ、落ちてきた雷を全て受け止めたモモ。またしても天災を易々と防いでみせたが、今度は喜ぶ前に舌打ち一つ。

 空から降り注ぐのは雷だけではない。雷に続いて今まで経験した事のないほど激しい豪雨が、継実達に降り注ぐ!

 轟音が鳴り響き、滝の中に放り込まれたのではないかと錯覚するほどの降雨。雷を弾き飛ばしたモモであるが、絶え間なく広範囲で降り注ぐ雨は広げた体毛だと防げない。加えて暴風も吹き荒れ、加速した雨粒が身体を側面から打ってくる。一瞬にして継実達の身体はずぶ濡れだ。

 

「ぐっ……! まるで弾丸の雨ね!」

 

「はははっ! オイラでも平気なんだから、お前達からしたら余裕だろう!」

 

 ツバメは豪雨の中でもけらけら笑う。簡単に言ってくれると、継実は顔を顰めた。

 まるで弾丸の雨、という継実の言葉は決して比喩でもなんでもない。雨粒の中には微小な氷が混ざっていたのだ。(みぞれ)とも言い難いこの『雨粒』の状態は、恐らく降ってきた雹が吹き荒れる暴風により加速し、()()()()()()()()()()()した事で生じたのだろう。これが秒速三百メートル以上まで加速し、身体を打てば……雨粒一つが本当に拳銃並の威力で襲い掛かってくる。勿論雨粒なので全身くまなく襲い掛かるので、七年前の一般的な人類がこれを受ければ、蜂の巣なんて言葉すら生易しい生肉へと変貌した筈だ。建物の中に逃げ隠れても、薄い壁やガラス程度なら貫通してくるのだから安全ではない。比喩でなく都市一つを壊滅させる、破滅的な降雨と言えよう。

 しかしミュータントの頑強さは弾丸など遥かに上回る。家族の中で一番非力なミドリにとっても大した脅威ではなく、ましてや一発のパンチが隕石並の継実からすればちくちくもしないただの雨粒。ツバメだって平然と飛び続けている。

 だから問題は威力ではなく、雨の量そのもの。

 

「(ああもぅ! これじゃあ本当に滝そのものね! 息が全然出来ない!)」

 

 雨が空気を押し退けていく。考えてみれば当たり前の話だが、普通の雨では当然そこまで意識する必要などない。吸い込む空気の量が減るほどの雨なんて、普通どころか異常気象でも降るものではないのだから。

 対して此度の大雨はあまりにも量が多く、呼吸に必要な空気まで押し出す。隕石の直撃にも耐える継実の身体だが、それでも酸素は必要だ。一瞬で何もかも吹き飛ばす核爆発より、肺から取り込める酸素がない水中に沈められる方が余程不味い。

 それはツバメやモモも変わらない筈だが……ツバメは周りの空気を操って『気流』を確保し、モモは体毛で口周りを囲って空気の領域を作り出していた。そうやって酸素を確保している訳だ。

 

「(だったら、私だって……!)」

 

 粒子操作能力を用い、継実は口周りに空気の集まりを作る。これにより呼吸するのに足る酸素は確保出来た。

 空気を確保した後は、視界の確保だ。滝のような土砂降りで、前が殆ど見えない。空気と水の屈折率が違うため、光がぐにゃぐにゃに歪み、脳が上手く『画像処理』出来ないからだ。しかしこれも継実の優れた演算能力を用いれば、どうという事もなく解析出来る。ちょっと脳に補正を掛ければ、陸上のように透き通った景色が見えるようになった。

 継実は荒れ狂う積乱雲直下の環境に、見事適応してみせたのだ。

 

「あぶぶ!? あぶ、ぶぶぶー!?」

 

 なお、ミドリは適応出来ていないようだが。大気中で見事に溺れている。

 「うん。知ってた」と心の中で呟きながら、継実は粒子操作能力によりミドリの口周りの空気も確保する。息が出来るようになったミドリは【ありがどうございまず……】と死にそうな響きの脳内通信で感謝を述べた。

 雨も雷もどうにかやり過ごした。しかし試練はまだまだ終わらない。

 

「む……! 竜巻の群れか……」

 

 ツバメの動きが僅かに鈍る。継実も脳に補正を掛けながら、自分達の目の前の景色を見た。

 竜巻が現れていた。それも無数に。

 一本一本の太さは、ざっと十~五十メートル程度だろうか。継実からすれば大した脅威ではないが、しかし()()()()()()()()()()大量に伸びているとなると、この中を飛ぶのは中々難しいだろう。文字通り竜巻の壁だ。

 竜巻達は己の周りにある空気を吸い込んでいるため、竜巻と竜巻の間は左右に引っ張る力が生じている。しかも空気が吸い尽くされたのか、中は真空状態だ。止めとばかりに竜巻内には植物片や動物遺骸などが含まれ、ミキサーの刃のように猛スピードで回転している。

 人類が作り出した航空機なら、一瞬でバラバラの八つ裂き状態にされてしまうだろう。ミュータントといえども、此処は簡単には超えられない。物理的威力は問題ないが、真空による酸欠がちょっと辛い。

 あくまで、ちょっとだけだが。

 

「あの竜巻は、何時もどうやって突破してるの!?」

 

「強行突破さ! ちょーっと息を止めて、びゅーんって通り過ぎる! 簡単だろう!?」

 

 試しに継実が尋ねてみれば、ツバメは楽しげに答えてくれた。なんとも強引な突破方法だが、悪くない。時速一万キロ超えの速さでさっと突破すれば、対策なんてそれこそ息を止めておく以外に必要ないだろう。逞しい継実達にとっては。

 しかしか弱いミドリにとっては、ちょっと辛いかも知れない。驚いた拍子に口を開けたら、宇宙空間のように気圧差で目玉が飛び出る……というのは実のところデマらしいが、兎に角あまり健康によろしくないのは確かだ。

 

「ふぅん。じゃあ、こーいう方法もありだよ、ね!」

 

 そこで継実が選択したのは第二の選択。

 指先より放つ大出力の粒子ビームで、竜巻を吹き飛ばす事だ!

 粒子ビームの力により、継実達の行く手を遮っていた竜巻の群れが貫かれる。粒子の運動量は熱へと変化し、貫かれた竜巻達は膨張圧により破裂した。一直線に竜巻が消滅した事で、竜巻の壁に長さ一キロほどの『隙間』が出来上がる。

 無論竜巻というのは、それ単体で存在しているものではない。事実空に広がる積乱雲から、既に新しい竜巻が触手のように伸び始めていた。継実が貫いた直線上に竜巻の群れが再構築されるまで、五秒と掛かるまい。

 しかし五秒もあれば十分だろう。ツバメの飛行速度は、秒速四キロを超えるほどなのだから。

 

「今だ!」

 

「合点!」

 

 継実の掛け声に合わせ、ツバメは一気に空を駆ける! 竜巻達の壁は蠢き、伸びて道を塞ごうとするが、何もかもが遅い。

 瞬く間にツバメと継実達は、竜巻の壁を突破した。

 尤も、竜巻の次はまたしても雷雨の洗礼を受ける事になったが。しかし既に経験済みの出迎えとなれば、継実やモモは勿論、ミドリだってそこまで取り乱さない。

 

「あら、もう一巡しちゃったのかしら? 歯応えがないわねぇ」

 

【あ、あはは……な、なんとかなった、のです、よね?】

 

「ええ。なんとかなったわ。ずっとこの調子ならね」

 

 余裕を見せるモモ ― それと継実とも ― と脳内通信を交わし、ミドリは安堵するように息を吐く。

 確かに、数々の天災については安堵しても問題はないだろう。

 少々対策は必要だったが、それだけで突破は出来た。この後雷雨や風がどれほど強くなるかは分からないが、気に留める必要があるほどの脅威とはなるまい。やはり所詮は『自然災害』だ。星の力をも超えるミュータントにとって、気に留める必要もない現象である。

 しかし油断は出来ない。

 

「(間違いなく、この先に『元凶』がいる)」

 

 継実の脳裏を過ぎる確信。

 竜巻を抜けた後の雷雨は、最初に継実達を出迎えたものより激しさを増していた。僅かな変化であるし、結局継実達ミュータントの脅威ではないのだが、しかし重大な『意味』を秘めている。

 ツバメに連れられ、前へ前へ、積乱雲の奥深くへと進むほど風も雷雨も強くなっているという事だ。これはより大きなエネルギー……積乱雲の発生源に近付いている事に他ならない。

 つまり誰も見た事がないという、恐るべき存在と遭遇する可能性も高まっている訳だ。

 その元凶と真っ正面から戦うつもりなど継実には毛頭ないし、ツバメだって避けようとしているだろう。怪しいものには近付かないでおくのが、人智を常に凌駕する自然界で長生きするコツである。とはいえ「出会うつもりはない」だけで危険を躱せるなら苦労はないというもの。

 周りを注意深く観察し、危険を事前に察知し、そして回避する……それが出来ねば最悪と何時遭遇してもおかしくない。油断なんて以ての外である。

 

「ミドリ! 周りに怪しい気配はない!?」

 

「ふぇっ!? あ、えと……ひっ」

 

 継実が尋ねて、少し気が緩んでいたミドリは慌てて周囲を警戒――――したのも束の間、その顔をぴきりと強張らせる。

 ただし今度はパニックではなく、恐怖による硬直。ミドリは恐る恐る、ゆっくりと一点を指差す。

 

【あ、アレ……あそこだけは、あそこだけは近付いちゃ駄目です……!】

 

 それから震えた声の脳内通信で、継実達に危険を知らせてきた。

 ミドリは何に恐怖したのか? その疑問は、すぐには解決しなかった。ミドリの指先が示す地平線付近を見ても中々答えが見付からなかったからである。

 されどしばし超音速で飛び続けたところ、地平線から『それ』はぬるりと顔を出す。

 黒い柱。

 それが初見時に継実が抱いた印象だった。まるで空に浮かぶ暗雲を支えるかのような、圧倒的存在感を放つ大質量の物体……されどじっと見続ければ正体に気付き、継実は冷や汗を流す。

 柱じゃない。ましてや物体でもない。

 竜巻だ。ただし()()()()()()()()にも達する、常識外れなほどに巨大な。

 

「なんとまぁ分かりやすい事で……」

 

「アレが力の中心点なのは間違いないわね」

 

 つまり、あの巨大竜巻のど真ん中に件のミュータントが潜んでいる。

 恐らく勝ち目なんてないであろう存在を知覚し、継実の頬を冷たい汗が流れた。しかし冷静に考えれば、これは何も悪い事ではない。要はあの巨大竜巻に突っ込まなければ良いのだ。何処に何が潜んでいるのか『見えている』というのは、避ける側としてはむしろ好都合。

 そこまで考えて、ふと、継実は違和感を抱く。

 

「(あんな見えてる地雷に引っ掛かって、渡りをしているツバメの半分が死ぬ?)」

 

 あり得ない。即座に本能と理性が否定した。

 如何に暴風雨も竜巻も怖くないからといって、あからさまにヤバい巨大竜巻に突入する無謀なツバメが全体の半分もいるだろうか? 継実には到底思えない。まだ何か、ここまでの異常天災が『挨拶』でしかないような秘密がある筈だ。

 とはいえ今のところ旅路は順調である。目の前の巨大竜巻が力の中心点であるなら、恐らく積乱雲の半分ほどは通り過ぎた筈だ。残りの行程は半分。油断さえしなければ、なんとかなるだろう。

 油断はせず。だけど悲観もせず。継実がそう考えていた――――その時である。

 

「不味い。()()()()

 

 ぽつりと、ツバメがそう告げる。

 どういう意味だ? 継実はそれを尋ねようと口を開けたが、しかしすぐに閉じねばならなくなった。

 継実ですら抗えないような、強烈な力がその身体を引っ張ったが故に。

 よりにもよって、積乱雲を支える巨大竜巻の方へと……

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