「――というわけで、本日この学校に転入してきました! それじゃあ、自己紹介をお願いします!」
オレが教室に足を踏み入れた瞬間、あからさまに教室の空気がざわついた。
"雷帝"の姿でも無いのにざわつかれるとは……まあ黒髪の魔物は珍しいし、よく考えればこのワンピースに見せかけた青いマントも、良くいえば上品、悪く言えば地味なものだ。魔物が着る服は大抵派手だし、オレの格好や姿が珍しいだけだろう。
そんな考察は胸の内にしまってさりげなく教師をどかして教壇に立ったオレは、何気に広い教室全体を見渡して、人生の中で今まで一度も浮かべたことがないような穏やかな笑みを作ってこう言った。
「北の地方から来ました、カエデです。魔術は得意ではありませんが、よろしくお願いします」
そう、ココでのオレの名は『カエデ』だ。
父上から戴いた、大切な名――。
――いいかゼオン、学校でのお前の名前は"カエデ"だ。
――カエデ、と言いますと……人間界にある、あの植物のことでしょうか?
――よく知っているな。その通りだ。カエデの花言葉は……『大切な思い出』、『美しい変化』、『遠慮』。幼い頃からお前に厳しい訓練を押し付けてしまったこと、今更謝っても許されることではないと思うが、本当にすまなかった。学校にも行かせず、私は……親としてとんでもないことをしてしまったな。
――……。
――その分、今回のこの任務で、気を許せという訳ではないが……いい思い出をつくってほしい。お前は昔から、遠慮し過ぎなんだ。少しは……変わってみてもいいんじゃないか?
そんな会話を交わしたのが昨日の話だ。まあ勿論、たったそれだけの会話で昔のことを水に流せたかと言うとそうでは無いのだが、あの会話でほんの少しだけオレの心に余裕が出来たのもまた事実である。
「――わあっ、すっごい綺麗な子!」
「モデルさんみたい……!」
何やらヒソヒソと囁かれているが、変装した状態でそんなことを言われても気味が悪いだけだ。これは女装なので尚更不快感が倍増する。
さりげなく腕に立った鳥肌を消すように両腕をさすっていると、このクラスの担任教師が「じゃあ、カエデさんの席はあそこね!」と言って、教室の一番後ろの一番端の席――つまり隅の席を指した。
よし、これはかなりいい位置だ。教室を一度に見渡せるし、いざと言う時の対応もとりやすい。
教室中の様々な視線を受けながら、隅の席に着いた所で――オレの脳内は今までの人生で何をやってきたんだという激しい後悔で満たされた。
「ねえ、貴女が転校生なの? 私、ティオ! 今日から貴女の隣の席よ! よろしくね!」
オレが見たこともない、太陽の光を受けて育った野山の向日葵のような笑みを浮かべたソイツは――かつてオレがファウードの中でロデュウを介して散々いたぶった、そしてオレのジガティラスを(全力を出さなかったとはいえ)唯一受け止めた盾の術を持つ女、ティオだったのだ。
☆
休み時間、オレの席の周りにクラスの大半の魔物が集まってきた。
何の用かと思えば、ほとんどの魔物はくだらない質問目当てらしい。
「ねえ、カエデちゃんはどこに住んでるの!?」王宮だバカ。
「すっごく綺麗だね! 親はモデルさんなんじゃない!?」前王と王妃だが何か?
「魔術、苦手だって言ってたよな? なんの術使えるんだよ? 俺が教えてやろうか?」やめておけ、死ぬぞ。
……とまぁ素で事実を暴露する訳にもいかないので、仕方なく嘘でその場を乗り切ることにする。
「えっと、北の方に小屋を立ててて……親!? 普通の仕事だよ。 あ、いいよ。魔術使う機会もないから」
ただ、最後だけは半分本心だ。オレが術を使って戦わなければならないような相手はそうそういない。
それにしても、こういう状況は新鮮だ。学校にいるということ、一度にこんなに多くの魔物と触れ合っているということ――何もかもが新鮮で、普段のテンションならザケルを撃ってしまいそうな騒がしさも全く気にならない。
「――ウヌ、お主はカエデというのだな!?」
「……っ!!」
その瞬間、オレの心臓が早鐘のように激しく鳴り出した。
この声は――。
イヤ、イカン。落ち着くんだ。下手な行動をとると、オレの正体がバレてしまう可能性がある。
そう、ここは無難に――
平静を装って笑みを浮かべ、声の主の方へと体を向ける。
「私の名はガッシュ! ガッシュ、と呼んでほしいのだ!」
「……分かった。ガッシュって呼ぶね。よろしく、ガッシュ」
ガッシュがオレの元へ来た頃には、オレの席に集まっていた魔物は既に散り散りになり、それぞれ自由に休み時間を過ごしていた。やはり一人の方が楽なのは、生まれつきの性分かもしれない。まあ昔から他人と関わることが少なかったせいもあると思うが。
「うわあ、その子が転校生かい? 凄くカワイイじゃないか!」
「メルメルメ~!」
「本当だわ、私の次くらいに可愛いわね!」
「ぅ……」
しかしその代わりに、ガッシュと親しい魔物達――しかも中にはオレとファウードで戦った魔物もいた――数名がオレの席を取り囲んではしゃぎ出す。
「じゃあ、順番に自己紹介なのだ! 私はガッシュ! ガッシュと呼んでほしいのだ!」
「私はティオよ。ティオって呼んでくれればいいわ!」
「僕はキャンチョメ。キャンチョメって呼んでくれればいいぜ!」
「私はパティ! パティでもいいけどぉ、パティちゃまって呼んでくれても構わないわよ♡」
「メルメルメ~、メルメルメ~!」
「ウヌ、『ボクはウマゴンだよ! よろしくね!』と言っておるのだ!」
「メルメルメ~!!」
「ヌオオ、ウマゴン、なぜ噛むのだああぁぁぁ!?」
パティという魔物は知らないが――思わず誰にも気づかれないレベルで顔をしかめてしまう。
それ以外は全員、ファウードの中で戦っただけに顔が合わせづらい。
だが、今のオレは"カエデ"であって"ゼオン"ではないのだ、と気を取り直す。
あっちもオレのことを微塵も疑っていないようだし、いっそ演技に振り切ってみるか。
昔なら絶対に、演技をしてまで自分を偽ることなど、オレのプライドが許さなかっただろう。事実、ファウードでリオウに媚びへつらうという選択肢をオレは迷わず切り捨てた。
「――ガッシュ、ティオ、キャンチョメ、パティ、ウマゴン……ね? 私はカエデ。あらためて、みんな、よろしくね」
「「よろしく!!」」
それから、オレの初めての学校生活が始まった。
一・二時間目、家庭科。
「調理の実習をするので、六人組を作ってください!」
誰と組もうかと考えていると、突然「カエデ、組みましょ!」とティオに腕を無理矢理引かれ、気づけばさっきの面子――ガッシュ、ティオ、キャンチョメ、パティ、ウマゴン、オレの六人組が出来上がっていた。
こんなに自信満々にグループを作ったのだから、誰か一人ぐらいは料理が得意なのだろう……と思ったオレが馬鹿だった。
「メルメルメ~!」
「うわあああ、ウマゴン、それマッチじゃないかー! お願いだから術で火を点けてよ!」
「キャンチョメったら、どうして術よりもマッチが怖いのよ! ――ってあああ、ウマゴンにマッチ持たせたら……!」
「ヌアアア、落ちたのだ! 拾わねば――」
「任せて、アクル!」
「「そういう問題じゃないわあああ!!」」
……結果、黒焦げの謎の物体が完成することとなった。
そもそも、マッチの火を消す程度のことで術を使うな、と思いっ切りツッコミたくなったのだが、呆れて言う気にもならないのでやめておいた。
三時間目、実技。
実技、と言うと、恐らく術のことだろう。さて困った、オレは自己紹介で術が得意ではないと嘘をついてしまった。それに、雷を使えばほぼ確実にバレるだろう。
「じゃあ、みんなで鬼ごっこをします!」
は?
教師の言葉に、思わず目が点になった。
しかし、その説明を聞いてみると、
「術を使ってもいいですが、怪我をさせるのはナシです! 今から鬼を三人決めるので、他の人は逃げてくださーい!」
「なるほどな……」
そういう授業なら、術はほとんど関係なくクラス全員が楽しめるだろう。そして何より、体を鍛えることにもなる。意外と考えられた授業だな、と感心していたのも束の間、鬼はガッシュとオレとウマゴンになってしまった。
いや、これは……。
そして予想通り、オレが運動音痴のフリをするまでもなく、ガッシュとウマゴンがあっという間にクラス全員を捕まえてしまった。これでは授業にならないだろう、担任。
何気なく担任教師に目をやると、涙目になって申し訳なさそうな顔をしていた。
ほんの少しだけ同情した。
四時間目以降はごく普通の座学だった。ただ、間に清掃や昼休み、昼食などの行事が入っただけで、何事もなく学校生活が終わろうとして――
「このままじゃダメだろ……」
漸くオレは元々の目的を思い出した。
そうだ、オレはこんな風に学校生活を満喫する為にここに来たんじゃない。ガッシュの命を狙う輩がいるということで、渋々ココに潜入して捜査していたんだ。クソ、いつの間にこんなことに……決してオレがちょっと楽しんでいたからでは無い。断じて。
そんな言い訳と共に、帰りの支度をするべく自分の席に着いた瞬間――トントンと肩を叩かれて振り向くと、
「カエデちゃぁん。ちょっといいかなあ?」
敵意の潜んだ笑みを浮かべる女子魔物数人が、オレに有無を言わせぬ空気を纏って立っていた。
☆
「――何の用?」
聞かずとも大体分かるがな、と心の中で付け加えつつ表ではすっとぼけて訊ねると、案の定女子魔物達は先程までとは打って変わって厳しい表情でオレを取り囲み、
「あんたねえ、転校生のクセに王様にチヤホヤされてるからって、調子乗ってるでしょ?」
「そうよそうよ。ちょっと他の男子に好かれてるからって、清楚ぶっちゃって」
「要するに、転校生のクセにいきがんなってこと。アンタは黙って教室の隅で縮こまってんのがお似合いよ」
「「アハハハハ!」」
……こんな光景、オレとは全く無縁のものだと思っていたが……どうも女の振りをするといつもと違う景色が見えて爽快感すら覚えてしまう。
そんなオレの本心が多少表情に現れていたのか、女子魔物達は突然オレとの距離を詰めた。
「……なんの真似だ」
「ふん、強がっちゃって。ちょっとお仕置きしてあげるだけだから、痛い目見たくなきゃ黙って立ってなさい」
思わず素で訊ねると、女子魔物達の体から敵意の籠った魔力が溢れ出した。もっとも、オレと比べたらゴミみたいな量と質の魔力だが。
それにしても、こんなヤツら相手に本気は出したくない。軽く遊ぶべきか、サッサと撤退するべきか――
「ちょっと、目ェ瞑って耐えときな!!」
リーダー格らしき魔物がオレともう一歩距離を詰め、拳に冷気を纏わせる。
ほう、氷使いか――少なくともオレにとっては、そんなことを考える余裕も時間もたっぷりあった。
冷気で覆われた拳が、オレの顔面に迫ってきて――さてどうするかと考え始めた瞬間、
「サイス!!」
「きゃああああっ!?」
弱い魔力の刃が飛んできて、リーダー格の女子魔物を直撃。悲鳴を上げて地面に倒れ込んだ。
そういえば、この術はどこかで聞いたことが――と思いをめぐらせていると、
「ふん、バカねえアンタ達! 嫉妬は醜いわよ?」
そんな煽り文句と共に、桃色の髪を持つ女――ティオが現れた。