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校舎裏に行くと、一番大きな木――スポールトールの木の下で、一人の少女が膝を抱えて座っていた。
コイツは、昨日オレに難癖つけてきた数人の女子魔物の内の一人……?
一瞬足が止まる。だが立ち止まっても居られないので意を決して少女――エリカに歩み寄ると、オレの気配を察したらしいエリカが顔を上げ、オレと目を合わせて微笑んだ。
それはまるで――昨日、オレに小さくも多量の言葉という名の毒を吐きかけてきたことなど嘘だったかのような、穏やかな笑み。
なんなんだ、コイツは、……何が狙いなんだ?
そんな妙な不安と苛立ちが表情に出ないように堪え、何とか言葉を発することができた。
「何の用? 昨日のアレじゃ物足りなかったの?」
「ぷはっ、まさか。昨日のアレなんて、所詮ただの実験よ、実験」
「実験……?」
「うん。単刀直入に言うわ。あたしはねぇ、
――ガッシュに接近して、その兄のゼオンに復讐がしたいのよ」
「――ッ!?」
流石のオレも表情を崩したが、飛び退くのだけは何とか踏みとどまった。
「ガッシュが王になってからも学校に通い続けると聞いて、あたしは親に嘘をついてこの学校に無理やり転入した。そして、クラスでいきがってるバカな女の魔物達に媚び売って、クラスでも上位の立場を手に入れたのよ。
最初はこの立場を使ってガッシュに接近しようと思ってたんだけど、ガッシュの周りに何人かいるじゃない? ほら、アヒルとか水色の髪の女とか、馬とか暴力女とか……どうやって接近しようか、手の打ちようがなくなってきた時!」
エリカはおもむろに立ち上がり、オレの眼前に白く細い指先を突きつけてニヤリと嗤う。
「アンタが現れた。アンタはガッシュ達と仲良くなったみたいだから、試しにわざと女子魔物共にあんたを攻撃させたのよ。そしたらほら、ガッシュ達が助けに来て……これしかないと思った。今更ガッシュに接近しても怪しまれない逸材!」
「待……って、どうしてそんなに私にこだわるん……こだわるの? 大体、どうして復讐なんか、」
「黙りなさい。とにかくアンタは、あたしの言う通りに動いてくれればそれでいいの」
睨みとも言えないような睨みをきかせたエリカは、どこまでも自分本位な奴だった。
勿論、こんな口先だけのクズは簡単に消せる。だが……ココで動向を探るのも面白いかもしれない。
それに、もしかしたらアースや父上が言っていた、『ガッシュの命を狙っている者』……それはひょっとしたら、オレの命を狙う為にガッシュを狙っている者のことで、それだとつまりその魔物は今オレの目の前にいるエリカだということになるかもしれないのだ。
決定。敢えて弱者を演じ、情報を掴む。そして、帰ったらこのことを父上に報告だな。
「――分かったわよ。じゃあ、私はどうすればいいの?」
心の内で密かに点いた炎を抑え込みながらそう問うと、エリカは完全にオレを弱者だと思い込んだようで、勝気な笑みと共にオレにこんなことを命じた。
「とりあえず、ガッシュと仲良くなること。その先についてはおいおい連絡していくから、そのつもりで頼んだわよ」
「うん」
オレに復讐か……面白い、受けて立ってやる。
☆
王宮に帰るなり、オレは真っ先に父上の元へと赴いてさっきの出来事を簡潔に伝えた。
「そうか……ところでゼオン、復讐されるようなことをした覚えはあるのか?」
「……魔界での心当たりはありませんが、人間界では結構な数の魔物と戦ってきましたので、もしかしたらその内の何者かと関係があるのかもしれません。とりあえず、明確な心当たりはあまり……」
「なるほど……分かった。なら、しばらくの間その魔物から情報を掴めるか? もしお前の身に危険が及んだら、その時は正体などどうでもいいから保身に走れ」
まあ、我が息子がそう簡単にやられるとは思わないがな。
父上はそう言って、昔とは違う笑みを見せた。
自室に戻ると、なぜかガッシュがいた。
図々しくもオレのベッドを陣取って、ゴロンと寝そべっている。
「……ガッシュ。何やってるんだ」
「ウヌ、久々にゼオンと寝たいのだ!」
「それはいいが……明日は学校じゃないのか? あんまり遅くなると……」
「何を言うか、明日と明後日は学校はお休みなのだぞ! ゼオン、最近仕事ばかりで疲れているのではないのか?」
ガッシュは心配からか、ぷりぷりという効果音がつきそうな怒り方をした。
そうか、そう言えば明日と明後日は祝日だったな。
「ならガッシュ、今から格技館に行って少し模擬戦をしないか? そうしたら身体もほぐれて、程よい眠りにつけると思うんだが……」
「! それはいいのだ! そういえば、ファウード戦以来、私の成長をゼオンに見せられておらぬからの。ちょうど良い機会なのだ!」
ガッシュの中では、クリアを倒した時のバオウはノーカウントらしい。確かにあれは魔界の魔物の力を借りたものだからな、と改めてガッシュの潔さに感心するとともに納得した。
「……と思ったのだが、それはやめるのだ」
「はあ? どういうことだ?」
突然ガッシュが真顔になってそんなことを言い出したので、思わず素で聞き返してしまった。ついさっきまでは顔を輝かせていたので尚更だ。
「イヤ、実は……今日、ゼオンに会いたいという者が格技館に訪れていて……だから、模擬戦も、格技館に行くこともできぬ」
「オレに? 会いたい?」
「ウヌ。誰とは言わぬが、私と親しい者なので、断らないでくれると助かるのだが……」
そう言われるとなんとなく見当はついた。
「分かった。なら今から格技館に行ってくる」
「ウヌー、帰ってきたら一緒に寝ようぞ!」
ガッシュの親しげな声を背に、マントを翻して瞬間移動。文字通り一瞬で格技館の光景が目の前に広がった。
しかし、こんな所でオレに会いたいだと? もしや、オレの命を狙ってる魔物が――
「遅いじゃないの。レディーを待たせちゃいけないって、恵が言ってたわよ?」
変化球。全くの予想外だった……と言えたらまだ良かったかもしれない。
ガッシュと親しい者、という時点である程度候補は絞られる。勿論、コイツもその中の一人。
「ティオ……?」
「そんな顔しないでよね。わざわざココに呼んだのは、誰にも聞かれたくないだろうなって思ったから」
誰にも聞かれたくないだろうな――それがオレの心情を案じて言っているのだと理解するのにそう時間はかからなかった。
「何の用だ。復讐でもしにきたか」
「何よそれ、暇ね」
ティオはケラケラ笑って、しかしすぐに表情を引き締めた。
「ねえ……どうしてそんなに自分を許せないの?」
「!」
「私は、もうあんたのこと恨んでもいないし、嫌ってもいないし、怒ってもいないの。キャンチョメも、ウマゴンもそうよ。どうしてそんなに……」
「――お前達が通う学校に、オレに復讐しようとしている魔物がいる」
「えっ、」
ティオの言葉を敢えてぶった切る。
ティオ、お前の慰めは無駄だ。事実に感情論で勝つのは不可能なんだよ――その現実を突きつける為に。
「同情は要らん。分かったら、これ以降オレに関わ――」
最後まで言えずに、左頬に衝撃を感じた。
コレは痛みとは呼ばない。"この程度"を痛みと呼ぶような甘い鍛え方はしていないが、――どうして。
「バカ!」
痛かった。
ティオは一息つくと、オレの両肩に手を置いて強く掴む。
「そんなのどーだっていいのよ! アンタ頭堅すぎ! ホント馬鹿よね! バカバカ、バーカ! ゼオンのばーか! 訓練と勉強ばっかりだから、そんなに頭が堅くなるのよ! 同情なんて誰がするもんですか!! ただ、」
……あんたが悪いヤツなら、私は――私達は、あの時殺されてるわ。
そう言い残して、ティオは踵を返して去っていく。
――この感情がなんなのか、オレには未だ分からない。
「ウヌ、ゼオン、おかえりなのだ! さあ、一緒に寝るのだ!」
「……ガッシュ」
「どうしたのだ?」
「オレが、憎いと思ったことはないのか?」
「あるわけなかろう。たったひとりの、私の大切なお兄ちゃんなのだ!」
「……そうか」
暖かい。だから時々居づらくなるのは気のせいか。
「寝るぞ」
「ウヌ」
オレは無言で部屋の電気を消した。