次の日は、この前エリカに言われた『ゼオンへの復讐の為に、ガッシュに近づいて情報を得る作戦』を実行したという既成事実をつくるために、カエデの姿でガッシュを公園に呼び出し、ゼオン(オレ)のことを詳しく聞いた。これでなんら不自然な点はないだろう。
そして、その翌日――つまり、祝日明けの投稿日の朝。
「? ガッシュ、何やってるんだ?」
「ウヌ?」
目が覚めてすぐ、正体がバレていないかとヒヤヒヤしながら大広間に向かうと、ガッシュが何やら見覚えのある準備運動をしていた。確かこれは、人間界にいる時に見た――そう、"らじおたいそう"というものだった気がする。
しかし、体操とは本来体を動かす前に、体ほぐしを目的として行うものだ。対して、ガッシュは今から学校。体育の授業があったとしても、今体をほぐす必要はない気がする。
そんなことを考えて首を捻ると、ガッシュは満面の笑みで説明してくれた。
「実は今日学校で、術アリの模擬戦のトーナメント大会があるのだ!」
「!?」
驚いて吹き出しそうになった。
「色々とルールはあるが、みんなが楽しく戦えるようになっておる! ゼオンにも参加して欲しかったのだ……」
「……そ、うだな?」残念ながら参加するんだよ、お前と同じクラスでな!
というかまずい。これは非常にヤバイ気がする。
オレは術が苦手と言った。だから術を使うのは控えめにすればいい話なのだが――何せ、オレの術は基本的にはガッシュと同じだ。術を出した瞬間、オレがゼオンだとバレてしまう。
かといって、術を出さずに終わるというのも不自然だ。
クソッ、自己紹介の時にもっと気を張っていれば良かった!!
苛立ちとやるせなさからクシャクシャと頭を掻き毟ると、ガッシュは怪訝そうな顔をしながらカバンを背負った。
「そんなに参加したいのなら、ゼオンも今からウチの学校に転入すればいいのだ! ……あ、もう時間なのだ! それではゼオン、母上、父上にも、私が学校に行ったと伝えておいてくれ。頼んだぞ!」
「あ、ちょ……」
伸ばした手の先でパタンと無情にもドアが閉まり、空気がしんと静まり返る。
「……はあ……」
……オレも行くか。
学校に潜入し始めてから最早日常に溶け込み始めたため息をついて、オレは変装道具と学習道具を取りに自室へ戻った。
☆
「ルールは簡単です。一、相手を不必要に傷つけない。二、一に加えて、絶対に相手を殺さない。三、術の使用は許可するが、校舎などの公共の建物に傷をつけない。そしてここからは特殊ルールで、魔界の王を決める戦いで最後辺りまで残っていたティオさん、キャンチョメくん、ウマゴンくん、ガッシュくんは、シン級の術と、シン級の術を除いた術の中で一番強い術を使わないこと! これで恐らく平等です!」
青く澄み渡った空は、いつもと違って四角く切り取られた狭苦しい自由ではない。世界全体にその存在を主張するかのように、どこまでものびやかに広がっている。
……オレの心とは正反対に。
教師のハキハキとした声で進められるルール説明を半分聞き流しながら、たくさんの魔物たちの中で膝を抱えて座るオレ。
どうやらこの模擬トーナメント戦は、最初にクラスで行い、そこで一番だった者がクラス代表として他のクラス代表と戦い、そこから半分ずつふるい落としていく形式らしかった。
しかし、正直なところそんなのはどうでもいい。
……どう誤魔化せばいいか分からないのだ。
すぐ敵の術の直撃を受けて、倒れたフリをする? ……不自然な気がする。
なら、体術のみである程度粘る? ……ダメだ。下手したら動きだけでバレかねない。特に、ファウードの中でオレの動きを見ているティオ、ウマゴン、キャンチョメ、ガッシュはな……。
「――では、一戦目はルナさん対ケルトくんです! さあ、頑張ってね!」
ふと気がつくと、クラスの魔物二人が、グラウンドの真ん中で向かい合っていた。どうやら一戦目が始まるらしい。
……そこからはかなり順調に進んだ。
ようやく残りが数人となった時――問題は訪れる。
「第十九戦目、ティオさん対エリカさん!」
「なっ……」
思わず息が詰まってしまった。
こ、この二人か……?
この二人はついこの間、オレに関するトラブルで敵対関係になった。そんな二人が、ココで……?
「ふふ、あんたごときが私に勝てると思ってるの?」
「それはこっちのセリフよ。王様にくっついちゃって、鬱陶しい」
開始前から視線で火花が散っている。……大丈夫か、コレ。
「それでは、よーい――スタートっ!」
「サイス!」
「ファノン!」
教師の開始の合図とほぼ同時に、両者が初級の攻撃呪文を繰り出した。
二つの術がぶつかり合い、小爆発を起こし――たち昇った煙を切って、エリカがティオに向かって勢い良く蹴りを放つ。しかし、ティオは格闘技でもやっているのか、その脚を掴んで勢いを利用し、エリカの体ごと綺麗に投げ飛ばした。
……そういえば、さっきの二人の初級呪文……何かが引っかかる。どちらかというと、エリカの方が。
ファノン……どこかで聞いたか……?
「ガルファノン!」
「ギガ・ラ・セウシル!」
オレが考え込んでいる間にも戦いは進んでいるようで、オレが目をやった時には、丁度ティオがエリカの術をドーム状のシールドでエリカごと包囲し、その中で術が何重にも跳ね返っているところだった。なるほど、敵の術を閉じ込めて、中で跳ね返らせてダメージを与える……自業自得と言ったところか。恐らく、オレのザケルガで破れるだろう――この術が"ファウードの時の"ティオの力で使われたものならな。
だが――呑気に観戦していられるのもここまでだった。
「フフ――あははは! あんた、シン級の術と、シン級以外の術で一番強いやつは使えないのよね?」
「? そういうルールじゃない。それがどうしたって言うの?」
「安心したのよ――」
不気味な高笑いと共に、エリカは顔を上げ――ニッコリと微笑んだ。『オレに見せた笑み』と全く同じように。
「それなら、あたしでもあんたを倒せるから」
「なっ――」
「じゃあね、ティオ! ――ファノン・リオウ・ディオウ!!」
――その、術は。
自然と目がその術を見つめたいかのように大きく開き、息ができなくなった。
その術は――あの時の。
ファウードの中で、オレが倒したあの魔物の。
確か……リオウ、だったか?
その瞬間、オレの中で全てが繋がった気がした。
分かった――コイツが、オレに復讐したい理由が。
それとほぼ同時に、他の魔物の目など一切気にせずに、ティオとファノン・リオウ・ディオウの間に瞬間移動する。
ルールを設けられたこいつの術では、恐らくこの術を受けると大きなダメージを受ける。それに、復讐したい理由が分かったからには――
こいつの相手は、オレがしなければならない。
だから、オレは『あの時』と同じように、右手を前に出して、『あの時』と全く同じ、しかし威力だけはあの時よりかなり上がったであろう呪文を詠唱した。
「――ジャウロ・ザケルガ!!」
「「なっ……!?」」
周囲のそんなざわめきをかき消したのは、オレの術とエリカの最大術が衝突した激しい音だった。
衝突、爆発、粉砕、消滅。その四つの過程を踏んで、エリカの術は完全に消滅。オレの術は、放たれた十一本のザケルガの内、五本消滅したが六本は生きていたので、魔力を一旦封じて六本のザケルガを消した。
「な、か、カエデ!! その術は――!!」
真っ先に声を上げたのはガッシュだ。だが、今は説明している時間すら惜しかったので、
「事情は後で説明する。今は動かないでくれ」
「う、ヌ……?」
混乱しているのはガッシュだけではない。オレの背後にいるティオも、恐らく今のオレと同じような顔をしているだろう。
そんな混乱の真っ只中で、たった一人、エリカだけがその場の空気にそぐわない優雅な笑みを浮かべた。
「あらら、アンタが本人だったの? なら都合がいいや。あたしと真剣勝負よ、ゼオン」
「……分からないな。なぜそこまでオレに復讐したいのか」
「本当は分かってるんでしょ? ――あたしの術で」
「っ……」
図星だ。
そう……さっきのエリカの術で、わかってしまった。
『ファノン』も、『ガルファノン』も、『ファノン・リオウ・ディオウ』も――全て、オレがあの時痛めつけた"アイツ"の術だ。
「ならもう種明かしは簡単よ。あたしはね、あんたにファウードの中で散々痛めつけられた魔物、リオウの妹なのよ。たった一人のね」
「……」
「痛い所突かれたって顔してるわねー。でも……」
次の瞬間、エリカがクワッと目を剥いて怒鳴る。
「あたしのたった一人のお兄ちゃんが与えられたココロの痛みと、どっちが上なのかしらね!? ――いいわ、そんなに被害者ヅラしてんなら教えてあげる。お兄ちゃんが魔界に帰ってきてからのこと……」
☆
「……リオウよ、よくやった。私はお前を責める気は少しもない。寧ろ――不運だったな、と言うべきか」
「……」
お父さんとお兄ちゃんが、部屋で話していた。何を話しているのかは、僅かな扉の隙間からダダ漏れだ。
それにしても、どうしてお父さんはお兄ちゃんを責めないんだろう?
疑問に思って、その先は扉の隙間からほんの少し顔を出して盗み聞くことにする。
「相手があの雷帝では仕方がない。殺されずに済んで良かった……」
「いや……しかし……」
「いいんだリオウ。とりあえず、魔界が平和になって良かったよ……私はもう寝る。お前ももう寝るんだ、疲れているだろう」
お父さんはいつも通り立派な肘掛椅子に座っている。そして、お兄ちゃんはその正面に跪いていた。
でも――何か、様子がおかしい。
まるで、"見えない何か"に怯えているような……。
その予感は、それからの日々で確信へと変わった。
「お兄ちゃん、一緒に外で特訓しようよ!」
「……あ、あぁ……」
「?」
お兄ちゃんは一瞬キョトキョトと視線をさまよわせた後、引きつった笑みで了承してくれた。やっぱり、何かがおかしい。
変だと思いながらも、予感だけで質問をするのは少し失礼な気がして。あたしは外に出る"までは"黙っていたんだ。
でも――
「――あ、雨?」
ポツリ、ポツリと、突然大粒に水滴が空から降ってきた。と同時に、たちまち空は暗雲に包まれ、
――ゴロゴロ……
不気味な唸り声と共に、稲光が黒雲を点滅させた。
その時だった。
「あ――ああああああああぁぁぁ!!」
いきなり、お兄ちゃんが絶叫して震えだし、その場にしゃがみ込んでしまったのだ。
「ちょ、お兄ちゃん!? どうしたのよ!!」
「うあ……来るな……来るなーーーーーッ!!」
お兄ちゃんをお父さんの元に連れていくと、お父さんはすぐにいいお医者さんを手配してくれた。
診断結果は、
「――フラッシュバックの一種でしょう」
フラッシュバックっていうのは、ふとしたきっかけで昔の強いトラウマとかが蘇ってくる現象のことらしい。
でも、お兄ちゃんは今まで――"神の試練"を受けるまでは、そんなこと一度もなかった。つまり、
――原因は、神の試練の中だ――
そう分かった時から、あたしは原因を調べにかかった。その結果、結構長い月日をかけてだけど、段々と証拠が集まってきた。でも、そんなあたしの順調な調査進行に反比例するように、お兄ちゃんのフラッシュバックはどんどん酷くなって行った。
軽い時でも、光がチカチカ点滅するような様子が見えただけで怯え出す。酷い時なんかは、大きな音がしただけで錯乱状態に陥っていた。
もう嫌だ……こんなお兄ちゃん、見てられないよ……。
そろそろあたしの精神も病み始めたという頃に、ようやく全ての証拠が揃った。それらを照らし合わせた結果――
お兄ちゃんが怯えているのは、ベル家の長男、ゼオン・ベル。雷の術を使う。現王ガッシュ・ベルの双子の兄。
……神の試練の際、ファウード内部で、当時ファウードの支配権をもっていたお兄ちゃんをボロボロに痛めつけた上にファウードの支配権を横取りし、お兄ちゃんの本を燃やした――
☆
「そこからは簡単だったわ。お父さんに頼んで、王様と同じ学校に通わせてもらってね。お父さんはあたしに甘いから、適当な理由つければ簡単に転校させてくれたわ。そこから、王様に取り入ろうと思ったんだけど。取り巻きが邪魔でね」
「取り巻き」というところで、エリカは一瞬チラリとティオ達に目をやった。
「だから、アンタが転校してきた時は本当に丁度良かったのよ。怪しまれずに王様に近づいて、ゼオンの情報をとれる逸材だって。でも、まさかあんた本人がゼオンだったなんてね。女装までして、手の込んだこと。さてはあたしのこと見抜いてた?」
「……まさか。オレは元々、父上とアース……王宮の騎士から『ガッシュの命を狙う者がいる』という命令を受けて、学校に潜入していただけだ。魔物達に不安を与えないよう、親しみやすい女魔物の姿になってな」
「……まあいいや。なら、正々堂々勝負しなさい。勿論、殺すつもりでね」
無茶苦茶だ、この女。何もかも。
だが――コイツのリオウに対する想いを聞いて、オレはやはり『あの時』と同じ感覚に陥る。
ファウードの中で……滅茶苦茶に繰り出された、ロデュウのディオガ・ラギュウル。あんな闇雲の一撃、オレでなくとも余裕で避けられていたと思う。
なのに、なぜか避けてはいかんと思った。ロデュウの、パートナーに対する想いを聞いて――なぜか、そう感じてしまった。
そして、オレは。
「――いいだろう。死ぬ覚悟は出来てるんだろうな、ゴミが」
瞬時に変装を解き、『エリカ』からゼオンに戻る。
周囲のざわめきを聞きながら、ゆっくりと目を閉じた。
「フン、隙だらけよ雷帝ッ!!」
ゴウファノン――声高々に詠唱されたその呪文を、オレは片手で受け止めて、エリカに思いっ切り投げつけた。
「なっ――きゃあああ!?」
エリカは予想外の反撃方法に目を剥いた直後、ゴウファノンの直撃を食らって倒れかけ、すんでのところで踏みとどまった。
「ふ、やるわねゼオン。でも……勝負はここからよっ!!」
復讐にしてはやけに輝いたその瞳を見て、オレは微かな違和感を覚えつつもエリカの望みに応じてみせる――
リオウの家の事情は、完全に捏造です。本編では、リオウに妹などいないし、リオウが神の試練の後どうなったのかも描かれていません。完全に、私の妄想です。ご注意ください。