【Dragon's Heart】万病を治す秘薬を求めて旅に出たら薬師の美少女と龍をめぐる騒動に巻き込まれた話【Wolf's Soul】   作:はちコウP

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とある企画用に書き上げたオリジナル作品です。

コンセプトは【連載前段階の読み切り少年漫画風】

一話完結のつもりが思いのほか長くなってしまったので前後編に分けてお送りします。


前編

 夜空に浮かぶ満月、輝く星々。流れる雲が時折それらを覆い隠す情景も、見る者に風情を感じさせる。

 

 年頃の恋人達がその様を見上げていたならば、愛の言葉の一つでも囁いているであろう。

 

 それ程にこの夜の空は美しかった。

 

 

 

 だが、地上ではそれとは真逆の凄惨たる光景が広がっていた。

 

 

 

「ぐっ!がぁぁぁぁぁっ!………ぶっば、ぐば……ば……」

 

 喉笛を切り裂かれ血飛沫を高く吹き上げながら、自らの血に溺れる髭面の男が草原の上に身を崩した。

 

 小刻みに震えるその身体は、やがて動きを完全に停止させる。

 

「テメェ!よくも!」

 

 仲間と思われるもう一人の男が、手斧を振りかざしながら仲間の喉を切り裂いた人影へと飛びかかる。

 

 振り下ろされる斧の一撃を後方へと飛びすさって避けるのは、大人と呼ぶには未だ幼く、子供と呼ぶには背丈、面持ちが成熟しつつある少年であった。

 

 手斧を手にした男は口の端をニヤリと吊り上げ、細長い舌をチロチロと動かした。そして腰を回し“長い尾”による一撃を体勢を整えきれていない少年へと見舞った。

 

 少年は身を逸らして避けようとしたものの僅かに間に合わず、尾撃の先端は少年の手首を打ち据えて、彼の手にしていたナイフを弾き飛ばしたのだった。

 

 ガサリと音を立ててナイフが草の上へと落下する。

 

 蜥蜴男は返す尾で再び少年を打ち据えんとした。次に狙うは胴回り。まともに一撃が入れば、あばらの何本かは折れるであろう。万一避けたとしても体勢を崩すのは必至。そこへ手斧を投擲し仕留める。蜥蜴男はそう算段し手斧を握る手に力を込める。

 

 しかしながら、その目論見は露と消える。

 

 以外にも少年は回避の動作を一切せずに、その尾を両腕で受け止めたのだった。大木にヒビを入れる程の一撃を。

 

 戸惑う蜥蜴男の尾に食い込む少年の指、爪。そして尾を根元から引きちぎらんばかりの勢いで、少年は底引き網のように思い切り引っ張った。

 

 蜥蜴男は堪らず「ギャッ」と口から悲鳴を上げ、バランスを崩してその場に倒れ伏し、地面の上をズルズルと引きずり回される。

 

 蜥蜴男は負けじと尾を必死に左右へと振り動かす。その甲斐あってか少年の腕の感触が尾から離れたのがわかった。そしてうつ伏せ状態の蜥蜴男は首をブルブルと振って立ち上がろうとする。

 

 だがそこへ追撃が見舞われる。高く跳躍した少年の全体重をかけた蹴りが、四つん這い状態の蜥蜴男の背に突き刺さった。

 

「グェ」

 

 情けない声と共に肺から全ての空気を押し出される蜥蜴男。

 

 次の瞬間、蹴りの勢いを利用し再び跳ね飛んだ少年。折り畳まれたその両膝が首筋に打ち込まれ、蜥蜴男は頸椎をへし折られて、再度呼吸をする間もなく絶命したのであった。

 

 瞬く間に仲間二人を倒された事に危機感を抱き、少年を取り囲む男達はジリジリと後退する。

 

 少年はスッと立ち上がり、周囲を一瞥し身構えた。

 

 漂う緊迫した空気。一対他数の数的優位の状況にも関わらず男達が攻めあぐねていると、夜空を流れる雲が満月を覆い隠しだした。

 

 地上は徐々に暗闇に包まれてゆき、少年もそれを取り囲む男らも、その姿を闇に塗りつぶされていった。

 

 

 

 暗闇の中で一人の男は己が武器をギリリと音をたてて握り直す。

 

 次に雲間から月が出てきた時。そこが攻め時だと男は思案する。恐らくは誰かが飛びかかる、或いは弓持ちの一人が矢を射るだろう。

 

 自分が動くのはそれから。何も先人を切って身を危険に晒す必要なんてない。敵が弱った所を狙って一撃を見舞ってしまえばいい。それに上手い具合に自分以外のヤツがくたばれば、依頼主からの取り分は増えるのだからいい事尽くめだ。他の奴らには気の毒かもしれないが。

 

 などと男が考えた瞬間。

 

「ぎゃあぁっ!」

 

 悲鳴と血の吹き出す音が暗闇に響き渡った。

 

 男がその音のした方へと反射的に顔を向ける。そして

 

「おい!どうし――たっ、はぐぁっ!」

 

 次には別の仲間が立っていたはずの――先程とは反対側の――方向から悲鳴が聞こえた。

 

 暗闇に次々と轟く悲鳴と肉の裂かれる音、血飛沫の音。

 

 何が起きているのかと困惑する男の耳に、ザザザッと草を踏みしめ駆ける足音が。

 

「な……くっ来るなっ!」

 

 男は恐怖に顔を歪めて手にした小剣をやたらめったらに振り回した。

 

 ヒュンという風切り音。剣の先端に何かが当たる感触が走った。

 

 やったか!?と男が思った次の瞬間

 

「んなっ!」

 

 男の身は地面へと倒されていた。

 

 背中に走る衝撃。自分の身に跨る何者かの感触。

 

「ってぇなあ。まぐれ当たりとかふざけんなよ」

 

 まだどこか幼さの残る、やや低めの声が耳に入る。その方へと向けて右手の剣を振り上げる男。しかしながらそれより一足早く相手が動いていた。

 

 男が死の間際に目にしたもの。それは、仲間達の血に塗れた鋭い牙であった。

 

 

 

 雲に覆われていた満月が姿を表すと、街道外れの草原には数人の男達の死体と、それを生み出した少年の姿があった。

 

「……もう一人いたと思ったんだけどな……逃げたか。まあ仕方ねえ」

 

 少年は淡緑色の髪をかき上げ、唇を指で拭って、落ちていたナイフと荷物の入った鞄を拾い上げると、何事も無かったかの様に踵を返す。

 

 少年の目に映るは、木々の生茂る一つの山。月明かりに淡く照らされるそこへ向けて足を踏み出した。

 

 刹那、耳に飛び込む風切り音があった。

 

「……ぐぁっ!…………な、何?」

 

 突如として脇腹に走る激痛。

 

 目を向けて見れば、そこには一本の短い矢が突き刺さっていた。恐らくはボウガンの一撃。

 

「逃げたんじゃ……無かったのか?」

 

 少年は矢の飛んできたと思わしき方向へと目を向ける。

 

 だがそれを放った者の姿は見当たらない。

 

 路傍の岩、動物の死骸らしき何か、打ち捨てられた材木、視界に確認できたのはそれらのみ。

 

 恐らく敵はその何処かに身を隠しているに違いない。そして少年が弱るその時を待っている……

 

「くっ!チクショウ!」

 

 少年は矢の刺さったままの脇腹を片手で押さえながら駆け出した。焼けるような痛みに耐え、ふらつく足を懸命に動かして、目的の場所へと向かって。

 

 

 

 ボウガンを手にした男は心の中で軽く舌打ちをする。仲間をやられた事にではなく、戦力と道具の配分を見誤った事に。

 

 本当であれば強力な毒薬で一瞬にして仕留めたいところであったのだが、それを持ったもう一人の射手は前線にて少年に討ち取られていた。

 

 戦果を焦って近付き過ぎた愚か者を「間抜けが」と心の中で罵倒する。

 

 とは言えあそこまで深手を負わせたのだ。体力の消耗も相当なはず。

 

 後は倒れた所を仕留めて目当ての品を奪えば良いだけ。

 

 そうして時を見計らった男は岩の影から顔を覗かせる。

 

「…………何だと?」

 

 しかしながらそこから少年の姿は見えなかった。

 

 身を完全に乗り出して更に目を凝らしてみるも、おおよそ遮蔽物に乏しい街道沿いの草原には事切れた死体が夜空の下にその姿を晒すのみであった。

 

 

 

 

 

 

 

 琥珀色のランプの明かりに薄らと照らされた部屋の中には、ゴリゴリゴリと陶器で出来た小さなすり鉢、手のひらサイズの木製のすりこぎで何かをすり潰す音が響いている。

 

 白みがかった麗しい手が傍に置いてある干し草、種子のような物を軽く摘んで鉢の中へと落とし込む。

 

 再び部屋に音が響きだす。

 

 それと共に鉢の中から出てくる独特の香りが、部屋の中へと充満しだした。お世辞にもいい香りとは言えないそれが漂っても、作業を行う目鼻立ちの整った容貌の少女は顔色ひとつ変える事は無かった。

 

 やがてその作業が終盤へと差し掛かったところで、少女はハッと何かに気がついて声を出した。

 

「シエカリキ草を用意するのを忘れてましたわ」

 

 少女は椅子から立ち上がり、近くの戸棚の扉を開けて一つの瓶を手に取った。

 

「あ……」

 

 しかしながらその中は空であった。

 

 どうしようかとこめかみに手を当てて思い悩む少女。

 

 シエカリキ草の生えている場所は小屋からそう離れてはいない。

 

 とは言え今は夜中。暗闇の山中を歩くのは危険だと叔父には口煩い程に何度も言われていた。だからそうする事は余程の場合でない限りはないのだが……

 

「早朝に取りに行けば……いえ、朝露に濡れた状態ですと乾くまで時間が……成分にも影響が出てしまいますし……仕方ありませんわね」

 

 一人呟いた少女は上着を一枚羽織って、腰に薬草採集用兼護身用のナイフと小さな革袋を携えて、ランタンを片手に外へと歩み出したのだった。

 

 

 

 外は幸いにして満月の夜。

 

 木々の隙間から落ちる月明かりのおかげで多少ながら山道の見通しは良い。

 

 少女は麓へと続く道を少し下った所で左へと道を外れる。

 

 そこから歩いて間もない所にシエカリキ草の群生地がある。

 

 足下に生えている草や散らばった木の葉や木の枝に足を取られないように慎重に歩みを進める少女は、楕円を押し潰して長くしたような形のよく見慣れた草を目に留めた。

 

 ホッと一息ついてその場にしゃがみ込んだ少女。ナイフと皮袋を手にし、草を摘もうとしたところで

 

「………えっ?」

 

 見慣れないモノがそこにあるのに気がついた。

 

 所々が破れた服。脇腹の部分から生えている矢。傷口から少しずつ流れ続ける血液。そして真っ赤に染まった口元。

 

「だ、大丈夫ですか!?」

 

 少女は倒れた少年の元へと駆け寄っていった。

 

 

 

 

 

 

 

「っ……!はぁ……はあ……うぐっ!」

 

「姉貴!大丈夫か!?姉貴!」

 

「ゼヴィア……もう……っ!この、ままじゃ……わた、し……あなたを……みんな、を……」

 

「気をしっかり持て!耐えるんだ!」

 

 少年はそう口にしつつも、そんなのが一体何になるのだ、と無力な自分に歯噛みした。

 

「あの子たち……みた、いになる……前に……私を……ころ……し」

 

「それ以上言うな!」

 

 喉の奥から絞り出すように懇願する姉の言葉をゼヴィアは遮る。

 

 姉の体は変貌を始めていた。

 

 多くの者が褒め称えるその美貌は異形のモノへと……

 

「姉貴っ!…………ぐあっ!」

 

 少年の心臓が激しく脈動する。全身が焼けるように熱くなる。

 

「かっ……はあっ!………」

 

 力が抜け床に腹這いになる。同じように床上に転がり苦悶の声を上げる姉へ向かって手を伸ばす。

 

 目に映った自分の右手は大きく膨れ上がり、その形を変えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「姉貴っ!!」

 

 少年は声を上げて目を見開いた。

 

「夢か。…………ん?」

 

 目に映ったのは見知らぬ天井。

 

 何事かと訝しみ、周囲の様子を探るため上半身を起こそうとすると、腹部に激痛が走った。

 

「っ!」

 

 歯を食いしばり痛みを堪え、顔をしかめながらどうにかして状態を起こして周囲を見渡す。

 

 そこは見慣れない部屋の中。自分はどうやらベッドの上に寝かされていたようだと理解する。

 

 身体に目を向けると所々に布が当てられていて、薬草らしきものが間に挟まれ固定されていた。

 

 特に脇腹の部分は念入りに固定されており、腰回りを何周もするように帯状に布が巻かれていた。

 

「これは……?」

 

 少年が呟いた時、部屋のドアが軋んだ音を立ててゆっくりと開きだす。

 

 その音を聞いた少年は腕を上げて身構える。それと同時に再び脇腹に激痛が走った。

 

「ぐっ……!」

 

「あっ!いけません!まだ起きては!」

 

 鈴の鳴るような声を僅かに荒げて少女が駆け寄ってきた。

 

「あ、あんたは?」

 

 自分の体をゆっくりと押しながら横たえていく少女に少年は尋ねる。

 

 少年を完全に横たえたところで少女は一歩下がって胸元に手を当てて

 

(わたくし)はコレット。この山小屋で暮らす見習い薬師でございます。どうぞお見知り置きを」

 

 かしこまった口調で自己紹介をし、恭しく頭を下げた。

 

 そして頭を上げると共に、長く絹糸のように艶やかな銀髪がふわりと揺れた。

 

 見たところその少女の年頃は少年とそうそう変わらないように見受けられた。

 

「宜しければ貴方様のお名前も聞かせて下さいませんか?」

 

 少年はコレットと名乗る少女の上品な仕草に少々呆気に取られていたが、ふと我に帰ると

 

「ゼヴィアだ」

 

 寝そべった状態のまま簡潔にそう告げた。

 

「ゼヴィアさま。素敵なお名前。ところで、そのお怪我をされたのは何故でしょう?特にお腹の傷は相当に深いようですけれども」

 

「これは……物盗りに襲われてな。大体のヤツはぶっ飛ばした。けど仕留め損ねたヤツにやられてな。……命からがら逃げてきた」

 

「まあ!なんてことでしょう」

 

 コレットは口元に手を当てて大仰に驚きを表した。

 

「そんなに驚く事か?野盗なんて珍しくもないだろうに」

 

「いえ、この周辺でそういった話は暫く耳にする事は無かったもので」

 

「へえ、この辺りは意外と治安が良いんだな。最寄りの街からはだいぶ離れているみたいだけど。……ああ、ところで聞きたいことがあるんだ」

 

「何でございましょう?」

 

「この辺りにオールディンという凄腕の薬師がいると聞いてきたんだ。あんた何か知ってるか?」

 

「え?」

 

 質問を聞いたコレットの体が一瞬強張りを見せた。

 

 その様子をゼヴィアは訝しむ。

 

「どうかしたか?」

 

「あ、いえ。……存じております。オールディンは私の叔父でございますので……」

 

「本当か!?」

 

 それを聞いたゼヴィアは興奮気味に目を見開いて歓喜の表情を浮かべた。

 

「会わせてくれ!頼みたい事があるんだ!」

 

 ガバッと上半身をベッドから起こすゼヴィア。傷の痛みは何処かへ飛んでいってしまったかのように、その身のこなしは軽かった。

 

「いえ、それは……無理でございます」

 

「は?……何だよそれ!どういう事だよ!」

 

 上体をグイとコレットの方へ向け、ゼヴィアは今にも飛びかからんばかりの剣幕で声を荒げる。

 

 対するコレットは口の端を歪め、鎮痛な表情を浮かべ、絞り出すように声を出した。

 

「叔父は……半年程前に亡くなりました」

 

「……え?…………ウソ、だろ?」

 

 その問いにコレットは力なく首を横に振るって答えた。

 

 ゼヴィアはズルズルと滑り落ちるようにベッドへと体を横たえていった。

 

 彼の脇腹の痛みはジワジワと増していくのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 すっかり日は暮れて、窓の外には暗闇が広がり出していた。

 

 衝撃の事実を知らされた瞬間からゼヴィアはすっかり気力を失い、眠りへとついてしまった。

 

 しかしながら再度目を覚ました時には、思いのほか身体は軽くなっていた気がした。

 

 見たくもない夢を見なかったおかげもあってか、寝覚めも良く、気持ちも幾分が軽く感じられた。

 

 痛みを覚悟しつつ、恐る恐る上体を起こしてみる。しかしながら脇腹をはじめとした全身の傷の痛みは朝と比べると、格段に改善していた。

 

 その時、ドアをノックする音と共に声が聞こえてきた。

 

「ゼヴィアさま、宜しいでしょうか?」

 

「ああ」

 

「失礼いたします」

 

 ドアを開けて入ってきたコレットの手にはお盆の上に乗ったコップ、湯気を立ち上らせている皿があった。

 

「お食事をお持ちしたのですが、お召し上がりになられますか?」

 

 その言葉を聞いてゼヴィアは昨晩から何も口にしていない事に気がついた。一度意識してしまうと腹には空腹感が一気に溢れ出してきた。

 

「飯か。ありがとう。貰うよ」

 

「はい、それでは」

 

 とコレットは手近にあった台と椅子をベッドの側に寄せてお盆を置く。

 

 そして水の入ったコップを差し出してきた。

 

 ゼヴィアがそれを手で受け取ろうとすると

 

「いけません」

 

 コレットにそれを制された。

 

「え?どうして?」

 

(わたくし)にお任せを」

 

 コレットはゼヴィアの傍に立つと、コップを彼の口元へと当てがった。

 

「いや、そこまでしなくても」

 

「いけません。怪我人には可能な限り安静にして頂かなくては。どうぞ、遠慮せずに御飲みくださいませ」

 

「お、おう」

 

 言われるがままにゼヴィアはコップの淵に口をつけ、水を飲み始めた。

 

 喉の奥へと流れていく水の感触は心地よく、乾いた大地に雨水が染み込んでいくかのようであった。

 

「んっ……んっ……ぷはぁ!美味いな!」

 

「ふふふっ。それは何よりです」

 

 一息に水を飲み干したゼヴィアの顔には爽快感溢れる表情が浮かんでいた。

 

「それでは次はこちらを」

 

 そうしてコレットが手にした皿には乳白色の液体と、よく煮込まれた粒状の種子の様な物が満たされていた。

 

「これは、麦粥か?」

 

「はい。食べられますでしょうか?」

 

「勿論だ、いただくよ」

 

「承知しました。では……」

 

 と麦粥をひとさじ掬ったコレットは

 

「ふー、ふー」

 

 息を吹きかけて熱を覚まして

 

「では、口を開けて下さい。あーん」

 

 それをゼヴィアの目の前へと差し出してきた。

 

「い、いやいやいや!流石にそれは!自分の手で食べるから良いって!」

 

「いけません。先ほども申し上げたとおり怪我人には大人しくして頂かなければ、傷の治りに差し支えます」

 

「だけどさ……」

 

「……ああっ!もしや、私の差し出し方に何か粗相が?それも息を吹きかけたのがお気に召しませんでしたでしょうか?それとも私の口臭が気になりますか?申し訳ございません!先程薬に使用する薬草の鮮度の確認の為に幾つか食味していたもので……」

 

 わたわたと慌てふためいていたコレットは、やがて表情を曇らせて肩を落とす。

 

「違う違う!そういう事じゃなくて!別にそういうのは感じてないし、においなんて全然気にならないし!―――っ!わかった!遠慮なくいただく!食わせてくれ!あーーー!」

 

 慌てふためくゼヴィアは口を大きく開けて、コレットの匙を受け入れる体勢をとった。

 

「はい!それでは失礼ながら。はい、あーん」

 

 声を弾ませてコレットが差し出した匙から麦粥を口にする。弾けるような食感、程良い塩気とミルクの風味。しっかりとした旨味が感じられる絶品の一品だった。

 

「いかがでしょうか?」

 

「うん、美味い」

 

「良かった。お口に合って」

 

 そうしてコレットは顔を綻ばせた。

 

 その麗しく可憐な表情を目にしたゼヴィアの心臓が一瞬大きく跳ねた。

 

「ふー、ふー。はい、どうぞ」

 

「お、おう」

 

 そうして食べた二口目の麦粥は、最初に口にしたそれよりも甘い香りが感じられた様な気がした。

 

 

 

 

「それにしても、この脇腹に当てがわれた薬は凄えな。朝の痛みが嘘みたいに引いてるよ」

 

「それは鎮痛剤、傷を塞ぐ薬としては最上級のものなんです。だけど奥の部分はまだ塞がり切っていないので無理な動きはしないで下さいね」

 

「わかった。と、この薬はコレットが作った物なのか?」

 

「いえ、それは叔父が昔作っていた秘蔵の薬で。私にはそこまでの物を作る腕も素材もまだ」

 

「……そうだったのか。ってマズい、そんな薬使わせちまって、払えるだけの金持ってないぞ……」

 

「いえ!お金だなんてそんな!私が好きでやったことですから!」

 

 コレットが顔の前で手を横に振った。

 

「けどなあ……何かされっぱなしってのも気分が……」

 

 ゼヴィアは後頭部を手でかきながら苦い表情を浮かべていた。

 

「あの、でしたらゼヴィアさんがここまで来られた理由をお聞かせ頂けないでしょうか?差し支えなければ、ですけど……」

 

「ん?うん、そうだな。別に構わないさ」

 

 そして一呼吸置いてゼヴィアは口を開く。

 

「龍の秘薬って知ってるよな?」

 

「いえ、存じませんが」

 

「えっ?結構有名な物だって聞いてたんだけど、話が違うな。と、まあいいや。その龍の秘薬ってのがどんな病気もたちまち治してしまう凄え薬らしいんだ。その手掛かりをオールディンって人が持ってるって聞いてな。それではるばるやってきたんだ、イバハ村って所からな」

 

「イバハ村?」

 

「知らねえか。無理もない、チウラーオ地方のずっと端にある小さな村だよ」

 

「チウラーオ地方!?そんな遠くからいらしたのですか!?」

 

「まあな」

 

「そんな所からわざわざその、龍の秘薬、を求めていらっしゃったという事は、何か大病を患って?」

 

「ああ。それは……俺が、というより姉貴がだな」

 

「お姉さまですか。それはどのようなご病気で」

 

「……人が獣になって死ぬ病気」

 

「えっ?獣に……なる?」

 

 言った言葉の意味を理解しかねるのか、コレットは目を数度瞬かせてキョトンとした表情を浮かべている。

 

「あーいや……獣みたいに狂い暴れまわってしまう病気、とでも思っててくれ。聞いただけじゃピンと来ないかもしれないけどな」

 

「そんな病気があるなんて、初耳です。ところで、叔父さまが龍の秘薬と関係があるというのはどうやって知られたのですか?」

 

「村に立ち寄っていた旅の人がな、姉貴の治療をしてくれたんだ。応急処置程度しかできなかったみたいなんだけどな、その人がオールディンさんの事を教えてくれた。それと……」

 

 と言ってゼヴィアはズボンのポケットを弄り出し、中にある物を取り出してコレットの眼前にかざして見せた。

 

「これは、ペンダントでしょうか?」

 

 それは紐の先に薄緑色の鈍く輝く石が括り付けられた無骨な作りのペンダントだった

 

「その旅の人が渡してくれたんだ。これがもう一つの手掛かりになる、ってな」

 

「龍の秘薬、ペンダント、叔父さま、旅のお方……私には全く話が見えて参りません」

 

 コレットは悲嘆を滲ませたような表情を浮かべる。

 

「だよな……でも悩んでても仕方ない。また別の手掛かりが無いか探してみるよ」

 

 ゼヴィアは努めて明るく言い放った。自分以上に落ち込んだ様子の少女を心配させないように。

 

「その、でしたら傷の具合が良くなりましたら、叔父さまの部屋をご覧になってみてください。書物やメモ書きなどがまだ残っておりますので」

 

「本当か?ありがとう。恩にきるぜ」

 

「ふふっ……と、随分と話し込んでしまいました。私は食器を片付けて参りますので、ゆっくりとお休みになって下さいませ」

 

「わかった」

 

 コレットは空になった食器を乗せたお盆を手にドアの方へと向かっていき

 

「おやすみなさいませ、ゼヴィアさま」

 

 一礼をして部屋を後にした。

 

「おやすみ」

 

 その背に一声かけてゼヴィアは身体をベッドへと横たえた。

 

 そしてペンダントを掲げて先の石をジッと見つめる。

 

「……これは一体何なんだ?龍の秘薬とどんな関係が……」

 

 幾度も抱いた疑問をポツリと呟いた。

 

「…………アイツらはどうしてコレを狙っていた?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 パカンパカンと乾いた音が小屋の周囲に響き渡る。

 

 何事かと思いゼヴィアは小刻みに足を動かして歩きながら外へと出る。

 

 

 すると鉈を手慣れた手つきで振るっているコレットの姿があった。

 

「おはよう」

 

 声をかけられたコレットが振り返って微笑混じりに挨拶を交わす。

 

「おはよう御座いますゼヴィアさま。出歩かれて大丈夫なのですか?」

 

「丸三日寝ていればな。薬と美味い飯のおかげで大分回復したよ」

 

「それは何よりで御座います」

 

「それ、薪割りしてたのか?」

 

 コレットの足元に散らばる木々を指差すゼヴィア。

 

「はい。そろそろ前に用意した分が尽きそうなので」

 

「なら俺がやるよ」

 

「そんな!無理をさせるわけには」

 

「逆に寝過ぎて体がなまっておかしくなりそうなんだ。少し体を慣らしておくためにも軽い仕事をしておきたいんだ」

 

「そうですか。わかりました、そういう事でしたら」

 

 コレットはゼヴィアへと鉈を手渡した。

 

「ですが無理はしないで下さい。辛くなったらすぐ休んでいただいて構いませんので」

 

「ああ」

 

 そうしてコレットは小屋へと戻り、ゼヴィアは積んである小さな丸太を手に取って薪割り台に乗せて

 

「ふっ!」

 

 一息にそれを両断した。

 

 

 

 

 

 

 作業を続けること数時間、彼の周りには薪の山が幾つも出来ていた。

 

「ふぅ。こんなもんか」

 

 腕で額に浮かんだ汗をひと拭いして息を吐く。

 

 最初は鉈を振るう腕に少々の重さを感じていたが、次第に体が調子を取り戻し違和感無くゼヴィアは動けるようになっていった。

 

「やっぱり薬のおかげか。普通じゃあの怪我てここまで動けるようになるまでもっとかかるしな」

 

 と彼が呟きを漏らした時、耳に足音が聞こえてきた。それはコレットのそれとは違っており

 

「…………」

 

 ゼヴィアは音のした方向へと体を向けて身構えた。

 

 程なくして目に入ってきたのは毛むくじゃらの三角の耳を持った人影だった。

 

「ん?」

 

「あれ?」

 

 その耳の持ち主はゼヴィアの姿を目にして小首を傾げた。

 

「誰だ!」

 

 ゼヴィアが先手を取って大声を上げる。

 

「ウニャ!?そ、そっちこそどなたですかっ!?コレットさんのうちで何を…….」

 

 来訪者は若干のへっぴり腰で腕を顔の前で構え、爪を立てたのだった。

 

「聞いてんのはこっちだ!答えろ!」

 

 ゼヴィアは鉈を大きく振り上げて、遠目に見える三色の毛色をした猫型の獣人を威嚇する。

 

「モガモンさん!」

 

 と、後ろから声が聞こえた。

 

 小屋から駆け出してくるコレット。

 

「何だ、知り合いか?」

 

 コレットの様子を見てゼヴィアは振り上げていた手をスッと下ろす。

 

「はい。あの方は街の診療所で働いているお医者さんの見習いのモガモンさんです」

 

「ふーん。なるほどね」

 

「ニャー、ビックリしました。いきなり知らない人が威嚇するものですから」

 

 近づいてきたモガモンが頬の辺りを肉球でポンポンと叩くような仕草をする。

 

「あー何だ、悪かったな」

 

「いえいえ。ともあれどうぞよろしく。えーっと」

 

「ゼヴィアだ」

 

「モガモンですニャ。ゼヴィアさん」

 

 そうして二人は握手、とは言っても手の形が違うので互いの手のひら合わせ合う型式で、を交わすのだった。

 

「ところでゼヴィアさんはどうしてここに?」

 

「それはですね、私が山道の外れでゼヴィアさまが倒れていらしたのを見つけて手当て致しましたの」

 

 ゼヴィアの代わりにコレットが説明をする。

 

「ニャンと、それはそれは。ふむふむ、見たところお怪我をされているようで」

 

 モガモンはゼヴィアの身体を上下くまなく見回す。首を動かすたびに口元から生えた長い猫髭がふわふわと揺れる。

 

「ですが十分に治療が施されているご様子で。僕の出る幕は無さそうですニャ」

 

 モガモンが目を細める。

 

「ところでモガモンさん、お薬はこの前に伝えて頂いた物で大丈夫でしょうか?」

 

「はい、大丈夫です。追加の注文はありません」

 

「わかりました。今取って参りますのでお待ち下さいませ」

 

 そうしてコレットは踵を返してスカートの裾をヒラヒラと揺らしながら駆けていった。

 

「ふにゃ。いつもよりお元気そうでよかったですね」

 

「いつもより?」

 

「はい。オールディンさんが亡くなられて以来常にどこか表情が曇りがちでしたので。もしかしたらアナタのおかげですかニャ」

 

「俺の?いや、俺はただ助けてもらって何もしていない」

 

「お話くらいはされたでしょう?同種同年代の方とお話しするのは数年ぶりでしょうし」

 

「数年って。歩いて行ける距離に街だってあるんだし、誰かしらと話す機会くらいあっただろ。コレットは口下手、人嫌いってわけでも無さそうだし」

 

「んニャ?もしかしてご存知ない?コレットさんはこちらに移り住んで以来一度も山から降りてないんですよ」

 

「は?そんな馬鹿な」

 

 突然知らされた意外な事実に驚くゼヴィア。

 

「それに移り住んでって、前は街に住んでいたって事か?」

 

「はい。彼女は街のとある貴族の家系です。とは言っても、とうに没落して既に家なども人手に渡っていて……と、これ以上は僕が勝手にベラベラと言うべきじゃニャいですね。続きは彼女から直接聞くといいでしょう」

 

「いや、直接って……」

 

 流石に訳ありで重そうな素性を聞くのはゼヴィアには憚られるような気がした。

 

「お待たせ致しました!」

 

 声を弾ませて紙袋を手に抱えたコレットが駆けてきた。

 

 それをモガモンは会釈して受け取って、背負ったリュックへと丁寧に仕舞い込んだ。

 

 そして入れ替わりに様々な食材の入った袋を取り出し並べてゆく。どうやらこれが薬の代金代わりらしい。

 

「はい、確かに受けとりました」

 

「それとこの紙を」

 

 と、モガモンは紙片を一枚コレットへと手渡した。

 

「次回はそちらのお薬をお願いしますニャ。それじゃあ僕はこれで」

 

「もう帰ってしまわれるのですか?宜しければ冷たいお茶でも」

 

「お言葉に甘えたいところニャのですけど、先生からとっとと帰ってこいって言われちゃってるので。すみませんけど」

 

「そうですか。では道中お気をつけて」

 

「ですニャ。麓には獣に喉を喰いちぎられたような死体も転がってましたし、用心して行きますニャ。ではゼヴィアさんもお大事に」

 

「……え……ああ、どうも」

 

 そうして丸々とした肉球のある手の平を振りつつ去っていった。

 

 コレットはモガモンの背が見えなくなるまで手を振り続けていた。

 

 その姿をゼヴィアは横目で追う。

 

 脳裏には先程聞いた彼女の素性がチラリと浮かぶ。

 

 元貴族、叔父と山に移住、今は一人山に籠もって暮らしている。麓に降りることもなく数年もの間。

 

 彼の心には何故?という疑問がジワジワと広がっていった。

 

「ふふっ……あっ。……えっとどうかしましたか?」

 

「え?」

 

 コレットがゼヴィアの視線に気が付いて、小首を傾げて問いかけてきた。

 

「あ、ええっと……割り終わった薪、どこに置いとけばいい?」

 

 それに対して思っていたのとは別の話題で返す。

 

「でしたらあちらの物置小屋へお願いできますか?」

 

「あ、ああ。わかった」

 

「よろしくお願いします。私はご飯の支度をして参りますので」

 

 踵を返すコレット。

 

 対してゼヴィアは黙々と自らが割った薪を拾い集めていくのであった。

 

 

 

 

 

 

 

「いただきます」

 

「いただきます」

 

 小さな食卓に向かい合って二人は夕食を口にする。

 

 並ぶのはモガモンが街から運んできた食材を使った料理の数々だった。街でも有数のパン職人の焼き上げたパンに始まり、新鮮な野菜をふんだんに使ったスープに燻製肉のソテー、チーズをたっぷりと混ぜ込んだオムレツ。

 

 久々に体を動かしたおかげですっかり腹ぺこのゼヴィアは勢いよく目の前の食事を平らげていく。

 

「そんなに慌てて食べなくても大丈夫ですよ」

 

「んっ……はあっ。いや、すごく美味そうで、ていうか本当に旨いんだけど。早く味わいたくってさ」

 

「ふふっ。そう言っていただけると腕を振るった甲斐があります。ただし、病み上がりにいきなり沢山食べるのは良くありません。ゆっくりとよく噛んで胃を労って下さいませ」

 

「わかった。そうするよ」

 

 コレットに言われゼヴィアは丸噛りしようとしていたパンを一口大に千切って口の中へと放り込む。

 

 そうして形が完全に崩れるまで噛み潰していった。

 

「……ありがとうございますゼヴィアさん」

 

「え?」

 

 突然の一言にゼヴィアはパンを千切る手を止める。

 

「何がだ?」

 

「こうやって(わたくし)と食卓を囲んで下さって、感謝しています。叔父様が亡くなられて以来ずっと一人で食事をしていたものですから。誰かの為にお料理をするのも一緒に食べるのも本当に久しぶりで……凄く、楽しいです」

 

 笑顔でそう口にするコレットの目の端に浮かんだものが微かに光った様に見えた。

 

「あ、いや。礼を言うのは俺の方だ。怪我の手当てをしてもらって、こんな旨い飯を食わせてもらって。本当にありがとう」

 

 ゼヴィアが深々と頭を下げると

 

「そんなっ!私の方こそ!」

 

 コレットも同じように深々と頭を下げる。

 

 そうして二人共が沈黙すること数秒……

 

「…………ふふふっ」

 

「……ははっ」

 

「あははっ!」

 

「ったく。何やってんだかな俺ら」

 

 食卓の上には二人の笑い声が響いていた。

 

「まあ何だ。とりあえずはお互い様ってことで、これ以上の礼の言い合いは無しだ」

 

「ふふっ。はい、わかりました。……それにしてもこんなに愉快な気分になるなんて、街にいた時でも数え切れる程しか無かった気がします」

 

「え?」

 

「あっ、そういえば言っていませんでしたね。私は以前は街に住んでいたのです」

 

「……そうなのか」

 

 ゼヴィアの脳裏には昼間にモガモンから聞かされた言葉がよぎる。

 

 

【はい。彼女は街のとある貴族の家系です。とは言っても、とうに没落して既に家なども人手に渡っていて】

 

 

「実はこれでも少し良いお家に住んでいたんですよ」

 

「そうか……」

 

「えーと……驚きませんか?」

 

「え?あっ、いや、その……コレットは喋りや仕草が上品だからさ、もしかしたらそうなのかなー?なんて思ってたんだ」

 

「そうだったのですね。ゼヴィアさまは勘までよろしいのですね」

 

「いや、そんな事ないって。……それで何で街を出てここで暮らす事になったんだ?」

 

 このまま話題を逸らすのも、黙るのも不自然かと考えたゼヴィアはコレットへ質問を投げかけた。

 

「それは―――」

 

 と、コレットが過去について語り出した。

 

 

 

 街でも有数の貴族の家に生まれ育ったコレットであったが、彼女には生まれながらの持病があった。

 

 心臓や肺が常人に比べて弱く、普通に歩くのでさえ誰かの支えが必要な程であり、成人するまで生きられる見込みは無いと言われていた。

 

 それでも両親らに支えられ懸命に生きてきた彼女を不幸が襲う。

 

 遠方へと出かけた父の乗った馬車が山道から滑落。父親はそのまま帰らぬ一人となった。

 

 更には夫亡き後、家を切り盛りする母親も心労で床に伏せ、流行病にかかりその命を落としたのであった。

 

 家は人手に渡り、コレットも孤児となってしまう寸前にまで陥った。

 

 しかしながらそんな時、彼女の父の弟に当たる叔父、オールディンが長き旅から帰ってきた。

 

 彼は薬師になる為に家を出奔した身であった。

 

 そうして叔父に引き取られた彼女。彼の治療を受けて更には療養の為にこの山へと移住。それらの甲斐あってか彼女の身体はすっかり持ち直したのであった。

 

 また、体質にも変化があり、食べると体に異常を来たしていた食べ物も食べられるようになった。更にはかつて青かった髪が今では眩いほどの銀髪に変わったなどという、外見上の大きな変化もあったのだった。

 

 

 

「叔父様が仰られるには、一時的に良くなっているだけで街などの空気に長時間触れているとまた悪くなってしまう、という事らしく。この生活は暫くの間ずっと続きそうなのです」

 

「そうか……大変だな」

 

「そう暗い顔をなさらないで下さいませ。私は今の生活に満足しているのです。叔父様に習った薬師としての技術が多くの方々の命を救っている。生まれてからずっと人に支えられ続けて、何も出来ずに死んでいくだけだった私がです。失った物は確かに多かった、けれども代わりに得た物を大切

に生きていこうと思うのです。……あ、随分と長く話しすぎてしまいました。退屈でいらしたでしょう?」

 

 彼女の問いに対し、ゼヴィアはゆっくりと首を横に振る。

 

「そんな事ない。俺はコレットの話を聞けて良かったと思う。凄く立派だよ」

 

「あ、はは。そう言っていただけると嬉しいですが、少し照れくさいですね。…………えっと、それじゃあ食後のデザートと致しましょう!美味しそうな果物もいただきましたのでお出ししますね」

 

 そうしてコレットは慌ただしく席を立っていった。

 

 ゼヴィアはその背を慈しむような目で見つめていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「あーっ、疲れたニャ……」

 

「おう、お疲れモガモン。今日もこんな遅くまで仕事かい?」

 

「その通り……」

 

 馴染みの酒場にて店主と軽く言葉を交わしたモガモンは、どっかりと席に着き、上体をテーブルの上に突っ伏した。

 

 酒場の店主が目配せをすると近くにいた女給が飲み物を用意し始める。

 

 店の中は客でごった返しており、大半の客が既に出来上がっているようだった。

 

「先生も猫使いが本当に荒くて困るニャ。コレットさんの所にお使いに行って、帰ってきたら診療の手伝い、倉庫の整理、診断書の書き写し……猫の手も借りたいとは正にこの事……」

 

「ていうか猫は君でしょう?食べる物はどうする?」

 

 彼の愛飲する酒、軽いツマミをテーブルに置いた若い女給が注文をとる。

 

「オススメの魚盛り合わせ」

 

「あいよ。魚盛りね」

 

 女給が去っていったところでモガモンは木製の酒杯を手に取って中身を一気にあおる。

 

「んぐっ…………ぷはっ!たまらんっ!」

 

 そうしてツマミの炒った木の実を手に取り一口。続けて酒をもう一口。

 

 あっという間に気分の良くなるモガモン。

 

 木の実を更に手にしようとしたその時。

 

「おう猫のダンナ!一口貰うぜ!」

 

 杯を片手に持った赤ら顔の男が彼の正面にどっかりと腰を下ろし、皿の上の木の実を一掴みにし口の中へと放り込んだ。

 

「あーっ!何をするニャ!」

 

 思わず立ち上がり、男に爪の先を突きつけて抗議するモガモン。

 

「おーっ悪い悪い。美味そうだったんでついな」

 

「ついって!ていうかアンタ誰なんだ!」

 

「まあまあ、細かいことは気にすんな」

 

「はいよ、魚盛りお待ち」

 

 やってきた女給が生魚の切り身が盛り付けられた皿を置く。

 

「姉ちゃん!俺にも魚盛り一つ!軽く炙ったのをな!それと俺の奢りでこのダンナに酒をもう一杯だ!」

 

「ニャ!?」

 

「はいよ、毎度あり」

 

 再度厨房へ向けて去っていく女給。

 

 そしてモガモンは男を訝しむように視線を向ける。

 

「何故だって顔してんな。なーに、単純な話さ。この街に来る前に賭けでバカ勝ちしてな、神様の思し召しをお裾分けってやつさ!おい店長!店の客全員に俺からの奢りだ!一杯くれてやんな!」

 

 男が大声で叫ぶと店の中には歓声が沸き上がり、そこかしこで手が上がり皆が酒を注文する。

 

 女給が慌ただしく席の合間を駆け巡って注文を取っていく。

 

「てなわけだ。今夜は楽しく飲もうぜ、三毛猫のダンナ!」

 

「ニャ、ニャア……」

 

 と、半信半疑の様子のモガモンだったが……

 

 

 

「ニャハハハハ!そうそう!この魚は刺身で食べんのが一番!」

 

「だよな!誰も彼もがスープの出汁にしやがるが本当の旨さはそれじゃあわかんねえんだ!」

 

「アンタ最高ニャ!ここまで話のわかる人と会ったのは初めてニャ!」

 

 数刻経った頃にはすっかり男と意気投合していたのだった。

 

「ところでよ、今日はアンタ近くの山にまで行ってきたらしいじゃねえか」

 

「そうニャ、くたびれたニャー」

 

「あそこにはおっかない龍がいるって噂を聞いたんだがな?実際のところどうなんだい?」

 

「ニャハハ、そんなのただの噂。僕は何度もあそこに行ってるけど龍を見たことなんてニャイニャイ」

 

「なるほどねー」

 

「ああ、でも今日はコレットさん以外にもう一人いたなー」

 

「もう一人?」

 

「ん、何か緑色っぽい神の色をしたコレットさんと同じくらいの歳の少年だったニャア」

 

「ほうほう、もしかして背丈はこんくらいか?」

 

 と男が水平にした手を軽く上げて見せる。

 

「あー……多分そうかな?でもそれが何で」

 

 モガモンがそう言いかけたところで軽い金属音が足元から聞こえてきた。

 

「悪い、ダンナ。フォーク落としちまった。拾ってくんねえか?」

 

「お安い御用さー。よっと」

 

 そうしてモガモンが屈んだ瞬間、男は目にも留まらぬ早業でモガモンの酒杯へ粒状の物を放り込んだ。

 

「っと……ほい」

 

「おう、ありがとよ」

 

 と、モガモンからフォークを受け取った男は

 

「じゃあ気を取り直して飲み直すぞ!乾杯!」

 

「乾杯!」

 

 モガモンを煽り立てて杯を打ちつけ合うのであった。

 

 




前半はここまで。
後編をお楽しみに。


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