【フィアナ………】
キリコは目の前の完全なる戦闘型ホムンクルスを静かに見つめる。
「フィアナ……?」
「完全なる戦闘型ホムンクルスとやらのことを言っているのか?」
「「………………………」」
ユウナとクルトが不可解といった表情を浮かべる横で、ミュゼは胸に言い知れない痛みが走り、アルティナは戸惑いが浮かぶ。
「これはどういうことかな?工房長」
オズボーンは黒のアルベリヒを問い詰める。
「完全なる戦闘型ホムンクルス?そんな報告は受けた覚えはないのだが?」
「黙っていたことは言い訳致しません。ですが、これも万が一に備えてです」
「《F》……だったか。役に立てば文句は言わんが……分かっているな?」
「無論です。じっくりとご覧下さい」
黒のアルベリヒはリモコンでいくつかの操作を行う。
水槽から水が排水され、中から《F》が出てきた。
【………ッ……!?……】
キリコは《F》の顔を見た。
その顔には一切の感情などなく、人形と言っても差し支えなかった。
「そして……」
黒のアルベリヒがフィンガースナップを鳴らすと、魔煌機兵メルギアが顕れた。
「………………」
《F》はメルギアに乗り込む。
「さあ我が最高傑作《F》よ。我らに仇なす愚か者共を葬り、力を示せ!」
【了解しました】
《F》は抑揚のない声で答えた。
【……やるしか……ないのか………】
キリコは操縦捍を握りしめ、メルギアを見据える。
「あ、あたしたちも……!」
【止めておけ】
キリコはユウナたちを止める。
「キリコさん……?」
【あれは想像している以上に強い。お前たち程度では勝てん】
「待ってくれキリコ、なら僕たち全員で……」
【引っ込んでいろ。かえって足手まといになるだけだ】
「て、てめぇ……」
「………キリコさんの言うとおりにしましょう」
「ミュゼさん?」
「……私たちでは足手まといにしかなりません。ここは、下がりましょう……」
ミュゼの言葉に二代目Ⅶ組は引き下がった。
「我々も一旦下がるとしよう」
オズボーンらも下がる。
【…………………】
キリコは《F》の乗るメルギア、そして黒のアルベリヒを見据える。
【黒のアルベリヒとて最初からフィアナを造り出そうとはしていまい。これも奴の影響なのか】
【ならば……俺は……!】
ギュイーーン!ズガガガガガッ!
フルメタルドッグとメルギアは激しく火花を散らす。
【この反応速度は………】
キリコはメルギアの動きを追いながら、何かを感じ取った。
【……………………】
《F》は淡々と正確に引き金を引く。
互いに撃ってはかわし、かわしては撃つ。
常人をはるかに上回る反応速度を持つ者同士だからこそできる芸当だった。
「凄い………」
ユウナはフルメタルドッグとメルギアの戦いから目を離せなかった。
「……あれが本気のキリコなのか……!」
「あの動き……やっぱりあの時の………」
「だとすれば、ミシュラム湿地帯で襲撃してきたのはキリコさんということになりますが……」
「クソが、今まで手ぇ抜いてたってことかよ!」
「……キリコから以前聞いたんだが、フルメタルドッグにはリミッターがかけられていたそうだ」
「え!?」
「リミッター……ですか?」
リィンの言葉に二代目Ⅶ組全員が振り向く。
「ああ。シュミット博士との取り決めだったらしいんだが、キリコと君たち分校生徒ではレベルが違い過ぎる。それこそ一日で全員の心をへし折ることも容易いくらいに」
「確かに、ミシュラム湿地帯の時はほとんど諦めていました……」
「それでは肝心のデータが取れないということで機体にリミッターをかけることになった。キリコもカリキュラムを潰すことはしたくないとそれに同意したそうだ」
「だとしても、キリコさんって一回も負けたことがないような……」
「確かに……そうだな……」
「さらに操縦時にかかるGも半端じゃないらしくてな。耐圧服とか言う物を着ないと、良くて発狂、悪ければ内臓圧迫で死ぬこともあるらしい」
「そ、そんな危ないものを乗りこなしていたんですか!?」
「マジでイカれてやがる………」
「だからこそのリミッターというわけですね?」
「そうだ。ただ、これは後から聞いたことなんだが……」
「教官?」
「驚くべきことに、彼はリミッターがかけられている状態で神機と渡り合ったそうだ」
「はぁっ!?」
リィンの言葉にデュバリィが仰天した。
「まあ、あの三機は全て万全の状態ではなかったのだが……」
「本当に腕一つだったのね……」
アイネスとエンネアも嘆息した。
「まさかと思うけど、分校長やあの暗黒竜の時も……?」
「いや、さすがにリミッターを外したらしい。リミッターを完全に外した暗黒竜戦の翌日はその反動が酷かったそうだ」
「あ、あはは……」
「もはや何がなんだか……」
初代Ⅶ組からも嘆息が漏れる。
【確かに速い。だが……】
キリコは確信めいたものを感じた。
【動きが機械的過ぎる。セオリー通りのパターンしかない。俺の知るフィアナなら……!】
キリコは操縦捍を操作し、フルメタルドッグの攻撃体勢を解く。
【…………………】
メルギアは迷うことなく切り込む。
【やはり止まらないか】
フルメタルドッグはスピンで攻撃をいなし、メルギアの頭部にカウンターでアームパンチを叩き込む。
【!?】
メルギアはたたらを踏み、下がる。
【ここだ……!】
フルメタルドッグはさらにへヴィマシンガンで追撃する。
【アサルトコンバット、起動】
今のキリコに迷いはなかった。
フルメタルドッグはへヴィマシンガンで銃撃しつつメルギアに接近し、ショルダータックルのぶちかましとアームパンチの連打の浴びせ、一旦距離を取った後時計周りに銃撃。とどめに両手足と頭部に銃弾を撃ち込んだ。
連続攻撃を受けたメルギアは戦闘に支障をきたすほどのダメージを受けた。
【………キ……リ…………コ………………】
【!?】
キリコは追撃には移らず、メルギアから距離を取った。
【確かに聞こえた。メルギアとすれ違う瞬間、俺の名前を呼ぶ声が】
【あれは本当に、フィアナなのか……?】
「バカな………」
黒のアルベリヒは愕然とした。
「いかに目覚めたばかりとは言え……たかが人間一人に遅れをとるなどと……!」
「当然だろう」
「えっ?」
オズボーンの言葉に黒のアルベリヒはハッとなる。
「いかに性能が優れていようと、ああも動きが機械的ではな。あれならキュービィーでなくても対処できよう」
オズボーンは黒のアルベリヒを冷ややかに見つめる。
「グッ……!」
「だが……」
オズボーンは続ける。
「駒としては悪くはない。一旦下がらせ、更なる研鑽を積ませよ」
「……ハッ!」
黒のアルベリヒはメルギアに下がるよう指示を出す。
メルギアは命令通り、黒のアルベリヒらの元へと下がる。
「さて、余興はこれまでだな」
【…………………】
フルメタルドッグはへヴィマシンガンを構え、オズボーンらを見据える。
「機体から発するその憎悪にも似た感情。君は余程アルベリヒを始末したいようだな」
【…………………】
「キリコ君……?」
「あの《F》とやらと何か関係があるようだが……」
「………?」
二代目Ⅶ組にも戸惑いが広がる。
「まあ、我々は逃げも隠れもしない。潰したくば、いつでも来るが良い。だがまずは不死の異能者のご尊顔を賜りたいな」
【…………………】
オズボーンの言葉にキリコは奥歯を噛んだが、機体から降りた。
そしてヘルメットを脱いだ。
「…………………」
「あ……!」
「キリコ……」
「生きて……いたんですね……」
「…………………」
(キリコ……さん……!)
ヘルメットの下から露になったキリコの顔から二代目Ⅶ組全員は目を離せなかった。
「こうして直に会うのは星杯以来か」
「……そうだな」
「えっ!?」
「キリコも来ていたの?」
「だが、何のために……」
「それは呪いを引き起こすためだ。そうだろう?」
『!?』
オズボーンの言葉に二代目旧Ⅶ組は呆然となった。
「彼は巨イナル一の根源とも言える存在と深い因縁を持っていることは知っているかね?」
「それは……」
「ユーゲント陛下から聞かされましたが……」
「僕たちはユウナたちからだけど……」
「なら話は早い。彼はその存在をあぶり出すために危険を省みず、星杯に潜入した」
「自ら、呪いを引き起こすために……?」
「わ、わけがわからないぞ……」
「そもそも、貴方やキリコさんの言う呪いの根源とも言える存在がいったい何なのかが分かりません」
「ふむ……」
オズボーンは腕を組む。
「かつて、女神から二つの至宝を授かり、争った末、後に魔女の眷属と地精に分け隔てられた者たちがいた」
「ローゼリア殿もおっしゃっていたが……」
「そしてその二つの一族を影から操り、巨イナル一誕生の発端とも言える大規模な闘争を引き起こした者がいた。その者は賢者を名乗っていたという。そしてその賢者は巨イナル一完成と同時に命を落としたと黒の史書の原本は残している」
「賢者……?」
「そ、そんな話、聞いたこともありません!」
「フッ、君のお母上は断片的ながらも真相にたどり着いたらしいが」
「え……!?」
エマは魔導杖を落としそうになった。
「エマの、お母さん……?」
(確か、不幸な事故が原因で命を落としたそうだが……)
リィンは以前セリーヌから教わったことを思い出した。
「まあ、真相は緋のローゼリアに聞くといいだろう」
「魔女の里の長のことまで……」
「貴方はいったい……」
「本題に戻るが、その賢者は闘争を利用し、巨イナル一を完成させた。そして争っていた二つの一族が手を取り合い、七の騎神を生み出すまでにした。キュービィー、何が言いたいか分かるかな?」
オズボーンはキリコに問いかける。
「……闘争を以て、二つの一族に調和と進化をもたらした。違うか?」
「そう。君の知るやり方でだ」
「キリコの知る……?」
「おいおい、そいつが1200年前以上前の人間だって言うのかよ?」
「……それは違う。それどころかこの地の人間ですらない、そうだな?」
「……ああ」
「この地の……?」
(この地の人間ですらない………。異界から来たりし不死の異能者………異界?)
リィンはオズボーンの言葉を整理する。
(まさか……キリコは……!)
リィンはとんでもない仮説にたどり着いた。
「キリコ……もしかして君は……」
「………………………」
リィンがキリコに問いかけようとした。
その瞬間──
「フッ……」
オズボーンの背後に黒く禍々しいものが顕れた。
「なっ!?」
「黒の騎神………イシュメルガ……!」
「あ、あれが黒の騎神……!?」
(なんだ?この気配は……)
周りが圧倒される中、キリコはイシュメルガから強烈な何かを感じた。
「フフフ、灰と蒼と銀、そして異能者の気配に呼び寄せられたか」
「……ッ………!」
「チィッ!」
「………………」
リィンとクロウは拳を握りしめ、リアンヌはイシュメルガに怒りに似た視線をぶつける。
「灰と蒼の起動者よ。此度は真の闘争に非ず。せいぜい、勝ち上がって来るといい。場所を移す、アルベリヒは《F》を回収後、例の場所に」
「ハッ!」
オズボーンはイシュメルガに乗り、どこかへと移動した。
「マスター!」
「お、お待ちを!」
「……………………」
リアンヌも鉄機隊の声を振り切り、銀の騎神アルグレオンと共に飛び去って行った。
「ま、待て!いったい何の……!」
「今は下がれ!今のお前らじゃ勝ち目はねぇっ!」
クロウはリィンの肩を掴み、撤退するよう押し留める。
「クロウ……」
「あの野郎に対抗するにはあることをしなきゃならねぇ。今は堪えろ」
「…………………」
「……………………」
キリコは元来た通路へと戻ろうとした。
ガシッ!
「!」
キリコの右手をミュゼがしっかりと掴んだ。
「……離せ」
「イヤです!」
ミュゼはさらに力をこめる。
「全部……話してもらいます!キリコさんのことも、何があったのかも、どうして一人でいるのかも全部みんな!!」
「……話すことは何もない」
キリコはさっさと行こうとした。
「い、いい加減にしなさいよ!!」
ユウナが怒りの形相で詰め寄る。
「キリコ君が何考えてるのかはわからない。だけどこれだけはわかるわ………キリコ君は逃げてるだけよ!!」
「……俺の何を知っている──」
「わからないさ。だが、僕もユウナと同じ気持ちさ。今のキリコはあまりにも無責任だ!」
「あの場にいた者として、説明を求めます。それだけでなく、先ほどオズボーン宰相が言っていたことについても」
ユウナに続き、クルトとアルティナもキリコに詰め寄る。
「お前たちの出る幕ではない──」
「ザケんじゃねぇよ……!」
アッシュはキリコの胸ぐらを掴む。
「てめぇは散々俺をコケにしやがった。そのけじめもつけねぇでドコ行くんだよ!」
「……コケにしたつもりはない」
「その澄ましたツラが気に食わねぇんだよ!!」
アッシュはキリコにさらに詰め寄る。
キリコは一切抵抗することなく、無言でアッシュの目を見る。
「……………………」
「クソッ……タレが……っ!」
アッシュは拳が真っ赤になるほど握りしめる。
「……キリコ」
リィンがゆっくりとキリコに近づく。
「……正直、俺は正気を取り戻したばかりでまだ混乱している。だが、いくつかわかったことがある」
「……………………」
「例えば、あの機甲兵………君が関与しているんだろう?」
「……やはり、そうだったのね」
「アリサさん……?」
「……あの機甲兵は万人に向けられて造られているわけじゃない。それこそ個人のために造られた、言わばオーダーメイドの機甲兵と言っても差し支えないわ」
「オーダーメイドの機甲兵……」
「これは俺の推測なんだが……ユウナたちへの償いなんじゃないのか……?」
「えっ……」
「償い……?」
「君はミシュラムの湿地帯でユウナたちを完膚なきまでに叩きのめしたという。それは本心じゃなかったはずだ。おそらく宰相の言うとおり、これ以上関わらないようにするためのメッセージなんじゃないか?」
「ではなぜ……」
「君は知ったんだろう?魔煌機兵の強さを」
「…………ええ」
キリコは遂に口を開く。
「……魔煌機兵の性能は機甲兵のそれを上回る。それに対抗するには性能はもちろんだが、搭乗者に合わせた専用機はどうしても必須だった」
「そうだったのか……」
「考えてみれば、キリコさんはユウナさんたちの戦闘データを閲覧することは容易のはずです」
「キリコ君……」
ユウナたちはキリコの言葉をゆっくりと受け入れた。
「ならなおさら、私たちと一緒に来るべきです」
ミュゼはキリコの目を見る。
「キリコさんは償いのつもりで機甲兵製作に関わったのでしょう。ですが、まだ終わっていません」
「…………………」
「まだ貴方にはやらなければいけないことがまだまだあるんです!それを自分勝手な理由で行動しないでください……!」
ミュゼは涙目でキリコに詰め寄る。
「私たちは………Ⅶ組じゃないですか……」
「Ⅶ組………」
キリコは周りを見渡す。
『コクン』
二代目旧Ⅶ組はキリコの目を見ながら、大きく頷く。
「…………わかった」
キリコは顔を上げる。
「……償いというなら、確かにまだ終わってはいないな」
「キリコ……!」
「俺も行こう……!」
「うん!」
「これで……!」
「ようやく揃いましたね」
「ケッ!遅ぇんだよ」
「キリコさん……!」
それは、Ⅶ組の最後のピースがはまった瞬間だった。
「それで、どこに行くつもりだ?」
「ったく、切り換えが早すぎるでしょ」
「………お前は?」
「そういえば知らなかったか、タイミング的に」
「ここにいるのはセリーヌだ。今は魔法で擬人化しているそうだが」
「…………………………」
フィーとラウラの言葉を受け、キリコは思わずセリーヌを見つめる。
「な、何よ!言っとくけど好き好んでこんな格好してるんじゃないんだからね!」
「まあまあ……」
「キリコさん、これから私たち魔女の隠れ里であるエリンの里へと転移します。こちらに来てください」
「……………………」
キリコはエマとセリーヌが顕現させた魔法陣の上に乗る。
「……ところで連中は?」
「クロウたちなら……あれ?いない……」
「先に行ってしまったようだ」
エリオットとガイウスが周りを見渡すがクロウと鉄機隊は既にいなかった。
「まったく、自由人なんだから」
「あいつなら大丈夫でしょう。デュバリィさんたちも一緒ならまた会う機会もあるでしょう」
「そうね、クロウだもんね」
リィンの言葉にサラも納得した。
「それで良いのか……?」
「フン、あの男のことなど気にしても仕方あるまい」
頬をかくマキアスにユーシスが鼻を鳴らす。
「……言いたい放題だな」
「クロウさんって結構イジられ役なのかな?」
「まあ、先輩の貫禄はなかったわね」
「さあ、そろそろ移動するわよ」
「では、行きます!」
エマとセリーヌの魔法によりⅦ組と物言わぬヴァリマールは黒の工房を脱出した。
その道中、ミュゼはキリコの左手にそっと手をそえる。
(本当に………お帰りなさい、キリコさん……!)
次回から、第三章に入りますが、間に断章を加えます。
それは、知らなければ良かったものだ……。