隠れ里エリン
七耀暦1206年 8月18日
黒の工房から帰還したⅦ組はエリンの里で体を休めていた。
そんな中、初めて里に足を踏み入れたキリコは里長であるローゼリアと対面していた。
「よく眠れたかの?キリコ・キュービィー」
「……………………」
「無口なのは相変わらずじゃのう、まあよいわい」
「……………………」
「監視役はカイエンの娘か。大仰なものでもないから少しくらいリラックスしても良いのではないか?ん?」
「ふふっ、そうですよ。キリコさん」
キリコの後ろでミュゼが微笑む。
Ⅶ組の一員として帰還したとはいえ、無条件というわけにはいかなかった。
そこで二代目Ⅶ組メンバーが交代で監視に付くことになった。
「まあシュバルツァーのように複数がついているわけでもないしの。それよりおぬし……」
ローゼリアの顔が険しくなる。
「大分泣かれたようじゃの」
「……………………」
キリコは里に着いた後、Ⅶ組とローゼリア、そしてローゼリアのアトリエで世話になっていたレンとキーアに皇帝襲撃から今日に至るまでのことを一部を除いて話した。
そして、例え全てから怨まれようと進み続ける覚悟を語った。
誰も彼もが茫然自失する中、ミュゼはキリコに食ってかかった。
なぜ頼ってくれなかったのか、と。
涙ながらに訴えるミュゼにキリコは沈黙するしかなかった。
そこから様々なことを問いただされた。
なお、ヴィータがキリコの頬を張ったという話を聞いたエマとミュゼは呆れと羞恥から思わず頭を抱えた。
また、キリコから「すまなかった」と謝罪を受けたレンとキーアは「お兄さんにも都合があった」「気にしてないよ」と笑っていた。
その後、ローゼリアから続きは翌日ということにして、一同は解散した。
「それにしてもヴィータの奴め、やけにカイエンの娘の肩を持つのう」
「クロチルダさんとは内戦の終結直後からのお付き合いですから」
「なるほどの。まあ元気でやっているなら良い。それはそうとキュービィー……」
「?」
ローゼリアはニヤニヤしながら腕を組む。
「お主も隅に置けんのう~♪複数のおなごから想われとるんじゃからのう~♪」
(ムムム……)
ミュゼは思わず顔をしかめた。
「黙っとってもおなごから寄ってくるとか、これが"ぷれいぼうい"、"リア充"というものなのかのう?」
「キ、キリコさんはそのような軟派な方ではありません!」
「ん~?なんでここでお主が出てくるんじゃ?」
「そ、それはその……な、仲間が不当な評価を受けていることへの抗議ですっ!」
「抗議のう~。その割には顔が赤いが~?」
「ううう~……!」
真っ赤になり睨むミュゼと終始笑顔のローゼリア。
「……………………」
キリコは二人のやり取りを完全に無視していた。
「お・ば・あ・ち・ゃ・ん・?」
部屋に入って来たのは怖い笑みを浮かべたエマだった。
「エ、エマ……?」
「あんた、さっきから何してるのよ……」
一緒に入って来たセリーヌも呆れていた。
「こ、これはあれじゃっ!若人たちと親密になろうと……」
「途中から目的変わってない?」
「とにかく、少しお話があります」
エマはローゼリアの襟首を掴む。
「ま、待てエマ!妾は……」
「いいですね?」
「ヒィッ!?」
エマの迫力にローゼリアは怯える。
「すみません、キリコさんにミュゼさん。ちゃんと言い聞かせておきますから」
「あ、ああ……」
「どうぞ……」
ローゼリアはエマに引きずられていった。
「言っとくけど、あんなのはごく一部だからね」
セリーヌもついて行った。
「…………行くぞ」
「はい………」
キリコとミュゼはローゼリアのアトリエを出た。
アトリエを出たキリコたちはガンドルフの店に入る。
「おっ、来たな」
店主のガンドルフはキリコを見て ニヤリと歯を見せる。
「キリコさん、こちらはガンドルフさんと言ってエリンの里で唯一の導力工房のマイスターなんですよ」
「まあな。お前さんがキリコか。よろしくな」
「ああ」
「さっそくでなんだけどよ、お前さんの得物を見せてくれねぇか?」
「…………………」
キリコは無言でアーマーマグナムを取り出す。
「なるほど……。こいつがアーマーマグナムか」
ガンドルフはアーマーマグナムを手に取り、しげしげと眺める。
「悪いんだが、少しの間俺に預けてくれねぇか?」
「何?」
「この銃はまだまだ改良の余地がありそうだからな。勿論ミラは要らねえ。どうだ、俺に任せてもらえねぇだろうか」
「……わかった。任せる」
「すまねぇ」
ガンドルフはアーマーマグナムを解体し始める。
「キリコさん、よろしかったんですか?」
「……正直、限界だったからな。直してもらえるなら願ったり叶ったりだ」
「なるほど……」
キリコとミュゼは工房を出た。
「こんにちは、アウラさん、ユークレスさん」
「ええ、こんにちは」
「やあ、いらっしゃい」
ミュゼはアウラと挨拶を交わす。
「???」
「キリコさん、こちらは里の薬師のアウラさん。男性の方は旦那さんのユークレスさんです」
「貴方がキリコ君ね。話は聞いてるわ」
アウラはキリコに薬のような物を手渡す。
「これは?」
「魔女の里の秘薬よ。受け取ってちょうだい」
「良いのか?」
「勿論だとも。君たちⅦ組には期待しているからね」
「………………………」
ユークレスらの言葉を受け、キリコは秘薬を懐にしまった。
次にやって来たのは万屋レムリックだった。
「ほっほっほ。来よったな」
「よー、青いの。久しぶりだな」
「こんにちは、オーロイさんにジンゴさん」
「なぜこいつがいる?」
「それはまあ、後ほど。こちらはオーロイさん。この里で万屋を営んでおられる方です」
「ローゼリア様から色々と便宜を図るよう言われとる。好きなだけ見ていくといい」
「そうか」
「青いのー、ジンゴが仕入れた火器弾薬買ってけー」
「後でリストを寄越せ」
キリコはジンゴを尻目に店内に並べられた品物を眺めた。
「これは?」
キリコは黒い一冊の書物を手に取る。
「お目が高いのう。それは知られざる伝承について書かれた書物じゃよ」
「知られざる伝承、ですか?」
「うむ。教会や一般には伝わっていない、もしくは何らかの理由で正しく伝えられなかった伝承のことじゃよ。教義に反するだの古代遺物絡みだのとな」
「え、でもそれって……」
「うむ、教会からは禁書指定を出されるかもしれんな」
「笑っている場合ではないかと……」
笑い飛ばすオーロイにミュゼは呆れる。
「……いくらだ?」
「キリコさん?」
「ふむ……。お前さん、何か目的があるようじゃな?」
「ああ……」
「よかろう。それはタダで譲ってやろう。じゃがくれぐれも悪しき目的に使わぬようにな」
「わかっている」
キリコは書物を持って店を出る。
「………………」
ミュゼはキリコの背中を見つめる。
「……お嬢ちゃん」
「……はい」
「支えてやりなされ」
「はいっ……!」
ミュゼはキリコを追いかける。
「なんだあれ?」
「お前さんにはまだ早いわい」
「ふーん?」
ジンゴは不思議そうな顔をした。
書物を部屋に置いた後、キリコとミュゼは宿酒場月影亭へと足をのばした。
「いらっしゃいませ。お二人ですか?」
店主のトムソンが二人を出迎える。
「はい。絶賛監視中です♪」
「それはよかったですね。カウンターなら空いていますよ」
「キリコさん、あちらに座りましょう」
ミュゼはキリコの腕を引っ張る。
「……………………」
キリコは無表情のままカウンター席に座る。
「注文は何にするんだい?」
「……コーヒー、それとサンドイッチをくれ」
「私はアイスティーをください。後特製シフォンケーキもお願いします」
「あいよ」
注文を取った女将のライザは調理に取りかかる。
「あら、君たちも来てたの?」
キリコたちが振り返ると、サラがジョッキを片手に飲んでいた。
「あのう、サラさん。まだ昼間ですが」
「ほっといていいよ。無駄だから」
「こうなったサラ教官は梃子でも動かんのだ」
同じテーブルにいたフィー、ラウラが呆れる。
「……………………」
キリコに至っては見ようともしなかった。
「やれやれ、昼間から飲んだくれとは良い身分だな」
ユーシスが呆れながら入って来た。
「こんにちは、ユーシスさん」
「二人も来ていたか。それにしても本当にミルディーヌ公女が監視役を買って出たのですね」
「ユーシスさん、敬語は不要ですわ。ミュゼとお呼びください」
ミュゼとユーシスが話している横でキリコはが焙煎したコーヒー豆を挽いているを眺めていた。
「それと、キリコ」
「?」
「父上とその取り巻きの愚行を止めてくれたこと、感謝する」
「成り行きでのことだ。礼を言われることじゃない」
「それでも言わせてほしい。あんな男でも、たった一人の父だ」
「ユーシスさん……」
「……………………」
「お待たせしました。キリコさんはコーヒーとサンドイッチ、ミュゼさんはアイスティーとシフォンケーキですね」
トムソンは二人の目の前に料理と飲み物を並べる。
「ありがとうございます」
「……………………」
キリコはサンドイッチをかじる。
「………悪くない」
「ここはお料理も美味しいんです。このシフォンケーキはアルティナさんも好きなんですよ」
ミュゼはシフォンケーキも優雅に食べる。
「そうか……」
キリコはそう言って、コーヒーを啜った。
「キリコさん……」
「?」
「こんな風に、二人でいるのって……夏至祭以来じゃないですか?」
「そうだな」
「ふふふ♪」
ミュゼは微笑んだ。
「「……………………」」
ラウラとフィーは二人の様子を見ていた。
(なんかいい感じだね)
(そっとしておかなければな)
(サラは私が抑えとくよ)
(任せたぞ、フィー)
「何~?なんかあったの~?」
「何でもない」
すっかり出来上がっているサラにフィーは素っ気なく答える。
「ほう?お前さんがローゼリア様のおっしゃってた……」
月影亭で腹を満たした二人はの占い師の家に来ていた。
「ここは?」
「占い師のダリエさんのお宅です。ダリエさんはローゼリアさんも認める占い師なんですよ」
「悪いが占いだとかそんなものは好かん」
「だろうね。あんたはいつ如何なるときも己だけを信じて進んで来た。違うかい?」
「…………………」
キリコはダリエを睨む。
「あわわわ………」
その様子をダリエの弟子のシギュンが不安そうに見つめる。
「まあ、あんたのことには踏み込まんさ。でもそこのお嬢ちゃんやお仲間には真実くらい話してやるんだね」
「…………………」
キリコは押し黙る。
「キリコさん……」
「……お喋りが過ぎたようだね」
ダリエはキリコに背を向ける。
「……………………」
キリコは無言で出ていった。
ミュゼも慌てて追いかける。
(…………あの男)
ダリエはキリコらが出ていった扉を見つめる。
(あたしが考えている以上に大きなものを抱えているね。果たして世界に何をもたらすか……)
ダリエの家を出た二人は近くのベンチに腰を下ろしていた。
「キリコさん、その……」
「別に気にしていない。あの婆さんの言うことも間違ってはいない」
「…………………」
ミュゼは目を伏せる。
「キリコさんは………」
「?」
「キリコさんは、何を抱えているんですか?」
「……………………」
キリコは腕を組み、目を瞑る。
「ある意味、呪いだな」
「え!?」
「生きている限り、戦いから逃れられない。そして死ぬこともできない」
「……………………」
「お前も宰相から聞いたはずだ」
「不死の……異能者………」
「ああ……」
「……………………」
「……………………」
二人は無言になった。
「……そろそろ戻る」
「キリコさん……」
「今度はなんだ?」
「いえ……なんでも……」
「?」
「それより行きましょう」
「あ、ああ……」
ミュゼはキリコの手を引っ張る。
(やっぱり……聞けなかった……。キリコさんがあのホムンクルスをなぜフィアナと呼んだのか……。どうして……こんなにも怖いの……?)
ミュゼは言い知れぬ不安を呑み込み、ローゼリアのアトリエへと向かった。
その夜
(まさか温泉まであるとはな)
キリコは湯に浸かりながら空を眺める。
(飛び猫に似た魔獣が番をしているのは驚いたが、ここではどうも普通のことらしい。敵意に似たような感じだったが、おそらくは……)
「おっ、先に来てたか」
「邪魔すんぞ」
クルトとアッシュはキリコの隣に座る。
「ふーっ」
「気持ちいいな」
「お前たちは教官についていたのか?」
「ああ。といっても、近くのサングラール迷宮にね」
「サングラール迷宮?」
「ローゼリアさんが用意してくれた修行場所だよ。この里で目覚めてから何度か攻略しているんだ」
「シュバルツァーの野郎、修行だとか言って付き合わせやがって……」
「なんだかんだ言って、アッシュが一番はりきってなかった?」
「同感ですね」
湯衣を纏ったユウナとアルティナが入って来た。
「……男女関係無いのか」
「そう言えばキリコさんは知らなかったんですね。この温泉は混浴になっているんです」
「まあ、最初はあたしも戸惑ったけどね。それにしてもミュゼってば、遅いわね」
ユウナは脱衣場の方向を見る。
「…………………………………」
脱衣場から、ミュゼがおずおずと歩いて来た。
その顔は赤く、動きは挙動不審だった。
「ミュゼさん?」
「大丈夫?顔が赤いけど……」
「だだだ、大丈夫です……」
(あん?)
「もしかして、具合でも悪いのかい?」
「い、いえいえ!ど、どうかお気になさらず……(ううう……!距離は離れているとはいえ、キリコさんとお風呂に入る日が来るなんて……!!)」
ミュゼはかろうじて平常心を保ちつつ、入浴する。
それから二代目Ⅶ組は今日あったことをそれぞれ話しあった。
その間ミュゼは平常心を保つことに必死で、会話に参加できずにいた。
温泉から出た二代目Ⅶ組はローゼリアに集められていた。
だがローゼリアは機嫌が良くなかった。
「おばあちゃん?」
「どうかされたんですか?」
「……キュービィー」
「なんだ」
「お主に客じゃ」
「客?」
ローゼリアは杖でテーブルの方を差す。
「……………………」
そこには軍服の男が本を読んでいた。
それを見たキリコはため息をつく。
「あ、あの人は……?」
「貴方は、情報局長のルスケ大佐!?」
「情報局長だぁ?」
アルティナとアッシュは驚きを隠せなかった。
「帝国軍情報局のトップ。以前業務でお会いしたことはあったが……」
マキアスは眼鏡のブリッジを上げる。
「鉄血オヤジの傘下でないにもかかわらず、大佐にまで上りつめた実力者。ただ……」
「権謀術数に凄まじく長けていて、かなりグレーなやり方だって聞いてる」
サラとフィーはギルドの情報を口にした。
「そして、アルティナやレクター少佐の上司というわけか」
リィンはルスケ大佐と呼ばれた男を見る。
「フフフ……」
ルスケ大佐と呼ばれた男は本を閉じ、新旧Ⅶ組の方を向く。
「夜分遅くに済まないな、トールズⅦ組の諸君。そして──」
「また会ったな、キリコ」
「なぜここにいる」
キリコは苛立ちを隠そうともしなかった。
「そ、そうじゃ!お主、どうやって結界の中に入って来れたのじゃ!」
ルスケ大佐と呼ばれた男は懐からペンデュラムを取り出す。
「それって……!」
「魔昌石の……!?」
「あたしたちのと同じ……?」
「深淵の魔女殿からフリーパスチケットを頂いたのでね。さっそく有効活用させてもらったというわけさ」
「姉さん………」
「あのアマ……!」
エマとセリーヌは呆れ果てる。
「それで一体何の用だ。ルスケ、いやロッチナ」
「ロッチナ?」
「どういうことだ?」
「ジャン・ポール・ロッチナ。それが本名というわけだよ」
「え!?」
「ぎ、偽名ってこと!?」
「と言うか、良いんですか!?そんなこと話して……!」
「かなり問題があるんじゃ……」
突然の暴露にⅦ組は驚きを隠せない。
「厳密に言えば、ルスケというのはこちら側での本名さ。ロッチナの名を知るのはキリコを含め、数人しかいない」
「こ、こちら側……?」
「わ、訳が分からないぞ……」
「………………………」
周りが困惑する中、リィンは黙考していた。
そして顔を上げた。
「やはり、そういうことか……」
「リィン?」
「どういうこと?」
リィンはキリコを見つめる。
「キリコ、君は──」
「この世界の人間じゃない。そういうことなんだろう……?」
『!?!?!?』
Ⅶ組は衝撃のあまり、声も出せなかった。
「……ああ」
「え!?」
「まさか!?」
「本当に……?」
「アストラギウス。俺は所謂異世界から転生してきた」
周りが唖然とする中、キリコはゆっくりと秘められた真実を口にする。
次回、秘密が明かされる