「では続きといこう。むせるほどに炎と硝煙と死臭にまみれたアストラギウス銀河の地獄を生き抜いた男の物語を」
ロッチナの言葉と同時に場面は変わった。
Ⅶ組の目の前に厚い大気に覆われた惑星が現れた。
「あれは?」
「惑星オドン。とある部隊の訓練場としてギルガメスは所有している」
「とある部隊?」
「論より証拠。まずあの艦を見てみよう」
場面は戦艦内部に変わる。
そこには兵士と思わしき屈強な男たちが乗っていた。その中に呼吸が荒く、顔色の悪いキリコもいた。
兵士の一人から絡まれるも、その隣にいた別の兵士に庇われていた。
「カースン……」
キリコは自身を庇ってくれた兵士の名を呟く。
「知り合いか?」
「僅かな間だがな」
「フッ……」
「ルスケ大佐?」
「なんでもない。さあ、着陸するぞ」
ロッチナの言うとおり、戦艦は惑星オドンの荒野に建てられた基地に着陸した。
「これから、君たちの想像を絶する光景が次々と現れる。もしかすると、正気を失うかもしれない。怖いもの見たさなら、退室することを勧める」
ロッチナは真剣な眼差しでⅦ組に問いかける。
「……いいえ。お願いします」
ミュゼは前に出る。
「私たちが戦わなくてはならない相手が、キリコさんの過去と密接だということは薄々感じていました。ならば、知らなくてはなりません。たとえ、どんなものであろうとも……!」
「僕も同じです」
クルトも前に出る。
「正直ショックは隠せません。ですが、僕は知らなければいけない。これからⅦ組全員で戦うかもしれない相手を」
「返さなきゃなんねぇ借りがあるしな」
「帝国もクロスベルも異世界も関係ない。それがあたしたちですから!」
「そのとおりです」
アッシュ、ユウナ、アルティナも続く。
「それは勿論自分たちもです」
リィンたち初代Ⅶ組も真剣な顔で出る。
「……つくづく果報者だな」
「ああ……」
ロッチナはキリコに微笑む。
「では続けよう。キリコ」
「………………」
キリコは台座に触れる。
[キリコ side]
「こ、これは……!?」
Ⅶ組は目の前の光景に茫然自失となっていた。
それはAT同士の戦闘、いや一方的な殺戮だった。
「おいキュービィー!なんだよあれは……!」
「共食いだ」
「共食い?」
「味方同士を殺し合わせて、生き残った者を合格とする、レッドショルダーの入隊試験のことだ」
「なんだと……!?」
「ま、待ってください!レッドショルダーというのはキリコさんを……」
「さっきも言ったが、当時の俺は過去のことを何一つ忘れてしまっていた。それに……」
俺は思わず奥歯を噛む。
「好きで入ったわけじゃない……!」
「キリコ君……」
「レッドショルダーは総司令のペールゼン大佐自らが抜擢した者で構成されている。もっとも、その後の命がけの訓練で脱落する者も多かったそうだが」
「レッドショルダーとはあくまでも一部隊のはずです。なぜ軍の上層部は動かなかったんですか?」
「レッドショルダー──第24メルキア方面軍戦略機甲歩兵団特殊任務班X-1は疑惑の極みにあった。たとえばとある戦いで味方が何万人と戦死する中、レッドショルダーだけが生き残ったという事例も存在する」
故にレッドショルダーは味方を殺してでも生き残る、吸血部隊とも呼ばれていた……。
「だが、それでも動けなかった」
「なぜです?」
「当時、レッドショルダーは各戦線ですさまじい戦果を挙げてきた。それこそ、疑惑すら有耶無耶にしてしまうほどにな」
「無茶苦茶じゃないか……!」
「無論、手をこまねいていたわけじゃない。レッドショルダーは予算を湯水のように使い、人員を過剰に損失させ、軍部内でもその詳細は一切知らされない。ペールゼンを反目する連中は手を変え品を変え、その秘密を探ろうとした。ほとんどが失敗に終わったが」
(たとえスパイがいても即座に始末し、敵の襲撃であるとして表には出さない。徹底した情報統制と更正という名のリンチで内部を纏め上げ、外部はペールゼンの政治手腕で他に逸らす。こうして見ると、ある意味完璧な部隊だったようだな)
その後、俺を含めた四人が生き残った。だがその内の二人は兵士としては完全に再起不能だったため、結局合格したのは俺とカースンの二人だった。
カースンとしては目論見通りだったようだ。
「それはそうと、聞きたいことがある」
俺はフィー・クラウゼルに問いかける。
「何?」
「猟兵団でも似たようなことはあるのか?」
「実弾や真剣で訓練することはあるよ。生き残れなかったら戦場でも生き残れない。だからレッドショルダーは強いんだと思う」
「それもそうだな」
「……前々から思ってたけど」
「キリコとフィーさんて仲良いような……」
「片や西風の妖精として知られた元猟兵フィー・クラウゼル、片や元兵士にして傭兵としての過去を持つキリコ。似たような価値観を持つのは当然だな」
「なるほどな……」
「ホント、教え子じゃなくてよかったわ~。フィーとラウラだけでもめんどくさかったのに……」
「……ほとんどノータッチだったような気がするんですけど」
エリオット・クレイグが顔をしかめた。
「ま、これからもリィンのことヨロシク」
「わかった」
「そんなこともあってか、当然生き残った者はスパイとして疑われる」
話を戻したロッチナの言葉を皮切りに、さらに場面が変わる。
それは俺が三人の兵士に尋問されている場面だった。
「あの人たちは……」
「グレゴルー・ガロッシュ先任上級曹長、バイマン・ハガード伍長、ムーザ・メリメ伍長。俺がレッドショルダーにいた頃の戦友だ」
「戦友……?」
「そんな感じには見えないんだが……」
「ロッチナが言ったとおり、俺もスパイとして疑われた。もっとも、腹いせとしての意味合いが大きかったんだろうが」
「腹いせで尋問するのかよ」
「しかもその直前にキリコさんを痛めつけてましたし」
その後、俺はカースンに助けられた。
だがスパイの疑惑は晴れていなかった。
その後、工場区画に呼び出された俺はグレゴルーたちに銃を向けられた。
その際、放たれた弾丸は僅かに逸れた。さらにムーザの持っていたマシンガンは突然故障した。
これにはⅦ組も息を飲んだんだろう。誰一人として言葉を発していなかった。
その直後、指令のインゲ・リーマン少佐の声が響く。
リーマン少佐に嵌められ、俺とカースンと曹長たちはレッドショルダーの連中と戦う羽目になった。
激しい抵抗の末、俺たちは基地を壊滅させた。
だがその直後、基地にいた何倍のレッドショルダー隊員が待ち構えていた。
弾薬も底をついた俺たちは降伏を余儀なくされた。
その後、俺はペールゼンに呼び出され、尋問を受ける。
そこで俺は異能生存体を有していること、なぜレッドショルダーに選ばれたのかを告げられた。
話が進むにつれ、ペールゼンは俺の過去に触れようとした。神経性の発作が始まり、新旧Ⅶ組でさえ引いてしまうほど暴力的になった。
そして俺は、ペールゼンの持っていた拳銃で撃たれた。
だが俺は死ななかった。
サザーラントでシャーリーに撃たれた時と同様、弾丸が心臓を逸れていた。
二日間の休養の後、俺はサンサ攻略に組み込まれた。
改めて見て分かった。ペールゼンは滅多なことでは死なない俺に恐怖を覚えていた。そして自らの願望に叶う俺が誰にも従わない気質を持っていたことに絶望した。
だからこそ、俺を戦場の最前線に送り込み、そこで殺そうとしたんだろう。
「サンサで戦っているうちに、俺は過去を思い出した。俺はメルキアではなくサンサで生まれ、レッドショルダーに過去をズタズタにされたと」
「神経性の発作は起きなかったのかよ?」
「戦闘中だったからな。ATに乗っている以上、気にしてもいられない。作戦が終わる頃には完全に克服していた」
「そうかよ」
「ねえ」
「?」
アリサ・ラインフォルトが声をかけてきた。
「さっきから気になってたけど……なんなの、あのATって機動兵器は……!」
「アリサ……」
「あの装甲はあまりにも脆すぎるわ!それに僅かな被弾であの爆発はあり得ないわよ!」
「今まで見てきただろうが、ATの装甲は薄い。おそらく、太刀や槍でも破壊できるくらいにな」
「なんだって!?」
「ATは機甲兵以上の汎用性と過剰とも言える生産性を誇る。小一時間の訓練さえ積めば誰でも扱えるし、町工場レベルの設備で整備や改造も出来る」
「で、でも……!そんなレベルじゃ……」
「そうだ。まともな機動兵器なら脱出装置なりあるだろうが、ATには無駄なものでしかないから搭載されていない。生産性と引き換えに、装甲やサバイバビリティは徹底的に削ぎ落とされている」
「さらに、ATはマッスルシリンダーとポリマーリンゲル液と呼ばれる人間で言う筋肉と血液のようなもので動くわけだが、ポリマーリンゲル液は揮発性と引火性が非常に高い。仮に銃弾がかすっただけで引火して、中の乗り手は火だるまというわけだ」
「ふざけないで!そんなことが罷り通って良いと思ってるの!」
「言ったはずだ。ATは最高にして最低の兵器だと」
「…………………」
「ちなみに、俺を含めて多くの兵士が乗っているスコープドッグは開発されてから一度もモデルチェンジされていないらしい」
「…………………」
アリサ・ラインフォルトは悔しそうに唇を噛む。
彼女の立場を考えれば当然か。
「………失った記憶を取り戻している間もなく、俺は味方から襲撃を受けた」
「え……」
「異能生存体を発見したペールゼンとは対照的に、リーマンは終始懐疑的だった」
「………………」
「サンサ攻略戦のさなか、俺の中の異能を確かめると言って、襲撃された」
実際、俺は命を落としかけた。
肩や手足を撃たれ、出血多量に陥った。眼はかすみ、呼吸するだけで意識が途切れかけた。
正直、俺は曹長たちに手当てを受けるまでどうやって生き延びたのか未だに思い出せない。
場面がいきなり撤退時になったことから台座も読み取れなかったようだ。
俺は死ねなかった。
そして、これは始まりに過ぎない。
[キリコ side out]
「その後、俺は負傷を理由にサンサから後方へと移された」
「サンサはどうなったんですか?」
「……サンサはレッドショルダーの総攻撃を受けて陥落した」
「大きな爪痕を残してな」
「爪痕……」
「やはり、ただではすまなかったみたいね。それより、レッドショルダーはどうなったの?」
「サンサを落としたことで、ペールゼンはメルキア軍部で確かな地位を獲得した」
「当然、そうなるか」
「だが奴の天下とはならなかった」
「どういうこと?」
「サンサで戦死したカースン、あいつこそがスパイだった」
「あのカースンさんが……」
「事切れる寸前、俺に真相を明かしてくれた。すでにメルキア本営はレッドショルダーの秘密を全て掴んでいると」
「ってことは……」
「ああ。ペールゼンは失脚し、軍事裁判にかけられることになった。そしてレッドショルダーは解散させられた」
「それならキリコは……」
「そこで終わりではない。レッドショルダー隊員に待っていたのは厳しい処分だった。俺を含めたレッドショルダー隊員は全員激戦地の最前線に送られることになった。ようするに裁判をせずにそのまま死刑宣告だ」
「そんな……」
「そんなに顔をしなくていい。たとえレッドショルダーに入らなくても、それ以前にもそれと同じようなこともしてきた。それすらも過去だと割りきれるくらいにな」
「キリコ……」
「そういう意味では俺は壊れているのかもな──」
「やめてください!」
ミュゼは叫ぶ。
「どうして自分を卑下なさるんですか!」
「そうだよ!キリコ君の悪い癖だよ!」
「………………」
ミュゼとユウナの剣幕にキリコは黙る。
「気持ちはわからなくもない。だが君はアストラギウスのキリコじゃない。ゼムリアのキリコ、そうなんじゃないのか?」
「いや、こじつけだろ」
「ですね」
アッシュとアルティナはリィンに辛い評価を下す。
「……そうだな」
キリコは頷いた。
「…………………」
「教官、形無しですね」
クルトは落ち込むリィンに言葉をかける。
「どうやらもう少し続くようだ。このまま続けても構わんかな?」
「待ってください。今どれくらいの時刻なんでしょう?」
「そういえばそうだな」
「マキアス、確か時計持ってたよね?」
「わかった。ええっと………?」
マキアスは腕時計を見る。
その直後、不思議そうな顔をする。
「どうかしたのか?」
「変なんだ」
「何が?」
「時計の針がほとんど動いていない」
「は?」
「時計が?」
「修理くらいちゃんとしておけ」
「言っておくが、これは先月修理に出して戻ってきたやつだ」
ユーシスとマキアスが睨み合う。
「確か外に時計が掛かっていたはずです。ちょっと見て来ますね」
近くにいたエマは部屋を出る。そして戻って来た。
「どうだった?」
「えっと……それがですね………」
「?」
「入った時間からほとんど経っていないんです」
「ええっ!?」
「2時間くらいいたと思ったが……」
「おそらく、この空間のせいじゃろうな」
「時間の流れが違うってことですか」
「そんなことがあるのか……」
「うむ。しかし、祖先はなんのためにこんなものを用意したんじゃろうか……」
「考えられんのはコイツのためだよな」
「賢者なる存在は焔の眷属と大地の眷属双方と関わりがあり、かつキリコさんとも関係があるというならば辻褄は合います」
「それはわかっておる。なぜ見せる必要があるかじゃ。お主に心当たりはあるか?」
「……皆目検討もつかない」
キリコは首を横に振る。
「まあ、そこはゆっくりと考えていけばいいだろうさ。では始めるとしよう」
ロッチナはⅦ組に背を向ける。
[キリコ side]
Ⅶ組の目に映ったのは巨大な河だった。
「キリコ、これは……」
「レッドショルダー解散後、俺は惑星マナウラでタイバス渡河作戦に参加していた」
「渡河作戦……」
「河の向こうにある敵基地の奪取、そんなとこかしら?」
「そうだ。確か、40万の兵力が投じられたらしいが」
「40万!?」
「相当デカい作戦だな」
そして作戦は始まった。
俺が組み込まれた第一陣は河を渡り始めた。
だがいきなりアクシデントが起きた。
雨が降り、水量が増した河をATでそのまま渡るのは自殺行為だ。そこで杭を打って、ワイヤーで走るように渡るのが当初の作戦だ。
その杭を積んだ戦艦がバララントの攻撃を受けて撃沈。積んでいた杭が降り注ぎ、第一陣の足枷になった。
痺れを切らした第二陣が出撃を開始。前線は混乱した。
加えてバララントの攻撃は続く。
元々地の利があり、バララント側に優勢だった。
河でまごついているところを砲撃され、岸にたどり着いても即座に銃撃される。
とはいえ、この行動には意味があった。
前面に集中させ、伏兵から目を逸らさせる。いわば囮の役割だ。
これを見たユウナやクルトは歯軋りをしていたが、戦争ともなればこういった作戦はむしろ常識の部類に入るだろう。
俺がそういうと、ユウナは「絶対に全面戦争なんかにさせないんだから!」と決意を露にした。
こうなるとますますわからない。
ワイズマンは何をしようとしている?
作戦は成功した。だがその直前、杭に雷が落ちて水面に浮かぶポリマーリンゲル液に引火。
近くの機体が爆発し、機体を降りていた俺は巻き込まれた。
重傷を負い、意識を失った俺は野戦病院に移送、最前線の惑星ガレアデに転属させられた。
治療を終え、戦線への復帰が決まった俺はリハビリを兼ねて近くを歩いてみることにした。
そこで俺はある兵士に出会った。
その兵士はガリー・ゴダン曹長と名乗った。ガレアデへ運びこまれた俺をぞんざいに担架にのせた兵士だった。
ゴダンの隣に座って話を聞いていると、近くの石が砕け散った。
直後に銃声が鳴り響いたことから、どうやらスナイパーライフルによる狙撃のようだ。
当初、元レッドショルダーである俺への報復だと思っていた。
だがそれは杞憂だったと後に知らされることとなる。
なんとか襲撃をかわした俺とゴダンは作戦指令部に呼び出された。
そこには学者肌の兵士ノル・バーコフ曹長と療養中の俺を襲った少年兵のゲレンボラッシュ・ドロカ・ザキ伍長が待っていた。
俺たちは作戦指令部から前線基地で待機しているあと一人を加えた特別分隊として独自の行動を取れと命令された。
正直不可解だったが、軍にいる以上命令は絶対だ。
前線基地で待機していた老け顔の兵士ダレ・コチャック軍曹も合流し、俺たちはバーコフ分隊としての任務に就くこととなった。
「なかなか個性的なメンツが揃いましたね」
「そうだな」
「分隊を任せられるってことは相当優秀な経歴の持ち主なんだろうな──」
「ところがどっこい。むしろ逆だ」
「逆?」
「元レッドショルダーのキリコは勿論だが、どいつもこいつも立派な経歴の持ち主だ」
「立派な?」
「分隊長のバーコフは理知的とは裏腹に敵前逃亡の常習でな、中尉から曹長へ格下げされた臆病者というわけだ」
「なにそれ……」
「ゴダンは激戦地を渡り歩いたが戦死した同僚になりすますことで生き長らえてきた。そのことから死神シュラスコとも呼ばれている」
「死神、言いえて妙だな」
「コチャックは病的なまでな臆病さと無責任さから信頼はゼロに等しい故に相手にされなかったが都合が良かった。なぜならやつはガレアデ作戦指令部とメルキア情報省の三重スパイだったからだ。まあ現場の人間にしてみれば卑怯者も同然だな」
「確かに追及を逸らすにはある意味スパイ向きとも言えますが……」
「ザキ、彼については分からん。まあ、補充兵として登用されたとしか言えないな」
「なんか釈然としないけど……」
Ⅶ組はバーコフ分隊の面々の正体に引いているようだ。
だが無理もない。俺たちは腕を買われたわけじゃない。
「キリコさん、この分隊とはいったい……」
「それは──」
「異能生存体の持ち主である可能性が高かったからだ」
「え!?」
「ペールゼンはレッドショルダー創設にあたり、戦場における生存率の高い兵士を探していた。その中でキリコを含めた5人を選びだし、研究した。その研究書はペールゼン・ファイルズと呼ばれ後生にも残っている」
「ペールゼン・ファイルズ……」
「ですが、ペールゼンは……」
「彼は軍事裁判にかけられていた。判決が下される寸前、とある人物がペールゼンに耳打ちした。その瞬間、彼は狂人のごとく叫びだした。知ってのとおり、心神喪失及び心神耗弱者は裁判にはかけられない。その人物はペールゼンを手中におさめることに成功した」
「誰なんです?その人物というのは」
「メルキア情報省官僚、フェドク・ウォッカム。異能生存体に興味を抱き、バーコフ分隊の産みの親だ」
「ペールゼンはどうなったんですか?」
「そこはおいおい話そう。まずはキリコの足跡を辿るとしよう」
俺たちに下された最初の任務は夜間に乗じて敵前線基地を奇襲、マニド峡谷を通る本隊の手助けだ。
予定通り俺たちは出撃。
だがコチャックのミスで奇襲が気づかれてしまった。
とはいえ夜間ということもあってか、敵の士気は低い。外は分隊長たちに任せて、俺とザキは内部に侵入。
内部で展開していた敵ATを殲滅しつつ、奥へと進む。
その時、ザキのスコープドッグが突然襲いかかってきた。
なんとか静めると、ザキは頭を抑えながら謝ってきた。なぜここまで俺に対して殺意を抱くのか。あの時分かっていたら、別の終わり方になっていたのかもしれない。
外に出ると、ゴダンがコチャックを締め上げていた。
なんでも、戦闘中にパニックに陥ったコチャックはゴダンに向けて発砲したらしい。
その責任を取らせる形でまだ息のある敵に止めを刺させた。
だがコチャックを一人にしたのがまずかった。
生き残っていた敵兵が戦略兵器を起動させようとしたのだ。
コチャックを責めている暇もなく、俺は戦略兵器発射阻止に向かう。
発射は阻止できたが、敵は兵器ごと自爆し、峡谷は崩壊した。
その結果、本隊は壊滅し、バーコフ分隊の初任務は失敗に終わった。
「とんでもねぇ無能がいたもんだな……」
「敵より厄介な味方、というわけですか」
アッシュとミュゼの評価は辛い。
とはいえ、後にやつの技能に助けられることになるのだから、あの無能よりはるかにマシだろう。
「それにしても、キリコはいつもこんな戦いを強いられていたのか?」
「兵士なんてこんなものだ。中には生身でATと戦わされる者たちもいたらしい」
「うーん……父さんは絶対にそんなことしないしさせないと思うけど……」
エリオット・クレイグは複雑そうな表情を浮かべているな。
「こちらと向こうでは戦争の規模そのものが違いますから、比べられるものではないと思います」
「確かに、こちらの常識も想像も遥かに越えた戦いばかりだな」
「まあ……戦争を起こそうとしている私が言えた義理ではありませんが」
「ミュゼさん……」
「すみません。詮なきことを言いました」
ミュゼは詫びた。
「この後はどうなったんだ?」
「任務失敗の責任を取らされる形で俺たちはガレアデ極北基地に配置転換させられた。だがその前にいざこざが起きた」
任務に失敗したことで俺たちは白い目で見られることが多くなった。
そんな時、何者かに襲撃を受けた。
ポリマーリンゲル液工場に追いつめられ、身動きが取れなくなった俺たちは正に絶体絶命だった。
それでも諦めるわけにはいかない。
そこで俺たちはポリマーリンゲル液のタンクから脱出することを試みた。
活動限界時間ギリギリまで粘った末、俺たちは脱出することに成功した。
だがこれが後に大きな災いを呼ぶことになるとは思わなかった。
「どんな人生を送っているんだ……」
「あり得んだろう……」
マキアス・レーグニッツとユーシス・アルバレアは呆れ果てている。
「言っておくが、キリコの過去を知る上ではまだ序の口、まだオードブルかスープくらいだぞ?」
「だいぶ腹はいっぱいなのだが」
「フフフ、デザートまではまだまだ遠い。続きといこう。キリコ、確か輸送中にもいざこざがあったそうだが?」
「ああ」
それは輸送艦での移動中に起きた。
整備が完璧だったにもかかわらず、突然エンジンが停止し、不時着した。
その直後、何者かに襲撃された。
狙撃に警戒する中、スピーカーから声が響く。
連中はギルガメス浄化委員会を名乗り、死神シュラスコ、つまりゴダンを引き渡せと要求してきた。
俺たちはこの時初めてゴダンの素性を知った。
コチャックは無理やりにでも追い出そうとしていたが、今は生き延びて前線基地に行くことが先決だ。
なんとか襲撃者たちを殲滅させ、前線基地へとたどり着いた。
だがそこで、大きなツケを支払うことになる。
ポリマーリンゲル液工場脱出の際、俺たちは工場を爆破させた。
その時に舞い上がったガスが太陽を覆い、ガレアデ極北基地付近にダウンバーストの前兆を作り出してしまった。
気象科学者でもあるバーコフの見立てによると、零下二百度に達する、正に冷気の爆弾が降り注ぐという。
おまけに、基地指令となったワップは威張るだけで何の役にも立たない能無しだ。
そのため俺たちは、零下二百度にも耐えられるポリマーリンゲル液精製に奔走することになった。
コチャックが自らの舌で配合を決め、試行錯誤の末、完成した。人は見かけで判断してはいけないとこの時は思ったものだ。
数時間後、俺たちバーコフ分隊は迫りくるバララントの大軍を適当に蹴散らしつつ、その時を待っていた。
タイムリミットが近づき、俺たちは一ヶ所に集まり、ATの機能をいくつか停止させる。
その瞬間、ダウンバーストが始まった。
零下二百度の大寒波は動く物全てを氷漬けにする。
自然のおりなす大災害にⅦ組は言葉をなくしていた。
しばらくして、俺を呼ぶ声が聞こえる。
張り付いた氷を払い、外に出る。
そこは俺たち以外の全てが凍りついていた。
そしてバーコフ分隊は全員無事だった。
俺たちは迎えを待つため、基地へと帰還した。
[キリコ side out]
「ダウンバースト……知識としては知っていたが……」
「自然の力とは時に脅威であることが改めて分かりましたね」
「この後はキリコ君はどうなったの?」
「ガレアデを離れた後、俺たちは惑星クズスクに召集された」
「どんなとこなの?」
「それは──」
「惑星クズスクはメルキア情報省所有の星だ。軍関係者の保養所が設置されている」
ロッチナが新旧Ⅶ組に説明した。
「保養所……ですか」
「情報局絡みってのが胡散臭ぇな」
「良い読みだ。保養所とは名ばかりで、政治犯などが収監されている。高級軍人とでさえクズスクの名を聞けば震えが止まらなくなる程だ」
「な、なんでそんな所に!?」
「転属のためだ」
「転属?」
「つまり、キリコたちは情報省の?」
「ISSとか言う情報省設立の特殊部隊にな」
キリコは自身の記憶を辿る。
「そろそろ大詰めだな」
「大詰め、ということは……」
「百年戦争の終結間際、ギルガメスは史上最大の惑星奪取作戦に打ってでた」
「……モナドか」
「そうだ」
「モナド?そういう星があるのか?」
「惑星モナド。バララントの戦略的重要拠点が置かれている星だ。動員兵員数は約1億2000万人とされている」
「1億2000万人!?」
「さらに毎秒45億ギルダンのカネが飛んでいった」
「毎秒45億……」
「無茶苦茶なんてもんじゃねぇな……」
「ギルダンの価値は分かりませんが、相当なものであることはわかります……」
「では見届けよう。だが先に言っておこう」
『?』
新旧Ⅶ組は首を傾げる。
「真実はいつも残酷だ」
「………………」
[キリコ side]
俺たちバーコフ分隊に惑星モナドへの出撃命令が下された。
わざわざ専用のATまで用意する辺り、力の入れようが分かる。
改めて俯瞰して見てみると、このモナド攻略戦はウォッカムの点数稼ぎ以外の何物でもない。
ロッチナ曰く、疑問視する声を一蹴して可決させたという。なぜそこまで知っているのかはどうでもいい。
実際、モナドでは激しい攻防戦が繰り広げられた。
俺たちは破壊されていく僚機を尻目に、奥へと侵攻していく。
その時だった。
突然目の前の光景が変わった。
どこまでも暗く深い闇に堕ちていくような感覚、不意に頭に響く赤子の声のようなもの。
俺にはそれが地獄の釜の蓋がこじ開けられたように思えた。
気がつくと、俺たちはかなり深い所に倒れていた。
こんな状況に置かれれば歴戦の兵士と言えど、動揺が生まれる。
怯えるバーコフを皮切りにゴダンとコチャックが取っ組みあいと罵りあいを始めた。
そんな中、ザキは俺に向かって言った。
お前、レッドショルダーなんだろ?と。
全員から疑惑の目で見られる中、俺はこの分隊が何のために集められたのか、その仮説を話した。
今思えば話すべきではなかった。あの時言葉を選んでいたら、違った結末になっていたのかもしれない。
「そこから分隊はモナド脱出のため走りだした。俺たちは死なない、そんなことを叫びながら引き金を引き続けた」
「でも、生き残ったんでしょう?全員異能生存体っていうのを持ってたんだから」
「確かに、今までのことを考えれば……」
「……いや」
教官は訝しげな表情を浮かべる。
「真実はいつも残酷……そういうこと、なんだろう……?」
「ええ」
そう、真実とは甘いものじゃない。何時だって残酷だ。
バララント兵を倒す内に、コチャックは躁鬱状態に陥ったようだ。
バーコフの制止を無視して敵に突っ込んだ。
その結果、待ち構えていたバララント兵に蜂の巣にされた。
不死身であるはずのコチャックの死は分隊に大きな衝撃を与えた。
続くゴダンもパニックになり敵陣に攻撃を仕掛けるが、敵に吹き飛ばされる。
コックピットは血まみれで助かるはずもなかった。首筋に薬を注射し、安楽死させた。
ここにきてバーコフは悟った。俺以外は異能生存体ではなかったと。
「ペールゼン・ファイルズ曰く、キリコ以外の四人は近似値に過ぎない。これはペールゼンがウォッカムのような人間を嵌めるためにわざと書き残したそうだ」
「な……!」
「で、でも分隊は何度も……」
「それはあくまで結果論だ。彼らは単にそれぞれの得意分野で切り抜けてきたに過ぎん」
ロッチナはバッサリと切る。
「では、ウォッカムという人物はペールゼンに嵌められていたと?」
「その通り。ペールゼンは裁判の後、クズスクで尋問と拷問を受けていた。だがペールゼンの方が上手だった」
「上手?」
「予め部下を潜り込ませていた。拷問のそれに見せかけるべく、自白剤を調整させていたとかな」
「な……!?」
「その後、作戦失敗で全てを失ったウォッカムの前に現れ、真実を告げた。ウォッカムも余程追いつめられていたのだろう。ウォッカムは自殺した」
「自殺……」
「確かに、待っているのは極刑だろうが……」
「後味が悪すぎるだろう……!」
「………………………」
この時、ロッチナが薄ら笑いを浮かべていた。これだけでわかった。こいつもウォッカムの死に関わっていたようだが、見事な責任転嫁だな。
冷静さを取り戻したバーコフは俺とザキを脱出させるために一人殿としてモナドに残った。
脱出挺に乗り込むと、突然ザキが銃を向けてきた。
ここにきて、俺への殺意が再発したようだ。
だが葛藤の末、ザキは自らに銃を向ける。
そして俺に告げた。俺たち全員の仇を取ってくれと。
そう言ってザキは引き金を引いた。
残された俺はザキの遺体を丁寧に包んだ。
そして崩壊するモナドを見つめながら、首筋に薬を射った。
最後まで人間らしかったあいつらと同じく、永遠に目覚めないことを祈りながら……。
[キリコ side out]
台座から輝きが失われ、空間は最初のように白一色に戻った。
「どうやらここまでのようだな」
「そうだな………?」
キリコが振り向くと、新Ⅶ組は全員下を向いていた。
「……別にお前たちが気に病むことじゃない」
「それは………そうかもしれませんが…………」
「「…………………」」
「どうして………」
「?」
「どうして……キリコさんばかり……こんな目に遭うんですか………!?」
ミュゼは泣きながらキリコの目を見る。
「……俺は生きている限り、戦いから逃れることはできない。そして死ぬことも許されない」
「たとえばこの里が戦火に巻き込まれ、君たちと里の住民全員が命を落としたとしよう。それでもキリコは必ず生き残る、それが異能生存体だ。とはいえ、まさか転生という形で生存するとは予想外だったが」
「肉体という器が滅んでも、魂と記憶と異能は生き続ける、というわけじゃな」
「それって……!」
「キリコさんには、本当の意味での死というものが訪れないと……?」
「そういうことになるな。たとえこの世界で寿命が尽きても、異世界への転生という形でキリコ・キュービィーは永遠に生き続ける。少なくとも私はそう見ている」
「そんな……!」
「それすなわち、キリコに永遠の孤独を宿命づけるということ。キリコの異能は神の祝福などではなく、呪いと言っても過言ではない」
『………………………』
「……だからこそ、俺はこの忌々しい異能をなんとしてでも消し去らなくてはならない」
「それだけではないだろう。お前の望みは」
ロッチナが口をはさむ。
「…………………」
「キリコ……?」
「………人間として死ぬためにだ」
キリコは口を開いた。
「人間として死ぬ………」
「それが君が第Ⅱ分校に来た本当の理由か」
「ええ。少なくともヒントだけでも得るために」
「それがキリコ君のやりたいこと………」
「どうして、話してくれなかったんだ?」
「……言ったところで信じるか?」
「それは………」
「無理……かもしれません……」
キリコの言葉にクルトとアルティナは目をそむける。
「それなら、ローゼリアさんなら……」
「なんとかなんじゃねぇのか?」
「おばあちゃん……」
「う、ううむ……」
ローゼリアは渋い表情を浮かべる。
「構わない」
「……キュービィー、お主も分かっておるのじゃろう?」
「無理、か」
「な、なんで!?」
「カイエンの娘や劫焔の異能とキュービィーのそれとでは話が違う。遺伝子という人の生命の根幹を弄るということは殺すと同義。じゃが、記憶を見たとおり殺すことはできぬ。これ以上は女神の奇跡の領域、妾ではもはや手も足も出ん」
「……やはりそうか」
「そんな……」
「……お前たちが気にすることじゃない」
「キリコ……」
「俺自身が認めたくなかっただけなのかもしれない………」
『………………………………』
新旧Ⅶ組は誰一人、言葉を紡げなかった。
「ルスケよ、これ以上先は視れんのか?」
「ええ、鍵となるものが無ければ。それが何なのかは私にも分かりません」
「キュービィー、お主はどうじゃ?」
「わからない」
キリコは首を横に振る。
「結局は振り出しか」
「うん、何のためにキリコ君の過去を見せるんだろ?」
「何か大事な答えにでも繋がっているのだろうか……?」
「今は置いておくしかないな。それとみんな、明日ブリオニア島に行くことになる」
「ブリオニア島?」
「何でだ?」
「ああ……」
リィンはポケットからメモ用紙を取り出す。
「教官、それは?」
「クロウのメッセージだ。どさくさ紛れにコートの中に入れておいたらしい」
「い、いつの間に……!」
「とりあえず、ブリオニア島に来いっての?」
「はい。新旧Ⅶ組全員で」
「どういうつもりだ?」
新旧Ⅶ組は戸惑う。
「話し合いの所悪いが、これで失礼させてもらうよ」
「えっ……あ、はい……」
「お疲れ様でした……」
「ではまたいずれ」
そう言ってロッチナは出ていった。
「キリコ君、結局あの人ってなんなの?」
「……さあな」
「まあ……いいけど……」
ユウナは踏み込むことを止めた。
新旧Ⅶ組が部屋を出ると、ほとんど時間が経過していなかった。
「やはり記憶の部屋の外との時間が隔絶されていると見て間違いないな」
「記憶の部屋って名前になったんですね」
「これも魔女の秘術なのでしょうか?」
「もしくは古代遺物とか?」
「ま、うだうだ考えても仕方ねぇだろ」
「それもそうだが……?キリコ?」
「……先に部屋に戻っている」
「キリコさん!?ああもう!待ってくださ~~い!」
階段を上がるキリコをミュゼが慌てて追いかける。
「……健気だね」
「監視役云々は抜きにしてね」
「余程惚れておられるようだな」
「肝心の本人はどう思っているのかは分かりませんけど」
「キリコさんはどちらかと言えば勘は鋭い方だと思います。………教官と違って」
「そうね……こちらから何か動かないと全然気づかないし」
「朴念仁で鈍感でシスコン」
(やれやれ、こんな所も先代に似なんでも良かろうに。いや、シスコンは違ったか)
ローゼリアはかつての同胞を思い出す。
「とりあえず、見守ろうか」
「そうですね」
「何かあったらフォローしてやれば良いだろうしな」
「その何かがあればね」
「セリーヌっ!」
「まあまあ……」
新旧Ⅶ組女子は淑女協定を結んだ。
「……………………」
キリコはベッドに寝転がりながら、記憶の部屋の意図を考えていた。
(賢者とか言う奴が本当にワイズマンだとしたら、やはり意図が読めない。仮に俺の記憶が必要なら、どちらかと言えば地精だろう)
(やつの書いた絵図に乗るのは気に入らない。だが今は大人しく乗るしかないか。だがそれは……)
キリコの眼は鋭くなる。
(いずれ会うその日まで、俺がやつをこの手で殺すまで………!)
次回、ブリオニア島にて……
(第三章 鬼気〜)