守護者
七耀暦 1206年 8月2日
キリコはクロスベル地下のジオフロントA区域奥深くのセキュリティ端末室にいた。
クロスベル警備隊の服装で。
[キリコ side]
(後はこの偽のデータを送るだけか……)
俺は今、ジオフロントA区域のセキュリティ端末室で作業をしている。
ロッチナからのオーダーはジオフロントA区域のセキュリティ端末室からタングラム門とベルガード門の両方に偽のデータを送信して混乱を起こせというものだった。
それだけなら難なくやれるが、このジオフロントには警備隊や軍警察から集まったレジスタンスが潜っているらしい。おそらく、昨日オルキスタワーでやり合った二人もその一味だろう。
さすがに人数の差がありすぎる。そこで俺はたまたま見張りに出ていたのであろう警備隊員を気絶させ、そいつになりすました。覆面を被り、警備隊員の持っていた地図を頼りにセキュリティ端末室に到達した。
後はセキュリティを操作し、データを送信するだけだ。
(それにしても、レジスタンスがここまでとはな。おおよそだが人数は総督親衛隊と大差ない。これに民間の協力者も加えれば逆転する、か)
俺は送信を確認し、セキュリティ端末室を出ようとした。
「ずいぶんとナメた真似をしてくれるじゃないか」
「!」
どうやら潜入は失敗のようだな。
[キリコ side out]
「動くな」
セキュリティ端末室の出入り口には、スーツを纏い眼鏡をかけた男が大型拳銃を構えて立っていた。
「ここで何をしていた?」
「………………」
「言っておくが、本当に撃つ」
「………………」
「いい度胸だ……!?」
キリコは眼鏡の男が言い終わる前にショルダータックルをぶちかます。眼鏡の男は膝をついた。
「グッ……貴様……!」
「遅い」
キリコはそのまま出ていった。
「逃がすか!」
眼鏡の男は立ち上がり、キリコを追って行った。
「…………………」
キリコは眼鏡の男に追われながらも、冷静だった。
(確かこの先は広くなっていたはずだ。そこなら……ッ!)
キリコは急ブレーキをかける。
「見つけた!」
「………………」
キリコの頭上には両手にサブマシンガンを携えた女性警備隊員が待ち構えていた。
「追い付いたぞ!」
眼鏡の男も追い付いた。
「お疲れ様です!ダドリー警部!」
「警備隊のノエル・シーカー三尉か、助かる!」
眼鏡の男──アレックス・ダドリーは息を整え、キリコに大型拳銃を向ける。降りてきた女性警備隊員──ノエル・シーカーもサブマシンガンを構えた。
「先ほど、気絶した警備隊員が発見されました。あなたが成り変わっているのはすべてお見通しです」
「抵抗するならやむを得んが、少々痛い目に遭ってもらう!」
ダドリーとノエルは戦術リンクを結ぶ。
(やるしかないか)
キリコもアサルトライフルを構えた。
「この!」
ノエルのサブマシンガンが火を吹く。
「そこだっ!」
ダドリーの大型拳銃から大口径の弾丸が放たれる。
「………………」
だが異能者を相手取るには遅すぎた。キリコには一発も当たらないばかりか、掠りもしなかった。
「は、速い!?」
「クッ……!」
戦況はキリコに傾いていた。
さらにノエルはサブマシンガンや電磁ネットで牽制に回るが捉えられず、ダドリーは大型拳銃やショットガンで狙うも尽く外れた。
対するキリコはアサルトライフルと投げナイフを器用に使い、二人の動きをコントロールしていた。
ダドリーとノエルとて、教団事件やクロスベル事変を経験しており決して弱くはない。
ただ、相手が悪すぎた。
「そこっ!」
ダドリーは狙いをさだめ、引き金を引く。
「………………」
それでもキリコには当たらなかった。
「なん……だと……!?」
絶対に当たるという確信がダドリーにはあった。だが放たれた弾丸はまるで逸れるように外れた。
キリコは呆然とするダドリーに接近し、ダドリーの腹にボディブローを叩き込む。ダドリーは混乱し、その場膝をついた。
「ダドリー警部!?」
ノエルは思わず動きを止めた。
その隙をついてキリコが接近する。
「ッ!調子に……!」
ノエルはサブマシンガンを連射した。だが一発も当たらなかった。
射程範囲内にまで接近したキリコは右手に持ったナイフをサブマシンガンに突き立てた。
「ッ!まだ……」
ノエルはもう片方のサブマシンガンを構えようとした。
「……アーマーブレイク」
すかさずキリコは腰のホルスターに装備していたアーマーマグナムでサブマシンガンを撃ち落とす。サブマシンガンは大きく破損し、使い物にならなくなった。
「まだまだっ!」
ノエルは腰からグレネードを取りだそうとしたが、キリコの手刀で延髄に当て身をくらい、グレネードを起爆させることはできなかった。
「……ッ………!」
武器を失ったノエルは死を覚悟した。
「………………」
だがキリコは一瞥しただけで立ち去ろうとした。
「………ま、待ちなさい!!」
一瞬呆然となったノエルがキリコの背中に怒鳴りつける。
「あなたがどこの誰かは知らない。でも、あなたがやっていることはこのクロスベルを永遠に奴隷にする行為なのよ!ここに住んでいる人の気持ちを少しでも考えてみなさいよ!」
クロスベルの守護者。
ノエルはその誇りと想いをぶつける。
「……知ったことじゃない」
だがキリコには響かなかった。
「なっ……!?」
「俺にはやらなければならないことがある。帝国もクロスベルもどうでもいい」
「ど、どうでもいい……!?」
「ただそれだけだ」
キリコは振り返らずにそう言った。
「く……くうぅぅ……!」
「………………」
ノエルは悔しさを滲ませ、ダドリーは黙っていた。
すると──
「ノエル三尉!ご無事ですか!?」
「警部!大丈夫ですか!?」
通路の奥から警備隊員と警察官が駆けつけて来た。
「皆さん……」
「……こちらは無事だ。目標はやつだ」
ダドリーの言葉にその場にいた全員がキリコに銃を向ける。
「逃げられんぞ」
「大人しく観念するんだな」
警察官と警備隊員たちは一歩一歩近づく。
だがキリコにはここに来た目的があった。
「……そろそろか」
「………何?」
そう言うや否や、キリコは鉄柵を乗り越え、下の貯水槽に飛び込んだ。
「なっ!?」
「どういうつもりだ!?」
「……まさか。エマ君、今日は何日だ!?」
「今日ですか!?今日は確か、2日……」
「しまった!」
ダドリーが除きこむと、貯水槽から水が流れ出した。
「総員、急いで港湾地区に急行しろ!やつめ、排水パイプを通って海に逃げる気だ!」
「し、しかし……!あんな所通って逃げられるとは……!」
「何度も言わせるな!追うんだ!」
「りょ、了解!」
警察官たちはすぐさま急行した。
「先に行く。シーカー三尉たちは?」
「私たちはミシュラム方面に向かいます」
ノエルも部下を引き連れミシュラム方面へと向かった。
結論から言えば、死体は上がらなかった。
ダドリーは悔しさに身を震わせると同時に、戦った相手の恐ろしさを肌で感じていた。ノエルは覆面の男から言われた言葉に歯を食いしばっていた。
[キリコ side]
「だいぶ無茶をしたな」
「…………………」
「まさかジオフロントから排水パイプを通って脱出するとはな。それでも死なないのは異能者のつらい所だな」
「…………………」
俺は今、ロッチナの運転する導力車に揺られていた。
ジオフロントでの戦闘の直後、俺は貯水槽の排水パイプから脱出した。
ジオフロントでは月に一度排水が行われるようになっており、たまたまその日だった。
だが水の流れが速く、パイプの内面に数回叩きつけられた。
さらに、排水口にはスクリューがあり、真正面から飛び込めば八つ裂きに遭うのがおちだ。
痛みに耐えながら俺は体を丸め、スクリューの間をギリギリで潜り抜ける。その際に背中を少し切ったが、気に留める暇もなかった。
息も絶え絶えに、俺は東クロスベル街道の岸辺に流れ着いた。そこでロッチナに救出された。
応急処置を受け、耐圧服に着替えた後、俺は導力車に乗せられた。
「とりあえず、オーダーは完了。今は寝ていろ」
「どこに連れていくつもりだ」
「ノーザンブリア州だ」
「……なんだと?」
「元ノーザンブリア自治州の州都、ハリアスクより西。そこにノーザンロッジというD∴G教団の施設があった。これからそこに行く」
「……何のためにだ」
「フフフ……」
ロッチナは気味の悪い笑みを浮かべた。
「お前とあの方の因縁は海の如く広い」
「何?」
「さて、そろそろ着く。彼女を待たせてある。行くとしよう」
「待て、俺の質問に答えろ」
「行けば分かる」
どうやら教える気はないらしい。仕方なく俺は窓の外を眺めた。
[キリコ side out]
午後 3:00
キリコたちは東クロスベル街道からアルモリカ古道を抜け、古い遺跡のような場所へとやって来た。
「ここは?」
「太陽の砦。表向きは中世暗黒時代の遺跡とされているが、実際はD∴G教団のロッジなのだ。以前お前が突入した星見の塔やマインツ山道外れにある月の僧院と同時期に建てられたものらしい」
「………………」
キリコはほとんど聞き流していた。
「さあ、あそこだ」
ロッチナの指さす方向には黒い軍用飛行挺が鎮座していた。そしてそこに、キリコに似たショートカットの女性が立っていた。
「待たせた」
「遅かったな」
「そこは目をつぶってくれ。では行くとしよう」
「………………」
(キリコ……)
テイタニアは軍用飛行挺に乗り込むキリコの背を見つめる。
「操縦は任せる」
「……わかった」
テイタニアはエンジンを始動し、北西へと舵をきった。
「お嬢、錬金術師殿からの次のミッションですが……」
「………………」
一方、近郊都市リーヴス
宿酒場バーニーズにて、トールズ本校の制服に身を包んだシャーリー・オルランドは赤い星座連隊長ガレスの報告を気だるげに聞いていた。
「ゴホン、お嬢」
「あ~~、聞いてる聞いてる。それで?」
「……ノーザンブリアだそうです」
「ノーザンブリアねぇ、マリアベルお嬢さんもめんどくさい所選ぶな~~」
「……心中はお察しします。ですが、あの男は既に処刑され「バリンッ!」……失礼」
グラスを握り潰したシャーリィの怒気にガレスは詫びる。
「………………」
シャーリィはそのまま外を眺める。
「今夜、18:00にここを発ちます。後、団長も来られるとのことです。では」
そう言ってガレスは店主のいるカウンターに詫び料込みで10000ミラを置いて行った。
「………………」
シャーリィはテーブルにつっぷした。
(……あんなかっこわるい最期……本当に見損なったよ………)
シャーリィの目には、失望の色が浮かんでいた。
午後 7:30
「起きろ、キリコ」
「………………」
いつの間にか眠っていたキリコはロッチナに起こされた。
「フライトは終わりだ。それよりキリコ、あれだ」
「………………」
キリコは目頭をこすりながらロッチナの指さす方向を見た。
そこには荒れ果てたボロボロの寺院が建っていた。
「あれがノーザンロッジだ。七耀教会以前の寺院をD∴G教団の連中が改装したものらしい。もっとも、用があるのは地下研究所だがな。いや、実験場と言った方が良いか」
「……そうか」
「気にも留めないか。まあいいだろう。テイタニア、あそこに着陸しろ」
「わかった」
テイタニアは指示通り、着陸した。
軍用飛行挺から降りたロッチナはノーザンロッジに入り、魔法陣のようなものが描かれた壁の前に立った。
「ふむ。どうやらまだ生きているようだな」
ロッチナは壁の数ヶ所を押し込む。
すると、壁が左右に動きだした。
「こんな仕掛けを施しているとはな」
「頭のおかしい連中の考えることは理解できんよ。さて、行くと………どうやら歓迎してくれるようだな」
ロッチナの視線の先には、泥人形のような、亡者のような異形の存在が群れを成していた。
異形の存在はキリコたちの方向に向かって来ていた。
「あれは?」
「教団の実験体の成れの果てだ。自我はとうに失われ、目の前の物を駆逐するだけの人形だ。以前に殲滅したと思っていたが、まだ残っていたとはな」
「……小さいのはもしかしなくても子どもか?」
「おそらく」
「……下衆が!」
テイタニアは怒りを顕にし、銃を引き抜く。
「やる気だな。さてキリコ、お前は?」
「………………」
キリコは無言でアーマーマグナムを抜いた。
「聞くまでもなかったな」
ロッチナは下がった。
「……キリコ」
「?」
「連携してくれ」
「ああ」
キリコとテイタニアは戦術リンクを結び、戦闘を開始した。
次回、ノーザンロッジでキリコが見たものとは?
今さらではありますが、序章は第1話までに変更します。