英雄伝説 異能の軌跡Ⅱ   作:ボルトメン

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ウド②

[キリコ side]

 

治安警察からの追っ手を振り切った俺は、バニラの隠れ家でゴウトたちから詰問された。

 

だが俺は何も答えるつもりはなかった。

 

隣の部屋で横になっていたが、このままジッとしていても埒が明かない。今こうしている間にも、俺の命を狙う算段が着々とついているはずだ。

 

俺はココナの目を盗んで隠れ家を抜け出た。

 

目的地は一つ。治安警察本部だ。

 

ちょうど酸の雨が降っていたので、警官を後ろから気絶させるのは簡単だった。

 

警官に成りすまし、治安警察本部へとバイクを走らせた。

 

治安警察本部に入ると、ゲートで仕切られていた。

 

俺は待機していた警官を招き寄せ、銃を突きつける。

 

これがもし、まともな警察官なら抵抗はせずとも応援を呼ぶなりするはずだ。だが警官は命が惜しいのかロックを解除した。

 

ゲートをくぐると、俺は裏拳で警官を突き飛ばす。警官は壁に頭を強打し、動かなくなった。とりあえず警官を座らせ、ヘルメットを被せた。

 

エレベーターに乗り、俺は署長室に入る。

 

イスクイ署長は怪訝な表情を浮かべるが、ヘルメットを取って見せるとその顔は驚愕に変わる。

 

人を呼ぼうとしたが、間一髪俺の方が間に合った。

 

そのまま俺はイスクイ署長に小惑星リドでの作戦のことを問いつめる。

 

何も言わないので、俺はイスクイ署長を殴り飛ばした。

 

ようやく観念したのか、イスクイ署長は街外れにある場所で全ての秘密が分かると洩らした。

 

俺はイスクイ署長の背中に銃を突きつけながら、街外れの空港にヘリで移動した。

 

だが、イスクイ署長は既に手を打っており、空港に到着するといきなり攻撃された。

 

さすがに多勢に無勢なので、ここは逃げの一択だ。

 

追っ手を振り切ったと思ったら、三人の警官が目の前に現れたので先手を取る。

 

だがその三人はゴウトたちだった。聞けば、どさくさに紛れて金目の物をかっさらいに来たらしい。

 

一悶着はあったが、とりあえず脱出することになった。

 

脱出口を探す俺たちは、暗い照明の部屋に入った。

 

そこには、シャワーを浴びる裸の女がいた。

 

ここでバニラがあることに気づいた。女が浴びているシャワーはヂヂリウムを加工した物のようだ。

 

それにしても、似ている。俺がリドで見た、あの素体と呼ばれた物体に。

 

俺は真実を確かめるべく、女を後を追った。

 

先ほどとは打って変わって、豪奢な部屋に出た。

 

女は鏡の前で髪をとかしていた。

 

俺は女に対し、俺を覚えているかと問いかけた。

 

女は何も言わず、逃げるように去って行った。だが俺には確信めいたものがあった。あの女こそ、あの不可解な作戦の真相の鍵を握っている。

 

その後俺はバニラの操縦するヘリで脱出した。

 

[キリコ side out]

 

 

 

「なあ、キリコ」

 

記憶を見たクロウはキリコの方を向く。

 

「?」

 

「ホントにあの女がその素体ってやつなのか?」

 

「間違いない」

 

「そもそも、素体って何なの?」

 

「それは………」

 

「まあ、それはお楽しみにしておくといい。いずれはっきりする、そうだな?キリコ」

 

「ああ………」

 

(キリコさん……?)

 

ミュゼはキリコの横顔が気にかかった。

 

「それはそうとよ。あのモジャモジャ頭、あんなもんが操縦出来たんだな?」

 

アッシュはバニラの操縦技術に関心を持った。

 

「バニラは元々、メルキア空軍の二等空士だ。場所こそ違うが、あいつも百年戦争の地獄を潜り抜けている」

 

「へえ~」

 

「あの陽気さからは想像もつかないな」

 

「それでもどこかしら歪んでしまっているのは確かだろう。無論、キリコもな」

 

「キュービィーも?」

 

「人の性格は育った環境に左右される。キリコの場合、地獄のような戦場で歪められたものであることは十分に推測できる」

 

「………分かる気がする」

 

ロッチナの話を聞いていたフィーは同意した。

 

「フィー……」

 

「大丈夫。それより続きを見ようよ」

 

「わかった。キリコ」

 

「はい」

 

キリコは台座に触れた。

 

 

 

[キリコ side]

 

アジトに戻った俺は再びゴウトとバニラに詰問された。

 

分け前がどうとか言っているが、そんな物欲しくもなんともない。

 

俺の頭にはあの女にどうやったら会えるのか、それだけだった。

 

とにかく、情報を集めるのが先決だ。

 

そう思った俺は街に出た。ココナがつけてきているが、放っておいていいだろう。

 

闇市で食事を取っていると、気になる言葉が聞こえた。

 

店の主人によると、空港から大量の物資が治安警察本部に運びこまれる、運び出しというのが近々行われるらしい。

 

だが日時と時間までは得られなかった。

 

そこで俺はとある店に入り、ゴキブリ退治に使う餌を調達した。

 

物陰で息を潜めていると、早速掛かった。

 

警官に運び出しは?と聞くと、警棒を手に威嚇してきた。

 

懐から革袋を取り出すと、警官は賄賂だと思ったのか、中身が何なのかを確めもせずに袋を開けた。

 

中から飛び出たのは惑星カーチマスで捕獲される、エウノイと呼ばれる黒い毛で覆われた虫だった。エウノイは警官の顔に張りついた。

 

俺はそいつは猛毒を持つ毒虫で、解毒薬を飲まなければ後数分の命だと警官に告げた。

 

警官はもがきながら、運び出しが行われる時間と場所を吐いた。

 

俺は解毒薬という名のただのカプセルを捨てた。

 

実はエウノイは毒虫ではなく、人間の血をコップ一杯分吸うだけで人体には害はない。店の主人曰く、最近新しく出された健康法で2、3日経てば生まれ変わったようになるらしい。

 

その間は口も聞けなくなるようだが、こいつにとってはためになるだろう。

 

横目で見てみると、Ⅶ組と鉄機隊は分かりやすく引いていた。今は放っておいてもいいだろう。

 

アジトへ戻ろうとすると、ココナが馴れ馴れしく声をかけてきた。長くなりそうなので、背中にエウノイがいると言って振り切った。

 

アジトに戻ると、ゴウトとバニラはヘリをより戦闘用に改造していた。

 

ココナのことを聞かれたが、何処かへ行ったと告げた。二人は心配するそぶりも見せず、女一匹どうとなり生きて行けると爆笑していた。

 

すると、ココナが戻ってきた。髪はボサボサで衣服も所々破れていた。

 

俺と別れた直後、暴走族の残党に乱暴されかけたが、運び出しの情報と引き換えに逃げてきたそうだ。

 

開き直り、自己保身に走るココナをバニラが強く咎めるとココナはその場に泣き崩れた。海千山千の闇商人と言えど、泣く子には勝てないらしい。

 

ココナが泣き止むと、ゴウトは襲撃を中止しようと言い出した。

 

だが、これはチャンスだ。

 

中止に傾きつつあるゴウトたちに、俺は用心棒を買って出た。

 

運び出しの日、空港に向かうと治安警察と暴走族が争っていた。互いの目は相手にしか向いていない。

 

頃合いをみて、俺たちは動き出した。

 

こういった乱戦は俺の得意分野だ。

 

警官や暴走族を蹴散らしつつ、俺たちは脱出した。大量のヂヂリウムとともに。

 

[キリコ side out]

 

 

 

「………前々から思ってたんだけど………キリコ君て…………」

 

「アッシュさん以上に手段を選びませんね………」

 

「いや………俺でもここまではしねぇよ………」

 

「なんだかアッシュがまともに思えてきたな………」

 

「全面的に同意致します……」

 

二代目Ⅶ組メンバーはキリコの過去の所業に完全に引いていた。

 

「……そなたには誇りや大義というものがないのか?」

 

ラウラ呆れつつも、キリコに問いかける。

 

「考えたこともないな」

 

「そうか……」

 

「考えている余裕もないしな」

 

「何?」

 

「余裕?」

 

「俺はアッシュのように器用なわけじゃない。それに当時は小惑星リドでの真相が知りたくて焦っていた」

 

「……確かに、行動の一つ一つに焦りが見えますわね」

 

「今と違い、年相応なのだな」

 

「まあ、僕も似たような経験あるしね」

 

エリオットは苦笑しながら言った。

 

「正確には俺たち、だな」

 

ガイウスがつけ加える。

 

「そういう意味では、リィンたちも君たちも変わらないってことよ。もちろん、キリコ君もね」

 

「そう……ですよね」

 

「チビウサを除いてな」

 

「……私だって悩んだり焦ったりすることもあります」

 

アルティナの言葉に、少しだけ笑顔が戻った。

 

「…………………」

 

キリコは全員の様子を見ながら、台座に触れる。

 

 

 

[ロッチナ side]

 

治安警察から大量のヂヂリウムを強奪したキリコたちは早速問題にぶち当たっていた。

 

当然だろう。あれだけ大量のヂヂリウムを足が付かずに捌くのは並大抵ではない。

 

さらに、ウドの住民は密告や誹謗中傷を三度の飯よりも好む。八方ふさがりとはこのことだな。

 

だが、三馬鹿の内の一人、ゴウトは解決策を見出だした。

 

なんと、強奪したヂヂリウムを元の持ち主である治安警察に売りつけようというのだ。

 

二人が心配している横で、キリコはどこ吹く風。奴らしいと言えば奴らしい。

 

数時間後、ゴウト飛びはねながら戻ってきた。

 

強奪したヂヂリウムをイスクイ署長相手に金貨で30億ギルダンで取引してきた。

 

この金貨というのがポイントだな。紙幣ならいくらでも偽装できる。

 

30億ギルダンは四等分にするつもりだったようだが、キリコがいらないと断ったため、その浮いた分の7億5千万ギルダンをめぐる醜い争いが起きた。

 

元々、キリコが金銭や出世欲には希薄そのものなのは知っていた。

 

トールズ第Ⅱ分校でもそのスタンスは変わらず、現地貢献でも手柄はほとんど全て新Ⅶ組メンバーのものとしていたと報告書に記載されていた。

 

その夜、キリコたちは待ち合わせ場所へと赴いた。

 

先に来ていたイスクイ署長と警官が姿を現し、トランクから金貨を見せた。

 

ヂヂリウムを載せたトラックは治安警察本部近くに置いていたようだ。

 

だがイスクイ署長は約束を守る気は最初からなかった。多数の銃口にゴウトは悔しそうに引き上げて行った。

 

ゴウトが瓦礫の陰に隠れた瞬間、キリコの乗るATが飛び出す。

 

突然のことに、警官たちは反撃する間もなく蹴散らされた。

 

その隙にバニラとゴウトは金貨の入ったトランクを奪い、キリコに後を任せて逃走した。

 

警官をあらかた蹴散らしたキリコだったが、そこへ赤いATが襲いかかってきた。

 

キリコは迎撃に撃って出るが、弾丸は尽く当たらず、回避しようとしても先回りされて撃墜された。

 

さすがのキリコもまだPSには敵わなかったか。

 

その後キリコはコックピットから引っ張り出され、イスクイ署長らに捕らえられた。

 

 

 

『…………………………』

 

二代目Ⅶ組は言葉を失っていた。

 

考えてみれば、彼らがキリコが一方的に負けた場面を見るのは初めてに近いのかもしれないな。

 

「すさまじいな……」

 

「反応速度、操縦技術、戦闘センス。どれを取っても最高のレベルですわね」

 

「異能者以上とはな……」

 

「……この時点ではキリコは異能者だとは全く知らない」

 

「え!?」

 

「あくまでキリコは異能生存体を宿しているというだけで、異能者としての力には自覚はない。そうだな?」

 

「ああ……」

 

「キリコさん?」

 

「異能者だと知るのは大分先の話だ」

 

「そ、そうなのか……」

 

「まあ、今はキリコの救出を見届けよう」

 

きっと度肝を抜かれるかもしれないな。

 

 

 

治安警察に捕らえられたキリコは、治安警察本部に連行されることになった。

 

大方、銃殺刑にでもしようと言うのだろう。

 

本当に滑稽だ。無意味だ。キリコはどうやっても生き残る。知らないとは罪、哀れだ。

 

さて、治安警察の車両はウドの中心街にやって来た。

 

警官たちは野次馬を追い払いつつ進んでいる以上、スピードは遅い。

 

そこへ、戦闘ヘリが上空から突入して来た。

 

どうやらキリコの乗る護送車ごと拐おうとしているようだ。浅はか以外のなにものでもない。

 

キリコも騒ぎに乗じて脱出しようとしたが、イスクイ署長による暴徒鎮圧用の閃光弾で身動きを封じられ、更なる暴行を受けた。

 

頼みの綱とも言える戦闘ヘリも逃げるように飛んで行ってしまった。

 

普通ならここで諦めるだろう。だが奴らは思いもよらぬ方法に打って出た。

 

再び現れた戦闘ヘリに警官たちは迎撃体勢を取る。

 

すると、警官の頭に何かが落ちてきた。

 

それは金貨だった。

 

空から降り注ぐ金貨に警官と住民の視線は全て金貨に向いた。

 

奴らはキリコの救出するために、命を的に手に入れたカネをばら蒔いていたのだ。

 

餓鬼のように細せていた住民と自分のことしか頭にない警官。

 

降って沸いたこの状況にどちらもまるで血を見た鮫のようにギラついていた。

 

そこから数分もしないうちに、警官と住民の間で争いが起きた。カネの魔力というのは本当に恐れ入る。

 

護送車の真上に戦闘ヘリからのはしごが垂らされ、キリコは金貨に一瞥することなく悠々と去って行った。

 

キリコ一人に金30億ギルダン。確かに高い買い物だ。

 

だが1000億ミラを積んでも手にいれる価値はある。それがキリコ・キュービィーなのだ。

 

[ロッチナ side out]

 

 

 

「見ての通り彼らは金貨30億ギルダンという大金をむざむざドブに捨てたという訳だ」

 

「いや……これはすごいな………」

 

「ええ。これを真の仲間と言わずしてなんと言うでしょう」

 

ロッチナの言葉にアイネスは目を見開き、デュバリィは感動すら覚えた。

 

「キリコが忘れられないというのも頷ける。君も心なしか、表情が柔らかくなったように思えるな」

 

「キリコさんがおっしゃっていた、とある一件とはこれのことだったんですね」

 

「ああ」

 

「仲間、ね」

 

「なあに?羨ましいの?」

 

「……うるせえ」

 

ニヤニヤするユウナにアッシュは両手を頭にやる。

 

(これがツンツンデレデレというものですか)

 

アルティナはアッシュの横顔を見ながら思った。

 

「だがキリコ」

 

ユーシスはキリコに話しかける。

 

「?」

 

「治安警察もただ黙っているわけではあるまい?」

 

「そうよね。彼らにも面子というものはあるでしょう。どれだけ腐っていても」

 

「どうなのじゃ?」

 

「……無論、ただでは済まなかった」

 

「やはり……」

 

「出来ることならば、僕たち全員で行って問い質してやりたかったが」

 

クルトは両手を握りしめる。

 

「思想や大義よりも足元のカネ。そんな時代に騎士道だなんだ言っても嘲笑されるだけだ」

 

「くっ……!」

 

キリコの言葉にクルトは顔を伏せる。

 

「だがここはアストラギウスじゃない。本気で戦争を止めたいなら叫ぶのを止めるな」

 

「キリコ……」

 

「キリコさん……!」

 

(孤独を語り、無頼でいようとしても仲間を常に気にかける。もしかしたらこれがキリコの本来の人格なのかもしれないな)

 

リィンはキリコの隠れた優しさを見抜いた。

 

「次にいく」

 

キリコは台座に触れた。

 

 

 

[キリコ side]

 

早朝、嫌な予感がして俺はアジトの外に出た。

 

15―B地区の周りは車両で囲まれているようだった。

 

すると車両から炎が放たれた。どうやら火炎放射器のようだ。

 

遅れてきてゴウトとバニラ、寝ぼけ眼のココナがやってきた。

 

業を煮やした治安警察は大掛かりな大掃除に取りかかったようだ。無論、燃やすゴミは俺たちだ。

 

急いで逃げようとしたが、空からミサイルがどんどん撃ち込まれた。

 

脱出路は塞がれ、俺たちはあっという間に炎に囲まれた。

 

ゴウトがどこで聞いたのかレッドショルダーのパルミスでの戦いの話をし、ゴウトはやけくそ気味に憤慨し、死を自覚したのかココナは泣きわめいていた。

 

その間俺は瓦礫の山から何とか脱出できそうな箇所を探しだした。

 

作業を手伝わせようと、バニラたちに鉄パイプを寄越す。

 

自暴自棄になり諦めかけていたバニラを殴り、脱出できそうな箇所に引きずっていく。

 

バニラの髪の毛を一本引き抜き、脱出できそうな箇所にかざす。空気が流れていて、髪の毛がゆれる。

 

ここの岩盤はそう深くはない。そう言うとバニラは俄然やる気になり、ゴウトとココナも作業にのり出した。

 

何とか穴を掘り、アジト内部に入り込んだ。だがアジトはそう長くは持たない。

 

するとバニラがテーブルをどかした。そこには脱出口が設置されていた。

 

どこに通じているかわからないため、俺は脱出口に取り付けてあったはしごを下りる。

 

はしごは途中までしかなく、飛び降りるには高すぎる。

 

周りを見ると、通気孔のダクトが見えた。

 

俺はゴウトにロープと短いパイプを要求した。

 

はしごにロープを結び、パイプを括り付けた方をダクトの方向に放る。

 

上手く引っかかったのを確認し、一人ずつ下りてくるように告げる。最初はバニラだ。

 

途中で留まっている俺にバニラは怪訝な顔をした。下を見て怖じ気づくバニラに、飛行機乗りのくせに怖いのか?と聞いた。バニラは悪態をつきながらも移動して行った。

 

次にココナが下りてきたが、途中で足を滑らせた。ギリギリで襟を掴み事なきを得た。

 

最後にゴウトを呼ぶ。爆撃が激しくなり、揺れが大きくなる。ゴウトがロープの真ん中にきた所で爆発が起こり、はしごが外れた。

 

俺とゴウトは投げ出されたが、何とかダクトの支柱に掴まり、俺たちは一人も欠けることなく街におりることができた。

 

奥まった所にあった空き家に入り、ゴウトたちが缶詰を頬張っている横で俺は得物の手入れをしていた。

 

そろそろ話しておく必要があるな。

 

俺はゴウトたちに、なぜ治安警察に執拗に追われるのかを話した。

 

ゴウトから命は惜しくないのかと聞かれたが、俺は簡単には死なない。

 

改めて見て思ったが、この発言もワイズマンの手の内なのかもしれないな。

 

三人について来るなら止めないと言ったが、全員尻込みしていた。さすがに強要できる次元ではないからな。

 

ゴウトたちと別れ、俺はバトリング会場へと向かった。

 

バトリング会場に詰めていた見張りを倒し、倉庫のシャッターを開けた。

 

比較的状態の良いATを見つけ、ハンディソリッドシューター、九連装ロケット弾ポッド、二連装対戦車ミサイルの武装を取りつけていく。

 

作業を進めていると、ゴウトたちが息を切らせて入って来た。

 

俺がここにいるのがバレたらしいが、そんな事は想定内だ。

 

その後、ゴウトたちの手を借り、ATの改造を進める。

 

その途中、バニラが左肩をスプレーで赤く染めた。

 

本人はレッドショルダーにあやかったようだが、レッドショルダーの赤は血のように暗い赤であることと、塗る位置が右肩であると訂正した。

 

この瞬間、俺が元レッドショルダーだということが露見したわけだ。

 

レッドショルダーだった頃の痛みなど、当時のバニラたちにはわからないだろうな。

 

直後、治安警察のものと思われる攻撃が始まった。

 

今度こそ、決着をつけてやる。

 

[キリコ side out]

 

 

 

「やっぱりレッドショルダーというのは、アストラギウスでは特別な意味を持っているのね」

 

サラは腕を組みながら言った。

 

「地獄でもやってける、か。大いに賛成だな」

 

「クロウはずいぶんキリコを買っているのね」

 

「まあな。東リーヴス街道で魔煌機兵百機を一機残らず叩き潰した場面を見ちまったからな。おまけにほぼフレームの状態でセドリック皇子様と相討ちに持ち込んだんだからな」

 

「何度聞いても信じられないんだが……」

 

「そういえば、キリコは精神を乗っ取られなかったのか?」

 

「魔煌機兵に乗った者は大抵精神の汚染を受け、攻撃的になるそうだが」

 

「妙な感じはしたが、問題なかった」

 

「そ、そう……」

 

「それを踏まえてもう一つ。アッシュさんの身代わりになった時はどうだったんですか?」

 

「頭の中で怨嗟のような声が響いてきたが、問題なかった」

 

「真面目に答えてください──」

 

「鉄血から聞いたんだけどよ、お前呪いを力ずくで抑え込んだんだって?」

 

「は………?」

 

「お、抑え込んだ……?」」

 

「そ、そんなバカな………」

 

セリーヌ、エマ、ローゼリアは言葉を失う。

 

「アッシュの左目の呪いを移された際、あまりにうるさかったからな。黙れと叫んだら大人しくなった」

 

「フフ、神にすら御せなかった男に呪いの一つや二つが通じる訳がなかろう」

 

「そ、そういう問題ですか!?」

 

「……魔術や呪術にとって意志の力は術の発動に必要となるファクターの一つ。キュービィーの鋼のごとき強靭な意志の力が呪いの力を凌駕したとしか思えぬ」

 

「本当に無茶苦茶……」

 

「それほどの意志……そなたはどうしてそこまで………」

 

「ワイズマン、よね?」

 

ある程度聞いていたエンネアはキリコに問いかける。

 

「ああ」

 

「ワイズマン?」

 

「………なるほど」

 

話を聞いていたミュゼは顔を上げる。

 

「キリコさん。それが貴方が殺したという神の名前なのですね?」

 

「ああ」

 

キリコは表情を変えることなく、肯定した。

 

「なんでんなことがわかんだよ」

 

「ワイズマンは賢者という意味だ。そして、黒の史書原本に記された存在もまた賢者となっている。そう読んだんだろう?」

 

「はい。さすがはリィン教官ですね」

 

「相変わらずの読みだな」

 

「大した洞察力ですわね」

 

「これが現カイエン公爵……」

 

(クク……あのクロワールのオッサンよりも数枚上手だな)

 

見つめるの読みに、デュバリィとエンネアは舌を巻き、クロウは先代カイエン公爵以上の器を感じた。

 

「なるほどな。そのワイズマンとやらがこの世界に転生を果たしたというのか」

 

「現時点では推測でしかない。たまたまやり口が似ていただけかもしれない」

 

「やり口?」

 

「そうだ、奴は──」

 

「まあまあ。それは後々のお楽しみということにしよう」

 

ロッチナが待ったをかけた。

 

「ロッチナ……」

 

「物事には順序というものがある。ワイズマンが何物なのかはまだ先のことじゃないか?」

 

「…………………」

 

「我々が今やることはキリコの記憶を見ることじゃないだろうか」

 

『…………………………』

 

Ⅶ組と鉄機隊は迷いつつも、ロッチナに従うことにした。

 

「では見届けるとしよう」

 

「…………………」

 

キリコはロッチナに促され、台座に触れた。

 

 

 

[ロッチナ side]

 

治安警察の車両から降伏を促す声が響く。無論、キリコはそんなものに応じるタマではない。

 

キリコは正面に躍り出て、アーマーマグナムで車両基地ライトを撃ち抜く。

 

警察車両も距離をおき、砲撃の体勢を取る。

 

キリコはラビットを逃がせとゴウトに告げる。他の面々はポカンとしているが、私はキリコの狙いがわかった。

 

姿を現したATの赤い肩に警官たちに動揺がはしる。

 

重装備のATが飛び出し、警察車両数台を破壊。そのまま逃走を試みる。

 

だががら空きの背中を撃たれ、引火したATは大爆発を起こした。これではパイロットは無事では済むまい。

 

レッドショルダーを撃破したことで、警官たちの気が緩んだ。

 

それこそがキリコの真の狙いだ。

 

背後から近づき、引き金を引いた。爆発が起こり、警官たちは途端にパニックに陥った。

 

実はキリコの言うラビットとは、ミッションディスクで動く囮のことだ。

 

ラビットで注意をひきつけ、背後から一気に殲滅する。兵法の基本だな。

 

警察車両を一台残らず潰したキリコは治安警察本部へと向かった。

 

信管を加えた不発弾が目を覚ました以上、これで治安警察に明日はなくなった。

 

そういえば、この時の私は軍の出動要請をかけるか否かという所だったな。

 

仮にメルキア全軍でウドを攻撃しても、キリコは必ず生き残るだろうがな。

 

[ロッチナ side out]

 

 

 

[キリコ side]

 

治安警察本部へと向かう俺は、その道中で警官たちによる妨害を受けた。

 

だが落ち目になりつつある治安警察など、俺の敵ではない。

 

二連装対戦車ミサイルで橋桁を破壊し、警察車両を全滅させた後、ビルの周りを飛ぶ戦闘ヘリを撃ち落としていく。

 

だが弾薬は無限ではない。

 

九連装ロケット弾が尽きた隙を突かれ、被弾した。

 

離れていくヘリをハンディソリッドシューターで撃ち落とすも、コンプレッサーをやられ、身動きが取れなくなった。

 

その時、ゴウトの声が聞こえてきた。

 

俺は下で受け止めるように告げ、ATから飛び降りる。

 

ゴウトたちの持ってきたATに乗り換え、再び治安警察本部を目指した。

 

治安警察本部前にまで来ると、奴が出てきた。

 

抵抗も虚しく激しい攻撃にさらされ、一方的に追い込まれた。

 

赤いATからショルダータックルを受け、吹き飛ばされた。その際俺はアーマーマグナムを手に持つ。

 

コックピットが開けられ、俺に触れようとしたところでアーマーマグナムの銃口を向ける。

 

だが、奴は抵抗することもなく投降した。

 

そのまま俺は女と共に治安警察本部へと入った。

 

ロッチナはユウナに俺が単独でクロスベル警察を破り、オルキスタワーを占拠するようなことと告げていた。さすがに言葉が出ないようだ。

 

女はプロトワンと名乗ったが、そんなものは名前ではない。

 

女によると、生まれた時からそう呼ばれてきたという。

 

抵抗する素振りを見せないので、俺はナイフで縄を切った。

 

そして、小惑星リドの研究所で何がおこなわれていたのかを問いつめる。

 

だが女は何もわからないと言った。一切の記憶がないという。

 

普通なら、信じる必要はなかった。だが、俺は女の話を信じられた。

 

他のことを聞こうとしたが、物陰に警官が潜んでいた。

 

そいつを追い払った後、俺は女と共に治安警察本部から脱出を図った。

 

エレベーターに乗り、最下層を目指す。だがどういうわけか、不安が募った。

 

女が機転を利かせて、床に穴を空けた。俺は扉にプラスチック爆薬を仕掛けた。

 

扉が開くと同時にプラスチック爆薬が爆発した。爆発とともに悲鳴が響き、俺の不安は的中した。

 

どうやら治安警察はバトリング選手を刺客として雇ったようだ。

 

ただのごろつきとなめてかかれば痛い目を見るのはこっちだ。俺と女は別れて戦うことにした。

 

バトリング選手数人を倒した後、俺は女の方へ向かった。

 

女は相手のATに苦戦していた。女は相手のATのぶちかましを受けた投げ出された。

 

俺は無我夢中で助けに入った。そして叫んだ。

 

 

 

フィアナ、と。

 

 

 

[キリコ side out]

 

 

 

「フィアナ……?」

 

「その名前は……」

 

「あの《F》に対して言った……」

 

「そうか。君たちは見たのだな?黒の工房が造り出した完成なる戦闘用ホムンクルスを」

 

「ルスケ大佐もご存知でしたか」

 

「うむ。最初に聞いた時はこう思ったよ。なんたる愚かなことをと」

 

「愚かな……?」

 

「あの男、黒のアルベリヒは愚かにも越えてはならん一線を軽々しく越えた。これでは破滅が約束されたのも同然だ」

 

「破滅!?」

 

「いったい何だって言うんですか!」

 

「あの……ルスケ大佐………」

 

ミュゼはおそるおそる手を挙げる。

 

「何かな?」

 

「どういうことなのでしょう……?キリコさんが言う"フィアナ"とは………」

 

「…………………」

 

「いったい……どういう繋がりが………」

 

「………そんなに知りたいかね?」

 

「…………………」

 

「良いだろう。君たちも聞くかね?」

 

『…………………』

 

Ⅶ組と鉄機隊は首を縦に振る。

 

「よろしい」

 

ロッチナは全員の方を向く。

 

「………フィアナ」

 

ロッチナはゆっくりと口を開く。

 

「メルキアが生んだ完全なる兵士パーフェクトソルジャー」

 

「パーフェクト……ソルジャー……?」

 

「文字通りの意味ですが……」

 

「そして、キリコにとって生きる目的であり………

 

 

 

キリコが唯一愛した女だ」

 

 

 

「え…………」

 

ロッチナの言葉に、Ⅶ組と鉄機隊は茫然自失となった。

 

「終わりの見えない泥沼の地獄の中で戦い、殺し続け、破壊と混沌を潜り抜けてきたキリコは、多くの感情を失っていた」

 

「…………………」

 

「人間誰しも、異性に安らぎを求めるものだろう?」

 

「安らぎ……」

 

「では、キリコは……」

 

「そう。キリコはフィアナに安らぎを見いだした」

 

「そして、キリコが生きる目的。それは名誉でも栄光でもない。ただ一つ、フィアナへの愛に他ならない」

 

「愛………」

 

(意外にも程があるぜ……)

 

「では……黒のアルベリヒは………」

 

「黒のアルベリヒ自身は意図したことではないのかもしれん。だがこればかりはいけない。奴はキリコの逆鱗に触れた。黒のアルベリヒ、いやフランツ・ラインフォルトは惨殺を持ってツケを払うことになるだろうさ。キリコという名の猛毒に触れた以上、な」

 

『………………………』

 

(父……様………)

 

 

 

[キリコ side]

 

Ⅶ組と鉄機隊は茫然自失といった状態になっているが、今は放っておく。

 

フィアナと共に脱出を図るが、敵の妨害を受けて引き離されてしまった。

 

直後、ゴウトたちに拾われたが、俺は残ることを告げた。

 

考えを変えない俺は一緒にずらかる算段だったゴウトたちから縁切り宣言を受けた。

 

その直後、上の階層が爆発とともに崩れた。

 

バニラはまた戦争が始まったのかと言ったが、ココナの言うとおりそれに関連するニュースは出ていない。

 

おそらく、軍が本腰を上げたのだろう。

 

地上に上がってみると、パラシュートパックを背負ったATが次々に降下してきた。既にあちこちで煙が上がっている。

 

この光景にゴウトたちも言葉をなくす。

 

もはや隠し通せはしない。

 

俺はゴウトたちに小惑星リドでの謀略と、それにイスクイ署長が関わっていることを話した。

 

ゴウトたちも、俺がなぜこうも治安警察を憎んでいるのか納得してくれた。

 

それにしても、軍隊は人殺しが商売か。思う所がないわけではないが、的を射ているとも言えるな。

 

ゴウトたちはずらかることを止めた。この分だと空港も全て軍が接収しているだろうしな。

 

俺たちはウドから脱出すべく、行動を開始した。

 

彷徨いていたATに近づき、ココナが墨のような物をターレットレンズにぶち撒ける。

 

パニックになったところを俺がコックピットをこじ開け、パイロットを倒した。

 

これで戦力を手に入れた。

 

迫り来るAT部隊を蹴散らしつつ、進んで行く。

 

その時だった。

 

別の区域からメルキア軍とは異なるAT部隊が現れた。

 

別のAT部隊の参戦で戦況は混乱を極めた。

 

さらにメルキア軍の破壊行動により、ウドの街は音をたてて崩れていく。

 

俺は無我夢中で戦った。

 

気がつくと、動いているのは俺だけだった。

 

いつの間にかゴウトたちとは離ればなれになってしまったようだ。

 

どこだ……みんなどこにいるんだ。

 

一人に……一人にしないでくれ。

 

そんなことを思いながら、俺は崩壊するウドの街から脱出した。

 

また、生き残ってしまった。

 

[キリコ side out]

 

 

 

「ここまでがウドでの記憶だ」

 

キリコはⅦ組らの方を向いた。

 

「なるほどな」

 

「長い戦いだったんだな」

 

「あれ?そういえばイスクイ署長ってどうなったの?」

 

「さあな。ロッチナは?」

 

「……メルキア軍の突入とともに私は部下を連れてイスクイ署長を捕らえに向かった。だが運悪く、爆薬の爆風にイスクイ署長を巻き込んでしまってな。吹き飛ばされたイスクイ署長は首が折れて死んでしまった。これで謎の組織との唯一の手がかりを失ってしまったというわけだ」

 

「そういうことでしたか。それとキリコさん。あのATはなんだったのですか?」

 

アルティナはキリコに話しかける。

 

「ああ。途中からやって来たゴツいやつな」

 

「キリコの乗っていたものとは別物ということは分かるんだが」

 

「あれはトータス系と呼ばれるATだ。パワーと耐久性が高いが機動力に欠ける。特に初期生産モデルは接近戦用のアームパンチとローラーダッシュ機構を持たないため近づいたら手も足も出ないということからドン亀などと呼ばれている」

 

「ドン亀……トータス系になぞらえての蔑称ということですか」

 

「間違ってはいない」

 

「軍では採用されていないのですか?」

 

「軍ではキリコを初め、ほとんどの兵士がドッグ系と呼ばれるATを好む傾向にある。トータス系を採用している所は僅かで、それこそバトリングでしか見ないな」

 

アルティナの疑問をロッチナが答える。

 

「そういや、キリコの奪ったAT、カラーリングが違ったんだが、なんか違うのか?」

 

クロウは薄紫色のスコープドッグを思い出しながらロッチナに聞いた。

 

「あれはメルキア軍のエリート部隊の一つ、ヘルダイバー部隊のカラーリングだ。まあ、別格の証だな」

 

「ヘルダイバー、地獄の潜航者ですか」

 

「なるほど。敵に狙われやすそうな色は戦士としての誉れか」

 

「どこにでも前時代的なものはあるのね」

 

「フフ。否定はせん。それにレッドショルダーの赤の方が人々の記憶に深く刻まれているだろうさ」

 

 

 

「ここまでは見てきたけど……」

 

「まだ台座は光っていますね」

 

エマは台座を見つめる。

 

「この後はクメン王国だな」

 

「ああ」

 

ロッチナの言葉をキリコは肯定する。

 

「クメン王国……そんな所があるのか」

 

「それについては後で。その前に……」

 

キリコの顔が険しくなる。

 

「何かあるのか?」

 

リィンはキリコに問いかける。

 

「そういえばキリコ、お前は確かデライダ高地に赴いたんだったな」

 

「ああ」

 

キリコは顔を上げる。

 

「俺にはもう一つ、決着を着けなくてはならないことがあった」

 




次回、過去の亡霊との決着です。

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