英雄伝説 異能の軌跡Ⅱ   作:ボルトメン

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二度目の記憶の部屋は終わりです。


ザ・ラストレッドショルダー

「俺にはもう一つ、決着を着けなくてはならないことがあった」

 

「決着?」

 

「なんだ、それは」

 

「……ペールゼンと、レッドショルダーだ」

 

「え!?」

 

「ペールゼンは失脚したはずでは?」

 

「失脚はしたが奴はしぶとく生き残っていた。そして、イスクイ署長らと同じ組織に身を置いていた」

 

「マジかよ……」

 

「そして百年戦争を生き残った元レッドショルダー隊員のほとんどがペールゼンの手足になっていた」

 

「忠義、とでも言うのか?」

 

「……俺と同じような目に遭ったにも関わらず、変わらずペールゼンに尻尾を振る奴らなどの考えなど知らん」

 

キリコは吐き捨てるように言った。

 

「つまり、キリコさんが決着をつけねばならない相手とは……」

 

「過去の亡霊、というわけか」

 

「そうだ」

 

(フフ……)

 

ロッチナは意味深に笑みを浮かべる。

 

 

 

[キリコ side]

 

俺がウドを脱出して一月が経った頃、とある街で懐かしい名前を聞いた。

 

かつてレッドショルダーに所属していた時の戦友、グレゴルーが仲間を集めているということだった。

 

目的は口に出さずともわかっていた。

 

グレゴルーたちはペールゼンに復讐するんだろう。

 

正直迷ったが、やはり俺は行くことにした。

 

集合場所であるバカラ・シティにある工場に行くと、さっそくバイマンとムーザが揉めていた。

 

どうやら、古いATの具合をみるのに誰が乗るか揉めているようだ。

 

俺が乗ろうと言うと、グレゴルーたちは俺を歓迎してくれた。

 

挨拶もそこそこに、俺は古いATに乗り込み動かしてみる。機動は悪くない。

 

だが左のターンピックの調子が悪すぎる。こんなすり減った状態ではブレーキなど期待できない。

 

これもバラすしかないようだ。

 

グレゴルーが両の頬を叩き、ボロボロのスコープドッグの改造作業が始まった。

 

[キリコ side out]

 

 

 

「皆さん、生き残っておられたのですね」

 

「ああ」

 

「さすがは元レッドショルダー隊員だな。キリコほどではないにせよ、生存率は並みの兵士を上回る」

 

(キリコさんと比べるのは無理がありすぎるかと……)

 

「ただ、あのグレゴルーという男は大分風貌が変わったような……」

 

「やはり過酷な戦場につけられたのか?」

 

「それは今わかる」

 

キリコは再び台座に触れる。

 

 

 

[キリコ side]

 

作業中、俺はバイマンからグレゴルーとムーザのことを聞いた。

 

グレゴルーは激戦地の最前線に送られ蜂の巣にされたそうだ。一命はとりとめたが、全身縫い跡だらけになったらしい。

 

ムーザは極秘作戦に着くことになったらしいが、故郷にいる家族に作戦内容を洩らしたとあらぬ疑いをかけられ、家族を皆殺しにされたそうだ。

 

バイマンは?と聞いたが、はぐらかされた。だが、あの右腕は……。

 

当てにならないスクラップ品を寄せ集めて、ようやくタイプ20と呼ばれる、スコープドッグ・ターボカスタム四機が完成した。

 

腰部にガトリング砲と二連装対戦車ミサイルを、右肩に七連装ミサイルポッドを、左肩に三連装スモークディスチャージャーを取り付け、手数と火力を高める。

 

さらに、両足のローラーダッシュ部分に高機動用のジェットローラーダッシュ機構を増設させる。これにより素晴らしい加速力を得るが、反面操作性能が劣悪になる。

 

当然、パイロットの負担も跳ね上がる。負担が上がるということは、死亡率も向上するということだ。

 

以上のことから、軍はおろかレッドショルダーでも制式採用されなかった曰く付きの機体だ。

 

それでもこのタイプ20を選んだのは、こちらから強襲するためだった。

 

機体が組み上がるとバイマンは肩を赤く塗れば完成だと言った。

 

すかさずグレゴルーが『貴様塗りたいのか』と凄んだ。

 

バイマンもさすがに本気ではなかったようですぐに引っ込んだ。

 

最後に補給用のPL液をタンクに詰め、少しばかり仮眠を取った。

 

[キリコ side out]

 

 

 

「タイプ20……そんなものを組み上げていたとはな」

 

「現時点で、強襲用ATはタイプ20が最適だ」

 

「それもそうだな」

 

ロッチナは頷いた。

 

「キリコ」

 

「?」

 

「君はペールゼンやレッドショルダーのことは本当に許せないんだな?」

 

リィンはキリコに問いかける。

 

「ええ。絶対に生かしておくわけにはいかない」

 

「そ、そうか。だが、復讐は……」

 

「ここで済ませておかなければ、一生後悔することになるので」

 

「………………」

 

キリコは横顔を見たリィンは二の句が継げなくなる。

 

「後悔、か」

 

クロウはキリコを見つめる。

 

「おぬしは復讐を否定せんのか?」

 

「否定はしない」

 

ローゼリアの問いにキリコはきっぱりと答える。

 

(復讐……)

 

(キリコさん……)

 

ユウナとミュゼはキリコを不安げに見つめる。

 

「……まあよい。続きを頼む」

 

「わかった」

 

 

 

[キリコ side]

 

早朝、俺たちはペールゼンとレッドショルダー残党が潜んでいるというデライダ高地へと出発した。

 

情報源となる写真はバイマンが持ってきた。バイマンは単独で情報収集に力を注いでいたらしい。

 

デライダ高地へ向かう道中、レーダーに奇妙な反応があった。

 

百年戦争により、惑星メルキア総人口の四分の三が死に絶え、植物は一部地域の除いて消えてなくなり、デライダ高地も例にもれないはずだった。

 

だがデライダ高地にある、基地のような建物から植物の反応が出た。

 

バイマンは老後の道楽にランの栽培をしているかと軽口をたたく。

 

だが俺にはなぜかわかった。デライダ高地の基地ではとんでもないものを造っていることが。

 

途中で休息を取っていると、突然ムーザがこの作戦から降りると言い出した。

 

原因はバイマンの態度に業を煮やしたからだった。

 

元々皮肉屋のバイマンと生真面目なムーザは馬が合わない。

 

俺がレッドショルダーにいた頃も些細なことで口論になっていた。

 

グレゴルーがなだめるが、ムーザはそれでも聞く気がないようだ。

 

そこで俺は火のついた木材をバイマンの右手に投げてよこした。

 

バイマンは悲鳴をあげずに平然としていた。グレゴルーとムーザはどういうことだと目を見開く。

 

無理をするなという俺の言葉に、バイマンは黙って右の手袋を外す。

 

俺の予想通り、バイマンの右腕は義手だった。

 

バイマンは激戦地に送られた後、敵の攻撃で右腕を吹き飛ばされて失った。それ以来、ペールゼンのことを恨み続けていた。

 

この事実にムーザも思わず、大丈夫なのかと聞いた。

 

バイマンは、ペールゼンを絞め殺せる武器があると笑みを浮かべる。

 

その後、俺たちは改めてペールゼンを殺す決意を固めた。

 

[キリコ side out]

 

 

 

「なるほど」

 

ロッチナは軍帽を被り直す。

 

「いよいよ、復讐劇の幕開けか」

 

「………………」

 

「おいおい、復讐ってのはそんな愉快そうに言うもんじゃねぇんだぞ?」

 

「確かに、君の言うとおりだ。ジュライ市国最後の市長の孫にして、帝国解放戦線リーダー《C》君」

 

「………喧嘩売ってんのか?」

 

ロッチナの言葉にクロウは殺気が溢れる。

 

「クロウ」

 

「………チッ!」

 

「ルスケ大佐も煽らないでください」

 

「フフフ、失礼」

 

「………………」

 

 

 

[キリコ side]

 

俺たちはATに乗り込み、デライダ高地に建てられた基地に近づいた。

 

すると、バイマンがムーザに詫びを入れようとした。

 

驚くムーザだが、そんなことは終わってからにしろとグレゴルーが待ったをかける。

 

そうだ、ここは既に戦場だ。

 

俺たちが頭を切り換えるや否や、奥から黒いATが群れを成して襲いかかってきた。右肩が血のように暗い赤。

 

間違いなくレッドショルダーだ!

 

俺たちは一斉に引き金を引き、黒いATを殲滅した。

 

だがレッドショルダー残党がこれだけのはずがない。

 

俺たちは覚悟を決めて基地に突入した。

 

[キリコ side out]

 

 

 

「これほどとは……」

 

「キリコ君たちは勿論だけど、他もなかなかの腕を持っているわね」

 

「無論、敵も手強そうですわね。キュービィー、あの黒い人型兵器は?」

 

「レッドショルダーに回された新型か何かだろうな」

 

「知らないんですの?」

 

「ボロー司祭のいる組織は独自の技術を持っている。軍には採用されていない機体を持っていても不思議ではない」

 

「そうなんですね。ルスケ大佐はご存知ありませんか?」

 

「資料で目にしたことがある。名前は確か、ブラッドサッカーだったな」

 

「ブラッドサッカー……」

 

「吸血鬼、とも言いますね」

 

「真祖ならここにおるぞ」

 

「黙ってなさい」

 

セリーヌがピシャリと言う。

 

「しかし、あの赤い肩は変わらないんだな」

 

「何を以て、あのような色になったのか……」

 

「……敵の血潮で濡れた肩」

 

「「え?」」

 

ロッチナの言葉にマキアスとガイウスが振り向く。

 

「レッドショルダーの肩の色は敵の返り血が染まったものというのが、当時の兵士たちの見識だよ。それほどまでに畏れられていたということさ」

 

「そんなにも……」

 

「他にも吸血部隊、地獄の使者、情無用命無用の鉄騎兵、赤い肩をした鉄の悪魔。レッドショルダーの名は恐怖と共にアストラギウス銀河全体に響き渡ったのだ」

 

「なんとも……恐ろしいのぉ………」

 

「キリコの場合、たった一人で魔煌機兵部隊、オーロックス砦、黒竜関を潰してきた。これをワンマンアーミーと言わずして何と言おうか」

 

「ワンマンアーミー……たった一人の軍隊ですか………」

 

アルティナは息をのむ。

 

「フフフ、次はいったいどこを標的にするのかな?ジュノー海上要塞か?それともドレックノール要塞か?いやいっそのこと帝都ヘイムダルか?」

 

「ル、ルスケ大佐!?」

 

マキアスは思わず狼狽える。

 

「それとも………クロスベルを舞台にカルバード共和国と戦争してみるか?」

 

『………………………………………』

 

「………お前の知ったことじゃない」

 

キリコはロッチナを睨む。

 

(そうですね、地の利を考えるならやはり……!?わ、私今何を考えて……!?)

 

無意識に戦略を描いていたミュゼはハッとなった。

 

(私は………)

 

 

 

[キリコ side]

 

レッドショルダー残党を蹴散らしながら、俺たちは奥へと進む。

 

すると、一機の黒いATが襲いかかってきた。

 

ムーザ機は俺たちを先に行かせて応戦するが、一発も被弾しなかった。

 

成す術なく、ムーザ機は爆散した。

 

バイマンとグレゴルーは目の前の光景が信じられないようだった。

 

だが俺は見覚えがある。

 

この反応速度は普通の人間じゃない、PSだ。

 

乗っているのはフィアナなのか?

 

そう思っていると、通信が入った。

 

声の主は忘れもしない、ペールゼンだった。

 

ペールゼンは、俺たちを追うのは人間では到底敵わない存在だと言った。

 

だがそれでも止まるわけにはいかない。ここで済ませておかなければ、一生後悔するからな。

 

その直後、グレゴルー機が黒いATの前に立ちふさがった。

 

グレゴルーと別れた俺とバイマンは二手に別れ、さらに奥へと進む。

 

広い場所に出てきた。そこにはレッドショルダーが待ち構えていた。

 

通信から、俺をレッドショルダーの落伍者と罵る声が響く。

 

ペールゼンなんぞに尻尾を振るくらいなら俺は落伍者で十分だ。

 

武装をフルに使い、一機ずつ確実に潰していく。

 

[キリコ side out]

 

 

 

「キリコ……!」

 

「……ムーザとグレゴルーはここで命を落とした」

 

「そうなのか……」

 

「それよりよ。あの黒いATに乗ってんのは……」

 

「アッシュ!」

 

ユウナはアッシュを強く咎める。

 

「大丈夫だ」

 

「で、では……!」

 

「そうだ。乗っていたのは別人だ」

 

(そして、後にキリコと血で血を洗う死闘を演じることになる)

 

ロッチナはひそかにほくそ笑む。

 

「…………………」

 

キリコは台座に触れる。

 

 

 

[キリコ side]

 

あらかた倒し終えると、例のATが襲ってきた。

 

俺は何度も呼びかけるが、反応はない。

 

叩きのめされ、遂に機体から投げ出された。

 

止めを刺そうとATはアサルトライフルを向ける。

 

すると、どこからか女の声が聞こえてきた。

 

間違えるはずがない。俺が会いたくてたまらなかったフィアナの声だ。

 

フィアナの声に反応したのか、パイロットが降りて来た。

 

降りて来たのは銀髪の男だった。フィアナはこの銀髪の男をプロトツーと呼んだ。どうやらこのプロトツーもPSのようだ。

 

プロトツーは見た後、俺に銃を向ける。フィアナはそれを必死に止めようとした。

 

愛するのがどういうことか。そう言ったフィアナはプロトツーに口づけをした。

 

俺は放心するしかなかった。

 

今思えば、プロトツーに対する精一杯の愛情表現なのだろう。

 

そのままフィアナはプロトツーを連れて行ってしまった。

 

遠くから銃声が響いてきたことで俺の意識は現実に戻った。

 

俺はふらつきながらも、さらに奥へと進む。

 

最奥ではペールゼンが待っていた。

 

久しぶりに見るペールゼンにはあの頃の凄みは全くなかった。

 

あのプロトツーでも俺を殺せなかったことに恐怖を感じているようだ。

 

ペールゼンはいきなり拳銃を発砲。同時に膝から落ちた俺は被弾を免れる。

 

これでペールゼンはさらに恐怖にかられたようだ。

 

俺には今のペールゼンはただの弱々しい老人にしか見えなかった。

 

ペールゼンが殺せと言った直後、銃撃がペールゼンを襲った。

 

ペールゼンは吹き飛ばされ、ピクリとも動かなかった。

 

俺の目の前に、バイマンが倒れこんだ。

 

ペールゼンを撃ち倒したことに安堵していた。

 

だが、もはやバイマンには手の施しようがなかった。

 

バイマンは俺に最期の別れを告げて息を引き取った。

 

その直後、基地が大きく揺れる。どうやら自爆装置が発動したようだ。

 

俺はありったけの力を振り絞り、基地を脱出した。

 

背後に巨大な火柱が上がり、基地は消滅した。

 

この日をもって、レッドショルダーは完全に消えた。

 

だが俺の胸に達成感などこれっぽっちもなかった。

 

また一人だけ生き残ってしまったこと。フィアナのこと。

 

俺は全てを忘れるため、いずこかの戦場を探し求めることにした。

 

[キリコ side out]

 

 

 

「ここまでのようだな」

 

キリコがそう言うと台座は輝きを失った。

 

「キリコ君………」

 

ユウナは顔を伏せる。

 

「どうした?」

 

「あたしも……キリコ君と同じだったのかも……」

 

「………………」

 

「帝国にクロスベルを占領されて、憎くてたまらなかった。近所でも、帝国に復讐するって話も多く出てて、そうするべきだってあたしも思ってた……」

 

「………………」

 

「でも………そんなことしても、空しいだけなのにね……」

 

「ユウナ……」

 

「ユウナさん……」

 

クルトはユウナの肩に手を置き、アルティナはユウナの震える手を握る。

 

「ユウナが気にすることじゃない」

 

キリコはユウナの目を見る。

 

「これはあくまで俺自身がやりたいと思った結果だ。何も後悔していない」

 

「キリコ君……」

 

「ユウナが帝国に復讐したいなら俺は別に止めはしない。だがユウナ、後悔はしないか?」

 

「後悔なんて……するに決まってるじゃない!」

 

「ユウナ……」

 

「それでいい」

 

「キリコさん……」

 

「中途半端な気持ちで復讐をしようと、結果は見えている。全てを犠牲にしてでも成し遂げる覚悟がいる」

 

「覚悟……」

 

「俺のようになるな」

 

「キリコさん……!」

 

「チッ!まだるっこしいんだよてめぇは」

 

アッシュは頭を掻いた。

 

「キリコ君」

 

「?」

 

「ありがと……」

 

「気にするな」

 

(キリコ……)

 

 

 

「さて、私はこのあたりで失礼させてもらうよ」

 

「もう行くのか?」

 

「何分多忙な身ですので」

 

(よく言う)

 

(アル、ルスケ大佐ってどういう人なの?)

 

(情報局員としては他に例え難い有能な方なんですが)

 

(確かに、クロウさんの身元を言い当てたしな)

 

「また会おう、トールズ新旧Ⅶ組に鉄機隊」

 

「待て、ロッチナ」

 

キリコはロッチナを呼び止める。

 

「何かな?」

 

「一つ頼みたいことがある」

 

「ほう。お前から頼みとは珍しい」

 

「フルメタルドッグの武装のことだが……」

 

「わかった。いくつか取り寄せよう。運搬はどうする?」

 

「里まで持って来ないのか?」

 

「私のペンデュラムでは一人が限度らしい」

 

「そうか」

 

「ならば、里の者を手伝わせよう」

 

ローゼリアが名乗り出る。

 

「ちょっと、良いのアンタ?」

 

「ある程度融通は効かせんとな。ここまできたら妾も最後まで見届けねばならん」

 

「え?」

 

「ルスケよ、おぬしは以前申したな?この帝国を覆う災いをたった一人の男に覆される瞬間を見てみたくはないか、とな」

 

「フフ、そんな会話もありましたね」

 

「忌々しいがキュービィー、妾は賭けるぞ。おぬしの持つ異能の力にな」

 

「………………」

 

「ローゼリアさん……」

 

「決まったようですな。では」

 

ロッチナは記憶の部屋を出ていった。

 

「とりあえず、俺らも出ようぜ」

 

「そうだな。なんだか風呂に入りたいな」

 

「結構汗かいちゃったし」

 

「そうね。温泉に入りたい気分ね」

 

「あら?温泉まであるんですの?」

 

「そういえば、湯気が立っていたな」

 

「妖精の湯と言って、とても良い温泉ですわ。美白美人になること請け合いなしですよ?」

 

「そ、そう言われると入ってみたくなりますわね」

 

「よし!そうと決まればさっそく妖精の湯に向かおうぞ」

 

ローゼリアを先頭に、一行は記憶の部屋を出た。

 

 

 

午後 8:30

 

「なんで温泉が男女で仕切られていないんですの!!?」

 

妖精の湯に着いたデュバリィは脱衣場で吠える。

 

「言い忘れていたんですけど、ここって混浴なんですよ」

 

ユウナが前に出る。

 

「一番伝えなきゃいけないものをなんで言い忘れてやがるんです!?」

 

「デュバリィさんたちは混浴は初めてなんですか?」

 

「当たり前でしょう!私たちは聖女の異名をとるマスターの下僕。皆、純潔を貫いています!」

 

「でも、里の人たちも当然のようにご入浴なさっていますよ?」

 

「む、むう……」

 

「仕方ないわね。覚悟を決めるしかなさそうね」

 

「そうだな。まあ、不埒な真似をする者には制裁を食らわせればいいだけだ」

 

アイネスは指を鳴らす。

 

「ああ、その点は心配ないと思いますよ?」

 

「まあ、なんだかんだ言って私たちも慣れちゃったしね」

 

「うむ。皆でユミルの温泉に入ったこともあったな」

 

「確か、エリゼさんとアルフィン殿下もおられたんでしたね」

 

「最初こそあれだったけど、わりと早く馴染めたよね」

 

「貴女たちいったい何者なんですの!?」

 

デュバリィは再び吠える。

 

「まあまあ。とはいえ、ここの温泉はそれほど広くはないのでまずは乙女からという取り決めになってますから」

 

「そ、それを早く言いなさい!」

 

デュバリィは湯着を纏い、脱衣場を出る。

 

「デュバリィさん、さっさと行っちゃいましたね」

 

「フフフ……」

 

ローゼリアは意味深な笑みを浮かべる。

 

「ローゼリアさん?」

 

「リアンヌの一番弟子、デュバリィと言ったのう。なかなか弄り甲斐がありそうじゃのう」

 

ローゼリアは両手を動かしながら脱衣場を出ていった。

 

「えーーっと………」

 

「放っておきましょう……」

 

「……もしやアリサさんも?」

 

「……聞かないで」

 

「………どんまい」

 

「アリサさん……ごめんなさい」

 

エマはアリサに詫びる。

 

「なんだかデジャブを感じるわね」

 

「紅の戦鬼殿と似た目付きと動作だったな」

 

その直後、デュバリィと思われる悲鳴が響いた。

 

 

 

午後 9:30

 

Ⅶ組女子と鉄機隊が温泉を堪能した後、Ⅶ組男子が温泉に浸かっていた。

 

「はあ~~~っ!」

 

クロウは両腕を伸ばす。

 

「いや~~、良い風呂じゃねぇの」

 

「そうだな。ユミルの温泉と甲乙つけ難いな」

 

「温泉郷ユミルですか、行ってみたいですね」

 

「ルーレより北にあるんだよな?」

 

「ああ、今の季節は涼しくていいぞ。冬はかなり寒いけどな」

 

「冬の温泉も悪くないよねぇ」

 

「雪を見ながら熱い湯に浸かる。あの感覚は平地では味わえまい」

 

「皆さんも行かれたことがあるんですね」

 

「うん。一度目は内戦勃発の少し前。一泊二日の小旅行でね」

 

「確かあん時は季節外れの猛吹雪になったんだよな?」

 

「猛吹雪?内戦の少し前なら十月ですよね?」

 

「あの時、結社身喰らう蛇の執行者の一人である怪盗Bが現れてな。アイゼンガルド連邦に続く山道で猛吹雪を起こしたんだ」

 

「怪盗B!?あの神出鬼没の泥棒と言われる!?」

 

「マジかよ……つーか、結社の一員かよ」

 

「信じられないかもしれないが、事実だ」

 

「何とか追い払って、騒動は解決したんだ」

 

「その後、お前は師から中伝を名乗ることを許されたんだったな」

 

「ああ。よく覚えているな」

 

「そうだったんですか」

 

クルトは大きく頷いた。

 

「二度目は内戦でバラバラになった後、全員が揃うまでお世話になっていたんだ」

 

「そして、カレイジャスに乗って内戦に介入したと?」

 

「そのとおりだ」

 

「そういや、よ。カレイジャスは学生だけで運用してたって噂があんだが、ホントか?」

 

「アッシュ、いくらなんでもそれは……」

 

「本当だぞ?」

 

「トワ先輩が艦長代理でね」

 

「ええっ!?」

 

「マジかよ!?」

 

クルトとアッシュは揃って驚いた。

 

「アルフィン皇女を神輿にして、そんなところだろう」

 

「神輿という言い方はあれだが、内戦介入にあたって、俺たちの後ろ楯になっていただいた」

 

「そもそもカレイジャスは皇族専用艦だからな。西部へ行かれたオリヴァルト殿下の代理として、ご活躍なされていたよ」

 

「なるほど」

 

キリコは両手で顔をふく。

 

「そういえば、キリコは内戦でオリヴァルト殿下に会ったことはないのか?」

 

「ほとんどすれ違いだったから戦時中は会ったことはない。西部のあちこちで火消しをしていたことは噂にはなっていたが」

 

「それでも戦いは止まなかったんだね」

 

「あの二人が素直に聞くとは思えない」

 

「あの二人……」

 

「誰を指しているのか一発で分かったな」

 

「クロウはキリコの噂とか聞かなかったの?」

 

「あの総司令が周囲に上手く隠しててな。単なるガセだと思ってたんだよ。黄金の羅刹と黒旋風が愚痴ってんのを又聞きしたぐらいだな」

 

「へえ」

 

「まあ、変に広めて損害被ったんじゃ本末転倒だもんな」

 

「確かにそうかもね」

 

その後、Ⅶ組男子はのぼせる前に温泉から出た。

 

 

 

午後 11:15

 

「………………」

 

他のメンバーが寝静まる中、キリコはローゼリアのアトリエを出て、空を見上げていた。

 

(フィアナ……)

 

「キリコさん………」

 

「!?」

 

キリコが振り向くと、そこにいたのはミュゼだった。

 

「どうした?」

 

「なんだか眠れなくて」

 

寝間着の上に上着を一枚羽織ったミュゼはキリコの隣に立つ。

 

「キリコさん……」

 

「なんだ」

 

「フィアナさんとは……どんな方だったんですか?」

 

「なぜそんなことを聞く」

 

「ご無礼は承知の上です。ですが、知りたいんです」

 

「……………………」

 

「……………………」

 

しばらく無言が続き、キリコは口を開く。

 

「………俺は戦うことしか能のない兵士だった」

 

「………………」

 

「過去も夢も砕かれ、未来を閉ざされた俺には今しかなかった」

 

「………………」

 

「だがウドでフィアナと出会った時、こう思った。もっと生きたい、と」

 

「生きたい……そうだったんですね」

 

ミュゼは顔を上げる。

 

「キリコさんは、フィアナさんを本当に愛していらっしゃったんですね」

 

「………ああ」

 

「そうでしたか。ふふ、とっても素敵です」

 

ミュゼは笑顔を浮かべる。

 

「おやすみなさい、キリコさん……」

 

ミュゼはゆっくりと戻って行った。

 

 

 

「………………」

 

キリコは再び空を見上げる。

 

(《F》……あいつが本当に俺の知るフィアナならば、俺はどんな手を使ってでも、止めなくてはならない)

 

キリコは両手に力をこめる。

 

(もう一度……眠らせてやる)

 

 

 

[ミュゼ side]

 

(私……夢を見ていたのね)

 

部屋に戻り、私はベッドの中に潜り込みました。

 

(キリコさんが時々見せる、あの寂しそうな眼は、フィアナさんを想ってのことだったんですね)

 

最初から私が踏みいる所なんかなかったんですね。

 

(なら知らなければよかった……ううん、今さら言っても仕方ありません。お二人の間を邪魔することなんてもっての他です)

 

(それに私はカイエン……公爵……夢のことなど忘れ……て………)

 

なんで……涙が出てくるんでしょう。だって……だってもう……!

 

(やっぱり………忘れるなんてできない………!!)

 

シーツを掴み、歯を食いしばり、声をたてないようにして、私は泣きました。

 

(あぁ……キリコさん……キリコさん!)

 

こんなにも……こんなにも……貴方のことが……!

 

[ミュゼ side out]

 




次回、魔の森で……

(第三章 魔樹〜)

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