[キリコ side]
ニイタンの焼き討ちの翌日、俺はゴン・ヌーに呼び出されていた。
ゴン・ヌーは命令違反について申し開きはあるかと言ったが、俺からはなかった。
俺の言葉を聞いたゴン・ヌーは自分の権限で命令違反は不問にすると言った。
カン・ユーは反発したが、ゴン・ヌーから指揮能力の無さ、ニイタンを灰にしたことを責められて何も言えなくなった。
俺は基地防衛も任務の内だと言ったが、後のことを考えると、更迭させた方が良かった。これは本当に悔いが残る。
カン・ユーを退室させた後、俺はロッチナと再会した。
そこで俺はロッチナからPSについてようやく知ることが出来た。
『…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………』
新旧Ⅶ組、セドリックたちは言葉を失っていた。
いや、青ざめていたと言うべきか。
「これがPSだ。人間の持つ本来の能力を増幅させ、脳そのものに手を加えることで発達したコンピューターに匹敵する力を得た。これを新人類と言わずしてどう言おうか」
「ふざけるなっ!!」
リィン教官は激怒した。
それはそうだろう。普通の人間の感覚ならこうなるのが自然だ。
「あんたは……あんたたちは命をなんだと思ってるんだっ!!」
リィン教官はロッチナの胸ぐらを掴んだ。
「これが軍というものだよ。それにPSはあくまで人間の形をした兵器。利用価値はあるこそすれ、人間だと思うことはない」
「この……人でなし!!」
ユウナも吼える。
「何と言われようと、これは実際にあった出来事。そしてキリコの過去なのだ」
「くっ……!」
「それにプロトワン……フィアナについても想定外の出来事だった」
「想定外……?」
「元々、プロトワンと呼ばれるようになる素体はキリコによって目覚めさせられた」
「リドとか言う研究所でだよな」
「その際、素体は完全に空白の状態でキリコを見た。これが何を意味するか分かるかね?」
「空白の状態でキリコを?」
「……そうか。刷り込みですね?」
エマ・ミルスティンは理解したようだ。
「そう。卵から孵ったばかりの雛が初めて見たおもちゃの鳥を親だと思い込むように、素体の潜在意識の中にキリコの存在が強く刷り込まれたのだ。キリコはフィアナに安らぎを、フィアナはキリコに愛情を。まるでアダムとイブのように」
「アダム?イブ?」
「アストラギウスの伝説に登場する、最初に誕生した男と女だ。そして人類初の夫婦になったと言われている」
「そんな伝説が……」
「まあそれは置いておいていい。続きといこう」
俺は無言のまま台座に触れた。
俺はキデーラ、ポタリア、シャッコらと共に、ムナメラ川を塑行し、ビーラー・ゲリラの巣窟へと向かうことになった。
また、敵に悟られないように、この作戦は隠密行動ということも決まった。
だがここで無能がやってくれた。
奴は俺が隠密作戦の指揮を取るのがよほど気に食わないらしい。
ボートでムナメラ川を塑行している時、野菜や果物を積んだボートとすれ違いになった。
正直、怪しいがここは無視しておく。
だがこの無能は積んであった機関銃を乱射し、ボートを沈めた。
ポタリアは声を荒げて抗議したが、無能は聞く耳持たずだ。キデーラに至っては興味すらないようだった。
しばらく進むと、大きな建物が見えてきた。
ポタリアによると、ラモー寺院と言うらしい。
俺は無視するべきだと言ったが、無能は調べると言って聞かない。
言い合いの末、俺たちはラモー寺院に乗り込むことになった。
ラモー寺院のあちこちを調べてもビーラー・ゲリラに関するものは見つからなかった。
こうしている間にも、俺たちのことはビーラー・ゲリラに知られているだろう。
ようやく、ラモー寺院から出ることが出来た。
だがこの無能はとんでもないことをしてくれた。
一艘のボートをわざと川に流した。
その瞬間、ボートは爆発した。
無能はビーラー・ゲリラの巣だと息巻いて突っ込んで行った。
これでは寝ている子どもを叩き起こすようなものだ。
結局、俺たちはラモー寺院を徹底的に破壊し尽くした。
無能はビーラー・ゲリラの巣を叩き潰したと得意気になっていたが、もはや隠密作戦など失敗だ。
俺は念のために後方へと連絡を取っておいた。
無能は勝手なことをするなとほざいたが、どの口が言っている。
任務に支障が出たなら報告するのが常識だろうに。
しばらくして、アッセンブルEX-10から連絡係が来たが、その連絡係とは何とバニラだった。
後でゴウトに聞いたところ、店を焼かれたバニラは戦争にたかるのは飽き飽きしたと言って、ゴウトのつてをたどって軍に志願したそうだ。
実際、まともな職に就いて大成功をおさめることになることを踏まえると、この時の決断が功を奏したのだろう。
バニラが無能に皮肉を言っている中、俺は瓦礫の山となったラモー寺院を見つめていた。
何かを求めて戦場に来る者。その日の糧のために引き金を引く者。理想のために己を手を血で染める者。そして炎と硝煙の中でしか生きられない俺。
ここは神の住処なんかじゃない。
ただの瓦礫の山だ。
[キリコ side out]
「救いようがないね」
「作戦って意味を調べ直して来いっての」
シャーリィとランディは揃ってため息をついた。
「どうだっていい」
「良いんですか?キリコさん」
「あれでも一応、上官にあたる。嫌味ったらしい上司などめずらしくもない」
「それは、まあ……」
キリコの言葉に何人かが頷く。
「本来ならもっと進んでいたってことですよね?」
「妨害はあるだろうが、少なくとも意見を求めることはなかったはずだ」
「でしょうね」
「ここからはどうなったんだ?」
「ボートを失った以上、歩いて行くしかない」
キリコを台座に触れた。
[ロッチナ side]
キリコたちはゴン・ヌーから指令を受け、三日月湖を目指すことになった。
だがラモー寺院襲撃により、敵に筒抜けなのは明白だ。
余計な道草を食っておいて大手柄とは笑わせてくれる。
カン・ユーは未だしゃしゃり出てくるが、もはや面従腹背と言っても過言ではなかった。
様々な感情が渦巻く中、キリコたちは三日月湖に到着した。
まるで地雷原を行くが如く、神経を張りつめながら一歩一歩進んでいる。
だがやはり地の利はビーラー・ゲリラにある。
三日月湖の中洲に差し掛かった時、ビーラー・ゲリラから襲撃を受けた。
キリコたちは必死に応戦するが、数では劣っていたし、なによりイプシロンも出撃していた。
そんな時、三日月湖上空を一機のヘリが旋回していた。
一瞬だけしか見えなかったが、乗っているのはフィアナのようだ。
おそらくキリコがイプシロンに倒される瞬間を見せつけるためにヘリに乗せたのだろう。どこかの心理学者は強いショックを与えると記憶が上書きされると言ったらしいしな。
まあ、戦闘中ということもあってかキリコは気づいていないようだな。
キリコは対PS専用ミッションディスクをセットし、イプシロンに挑んだ。
だがそれでもイプシロンには一歩及ばなかった。
イプシロンの乗るATの猛攻を受け、キリコは敗北寸前まで追いつめられた。
その時だ。
フィアナらが乗るヘリが二機の間を断ち割るように湖面を叩いて通りすぎて行き、墜落した。
キリコもようやくフィアナの存在に気づいたようだ。
このどさくさに紛れてフィアナはヘリから逃げ出した。
[ロッチナ side out]
[キリコ side]
俺たちは当初の目的通り、PSの奪取に動くことになった。
カン・ユーは敵本拠地突入に拘っているが、それでは作戦の目的が変わってしまう。
ポタリアたちが俺の方についてくれたこともあり、カン・ユーも折れざるを得なかった。
しばらく進行していると、ビーラーのATから攻撃を受けるイプシロンとフィアナの姿があった。
俺たちはビーラーとイプシロンを討つために奇襲をかけた。
難なく後ろを取り、ビーラーのATを撃破していく。
そんな中、俺はカン・ユーの姿が見えないことに気づいた。
いやな予感がして、俺は急いで探すことにした。
川のほとりでカン・ユーがフィアナにナイフを向けていた。
俺は夢中でカン・ユーに飛びかかった。
揉み合いの末、俺はカン・ユーを増水した川に蹴り落とした。
既に疲労困憊の状態になっていた俺は、フィアナの顔を見上げながら気絶した。
気がつくと、朝になっていた。
なにやらうまそうな匂いがする。
体を起こすと、フィアナが軍用レーションで料理をしていた。
腹がへったと言ったらフィアナが可笑しそうに笑った。
食べてみると、不思議と味が違う。
元々、食べ物に関して俺は無頓着だった。
腹を満たせれば味は二の次だと思っていた。
フィアナによると戦闘や日常生活に関することを何から何までプログラムするわけではなく、自分で覚えたのだという。
その点イプシロンは戦闘に関するのが大半なのだろう。
食事を終えた後、俺はカンジェルマン宮殿に連れて行ってほしいと頼んだ。
フィアナは自分と共に逃げてと言った。
ウドの時の俺なら共に逃げていただろう。
だが俺は死にに行くわけじゃない。
フィアナと共に生きるために戦う。
その原動力は間違いないなく、フィアナへの愛だろう。
[キリコ side out]
「まもなくクライマックスみたいだね」
「そうだな」
「でもよ、お前大丈夫なのかよ?」
クロウは微妙そうな顔をした。
「カン・ユーのことか」
「少なくとも、上官殺しを犯したことになるもんね」
「キリコさん……」
ミュゼは不安そうな顔をした。
「やはり咎められたようだな」
「ええ」
キリコは台座に触れた。
[キリコ side]
カン・ユーを殺った。
俺の言葉にキデーラ、ポタリア、シャッコは愕然となった。
これは至極当たり前のことだ。
傭兵の集まりとはいえ、歴とした上下関係が存在するし、規律も存在する。
俺のやったことは組織において絶対不可侵のタブーだ。
その時、フィアナが俺を庇った。
そこで俺はフィアナがPSだと話した。
ここまでくると全てを話さなくてはならない。
俺は三人に小惑星リドでの出来事を語った。
一応は納得してくれたが、キデーラはカン・ユーを殺したことに悩んでいた。
連行するつもりはないが有耶無耶にはできない。
キデーラがポタリアに意見を求めたら、意外なことを語った。
ポタリアは元々クメン王国の王室親衛隊だったらしく、カンジェルマンは上官だったそうだ。
そしてポタリアの真の目的はカンジェルマンの首ただ一つだという。
そんな時、味方機が飛んできた。
どうやらカン・ユーが呼び寄せていたらしい。
どうするか迷っていると、キデーラが撃ち落とした。
キデーラはイプシロンを捕らえて叩き売ると豪語した。
そんな中、シャッコは契約が残っているからと、ここに残ると言った。
シャッコはある意味、俺たちの目的から一番縁遠い。
キデーラは優等生と吐き捨て、俺たちは出発した。
その後俺たちはフィアナの先導でカンジェルマン宮殿を目指す。
フィアナの反応速度は見事なもので、僅かな音から的確に敵を発見する。
これには百戦錬磨の傭兵も舌を巻いた。
そうこうするうちに、俺たちはカンジェルマン宮殿付近に到達した。
だが何か様子がおかしい。
辺りを探っていると、フィアナは通信機を手に入れた。
傍受してみると、カンジェルマン宮殿に全兵が終結しているとのことだった。
ポタリアは愕然となった。
確かにおかしい。
やつらの強みは神出鬼没のゲリラ戦にある。
兵力差を考えるなら、愚策の極みと言わざるを得ない。
ポタリア曰く、カンジェルマンは王国一の軍略家としての顔を持つという。
やはり不可解だ。
そんな時、キデーラはどっちでもいいから行こうと言った。
こういう時、らしく明るく振る舞うやつの存在はありがたい。
俺たちは何らかの疑惑を感じながらも、カンジェルマン宮殿に潜入することにした。
[キリコ side out]
[ロッチナ side]
キリコたちがカンジェルマン宮殿付近に到達した時、私はギリギリまで軍の派遣を見極めていたんだったな。
そのためにゴン・ヌーを煽り、その気にさせた。
クメン統治において傭兵の存在ほど煩わしいものはない。
ゲリラども共々灰になってもらうしかない。
一方、キリコたちはビーラー・ゲリラに紛れ、悠々と敵の懐に潜り込んでいった。
これほどの混乱ならキリコでなくとも潜入は可能だろう。
機を見て、キリコたちは攻撃を開始した。
ビーラー・ゲリラは対応に移ろうとしたが、味方がひしめきあっていたのが災いし、同士討ちを恐れて応戦ができなくなっていた。
さらに逃亡する者がいたことから、敗戦ムードが満ちていたのだろう。
あっという間にビーラー・ゲリラは大半が潰された。
ここでポタリアはカンジェルマンを討つべくキリコたちと別れた。
キリコも秘密組織と決着をつけるため、さらに奥へと進んだ。
[ロッチナ side out]
「いよいよ総攻撃ですわね」
「もう、良いんじゃないの……?」
「ユウナ……」
「だって、敗けることは目に見えてるんだよね?何で降参しないの……?」
「あなたが言うんですの?クロフォードさん?」
「でも……!」
「戦争とはこういうものだ」
「キリコ……」
「もう理屈では済ませられない。あらゆる感情が渦巻き、気が済むまで終わらない」
「…………………」
「戦争を止めたいなら、目に焼きつけろ」
「………うん」
ユウナは顔を上げた。
「それは僕も同じだ」
「目を背けてはいけないものだと思います」
「最後まで付き合ってやるよ」
新Ⅶ組も続いた。
「……………………」
ただ一人、ミュゼは暗い顔をした。
(カイエン公……)
アンゼリカは不安そうにミュゼを見た。
「ではキリコ、最後の戦いを見ようじゃないか」
「……………………」
キリコは台座に触れた。
[キリコ side]
奥に行けば行くほど、蜂の巣をつついたような騒ぎになっていた。
キデーラと一旦別れた俺たちはボローを探すことにした。
奥にあるという開発エリアに来ると、ボローを発見した。
ここで逃がすわけにはいかない。
俺はエレベーターに狙いを定め、引き金を引いた。
ボローは縁につかまりかろうじて落下を免れたようだ。
俺は眼下に広がる光景から目を離せなかった。
開発エリアとは言うが、科学プラントと呼んでも差し支えない。
これならば、実現できるかもしれない。
俺はボローに銃口を向け、尋問を始めた。
ボローは殺せと喚くが、そのつもりならとっくにそうしている。
俺はPSを使って内乱に参加した理由を問うた。
ボローによると実験だという。
さらに問い詰めると明かしてくれた。
PSは肉体的には完成しているが、精神的には完璧には程遠いという。PSはあくまでも兵器なので純粋な憎悪が必要なのだという。
言いたいことはわからなくもない。敵を倒す、もしくは殺す兵器に情けは要らない。
俺は言葉を飲み込み、次の質問に移ろうとした。
どこからともなく、イプシロンの声が響く。
周りを見渡すと、俺のいる位置と対岸の出入りに形は違えどブルーのATが立っていた。
俺はイプシロンを落ち着かせ、ボローに問うた。
PSを当たり前の人間に戻すことはできるのか、と。
これはフィアナもイプシロンも気になるようだ。
ロッチナを除く、記憶の部屋の誰もが注視している。
だがボローは残酷な事実を告げた。
不可能だ、出来るわけがないと。
俺には信じられなかった。
だがここは戦場。呆けている場合じゃない。
イプシロンは俺と戦うつもりだ。
その時、キデーラの声が聞こえてきた。
よくみると、キデーラはイプシロンの後ろに回っていた。
俺は必死に止めたらがキデーラが聞くことはなかった。
キデーラの乗るATは突っ込んだが、既に感知していたイプシロンに回避され、蜂の巣にされた。
そのまま落下し、ATは爆散。キデーラは戦死した。
仲間の死を悼む暇もなく、俺とイプシロンの戦いが始まった。
最初はパイプの上で戦っていたが、どちらに有利ともいえない状況がそう長くは続かない。
最終的に俺たちは底に貯まっていた堆積物の上に落ちた。
見覚えがあるので、よく見てみるとヂヂリウムだった。
おそらく、新たなPSの生産までも計画していたのだろう。
底までたどり着いたボローは俺を殺せとイプシロンに命令した。
この状況では俺は不利だった。
だが意外なことに、イプシロンは機体を降りた。
自身の手で止めをさすと叫んだ。
俺も機体を降りることにした。
すると、俺とイプシロンの間に機銃が掃射された。
撃ったのはフィアナだった。
イプシロンはフィアナが自分を撃つわけがないと高を括っているようだ。
だからこそ、俺との距離を詰める。
フィアナは懸命に退くように懇願する。
だがイプシロンは聞く耳を持たない。
最終的にフィアナは引き金を引いた。イプシロンに向かって。
イプシロンは後方に吹き飛ばされるも、ゆっくりと立ち上がった。
頭部から鮮血が滴り落ち、イプシロンの顔を赤く染めた。
この出来事がきっかけになったのだろう。イプシロンが憎悪に身を委ね、幾度となく繰り広げられた俺と殺し合いの。
突如として、下卑た声が響いた。
ゴン・ヌーが到着したようだ。
ゴン・ヌーはフィアナとイプシロンを捕らえて引き渡せと宣った。
俺はフィアナと共に逃げるつもりだった。だが上を取られているためうかつには動けない。
その時、メルキア軍の攻撃が始まった。
ゴン・ヌーはほくそ笑んでいたが、すぐに動揺に変わった。
メルキア軍はゲリラも傭兵も手当たり次第に攻撃していた。
ゴウトの言うとおり、傭兵の存在はクメンに不要のようだ。
攻撃が激しくなり、パイプや機材が落下してきた。
その内のいくつかがボローの上に落ちてきた。
ボローはイプシロンに助けを求めたが、当のイプシロンはボローを見つめるだけだった。
ガソリンが引火し、ボローは焼け死んだ。
俺とフィアナは一瞬の隙を突いて逃げ出した。
脱出する術がないか探していると、 バニラが待っていた。
バニラによると、ポタリアはカンジェルマンを倒したそうだ。
バニラの先導で俺とフィアナは脱出機のドッグまで来た。
カンジェルマンのために用意された物らしいが、本人にその気はなかったらしい。
バニラは俺に脱出機のキーを寄越した。
だがこの脱出機は単座だった。一人しか乗れない。
フィアナが調べると、座席の後ろの弾薬スペースにPS用のカプセルが置いてあることがわかった。
これで脱出できるかと思ったが、まだ問題があった。
殺したと思っていたカン・ユーが生きていたのだ。
カン・ユーはメルキア軍への鞍替えを目論み、俺とフィアナを狙ってきた。
ここで、俺でさえ予想してなかった人物が動いた。
カン・ユーの身勝手さに怒りを覚えたシャッコが初めて反抗した。
カン・ユーも予想してなかったのか、大いに狼狽えていた。
カン・ユーは悪あがきと言わんばかりに、シャッコの腿に向けて発砲した。
シャッコは痛みをこらえ、カン・ユーを投げ落とした。
あんたは人間のクズだな、と言って。
シャッコの手当てを済ませ、俺はフィアナをカプセルに入れた。
ボローの言葉はフィアナを傷つけていた。
俺はボローは嘘を言っているだけだと言った。いや、そう言うしかなかった。
攻撃が激しくなってきた。
俺はバニラに促され、エンジンに火を入れた。
スロットルを全開にし、全身にGがかかる。
クメンでの戦いが終わった。
振り返れば、緑の地獄が遠ざかっていく。
俺はフィアナと共に、次の戦いの地に向かった。
[キリコ side out]
台座から光が消えた。
「クメンはここまでか」
「ああ」
「キリコ……」
セドリックがキリコに近寄る。
「本当に、なんと言ったらいいか……」
「どえれぇ過去を背負ってたんだな」
「そうだな」
「あの……」
ティータが挙手した。
「クメンはどうなったんですか?」
「悪いがほとんど知らない。ロッチナ」
キリコはロッチナの方を見る。
「あの後、クメンは王制から共和制に移行した。だが従来のしがらみからメルキアはクメンに対して最低限の支援しか出来なかった。加えて住民の拠り所であると言えた王室の廃止によって国全体に混乱が生じた」
「そんな……」
「カルバード共和国成立当時も相当揉めたらしいけど、どこの国も一緒ね」
「この事態に終止符を打つべく誕生したのがポル・ポタリア大統領だ」
「ポタリアは大統領になったのか?」
「もっとも、先ほど述べた混乱の影響でクーデターと政権交代を繰り返す羽目になるがな」
「そうか……」
キリコはポタリアの熱い言葉を思い返した。
「結局、カンジェルマン王は何をしたかったんでしょう?」
「戦後、ポタリア大統領に会った時に語ったことだが、カンジェルマンは自分もろとも滅ぼすつもりだったという」
「自分もろとも!?」
「そもそも神聖クメン王国に集った連中はそのいずれもが旧勢力だ。国を再建するにあたって一番の障害はそれだ。カンジェルマンは旧勢力を一纏めにして玉砕することで新たな歴史の餞にするのが狙いだったようだ」
「なんだそりゃ!?」
「理解出来ません……」
「…………………………」
新Ⅶ組が理解できない中、セドリックは思案していた。
「殿下……?」
「どうかされたのですか?」
「え、あ、ああ………。カンジェルマン王のやったことは許されないことだ。でも、気持ちはわからなくもなくてね」
「え………」
「たとえば、兄上やアルフィンが帝政を全て廃止すると発表したとしよう。僕個人はその方がいいと思ったとしよう。でも、旧い勢力は皆皇太子である僕に期待するだろう。元の帝国に戻してくださいと」
「それは……」
「たぶん、カンジェルマン王も同じだったんだと思う。個人ではそう思っていても、王族としての宿命がそれを許さなかったんだ」
「セドリック……」
「おっしゃる通りだと思います。自分も、殿下に期待してしまうでしょう」
リィンは胸に手を当てた。
「おそらく、ここにいる誰もが」
『…………………………』
帝国出身者たちは無言になった。
「大丈夫ですよ。僕は間違っていることにはきちんと否定しますから」
セドリックはおどけたように言った。
「それとキリコ」
「?」
「カン・ユーのことだが、奴も来ていたようだぞ」
「…………………」
キリコはどうでもいいような顔をした。
「ここからは心して聞け。奴は4年前に起きたパルミス孤児院放火の張本人だ」
「!?」
さしものキリコも顔を上げた。
「ルスケ大佐!それは本当ですか!?」
「本当だ」
ロッチナは断言した。
「ですが、なぜ孤児院を?」
「当時、帝国各地で遊撃士ギルドが襲撃される事件が相次いだ。軍や憲兵隊は血眼になって犯人グループ摘発に乗り出した。そんな中、愚かにもカン・ユーは全く無関係の孤児院をアジトだと思ったそうだ」
「ふざけてんのか……!」
「頭ん中に生ゴミでも詰めてんじゃない?」
「それからどうなったんだ?」
「放火を行った部下が内部告発した。良心の呵責に耐えかねてのことどうかはいいが。奴は逮捕され、秘密裁判にかけられた。その後ヘイムダル監獄に収監され、死刑を待つ身だった」
「これも隠蔽ってわけ?」
サラはジト目を向ける。
「さすがに影響が大きいのでね」
ロッチナは落ち着きをはらう。
「で、そいつは?」
「処刑されたよ。8月1日にね」
「8月1日?」
「それって………」
「ん?」
「まさかっ!?」
ミュゼはロッチナを見る。
「そのまさかさ。キリコの処刑の数日前に薬で眠らせ、裏社会で行われている整形手術を施し、処刑に合わせて目覚めさせる。これでキリコ・キュービィーは公的に存在しなくなったというわけさ」
「…………………………」
キリコは頭痛を覚えた。
「そんなことが行われていたとはな」
「とりあえず、無実の方が犠牲にならなくて何よりです」
「ま、本物のキリコが生きてて良かったよ」
ミュゼとシャーリィは喜びを口にした。
「それとシュバルツァー」
ロッチナは真剣な目を向ける。
「悪い知らせだ」
「っ!なんですか?」
「今日未明、飛行挺が何者かにハイジャックされた」
「飛行挺が?」
「そして、飛行挺はアイゼンガルド連邦に降り立ったとのことだ」
「アイゼンガルド連邦に……」
「それとほぼ同時に、衛士隊が中隊が編成され、ユミルに侵攻しようとしている」
「なんですって!?」
「そんな!?」
リィンとエリゼは驚愕した。
「衛士隊の主張としては、ユミルの住民が飛行挺の乗客を人質にとった。その黒幕はシュバルツァー男爵と灰色の騎士だそうだ」
「なっ!?」
「その乗客というのは?」
「名簿にはハイアームズ侯爵やイーグレット伯爵夫妻といった穏健派貴族の名前があった」
「ハイアームズ侯が……」
「ミュゼのおじいさんおばあさんも……」
「教官!」
「わかっている。おそらく、俺や父さんに罪を擦り付けて動きを封じるのが狙いだろう」
「絶対に止めないと!」
「だが、どうする?全員で行けば事が大きくなるだけだ」
「ルスケ大佐。衛士隊は今どちらに?」
「ルーレに集結しつつある。だが付け入る隙はある」
「隙?」
「そこからは自分たちで考えたまえ」
ロッチナは記憶の部屋を出て行った。
「えらいもん放り込んでいってくれやがったな」
「まさか教官の故郷が……」
「とにかく、対策を考えましょう。リィンさん」
「はい。入浴は少し遅くなりますがよろしいですか」
「こんな時にお風呂なんか入れませんよ」
「さっそく始めましょう」
リィンたちは人質救出&ユミル防衛の作戦を立てることになった。
次回、アイゼンガルド連峰にて……
(第三章 飛行船〜)