英雄伝説 異能の軌跡Ⅱ   作:ボルトメン

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今回、キリコは西部巡回に参加していません。

現時点では、新Ⅶ組をLV99、旧Ⅶ組と鉄機隊とキリコをLV100と想定しています。


魔樹

七耀暦1206年 8月20日

 

「おうボウズ!ローゼリア様たちが全部調べ終えたってよ!」

 

「わかった。今行く」

 

ガンドルフに呼ばれたキリコは里の空き地に向かう。

 

右手には、一枚の製図が握られていた。

 

 

 

午前7:30

 

ARCUSⅡにロッチナからの通信が入ったキリコは二代目Ⅶ組と共に魔の森を抜け、エイボン丘陵に足を運んだ。

 

そこにはロッチナではなく、テイタニアがコンテナと待っていた。

 

予期せぬ人物に驚くアルティナをよそに、キリコはテイタニアから肝心のロッチナは軍務で不在であることを聞いた。

 

キリコは少し機嫌が悪くなったが、テイタニアと二代目Ⅶ組の取り成しで怒りを静めた。

 

テイタニアが立ち去った後、キリコはユウナたちからあれこれ聞かれたが、適当に流した。

 

その後、エマやローゼリアらを呼び、コンテナを里の空き地に転移させた。

 

その際、ローゼリアたち魔女は何らかの術がかけられていないか調べることをキリコに告げた。キリコは全て任せることにした。

 

その間キリコは、ローゼリアのアトリエでフルメタルドッグの改修案を製図に書き記していった。

 

 

 

午前10:00

 

「終わったようだな」

 

「うむ」

 

「これも大事なことなのね?」

 

「はい。里にあやしい魔術を持ち込ませないための措置なんです」

 

エマがアリサに説明した。

 

現在、リィンたちⅦ組の一部メンバーと鉄機隊はラマール州の情報収集のために、ガイウスのメルカバで巡回に出ている。そのため里にはキリコ、アリサ、エリオット、エマ、マキアス、フィー、ユーシス、サラが残っている。

 

ちなみにキリコたち以外はそれぞれ里の防衛に就いている。

 

「それで、検査の結果は?」

 

「術式らしきものは見つからんかった。すまんの、里長として里の安寧が第一じゃからな」

 

「いや、いい。おかげで改修案もまとまった」

 

キリコは手に持った製図を見せる。

 

「それで、どうするのじゃ?」

 

「この七連装ミサイルポッドと三連装スモークディスチャージャーを宙に浮かせることはできるか?」

 

「宙に?」

 

「宙に浮かせたミサイルポッドとスモークディスチャージャーを肩にはめ込み、セッティングする。ここに導力クレーンがない以上、そうするしかない」

 

「なるほど。考えたわね」

 

「あんたねぇ、魔女の秘術を便利な道具みたいに考えてんじゃないわよ」

 

セリーヌは苦々しい表情を浮かべる。

 

「ガハハ、ボウズやお嬢ちゃんみたいな普通の人間にはそういう捉え方が一般的なんだろうよ」

 

ガンドルフはキリコとアリサを見ながら豪快に笑う。

 

「仕方あるまい。じゃが皆を少し休ませてやってはくれぬか?」

 

「わかっている。頼むのは最後の工程になってからだ」

 

「ありがとうございます」

 

「気にしなくていい。元々無理を言っているのはこっちだ」

 

「なら、内面は私も協力するわ」

 

「オレも手伝うぜ。お前さんの仲間の機甲兵のメンテもやってたしな」

 

「助かる。アリサ・ラインフォルト、あんたは脚部の調整を。ガンドルフ、あんたはエンジンの調整を頼む」

 

「わかったわ!」

 

「任せろ!」

 

キリコたちはそれぞれ作業を開始した。

 

 

 

[アリサ side]

 

(なるほどね。これなら高速戦闘も可能ね)

 

私は今、キリコに頼まれてフルメタルドッグの脚部の調整を行っているの。

 

元々はドラッケンⅡをベースにしているとのことだけど、完全に別物と化しているわね。

 

特に、足回りは独自の理論に基づいている。敢えて足回りを重くすることでバランスをとりつつ、ローラーダッシュを安定させる。

 

対空戦は厳しいけど、地上戦なら桁違いの性能を発揮できるようになっているわね。

 

フルメタルドッグの調整を行う中、私はある不安を抱えていた。

 

それは父様のことだった。

 

フランツ・ラインフォルトではなく黒のアルベリヒとして、多くの悪事を働いてきた。

 

そして、キリコのかつての恋人であるフィアナさんを戦闘型ホムンクルス《F》として造り出してしまった。

 

(わかっている)

 

あの人がしてきたことはとても許されることじゃない。

 

キリコにしてみれば、思い出を踏みにじられたに等しい。

 

ルスケ大佐の言うとおり、惨たらしい死をもって償われることになるかもしれない。

 

(それでも……やっぱり………)

 

あの人が私の父様であることになって変わりない。

 

もし、キリコが父様に手をかけようとしたら、私は身を呈してでも守るだろう。

 

そして、私はもうⅦ組を名乗ることはなくなるだろう。

 

(リィン………ごめんなさい………!)

 

私は熱くなる目頭をこすり、作業を続けた。

 

[アリサ side out]

 

 

 

午前12:20

 

それぞれの作業を終え、キリコたちは月影亭で休息を取っていた。

 

「またこうして君のコーヒーを飲めるとはな」

 

「うーん、二日酔いに効きそうね」

 

マキアスとサラはキリコの淹れたコーヒーに舌鼓を打っていた。

 

「マキアスはともかく、サラ教官もキリコのコーヒーのファンだったんだね」

 

「サラの場合、酔い醒ましが目的なんだろうけど」

 

「また呑んでいたのか」

 

「お風呂上がりに、蒸留酒を一瓶呑んでたみたいですよ……」

 

「しかも若干乱れていたみたいだし……」

 

「そこ。うるさいわよ」

 

フィー、ユーシス、エマ、アリサからの言葉を受けたサラは鋭い目を向ける。

 

「自業自得でしょう……」

 

マキアスは肩を竦める。

 

「…………………」

 

キリコは無言でコーヒーを啜る。

 

「そう言えば、あのテイタニア特務中尉が持ってきた武装は何があるんだ?」

 

「確か、ガトリング砲、三連装対戦車ミサイル、七連装ミサイルポッド、三連装スモークディスチャージャーだったわね」

 

「また凶悪な武装ね」

 

「多対一が前提である以上、どうしても重武装になる」

 

「ま、手数があるに越したことはないしね」

 

「後、あのソリのような物は見覚えがある」

 

「不整地用のトランプルリガーだ。接地面積を広くすることで、荒地でも難なく対応できる」

 

「量産のメドがついたの?」

 

「博士が好き勝手やっているんだろう」

 

「それはさすがに………ないこともないのか」

 

「あんた助手なんでしょ?止めないの?」

 

「ティータでも止められない以上、無理だ」

 

キリコはばっさりと断言した。

 

「はぁ………」

 

つられてアリサもため息をついた。

 

「……そろそろ休息も終わりにしましょう。おばあちゃんも待っているでしょうから」

 

「そうだな。僕たちも行くとしよう」

 

「………………」

 

フィーは顎に手をやる。

 

「フィー、どうかしたの?」

 

「……あ、うん。何でもない」

 

フィーは席を立った。

 

「……………………」

 

キリコは何か引っかかるものを感じながら、空き地に向かった。

 

 

 

午後1:05

 

(………遅いな)

 

キリコ、アリサ、エマ、セリーヌはフルメタルドッグの前でローゼリアたちを待っていた。だがローゼリアたちは現れなかった。

 

「もう、いったい何を……」

 

「おぬしら!ちょうどよかった!」

 

ローゼリアと魔女数人が息を切らせて駆け込んで来た。

 

「どうしたのよ。そんなに慌てて」

 

「うむ。どうやら童たちが魔の森に入ってしまったようなのじゃ」

 

『!?』

 

キリコたちは顔を上げた。

 

「確かなの!?」

 

「里中を探し回ってもおらんかった!おそらく結界の薄い箇所に迷いこんだのじゃろう」

 

「そんな!?」

 

「その子どもというのは?」

 

「ニーナとアルビオレオとノアじゃ!」

 

「すぐに探しに行きましょう!」

 

「頼むぞ!森になにやら不気味な気配が満ち始めておる!」

 

「不気味な気配……?」

 

「おーい!」

 

エリオットたちが駆けつけて来た。

 

「皆さん……」

 

「エマたちもこれから魔の森に行くんだね」

 

「はい。どうか力を貸してください」

 

「任せたまえ!」

 

「これも貴族の義務だ」

 

「民間人の保護は遊撃士の努め」

 

「キリコ君も来るわよね?」

 

「ああ」

 

キリコはサラの呼び掛けに応えた。

 

「とにかく、急ぐわよ!」

 

『おおっ!』

 

「了解」

 

 

 

午後1:15

 

魔の森に入ったキリコたちは、いつもとは違う空気に慎重になっていた。

 

「静かすぎるな」

 

「魔獣が一匹もいないだと?」

 

「午前中に見回りをした時も魔獣はあんまり見かけなかった。リィンたちが帰って来てから相談しようと思ってたけど……」

 

「おそらく、この不気味な気配と関係があるのかもしれません」

 

「ねえ、今までこういうことはなかったの?」

 

「私が知る限りほとんどないわね。いったいこの森で何が起きてるの……?」

 

「答えはあれだ」

 

キリコは息を切らせている犬型魔獣を指さす。

 

「あれは?」

 

「まるで何かから逃げているような──」

 

エリオットが言い終わらないうちに、犬型魔獣は蔓のようなものでグルグル巻きにされた。

 

犬型魔獣は叫びながらどこかへと連れ去られた。

 

「な、なんだ今のは!?」

 

「追いかけるわよ!」

 

『はいっ!』

 

キリコたちは大急ぎで追いかける。

 

 

 

「!?止まって!」

 

フィーの声にキリコたちは止まった。

 

「な!?」

 

「何よ、これ……」

 

キリコたちの目の前には、巨大な樹木型の異形の幻獣が立っていた。

 

「魔獣?ううん、違う!」

 

「常識はずれのこの大きさ。それにこの輝きは……」

 

「まさか……幻獣か!?」

 

「聞いたことがあるわ。大地の霊力を活動エネルギーとする、魔樹フォルネリアス!」

 

セリーヌは臨戦体勢に入る。

 

「そして魔獣がいなくなった原因だろう」

 

「え……?」

 

「見ろ」

 

キリコはフォルネリアスを指さす。

 

フォルネリアスは先ほど捕らえた犬型魔獣を腹部に放り込んだ。

 

一分も経たないうちに、フォルネリアスは犬型魔獣と思われる骸骨を吐き出した。

 

「なっ!?」

 

「た、食べちゃった!?」

 

「おそらく、自分の養分とするために森の魔獣を食い荒らしているんだろう」

 

「その成れの果てがあれね」

 

サラは骸骨の山を見ながら言った。

 

「あれ全部……」

 

「このまま食い荒らし続けばどうなるんだ?」

 

「………おそらく、霊体型の魔物しかいなくなるでしょう」

 

「チィッ!おぞましい真似を!」

 

「そ、それはともかく、子どもたちは!?」

 

「それは……ッ!」

 

「まずい!」

 

キリコとフィーは魔樹フォルネリアスめがけて飛び込む。

 

今まさに、フォルネリアスの蔓が三人の子どもたちを捕らえようとしていた。

 

「いけない!」

 

「一斉に援護!!」

 

サラの怒号のような号令と共に、アリサたちは一斉に攻撃を開始した。

 

一斉攻撃を受けたフォルネリアスは子どもたちを落とした。その隙にキリコとフィーは子どもたちを抱えて離脱した。

 

「やった!」

 

「子どもたちは無事のようだな」

 

「油断しないで!来るわよ!」

 

獲物を取られた怒りからか、フォルネリアスはキリコたちに狙いを定める。

 

「食事を邪魔されて怒っているのかしら?」

 

「ろくに動きもしないで貪り喰らう。気にいらんな!」

 

「ああ。こんな植物は即刻駆除しないとな!」

 

「子どもたちは転移させました!もう大丈夫です!」

 

「ならさっさと倒す」

 

「うん!僕たちならやれる!」

 

「行くわよ!」

 

『おおっ!』

 

魔樹との戦闘が始まった。

 

 

 

「ロゼッタアロー!」

 

「ドレッドブレイカー!」

 

アリサとマキアスのクラフト技がフォルネリアスに叩きこまれる。

 

「解析完了!みんな!風属性と幻属性が弱点だよ!」

 

「わかったわ!エアリアルダスト!」

 

「ガリオンフォート!」

 

エリオットの解析が終わり、サラとエマのアーツが直撃した。

 

「アークブレイド!」

 

ユーシスのクラフト技を受け、フォルネリアスの体勢が崩れる。

 

「合わせるがいい!」

 

「了解」

 

キリコのアーマーマグナムの追撃が加わり、フォルネリアスは若干後退する。

 

「(根が生えているわけではないのか)フレイムグレネード」

 

キリコのクラフト技を受けたフォルネリアスは火傷を負った。

 

「サイファーエッジ!」

 

続けてフィーのクラフト技がフォルネリアスの脇腹を抉る。

 

「アステルフレア!」

 

エマの魔導杖から放たれた炎がフォルネリアスを包みこむ。

 

「押しているわね!」

 

「これなら──」

 

「油断しないで!あいつには……!」

 

「………………………」

 

攻撃を受け続けたフォルネリアスは青い光を放つ。すると、攻撃を受けた箇所が回復していった。

 

「なっ!?」

 

「回復しただと!?」

 

「あの魔樹は大地の霊力を糧に動いています!つまり、霊力が枯渇しない限り……!」

 

「無尽蔵、というわけか」

 

「じょ、冗談じゃないぞ!」

 

「霊力の枯渇……現実的には絶対不可能………」

 

「クッ……!」

 

マキアスたちは折れかける心を必死に繋ぎ止めていた。

 

そして同時に理解していた。

 

この幻獣を倒すことは極めて至難の業であることを。

 

「…………………」

 

キリコはフォルネリアスを観察するように見つめる。

 

「………かなり危険だが、俺に策がある」

 

神にも従わないこの男が、諦めるという選択肢を甘んじて受け入れるわけがなかった。

 

 

 

「策……だと?」

 

「ああ……」

 

キリコはフォルネリアスの根元を指さす。

 

「あいつの根元の草を枯れさせることはできるか?」

 

「草を?」

 

「でも、それだけじゃ焼け石に水だよ」

 

「それでいい。枯れさせた後、攻撃をして注意を引いてほしい」

 

「注意を……」

 

「………続けて」

 

「その後は……」

 

キリコはしまっていたグレネード数個を極細のワイヤーで束ねる。

 

「こいつを奴の腹の中に放り込む」

 

「なっ!?」

 

「そのためにはかなり接近しなくてはならないがな」

 

「危険です!」

 

「だ、ダメだよそんなの!」

 

「そんなことをしたら、君は!」

 

キリコの提案に、エマたちは反対する。

 

「これ以外に奴を倒す方法はない。下手に放置すればどうなるかは明らかだ」

 

「だ、だが……!」

 

「自棄になっているなら、目を覚まして」

 

「自棄になどなっていない」

 

「いい加減にしなさい!!」

 

サラはキリコに怒鳴る。

 

「あんたの力量は知ってるわ。多分、あんたの策なら幻獣に致命傷を与えることができるかもしれない!けどね!」

 

「…………………」

 

「そんな捨て鉢みたいなことを、あたしやリィンがさせるとでも思ったの!?あんただって知ってるでしょう!リィンが……あの子がそんな真似を………!」

 

「……それだけか?」

 

「なんですって!?」

 

「あんたの言い方だと、誰も死なせたくないと言っているように聞こえる」

 

「……ええそうよ!北の猟兵にいた頃から、危機的状況を覆そうとして、何人もの仲間が命を落としたわ!」

 

「サラ………」

 

フィーはサラを見つめる。

 

「俺はそう簡単には死なない。それに」

 

「それに?」

 

「ここであんたたちに倒れられるわけにはいかない」

 

「キリコ……」

 

「こういうことは俺の役目だ」

 

キリコはアーマーマグナムに弾丸を装填した。

 

「役目だって……!?」

 

「この世界において、異物でしかない俺にはな」

 

『…………………』

 

アリサたちは二の句が継げなくなる。

 

「……………わかったわ」

 

サラは観念したように顔を上げる。

 

「その代わり、絶対に成功させなさい。吐いた唾は飲み込めないわよ」

 

「無論だ」

 

「サラ教官……」

 

「あんたたちも全力でキリコをサポートしなさい。異論はある?」

 

『…………………』

 

アリサたちも大きく頷く。

 

「これより、作戦を開始する!」

 

 

 

「にしても情けないわね」

 

サラはため息をついた。

 

「えっ?」

 

「このあたしが気圧されるなんてね……」

 

「教官……」

 

「修羅場はいくつも潜ってきたはずなんだけどそれ以上の地獄を渡り歩いてきた〝本物〟には敵わないか」

 

「〝本物〟……」

 

「まったく、リィンにラウラ、フィーにクロウにキリコ。なんであたしの下にはあんな覚悟が備わってんのかしら?」

 

「あはは……その六人は別格のような気が……」

 

「勿論、あんたたち新旧Ⅶ組もよ」

 

「僕たちも……」

 

「この帝国で戦おうと思うと、必ず貴族派か革新派に分れることになるのは言うまでもないわ。そしてⅦ組の何人かの身内はそのどちらか、または両方に影響している」

 

「はい……」

 

「でも君たちはどちらでもない、第三の道を行くことを決めた。言い方を変えれば、身内の意にそぐわないことをしようとしている」

 

「意にそぐわない……言えてるね」

 

「そうですね」

 

「だが、身内と敵対する覚悟など、とうに出来ている」

 

「ああ。この道を進むと決めた時からな」

 

「少なくとも、強制されたわけではありません」

 

「それは巡回に出ているメンバーも同じはず」

 

「そうね。私たちはⅦ組だものね」

 

(………やっぱり眩しいわね。あたしもアラサーなんて言ってられないわね)

 

サラは顔を上げる。

 

「そろそろ始めましょう」

 

「わかりました。セリーヌ」

 

「始めるわよ」

 

「「………………………」」

 

エマとセリーヌが魔法陣を展開する。

 

「………………」

 

キリコも集中力を高めた。

 

 

 

「大地の精霊よ、我が声に耳をかたむけたまえ……」

 

エマとセリーヌが描いた魔法陣から魔力が溢れだし、フォルネリアスの根元と周囲の草が残らず枯れた。

 

「ごめんなさい……どうしても必要なんです」

 

「謝るのは後!さあ、行きなさい!」

 

「ああ……!」

 

キリコはフォルネリアスめがけて走り出す。

 

「今よ!一斉掃射!」

 

『はいっ!』

 

サラの号令でアリサたちは一斉に攻撃を開始した。

 

フォルネリアスの視線はキリコから外れる。

 

「これで……………っ!?」

 

キリコは予定通り、束ねたグレネードを投げようとした。だがキリコの体勢が崩れた。

 

「な!?」

 

「な、なんで……!?」

 

「あれって………!」

 

セリーヌの視線の先には、里の少女ノアが使い魔として連れて歩いている飛び猫型魔獣のロキだった。

 

キリコは走り出した先で飛行していたロキに気づき、無理にブレーキをかけようとして、体勢が崩れてしまった。

 

それに気づいたフォルネリアスは再びキリコに狙いを定める。

 

フォルネリアスは蔓を伸ばし、キリコを捕らえようとした。

 

キリコは蔓が届く前に駆け出し、フォルネリアスの腹部に接近。

 

だが別の蔓がキリコの右腕に巻きつく。

 

その瞬間、キリコは大型ナイフを深々とフォルネリアスに突き立てた。

 

この行為がフォルネリアスの怒りを買った。

 

フォルネリアスはキリコの両足と胴に蔓を巻きつけた。

 

そしてキリコを思いきり地面に叩きつけた。

 

「まずい!」

 

「総員、攻撃を──」

 

「待ってサラ!」

 

フィーが待ったをかける。

 

すると、フィーたちの周りに植物型魔獣の群れが現れた。

 

「なんだコイツらは!」

 

「まさか、幻獣の眷族!?」

 

「くっ!こんな時に!」

 

「急いで撃退しなきゃ!」

 

「行くわよ!あんたたち!」

 

『はいっ!』

 

サラたちはフォルネリアスの眷族と戦闘になった。

 

 

 

(………ぐ……ぐっ…………!)

 

一方、キリコはフォルネリアスの執拗な攻撃にギリギリで意識を保っていた。

 

だが一向にくたばらないキリコに業を煮やしたのか、フォルネリアスは地面だけでなく、周囲の木の幹にキリコを叩きつけ始めた。

 

(…………こ………このまま……では……………)

 

上下左右に、縦横無尽に叩きつけられたキリコの意識は確実に削られていき、フォルネリアスの執拗な攻撃の前に、遂に意識を手放した。

 

「………………………」

 

フォルネリアスは気絶したキリコを満足げに持ち上げた。

 

「………………………」

 

フォルネリアスの腹部が開いた。中は暗く、酸のような液体で満たされていた。

 

「………………………」

 

フォルネリアスはわざわざ、フィーたちに見せびらかすように向きを変えた。

 

「まずい!」

 

「こっちも手一杯だっていうのに……!」

 

「よせっ!!」

 

「やめてぇぇぇっ!!」

 

アリサたちの懇願を無視し、フォルネリアスはキリコを腹部に放り込もうと逆さに吊り上げる。

 

「………………っ!!」

 

 

 

BANG!!

 

 

 

偶然か否か、左腰のホルスターから滑り落ちてきたアーマーマグナムがキリコの左手の人差し指に引っかかった。

 

戦士としての本能か、キリコは無意識にフォルネリアスめがけてアーマーマグナムを構える。そして引き金を正確に引いた。

 

放たれた弾丸は正確に大型ナイフに吊り下げられていたグレネードを撃ち抜いた。

 

ピンが全て外れたグレネードはフォルネリアスの内部で大爆発を起こした。

 

その瞬間、フォルネリアスの蔓がほどけた。爆風を浴び、キリコはアリサたちの足元に投げ出された。

 

「キリコ!!」

 

「すぐに治療しないと!」

 

「はい!!」

 

エリオットとエマはキリコの治療を大急ぎで始める。

 

その間に、サラたちは深手を負ったフォルネリアスに止めを刺すべく攻撃を開始した。

 

「一気に行くわよ!」

 

『おおっ!!」

 

サラの斬撃を基点としたバーストアタックが炸裂。フォルネリアスは回復する間もなく、叫び声を上げる。

 

「ノーザンライトニング!!」

 

「ジブリール・アロー!!」

 

「ジャスティスバレット!!」

 

「アイオロスセイバー!!」

 

「リーサルクルセイド!!」

 

だめ押しとばかりに各々のSクラフトがフォルネリアスに叩きこまれる。

 

フォルネリアスはもがき苦しみながらも、最期の抵抗とばかりに、蔓を振り上げる。

 

「アーマーブレイクⅡ」

 

だが、意識を完全に取り戻したキリコの一撃に阻まれた。

 

魔樹フォルネリアスは呪詛とも取れる断末魔の悲鳴とともに消滅した。

 

 

 

「た、倒せた……」

 

「はぁ……はぁ……な、なんとかね……」

 

「ふう……さすがは幻獣ということにしておくか………」

 

アリサとエリオットは肩で息をし、マキアスはフォルネリアスのタフさに呆れていた。

 

「まったく………寿命を縮ませんじゃないわよ!」

 

「結構焦った」

 

「すまなかった」

 

「まあまあ。とにかく、負傷だけで済んで良かったです」

 

「それはそうと、あの魔獣は?」

 

「……あそこね」

 

セリーヌは岩陰で震えていたロキをみつける。アリサたちはロキを刺激しないようにそっと近づく。

 

「この子って、あのノアって子の使い魔よね?」

 

「温泉で番をさせられていたよね」

 

「どうしてここに……」

 

「………飼い主を探しに来た、そういうことだろう」

 

マキアスの肩を借りたキリコが推測を口にした。

 

「飼い主……じゃあ、この子は………」

 

「わざわざ危険を犯してまで探しに来たんだね」

 

「見上げた度胸………と言いたい所だが、お前のおかげでキリコは危険な目に遭った。どうしてくれる?」

 

ユーシスはロキを殺意の籠った目で睨む。

 

「~~~~~!!」

 

ロキはさらに震え上がる。

 

「ユ、ユーシスさん……!」

 

「おしおきしたい所だけど、この場はキリコが決めるべき」

 

「チッ!」

 

ユーシスはフィーに諭され、舌打ち混じりに下がる。

 

「キリコ、貴方はどうする?」

 

アリサはキリコに問いかける。

 

「………………」

 

キリコはロキをジッと見つめる。

 

「………………」

 

キリコはロキの後方を指さした。

 

「!?!?!?」

 

ロキは驚きのあまり、キリコと自分の後方を何度も見つめる。

 

「お前の飼い主は里にとっくに戻っている。さっさと行ってやれ」

 

「………………」

 

ロキはキリコに頭を下げ、エリンの里の方角に飛行して行った。

 

「キリコさん……」

 

「あれでよかったんだね?」

 

「いちいち怒っていてはキリがない」

 

「優しいんですね」

 

「別に。これくらいのアクシデントなど、物の数じゃない」

 

「こ、これくらいって……」

 

「あ~あ、ホントに受け持ちじゃなくてよかったわ~~♪」

 

「サラ教官……」

 

「……せめてキリコのいない場所で言え」

 

「あ、あははは………」

 

エマは苦笑いを浮かべる。

 

「とにかく、戻るとしよう」

 

「そうね。リィンたちはまだ戻ってきていないだろうけど」

 

「まだ仕事も片づいていない」

 

『え?』

 

キリコの発言に、アリサたちは呆気にとられる。

 

「し、仕事……?」

 

「もしかして、フルメタルドッグの改修……?」

 

「そうだが?」

 

「ダメに決まってるでしょうが!」

 

「そうだよ!ただでさえボロボロなのに!」

 

「休憩時間はしっかり取りたまえ!労働基準法違反だぞ!」

 

「レーグニッツは黙っていろ!コイツをベッドに放り込んでおけ!」

 

「ラジャー!」

 

サラたちの怒号が飛び交う。

 

「製図は見せてもらったから、私の方でやっておくわ!エマ、まだ魔力は切れてないわよね!?」

 

「大丈夫です!お任せください!」

 

アリサとエマはやる気を引き出した。

 

「しかし……」

 

「あんたの今やることは休むことよ。たまには他人に任せてみたら?」

 

「…………………」

 

セリーヌの言葉を受け、キリコは少し考える。

 

「………わかった。ラインフォルト、あんたに任せたい」

 

「お安い御用よ」

 

「それじゃ、戻るわよ」

 

キリコたちはエリンの里へと戻ることにした。

 

(この後どうなると思う?)

 

(たぶん、一悶着起きると思う)

 

(御愁傷様です……)

 

 

 

「本当に馬鹿なんですか!?」

 

夕方、西部巡回を終えてリィンたちは戻ってきた。

 

アリサたちはリィンたちに魔の森で起きたことを報告した。

 

その際、キリコの行動を聞いたミュゼは怒りとともに、キリコの部屋に押しかけた。そしてベッドで本を読んでいたキリコにこんこんと説教を始めた。

 

「貴方は普通なら寝たきりになってもおかしくないほどのけがを負っているんですよ!?」

 

「頭部への裂傷、全身打撲、肋骨が数本折れていたらしいが、クレイグとミルスティンの治療を受けたから軽傷で済んだ」

 

「しかもそんな状態で機甲兵の整備をしようとするなんて………もっとご自分のお体を大切にしたらどうなんですか!?」

 

「バレスタインたちにも言ったが、あれくらいのアクシデントは物の数じゃない」

 

「アクシデントで済むわけがないでしょう!!」

 

「結果論だが、俺は生きている(いや、また死に損ねたと言うべきか)」

 

「ああもう!ああ言えばこう言う!!」

 

ミュゼは両手を上下に振り回す。

 

「………本当に、心配しているんですよ…………」

 

ミュゼは後ろを向いた。

 

「……わかっている」

 

「……わかってませんよ………」

 

「すまない」

 

「遅いですよ……」

 

「…………………」

 

「でも、ご無事で良かったです」

 

ミュゼは再びキリコの方を向く。

 

「ああ」

 

「ふふ……。あ、そういえば、キリコさんにお伝えしたければならないことがありました」

 

「なんだ?」

 

ミュゼの表情に真剣味が宿る。

 

「……明日、私たちは海都オルディスに潜入することが決定しました」

 

「オルディスに?」

 

「現在、オルディスのカイエン公爵家の城館にプリシラ皇妃様とカール・レーグニッツ帝都知事閣下が監禁されていることが判明致しました」

 

「皇妃と帝都知事が?」

 

「はい。私たちはお二人の救出に向かいます。その際にですが、キリコさん」

 

ミュゼはキリコの目を見つめ、息を吸う。

 

「明日の潜入作戦、キリコさんには外れていただきます」

 

「……それが決定か」

 

「はい……」

 

キリコの問いに、ミュゼは頷く。

 

「わかった。なら仕方ない」

 

「キリコさん……」

 

ミュゼはキリコの側に近づく。

 

「なんだ?」

 

(ここからは内密に)

 

(………………)

 

(……私の読みでは、今こうしている間に、皇妃様の身柄はジュノー海上要塞に移されているでしょう)

 

(ジュノー……確か、ゼクス将軍率いる第三機甲師団が詰めているはずだな?)

 

(いえ、強引な人事により、第三機甲師団と衛士隊が丸ごと入れ代わりました)

 

(ならオルディスには……?)

 

(はい。第三機甲師団とTMPの精鋭。さらに黒の工房からの刺客が待ち構えています)

 

(そうか)

 

キリコは目を瞑る。

 

(それで、俺に何をさせたいんだ?)

 

(はい……………)

 

ミュゼは一旦うつむき、顔を上げる。

 

(ジュノー……海上要塞を………陥落させてください)

 

(…………………)

 

キリコはミュゼはジッと見つめる。

 

(……例の陽炎作戦とやらの一端か)

 

(…………はい)

 

(………わかった。その仕事、引き受けよう)

 

(キリコさん……)

 

(お前の異能の力がなくとも、いずれこうなっていたことだ)

 

(キリコさん……!)

 

(これも俺の運命だ。お前が気に病む必要はない)

 

「………ッ!」

 

ミュゼは部屋を出て行った。

 

「……………………」

 

キリコは読みかけの本に目を通し始めた。

 

 

 

(本当に………ごめんなさい…………!)

 

ミュゼはアトリエのバルコニーの片隅で蹲っていた。

 

(キリコさんの言うとおり、この未来は来てしまうのかもしれない。でも、それはもっと先に来ること……)

 

(でもここでキリコさんが動かないと、帝国の未来がさらに歪んでしまう。それなのに、他に取るべき選択肢が何一つ存在しない……!)

 

(でもキリコさんは……運命の一言で受け入れてしまった………)

 

ミュゼは両肩を引っ掻くように両手に力をこめる。

 

(私には……キリコさんを……産まれて初めて好きになった人を……戦場に追いやることしか出来ない………!)

 

(こんな思いをするなら………異能なんて、いっそ無くなってしまえばいいのに……!!)

 

ミュゼの想いは涙となって流れ落ちた。それが決して叶わないことを理解しながら……。

 




次回、帝国西部にアストラギウスの禁忌が蹂躙する。

作品がまだ終わってもいないのに、キリコを黎の軌跡の裏解決屋(スプリガン)にしようかどうか考えています。

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