英雄伝説 異能の軌跡Ⅱ   作:ボルトメン

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攻城①

七耀暦1206年 8月21日

 

早朝、Ⅶ組は転位石の前に揃っていた。

 

「では、行ってきます」

 

「しっかりやってくるのじゃぞ」

 

「それと、キリコのこともよろしくお願いします」

 

「うむ。任せておけい!」

 

ローゼリアは胸を叩く。

 

「なんだか心配なんだけど」

 

「丸め込まれてたりしてね」

 

(信用されてないんだな……)

 

「とにかく、今日はちゃんと野菜を食べること。わかったわね?」

 

「わ、わかっとる!それよりお主たちも気をつけるんじゃ」

 

「わかりました」

 

「行ってきます」

 

新旧Ⅶ組は転位して行った。

 

「さーて、そろそろあやつも……」

 

ローゼリアはアトリエに戻って行った。

 

 

 

「ぬゎーにをしとるんじゃ?」

 

「…………………」

 

アトリエに戻ったローゼリアはラマール州の地図を前に腕組みをしているキリコに話しかける。

 

「まさかとは思うがお主、行こうなどと考えておらんよな?」

 

「もとよりそのつもりだが?」

 

「………呆れて物が言えぬわ」

 

ローゼリアは額を押さえる。

 

「やっぱりそう思われるか」

 

「徹頭徹尾も大概にしなさいな」

 

アイネスとデュバリィもため息をつく。

 

「第一、どこに何しに行くつもりなの?」

 

「………ジュノーにな」

 

「ジュノー海上要塞に?」

 

「ふむ。そうきたか」

 

ローゼリアは意味深に微笑む。

 

「里長殿?」

 

「どうも、その辺りに魔の力が集まりつつある。逆に海都からは薄れておるのでな」

 

「魔の力……」

 

「魔煌機兵のことでしょうね」

 

「それが薄れているというと……」

 

「さて、キュービィー。ここからはカイエンの小娘が絡んでおるのじゃろ?」

 

「ああ」

 

「やけに素直に答えますわね」

 

「隠し通せるものでもないからな」

 

「なるほど……」

 

「それで、カイエン公からはなんて?」

 

「それは──」

 

キリコは昨夜ミュゼから聞いたことをローゼリアらに話した。

 

「なるほど。そんなことが」

 

「ジュノー海上要塞には皇妃が捕らわれている。さらに衛士隊が第三機甲師団に代わり、守護している」

 

「見方を変えれば、皇妃は衛士隊の人質になっているということね」

 

「そういうことらしい」

 

「……マスターの存在は?」

 

「話に出なかった以上、出てくることはないと考えていいはずだ」

 

「そうですか……」

 

デュバリィは安堵のため息をついた。

 

「じゃがのう、妾の役目はお主を里から出さんことじゃ。いくらお主が戦うさだめを背負っているとはいえな」

 

「…………………」

 

「なんと言おうとダメなものはダメじゃ。さて、妾はとっておきの菓子を──」

 

「菓子か」

 

キリコは顔を上げる。

 

「なんじゃ?欲しいのか?じゃがやらんぞ」

 

「…………あんたの言うとっておきの菓子とやらより美味い菓子を俺が買って来るというのはどうだ?」

 

「……!」

 

ローゼリアの肩が一瞬揺れる。

 

「な、なんじゃと……?」

 

「戸棚の奥に大事そうに隠している所を見ると、だいぶ菓子に飢えているようだな」

 

「あ、ああ………。ここ数年の間、エマや里の者たちから口煩く言われ続けていてな。この妾を幼子扱いして、食べたい物も食べさせてくれぬ。代わりに、妾が嫌いな物ばかり食べさせようとするのじゃ」

 

「ひどいな、それは」

 

「じゃろう!?妾だって、妾だって菓子くらい好きに食べたいんじゃ!!」

 

ローゼリアは机に両手を叩きつける。

 

「そうか、わかった。食事と寝床の恩がある。見返りと言ってはなんだが、あんたの望む菓子を買って来てやる」

 

「真か!」

 

「ああ」

 

「まさか、お主と菓子の話をする日が来ようとはのう」

 

「……それで、どんな菓子が欲しい?」

 

「う~む、そうじゃのう。甘くて色とりどりで最後まで飽きさせない。そんな菓子が食べたいのう」

 

「それなら心当たりがある」

 

「おおっ!」

 

「それで良いんだな?」

 

「うむ!」

 

「本当に良いのか?」

 

「構わぬ!」

 

「……良いんだな?」

 

「良いと言っておるであろう!」

 

「……ッ!気を悪くさせたならすまない」

 

キリコはローゼリアに詫びる。

 

「いやいや、妾もすまんかった。久方ぶりの菓子に興奮しておった」

 

「………………」

 

「それで、どこにお主を送ればよいのじゃ?」

 

「西ラマール街道に頼む。それと、護身用として機甲兵に乗って行く」

 

「あいわかった。早速準備するがよい」

 

「準備なら整っている」

 

「ほうほう!さすがはリィンの教え子じゃな。では参るぞ」

 

ローゼリアはキリコを連れてアトリエを出た。

 

「「「………………………」」」

 

鉄機隊の三人は茫然としていたが、扉の閉まる音を聞き、慌てて後を追った。

 

 

 

「では行って来るがよい」

 

【わかった】

 

「いやいやいや!待ちなさい!」

 

里の空き地でフルメタルドッグを転位させようとしたローゼリアをデュバリィが慌てて止める。

 

「なんじゃ、騒々しい」

 

「貴女の役目はキュービィーを里から出さないことでしょう!?何堂々と破ろうとしてるんです!」

 

「こっそりやれば問題なかろう」

 

「バレるに決まっているでしょう!」

 

「筋書きはこうじゃ。キュービィーとて若人。里の物に飽き、どうしても外の甘味が食べたくなった。そこでお主らのいずれかが付き添うことを条件に買い物に行った、ということにする」

 

【……………………】

 

キリコはやり取りを無視していた。

 

「機甲兵はどう説明される?」

 

「偶然、どこぞのごろつきが襲いかかって来たので、やむを得ず妾が送ったことにすればよい」

 

「そんな場当たり的な……」

 

デュバリィは思わず嘆いた。

 

「それよりお主らの内一人、キュービィーと共に行く者を決めねばならぬ」

 

「ふむ……」

 

「それがあるわね」

 

「貴女たち!止めないんですの!?」

 

(キュービィーには何か策のような物があるように思える)

 

(策?)

 

(考えてもみて。キリコ君が里長さんに同調したり、しかもお菓子を買って来るなんておかしいと思わない?)

 

(……確かに)

 

(その場しのぎの嘘で乗り切るかと思ったけど、本人も本気のようね)

 

(むう……)

 

(ならばここはキュービィーの策に乗るのが最善か)

 

(……仕方ありません。それで、誰がキュービィーと?)

 

(私は近くにあるサングラール迷宮に籠る。今日一日は鍛練に励みたい)

 

(そういうことならば私も付き合いましょう。申し訳ありませんが、ここはエンネアに任せます)

 

(わかったわ)

 

「おーい。決まったのか?」

 

「はい。キリコ君には私がついて行くわ」

 

「お主か。キュービィーも構わんな?」

 

【ああ……】

 

「では長殿、よろしくお願いいたします」

 

「あいわかった」

 

ローゼリアはフルメタルドッグとエンネアを転位させた。

 

 

 

【……………】

 

ローゼリアにフルメタルドッグごと送ってもらったキリコは、ジュノー海上要塞付近で陣を張る衛士隊の様子を窺っていた。

 

「やはり相当な数が集まっているわね」

 

【魔煌機兵がおよそ百五十機、アハツェンが三十台か】

 

「全部で百八十………勝算は?」

 

【ある】

 

「自信満々、というわけね」

 

【そういうわけではないが】

 

「キリコ君、一つだけ答えて」

 

【?】

 

エンネアはフルメタルドッグを見つめる。

 

「私はこの戦いについては意義を感じないわ。キリコ君に限ってそんなことはないだろうけど、もし貴方が血に飢えて戦いを無闇に拡げようとしているなら──」

 

エンネアは戦弓を構える。

 

「ここで止めるわ。たとえ敵わなくても」

 

【…………………】

 

フルメタルドッグはエンネアに背を向ける。

 

「答えて!」

 

【……俺には責任がある】

 

「え………?」

 

エンネアから殺気が霧散する。

 

【ジュノーには皇妃が人質になっている】

 

「ええ。そうよ………ッ!?」

 

エンネアはハッとなった。

 

「まさか……キリコ君………」

 

【…………………】

 

キリコは何も言わず、ジュノー海上要塞を見つめる。

 

 

 

一方、オルディスに潜入したⅦ組は街を見回っていた兵士やTMP隊員の姿に身動きが取れずにいた。

 

その時、アリサの親友でもあるフェリスと再会し、フェリスの実家であるフロラルド伯爵家に身を寄せていた。

 

「ごめんなさい、フェリス。大勢で押しかけてしまって」

 

「気になさらないでください。アリサや皆さんのお役に立てれば何よりですわ」

 

「うむ。作戦が決まるまでゆっくりしていくがいい」

 

「貴方たちは私たちトールズOB、OGの希望なんだからね」

 

「ありがとうございます。ヴィンセント先輩、マルガリータ」

 

リィンはヴィンセントとマルガリータに礼を言った。

 

「とはいえ、いつまでもここにいるわけにはいきませんね」

 

「そうね。それにしても、どうして衛士隊の数が少ないのかしら?」

 

「そのことなんだけど……」

 

マルガリータが口を開く。

 

「衛士隊はジュノー海上要塞の方の守備についたらしいのよねぇ」

 

「ジュノーに!?」

 

「第三機甲師団が詰めているんじゃないんですか!?)

 

「急な事だったから詳しくはわからないが、衛士隊と第三機甲師団がそっくり丸ごと入れ代わったのだ」

 

「じゃあ、城館の守りについているのは……」

 

「叔父上率いる、第三機甲師団……!」

 

「そしてTMPの精鋭か……」

 

「それだけじゃなさそうだぜ」

 

「え?」

 

「そういえばクロウ、オルディスに入ってから城館の方を気にしてたね」

 

「ああ、《氷の乙女》とは別に──昔馴染みを見かけた気がしてな。それこそトワがいたら飛び上がって喜びそうなヤツが」

 

『!?』

 

Ⅶ組は唖然とした。

 

「本当か、それは!?」

 

「間違いねぇ」

 

「あのアンゼリカさんが……」

 

「……もしそれが本当なら更に一筋縄では行かなそうですね」

 

「あの破天荒パイセンか……。面白くなってきたじゃあねぇか。こうなりゃ忍び込むしかねぇだろ。大貴族サマのお屋敷によ」

 

「簡単に言うな……君は」

 

「だが、それが可能であるならばレーグニッツ知事の真意を確かめられるな」

 

「真意?」

 

「ああ。妙じゃないか?鉄血宰相の盟友と言われるレーグニッツ知事がどうしてオルディスに軟禁されているのか」

 

「あの御仁に限って、戦争を後押しするとは思えんが」

 

「……それかもしれないな」

 

マキアスは眼鏡のブリッジを上げる。

 

「え?」

 

「父だからということは置いておいて……」

 

マキアスは一つ咳払いをした。

 

「あの人は鉄血宰相のやり方を常に支持していたわけじゃないんだ。時には反対の立場に立って意見をしたりもした。多分、今回の一件も……」

 

「対立する形になってオルディスに異動させられた、ということか」

 

「ユーシスさんの指摘通りでしょう」

 

ミュゼは毅然と肯定した。

 

「とにかく、まずは本人に会わなくてはな」

 

「ねぇ、ミュゼ。城館に入るためのルートはないの?」

 

「ユウナ……」

 

「侵入する前提で聞くのはどうかと……」

 

「ふふ、公女であるとはいえ、そこに拘りはありません。亡き両親との想い出の城館に囚われしあの方々を、必ずやお救いしましょう」

 

「そうか──わかった」

 

「ならば、我らも肚を括らなければならぬな」

 

「そして侵入経路ですが、クロウさんがご存知ではないかと」

 

「へっ……」

 

「って、そうなのかよ!?」

 

「ったく、ヴィータのヤツもどこまで教えてんだよ……」

 

クロウは頭をガシガシと掻くと、すぐに笑みを浮かべる。

 

「付いてきな。良い所に案内してやるよ」

 

クロウはそう言って、フロラルド伯爵家邸宅を出て行った。

 

 

 

「キリコ君、そろそろ出なくていいの?」

 

「今から出る」

 

キリコはフルメタルドッグの最後の調整を終える。

 

「魔煌機兵と戦車隊は俺がやる。あんたは里に戻ってくれていい」

 

「え!?」

 

「その代わり、これをオルディスで購入していてくれ」

 

キリコはエンネアにメモ用紙と紙幣を渡した。

 

「これって………ええっ!?」

 

エンネアはメモ用紙の内容に驚く。

 

「ちょ……大丈夫なの?このチョイスで」

 

「ローゼリアの出した注文に相違ないだろう。それに三回も聞き直してなお、それを買って来いと言われた以上、文句を言われる筋合いはない」

 

「わかったわ……でも、ここで見届けさせてもらいます」

 

「好きにしろ」

 

キリコはフルメタルドッグに乗り込んだ。

 

「キリコ君」

 

【?】

 

「武運を祈ってるわ」

 

【……………………】

 

フルメタルドッグはトランプルリガーを展開し、走り出した。

 

「…………………」

 

エンネアはフルメタルドッグの背中を見つめる。

 

「キリコ君………絶対に皇妃を救出し、責任を果たして来て。たとえ、皇妃に拒絶されようとも」

 

「………やはり間違いではなかったか。あの背中は」

 

「あ……あなたは…………!」

 

エンネアは背後に現れた人物に驚きを隠せなかった。

 

 

 

【ええい!どうなっている!?】

 

【こんな不整地で……どうしてこんなに動ける!?】

 

『一番隊壊滅!二番、三番隊損傷甚大!』

 

『戦車部隊は何をしている!?』

 

『こちら戦車隊!迎撃に……うわぁ!!』

 

『どうした!?応答せよ!応答せよ!』

 

ジュノー海上要塞に展開していた衛士隊作戦指令部は蜂の巣をつついたような騒ぎに陥っていた。

 

どこからともなく現れた一機の機甲兵に横腹を突かれ、魔煌機兵部隊は反撃も出来ずに倒されていった。

 

また、背後に展開していた戦車隊も機動力に勝る機甲兵に劣勢を強いられたばかりか、半数以上が潰された。

 

『バカな……こんなバカな……!!』

 

『ええい、要塞からも魔煌機兵を出せ!』

 

『し、しかし……あれは要塞守備隊の………!』

 

『うるさい!物量では此方が圧倒的なのだ!徹底的に叩き潰せぇ!!』

 

作戦指令は唾を撒き散らしながら命令を飛ばす。

 

故に気づけなかった。

 

これから始まる蹂躙劇の幕開けに。

 

 

 

[キリコ side]

 

【さすがに兵士の練度は高いな。だが指揮官がああではな】

 

フルメタルドッグの通信回線を敢えてオープンにしておいたが、聴こえてくるのは指揮官の雑言くらいだ。

 

海上要塞の守備隊から戦力を惜しみなく投じてくる所を見ると、指揮官は相当殲滅戦に拘っているらしい。

 

だが要塞から戦力が出てくるというなら、それはそれで好都合だ。

 

ここである程度戦力を叩いておけば、その分あいつらが楽になる。

 

炎と硝煙にまみれ、血で染め上げられようとも、俺は戦い続ける。戦って戦って戦い抜いて、呪いを消し去る。

 

これが俺にできる、精一杯の償いだ。

 

[キリコ side out]

 

 

 

フルメタルドッグは銃撃と爆撃を十分に活かし、魔煌機兵部隊のおよそ四分の三を壊滅させた。

 

戦車隊のほとんどが恐れをなし、生き残ったパイロットはほうほうの低で要塞へと撤退して行った。

 

【く、くそっ!】

 

【死にたくなければ降りろ】

 

【ッ!?ほざけ!】

 

メルギアがブレードを振り上げ斬りかかる。

 

【遅い】

 

フルメタルドッグは冷静にいなし、背部エンジンに撃ち込む。背部エンジンをやられたメルギアは倒れこみ、爆発した。

 

【くっ……!】

 

【た、隊長が……!】

 

【し、仕方ない!ここはひとまず──】

 

ゾルゲがフルメタルドッグに背を向けた瞬間──

 

【敵前逃亡は死刑だ!!】

 

ヘクトル系を思わせる重装甲の魔煌機兵が棍棒で背を向けたゾルゲを叩き潰した。

 

【なっ!?】

 

【あれは確か……開発中の──】

 

【貴様らは知らんでも良い】

 

空からケストレル系を思わせる魔煌機兵が残りのゾルゲのコックピット部を細身の剣で突き刺す。

 

【おそらく、パイロットは即死か】

 

キリコは目の前の二機を見据える。

 

【さて。我はジュノー海上要塞守備隊隊長のゲーアノート大尉である。我が軍馬たる剛力のハンニバルで直々に処刑してくれようぞ!】

 

【雑兵をいくら潰そうとも、この私ジュノー海上要塞守備隊長と副長のレオポルド中尉が操る神速のモルドレッドの前には虫けら同然!】

 

【………………………】

 

二機から響く声に、キリコは耳障りを覚える。

 

【さて、そこのパイロット】

 

【………………………】

 

【このままむざむざ死ぬのは面白くないだろう?名を名乗れ】

 

【………キリコ・キュービィー】

 

【【…………………】】

 

ゲーアノート大尉とレオポルド中尉の動きが止まる。

 

【【ワッハハハハハハッ!!!!】】

 

弾けたように笑い出した。それは嘲りだった。

 

【アッハハハハハハッ!!た、大尉……こやつ、頭がイカれているようですよ!】

 

【言うに事欠いてキリコ・キュービィーだと!?可哀想に、恐怖でハッタリしか出てこんか!?】

 

ゲーアノート大尉とレオポルド中尉は、フルメタルドッグを前にしても余裕綽々といった態度だった。

 

【………………………】

 

キリコは怒りを通り越して呆れ果てる。

 

【まあいい。貴様は死ねぇ!】

 

ハンニバルは棍棒を振り上げる。

 

【…………………】

 

フルメタルドッグは後方に下がって回避した。

 

【甘いわっ!】

 

先回りしていたモルドレッドが後方で待ち構える。

 

【…………………】

 

キリコは冷静に左脚のターンピックを展開し、機体をスピンさせる。そのままの勢いでモルドレッドにカウンターパンチを叩き込む。

 

【ぐあっ!?】

 

モルドレッドは後方に突き飛ばされる。

 

【き、貴様ぁ……!】

 

【…………………】

 

【落ちつけ。そんなものはただのマグレよ!】

 

ハンニバルは棍棒を振り上げ、接近する。

 

【…………………】

 

フルメタルドッグは反時計回りに回り込み、ハンニバルの背中に銃撃をくらわせる。

 

【ぬおっ!?】

 

ゲーアノート大尉は一瞬、何が起きたのかわからなかった。

 

【お、おのれ……!】

 

【………時間が惜しい】

 

【何っ!?】

 

【茶番はさっさと終わらせる】

 

キリコは操縦捍を握りしめる。

 

 

 

「ここが……」

 

「そうだ。俺はここでオルディーネと契約したんだ」

 

一方、地下水路からカイエン公爵家城館を目指すⅦ組は歯車のようなものが彫られた扉の前に立っていた。

 

「元々はお前さんの先祖が管理していたんだろ?」

 

「はい。獅子戦役の後年、蒼の騎神が眠りについたこの場所を当時のカイエン公が偶然発見したそうです。その後、代々のカイエン公爵の爵位継承と共に明かされる秘密として、実に200年以上守ってきたのです」

 

「そうだったのか……。そんなに長い間守ってきたのか」

 

リィンはミュゼの明かす秘密に感嘆した。

 

「もっとも……それはカイエン公爵家がアルノール家に対する怨みを募り続けてきた証でもありますね」

 

「あ……」

 

「ミュゼ……」

 

「そうか、そなたの先祖は……」

 

「はい。皇太子マンフレートを謀殺した、偽帝オルトロスです」

 

「そ、そうなの!?」

 

「四大名門はそれぞれアルベルト、オルトロス、グンナル、ルキウスの四人の皇子の血筋だと言われているんだ」

 

「他の貴族と別格なのは伊達じゃないわね」

 

「遡れば、皇族なんだからな」

 

「ミュゼやユーシスさん、それにアンゼリカさんってそんな凄い血筋だったんだ………」

 

ユウナは頭がクラクラした。

 

「別にそこまで畏まる必要はない」

 

「そうですよ。あくまでご先祖はご先祖ですから」

 

「おばあちゃんから聞きましたが、ミュゼさんの異能は古のアルノール家の血が極まったものだそうです」

 

「アルノール家の血と言っても、大分薄くなっていると思いますよ?」

 

「それでいいのか?」

 

リィンは呆れた。

 

「そろそろ行くとしようぜ。多分、この先には隻眼や氷の乙女が待ち構えているだろうしよ」

 

「《隻眼のゼクス》か。かなりの腕利きなんだろ?」

 

「ああ。叔父上は帝国で五本の指に入る達人だ」

 

「あの方が敵に回るとは考えづらいが、警戒するに越したことはないか」

 

「とにかく、気を引き締めていこう」

 

Ⅶ組は探索を再開した。

 

(そろそろキリコさんの元へと着いた頃でしょうか)

 

 

 

【バ、バカな……!】

 

【こ、こんなハズじゃ……!】

 

ゲーアノート大尉とレオポルド中尉は目の前で起きていることが信じられなかった。

 

性能差では圧倒的に勝るはずの魔煌機兵はフルメタルドッグにいいように振り回されていた。

 

ハンニバルが攻撃を仕掛けても、背中に回り込まれて撃たれる。

 

モルドレッドが上下左右に動いても、動きが捉えられて後の先を取られる。

 

【た、大尉……!】

 

【う、狼狽えるな!どんな手を使ったか知らぬが、性能は此方が上だ!このまま擂り潰してしまえぇぇっ!】

 

【………………】

 

二人は気づかなかった。

 

キリコは何ら特別なことはしていないということを。

 

【………………】

 

フルメタルドッグはハンニバルの背中に回り、機甲兵用ブレードを質量弾にして投げつける。打ち所が悪かったのか、ハンニバルの動きが鈍る。

 

【ちょこざいな──】

 

【これで……!】

 

だめ押しとばかりに、ミサイルポッドからありったけのミサイルを背部エンジンに撃ち込んだ。

 

【ぬ、ぬあああああっ!?】

 

ハンニバルは爆発し、ゲーアノート大尉は爆死した。

 

【大尉!?おのれぇ!】

 

レオポルド中尉は怒りのままに、モルドレッドを突進させる。

 

【遅い】

 

フルメタルドッグはモルドレッドの脚部をへヴィマシンガンとガトリング砲で集中的に狙う。

 

【うわっ!?】

 

モルドレッドはもんどりうつ。

 

【………………】

 

フルメタルドッグは接近してモルドレッドにおもいきりショルダータックルをぶちかます。

 

モルドレッドは一気に岸壁まで追いやられた。

 

【な、なんのこれしき!】

 

レオポルド中尉はモルドレッドのエンジンを吹かす。

 

だがモルドレッドが浮くことはなかった。

 

【し、しまった!】

 

【これで……!】

 

フルメタルドッグはモルドレッドの足元に二連装対戦車ミサイルを撃ち込んだ。

 

浮遊することができないモルドレッドは足を踏み外した。

 

【い、いやだ……いやだああああっ!!】

 

レオポルド中尉の絶叫と共に、モルドレッドは海に落ちていった。

 

【外は終わった。後は──】

 

「やはり貴様か、キリコ・キュービィー!」

 

【!?】

 

キリコは声のする方向を見る。そこには腕組みをし、威風堂々とした女性が立っていた。

 

「久方ぶりだな。キュービィー」

 

【オーレリアか……】

 

立っていたのは、元ラマール州領邦軍指令にして、トールズ第Ⅱ分校長のオーレリア・ルグィンだった。

 

 

 

「さすがだ。キリコ」

 

ジュノー海上要塞外回廊で、フルメタルドッグの戦いを見ていた者がいた。

 

「あの紛い物の存在は私にとっても憎んでも憎み足りない。だが今は我慢してやるが、アルベリヒめ」

 

両手をきつく握りしめる。

 

「早く上がって来い、キリコ。お前を倒すのは私だ」




次回、要塞に突入します。

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