英雄伝説 異能の軌跡Ⅱ   作:ボルトメン

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賞金首

七耀暦1206年 8月22日 午前10:00

 

キリコを入れた二代目Ⅶ組とエリオット、ガイウス、トワ、クロウ、アンゼリカを乗せたメルカバはラクウェル上空を飛んでいた。

 

「うーん。なかなか素直でいい子じゃないか」

 

メルカバの操縦捍を握るアンゼリカはご満悦といった表情を浮かべる。

 

「さすがはアンゼリカさんです。もうメルカバを自在に操れるなんて」

 

ロジーヌはアンゼリカの操縦技術を高く評価する。

 

「ははは、一癖あるカレイジャスに比べれば大人しいものさ。ガイウス君、北ランドック間道の外れに停めればいいんだね?」

 

「ええ。ステルスを使えばそうそう見つかることはないでしょう」

 

「了解だ」

 

アンゼリカは指定されたポイントへ舵を切った。

 

 

 

「さて、今回はラクウェルとアルスターを重点的に回ってみよう」

 

「そうだな。オルディスは厳戒体勢が敷かれているみてぇだからな」

 

「その分、今言った二ヶ所は警戒が比較的手薄の状態になっているみたいだね」

 

「衛士隊はキリコに叩き潰されて再編成の名目でオルディスに駐留を余儀なくされ、その穴埋めを第三機甲師団が請け負っているってのが現状だろうな」

 

ポイントに降り立ったリィンたちは巡回プランを話し合う。

 

「アルスターはともかく、ラクウェルは正規軍の出入りも多いだろうから、警戒を怠らないようにしないとね」

 

「特に誰かさんはな」

 

アッシュはキリコを横目に軽口を叩く。

 

「…………………」

 

「でも、キリコ君って顔はほとんど知られていないはずでしょ?」

 

「というより、公的には存在しないことになっています」

 

「名前だけが一人歩きしているようなものか」

 

「クク……幽霊みたいだな?」

 

クロウはニヤリと嗤う。

 

「もう、クロウ君!」

 

「まあ、警戒するに越した言葉ないさ。とにかく、気をつけて行動しよう」

 

巡回班はアルスターを目指して歩き出した。

 

 

 

一方、残りの初代Ⅶ組と鉄機隊はエリンの里からエイボン丘陵へと転移していた。

 

「ん~、着きましたわね」

 

デュバリィは大きく伸びる。

 

「それじゃ、もう一度確認するわよ。リィンたちがラクウェルとアルスターを回っている間に、あたしたちがミルサンテ周辺の巡回。そしてリーヴスへの抜け道の探索よ」

 

「ミルサンテはグレンヴィルの隣ですから、正規軍の出入りは容易に予想される。気を抜かないでいこう」

 

「私たちの顔は既に割れていますからね」

 

「だがそんなリスクは承知の上だ」

 

「うん。特にリーヴスへの探索はなんとしてでもやっておきたい」

 

「ああ。二年前の内戦の折り、我らが学院を取り戻したあの時の喜び。新Ⅶ組にも味わわせてやりたい」

 

「そうね」

 

初代Ⅶ組はかつての想いを回想する。

 

「帰る場所か、羨ましいな」

 

「何を言うのです。私たちにもあるでしょう」

 

「ええ、そうね」

 

鉄機隊の面々も想いを馳せる。

 

「浸っているのもここまでにしましょう。それじゃ、気合い入れて行くわよっ!」

 

『応!』

 

『承知!』

 

初代Ⅶ組と鉄機隊は出発した。

 

 

 

午前11:30

 

(アルスターか……)

 

キリコたちはアルスターに到着した。

 

「キリコ?」

 

「そういえば、キリコさんは来るのは初めてでしたね」

 

「いや、二、三度来たことはある」

 

「そ、そうなの!?」

 

「養父や村の若衆と共に酒の買い付けでな」

 

「アルスターは蒸留酒が特産品だからね」

 

「つーか、村ってのは?」

 

比較的事情に明るくないクロウはキリコに聞いた。

 

「俺は身寄りのない孤児だ」

 

「らしいな」

 

「俺が帝都近郊のパルミス孤児院から引き取られたのは、ここからさらに山奥にあった村だ」

 

「あったってのは?」

 

「以前話したと思うが、貴族連合軍のジギストムンドの襲撃を受けて消滅した」

 

「あ………」

 

「キリコ君……」

 

「そんな顔をしなくてもいい。もう終わったことだ」

 

キリコはそう言ってアルスターを見渡す。

 

「ここはあのオリヴァルト皇子の出身地らしいな」

 

「ああ。正確にはオリヴァルト殿下の母君の故郷でもあるそうだが」

 

「本当に惜しい方を亡くした」

 

「…………………」

 

真実を知るキリコは腕を組んだ。

 

「とりあえず、村を回ってみようよ」

 

「そうだね。サラ教官からのリクエストもあるし」

 

「リクエストって……」

 

「アルスター特産の蒸留酒ですか」

 

「ったく……あの飲んだくれが」

 

「如何いたしましょう?」

 

「サラ教官には悪いが今回は我慢してもらおう」

 

リィンはきっぱりと言い切った。

 

「それじゃ、行きましょう!」

 

「サンディやグスタフもいるかもしれないしね」

 

「ふふ、びっくり仰天されるかもしれませんね?」

 

「お化け~!……なんつってな?」

 

「………………」

 

リィンたちはアルスターの巡回を開始した。

 

 

 

[キリコ side]

 

「本当にお久しぶりです、リィンさん」

 

「見た目は大分変わりましたけど、お元気そうですね」

 

「久しぶりだな。カイ、ティーリア」

 

アルスターを回る巡回班は初代Ⅶ組と面識のあるカイとティーリアの兄妹に出会った。

 

二人によると、アルスターの住民は日に日に変わっていっているという。

 

黄昏の発生に加え、オリヴァルト皇子の乗るカレイジャス爆破の悲報を皮切りに戦争に協力する者が現れている。

 

それ自体は別に咎められるものではない。

 

敬愛する人間がテロで命を落としたとなれば仇討ちに走るのは自然なことだ。

 

たとえ真実が歪曲されていたとしても。

 

「そういえば、サンディはいないのか?」

 

「サンディさんは他の場所に行くと言って二日前に出ましたよ」

 

「うーん、すれ違っちゃったか……」

 

「ちなみにどこに行くかは聞いてないか?」

 

「すみません……そこまでは」

 

「ううん、ありがとう。無事なのが確認したかったから」

 

トワ教官は二人に礼を言った。

 

その後、サンディの両親が営む宿酒場で休息を取った後、ラクウェルを目指すことになった。

 

[キリコ side out]

 

 

 

「「「……………………」」」

 

アルスターの巡回を終えたリィンたちはラクウェルを目指していた。

 

キリコ、リィン、アンゼリカは険しい表情を浮かべていた。

 

「どうかしたのかよ?」

 

「……つけられている」

 

「えっ!?」

 

キリコの言葉にユウナは驚く。

 

「つ、つけられているって……!?」

 

「うん。微かにだが、僕も感じる」

 

「みんな静かに。ここは気づかないふりをしよう」

 

トワの言葉通り、巡回班は歩幅と歩くスピードを変えずに歩く。

 

しばらくすると、リィンとアンゼリカは止まるように指示を出した。

 

「どうやら行ってしまったようだ」

 

「は~~~っ!」

 

ユウナは大きく息を吐く。

 

「ユウナさん、お疲れさまでした」

 

ミュゼはユウナを労う。

 

「それにしても、いったい誰が」

 

「軍って感じじゃないな。それこそ猟兵か山賊かだな」

 

「山賊って線は考えられるね。似たような気配だったしね」

 

「似たようなって?」

 

「以前、リベールの霧降り渓谷って所で山賊の一団と事を構えたことがあってね。良い修行になったよ」

 

「マジか……」

 

「無茶苦茶です……」

 

あっけらかんと言うアンゼリカに新Ⅶ組は呆れる。

 

「これもひとえに、無力な子猫ちゃんの涙を拭うためさ!」

 

「よーするに、山賊の被害に遭った女に変わって単身アジトに乗り込んで大暴れしたってわけか」

 

クロウはアンゼリカの発言から事の真相を推理する。

 

「ふふ、流石はアンゼリカお姉様♥️」

 

「いやいや!さすがにおかしいだろう!?」

 

「クルト、この時のアンゼリカ先輩は誰にも止められない」

 

「もう……アンちゃんってば………」

 

「………話を戻す」

 

キリコが場を締める。

 

「尾行していた奴とはこの先のラクウェルで出くわすはずだ」

 

「そんときにブチのめすわけだな」

 

「それらしいのがいたらな。後なるべく派手に頼む」

 

「穏便に、ではなく?」

 

「敵を見つけやすい」

 

「なるほどな。陽動役というわけか」

 

クロウはキリコの考えを見抜く。

 

「それは俺とアッシュとログナーでやる」

 

「任せろや」

 

「承知」

 

アッシュとアンゼリカは同意した。

 

「残っている者は怪しい動向をしている奴がいないか探ってほしい」

 

「わかった。ただやりすぎるなよ」

 

「了解」

 

「わかってるっての」

 

「まあまあ。目に余るようなら私が止めるさ」

 

「では行こう、ラクウェルへ」

 

巡回班は出発した。

 

 

 

午後1:35

 

「おらぁ!」

 

「ぐはっ!?」

 

「せいっ!」

 

「うおっ!?」

 

「っ!」

 

「あぐっ……ほ、骨が……!」

 

アッシュ、アンゼリカ、キリコは武器を持った数人の男たちを相手に大立回りを演じる。

 

ラクウェルに着いた巡回班は一計を用いて、自分たちをつけて来た男たちを人目につきやすい路地に誘い出した。

 

挑発に挑発を重ね、相手を怒らせることに成功。現在に至る。

 

「うーん、相変わらず強いわねぇ……」

 

「泰斗流を修めているアンゼリカさんは言うに及ばずですね」

 

「アッシュさんは天性のバネを駆使して上手く立ち回っていますね」

 

「キリコは敢えて初動を僅かに遅らせ、後の先を取っている。さらに逆技も使っている」

 

「確か、アームロックでしたか」

 

「キリコは徒手空拳や制圧術の実習でも好成績を叩き出していたからね」

 

「や、やりすぎないようにね~~!」

 

ユウナたちが周りを警戒している間に、キリコたちはチンピラ全員を倒した。

 

「こんなものか」

 

「やれやれ。歯応えがなかったね」

 

「(所詮チンピラか)……それよりも 」

 

キリコは周りを見渡す。

 

「出てこい」

 

「……チッ!」

 

路地裏からやさぐれた男が出てきた。

 

「あなたは……」

 

「ミゲル……やっぱあんたか」

 

「以前に会った情報屋さんか。私たちをつけていたのはあなただな?」

 

「へっ!お尋ね者が雁首揃えてりゃ、追いかけたくなるのが性ってもんよ」

 

「御託は聞きたくない。目的はなんだ」

 

キリコはミゲルに鋭い視線をぶつける。

 

「憎たらしいほど落ち着いてやがる。さすがは皇帝陛下暗殺を企んだだけはある」

 

「…………………」

 

「なっ!?」

 

「貴様……!」

 

ガイウスは怒りを顕にする。

 

「……状況はこちらに有利だ。大人しく話せば危害をくわえない」

 

「話さなかったら?」

 

「ズドン……だぜ?」

 

クロウは腰の二丁拳銃に手を置く。

 

「ククク……わかった。おれの負けだ」

 

ミゲルは両手を頭の上に上げる。

 

「…………おれ一人ならな」

 

ミゲルの足元に何かが投げ込まれた。

 

「っ!?伏せろっ!」

 

直後、強烈な光と音が巡回班を襲う。

 

「クク、あばよ」

 

ミゲルはどさくさに紛れて逃げ出した。

 

「くっ!スタングレネードですか!」

 

「そ、それよりオジサン逃げたわよ!」

 

「今は放っとけ!なんかヤバいぞ!」

 

クロウは周囲に漂いはじめた不穏な空気を感じ取る。

 

「これは……!」

 

ミュゼも顔を上げる。

 

「どうかしたの?」

 

「ラクウェルが……」

 

「ラクウェルが?どうかしたのかい?」

 

「……炎に包まれます!」

 

「えっ!?」

 

「それは──」

 

突如、近くで爆発音が響く。

 

「なんだ!?」

 

「この反応……皆さん!ラクウェルは包囲されているようです!」

 

「何だって!?」

 

巡回班は突然のことに大きく戸惑う。

 

「きゃああああッ!?」

 

「に、逃げろーーっ!!」

 

あちこちで叫び声が上がった。

 

「どうなってるの!?」

 

「わからない。とにかく今は──」

 

「へへ、見つけた見つけたぁ!」

 

『!?』

 

巡回班の前に、猟兵らしき男たちが立ちはだかる。

 

「猟兵!?」

 

(装備がバラバラ……ごろつきの寄せ集めか)

 

キリコは猟兵たちの服装や装備が一致していないことからそう読んだ。

 

「てめえら、何のつもりだ!」

 

「仕事に決まってるだろうがよ。お前らを衛士隊に引き渡せば一生遊んで暮らせるミラが貰えるんだからなぁ!」

 

「っ!そんなことのために街を!」

 

「ケケ……俺たちがのし上がるための必要な犠牲ってやつだ」

 

「外道が……!」

 

「わかったら大人しく捕まっちまえ!」

 

猟兵たちは武器を手に襲いかかる。

 

「ふざけんじゃないわよ!」

 

「そんな身勝手が通るとでも思っているのか!」

 

ユウナとクルトは武器で猟兵たちの攻撃を捌く。

 

「この街には子猫ちゃんたちがいるんでね。お仕置きさせてもらう!」

 

アンゼリカは両手をポキポキと鳴らす。

 

「総員、一人たりとも逃がすなっ!」

 

『応!』

 

 

 

巡回班はラクウェルを襲ってきたいくつかの猟兵の一団の対処に追われた。

 

キリコたち戦闘チームが猟兵の一団を倒している間、エリオット、ユウナ、アルティナ、ミュゼはラクウェル住民の避難と手当てに専念していた。

 

その結果、猟兵の一団は一人残らず拘束され、住民たちから怪我人は出たものの死者は一人も出なかった。

 

そして現在、リィンたちは捕らえた猟兵のリーダー格の男に対して、尋問を行っていた。

 

「チィッ、ガキだと思って油断した……」

 

「クソ……一攫千金が………!」

 

「……先ほど面白いこと言ってたな」

 

クロウはリーダー格の男の頭部に拳銃を突きつける。

 

「一生遊んで暮らせるミラが手に入るんだっけか?」

 

「ぺっ……」

 

別のリーダー格の男がキリコの足元に唾を吐きつける。

 

「………………」

 

キリコは別のリーダー格の男の顎を蹴り上げる。

 

「ぐべっ!?」

 

別のリーダー格の男は一撃で失神した。

 

さらにキリコは腰の投げナイフを構える。

 

「お、おいっ!」

 

「キリコ!やりすぎだ!」

 

リィンが待ったをかける。

 

「…………………」

 

キリコは無言でリィンに従う。

 

「くっ……」

 

このやり取りを見た猟兵たちは抵抗を止める。

 

「……さっきの質問だ。一攫千金とはどういうことなんだ?」

 

リィンが再び猟兵のリーダー格の男に問いかける。

 

「それは──」

 

「それは私が説明しよう」

 

『!?』

 

 

 

不意に聞こえた声にリィンたちが振り向くと、ロッチナが立っていた。

 

「貴方は……」

 

「帝国軍情報局長のルスケ大佐……」

 

「また会ったな。トールズⅦ組の諸君」

 

ロッチナは笑みを浮かべる。

 

「そして久しぶりだな、トワ・ハーシェル君。いや、今は第Ⅱ分校のハーシェル教官だったか」

 

「お、お久しぶりです……ルスケ大佐………」

 

「知っているんですか?」

 

「うん、本学院を卒業する前に情報局からスカウトされたことがあって、その時の面接官だったの」

 

「ええっ!?」

 

「初耳です……」

 

アルティナは開いた口がふさがらなかった。

 

「確かにトワは各方面からお呼びの声がかかっていたが」

 

「彼女の能力は魅力的だったのでな。来てくれるならば彼女を中尉待遇で迎えるつもりだった」

 

「それは……なかなか破格の待遇ですね」

 

「普通、士官学校卒は将校として最下級の准尉からのスタートですから」

 

「そ、そうなの?」

 

「警察組織で言うキャリアによる待遇と言えばご理解いただけますか?」

 

ポカンとするユウナにミュゼが説明した。

 

「ま、それはいい。それより君たちの疑問に答えるのが第一優先だな」

 

ロッチナは咳払いをし、リィンたちの方を向く。

 

「君たちは闇の相場というものを聞いたことがあるかね?」

 

「や、闇の相場!?」

 

「いかにもって名前が出てきたな……」

 

「闇の相場ですか……」

 

アルティナの表情が暗くなる。

 

「アルティナ……?」

 

「……さすがにご存知ですか」

 

「ミュ、ミュゼも……?」

 

「どこの世界にも格付けが好きな者は存在する」

 

ロッチナは周りを見渡し、こう切り出した。

 

「それは裏社会でも同じ。犯罪組織のトップや政財界の大物、有事に於いて暗躍するフィクサーなどがめぼしい人物を特定、その人物の格付けをし、最終的に賞金を懸ける」

 

「それは……」

 

「その後、裏のネットワークを通じて賞金首として裏を流れ、先ほどの裏の実力者たちのお遊びの駒なるというわけだが、稀に表に出ることがある。おそらく奴らはその情報をキャッチしたのだろう。救いようのない愚かな奴らよ、当然それ相応の実力が伴っているというのに」

 

ロッチナは連行されて行く猟兵たちを蔑視しながら言った。

 

「ふざけないでよ……!」

 

ユウナが食ってかかる。

 

「そんなの……許されるわけないじゃない!人をなんだと思ってるの!?」

 

「言っておくがエレボニアだけでなく、カルバード、リベール、クロスベルの人間も関わっているらしい。真偽は不明だが、レミフェリアの高官やアルテリアの司教もいるとか」

 

「ば、ばかな……」

 

「そんな……」

 

「これが……裏というものだよ。表からいくら声を大にして上げようとも、彼らには蚊ほども感じない」

 

「さらに分かりやすく言えば、クロスベルを長年牛耳っていたルバーチェ商会とその後ろ楯だったハルトマンでさえ、闇の相場から見れば虫けらに等しいと言われる」

 

ロッチナは断言した。

 

「嘘………」

 

ユウナは茫然自失となった。

 

「さらにここからが本題なのだが、コイツらの言うようにキリコとシュバルツァーには懸賞金が懸けられている」

 

「えっ……!?」

 

「リィンも……だと!?」

 

「そうだ」

 

ロッチナはリィンを見た。

 

「内戦勃発以前から各地で厄介事に介入し、貴族派の企みを挫かせ、内戦でも第三の道と称しながらも貴族連合軍に抵抗し続けたトールズ士官学院の若者たち。その有翼の獅子たちを牽引してきた灰色の騎士リィン・シュバルツァーは色々な意味で注目を集めた」

 

「ッ!」

 

リィンは思わず奥歯を噛む。

 

「そして此度の黄昏を引き起こしたことから、懸けられた懸賞金は高いものになった。私の調べではシュバルツァーは2億5千万ミラの賞金首になっている」

 

「2億5千万!?」

 

「……確かに一生遊んで暮らせるかもな」

 

「驚くのはまだ尚早だぞ。キリコに懸けられた懸賞金はシュバルツァーのおよそ20倍。50億ミラだ」

 

『……………………………………………』

 

リィンたちは茫然自失に陥るも、ロッチナは構わず続ける。

 

「内戦時に於いて、黄金の羅刹や黒旋風の軍と渡り合い、トールズ士官学院生たちと見劣りもしない武功を挙げた。黄昏発現後も各地で要所を潰して回る。これだけの事をしておいて放ったらかしというわけにはいくまい」

 

「なるほどな。つーか、内戦でそんなに活躍したのに政府も情報局も放っといたのかよ?」

 

「放っておくわけはない。そこで私は政府とのイザコザに防ぐべく、キリコの記録や戦歴を抹消した」

 

「イザコザ?」

 

「神にも従わない男が素直に首を縦に振ると思うかね?」

 

「な、なるほど……」

 

「確かにホイホイと乗っかるようなタイプじゃないな、キリコは」

 

「そのわりにはリィンの言うこと聞いてるじゃねぇか」

 

「そこは教官と生徒の関係と割りきっているからだろう。記憶の部屋で語られるだろうが、キリコは力ずくで押さえつけようとする相手には徹底的に抵抗する」

 

「確かにそんなタイプだね」

 

「私としてはアーヴィング少佐が一度もキリコに殴られなかったのが不思議なくらいさ」

 

「言えてんな」

 

「こらアッシュ」

 

クルトはアッシュを窘める。

 

 

 

「なるほど。それで君たちが来ていたのか」

 

ロッチナはなぜキリコたちがラクウェルに来ていたのかを聞いて、頷いた。

 

「それで。君たちはこれからどうするのかね?」

 

「どうする、とは?」

 

「キリコの手によりプリシラ皇妃が奪還され、新旧Ⅶ組らによりオルディスが衛士隊の手から離れつつある。ジュノー海上要塞が陥落した今、オルディスを枕に挙兵する絶好の機会だと思うが?」

 

「それは……」

 

「それに、ヴァイスラント決起軍が準備している《千の陽炎》作戦だったか。名前をぶち上げるだけでも十分人が動くと思うのだが、どうなのかね?」

 

「……今はまだその時ではありません」

 

ミュゼが前に出る。

 

「ほう?」

 

「世界の命運はここにいる者だけに委ねられるわけではないのです」

 

「ここにいる……?」

 

「ミュゼさん、それは……」

 

「結構。今のでだいたい察しはついた」

 

ロッチナは落ち着き払っていた。

 

「……一つお聞かせください」

 

「なにかな?ミルディーヌ公女」

 

「貴方はキリコさんを使って何を成そうとしているのですか?」

 

「私にキリコを使いこなせる技量はないさ。ただ、見たいのだよ」

 

「何をです?」

 

「長きに渡り、エレボニア帝国を覆い続けてきた呪いが本来存在しないはずの異能者によって破られる瞬間が」

 

「…………………」

 

「……正気の沙汰とは思えません」

 

「キリコの持つ猛毒に侵されて以来、正気などとうに失ったよ」

 

「…………………」

 

ロッチナはニヤリと口角を上げる。

 

「ミルディーヌ公女、君も理解しているのではないかな?キリコ・キュービィーの存在が本来あるべきはずの流れを変えていることを」

 

「……だからなんだと言うのです?」

 

「既にこの世界の行く末など誰にも予想できないものになっているということだ。言い方を変えれば、世界はキリコによってねじ曲げられたとも言える」

 

「………………」

 

 

 

「もう一つ、君たちに道を示そう」

 

「道を……?」

 

「アルフィン皇女のことだ」

 

「えっ!?」

 

「アルフィン殿下の行方をご存知なんですか!?」

 

「現在、アルフィン皇女はセントアークのとある貴族の屋敷に軟禁されているという」

 

「サザーラントのとある貴族……」

 

「まさか……ハイアームズ侯爵家が!?」

 

「いや、ハイアームズ侯爵は国家総動員法に反したということで衛士隊に追われているらしい」

 

「ハイアームズ侯爵閣下が……」

 

「そこでとある有力貴族が暫定的統括者として入っているそうだ」

 

「有力貴族……?」

 

「そんな人いたっけ?」

 

「ミュゼ、心当たりは?」

 

「うーん、わかりません(まさか大叔父様が就いていようとは。とはいえ、飾り同然での扱いですが)」

 

ミュゼは心の中でセントアークの暫定的統括者が誰なのかを読んだ。

 

「それだけでなく、かのラッセル博士の身内もいるらしい」

 

「ティータも捕まっているんですか!?」

 

「よしリィン君!今すぐ乗り込もうではないか!!」

 

「落ち着いてください。アンゼリカ先輩」

 

「心配なのはわかるけど、無策で乗り込んでもダメだよ」

 

リィンとトワがアンゼリカを窘める。

 

「とりあえず、このことについてはひとまず持ち帰ろう」

 

「そうだね。多分、いや間違いなく父さんも関知しているだろうし」

 

「第四機甲師団のクレイグ将軍ですか」

 

「エリオットさんのお父さんでしたよね」

 

「初見じゃ見破れねぇけどな」

 

「ク、クロウ君……」

 

「とにかく、伝えることは伝えた。後は君たち次第だ」

 

ロッチナはそう言って去って行った。

 

「俺らも行くとしようぜ、シュバルツァー」

 

「そうだな。長居は無用のようだ」

 

「教官、街は……」

 

「まもなく第三機甲師団がやって来るだろう。それにクレア少佐が言ってただろう?俺たちは指名手配されているって」

 

「あ……」

 

「そうでした」

 

「遺憾ですが、離れた方が良いかと」

 

「これ以上のトラブルはゴメンだ」

 

「わかった。全員、北ランドック間道に戻るぞ」

 

巡回班は急いでラクウェルを脱出した。

 

 

 

午後5:00

 

リィンたちはローゼリアのアトリエでそれぞれの成果を報告し合った。

 

「リィンとキリコに懸賞金!?」

 

「それに闇の相場とはな」

 

ロッチナからもたらされた情報はアリサたちに衝撃を与えた。

 

「ユーシスは知ってるの?」

 

「代行とはいえ、バリアハートの領主として携わっていればな。単なる与太話と本気にはしていなかったが」

 

「確かに本気にするまでにはいかないだろうな」

 

「僕も業務上聞いたことがある。おいそれと手が出せないブラックボックスだとね」

 

「ブラックボックス……」

 

「如何にもって感じですね」

 

「んで?どうすんだシュバルツァー?」

 

「……これについては無視する。俺たちが関わるには荷が重すぎる」

 

「ええ。下手をすれば、どうなるかわかったもんじゃないわ」

 

「おそらく、皇帝陛下や鉄血宰相でさえ手を出しあぐねる存在なんだろう」

 

「表が活きるためには、裏の存在が不可欠というわけか」

 

「ええ。それは魔術でも同じことよ」

 

「決まりだな」

 

Ⅶ組は闇の相場については不可侵を決定した。

 

「では次にアルフィン皇女についてか」

 

「セントアークにおられると言っていたんだな?」

 

「ああ。ティータと共に軟禁されているらしい」

 

「ティータもあたしたち分校の仲間です。なんとか救出に行きたいと考えてます」

 

「それは我らも同じこと。是が非でも救出せねばならん」

 

「では、セントアークへの潜入ルートの特定から始めよう」

 

新旧Ⅶ組はアルフィン皇女とティータの救出に向けて動き出した。

 

(この流れのまま行けば、第四機甲師団との武力衝突は必至……)

 

ミュゼはそっとキリコを見た。

 

(キリコさん…………)

 

 

 

「……………………」

 

キリコもミュゼの視線に気づいていた。

 

(第四との衝突は避けて通れないらしいな。おそらくライルたちと戦うことになるだろう)

 

(だが……戦うしかない。これが俺に課された運命ならば)

 




次回、セントアークに潜入します。

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