英雄伝説 異能の軌跡Ⅱ   作:ボルトメン

41 / 53
意地

キリコはセドリックと共に、ガラ湖周遊道から外れた場所にやって来た。

 

「ここは?」

 

「先日、偶然見つけてね。ここなら話が出来そうだしね」

 

セドリックはキリコの前に立った。

 

「先ほどの話、悪いけど聞かせてもらったよ」

 

「そうか」

 

「ずいぶんと冷たいじゃないか。ミルディーヌさん、涙を堪えていたんじゃないか?」

 

「…………………………」

 

「確かに、君の言うとおり口をつぐんでおけば分校が消滅することはないだろう。最初から無関係だと主張すれば済む話だ」

 

「そうだ」

 

「……本気で言ってるのかい?」

 

「ああ」

 

「君一人だけが自由になり、残される者に十字架を背負えと言うのか?」

 

「…………………………」

 

キリコは表情を変えなかった。

 

「……なら仕方ない」

 

セドリックは腰のサーベルとARCUSⅡを外し、地面に捨てた。

 

「武器はいいのか?」

 

「ここにあるじゃないか」

 

セドリックは指を鳴らした。

 

「…………………」

 

キリコも所持していた武器とARCUSⅡを外し、地面に捨てた。

 

「互いにハンデはなくなった。キリコ、最後の勝負といこう」

 

「わかった……」

 

キリコとセドリックは互いに構えた。

 

「……………………………」

 

「……………………………」

 

暫し、睨み合った。

 

その時、近くで魚が跳ねたような水音が鳴った。

 

「「っ!!」」

 

二人は同時に動いた。

 

 

 

「まだ見つからないのか?」

 

一方、第Ⅱ分校校舎では、リィンたちと本校Ⅰ組がキリコとセドリックを探し回っていた。

 

「本当にドコ行っちゃったんだろ?」

 

「懇親会が終わって間もないですから、そう遠くへは行っていないはずです」

 

「いくつか心当たりがある場所には行ったが、こうも見つからないとは……」

 

「屋上、校庭、練武場、。どこも空振りだったわ」

 

「一応、アインヘル小要塞にも行ってみたが、防犯カメラには映っていなかったな」

 

新Ⅶ組も本校Ⅰ組もお手上げと言った具合だった。

 

「全くもう……!」

 

アルフィンは腕を組んで怒りを露にした。

 

「ひ、姫様……」

 

「セドリックの心根はわかってるわ。キリコさんと決着を着けるつもりなのよ」

 

「キリコと、ですか……?」

 

「ええ。聞けば、セドリックはキリコさんとの勝負が着く瞬間に転移させられたそうですね。それをギャラリーに見られるのはイヤだとか言って、どこか人目のつかない場所に連れて行ったに決まってます!」

 

「ま、まあまあ……」

 

リィンはヒートアップするアルフィンを宥める。

 

「となると、分校の外でしょうか……」

 

「探索範囲も滅茶苦茶広くなるぜ」

 

「とにかく、探し出すしかありません。アルティナさん、手伝ってくれますか?」

 

「分かりました、プラトー主任」

 

ティオは魔導杖を掲げ、アルティナはクラウ=ソラスを出した。

 

「起動。エイオンシステム、アクセス」

 

「クラウ=ソラス。探索モード、ON」

 

ティオとアルティナは青い光に包まれる。

 

「いつ見てもすごいな」

 

「ま、ティオすけに探せないものはねぇからな」

 

「殿下にキリコ君、無事だと良いけれど……」

 

トワは固唾をのんで見守る。

 

「……………………」

 

「……………………」

 

やがて青い光は消えた。

 

「……反応がありました」

 

「どうやら、ガラ湖周遊道付近のようです」

 

「周遊道付近……」

 

「では参りましょう──」

 

「待ってください」

 

アルティナが待ったをかけた。

 

「どうしたの?」

 

「少々、マズイかもしれません」

 

「マズイ?」

 

「何か来てんのか?」

 

「東側から、TMPの車両が向かっているみたいです」

 

「TMPが……」

 

「一応、俺らは追われてる身だしなぁ……」

 

「急ぎましょう」

 

リィンたちはガラ湖周遊道方面に向かおうとした。

 

「お待ちください」

 

エイダが止めた。

 

「エイダ?」

 

「TMPでしたら、私どもが止めておきます」

 

「皆さんは早く行ってください」

 

「フリッツ……」

 

「良いのか?」

 

「無論です」

 

「また、どこかで」

 

エイダとフリッツは本校Ⅰ組生徒全員を引き連れ、急行した。

 

「教官、僕たちも」

 

「ゼシカたちも行くんでしょ?」

 

「申し訳ありませんが私たちはここまでです」

 

ゼシカとウェインは立ち止まった。

 

「え!?どうして!?」

 

「今は理由は明かせませんが、必ずまたお会いできます」

 

「ウェイン……」

 

「……わかった。何かあてがあるんだろう。それまで無事でいてくれよな」

 

ランディは笑みを浮かべた。

 

「ありがとうございます」

 

「さあ、行ってください」

 

「わかった。行こう!」

 

リィンたちはゼシカとウェインと別れ、ポイントへと向かった。

 

 

 

「はあっ!」

 

「っ!」

 

セドリックとキリコは素手で殴り合っていた。

 

セドリックの右ストレートがキリコの顔面を捉えれば、キリコの右フックがセドリックの脇腹を打ち抜く。

 

「まだまだぁっ!」

 

セドリックは左の拳でフェイントを入れ、右のローキックを放つ。

 

「甘い……!」

 

キリコはローキックを足でガードし、セドリックの頭を掴み、腹部に膝蹴りを入れた。

 

「うぐっ!?」

 

セドリックの動きが止まる。

 

「っ!」

 

さらにキリコは右のミドルキックを叩き込む。

 

「ぐっ!?」

 

セドリックはガードしたものの、横に転がった。

 

「………………………………」

 

キリコは呼吸をしながらも、構えを解かなかった。

 

「ははは………」

 

セドリックはゆっくりと立ち上がった。

 

「喧嘩も馴れているみたいだね……」

 

「お前とは違うからな」

 

「そう……かいっ!」

 

セドリックはキリコにタックルを仕掛ける。

 

「!」

 

キリコはタックルに捕まり、背中を木の幹にぶち当てた。

 

「くっ……」

 

「お返しだっ!」

 

セドリックはキリコの胸部に膝蹴りを入れ、さらにキリコの顔面にヘッドバットを叩き込んだ。

 

「っ!」

 

キリコの体勢が低くなった。

 

「うおおおっ!」

 

セドリックはさらに肘打ちを当てる。

 

「調子に、乗るな……!」

 

キリコはセドリックの右腕を掴み、一本背負いで投げた。

 

「なっ!?」

 

セドリックは受け身を取り、立ち上がろうとした。

 

「!」

 

立ち上がろうとした時、キリコのローキックがセドリックの背中を捉えた。

 

「がっ!」

 

セドリックは前に倒れこんだ。

 

「………………………」

 

キリコは倒れたセドリックを掴み、立ち上がらせた。

 

そして右ストレートを打った。

 

「っ!」

 

セドリックは直撃するギリギリでかわした。

 

「ああっ!」

 

セドリックはキリコにボディブローを叩き込んだ。

 

「っ!」

 

キリコは腹筋に力を入れ、防いだ。

 

そして即座に左右一発ずつパンチを入れた。

 

「くっ……!」

 

セドリックはかろうじて耐えた。

 

「このっ!」

 

セドリックは地面を蹴りあげる。

 

「っ!」

 

キリコは反射的にガードした。

 

「もらった!」

 

セドリックは縦拳のアッパーパンチを放った。

 

ガードをすり抜けるような拳はキリコの顎にヒットした。

 

「くっ!」

 

キリコは顎を跳ね上げられ、二、三歩下がった。

 

「うおおっ!」

 

セドリックはなおもキリコに殴りかかる。

 

「……甘いな」

 

キリコは左の裏拳でセドリックの顔面を跳ね上げる。

 

「ぐふっ!?」

 

今度はセドリックが二、三歩下がった。

 

 

 

「ふ~、頑張るねぇ……」

 

二人の勝負を空中から見ている者がいた。

 

「灰のお兄さんたちが早く来ても興醒めだし、少しだけ……」

 

見ている者──カンパネルラはフィンガースナップを鳴らした。

 

キリコとセドリックの周りを結界が包んだが、二人には見えていないようだった。

 

「これでよしっと」

 

カンパネルラは続きを見ずにどこかへと転移して行った。

 

 

 

「……なんでだ」

 

「?」

 

「なんで……仲間を必要としない?」

 

セドリックは肩で息をしながら、顔を上げた。

 

「君にとって……Ⅶ組は……彼らは……大切だったんじゃ……なかったのかい………?」

 

「だからこそだ」

 

「違うね……君は……彼らを何とも……思っちゃいない……!」

 

「違う」

 

「そうだ……否定してみせろ!」

 

セドリックは呼吸を整えた。

 

「セドリック……」

 

「仲間を思う気持ちがあるなら……どうして応えようとしないんだ!」

 

「十分応えているつもりだ」

 

「だったら……ミルディーヌさんの気持ちも考えてやれよっ!」

 

「……っ!」

 

キリコは僅かながら目を見開いた。

 

「彼女を見ていれば多少なりとも分かるさ。彼女がキリコ、君のことを大切に想っているってのが……君を好きだってことが解らないのかっ!?」

 

「ミュゼか………だからなんだ?」

 

「キリコ……!」

 

「まだ勝負は終わってない。言いたいことがあるなら……」

 

キリコは構えた。

 

「くっ……キリコォォォッ!」

 

セドリックはキリコにぶつかって行った。

 

(ミュゼの、あいつの気持ちは気づいていた。だが俺には応えられそうにない)

 

(戦いから逃れられず、一時の安息も許されない俺にはな)

 

キリコはセドリックに向かって行った。

 

 

 

「どうだ、みんな!」

 

「周遊道はほぼ全て回りましたが、見つかりませんでした」

 

「ミルサンテの方にも行ってみましたが、見た人はいませんでした」

 

「となると後は林の中か」

 

リィンたちは林の方を見た。

 

「ティオ先輩、お願いします」

 

「アルティナさん……!」

 

「お任せください」

 

「始めます」

 

ティオとアルティナは再びサーチを始めた。

 

 

 

「うおおおっ!」

 

「っ!」

 

一方、キリコとセドリックの勝負は激しさを増していた。

 

互いの顔に痣を作り、両手は腫れ、衣服は血と埃で汚れていた。

 

「っ!」

 

キリコの右ストレートが顔面を捉えた。

 

「がふっ!」

 

セドリックはよろよろと後ろに下がる。

 

「何をっ!」

 

セドリックも負けじと右のミドルキックを放つ。

 

「っ!」

 

キリコはミドルキックを受け止める。

 

「かかった!」

 

セドリックは左足でキリコの腹を蹴りあげる。

 

「ぐっ!」

 

キリコはたたらを踏んだ。

 

「来いよ、キリコっ!!」

 

「!!」

 

二人を中心に打撃の鈍い音が響く。

 

だが張られた結界のせいか、二人の勝負は魔獣さえも気づかなかった。

 

故に二人は互いしか見えなかった。

 

 

 

[キリコ side]

 

「このっ……!」

 

セドリックは俺の右足にしがみついてきた。

 

「くっ!?」

 

俺はバランスを崩してしまった。

 

普段ならこの程度でバランスを崩したりはしないが、やはり小要塞攻略の疲労が影響しているようだ。

 

「もらった!」

 

「!」

 

セドリックは馬乗りになり、顔面目掛けてマウントパンチを放ってきた。

 

ガードしようとしたが、二の腕にまで乗っているので動かせない。

 

「ぐぐっ……!」

 

いくらセドリックが俺より体格が劣るとはいえ、パンチまで軽いというわけじゃない。

 

上から矢継ぎ早に繰り出されるマウントパンチに意識が削られていくのがわかる。

 

「調子に……乗るなっ!」

 

俺はセドリックのパンチが下がった瞬間を狙い、一気に起き上がる。

 

「なっ!?」

 

セドリックは思わずのけ反った。

 

そこを狙い、セドリックの腹を殴りつける。

 

「がはっ!?」

 

セドリックは背中から後ろに吹っ飛ばされた。

 

(今だ!)

 

俺はセドリックに馬乗りになり、同じようにマウントパンチを叩き込む。

 

(少々強引だが、気絶してもらう)

 

だが俺はまだセドリックという男を見くびっていた節があったようだ。

 

セドリックは俺の脇腹を殴り、俺の動きが鈍ったところを上手く脱出した。

 

(実戦経験が不足していると思っていたが、考え直した方がいいな)

 

「や、やるじゃないか……!」

 

「出来れば決めたかった」

 

「そうはいかないさ……!」

 

強気な笑みを浮かべているが、向こうも余裕はないはずだ。

 

練武場で言ったとおり、気が済むまで付き合ってやる。

 

[キリコ side out]

 

 

 

「はあっ!」

 

セドリックはキリコに右ストレートを放つ。

 

「っ!」

 

キリコはそれを左の掌で受け止めた。

 

すかさず右フックでセドリックの顔面を捉える。

 

「……まだまだぁ!」

 

セドリックは左拳でキリコの咽頭を殴りつける。

 

「がっ!?」

 

キリコは思わず頭を下げてしまった。

 

「くらえっ!」

 

セドリックは両手を組み、キリコの延髄目掛けて振り下ろした。

 

「!?」

 

延髄を打たれたキリコはそのまま前に倒れた。

 

「はあ……はあ……!こ、これで……!」

 

セドリックは息も絶え絶えになりながら、キリコに背を向けた。

 

「キリコ……君は…………!?」

 

ガサッという音がし、セドリックはゆっくりと振り返った。

 

「嘘………だろ…………?」

 

そこにはキリコが立っていた。

 

「…………………………」

 

キリコの両目の焦点は合っておらず、荒い呼吸をしながら拳を握る。

 

今のキリコを動かしているのは本能だった。

 

「ぐ、ぐぐ……!」

 

セドリックは痛みを堪えながら構えた。

 

「ぐっ!」

 

キリコのボディブローがセドリックの動きを鈍らせた。

 

「っ!」

 

そこからたたみかけるように、キリコの連打がセドリックの身体に叩き込まれる。

 

「あ゛……あ゛あ゛っ!」

 

セドリックは反撃しようと拳を振り上げる。

 

だが無情にも、セドリックの身体はとっくに限界を超えていた。

 

「ちく……しょう………!」

 

止めの右ストレートを受けたセドリックは後方へと吹っ飛ばされた。

 

「…………………………」

 

キリコの体力も限界を超えていた。

 

キリコは木にもたれかかり、座りこんだ。

 

勝負はキリコが制した。

 

 

 

[キリコ side]

 

セドリックとの勝負は俺が勝った。

 

柄にもなく感情を出したせいか、何やら清々しさすら感じる。

 

前世を含めて、戦いに清々しさを感じたことは少なく、それこそ片手で足りる。

 

「……生きているか?」

 

俺は倒れているセドリックに声をかけた。

 

「う……うるさい………」

 

セドリックは痙攣する手をなんとか振っている。

 

「殺す気……だったろ………」

 

「手心を加えた方が……良かったか……?」

 

「そしたら……一生………恨むよ……!」

 

「そういうことだ………」

 

「はは………」

 

セドリックは力なく笑う。

 

「また、負けたのか……」

 

「これで、四勝目だ……」

 

「言う、なよ………」

 

セドリックの身体が小刻みに震える。

 

「……泣いているのか………」

 

「う、うるさい……!な、泣いてないよ……!」

 

「……………………」

 

強がっているが、小さな嗚咽が聞こえる。

 

「キ、キリコ……!」

 

「……………………」

 

「最後まで………よろしくな、親友」

 

「ああ…………親友」

 

俺は自然と〝親友〟という言葉を呟いた。

 

プリシラ皇妃の言葉が浮かぶ。

 

俺はセドリックと、友になれたのだろうか。

 

「………………………………………」

 

セドリックは気絶したようだ。

 

(俺も……限界……か………)

 

急激に眠気が襲ってきた。

 

俺の意識はそこで途絶えた。

 

[キリコ side out]

 

 

 

「いたたたたっ!!」

 

「我慢しなさいっ!」

 

「ア、アルフィン……もう少し丁寧に……」

 

「黙ってなさい!」

 

セドリックは鬼の形相のアルフィンに手当てを受けていた。

 

キリコとセドリックの勝負が着いた直後、カンパネルラの張った結界が解除された。

 

突然の反応に驚いたリィンたちがポイントに駆けつけると、そこには血まみれの二人が倒れていた。

 

第Ⅱ分校まで戻る手間を惜しみ、リィンたちは二人を急いでメルカバへと運び込んだ。

 

回復アーツに現代医学、魔術に法術まで駆使した甲斐あって、二人はベッドから起き上がれるほどに回復した。

 

また、大事を取ってセドリックは医務室、キリコは仮眠室と分けられた。

 

そして現在に至る。

 

「このおバカ!」

 

「お、おバカはひどくない!?」

 

「おバカで十分よ!だいたいなんでキリコさんと殴り合いの喧嘩なんてしてるのよっ!」

 

「キ、キリコとはどうしても決着をつけなきゃと思ったからさ」

 

「そもそもセドリックはキリコさんと体格の差で負けてるのよ!どう考えたって不利じゃない!」

 

「そ、そりゃあ僕にだって男の意地ってものが……」

 

「意地で済んだら世話ないわよ!」

 

アルフィンは叫びながらも、セドリックの手当てを終える。

 

「ねぇ、セドリック……」

 

「ん?」

 

「本当はキリコさんのことでしょ?」

 

「………まあね」

 

「そうよね……」

 

アルフィンはセドリックの隣に座る。

 

「あの子のことも?」

 

「うん。たぶんキリコは気づいてる。ミルディーヌさんの気持ちに」

 

「でも、キリコさんは……」

 

「分かってて無視している。不死の異能と呪いの根源とやらのせいで……」

 

「そうね……優しいもの、キリコさんは」

 

アルフィンとセドリックは同時にため息をついた。

 

「お節介なのはわかってる。でも、このままじゃ救われない。ミルディーヌさんが、何よりキリコが」

 

「異世界のことはわからないけど、キリコさんにはこの世界で生きること、何よりも幸せになる権利はあるわ」

 

「そうだね」

 

「でも、これはユウナさんから聞いているんだけど、キリコさんとミルディーヌのことはあまり干渉せず見守ろうってことで一致してるんですって」

 

「紳士協定ならぬ淑女協定か。なら僕もそれに倣うか……」

 

「だからって黒星を増やしてたら意味無いわよ?」

 

「なんで蒸し返すかなぁ………」

 

セドリックは大きなため息をついた。

 

 

 

「じゃあ、キリコ。本当に殿下は決着を着けようと?」

 

「はい」

 

キリコは手当てを終え、リィンたちに事の詳細を話していた。

 

「まさか皇太子殿下と素手の殴り合いをしていたとはな」

 

「互いの合意の上で、だがな」

 

「勝ちを譲る気はなかったのか?」

 

「一生恨むと言われたのでな」

 

「マキアス、ここは殿下とキリコの言い分が正しいと見るべきであろう」

 

「うん。あの皇子様なら本当に実行しそう」

 

「フィ、フィーちゃん……」

 

「それだけキリコに勝ちたかったのだろう」

 

「そうかもね」

 

「ほとんど意地だよな」

 

「うんうん♪これも青春ね~」

 

「いやいや、そういう問題ですかっ!?」

 

サラの言葉にクルトがつっこむ。

 

「でも、キリコ君も殿下も無事で良かったね」

 

「さすがにあの状況は予想出来ませんでしたが」

 

「しこたま殴り合ったって感じだったな」

 

(本当に……本当にご無事で何よりです……)

 

ミュゼは心から安堵した。

 

 

 

「それで、本当に殿下も一緒に?」

 

「はい。そうしたいと考えています」

 

セドリックが手当てを終えたと聞いたリィンはセドリックの元へとやってきた。

 

そこでリィンはセドリックから自分も同行すると伝えられた。

 

「しかし……本校の方はよろしいのですか?」

 

「実を言うと、学院長には前々から伝えておいたんです。もしリィンさんたちが分校を取り戻した暁には、リィンさんたちに同行すると」

 

「殿下……」

 

「これは、アルノール家長男としてだけではありません。テスタ=ロッサの起動者として、何より帝国を愛する者として、立ち上がりたいんです」

 

「そこまで……」

 

「お願いします……!」

 

「私からもお願いいたします」

 

セドリックとアルフィンは頭を下げた。

 

「頭をおあげください」

 

リィンは微笑みながら言った。

 

「お二人のお心、よくわかりました。こちらこそ、ありがとうございます」

 

リィンたちも頭を下げた。

 

「あ、ありがとうございます!」

 

「礼には及びません。それではこれから──」

 

『なんでてめえがいやがる!?』

 

突如、ランディの大声が響いた。

 

「ランディさん?」

 

「なんでしょう?」

 

「とにかく、行ってみましょう」

 

リィンたちは声のする方向へと向かった。

 

 

 

「やっほー!」

 

「シャ、シャーリィさん!?」

 

セドリックはいつの間にか乗り込んでいたシャーリィに仰天した。

 

「ど、どうしてここに……」

 

「あ~~。あたし一応、お坊ちゃんの護衛も任されているからさ。護衛対象に好き勝手されんの困るんだよね~」

 

「そ、それで何しに……?」

 

「しょうがないからあたしも灰のお兄さんたちについてくよ」

 

「ええっ!?」

 

「ふざけんな!今すぐ降りろ!」

 

ランディはシャーリィの提案に憤慨した。

 

「でももう目的地だよね?」

 

「こ、この……!」

 

「待ってください、ランディさん」

 

セドリックが止める。

 

「こうなったらシャーリィさんにも同行してもらいましょう」

 

「殿下!?」

 

「おいおい、本気かよ……!」

 

「ここでシャーリィさんを解放しても、情報は他の猟兵団にも伝わるでしょう。開戦が近い今、余計なトラブルは慎まなければなりません」

 

「だけどよ……」

 

「まあまあ。シャーリィさん」

 

「ん?」

 

「護衛の仕事はそのまま継続してください。ただし僕だけでなく、アルフィンやエリゼさんも対象に加えてください」

 

「私もですか?」

 

「誤解を恐れずに言いますが、エリゼさんとアルフィンは戦力としては役不足です」

 

「「っ!」」

 

アルフィンとエリゼの身体がビクンと震える。

 

「それは……」

 

(確かに戦力としては計算するのは難しいか……)

 

「オッケー。その分の報酬は期待してるね」

 

「お願いしますよ。特にエリゼさんに何かあった場合……」

 

「場合?」

 

「リィンさんの箍が外れかねませんから」

 

「……その節は申し訳ありませんでした」

 

リィンは申し訳なさそうに頭を掻く。

 

「冗談ですよ。僕もアルフィンに何かあったら同じようになるかもしれませんし」

 

「殿下……」

 

「それに、アルフィンとエリゼさんを護衛対象とすることで、シャーリィさんを見張る目が増えるわけですから」

 

「ふーん?信用ないんだ?」

 

「クロスベルでの出来事は聞き及んでますし、そもそも貴女は結社の執行者じゃないですか」

 

「ま、今は休業中だけどね」

 

「………………………」

 

シャーリィの言葉にアリサは複雑な表情を浮かべる。

 

「アリサさん……?」

 

「……シャロンさんのことですね?」

 

「う、うん……」

 

「あの死線のお姉さんか~、結社というより黒のアルベリヒに付いてる感じだね」

 

「黒のアルベリヒ……」

 

(僕にとっても仇だ。たとえアリサさんに恨まれようと必ず…………)

 

セドリックは一旦思考を止める。

 

(そうか………キリコもこんな気持ちなのか。いや、よそう)

 

セドリックは頭を振って忘れようとした。

 

「殿下?」

 

「いや、なんでもありません。それよりどこへ?」

 

「ああ、それがありましたね。自分たちはこれから──」

 

リィンはセドリックたちに目的地のことを話した。

 

 

 

「……それで皇太子たちを連れて来たのか」

 

ローゼリアはセドリックたちを見回す。

 

エイボン丘陵から転位石を経て、魔の森を抜け、たどり着いたエリンの里にセドリックたちは言葉を失った。

 

逸る気持ちを抑え、リィンたちと共に里長のローゼリアと対面した。

 

「ま、まさか貴女までが来るとは……」

 

「久しぶりだね~。三人とも灰のお兄さんたちと行動してたなんてね」

 

「まあ成り行きだ」

 

「魔女の里、なかなか刺激的よ」

 

「まあ色んな意味で刺激的だな……」

 

「シャーリィさんや鉄機隊の皆さんとは戦ったことがありますし」

 

(呉越同舟じゃな。面倒なことにならなければよいがのう……)

 

ローゼリアは小さくため息をついた。

 

「そんなにこともあったね~。ま、この一件が終わるまでは手出さないから」

 

「ホントか?」

 

「うん。でもさ……」

 

「でも……?」

 

「ちょっとくらいあやかっても良いよね?」

 

シャーリィは両手の指を上下に動かす。

 

「なに考えてんですのっ!?」

 

「え~?だってなかなかすごいお姉さん多いからさ~。良いじゃん、減るもんじゃないし」

 

『良くありません!!』

 

女性メンバーがシャーリィにつっこんだ。

 

「ほほう。お主なかなかの眼力じゃのう♪」

 

「でしょでしょ♪シャーリィ的にはラインフォルトのお姉さんが──」

 

「いやいや。妾の孫娘が──」

 

ひょんなことからローゼリアとシャーリィは意気投合した。

 

 

 

「そういえば、分校はどうなったの?」

 

エンネアはリィンに聞いた。

 

「結論を言うと、取り戻しましたよ」

 

「では、トールズ本校の雛鳥たちは去って行ったんですの?」

 

「いえ、そういうわけではなくてですね……」

 

トワが前に出る。

 

「私と殿下との間で契約を交わしたんです。第二分校の所有を分校関係者とすることを。そして本校生徒の皆さんに分校を一時預けることを」

 

「本校の生徒に?」

 

「なるほど。本校が絡んでいるならTMPも衛士隊も手は出しにくいはず」

 

「さすがトワさんですね」

 

「才色兼備とはこのことですわね♪」

 

「そ、そんな……!おそれ多いです……」

 

トワはアルフィンの言葉に狼狽えた。

 

「でもこれでⅦ組やティータは帰る場所が出来たんだよな」

 

「はい……!」

 

「そう言っていただけて良かったです」

 

セドリックは微笑んだ。

 

「にしても、ホントにあのスチャラカ皇子の弟か?」

 

「フフ、本当ですよ。ティータさんとはリベールの異変以前からの相思相愛、年の差カップルと聞いておりますよ。アガット・クロスナーさん?」

 

「ふ、ふええええっ……!?」

 

「前言撤回。つーか何を吹き込んでやがる、あのボケ皇子……!」

 

ティータは赤面し、アガットは頭痛のする頭を押さえた。

 

 

 

「それはそうと、あれはどうなっている?」

 

「お主の予想通りよ」

 

キリコとローゼリアのやり取りに事情を知る者たちはハッとなった。

 

「そ、そっか。それがあったわね」

 

「第二相克をクリアしたから……」

 

「???……いったい何を………」

 

エリゼは話について行けず、困惑した。

 

「ああ、そうか。エリゼたちは知らないんだったな」

 

リィンはエリゼたちに記憶の部屋について説明した。

 

「そのような部屋がここの地下に?」

 

「キリコさんの前世……興味はありますが……」

 

「その様子ですと、到底愉快なものではなさそうですね」

 

「正確です。皇太子殿下」

 

『あっ!』

 

リィンたちが振り向くと軍帽を被った軍人が歩いて来た。

 

「貴方は……?」

 

「情報局長のルスケ大佐、でしたね」

 

「情報局!?」

 

エリゼは思わず身構えた。

 

「意外な大物、ですね」

 

「あのカカシ男の親玉か……!」

 

ティオとランディは身構えた。

 

「フフ、あくまで情報局全体での話だよ。彼とはセクションが異なるのでね」

 

「それはどうでもよい。お主、またあの不良娘に?」

 

「ええ」

 

「あの……」

 

エマが前に出た。

 

「ルスケ大佐、姉さんの行方は……」

 

「残念ながら、場所までは特定出来なくてね。このペンデュラムが光った時だけ、里に向かってくれとだけ言われているんだ」

 

「そうですか……」

 

エマはため息をついた。

 

「まあ、世界情勢が逼迫する時勢だ。案外ひょっこり顔を出すのではないかな?」

 

「だと良いんだけどよ……」

 

クロウは頭を掻いた。

 

「とりあえず、百聞は一見にしかず。キリコ、お前から行け」

 

「…………………………」

 

キリコは不満げな表情を浮かべながらも、記憶の部屋へと向かった。

 

「キリコ君………」

 

「おもいっきり顔に出てるな……」

 

「そんなに嫌なんでしょうか……」

 

「そりゃあ、過去をほじくられるようなもんだしね」

 

「違うな。奴は頭ごなしに命令されることに不満なのさ」

 

「え………?」

 

「キリコは誰にも従わない。たとえそれが神だろうともだ」

 

「従わない……」

 

「まあ、それは記憶の部屋でたっぷり体感してもらおう」

 

ロッチナは鼻歌を歌いながらついて行った。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。