七耀暦1206年 8月26日 午前6:00
エリンの里は慌ただしい空気に包まれていた。
「では転移させるぞ。二代目Ⅶ組とシュバルツァーの妹、配置につけ」
『はい』
にⅦ組とエリゼは転移石の前に立った。
「俺たちもメルカバで追いつく。リィンたちは救出に専念してくれ」
「わかった。セドリック殿下、アルフィン殿下、よろしくお願いします」
「任せてください」
「アルノールの名にかけて」
セドリックとアルフィンは頷いた。
「ではゆくぞ」
ローゼリアは二代目Ⅶ組とエリゼを転移させた。
午前6:30
「ここは……?」
二代目Ⅶ組とエリゼは石碑の前に立っていた。
「ここはユミルとアイゼンガルド連峰を結ぶ登山道です。キリコさんは一度いらしてるとか」
「ああ。アイゼンガルド連峰に精霊窟が現れたから手伝えと鋼の聖女に呼ばれてな」
「そ、そんなことが……」
「父さんにも会ったんだな?」
「ええ。犬を連れていましたが」
「ああ、バドのことだな」
「シュバルツァー男爵閣下は鷹狩りの名人で、帝都での催しにも参加なさっていたとか?」
「らしいな。そろそろ行こう。もし、今回のハイジャック犯が衛士隊と繋がっているなら、連中はどんな手を使ってくるかわからない」
「間違いなく、口封じに出るでしょう」
「死人に口なしってか?」
「ですが、こうも露骨な手に出るということは相当焦っていることの目白押しだと思います」
「そっか!下手すれば自分たちにダメージが及ぶもんね!」
「何かしらの手は考えられる。行くぞ、Ⅶ組特務科!」
『イエス・サー!』
「エリゼは無理せず後方にいてくれ!」
「は、はい……!」
二代目Ⅶ組とエリゼはアイゼンガルド連峰を目指す。
その頃、ユミルは異様な空気に包まれていた。
「我らユミルの民はハイジャックなどに手を貸したりはしない」
「ならばなぜ、我々に協力しない?」
「協力しないとは言ってない。だが銃を持って高圧的に乗り込んで来た貴君らに警戒するなとは無理があるだろう」
「貴様!」
衛士隊の兵士の一人がシュバルツァー男爵に銃を向ける。
「っ!」
「男爵様!?」
「よせ。所詮は田舎に引きこもる傍観者の言葉。多少の無礼も大目に見てやろうではないか」
「くっ……!」
「あいつら……!」
ユミルの領民たちは怒りを必死におさえる。
ここで手向かいをすればどうなるかはわかりきっていた。
「ふっ。その反抗的な目……気にいらんなぁ~~」
隊長は導力銃を取り出し、シュバルツァー男爵の眉間に突きつける。
「あなたっ!?」
「もはや是非もなし。国家総動員法に背いた貴様と領民どもはすべて銃殺する」
兵士たちは銃剣を構える。
「そのような暴論が罷り通ると思うのか!」
「通るのだよ。我らは正義の軍。我らが悪と言えば悪。悪は滅せねばならない」
「それは皇室の意志か?」
「死ぬ者には必要なかろう」
隊長は引き金に指をかける。
「男爵様っ!!」
「お前らっ!!」
領民たちは口々に叫ぶ。
「そいつらを黙らせろ。これより処刑を──」
『即刻、中止せよ』
ユミルの頭上に何かが飛んで来た。
「なんだあれは!?」
「あの紋章は、教会の?」
地面に魔法陣が描かれ、二人の人物が現れた。
「なんだ、貴様らは………」
「まったく、主君筋の顔も忘れたとは」
「呆れてものが言えませんわね」
二人はため息をつき、衛士隊をまっすぐ見る。
「あ、あ、あ……貴方方は……!!」
隊長はようやく気づいた。
『皇太子殿下に皇女殿下!?』
衛士隊は愕然となった。
「ど、どけ!」
隊長はセドリックとアルフィンの前でひざまづいた。
「こ、皇太子殿下並びに皇女殿下におかれましてはご機嫌麗しく……」
「挨拶は不要だ。シュバルツァー卿及びユミル領民の拘束を今すぐ解き、ルーレまで撤退せよ」
「し、しかし殿下!?我々は飛行船……」
「それには及びませんわ」
セドリックの後ろからアルフィンが歩いてきた。
「皇女殿下……」
シュバルツァー男爵は驚きを隠せなかった。
「現在、アイゼンガルド連峰には調査隊を派遣しております。この帝国の守護を任務とするあなた方衛士隊のお手を煩わせるまでもありません」
「君たちには君たちの任務があるはず。それを放棄してまでこの事件に関わる理由があるのか?」
「で、ですが……!」
「おかしいな。君たちの上官にあたる司令官殿に問い合わせたら、撤退の命令を出すと言っていたのだけど」
「し、司令官が……?」
「もしかして、僕とアルフィンは一杯食わされたのかな?」
「め、滅相もございません!ご命令通りに致します!」
隊長は慌てて敬礼した。
そこからの動きは速かった。
隊長は撤退の指示を出し、衛士隊はユミルを去って行った。
「さて、と」
セドリックはシュバルツァー男爵らの方を向いた。
「シュバルツァー卿、皆さん。ご無事ですか!?」
「殿下、なぜこのような場所に」
「シュバルツァー男爵家はアルノール家に連なる家柄。それを差し引いても、帝国臣民を見捨てるなど、どうして皇族を名乗れましょう」
「ユミルは親友の故郷。その危機とあらばいつでも駆けつけますわ」
「殿下……」
「お強くなられましたね」
シュバルツァー男爵夫妻は感謝の意を示す。
再び魔法陣が描かれ、初代Ⅶ組が現れた。
「どうやら去ったみたいですね」
「お久しぶりです。シュバルツァー男爵閣下」
「皆さん……」
「なるほど。皇太子殿下のおっしゃられた調査隊とはリィンたちのことか」
「はい。エリゼさんもついて行きましたが」
「そうですか。エリゼも無事でしたか……」
シュバルツァー男爵夫人は女神に祈った。
「それにしても、殿下はいつの間に衛士隊の司令官と連絡を?」
「上手く乗ってくれて幸いでしたよ」
セドリックは微笑みながら言った。
「なっ!?」
「司令官という言葉の方がより効くと思ったんですよ」
「つまりハッタリ?」
「大丈夫ですよ。今頃……」
セドリックはルーレ方面を見た。
「あははは!この程度?」
ユミルとルーレを結ぶ街道では、シャーリィと鉄機隊が衛士隊を襲撃していた。
「き、貴様ら……!」
「本来であれば、あなた方と事を構えるなど無用のこと。ですが」
「我らにも事情がある」
「とりあえず、ここで出会った不運を恨んでちょうだい」
「く、くそおっ!」
衛士隊小隊は瞬く間に壊滅した。
「とりあえずこんなもん?」
「そうですわね。ルーレが動かないのは気になりますが」
「そっちは遊撃士の三人と特務支援課が調べに行ってるわ。それにしても、あの皇子様の慧眼には脱帽ね」
「キュービィーとの敗北を機に、己を一から鍛え直したと聞く。武ではともかく、知では相当なものだろう」
「とりあえず、星座なら参謀補佐の補佐くらいにはなれるんじゃない?」
「手厳しいですわね」
「戦場ってのは上と横を見なけりゃね」
「上と横?」
「つまり、地図上と戦場に立って見る眼力か」
「そんなとこ。さすが剛毅のお姉さんだね~」
「それはともかく」
デュバリィは咳払いした。
「後は新Ⅶ組の働き次第ですわね」
「そうね」
「うむ」
「ま、キリコがいるなら問題ないでしょ」
シャーリィと鉄機隊はアイゼンガルド連峰の方角を見た。
「これは……」
「予想外の光景ですね」
二代目Ⅶ組とエリゼは飛行船の着陸地点を発見し、様子を伺っていた。
そこには、猟兵と思わしき風体の者たちが飛行船の周りを囲っていた。
「雑多な見た目からして、寄せ集めのようだな」
「数だけは立派だな。めんどくせぇったらありゃしねぇ」
「何とか潜り込めませんか?」
「闇雲に突っ込むのはリスクが大き過ぎる。それに奇襲が上手くいっても人質に危険が及んでしまう」
「くっ!打つ手無しですか……!」
クルトは奥歯を噛む。
「いや……」
キリコは周りを見渡した。
「少々危険だが、策はある」
「策?」
「どのようなものですか?」
「アッシュ、協力してくれ」
「ハッ、いいぜ」
「ど、どうするの?」
「すぐに戻る」
キリコとアッシュはリィンたちから離れた。
数分後、二人は猟兵の格好で戻ってきた。
「戻りました」
「練度は高くはねぇ。分かりやすい罠にも引っかかるんだからよぉ」
「なるほど。変装して潜り込むんですね」
「……ちなみに元々着ていた人物はどうした?」
「縛りあげて放っておいてます」
「近くに魔獣避けのガスを焚いておいたから食われるこたぁねぇだろ」
「魔獣避けのガス?」
「強い催涙効果があるとかで、小一時間涙と鼻水が止まらなくなる代物だとか」
「そんなものどこで仕入れたんだ?」
「ジンゴに頼んで調達してもらいました」
「だからといって、使う?」
「アッシュさんもですが……キリコさんもかなりアウトロー寄りですよね」
「そこにしびれるんです♥️」
「ゴホン……それで、これからどうするんだ?」
「とりあえず捕まってもらいます」
キリコは持っていたアサルトライフルをリィンたちに突きつける。
「おーい、ここに怪しい奴らがいるぞ~!」
アッシュはニヤニヤしながら他の猟兵を呼ぶ。
「……結局こうなりましたか」
「まあ仕方ない。ここは大人しく案内してもらおう」
リィンは両手を挙げた。
「教官、開き直ってません?」
「君たちを受け持っていたら普通の神経じゃ務まらない」
「兄様………」
エリゼは兄の言葉を聞き、何とも言えない顔をした。
「さっさと歩け」
キリコはアサルトライフルを突き付けながらリィンたちに進むよう促す。
「気をつけろよ。灰の騎士と言えば有名な人たらしだ。口を聞いていると、うっかり乗せられかねねぇぞ」
「なるほど。気をつけなければな」
「そうなのか?」
キリコとアッシュが話していると、他の猟兵が話しかけてきた。
「ああ、専らの噂だぜ」
「噂といえば、その口の上手さで女を虜にしてやまないそうだ」
「うーむ、とんでもないな」
(教官……風評被害が………)
(でもキリコさんのおっしゃったことは事実ですよね?)
(というか、なんでキリコはそのことを知ってるんだ?)
(…………………………)
アルティナはそっと顔を背けた。
(どうやらアルティナから伝わったみたいだな)
リィンは無反応を装った。
「ほう?お前らみたいな新入りが灰色の騎士とガキどもを捕らえるとはな」
猟兵団の団長らしき男が品定めするような視線を向ける。
「近くに潜んでおりました」
「他にも仲間がいるかもしれやせんぜ」
「ふむ……第三班、念のために辺りを浚ってこい。怪しい奴は見つけ次第捕らえろ。抵抗するなら射殺していい」
「第二班は引き続き人質の見張り、第一班はキャンプの防衛にあたれ。お前ら二人は二班に加われ。以上だ」
「こいつらは?」
「人質とまとめとけ。武装は解除してあるだろうな」
「無論です」
「ならいい。さっさと行動しろ」
団長らしき男は指示を飛ばし、一番大きなテントに戻った。
「運が良かったな。お前ら」
「は?」
「団長がお楽しみの後でよ」
「そうか……」
キリコとアッシュは聞かなかったことにして、リィンたちを飛行挺に連れて行った。
「……そろそろいいか」
「ん?どうかしたのか?」
「悪ぃな」
「!?」
猟兵はアッシュに気絶させられた。
「とりあえず、第一段階は成ったな」
「お次はお祖父様たちが閉じ込められている場所の特定ですね」
「該当しそうなのはやっぱり客席かな?」
「おそらくはね。ただ、簡単には入れないと思った方が良いかもしれない」
「最近の飛行船は大半がカードキー式だ。まずはカードキーを探す」
「となると、やはり隅々まで探索する必要がありますね」
二代目Ⅶ組は限られた情報から、作戦行動プランを練り出す。
「兄様は発言なさらないのですか?」
「Ⅶ組特務科は基本、生徒の自主性を重んじる。余程のことがない限り手は出さない」
「おかげさまで、こういう状況に慣れちゃいましたよ」
「テンパることなく、冷静に行動できる力を得られた気がするな」
「キリコさんとアルティナさんは元からでしたが」
「逆に言や、コイツらがテンパるほどの危機じゃねぇってこった」
「……………………………」
「私は別に危機探知機ではありませんが……」
アルティナは憮然となった。
「まあまあ。 キリコさん、何か策はありますか?」
「ここで二手に別れる」
「二手に?」
「ユウナとアルティナは俺と別行動をする」
「何か作戦が?」
「ああ。クルトたちは人質の見張りを片付けておいてくれ」
「わかった。気をつけてくれ。」
クルトたちは頷き、上へと向かった。
「それで、どうするの?」
「まずは地下に向かう。それから──」
キリコはユウナとアルティナに作戦を話した。
「破壊されていなかったのは幸いだな」
「少なくとも、能はあるみたいね」
「考え無しに破壊しても邪魔になるだけです。とりあえず地下の調査はここまででいいと思います」
「念のため施錠し、操縦室に向かう」
キリコたちは地下から一階に上がる。
「……操縦室内に数人いるようです」
「どうする?一気に乗り込む?」
「いや」
キリコは懐からスプレー缶のようなものを取り出した。
「それは、催眠ガス?」
「本来は暴徒鎮圧用だそうだ」
「それもジンゴちゃんから?」
「特務支援課設立以前の横流し品と言っていたが」
「当時のクロスベル警察は各セクションで腐敗があったとか」
「聞きたくない」
ユウナは両耳を押さえた。
「すまない。遅くなった」
クルトがキリコたちと合流した。
「クルトさん」
「教官たちと一緒じゃないのか?」
「どうやら、カードキーは操縦室からロックがかけられているそうなんだ」
「それでクルト君が来たってわけね」
「わかった。では始める」
キリコはドアを少しだけ開けて、ガス缶を転がすように入れた。
「ぐっ……」
「な、なんだこれ……は………」
中から倒れこむような音が響いた。
「布か何かを口に当てて、入るぞ」
「わかった」
キリコたちは持っていたハンカチーフなどを口に当て、中に入った。
猟兵たちは一人残らず眠りこけていた。
「換気扇つけるね」
ユウナは操縦室の換気扇をつけた。
「キリコさん、猟兵の拘束完了しました」
「わかった。クルト、カードキーをセットしてくれ」
「わかった」
クルトはカードキーをセットした。
「………………………」
キリコはアンロックを確認し、いくつか操作した。
「何したの?」
「この飛行船はラインフォルトの最新鋭モデルだ。確か、半自動操縦システムが内臓されていたはずだ」
「ある程度は飛行船自体がルート上を飛んでくれるというものでしたか」
「これでルーレ付近まで飛ぶ」
「ルーレへ?」
「アンゼリカ曰く、ログナー侯爵は衛士隊のやり方には腹を据えかねているらしい」
「どうして?」
「ログナー侯爵は内戦には貴族連合軍に与したが、皇室への忠誠心は一二を争うほど高いという」
「だからこそ、衛士隊の振る舞いに思う所があるのじゃろう」
『!?』
キリコたちが振り向くと、ハイアームズ侯爵とイーグレット伯爵が立っていた。
「あなた方は……!」
「久しぶりだね。トールズ新Ⅶ組の諸君」
「キリコ君も元気そうじゃのう」
「なぜここに?」
「リィン君に無理を言って連れて来てもらったんだ。救出に来てくれたこと、本当に感謝するよ」
ハイアームズ侯爵は胸に手を当て、礼を言った。
「義理の孫になるかもしれぬ彼の働きを見物してみたくてな」
イーグレット伯爵は茶目っ気たっぷりに言った。
「そ、それでわざわざこちらに?」
「そういうことじゃな。それでキリコ君。飛べるのかね?」
「エンジンそのものは無傷なので後数分もすれば」
「周りの猟兵たちはどうするんだね?」
「ご心配には及びません」
リィンが二人の後ろから声をかけた。
「初代Ⅶ組のみんながアイゼンガルド連峰に到達したと連絡を受けました。離陸を合図に奇襲をかけます」
「そうか。ならば、このまま君たちに任せるよ」
「閣下たちはルーレのログナー侯の元に?」
「うむ。儂もハイアームズ侯も決起軍に絡んでおる。もちろんログナー侯もな」
「あなた方も……」
「実を言うと、この飛行船に乗客のほとんどが決起軍関係者なのだ」
「そ、そうなんですか!?」
「それがなぜ飛行船に?」
「儂らを捕らえて人質にしようということじゃろう。少なくとも、決起軍の士気に影響する」
「そんなことのために……」
「……もうじき準備が整います。二人は客席にお戻りください」
「なんじゃ、キリコ君は来ないのか?」
「いくら自動操縦といえど、万が一のことがあってはいけないので」
「いや、キリコ。ここは俺が請け負うよ」
「教官、動かせるんですか?」
「初代Ⅶ組が解散した後、トールズ本校で学生をしながら様々なオーダーをこなしていたのは知ってるな。その一環で飛行挺の操縦もやってたんだ」
「そんなことが……」
「アルは知ってたの?」
「はい。任務で同行する機会もありましたから」
「それなら安心じゃな。ではキリコ君、行こう」
「では教官、お願いします」
「ああ」
キリコはイーグレット伯爵らと共に客席へと向かった。
「本当に久しぶりね。キリコ君」
「お久しぶりでございます、キリコ様」
「ご無沙汰しています。シェザンヌ夫人、セツナさん」
「お、お久しぶりです!」
「ああ、6月の演習以来か」
シェザンヌ夫人とメイドのセツナは微笑み、メイド見習いのリーファはやや緊張しながら挨拶をした。
「ほほほ、やっと全員が揃ったのう」
「ふふふ、そうですね」
イーグレット伯爵とミュゼが微笑む。
「キリコ君。君のことはオーレリアから聞いておる。なかなか壮絶なものを背負っとったんじゃな」
「はい……」
「じゃが、そのようなものは関係ない。儂が知っとるのは生真面目で、誠実で、静かな優しさを持っているキリコ・キュービィー君なのじゃからな」
「……ありがとうございます」
「じゃからキリコ君……」
イーグレット伯爵はキリコの肩に手をやり、その場を離れる。
「あの子の側から離れんでやってくれんか……?」
「……………………」
「娘夫婦──あの子の両親が海難事故で亡くなった時、あの子は幾日も泣いていた。自分のせいだと言わんばかりに」
「自分の………もしや、異能の力ですか?」
「当時は漠然とじゃろうが、おそらくはな」
イーグレット伯爵の表情が悲痛なものに変わった。
「当時の儂らにはわからなかった。あの子がいったい何を見たのか、何を知ったのかを。単なる空想だと決めつけてしまった」
「無理もないでしょう」
「じゃが、もしもあの時信じていれば……あの時視察を中止させていれば、こうはならなかったかもしれん……」
「……………………………」
「娘夫婦に先立たれてから、儂らが望むのはあの子が心から幸せになってくれることだけじゃ。そしてそれができるのは………」
イーグレット伯爵はキリコを見る。
「君だけじゃ、キリコ君」
「……それはお門違いです」
キリコは無表情のまま言った。
「キリコ君……」
「俺にそんな資格はありません。本当にお孫さんのことを想うなら……」
キリコは背を向けた。
「俺と切り離すことです」
「っ!」
キリコの眼を見たイーグレット伯爵は息を飲んだ。
すると、キリコたちの足元が揺れる。
「どうやら離陸するようです。俺は万一に備えて甲板にいるので」
キリコは甲板に向かった。
「キリコ君……」
イーグレット伯爵はキリコの背中を見送る。
(なんという悲しい眼じゃ。儂らには想像も出来ん体験をしてきたのじゃな。じゃがな、キリコ君………)
(幸せになることを放棄していい理由なぞありゃせんのじゃぞ)
[キリコ side]
イーグレット伯爵と別れた後、俺は猟兵たちの襲撃に備えた。
だがそれは杞憂だった。
飛行船が飛び立った時、猟兵たちは何が起きたのかわからないようだった。
離陸と同時に初代Ⅶ組らに奇襲を受けてやっと事態を把握するほどの体たらくだった。
後日クラウゼルに聞くと、連中は各猟兵団からドロップアウトした者たちで構成された烏合の衆で、人質さえいなければ俺たちだけで撃破できるくらいのレベルだったらしい。
初代Ⅶ組の奇襲は成功し、猟兵たちは残らず拘束された。
連中の身柄はルーレに常駐していたログナー侯爵率いる地方軍に引き渡された。
ここまでくれば、もう俺たちに出来ることはない。
後は、今日の正午に行われるという会議に備えるだけだ。
[キリコ side out]
午前11:06
「これで後顧の憂いは断てたのかな?」
「後顧の憂いと呼べるかどうかは不明だがな」
「そんなに弱かったの?」
「はっきり言って、二代目Ⅶ組だけでも勝てたかも」
「そんなにですか?」
「君たちから見てどうだったの?」
「見た目は結構雑多だったよね」
「赤や緑に黒。ありきたりの配色が多かったと思います」
「武装も統一されていませんでしたね」
「文字通りの寄せ集めか」
Ⅶ組と特務支援課と結社関係者は二隻のメルカバの通信を使って話し合っていた。
「それにしても、ログナー侯が出迎えてくれたのは驚きましたね」
「最初っから身柄の引き渡しに応じてくれたしな」
「まあ、皇室への忠誠心は決して低くはないからね」
「そういえば、アンゼリカさんは会わなくてよかったんですか?」
「問題ないさ。たかが父娘喧嘩で時間を使いたくないしね」
「お、父娘喧嘩!?」
「そういや、ゼリカは親父と機甲兵同士の殴り合いをやったらしいな」
「機甲兵同士で素手喧嘩かよ……」
「その時に勝ったことで、ノルティア州領邦軍を貴族連合軍から手を引いてもらったんでしたね」
「フフ……」
アンゼリカはにんまりと笑う。
「とにかく、これでユミルに手出しをする方は現れないでしょう」
「ログナー侯も警戒を強めていただくことを約束していただきましたから」
「本当に……ありがとうございました!!」
「俺からも礼を言わせてください。本当にありがとうございました」
「親友とそのお兄様の故郷ですもの。いくらでも骨を折りますわ」
「それを差し引いても、臣民の危機を見捨ててどうして皇位継承者を名乗れましょう」
アルフィンとセドリック微笑んだ。
「これで、一件落着だね」
「後は、会議とやらか」
「ああ。ミュゼ、会議というのはどこで?」
「はい」
ミュゼは前に出た。
「ガイウスさん、トマス副長。この座標に向かってください」
ミュゼは地図にとある座標を打ち込んだ。
「ここは……!」
「なるほど。ここを選ぶとはさすがですね」
「教官、ここって……」
「エレボニア、カルバード、リベール三か国の国境が重なり合う場所だ。ゆえにここら一体は非武装地帯に指定されている」
「非武装地帯……」
「いかなる理由があろうと、一切の戦闘行為を禁じる場所のことだな」
(不可侵宙域と同じものか)
「でも、岩山ばかりに見えますが」
「……空か」
キリコが呟いた。
「空?」
「まさか……」
「はい」
ミュゼはとある画像をモニターに映す。
「これは!?」
「内戦以来所在が知れなかったと聞いているが……!」
「よもや、またお目にかかれるとはな」
「ミュゼ、貴女……」
「ここが会議場になります」
ミュゼは咳払いをした。
「それではご案内致します。貴族連合軍の旗艦にしてヴァイスラント決起軍旗艦、パンタグリュエルへ」
世界の命運が決定付けられるまで後、2時間あまり──
(いよいよ始まる。だが、それは平和を話し合うものではあるまい。会議の行方次第でこの世界が百年戦争の二の舞になるか否かが決まる。だが──)
キリコの胸に、次なる戦いの予感がこみ上げる。
(ミュゼの精神力ももう限界のはず。会議の結果如何に問わず、その時はおそらく……)
キリコはそっとミュゼに目をやった。
[ミュゼ side]
(これで全てが決まります)
パンタグリュエルに到着するまで、私は甲板に立っていました。
(エレボニア、カルバード、リベール。それぞれの代表が一堂に会し、世界の命運を決める。端から聞けば素晴らしく映るでしょう)
(ですが、この会議で決まるのは共和国軍との全面戦争の一択。一度火がつけば十年は消えないものとなる)
私は鉄柵をギュッと握りしめました。
(これで多くの人が死ぬ。世界は荒れ果て、人心は喪われる。その引き金を私が引くことになる……)
私は懐から装飾された小型の銃を取り出しました。
(私の旅路はここまでですね………)
[ミュゼ side out]
次回、会議が開かれます。
黎の軌跡をプレイしながら書くので投稿が遅れます。