七耀暦1206年 8月26日 午前11:15
メルカバはパンタグリュエルの発着ポートに入渠した。
「久しぶりだな。こんな形で足を踏み入れることになるなんてな」
「違ぇねぇ……」
リィンとクロウは懐かしげに見回す。
「教官……」
「教官とクロウさんは一時とはいえ、この艦に乗っていましたから」
「オメーもか?」
「はい」
アルティナは肯定した。
「南と北東からの船か……」
キリコは続々と向かって来る飛行挺を見つめる。
「南……(もしかしなくても………)」
「北東……大陸地図だとあそこだね」
ティータとシャーリィはそれぞれあたりをつける。
「そして東か……」
「へぇ?カイエン公もえらいの呼んだみたいだね~」
「あ、あの国旗って……!?」
「もう気づいておりますでしょうが……」
メルカバの中で正装に着替えたミルディーヌが歩いて来た。
「南はリベール王国、北東はレミフェリア公国。そして東はカルバード共和国から〝とある方々〟を招待しました。遊撃士協会と特務支援課の方々にも立ち会っていただく予定です」
「無論、僕たちもね」
キリコたちの後ろから正装したセドリックとアルフィンが歩いて来た。
「皇太子殿下………」
「姫様も………」
「まずは中に入りましょう。リィンさん、エスコートをお願いできますか?」
「自分がですか?」
「はい。リィンさんとは一度、逃避行をした仲ですもの♥️」
「教~官~?」
「そんなことが……」
「不埒です」
「ククク……なるほどねぇ?」
アルフィンの言葉に二代目Ⅶ組が反応した。
「……………………」
キリコにとってはどうでもよかった。
「諸君、よく来てくれたな」
パンタグリュエル前方区画でリィンたちを出迎えたのはウォレス少将だった。
「お久しぶりです、少将」
「シュバルツァーも久しぶりだ。ずいぶんと見た目が変わったな」
「ええ。色々ありました」
「まあ壮健そうで何よりだ。セドリック殿下、アルフィン殿下、アンゼリカ嬢もご無事で何よりでした」
「ありがとうございます、少将」
「こんな形でまた訪れるとは思いませんでしたが」
「その節は平にご容赦を。そして──」
ウォレス少将はキリコと目が合った。
「久しぶりだな。報告を聞いたが、本当に存命しているとは思わなかったぞ」
「そうか」
「フフ。らしくなってきたな」
ウォレス少将は口角を上げた。
「これから起こることは理解しているようだな」
「歴史が変わる。そう思っている」
「そうだ。ここからは正に混沌。そなたの背負っているものを含めてな」
ウォレス少将の後ろからオーレリアが歩いて来た。
「ご無沙汰しています、オーレリア将軍」
「皇太子殿下におかれましてもご無事で何よりです。聞けばキュービィーと決着をつけたとか?」
「ええ。恨みっこなしの真剣勝負でした。敗北しても清々しさすら感じました」
「フフフ、それは何より。いずれ私も奴と決着をつけねばなりませぬ」
(キリコ君………)
(本気で同情してしまうな……)
(本人はあまり気にしていなさそうですが)
「……………………」
「まあよい。それより、ここにいる何人に縁がある者たちが先に来ている」
「縁、ですか」
(それって……)
ティータは確信めいた予感がした。
「ここから先は私が案内しよう。ウォレス、警備は抜かるなよ」
「はっ」
ウォレス少将と別れ、リィンたちは奥へと進んだ。
「ご、豪華なんてもんじゃない気がするんですけど……」
「すごいな……」
「ククク、マジかよ」
オーレリアにつれられたリィンたちはパンタグリュエルの後方貴賓区画へとやって来た。
オーレリアは準備があると言って、先に向かった。
残されたリィンたちの内、何人かはその豪華絢爛さに言葉を失った。
「かつて貴族連合軍の旗艦として帝国に名を轟かせただけのことはあるな」
「もしかすればユーシスも加わっていたかもしれんのだったな」
「そうか、ユーシスさんはアルバレア公爵家の一員だから……」
「まあ、早めに見限ったのは正解だったということだ」
ユーシスは特に気にしていなかった。
「そういえば、アルと教官はここで会っているんだっけ?」
「ええ、二度も不埒なことをされかけた場所ですね」
「……兄様?」
「リィン……?」
エリゼとアリサは揃ってジト目を向ける。
「全くの誤解です」
「うーん……リィンの場合、あながち誤解とは言い切れないんじゃないかなぁ」
「まあ教官にも悪気はなかったと思いますし……」
「いや、リィンの場合はそれがむしろ問題なんだろう」
「ああ、善意しかないのが逆にタチが悪いと言おうか」
「ハハ、言い得て妙じゃねぇか」
「あのー、君たち?」
リィンの額を嫌な汗が流れる。
「まあ。リィンの朴念仁ぶりは今更のことであろ」
「わたしたちはとっくに諦めてる」
「ふふ、また巡り合わせが絶妙に良いといいますか」
「………悪いの間違いじゃないの?」
「……えっと………」
リィンは言葉が続かなくなった。
「先ほども申し上げましたとおり、私リィンさんと逃避行いたしました。お姫様抱っこしてもらいましたし♥️」
「へぇ……そんなことが………」
「ハハ、あん時は凄かったよな」
「そ、そうなんですか?」
「へぇ?やるじゃねぇか」
「ふむ、人は見かけによらないと言いますか」
「はは、アイツ以上に爆発しろって感じだよな」
「………………………………教官、先輩。泣いていいですか?」
リィンのハートは傷だらけだった。
「あー、我慢しなさい」
「ふふっ、それだけみんなに愛されているってコトで」
「果報者だねぇ、リィン君は」
トワとアンゼリカがフォローを入れた。
「ハハ………盛り上がっているな」
「あはは、まさかこんな形でお目にかかれるなんて」
奥から黒髪の青年と栗色の髪の娘が歩いてきた。
「…………………………」
キリコは歩いてきた二人を見つめた。
「……ぁ………」
「ハハ………」
ユウナとランディには見覚えがあった。
「ヘッ、やっぱ来てやがったか」
「久しぶりね、ティータ」
「5ヶ月ぶりくらいかな。ちょっと背が伸びたかい?」
「エステルお姉ちゃん、ヨシュアお兄ちゃん。それに……それに……!」
「ふふっ……約束、果たせそうかしら?」
二人の後ろからスミレ色の髪の女の子が顔を出した。
「レンちゃん……!」
ティータは駆け出し、エステルとレンの二人に抱きついた。
「やっと……やっと会えた……!」
「ぐすっ……それはこちらの台詞よ……」
「まったく二人とも……年上なのに泣き虫なんだから」
「そういうレンこそ目が赤くなってるけどね。それとアガットさん、ご無事で何よりでした」
「ハッ、たりめーだろ。……色々残ってはいるがまずは一区切りってとこか」
「ええ、色々な意味でまだ気は抜けないけどね」
「あ!サラさん!えへへ、お久しぶりです」
「ご無沙汰しています、本当に」
「3年ぶりくらいかしらね。紹介するわ、あたしの教え子で後輩のフィーよ」
「ども」
サラに呼ばれたフィーはいつもの調子を崩さなかった。
「わわっ!貴女がフィーさん!?可愛いのに滅茶苦茶強いって噂の!」
「よろしく。妖精の活躍は耳にしているよ」
「フィーで構わない。こちらも二人の活躍は聞いてる。アガットとシェラザードから」
「ふふっ……そっか」
エステルは微笑んだ。
「それはそうと、不死のお兄さんのことは良いの?」
「あ……うん」
レンにフィーに促した。
「不死?」
「ああ。クロスベルでお前らと会ってるそうだ」
アガットはキリコに目を向けた。
「あ………」
「その服装は……」
エステルとヨシュアは目を見開いた。
「レンはもう会ってるんだよな?」
「ええ。キーアと一緒にね」
「あの時の……」
エステルは決意したかのようにキリコに近づく。
「お、お姉ちゃん……」
ティータは不安そうに見守る。
「君……………」
「…………………………」
キリコはエステルの目を見る。
「やっぱり当たってなかったわよね!?」
「へ?」
「エステル……?」
エステルの予想外の言葉に何人かが唖然となった。
「あの時、正確に突いたけど手応えがほとんどなくって、気のせいかと思ってたけどやっぱり当たってなかったわよね!」
「お兄さんから直接聞いたんだけど、当たる瞬間に体を引いて威力を最小限に留めていたみたいよ。そして持っていたワイヤーフックを柱に引っかけて上手く着地して脱出したそうよ」
「凄いな……レンから聞いていたけど、ここまでとはね」
ヨシュアもキリコに近づいた。
「責める気はないのか?」
「レンから聞いたけど、キリコ君にも事情があって、あたしたちを足止めしてたんでしょ。そんなことで恨みなんて持つわけないじゃない」
エステルは笑みを浮かべた。
「僕もエステルと同じ考えかな。ベクトルは違っても、目指すところは同じだと思う。ただすれ違っていただけで」
ヨシュアは右手を差し出した。
「……………」
「ダメかな……?」
「……………」
キリコも右手を差し出し、握手を交わした。
「よろしくね、キリコ君」
エステルもキリコと握手を交わした。
「お兄ちゃん……お姉ちゃん……」
「ふふ……」
「相変わらず底抜けのお人好しだな」
「エステルちゃんはああじゃなきゃな」
「なんと言うか、太陽みたいですね」
「だな」
アガットは笑みを浮かべた。
(良かったね、キリコ君)
(たとえ罵倒されようと、キリコは受け止めるつもりだったんだろうな)
(おそらくは)
ユウナたちはキリコの心底を見抜いた。
「…………………………」
アッシュはヨシュアと目が合う前に視線を逸らした。
(まさか……彼は)
ヨシュアは過去の記憶を辿った。
「エステルさんたちが来ているということは……」
「来てるんだろ?」
「うん。そろそろ──」
「ティオー!」
奥から走ってきた緑色の髪の女の子がティオの胸に飛び込んだ。
「っと。ふふっ……いいタックルです、キーア。ロイドさん、エリィさんもお疲れ様でした」
「ああ、ティオこそお疲れ」
「ああもう……私も抱きしめさせて」
エリィはティオを抱きしめる。
「エ、エリィさん……ちょっと苦しいです」
「……ティオちゃん。無事で本当に良かった。ヨナ君も心配してたんだからね?」
「そうですか…………あの、それより息が…………」
ティオの呼吸が徐々に小さくなる。
「ハハ……」
「やれやれ、お嬢、また育ったんじゃねぇか?」
「お疲れ、ランディ!」
「お前こそな、ロイド」
ロイドとランディは拳を突き合わせる。
「……ちょっとランディ?聞こえてるわよ?」
エリィは笑ってない目をランディに向ける。
「おっと、やべぇやべぇ」
「まあ、ランディさんらしいと言えばらしいですけど」
「あはは……」
「……ユウナもお疲れ。キーアから話は聞いたよ」
「ティオちゃんの解放にも力になってくれたんですってね?」
「えへへ、まあⅦ組としてのミッションでもあったので。支援課の皆さんが再会できてあたしも他人事ながら嬉しいです」
「ユウナは他人じゃないよー」
キーアが首を横に振った。
「ええ、わたしたちにとっては文字通り〝後輩〟ですね」
「ええ……クロスベルの意志を別の形で受け継いでくれている」
「君が俺たちのことを誇りに思って暮れるのと同じように……俺たちも君のことを誇りに思うよ、ユウナ」
「………ぁ……………グスっ………はいっ!!」
ユウナは涙を浮かべつつ、返事をした。
その後、エステルとヨシュア、ロイドはリィンたち初代Ⅶ組と言葉を交わした。
「さてと……」
ロイドはキリコと目が合った。
「キリコ・キュービィー、で良かったんだよな?」
「ああ……」
「よろしく頼むよ」
ロイドは右手を差し出した。
「クロスベルでの一件は聞いているはずだ」
「ああ。君がオーダーで動いていたこともな。まさかノエルやダドリー警部と戦っていたとは思わなかったが」
「俺はあんたの仲間を撃とうとした。なんなら後輩も傷つけた」
「そうだな」
ロイドは微笑む。
「君のことはランディやティオ、ユウナの話からでしか知らない。だがこれだけはわかる。君は本心からそうしようとはしなかったはずだ」
「………………」
「リィンにも言ったが、俺は捜査官だ。起きた事件の表面だけを見たりはしない」
「………………」
「不幸にも、俺たちと敵対してしまったが、それは互いに譲れない都合があったからだろうから」
「……っ………」
「世界を終わらせたくないという気持ちは、俺たちと何ら変わりないはずだ。キリコ、俺たちに力を貸してほしい。この世界を救うために」
「ロイド先輩……」
「もちろん、あたしたちリベール組もお願いするわ」
「お姉ちゃん……」
「それに、キリコ君を苦しめている原因があたしたちの立ち向かう相手かもしれないならなおさらよ」
「エステル……」
「………………………」
キリコは顔を上げた。
「………元を辿れば、俺とワイズマンの因縁に過ぎない」
「キリコさん……」
「その因縁は俺たちだけでよかった。だが奴がこの世界を巻き込むなら……」
キリコは前に出た。
「俺でよければ力を貸そう」
「キリコ君……!」
「ありがとう、キリコ」
ロイドはキリコと固い握手をした。
「良かったね」
「ええ。わだかまりもなくて何よりだわ」
キーアとレンは笑みを浮かべた。
「フフ……揃っているようだな」
奥から、オーレリアが現れた。
「分校長……」
「ふふ、お疲れ様です」
(……あれが………)
(ヴァイスラント決起軍指令、オーレリア・ルグィン将軍ね……)
(………つ、強そうね…………)
(ああ……当代最高の剣士の一人だろう)
ロイド、エリィ、エステル、ヨシュアはオーレリアの存在感に目を離せなかった。
「リベール遊撃士協会、ならびに特務支援課の諸君。オーレリア・ルグィンだ。お初にお目にかかる」
オーレリアはエステルたちを見回す。
「その前にキュービィー、そなたにはやってもらうことがある。そちらへ」
『!?』
その場にいる者たちはキリコを見た。
「…………………………」
キリコは無言で近くの部屋に入った。
「他の者ともそれぞれじっくり話したい所だが早速、会議を始めたいと思ってな」
オーレリアは姿勢を正し、奥の方を見た。
「あ──」
「なっ……!?」
(……やっぱり………)
奥から、黒服を連れた温厚そうな男性と、帝国とは異なる兵士を連れた抜け目なさそうな男性が現れた。
「やあ、特務支援課の諸君。2年ぶりくらいになるのかな?アリオス君は来ていないみたいだが」
温厚そうな男性は特務支援課に話しかけた。
「ご無沙汰しています、閣下」
「アリオスさんは別件で今回は立ち会えませんでした。閣下によろしくと言付かっております」
ロイドは胸に手を当てながら答えた。
「そうか……まあ彼の立場なら忙しいのも無理はないだろう」
温厚そうな男性はスーツの襟元を整えた。
「皇太子殿下、アルフィン殿下。ご無沙汰しております。ユーゲント陛下の一件とオリヴァルト殿下の不運……遅まきながらお悔やみを述べさせていただきます」
「……ありがとうございます、閣下」
「まさか閣下御自らいらっしゃるとは夢にも思いませんでした」
「ふふ、私としても信じられないような心境ですよ」
温厚そうな男性はミュゼに向き直った。
「ミルディーヌ公女殿下。改めてお招きいただき感謝します」
「ふふ、こちらこそ。お目にかかれて光栄です、閣下」
ミュゼは優雅にお辞儀をした。
「ハハ、非公式ではあるが、まさに歴史に残る会議となりそうですな。おっと、特務支援課の諸君とは2年ぶりくらいだったか?」
「ええ、西ゼムリア通商会議以来ですね」
「ご無沙汰しています、閣下」
「うむ。そうだったな」
抜け目なさそうな男性はセドリックたちの方を向いた。
「皇太子殿下にアルフィン殿下、公女殿下もお初にお目にかかります。ちなみに──わたくしの事はご存知でいらっしゃいますかな?以前、兄君とは一度、会議でご一緒させていただきましたが」
「ふふ……はじめまして。ようこそお運びくださいました。ロックスミス大統領閣下」
『!?』
ミュゼの言った名前にリィンたちはぎょっとした。
「ま、まさか……」
「ハハ……そう来たかよ」
「呆れましたわね……」
「ハハ、大公閣下。改めて名乗った方が良さそうですな?」
「ええ──では私の方から」
温厚そうな男性は胸を張った。
「レミフェリア大公、アルバート・フォン・バルトロメウスだ。お初にお目にかかる、トールズ士官学院の諸君」
「おほん……」
抜け目なさそうな男性は咳払いをした。
「カルバード共和国大統領、サミュエル・ロックスミスという。恐らく今、この場にいる者としては最もあり得ないかもしれないがね」
(……レミフェリアのトップにまさかの共和国大統領か)
(ああ……よもや影武者でもあるまい)
(だ、だがおかしいだろう!?共和国大統領がこんな場に……)
「まあ、それだけの事態という訳だ。マキアス・レーグニッツ君。それとユーシス・アルバレア公爵代行にフィー・クラウゼル君だったかな?」
「な……」
「先輩たちのことを……」
「……なるほど。そっちのお姉さんか」
「やはり共和国の諜報関係者だったようですね」
フィーとアルティナはロックスミス大統領の側にいる女性を見つめる。
「ええ。私はCID(共和国中央情報省)のカエラ・マクミラン特務少尉よ。ハーキュリーズにも籍があるわ。その節は世話になったわね」
「じゃあ、そちらの方は……」
「改めまして──大公付秘書官、ルーシー・セイランドといいます。ふふ、先日は失礼しました」
「セイランドって、聖ウルスラ医科大学の……?」
「ええ。私の叔母に当たるの。大公閣下ともご学友なの」
「彼女はユーゲント陛下の手術の執刀医を任されると聞いた。両殿下、彼女の医師としての腕は本物です。必ずや、陛下はご快復なさるでしょう」
「ありがとうございます、大公閣下」
「そのお言葉だけでも十分ですわ」
セドリックとアルフィンはアルバート大公に礼を言った。
「ところで、例の青年とやらは?」
ロックスミス大統領は口を開いた。
「例の青年?」
「閣下、それは……」
「いや、オーレリア将軍から聞いたのだが、公女殿下には専属の護衛人がいると聞いたのでな」
「専属の護衛人?」
「ミュゼ?」
「え、ええ……」
「そやつなら……ああ、来たようです」
オーレリアの見つめる先から、黒いスーツを着こなし、サングラスをかけたキリコが歩いて来た。
「……………え?」
「キリコ……………?」
「ふふふ………」
「………………………」
ほとんどが呆気にとられる中、アンゼリカは微笑み、ミュゼは密かにオーレリアを睨んだ。
「ほう、彼が公女殿下の」
「年若いが、腕の立ちそうな人物ではありますね」
ロックスミス大統領とアルバート大公はキリコを見つめる。
「………………………」
キリコは姿勢を正し、無言で受け流していた。
(キリコさんがミュゼちゃんの護衛人……?)
(どういうことでしょう、ユーシスさん)
(いずれも話す。今は置いておけ)
ユーシスはアルティナに抑えるよう言った。
「レミフェリアと共和国のトップが来てるってことは……」
「ああ、南より訪れたもう一組のゲストというのは……」
「…………ぁ………………」
「……ふふ………」
「ふう、来たみたいね」
エステルはため息混じりに笑みを浮かべた。
「おいおい……マジかよ?」
「……リベールにとってもそれだけの事態なんでしょう」
リベール組は歩いて来たゲストを見つめる。
「あ…………」
「リベールの至宝…………それに……………」
「ふふ、まさかこの場にいらっしゃるなんてね」
「…………………………………………………」
リィンは目を見開いた。
「遅くなりました」
「いや~、しかし豪華な艦ですなぁ」
「お招きいただき、誠にありがとうございます」
青い軍服の女性と軍服の中年男性と可憐な娘はリィンたちの前に歩いて来た。
「リベール女王アリシアが名代、クローディア・フォン・アウスレーゼと申します。皆様、どうぞお見知りおきを」
「同じくリベール王国軍中将、カシウス・ブライトであります」
「同じくリベール王国軍王室親衛隊少佐、ユリア・シュバルツと申します」
リベールからのゲストたちはそれぞれ挨拶をした。
「時間が惜しい──早速ですが会議を始めるとしましょうか?」
「そうですね」
「確かに時間も惜しい」
「では、参りましょう」
「行って参りますね」
カシウス中将の一声で、アルバート大公、ロックスミス大統領、セドリック、アルフィンが続く。
「参りましょう、公女殿下。それとキュービィー、そなたもな」
「…………………………」
キリコはミュゼとオーレリアと共に奥の会議場に向かった。
「はぁ~~~!」
ユウナは大きく息を吐いた。
「大丈夫かい?」
「は、はいなんとか……」
「それにしてもキリコさんがミュゼさんの専属護衛人ですか……」
「ユーシスとゼリカは知ってんだろ?」
「ああ」
「抑止力ってやつさ」
「抑止力?」
「キリコ君は内戦時に貴族連合軍をたびたび脅かしていた。内戦が終結し、領邦軍が統合地方軍に再編成された今でもキリコ君の脅威は深く刻まれているそうなんだ」
「よっぽどおっかなかったんだな」
「僕たちも本気のキリコの前には手も足も出ませんでしたから……」
「ロイド先輩やエステルさんたちが来てくれなかったらどうなってたか……」
「湿地の時か……」
「でも話を聞く限り、ユウナちゃんたちを諦めさせるつもりだったみたいね」
「でも、大きな誤算だったみたいですね」
「ああ。諦めるってことを知らねぇ奴らだからな」
「そうだね~」
特務支援課のメンバーは笑みを浮かべた。
「それからどうなったのですか?」
「うん。他にもキリコ君を取り除こうという動きがあることがあったそうなんだ。リィン君たちが遭遇したチャールズ・ジギストムンド一派は暴走に近かったようだけどね」
「統合地方軍内でもリィンと違い、しこりが残っていたそうだ」
「そんなことが……」
「そこでオーレリア将軍とイーグレット伯爵、そして私が相談して決めたんだ。彼女がカイエン公就任と同時に、彼をカイエン公専属護衛人として発表することで取り込んだポーズを取ろうとね」
「厄介な存在なら取り込むことで反発を抑える効果もあるからな」
「そういうことだったんですね」
「ま、本人は取り込まれたとは毛ほども思ってないだろうしね」
アンゼリカは笑みを浮かべた。
「良いんですか、それで」
「単なるポーズのためだからね。アルバイトだと思えばいいさ」
「どんなバイトですか……」
アンゼリカの言葉にリィンは呆れた。
[キリコ side]
ミュゼの後ろで聞いていたが、やはり尋常ではない。
リベール、カルバード、レミフェリアの三国軍による反攻作戦。
さらに教会や猟兵団などの第三勢力も取り入って帝国軍を迎え討つという。
正に世界大戦と呼ぶにふさわしいだろう。
ミュゼは一見堂々としているが、僅かに肩が震えている。
オーレリアからも注視しておけと言われたが、やはり無理をしている。
ユウナのように何かのきっかけで暴発することもあるかもしれない。
(最悪の事態に備えておく必要があるな)
会議は一旦休憩に入った。
会議の参加者たちは新旧Ⅶ組、リベール組、特務支援課、その他と雑談していた。
俺はミュゼと共に大公らと話していた。
「それにしてもお美しくなられた。亡きアルフレッド公子殿や奥方もお喜びになられているだろう」
「ありがとうございます、おじ様」
セイランド秘書官によると、ミュゼの父親と大公は友人同士だったらしい。
「そういえばおじ様、彼女はお元気ですか?」
「ああ、幼少の頃によく一緒に遊んでいたんだったね。元気……と言えば元気だが……はぁ………」
大公はやけに大きなため息をついた。
「?」
「キリコさんはエルフェンテック社という企業をご存知ですか?」
セイランド秘書官は俺に問いかけてきた。
「確か、クロスベルにある投資会社か。荒稼ぎと揶揄される強引なビジネスで有名らしいが」
「やはり知っていたか……」
大公はさらにため息をついた。
「?」
「エルフェンテック社の取締役はリーヴスラシル・フォン・バルトロメウス。レミフェリア公国の第一公女にあたる方です」
「ということは大公の」
「姪っ子さんにあたりますね」
「女の子だからと甘やかし過ぎたよ……」
大公は肩を落としていたが、どうでもいい。
次に、クローディア王太女とブライト中将と話すことになった。
「うちのじゃじゃ馬が世話をかけたみたいだな」
「どちらかと言えば、俺の方ですが」
俺はブライト中将とクロスベルでの出来事を話していた。
「しかし見れば見るほど凄いな。会議の時も感じていたが、隙がない。君くらいの年の頃の俺でさえこうはならなかった」
「そうですか」
「それを踏まえてなんだが、リベール王国軍に──」
「謹んで辞退します」
今さら軍に入る理由もないしな。
「ラインフォルト社にZCF、結社、二大猟兵団。それに続いてリベール王国軍ですか」
「………とんでもないスカウトですな」
「すごいですね」
「ちなみにお聞きしますが……」
「大丈夫です。キリコさんは全て断っています。そもそも、誰かの下に付く方ではありませんので」
「うーん、彼のような人材がいれば私も堂々と退役出来るんですが」
「ダメですよ。まだまだ頑張っていただかないと」
「クローゼの言うとおりかと」
クローディア王太女とユリア少佐は微笑みを見せている。
「誰か俺を引退させてくれないものか……」
ブライト中将は深いため息をついた。
クローディア王太女らと入れ替わりに、ロックスミス大統領らがやってきた。
「素晴らしい艦ですな」
「ありがとうございます」
「ここから見る景色が最初で最後と思うと、惜しい気がしますなぁ」
「閣下……」
確かロックスミス大統領の任期は今年度までらしいな。
「お疲れ様でした、と申し上げるべきでしょうか……?」
「ありがとうございます。まあ、これを機に楽をさせていただきますよ。後のことは彼に任せておけば良いでしょうし」
「ですが閣下、あの選挙のことは……」
「カエラ君」
ロックスミス大統領がマクミラン特務少尉をやんわりと叱責する。
「も、申し訳ありません……」
「申し訳ない。お見苦しい所を」
「いえ。政治とはそういうものでしょうから」
「お気遣い痛みいります」
どうやら裏で色々あったようだが、俺には関係ない。
「とはいえ、これは大統領としての最後の仕事。残る気力を振り絞って努めさせていただきますよ」
「はい。よろしくお願いいたします」
ミュゼの言葉を機に、ロックスミス大統領らは他の所に行った。
[キリコ side out]
「ふーーっ」
ミュゼはソファーに座った。
「……………………」
キリコは紅茶をそっと出し、ミュゼの前に座った。
「ありがとうございます」
ミュゼは紅茶を飲んだ。
「落ち着いたか?」
「はい、なんとか……」
「……………………」
「来る所まで来てしまいましたね……」
「そうだな」
「数日後には開戦、ですね」
「大地の竜作戦と同日だったか」
「はい……」
ミュゼは目を伏せた。
「キリコさん……私は………」
「無理はするな」
「え……」
ミュゼの肩が一瞬揺れる。
「む、無理だなんて……」
「誤魔化せるとでも思ったか?」
キリコはミュゼを見つめる。
「俺だけでなく、オーレリアやセドリックは気づいている。おそらくブライト中将もな」
「……会議後のアイコンタクトはそういうことだったんですね………」
ミュゼは再び目を伏せた。
「ごめんなさい……」
「責めているわけじゃない。兵士の視点からでしか戦争を知らない俺には、お前の苦しみは憶測でしかわからない」
「いえ……きっとキリコさんが考えているとおりだと思います」
ミュゼは立ち上がり、キリコの隣に座った。
「もう……疲れちゃいました………」
「……………………」
「どれほど策を練っても、どれほど先を視ても、帝国側に有利な状況は変えられません。さらにこれから、宰相の息のかかった方々がこのパンタグリュエルを潰しに来るでしょう」
「……………………」
「結局……私には越えられなかったんです。時代が生んだ傑物、ギリアス・オズボーンに……」
「……………………」
「…………キリコさん」
「なんだ」
「私は……どうしたら良かったんですか………?」
ミュゼは懇願するように問いかけた。
「お前にわからないものが俺にわかるはずないだろう」
キリコは素っ気なく言った。
「……………………」
ミュゼの顔は深く沈んだ。
「……だが」
キリコはミュゼを見る。
「あいつらなら、Ⅶ組ならわかるかもしれないな」
「それ……は………」
「そろそろ、あいつらを頼ってもいいだろう」
「はい………」
「それと」
キリコはミュゼと目が合った。
「俺はお前の護衛人だからな。お前を守るのが仕事だ」
「……ぁ………」
ミュゼの目から涙が溢れる。
「だから無理はするな」
「っ!」
ミュゼはキリコに抱きついた。
「キリコ……さん………」
「どうした」
「もう少し………このままで………いてください……!」
「……ああ」
「うぅ……ぐすっ……ひぐっ……!」
「………………………」
「うっ……ああああああ………っ!」
ミュゼの心の奥底に溜め続けていた想いが一気に溢れ出た。
(ワイズマン……これもお前のシナリオの内だとするならお前は間違えた)
ミュゼの想いを悟ったキリコは静かな怒りの炎を燃やす。
(必ずこの世界から葬ってやる。それまでせいぜい神を気取っていろ……!)
AFなんてものが出てきましたね。次回作は騎神戦みたいな戦闘システムが導入されるんでしょうかね?