英雄伝説 異能の軌跡Ⅱ   作:ボルトメン

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お待たせしました。


カレイジャスⅡ

「報告は以上です」

 

「いや……うん。とりあえずご苦労」

 

リィンは微妙な顔をしながら言った。

 

魔法陣を潜り抜けたキリコとミュゼはカレイジャスⅡの甲板に着地した。

 

甲板で待っていた者たちはキリコがミュゼを抱えている姿に驚きを隠せず、何人かは頬を赤らめ、何人かは囃し立てた。

 

ミュゼをアルフィンとエリゼに引き渡した後、キリコはオリヴァルト皇子と対面した。

 

一悶着あるかと思われたが、オリヴァルト皇子がキリコを笑顔で迎え入れた。

 

オリヴァルト皇子の「こうして直に話すのはノルド高原以来だね。サプライズも大成功だ」という言葉をきっかけに、キリコはリィンたちに問い質された。

 

各国の首脳たちが解散したのを見計らい、キリコはノルド高原での出来事をリィンたちに説明することになった。

 

 

 

「来るべき日までご自分の生存を口外しない、それがクロスベル入りする条件だったんだな?」

 

「はい」

 

「君の口が固いのは重々承知している。だが報告してくれても良かったんじゃないか?」

 

「そういう取り決めでしたので」

 

「やれやれ、糞真面目ここに極まれりか」

 

「フン、大概にするがいい」

 

マキアスがため息をつき、ユーシスが鼻を鳴らす。

 

「まあまあ……」

 

「でも本当にご無事で良かったわ」

 

「ああ、めでたきことだ」

 

新旧Ⅶ組は胸のつかえが取れた気がした。

 

「そういえば、キリコ君はどうやってノルド高原に行ったの?」

 

ユウナはキリコに問いかけた。

 

「ルーレから貨物列車に乗って向かった」

 

「貨物列車?」

 

「俺たちも特別実習でノルドに行った時と同じか」

 

「確か、ゼンダー門への貨物列車以外通っていないんだったわね」

 

「そこでお前の素性が判明したわけだな」

 

「もう!いいでしょそれは!」

 

「えっと……?」

 

「アリサは家名を隠して入学したんだ。頭文字のRを名乗ってな」

 

「わざわざ隠してですか?」

 

「色々あったのよ……」

 

アリサはため息をついた。

 

「しかも不仲だった母親が理事を務める士官学院にな」

 

「ええっ!?」

 

「よく調べもせずに入学したのですか?」

 

「それは……あまりに迂闊というか………」

 

「結局、お袋さんの世話になってたわけだ」

 

「ふぬぬぬ……!」

 

二代目Ⅶ組の言葉にアリサは悔しそうに顔を歪めた。

 

 

 

「キリコ」

 

ガイウスがキリコに話しかけた。

 

「弟たちが世話になったようだな」

 

「世話になったというなら俺の方だ。途中に集落があって助かった」

 

「さすがに無茶したようだな」

 

「あの高原を水も食料も持たずに地図だけで行くのは無謀だね」

 

「……正直、俺もなめていた」

 

「そんなに広大なんですか?」

 

「ああ。この一件が終わったら、皆を招待しよう」

 

「良いんですか!?」

 

「ユウナ、落ち着いて。でも、一度は行ってみたい場所ですね」

 

「私は以前任務で行きましたが」

 

「空気読めチビウサ」

 

「まあまあ」

 

 

 

「他にも気になることがあるんだけど……」

 

「この戦艦に手を加えたそうだが……」

 

「俺がやったのは武装の火器管制とエンジンのバランス調整のサポートくらいだ」

 

「それだけでも十分な気もするが……」

 

「そして兄上にトヴァルさん、シェラザードさんにクロチルダさんからの特訓か……」

 

「ミュラー中佐とシェラザード・ハーヴェイから近接戦闘、トヴァル・ランドナーとヴィータ・クロチルダからアーツ戦術を叩き込まれた。さらにラッセル博士やグエン前会長からより高度なハッキング技術の手解きを受けた」

 

「零駆動と銀閃は遊撃士でもビッグネームよ。特に銀閃はリベールの異変でも活躍したそうよ」

 

「深淵の魔女殿は言うに及ばず……」

 

「そして言わずと知れたエプスタイン三高弟の一人であるラッセル博士に、ラインフォルトグループ前会長のグエンさんか……」

 

「な、なんだか凄そう……」

 

「その道のスペシャリストたちの指導か……」

 

「少なくとも有意義だったのは確かだ」

 

「そうか」

 

「とりあえず、この話はここまでにしよう」

 

トワは手を叩いて締める。

 

「会議室で殿下がお待ちだからな」

 

「それじゃ、みんなついてきて」

 

トワを先頭に、新旧Ⅶ組は会議室へと移動した。

 

 

 

「失礼しま──!?」

 

トワは思わず立ち止まった。

 

「トワ教官?」

 

「どうしました──!?」

 

新旧Ⅶ組らも呆然となった。

 

そこには、正座させられたオリヴァルト皇子とその周りで見下ろすミュラー中佐とリベール組、その様子を苦笑いで見つめるセドリックと特務支援課があった。

 

「え、ええっと……?」

 

「あ、リィン君たち」

 

「そっちは終わったようだね」

 

「あ、ああ……しかしこれは……」

 

「た、助けてくれたまえ………もう一時間こうしているんだ………」

 

「サプライズなどとたわけたことを抜かしている貴様は後三時間そうしていろ」

 

「以前読んだ書物によると、この状態でさらに石を乗せる修行というものが東方にはあるそうね?」

 

「いやいやいや!それは修行じゃなくて刑罰です!」

 

比較的、東方に明るいリィンがシェラザードにつっこんだ。

 

「皆さん、そろそろ始めませんか?」

 

「ティオすけ、ナチュラルに始めようとすんな……」

 

「………仕方ない。ここまでとしてやろう」

 

(た、助かった………)

 

解放されたオリヴァルト皇子はセドリックに支えられながら席に着いた。

 

「終わったようですわね?」

 

会議室の扉が開き、アルフィンとエリゼとミュゼが入って来た。

 

「アルフィン殿下。それにエリゼ……」

 

「ミュゼもだいぶ絞られたみたいね」

 

「はい………」

 

ミュゼは俯きながら答えた。

 

「まあその話は後回しにさせてもらうよ」

 

オリヴァルト皇子は椅子に座り、周りを見渡した。

 

「改めて、よく来てくれた。本当に嬉しく思う」

 

「殿下……」

 

「それは自分たちも同じです」

 

「本当にご無事で何よりです……」

 

リィンたちは心から安堵した。

 

「それと、ラウラ君……君には詫びなくてはならない」

 

オリヴァルト皇子の表情は悲痛なものに変わった。

 

「君のお父上のことだ……」

 

「っ!」

 

ラウラは口を固く結んだ。

 

「殿下……」

 

「………いったい、何があったのでしょうか」

 

「あの日……」

 

オリヴァルト皇子はリィンたちにカレイジャスが爆破された時の事を話した。

 

 

 

「そんな……ことが……」

 

リィンたちは呆然となった。

 

「爆発する少し前に張られた重力結界……」

 

「それがジョルジュだってんだな……?」

 

「ああ、間違いないだろう……」

 

「ジョルジュ君……」

 

(あの顔はそういうことだったのか……)

 

ロイドはパンタグリュエルで見た、銅のゲオルグの表情を思い返した。

 

「そしてラウラのお父さんは爆発を食い止めようと単身、突っ込んだ……」

 

「父上……」

 

ラウラは俯いた。

 

「それにしても、あの怪盗が墜落したオリビエたちを助けるなんて……」

 

「例のマジックとやらで現場から全員逃がしたみたいだし」

 

「しかも、殿下やクルーたちを治療したのよね?」

 

「ああ……俺も怪我を負ったが何の因果かカスリ傷くらいだった。閣下が結界の綻びを食い止めた時、アーツの支援もできずに………あの時ほど自分の不甲斐なさを思い知らされたことはない」

 

トヴァルはラウラの方を向いた。

 

「すまない──ラウラお嬢さん。本当に合わせる顔がないくらいだ」

 

「フフ……トヴァル殿が気に病むことはない。貴方が無事であることの方が父も心より安堵しているであろ」

 

「……そうだな………」

 

「子爵閣下が行方不明になってしまった事はショックだが……遺体が確認されていない以上、どこかで生き延びていると信じたい」

 

「……おそらく、連中の手の内かもしれないな」

 

キリコが口を開いた。

 

「連中……」

 

「この場合は、黒の工房か」

 

「私自身も仮死状態にされ、仮面を付けられて工房側の駒としてリィン君たちと敵対してしまった事もあります。子爵閣下もそのような状態になってしまったことは十分に考えられます」

 

「なるほど……」

 

「少々、希望的観測ではありますが、一考するに値するかと」

 

「もしくは俺みたく不死者になってるかもな」

 

「クロウ、それは……」

 

「現時点では何だって疑える」

 

リィンはピシャリと言った。

 

「とにかく、見極めに行く必要があるだろう。この眼で真実を掴むために」

 

「リィン……」

 

「うん、そうよね!」

 

エステルは立ち上がった。

 

「ここにいるみんなで……ううん、帝国の異変に立ち向かう全員で真実を掴むために!」

 

「もちろんだ」

 

ロイドは胸に手を当てた。

 

「俺たちも協力する。世界を終わらせないためにも」

 

「エステル……ロイド………」

 

「当然、僕たちもね」

 

「帝国は私たちの故郷なんだから」

 

「失われつつある貴族の義務、果たす時だ」

 

「師から受け継いだ聖刻……存分に奮おう」

 

「今の私は遊撃士……民間人を守るのは当然」

 

「これも魔女の眷属の使命。ですが、私自身の意思でもあります」

 

初代Ⅶ組も笑みを浮かべる。

 

「すごい……!」

 

「本当に大きい壁だ……」

 

「ひよったか?」

 

「まさか。越え甲斐があるさ」

 

「あたしたち全員でね。もちろんキリコ君も」

 

「………………」

 

二代目Ⅶ組は闘志を燃やす。

 

「皆さん……」

 

「僕は今日ほど、君たちを誇りに思ったことはない」

 

オリヴァルト皇子は微笑んだ。

 

「では行くとしよう。光まとう翼よ!」

 

『イエス・ユア・ハイネス!!!』

 

リベール組、特務支援課、新旧Ⅶ組は改めて光まとう翼として、第三の道を歩むことを決意した。

 

 

 

[キリコ side]

 

決起を終えた後、それぞれがカレイジャスⅡを見て回っている。

 

俺はカレイジャスⅡの1階の船倉にある格納庫でフルメタルドッグとフェンリールのアップデートを行っていた。

 

ちなみにティータはミントやカレイジャスⅡの技術スタッフと他の機甲兵のメンテナンスを行っている。

 

「キリコ……」

 

パソコンのキーボードを叩く俺の目の前に、スタークとウェインがやって来た。

 

「…………………」

 

俺は作業を中断し、スタークの前に立った。

 

「…………………」

 

スタークの両手が震えている。

 

たとえ殴られようとも、全て受け入れるつもりだった。

 

「っ!」

 

だがスタークは俺に抱きついてきた。

 

「バカ野郎……!」

 

嗚咽が聞こえる。

 

スタークは泣いていた。

 

「本当に……死んだと思ってたんだぞ」

 

「…………………」

 

「やっとの思いで、クロスベルに逃れたかと思ったら、お前が処刑されたってニュースを聞いて……どれだけ辛かったと思ってるんだ……!」

 

「……許せとは言わない。殴りたければ、好きなだけ殴れ」

 

「ッ!できるわけないだろっ!」

 

スタークは俺の両肩を掴む。

 

「友だちに……そんなことできるわけないだろ………」

 

「スターク……」

 

「もちろん、俺もだ」

 

ウェインも俺の肩に手を置いた。

 

「友だちが生きていた。それだけで良いんだよ」

 

「ウェイン……」

 

友だち。

 

俺はその言葉に救われたような気がした。

 

だが同時に、俺は友だちを裏切らなくてはならない思いを抱いてしまっていた。

 

 

 

スタークとウェインが去ったかと思えば、次はグスタフとパブロとヴァレリーがやって来た。

 

「久しぶりだな、キリコ」

 

「一ヶ月以上ぶりやろか」

 

「元気そうね」

 

三人は比較的、穏やかだった。

 

「事の詳細はユウナたちから聞いた。とんでもないものを背負っていたんだな」

 

「なんで言ってくれなかったんや」

 

「信じてもらえる確証がないからだ。言えば信じたか?」

 

「たぶん、無理かもね」

 

ヴァレリーはため息をついた。

 

「だが、キリコをそこまで追いたててしまったのも、俺たちの責任だと思う」

 

「それは違う。全て、俺自身の意思でやったことだ」

 

「せやけど、もし俺らがキリコのその異能?を知っとったら、もっと違う形になっとったと思うねん」

 

「私もそう思う……」

 

「………………」

 

「とにかくキリコ、お前には俺らがついとんで」

 

「それだけは伝えたかったんだ」

 

「なぜそこまで俺に構う」

 

「仲間だから。それじゃ不満?」

 

「………………」

 

「ほんなら、俺らは行くで」

 

パブロたちは格納庫から出て行った。

 

仲間。

 

俺はいつから遠ざけていたのだろう。

 

 

 

機甲兵のアップデートを終え、得物のメンテナンスに取りかかっていると、マヤとルイゼとタチアナがやって来た。

 

「お久しぶりですね、キリコ君」

 

「一月ぶりくらいですね~」

 

「こ、こんにちは……」

 

この三人は変わらないようだ。

 

だがルイゼとタチアナの顔が妙に赤い。

 

「何か用か?」

 

「先ほどの一幕、感動しちゃいました!まさに男子の友情!」

 

「せ、僭越ながら、スタークさんと抱擁した時はどのような感触──」

 

何を言っているのかわからない。

 

「お二人とも、大いに興味がありますが違います。キリコ君に武器を見てもらうんですよ」

 

そう言ってマヤはスナイパーライフルを出した。

 

「あ、そうでした~」

 

「お願いします……」

 

続いてルイゼが拳銃、タチアナが魔導杖を出した。

 

「わかった」

 

「じゃあ私はルイゼさんとタチアナさんの方をするので、キリコさんはマヤさんの方をお願いします」

 

「任せる」

 

俺はさっそく、スナイパーライフルのチェックに取りかかる。

 

それほど問題はなさそうだった。

 

「終わった」

 

「ありがとうございます。それとキリコ君」

 

「なんだ?」

 

「3階の総合訓練所でゼシカさんとレオ姉が呼んでいました」

 

「ゼシカとレオノーラがか?」

 

「はい」

 

「わかった。後で行くと──」

 

「あ、こっちは大丈夫ですよ。キリコさんは皆さんと顔を会わせて来てください」

 

「……わかった。訓練場だな?」

 

「はい」

 

俺は後をティータに任せることにした。

 

「それとキリコ君。ミュゼさんをお姫様抱っこの件ですが」

 

「まさかのご登場でしたね~!」

 

「あう……すごかったです……」

 

(女三人寄ればなんとやら、か……)

 

「キリコ君、事の次第をミュゼさんにお聞きしても?」

 

「好きにすればいいだろう」

 

俺はそう言って訓練場へと向かった。

 

 

 

「待ってたわ」

 

「ハハ、久しぶりだねぇ」

 

3階の訓練区画にある総合訓練所ではゼシカとレオノーラがそれぞれの得物を手に待っていた。

 

「模擬戦、と見て良いんだな?」

 

「ま、そんなところかね。少なくともゼシカは」

 

「うん……」

 

ゼシカの表情は硬い。

 

「単刀直入に言うわ。勝負よ、キリコ君!」

 

ゼシカは槍を構えた。

 

「……いいだろう」

 

俺は先にメンテナンスを済ませていたアーマーマグナムに弾丸を装填した。

 

「面倒だ。レオノーラもかかって来い」

 

「ハハ、言ってくれるじゃないか……!」

 

レオノーラもアサルトライフルを構えた。

 

「悪いが頼めるか?」

 

「良いとも」

 

俺は総合訓練所に入って来たログナーに見届け人を頼んだ。

 

「アンゼリカ様……」

 

「見せてもらうよ、シュライデン流の槍技を」

 

アンゼリカ・ログナーは笑みを浮かべた。

 

「それとキリコ君、ゼシカ君とレオノーラ君を傷物にしないように。私の愛しい仔猫ちゃんたちなんだからね♥️」

 

「違う(います)!!」

 

ゼシカとレオノーラは同時に叫んだ。

 

「……始めるぞ」

 

「気合いは十分のようだね。では……」

 

アンゼリカ・ログナーは右手を高く挙げた。

 

「始めっ!!」

 

「行くわよ!」

 

「了解!」

 

 

 

「くっ……!?」

 

「ここ……まで、かい………」

 

勝負は俺が制した。

 

ゼシカが接近戦をしかけ、レオノーラが後方で銃撃戦を展開。

 

俺が各地を転々としている間に、Ⅶ組を含めた第Ⅱ分校生が各々でレベルアップを果たしていることは想定内だった。

 

だが少しばかり見くびっていたかもしれない。

 

二人の技量は俺が分校にいた頃よりも遥かに精度が上がっていた。

 

俺は負傷を覚悟で、レオノーラに接近戦をしかけた。

 

弾道を見極め、アサルトライフルを叩き落とし、レオノーラの首筋に当て身を加えた。

 

背後からの槍を紙一重でかわし、ゼシカの眉間にアーマーマグナムの銃口を向ける。

 

観念したゼシカが槍を手放したことで勝負はついた。

 

 

 

「はぁ………」

 

ゼシカはへたりこんだ。

 

「少しは強くなったと思ったのに……」

 

「やっぱ本物の修羅場を潜り抜けてきたやつには勝てないのかねぇ……?」

 

レオノーラもため息をつく。

 

「卑下しなくてもいい。俺が知る頃よりも確実に強くなっている」

 

「キリコ君……」

 

「俺は嘘は言わん」

 

「ハハ……やっぱり勝てないね……」

 

「…………………」

 

「フフ……」

 

アンゼリカが笑みを浮かべながら近づいて来た。

 

「私の目から見ても、ゼシカ君とレオノーラ君は良い勝負をしたよ。キリコ君、君でもヒヤリとしたんじゃないかな?」

 

「ああ」

 

アンゼリカの言うことはまぎれもない事実だ。

 

「リィン君から聞いていたけど、迷いは振りきれたんじゃないのかな?」

 

「アンゼリカ様……」

 

「確かに、堂々としてたんじゃない?」

 

「うん……ありがとう、レオノーラ」

 

ゼシカとレオノーラは立ち上がり、俺の方を向いた。

 

「キリコ君もありがとう」

 

「あたしからも礼を言わせておくれ。ありがと」

 

「気にしなくていい」

 

俺は首を振った。

 

「さてと、そろそろ私とも付き合ってもらおうか」

 

「「え?」」

 

「……………」

 

アンゼリカは不穏な笑みを浮かべている。

 

「キリコ君、すまないが──」

 

「……………」

 

言われるまでもなく、俺は総合訓練所を出た。

 

助けを求めるような声が聞こえた気がしたが、放っておいても大丈夫だろう。

 

 

 

「キリコ君、いらっしゃい!」

 

「フハハ、久しぶりだな」

 

2階の連絡区画にある食堂へ行くと、サンディとフレディがカウンターに立っていた。

 

「コーヒーをくれ」

 

「うん!待ってて!」

 

「茶請けにドライフルーツはいるか?」

 

「もらおう」

 

こいつも相変わらずのようだ。

 

「お、ここにいたのか!」

 

「お久しぶりです、キリコさん」

 

振り返ると、シドニーとカイリがいた。

 

「はいお待たせ!シドニー君たちも何かいる?」

 

「じゃあ、アイスコーヒーくれ」

 

「僕は紅茶を」

 

「はーい」

 

サンディは作業に取りかかった。

 

「にしても、本当に生きてたなんてな」

 

「そうだな……」

 

「ユウナさんたちやオリヴァルト殿下から聞きました。その……陛下を撃ったのはアッシュさんを救うと──」

 

「カイリ、飲み物が不味くなる話はよそうぜ」

 

「………………」

 

シドニーなりに気を使っているようだ。

 

「す、すみません……」

 

「気にしなくていい」

 

「ま、それはともかくよ……」

 

シドニーの顔つきが真剣なものに変わった。

 

「戦鬼のお姉さんに続いて魔弓のお姉さんとどうやって仲良くなりやがったんだ!?」

 

シドニーは身を乗り出してきた。

 

「どうなんだ?え!?」

 

目も血走っている。

 

「…………………………」

 

シドニーは恋愛感情か何かについて問いかけているのだろうが、俺にしてみれば戦力くらいにしか見ていない。

 

言い返すのも面倒になり、俺は聞き流すことにした。

 

「聞いてんのかよ!チキショー、こうなったら今までの苦労ぶちまけてやるからな!」

 

おかげで、カレル離宮からの撤退から今日までの愚痴に付き合う羽目になった。

 

カイリだけでなくサンディやフレディからも同情された。

 

 

 

「む、君か……」

 

再び船倉に戻って来ると、ミハイル教官がいた。

 

「武装のチェックですか?」

 

「いや、ラッセル候補生に頼んである。少し話があるのでな」

 

「……わかりました」

 

ミハイル教官と共に奥のスペースに移動した。

 

「分校長から連絡を受けてな。君は自主退学を希望しているそうだな?」

 

「はい」

 

「だがシュバルツァーを初め、分校関係者の大半が異を唱えている」

 

「そうですか」

 

不思議と悪い気はしないな。これも未練だろうか。

 

「私としては君が残ろうが出ていこうが、構わない。だが、何の責任も取らずに放棄するようならば話は別だ」

 

「責任というならば、果たすつもりです。帝国で起きている異変を解決することで」

 

「それはシュバルツァーらが行う相克ではなく、ワイズマンとやらを滅ぼしてか?」

 

「現時点で、ワイズマン本人なのかどうかはわかりません。ですが、確実に繋がっているでしょう」

 

「なるほどな……」

 

ミハイル教官は顎に手をやった。

 

おそらく納得はしていないだろう。

 

「ご存知かとは思いますが……」

 

「?」

 

「俺は処刑されたことになっています。それに伴い、戸籍やら何やらは全て抹消されているはずです」

 

「それについては調べがついている。間違いなく、キリコ・キュービィーは存在していない」

 

「なら俺が何をしようと、分校には嫌疑は及ばないはずです」

 

「理屈で言えばそうだろう。だが皇太子殿下らは君の名誉挽回の為に動こうとしていらっしゃるのだぞ」

 

「それについては撤回させます。皇室の名誉とやらに関わるでしょうし」

 

「キュービィー候補生……」

 

「そう呼ばれるのも後僅かでしょう」

 

そう言って俺は移動した。

 

 

 

「?」

 

たまたま遊戯室の前を通ると、何やら盛り上がっていた。

 

気になって入ってみると、特務支援課と星杯騎士団がARCUSⅡを前に談笑していた。

 

「よお、キリコ」

 

俺に気づいたランディ教官が声をかけてきた。

 

「やあ、キリコ君。一月ぶりですかね」

 

「そうだな」

 

「キリコ君、トマスさんと会っていたのね」

 

「ブロン通りでな」

 

「ブロン通りというと……」

 

「エリオットとマッキーが言うには、ヘイムダルの悪所らしいぜ」

 

「聞いたことがあるな……」

 

捜査官ともなれば知っているらしい。

 

『へぇ。君が噂のキリコ・キュービィー?』

 

ARCUSⅡから若い男の声が聞こえてきた。

 

「ご紹介しましょう。星杯騎士団は守護騎士第九位・《蒼の聖典》ワジ・ヘミスフィア卿です」

 

『よろしくね』

 

「ああ」

 

『それにしても不死身の異能のも持ち主とはね。ヴァルドと気が合うかな?』

 

「いやそれは……」

 

「むしろ水と油のような……」

 

「いや、混ぜるな危険ってやつだろうよ」

 

「?」

 

「ああ、そうか知らないよな」

 

ロイドによると、ワジと従騎士のヴァルドはクロスベルでテスタメンツとサーベルヴァイパーとかいう不良チームのヘッド同士だったという。

 

ワジとその副ヘッドの場合、星杯騎士としての活動を伏せるためにカムフラージュとしての意味もあったようだ。

 

碧の大樹事件後、アルテリア法国への帰国をきっかけにそれぞれチームを解散、ヴァルドは従騎士として仕えることになったという。

 

ヴァルドに関して、他にも何か隠しているようだが追及はすまい。

 

さらに驚くべきことだが、ワジの配下には帝国解放戦線の幹部もいるという。

 

これはトマスの根回しがあったらしい。

 

 

 

『聞くところによると、君のコーヒーは絶品だそうじゃない。いつかご馳走になろうかな』

 

「会うことがあればな」

 

『期待しておくよ。それとキリコ、ロイドのことはどう思う?』

 

「英雄と呼ばれるだけのものは持っているようだな」

 

『だよねぇ。恋人も多数いるみたいだし」

 

「……何?」

 

「おいワジ……」

 

『よく言うでしょ。英雄色を好むって。だけど八方美人でみんなやきもきさせてるよ。それでいてはっきりさせてないみたいだし』

 

「ワジ、あまりおかしなことは──」

 

「ワジ君の言うとおりじゃない?」

 

「何も間違ったことは言ってないかと」

 

「弟貴族、弟ブルジョワジー、草食系男子装った喰いまくりのリア充野郎、爆発しろ」

 

エリィ、プラトー主任、ランディ教官が揃ってロイドを睨む。

 

「………………………」

 

とりあえずこいつがどういう人間かは理解した。

 

俺は席を立った。

 

「お、もう行くのか?」

 

「はい」

 

「キ、キリコ……あんまり気に………」

 

弁解すらしないとはな。

 

「ロイド・バニングス」

 

「は、はい!?」

 

「あんたは人でなしか」

 

『………………………………』

 

周囲が凍りついたようになったが、もうどうでも良かった。

 

俺は遊戯室を出た。

 

 

 

「やあ、キリコ君」

 

「あ、来たんだ」

 

甲板に出ると、皇族とティータを除いたリベール組が談笑していた。

 

「風に当たりに来た、そんなところかい?」

 

「まあ、そんなところだ」

 

「ふふ、お兄さんたちって仲が良いのね?」

 

レンがニヤニヤしながら問いかけてきた。

 

「さあな」

 

「ひどいなぁ」

 

セドリックが口を尖らせる。

 

「今のところ、セドリックの全敗よね」

 

「座学は勝ってるさ。もちろん実力でね」

 

「キリコ君はどう思っているんだい?」

 

「そもそも勝負をしているわけではない」

 

「なら、これはノーカウントね」

 

「アルフィンさんに一票かな……」

 

「エステル……失礼だよ」

 

ヨシュアは呆れ顔になった。

 

「……………」

 

Ⅶ組にも特務支援課にもない、彼らだからこその絆。

 

それを目の当たりにし、眩しく感じられた。

 

 

 

「あ、そうだ。キリコ君」

 

「?」

 

「オリビエを土下座させたって本当?」

 

「あ、私もお聞きしたかったです」

 

「別にしてくれと頼んだわけではない」

 

「そのとおりだ。全てこのたわけの自業自得だ」

 

ミュラー中佐がオリヴァルト皇子をジロリと睨む。

 

「ミュラー君もキリコ君もヒドイッ!でもあの冷たい眼差しもちょっと……」

 

「キリコ君、何か鈍器のようなものは持っていないか?」

 

「あいにく持ってはいない。船倉から何かしら持って来よう」

 

「えっと……二人とも……?そんなものどうする………」

 

「わざわざ剣の錆にすることもないからな」

 

「弾薬の無駄遣いは避けたい」

 

「面白そうだな。俺も混ぜろや」

 

「ふふ、あたしも良いかしら?」

 

「アガット……シェラ姉……」

 

「二人ともノリノリだね」

 

「悪ノリの間違いじゃない?」

 

「では私も……」

 

「姫様……!」

 

少し騒がしくなってきたな。

 

「すみません調子に乗りました」

 

オリヴァルト皇子からの謝罪も入り、とりあえず話は終わった。

 

 後は医務室や購買、仮眠室だが今は用は無い。

 

これでカレイジャスⅡの大体は回れたな。

 

[キリコ side out]

 

 

 

「お、戻ってきたな」

 

格納庫に戻ると、クルトとアッシュが待っていた。

 

「どうかしたのか?」

 

「オリヴァルト殿下の計らいで、大浴場を使わせていただけることになったんだ。それで、キリコも誘おうと待ってたんだ」

 

「風呂か……(そういえばそんなものもあったな)」

 

「で?行くのか?」

 

「ああ、行こう」

 

「じゃあ、行こうか」

 

キリコたちは大浴場へと向かった。

 

 

 

「君たちも来たんだね」

 

湯衣に着替え、大浴場に入るとエリオットとマキアスが湯船に浸かっていた。

 

「お二人も居られたとは」

 

「考えるこたぁ一緒だな」

 

「ああ、艦の機能も把握したしちょっと汗を流そうと思ってね」

 

「なるほど」

 

「それにしても、まさかここまで本格的なお風呂だったなんてねぇ……」

 

「ご、豪華すぎるほどじゃないが何とも贅沢極まるというか……」

 

エリオットとマキアスは大浴場の造りと広さに驚きを隠せなかった。

 

「この艦を設計したのはシュミットのジジイだったか?」

 

「内装に関してはリベールのラッセル博士が大半を担っていたそうだ」

 

「オリヴァルト殿下とも懇意だそうだし、その人の提案かもしれないということでしょうか」

 

「ティータちゃんのお祖父さんだっけ?ふふっ、何となくそれっぽいよね」

 

「なんだ、先に来ていたのか」

 

「はは、考えることは同じだったか」

 

「あ………」

 

キリコたちが振り返ると、リィン、ユーシス、ガイウス、クロウが入って来た。

 

 

 

「ふう、揃いも揃って何で被ってくるんだか」

 

「フフ、それだけ互いに影響を受け合っているのだろう」

 

(影響、か……)

 

「しかしまあ、結局全員入れちまうとはな」

 

「後一人くらいなら入れるかな?」

 

「ま、一番風呂は俺らのモンってことで良いんだろ。こういうのは分かち合わねぇとな!」

 

「それもそうだね」

 

「しかし、お湯も良いがこの景色も………」

 

『……………………………………』

 

Ⅶ組男子は窓からの景色を眺める。

 

「空の果て、蒼穹の彼方か……」

 

「……随分と遠い場所に来てしまったような心地だな」

 

「うん……そうだね」

 

「ハハ、そんな場所でみんなして湯に浸かっているのはアレだが……」

 

「そうですね……」

 

「ったく……オラ、何をセンチになってやがる!」

 

しんみりした空気を察したクロウが喝を入れた。

 

「せっかく最新鋭艦に乗り込んだんだ。アゲめで行かないでどうすんだっつの。せっかくだから男だけのエロトークでもしようぜ!」

 

「各自、下ネタかフェチポイント晒しな!」

 

クロウの発言が良くも悪くも空気を変えた。

 

「ど、どうしてそうなるんだ!?」

 

「馬鹿馬鹿しい……付き合う義理が何処にある」

 

「クロウ……流石に学生じゃないんだから」

 

「なら現役学生のコイツらから行ってみようじゃねぇか。クルトお前、ゼリカによればあのピンクちゃんと良い仲らしいじゃねぇか?」

 

「よ、余計なお世話です!」

 

「アッシュ!お前はあのシャイな子と良い感じなんだろ?」

 

「はっ、言ってろ」

 

「そしてキリコ!お前は──」

 

「そういえば教官」

 

「ん?どうしたキリコ」

 

「アームブラストはどういった立ち位置に?」

 

「立ち位置?」

 

「あ、そういえばクロウって卒業してないんだ」

 

「留年扱いのままかもしれんぞ?」

 

「ええい、それはどうでもいいっつーの!こうなったら全員下を脱ぎやがれ!どうせガイウスが一番だろうがエリオットなんかも意外と──」

 

「わーっ、わーっ!いったい何を言い出してるのさ!?」

 

「クロウ……流石にそれは品がないだろう」

 

「そういやキリコ、専らの噂だぜ。てめえの腰には二丁目のアーマーマグナムが──」

 

「アッシュ」

 

「いい加減、品というものを理解しろ」

 

リィンとクルトがアッシュを睨んだ。

 

「というか隣の女子に聞かれたらどうするんだっ!?」

 

(これだけ騒げば聞こえないという方がおかしいだろう)

 

キリコの推測通り、隣の女風呂では大半が聞かれており、何名かが殺意を露にした。

 

「フッ……確かにまあ、殊勝なのは俺たちらしくはないか」

 

「ああ──今はこの眺めと、一番風呂を楽しませてもらおう」

 

クロウとアッシュを大人しくさせたⅦ組男子は、体が真っ赤になるまで満喫した。

 

この後、クロウとアッシュがⅦ組女子、トワとアンゼリカにお説教されたのは言うまでもない。

 

また、ユウナはクルト、ミュゼはキリコを避けるようにして一日を過ごした。




次回、ローゼリアの試練に挑みます。

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