帝都の鬼姉妹。 ふぉっくすらいふ!外伝   作:百合道いおりん

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9話 初仕事

 

帝都の中央街、その町はずれの一角。

かつては一つのビルを中心に一見それとは分からない風俗店やいかがわしい飲み屋が密集していたが、今では見る影もなくさびれてしまった一角。

一時は夜であっても闇をかきけすように光り輝いていたビルも、今ではむしろ輝く町の光にかきけされる闇の様に光を失っていた。

その一角の廃ビルに、懐中電灯を持った一見して不良とわかる複数人の男女グループが入っていった。

おそらく度胸試しのとしてグループでここを訪れたのだろう。

場合によっては人気のないこの場でお楽しみという下心もあったに違いない不良グループはどんどんとビルを進んでいく。

ビルには風俗店であった名残らしき風呂やパネルが貼られていたであろう壁面、ほこりが大きく積もったシーツの山がありそんなものを見つけるたびにグループは下品な会話に花を咲かせ笑っていた。

入り口や通路にはもう使われていないであろう監視カメラが放置されっぱなしにされており、意外に綺麗だから外したら売れないかな、などというくだらない話をしながら一行は道を進む。

楽し気な笑い声が誰もいないビルに反響していた。

こだまのように彼らの声が無人のビルに響いた。

ザリ──

無人のはずの空間に、何かを引きずるような音が響く。

不良グループの顔色が一瞬変わった。

間違いなく、自分たち以外の何かがいることを彼らは察した。

それが動物かここをねぐらにしている浮浪者かはたまたビルの権利者か、それは分からないが彼らはそれに動揺し、いそいそと踵を返し始める。

彼らの根底には結局幽霊などいないという考えがあったが、生きている人間がいる可能性に考えが至っていなかった。

ザリ──

彼らの目の前にそれは表れた。

派手なダブルのスーツを着込んだ、恰幅の良い男性。

ただの人間ならよかったが、違った。

かつてはブランドものの綺麗なスーツであったそれは血にまみれて引きちぎられたように一部が欠損しており、その切れ目に既に固まった血がへばりついていた。

その肌は青白く染まり、生気というものが感じられず、目は白く濁り切っていた。

明らかに生きているそれではない。

死体だ。

死体のはずである。

しかしそれは呼吸をしていた。

くぐもった声を、声というより獣が唸る音の様に息を吐きながら、もはやなにも映らないはずの濁った瞳で彼らを見つめていた。

悲鳴がビルに反響する。

男女問わずに彼らは悲鳴を上げ、死体が立っている反対方向へと走った。

そのうちの男一人が何かに躓いて転ぶ。

擦りむいた傷には目もくれずに必死に立ち上がろうとするが、立てない。

何故だ。

転んだ男は足元を見た。

ナニかが足を掴んでいた。

先ほどまでいなかった、いやなかったはずの死体が道に転がっており、そいつが足を掴んでいた。

必死に助けを求めるが仲間は既に先に逃げてしまい、男の目の前から姿を消していた。

男は泣き叫びながら本能的に掴まれた足を駄々っ子が暴れる様に蹴り飛ばし、もがくように立ち上がって逃げる。

男は仲間の姿を探すべく必死に走りながら周囲を探す。

そのとき、悲鳴がビルの通路を反響した。

悲鳴をたよりに男が通路を進み、曲がり角を曲がった先は、赤く染まっていた。

死体が仲間の一人にかみつき、喉から赤い血を噴水の様に吹き出している。

その光景が信じられず、男は呆けた様にそれを数秒見つめ、そして悲鳴を上げた。

同時に男の肩に何かが触れる感触と、腐ったような死臭が鼻を突いた。

首筋を、熱い感覚が覆う。

何か大事なものが零れ落ちる感覚と、世界から色が消え、白黒に染まる感覚。

身体の力が抜け、後ろから覆いかぶさるナニかの呻き声。

手足の感覚がなくなると同時に首筋を再度熱い感覚が覆うと、男は意識を手放した。

その身体には大量の死体が食らいつき、肉を頬張っていた。

そしてそれを眺めるように監視カメラが、動いていないはずの監視カメラがチカチカと電源ランプを輝かせていた。

 

 

 

 

 

ジュージューと、肉が金網の上で焼ける音と香ばしい匂いが辺りに漂う。

大量に肉と野菜が盛られた皿がテーブルに置かれ、それらに囲われるように金網が設置されている。

周囲は賑やかな喧騒に囲まれ家族連れから学生サークルの様な面々、サラリーマンの集団などそれぞれ肉を楽しんでいた。

そこに馴染むように黒いスーツの3人とまだ学生であろう女子2人がテーブルを囲んでいる。

そのうちの一人が琥珀色の液体に満たされたジョッキを手に取り、んんっと喉を鳴らした。

「えー、この度は鹿角鈴音さん、鹿角花鈴さんが退魔士見習いとして八咫総合事務所に入所されたことを祝──」

「あーリーダー、そういうのいいから乾杯はやく!」

リーダー、狂骨が長々と言葉を続けるところを化け猫が遮る。

狂骨が続けようとした通り、今日は鈴音と花鈴が退魔士見習いとして3人の元で働くことが決定した祝いの席だ。

そのために5人はチェーン店の焼き肉屋に足を運んだのである。

「あー、では、かんぱーい!」

「かんぱいにゃ!」

「かんぱーい!」

「かんぱい」

「…乾杯」

微妙に個性の出る乾杯を交わし、それぞれのジョッキに注がれた飲み物を飲む。

鈴音はオレンジジュース、花鈴はコーラ、化け猫はカルピスサワー、蟷螂坂はお茶を飲んでいる。

狂骨はビールを少し口の端からこぼしながら豪快に一気飲みし、飲み干すと同時に店員に声をかけていた。

八咫烏の三人はいつも通りの黒スーツだが鈴音と花鈴は私服だった。

花鈴は白いTシャツにジーンズにスニーカー、手には革のバンドが巻かれた腕時計とシルバーのバングル着けている。

シンプルなコーデだが高身長でモデル体型の花鈴が着るとしっかり決まっている。

鈴音は黒いブラウスに黒いロングスカートとヒモブーツを身に着けていた。

鈴音は私服をジャージしかもっていなかったが、花鈴に無理やり服屋に連れていかれて揃えたコーデである。

ブラウスもゆったりしたサイズのもので動きやすく、ロングスカートも動きにかなりゆとりがあるものをチョイスしたため鈴音もこれなら良いと購入したものだ。

そんな二人を狂骨は見ながら運ばれてきたジョッキを受け取り、一口煽ってから口を開く。

「いやー、まさか君たちが退魔士になるなんて…とも言えないかな、もともとそういう家柄だったみたいだし。」

「鬼は鹿角家を妖殺しと言っていましたから、かつてはそれなりに知られていたようです。」

鈴音が狂骨の言葉に答える。

姫斬りが伝わっていたことや伝聞からそれは分かっていたが、八咫烏にも鹿角家に関してはほぼ情報がなかった。

妖怪の間ではそこそこ名が伝わっているのに公的な組織にほぼ名前が知られていないのは裏を感じるが、今はそこを考えても仕方ない。

「まぁ私めっちゃ強いし、あいつらぶっ倒してお金もらえるなら最高じゃん?」

カルビを2,3枚一気に掴んで口に運びながら花鈴が言った。

鈴音も牛タンを一枚口に運びつつ、言葉を続ける。

「とはいえ、本当に見習いにしてもらえるとは思いませんでしたが。」

「八咫烏は人材を厳選している分、才能ある退魔士は大歓迎だからね、それも鬼を倒せるほどとなれば十分。」

「いえ、しかし姫斬りの力も謎のままですし──」

持ち主の花鈴自身も気にしていないが、姫斬りの力ははたして大丈夫なものなのかと鈴音は考えている。

力が暴走したりしたら、と懸念しているが、そんな鈴音を見て化け猫が口を開く。

「妖力も安定してるし、今すぐどうこうってことはないと思うわよ鈴音ちゃん。それより妖力を馴染ませて自分の異変とかそういうのに気付ける方が今は大事。」

安心させるようにそう言った。

退魔士になる、ということは妖力を使いこなすということ。

鈴音も一切感じられなかった妖力が退魔士になるための短期訓練によって感じ取ることができるようになった。

花鈴は訓練する必要もなく妖力を使いこなす術を天性の才能で身に着けていたが、才能がない鈴音はそうもいかない。

だが本来ならもっと長期の訓練を要するはずなのだが鈴音は元々鹿角流の鍛錬によって肉体的には相当鍛え上げられており、妖力に関しても八咫総合事務所の面々が引くほどの集中力で身に着けた。

今では鈴音も大通しを扱えるほどに妖力を使うことができていた。

訓練の日々を思い起こしながら鈴音が甘いたれを存分につけたホルモンを口に運びご飯を食べる。

そんな鈴音を見て化け猫が口を尖らせた。

「てか、私からすると鈴音ちゃんの方が心配なんだけど。」

「…何故ですか?」

まさか私の妖力こそ暴走の気配があるのかと思ったが、どうやらそうではないらしい。

「鈴音ちゃんの修行のやり方よ…。」

「…マニュアル通り、禅を組んで心の中を探るようにしたのですが──」

「それを1日ぶっ通しで飲まず食わずやったのは誰かにゃあ?」

「…ですがそこまでしないとできなかったので。」

そう、鈴音に才能は全くなかった。

霊剣という、自分の妖力──いや、霊力といったか。

それを放出することができるようになると自動的に剣の形に形成されるため、それを武器にする術を学んでいたのだが鈴音はそれに非常に時間をかけた。

場合によるが素質がある人間なら1時間も頑張ればきっかけがつかめるその修行を、驚異的な集中力を駆使して1日を費やすことでようやく掴めたのだ。

しかしそれでも霊剣を形作ることはできなかったものの、大通し──化け猫も愛用している八咫烏の化学兵器であり、違った形で霊剣を具現化できる兵器。

それを発動させ扱えることはできるようになった。

同じ化学兵器であり狂骨が愛用している霊銃、霊力を弾丸として放つ兵器も半日近く射撃姿勢のまま集中し、初めて撃てるようになった程だ。

今でも扱いなれない銃器という形の霊銃を鈴音はまともに扱えないが、無心で扱える剣という形の大通しはすぐさま発動できるようになったため、晴れて見習いの身になったのである。

「鈴音は…すごい…。」

「ども…。」

蟷螂坂が賞賛の言葉を短く伝えてくれるが、鈴音からするとできないならできるまで行うことが当たり前であるため、むしろ時間をかけてしまっていることを恥じていた。

「いや…身体だけは壊さないようにね、私と違って替えの利く身体じゃないんだから。」

ジョッキを空にしながら狂骨が言う。

既にジョッキで三杯目、わずかに顔が赤らんでいる。

その顔はまさか身体が人工物とは思えないほど自然で、人間らしかった。

「…肝に銘じます。」

「だいじょぶだいじょぶ、すーちゃんの頑丈さはガチだから。」

花鈴がそう言いながらさらーっと隣にいた化け猫のカルピスサワーを拝借して口に運んでいた。

あまりにも自然で一瞬誰も気づかない、こういった人の隙をつくことが花鈴の天性の才能であった。

ほんの一瞬遅れてから気づいたのは鈴音一人だけである。

「花鈴、ほどほどにな。」

「あちゃ~やっぱすーちゃんは鋭いなぁ。」

「へ?にゃああああ!?にゃにしてんだこら未成年!!!!」

化け猫が思い切り花鈴にチョップをかまそうとするが、あっさりとそれを回避して花鈴がもう一口カルピスサワーを飲む。

二口飲んだところで花鈴は顔をしかめた。

「なにこのちょっと苦い感じ、まじぃ。」

「クソガキが飲むからだ馬鹿!」

化け猫が花鈴の持ったカルピスサワーをひったくるように奪い返し、顔をしかめる。

「この妹にどういう教育してんだお姉ちゃんは!」

鈴音の方を向いて化け猫が声を上げる。

ハラミにたれをつけ、いつの間にか2杯目になった大盛りライスに載せながら食べていた鈴音は少し困ったように目を細める。

「すみません…今まで束縛されていた分自由にさせてあげたくて…。」

「それにしても甘々すぎるっての…。」

化け猫の言葉に鈴音は少しばかり反省する。

たしかに学校をサボらせたり今の飲酒を軽くしか咎めなかったり少々度が過ぎて甘かったかもしれなかった。

しかし、花鈴に甘えられるとどうも鈴音は弱かった。

「まぁまぁまぁ~若い子にはありがちなことじゃないのぉ~祝いの席だし寛大にぃ~!」

「リーダー…もう5杯目ね。」

顔が真っ赤っかになった狂骨が場をなだめるように言い、その姿に呆れるように化け猫が言う。

「そんなに飲んで、急に仕事が来ても知らないわよ。」

「しょんなこと言わない~というかそういうこと言ったら仕事っていうのは──」

 

テテテテテテテレレン♪

テテテテテテテレレン♪

 

「「「「「…。」」」」」

 

そう言った瞬間リーダーの、狂骨のスマホが鳴り響いた。

無言がテーブルを包む。

赤かった狂骨の顔面が真っ青になり、化け猫はやってしまったとばかりに顔を曇らせた。

蟷螂坂も一見変わらない表情を微妙に歪ませており、鈴音も気まずそうに視線を逸らす。

その中で花鈴だけが笑いを必死にこらえていた。

「お電話行ってきます…きっと大丈夫だよ!」

狂骨はそういうが、狂骨が場を離れたとたんやばい!と鈴音、化け猫、蟷螂坂が金網に残った肉をかきこみ、テーブルの肉を一気に焼き始める。

「ぷっ、くふふ…あんな…思い切りフラグ…くっ、はははははは!」

「笑ってねえでてめえも食えにゃああああああ!!!!!」

焼肉屋に化け猫の声が響き渡る。

その後、狂骨は顔を青ざめさせたまま席に帰ってきた。

鈴音、花鈴。

二人の初仕事が始まった。

 

 

 

 

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