酔っている狂骨に代わり、蟷螂坂が運転する高級車に揺られながら八咫烏の面々は事件現場へと向かっていた。
なんでも中央街の町はずれにある廃ビルで妖力の発生を確認、その後付近の監視カメラの映像から男女グループがそこに向かっていたことが発覚。
その廃ビルは過去に暴力団の抗争によって多数の死者を出していた曰く付きの物件であった。
それを知る住人たちは誰もその場に近寄らなかったが、世代が変わったことでそれを知る者も少なくなり、ついに今回の様に入り込む者が出てしまった。
「多分だけど、ああいう曰く付きの場所には妖怪の類が湧きやすい、そこに巻き込まれたんだろうね。」
酔い覚ましに窓を開けながら助手席に座っている狂骨が青い顔で言った。
曰く一気に現実を突きつけられて酔いがさめ、悪い酔いが身体に周ったのだと言っている。
鈴音はそれを見ながらなぜこんな酔う機能を付けたかと化学班を問い詰めたくなった。
「ま、生きてるとは思えないし、二人とも…嫌なもの見ると思うけど覚悟しておくのよ。」
後部座席で窓を開けながら煙草をふかし、紫煙にまみれた化け猫が言う。
「はいはい、嫌なもんはちょっと前にさんざん目の前で見たから今更ビビんないって猫ちゃん。」
「こら花鈴…気遣いすみません、化け猫さん…。」
気にすんな、と化け猫が小さく手を振り窓から少し顔を出して煙を吐き出す。
「リーダー…作戦は…。」
機械の様にギアチェンジを行いスムーズにカーブを曲がりながら蟷螂坂が問う。
「作戦は…とりあえず5人で固まって動こうかとは思うけど現場次第だね、3人ならともかくこの人数で狭い通路で戦うと危ないし。」
「狭い通路…か。」
鈴音は考える。
狭い通路なら斬るよりも刺突を主に使うことになるだろうが、刺突は殺傷力は高くとも戦闘力を奪うことに関しては斬撃に比べて低い。
突きは相討ちになるから使用は控えるべきだという文が遺されている剣術流派もあり、はたして実戦で使うとどうなるのかと鈴音は思案して、やめた。
どうせ実際に刀を振るうなど初めての経験だ、あれこれ思案していてもどうせ想定外の出来事が起こる。
自分がそういった死の恐怖に体が固まらないということはあの鬼が存分に教えてくれた。
そしてそれを楽しいと感じたことも。
鈴音にとって不安なのは花鈴であった。
並外れた才能を持ちながらも花鈴は鬼の襲撃の際、鈴音に助けの声を上げるほど怯えきっていた。
いくら膨大な力があろうとも大丈夫であろうか、そう不安に思う鈴音が花鈴に視線を向けると、不服そうな表情を花鈴が返す。
「なーにすーちゃん?私が心配?」
「それは…うん、そうだ。」
正直に鈴音は言う。
花鈴に嘘は通じない。
それを聞いて花鈴は苦笑を浮かべた。
「大丈夫、もうあの時の私じゃない…。」
「花鈴…。」
「本当のこと言うとさ、滅茶苦茶むかついてんだよ私は…。」
そっと胸に手をやりながら花鈴は言う。
「あれだけ持ち上げられといて、いざとなったら必死にすーちゃんに助けを求めた私にさ…。」
「それが普通だ…。」
「でもすーちゃんは違ったじゃん。」
ぐいっと隣の鈴音に顔を近づけ、花鈴はその瞳をじっと見つめながら言う。
「あの鬼と、人の身体のままやりあってさ…本当にさ、かっこよかった。」
「夢中なだけだったよ。」
そう鈴音が言うと花鈴は呆れたように肩をすくめ、顔を離しシートにどっかり座りなおした。
「…やめよっかすーちゃん、とりあえず私は大丈夫だから。」
「分かった、信じる。」
鈴音は花鈴の顔を見て大きく頷き、そして視線を前に戻した。
既に車は中央街のはずれ近くまで来ていた。
もう間もなく、二人の初仕事が始まろうとしていた。
「なんだこれ…どうなっている…?」
目的のビルに到着すると車内に装備された勾玉を使い狂骨が神域を発動させた。
そして同時にビルの内部に存在する妖力を探知すると戸惑いの声を上げる。
その様子を見た花鈴も妖力を探り、ひゅーと口笛を吹いた。
「ビル全部にもやみたいに妖力がかかってんねー、これ、ビル自体が妖怪とか?」
「にゃ、それよりも小さい妖力を持つ小物が大量に蠢いてる感じかにゃ。」
化け猫がそう推論を言う。
「こうも妖力が分散していると、親玉を見つけるのも困難だ…。」
狂骨が困惑したようにつぶやく。
曰く、例えば餓鬼の様な力の弱い妖怪は集団で動き、更にそれを親玉として鬼のような強い存在が纏めていることが多いという。
しかしここまで数が多いことは狂骨も初めてだと言う。
「あまり戦力を分散させたくはないが、こうなっては仕方ない、探索幅を広げるために3人と2人の二手に別れよう。」
「じゃ、私とすーちゃんは分けてもらっていい?」
「花鈴…!?」
「見せたげるよ、私、すーちゃんがいなくてもできるってこと。」
堂々と鈴音の目を見て言う花鈴に、鈴音が思わずたじろぐ。
その姿を見て狂骨が肩をすくめた。
「オーケー分かった、じゃあ花鈴ちゃんは私と化け猫、鈴音ちゃんは蟷螂坂と組んで突入してもらう。」
「狂骨さん…。」
「大丈夫、花鈴ちゃんには私たちがついてる、そっちこそ蟷螂坂と二人、危険なことには変わりないんだ。大丈夫だね。」
じっと狂骨が鈴音を見つめる、その視線に迷いながらも、鈴音はしっかりと頷いた。
「分かりました、よろしくお願いします。」
「グッド、妖力による通信は訓練で習ったね、いざというときはそれで連絡を。」
とんとんと狂骨は自分の首筋辺りを叩いて言う。
声帯の辺りに手を当てて話し、当てた指を発生源にするように妖力で他者に言葉を伝える通信機の変わりの様な連絡手段。
他のグループがこのような手段を取って会話しているのか分からないが、鈴音はこの方法を三人から学んだ。
鈴音は試しに首筋に手を当て、狂骨に話しかける。
『これでよいですね?』
『OK!では行こうか!』
頭の中に声が響くような独特の──以前に息が絶えかけた鬼が話しかけて来た時と似たような感覚を鈴音は覚えながら会話した。
5人がビルに突入した途端、ひどい死臭が鼻を突いた。
新鮮な血なまぐさい臭いではなく、腐った肉が放置されたような悪臭だった。
その臭いに全員が顔をしかめる。
「この臭い…妖力がある者にしか感じないのかな?」
「そうでしょうね、少なくともこんな臭いがするならビルに入らずにすぐ帰るわよ。」
銃を構える狂骨が戦闘を歩き、その後ろに化け猫が着き、殿は蟷螂坂、殿との間に鹿角姉妹を挟むようにしながらビルを入ってすぐ、おそらく待合室であった広い空間を見回しながら会話をする。
「うーん、嫌な感じ。」
花鈴がボソッと呟いた。
たしかに嫌な雰囲気は一体に漂っていることを全員が感じている。
しかし花鈴は別の感覚を感じるかのようにそう呟いた。
少し進むと上に進む階段が二つ。
非常階段であろう階段と、普段使いに使われていたのであろう階段。
「ここで二手に分かれよう、私たち3人は普通の階段、2人は非常階段を。」
「心得た…。」
狂骨の言葉に蟷螂坂が頷き、鈴音について来いと肩に手を置いて促して非常階段に歩みを進める。
その背を追う様に鈴音が後に続き、別れ際に花鈴に一言言葉を残した。
「信じてるから…。」
「私も。」
鈴音の言葉に短く花鈴が返す。
そうして彼らはそれぞれ別の階段を、警戒しながら上って行った。