帝都の鬼姉妹。 ふぉっくすらいふ!外伝   作:百合道いおりん

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11話 カマキリと剣狂者

鈴音は蟷螂坂の背後に着きながら周囲を警戒しつつ歩いていた。

このビルは7階建ての大きなビルであり、非常階段と思わしき狭い階段を上っていたが4階部分で階段が崩れ落ちており、一旦上に行くことをあきらめて再びビル内部に入ったのだ。

非常階段脇のさびれて動かなくなった開かない扉を無理やり蟷螂坂が蹴り破り、内部に入る。

その先にあったのは広い部屋だった。

過去は風俗ビルだったと聞いていたがそこは風俗店の名残はなく、机や椅子が撤去されたオフィスの様な広い空間だった。

しかしよく観察してみると壁面には弾痕のような跡があり、壁紙や雰囲気からどことなく、暴力団の事務所の雰囲気を感じさせた。

実際にそんな事務所を見たことがないので鈴音には本当かはわからないが、過去に暴力団の抗争があったという話は聞いた。

おそらく風俗ビルの階の一つに事務所を構えていたのではないかと推理する。

鈴音はロングスカートを留めているベルトの左腰に差された大通しに触れ、身構えた。

大通しはその柄のような形状の両端から刃を放出させることができ、場合によっては分離させて使用することも可能だが、鈴音はただ一振りの打刀として片刃のみを放出させることを好んだ。

というより柄の前後に刃がある武器の使い方など、鈴音は習得していないというのが一番の理由である。

一方蟷螂坂は素手のまま、剣呑な雰囲気を漂わせているだけで何も準備していない。

しかし鈴音はこれが彼女のスタイルであることは知っていた。

素手、それが彼女の流派である。

「鈴音…。」

「はい…?」

「来る…。」

短く、蟷螂坂が言った。

途端にゾッと、妖力に疎い鈴音にも感じられるほどのハッキリとした妖力の気配が身体を通り抜けた。

ザリ──

何かを引きずるような音が、無人のオフィスに、いや、オフィスの半開きになった通路に通じている扉から聞こえた。

そしてその扉を押しのけるように、やつらは現れた。

「死体…?」

鈴音はやつらの姿を見るなりそういった。

動く屍、そう形容する以外に他はない存在が、そこに存在していた。

やつらは扉をくぐった一体に続き、二体、三体と一気にオフィスになだれ込み、その濁った白い目で鈴音たちを感知してずりずりと腐った足を引きずりながら歩みよってくる。

そして一定の距離に近づくと吠えるようなうなり声を上げ、距離を一気に詰めるように2人に向かって掴みかかってきた。

 

 

「勢!」「噴!」

 

 

掴みかかってきた一体の屍が、後ろにいた他の屍数体とまとめてオフィスの壁にむかって突き飛ばされる。

そして他の一体が脳天から真っ二つに切り裂かれていた。

蟷螂坂と鈴音、それぞれに掴みかかった屍であった。

蟷螂坂はとん、と前に向かって右足を踏み出し、床に踏み込む綺麗な音を響かせながら右腕を突き出して、屍を突き飛ばしていた。

鈴音は屍が間合いに入った瞬間、抜刀術の様に存在しない大通しの鞘を左手にイメージしながら腰を引き、その刃を発現させながら上段から一気に振り下ろした。

抜刀術というと横から切りつけるものが主だが、上から真向に斬り下ろす型、逆に切り上げる型、逆手で脇差を抜く型なども多く存在する。

それを皮切りに、波の様に怒涛の数の屍たちがオフィスの扉から2人に向かって押し寄せる。

蟷螂坂はスカートの深いスリットから足をあらわにさせるように深く腰を落として急所──正中線を庇う様に掌と膝を前に出していた。

以前鬼がやったような古流の武術を色濃く残す構え。

その肉体には全身に余すことなく妖力が満ちており、まるで陽炎が揺らめいているようであった。

鈴音は右肩に担ぐように刀を構え、右足を引き左足を前に出している。

八相の構えとは違い、天に突きたてるような構えではなく切っ先が斜め後ろを向くような構え。

対人相手であれば鈴音は使わない構えだ。

振りが大きくなることで隙が大きくなるため通常使わなかった。

しかしこの構えは構えた状態を維持しても疲労が少なく、継戦能力が高いことは大きな利点だ。

さらに斬撃の威力自体は振りが大きくなるものの強くなる。

霊剣を模した実体の無い大通しの斬撃に物理的な概念が通じるかは分からないが、鈴音は身体が動くままにそう構えていた。

人間相手なら手首を半ばまで、10センチに満たない幅を切り込めばそれだけで終わるが、目の前の屍相手にはそうはいかないだろうと鈴音は判断した。

蟷螂坂の前に三体、連なったように屍が襲い掛かる。

まず蟷螂坂は目の前の屍の顔面に右の裏拳を叩き込み、身体が右に流れる動きのままに腰を捻り左の逆突きを追い打ちで叩き込んだ。

ぐしゃっと骨がつぶれる音と共に腐った屍の顔面がへこみ、衝撃に大きく身体をのけぞらせる。

蟷螂坂はそこで右腕を鞭の様にしならせ、手の甲を屍に向けるように腕を捻りながら拳を独特の形に握り、思い切り振りぬいた。

その一撃でハンマーで横から殴り飛ばされたように屍の身体が吹き飛び、その肉体から妖力を霧散させながら地面に叩きつけられる。

どうやらこの屍たちは許容量を超える損傷を肉体に受けると妖力を失って再び屍に還るようであった。

そして次の屍を相手に構える蟷螂坂の手、その指はまるで鳥のくちばしのように三本の指をそろえて突き出されており、手首をまげて鎌の様にしている。

その構えを見て鈴音には蟷螂坂が、まるで一匹の巨大なカマキリの様に見えた。

“形象拳!”

鈴音はカマキリを思わせるその構えをみてそう感じた。

形象拳とは動物や生き物を模した拳法であり、鈴音は話には聞いていたが実際に見るのは初めてであった。

強いて言うならカマキリ拳法といったところかと鈴音は思う。

更に迫る屍に対し蟷螂坂が──巨大なカマキリが動く。

陽炎の様に揺らぐ妖力がその輪郭を微かにぼかしているせいか、鈴音には蟷螂坂の姿がそう見えてしまった。

カマキリは屍がこちらに掴みかからんと突き出した右腕に対し、右鎌を引っ掛けるように使いながら勢いをいなした。

そして裏拳の要領で左鎌を屍の顔面に振るう。

のけぞったところに、足裏を用いて屍の膝を横から蹴り砕いた。

支えを失った屍が、崩れ落ちる。

崩れ落ちた屍の顔面に、またしても鞭の様にカマキリが鎌を振りぬいた。

ごきり、と頸椎が破壊される音を響かせ、屍がその身体から妖力を霧散させる。

三体目、連なった最後の一体が両腕を突き出してカマキリに襲い掛かった。

カマキリは対して両鎌を使った。

屍の両腕に対し、その腕を鎌でとらえると小さく円を描くように鎌を回転させて跳ね飛ばし、がら空きになった屍の胴体に思い切り膝蹴りを叩き込む。

格闘技や武術の様に鳩尾や金的に叩き込む膝ではなく、胸骨の中心辺りを穿つような膝。

臓器にダメージを与えても無駄であろうとカマキリは考え、あえてその個所を狙ったのであろう。

上半身に衝撃を与えられ屍が大きく後退る。

空いた距離を利用し、カマキリが大きく踏み込みながら両鎌を掲げた。

まるで大きな相手にひるむことなく身体を大きく見せ、威嚇するカマキリの様であった。

(シャア)!!!」

カマキリが鎌を振り下ろす。

その瞬間、まるでかまいたち…真空波の衝撃で切り裂かれたように屍の身体が裂けた。

ばってんを描くように十字に身体を四分割された屍の肉体から妖力が霧散する。

そしてまたカマキリは構えなおした、目の前の屍の群れに向かって。

「…凄い。」

思わず鈴音はそう呟いていた。

カマキリ──蟷螂坂の技に関しては訓練期間中に幾度か目にしたが、実戦で目にしたのはこれがもちろん初めてである。

妖力を本気で使うとここまでのものになるのかと鈴音は感嘆し、同時にまだまだ自分は修業が足りないことを実感した。

今日の実戦で、少しでも追いつく。

鈴音はそう決意し、目の前から屍に迫る対し、構えた。

左右から二体、ほぼ同時に襲い掛かってくる。

相手が間合いに入っても鈴音は動かない。

今の状態で片方の屍を普通に斬ればもう片方に襲われる、そう判断したのだ。

屍が二体そろって腕を伸ばす。

鈴音はその動きに対して大通しを担ぐように構えたまま、左側から襲い掛かってくる屍の右腕の下をくぐるように姿勢を低くして体捌きを行い、屍の側面に回り込む。

回り込んだ時には屍の右腕は身体から斬り離されていた。

鈴音は屍の腕をくぐった際、肩に担ぐようにした大通しの刃を屍の腕に沿わせ、腕の振りを使わず体捌きを利用した斬撃を放ったのだ。

脇の下や腕の内側は人体の太い血管が走った急所でありながら、甲冑では保護されていない部分である。

古式の甲冑剣術に残されている技法であり、鹿角流にも同様の技術が残っているのだ。

この動きはその技術の応用である。

腕をなくした屍が、いつの間にやら隣に動いていた鈴音につかみかかろうとするがその足がもつれる。

腕をなくしたのだ。

重心が変化し、まともに立てる訳もない。

足をもつれさせる屍に、鈴音が大通しを振り下ろす。

さっと体を入れ替え、左斜め上から右下に、逆袈裟と言われている角度を一息に振りぬいた。

腐った血が辺り一面に飛び散り、生きた屍は本当に屍となって地面に倒れこむ。

そうか、と鈴音は無意識に自分が使った技の結果を見てほほ笑んだ。

滅多に笑みを浮かべない鈴音がほほ笑んだ。

腕を斬りとばせば身体の重心が崩れる、つまり──

鈴音は残された一体に対して大通しを振り下ろしたまま下段に構える。

残った一体が鈴音に向かって突き出してきた右腕を、下段からの切り上げで半ばほどから切断した。

その一撃で屍はつまずいたように重心を崩し、前に向かって倒れこみそうになる。

まるで鈴音に頭でも下げるように晒しだされた屍の後頭部が次の瞬間には肉体から切り離されていた。

そうか、こうすれば胴体を斬る間合いより遠くから、より安全な間合いから必殺の一刀に繋げることができるのか。

鈴音は笑っていた。

自分の技術が、才能がない自分が天才に追いつくために狂ったように身に着けた技術がこうして使えることに、笑っていた。

 

 

 

 

 

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