帝都の鬼姉妹。 ふぉっくすらいふ!外伝   作:百合道いおりん

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14話 元凶

 

 

 

 

 

幼いころから見えないはずのものが見えた。

それが私にとって当たり前の世界。

皆はそんな私をうそつきだと言って、周りは誰も信じてくれなかった。

父も母も信じてはくれなかった、それどころか私がほんとを言うたびうそだと叱った。

信じてくれたのはおじいちゃんだけ。

おじいちゃんも本当は信じてなかったと思う。

だけどおばあちゃんが死んで寂しかったんだろうおじいちゃんは私にはよくしてくれた。

おじいちゃん、昔はいろいろあったらしくてみんなに嫌われてたから。

だけど私にとってはただ一人の家族で、友達で、愛情をくれた人。

今はどうなったかって?

死んだよ。

私は世界で独りぼっち。

死んでもおじいちゃんなら私の元に来てくれると思ったけど、来てくれなかった。

みんなに見えないものが見えるのに、本当に見たいものは見せてくれない。

 

違う。

 

おじいちゃんが来てくれないはずがない。

きっと私の力が弱いからだ。

弱いから見えないんだ。

きっとそうだ、きっと、きっと!きっと!!!

だからもっと、私の力を強くしなきゃ。

なんだっていい、なんでもしてやる。

ちょうどよい場所も見つけた。

この世界が否定した私の力を、思い知らせてやるんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まだ上…この先は屋上…?」

煙草の臭いを辿り、鈴音と蟷螂坂が到着したのは屋上へ続く階段であった。

そして屋上へ続く扉の前を見てみればそこにはまだ火が微かに残る吸い殻が一つ、ぽつんと落ちていた。

「鈴音…。」

「はい、この先にいるようですね。」

鈴音は一旦腰に差しなおしていた大通しを抜き、刃を発現させる。

警戒をしながらまず蟷螂坂が吸い殻に近づき、何もないことを確かめるとそっとドアの付近を調べる。

見たところ罠の類は存在しないらしく、蟷螂坂は背後にいる鈴音の方を振り向き小さく指でOKマークを作った。

鈴音がそのサインに頷くと蟷螂坂はドアの前で構える。

スッと右の拳をドアに向かって突き着け、ドアから一寸──三センチほどの距離に置いた。

「…鈴音。」

「…はい?」

「私なりに教える…。」

突然の蟷螂坂の言葉に鈴音は一瞬戸惑う。

しかし戸惑いに気づかないのか蟷螂坂は言葉を続ける。

「僕なりだけど…妖力は…身体に…纏うというより…流す。」

そして深く腰を落とし、蟷螂坂が全身から妖力を放出させた。

その妖力はまたしても陽炎のように揺らいでいる。

本人が言う様に鎧のように身を纏うというよりも全身を流れる血液のように妖力が動いており、それが陽炎のように揺らめいて見えるようであった。

どうやら蟷螂坂は自分なりの妖力の使い方を指導しているようであった。

それを少し遅れて理解した鈴音は蟷螂坂の言葉に頷き黙って説明を聞く。

「使うところに…流れを作る…その流れのまま…妖力を…。」

ゆるり、ゆるりと、妖力が流れる。

流れる先は右の拳。

小さく、蟷螂坂が前に踏み込んだ。

タン、とコンクリの床を踏む綺麗な音が響く。

大きく響く強烈な音ではなく、年代物の楽器の弦を弾いたような、深く、重厚な音色。

床の表面を踏むいうより深く沈むような音。

「勢!!!」

蟷螂坂が普段の小さな声から想像もつかない声と共に口から気を吐き、ドアに向けられていた拳を突き出した。

ドアがなくなった。

実際にはなくなったのではなく吹き飛んだのだが、猛烈な勢いでドアが弾け飛んだせいでまるでドアがなくなってしまったかのように見えたのである。

「…わかった…?」

「少しは…。」

どことなく、霊剣を生み出す際に霊力を放出する技術と似たような雰囲気を感じ取り、鈴音は頷いた。

しかし霊力を放出し、自然と心で掴んだ形に形成されるがままに保持する霊剣の技術とは違い、放出する際の力の経路を身体の動きと一致させることに重きを置いた、また別の技術であった。

どちらも根底は力を放出させるという技術だが、どこか精神的な、心の光を探るという様な抽象的な技術よりも鈴音としてはイメージしやすい使い方に感じた。

鈴音はもう今までと常識外れの世界に足を踏み入れながら、どうしても常識的な理論に囚われる自分の頭の固さに辟易しながらも、少し成長の糸口を得た感覚を覚えた。

蟷螂坂がドアを突き破った先、屋上に妖力をたぎらせたまま足を踏み入れる。

鈴音も続いて屋上を見回した。

そこにあったのは、赤に染まった光景。

青白い月明かりに照らされ、一見黒くみえるが間違いなく真っ赤であろう色が、屋上の地面を染めていた。

一面が赤ではないが、屋上の中央が赤く染まっているせいで全てが赤に染まっているかのような錯覚に陥る。

その赤の上には折り重なるようにまだ真新しい死体が放置されていた。

所々が噛み千切られたように肉が引きちぎられ、人体の形をしていながらも歪な、もはやモノと化した肉塊。

顔をしかめながら鈴音がその肉塊をよく見ると、まだ若い人間の死体のようであった。

おそらくはここに侵入した不良グループであろう、人間たちのなれの果てである。

それだけではない。

よく見れば人形のモノだけではなく、猫や犬の古い遺骸のようなモノも混ざり合っている。

あらゆる形の、こと切れたモノがそこにはあった。

その時、ぺち、ぺち、ぺち、と下手な拍手が響いた。

屋上に吹く風で掻き消えそうな弱弱しい音を聞き取り、鈴音と蟷螂坂が音の方向に顔を向け身構える。

肉塊の後ろから、音の正体がぬそっと姿を現した。

癖ッ毛を風になびかせる、昏い瞳をした女であった。

手には開かれたノートパソコンを持っており、ディスプレイの光に照らされた女の顔は不気味な雰囲気を漂わせている。

そしてその乾いた唇を開き、歪んだ笑みを──悦び、虚勢、怯え、困惑、様々な感情が入り組んだ笑みを浮かべる。

「やっぱ、お前らが先に、来たんだぁ…。」

たどたどしい口調で女が言う。

その言葉を聞いて蟷螂坂が眉をひそめた。

「お前が…元凶。」

「というか、お、お前らはなんなんだよマジで。警察じゃないよな?」

蟷螂坂の言葉に女は答えない。

逆に自分の疑問をぶつけてきた。

こういうタイプとはコミュニケーションを取っても無駄だと、蟷螂坂と鈴音は判断した。

小さくお互いに視線を向け、アイコンタクトを交わすと頷きく。

「君の様なのを止めるための組織の人間だ。」

八咫烏という言葉を使わずに鈴音が言う、その言葉に女はあちゃーとリアクションをしながら目線を泳がせる。

「はぁ…そんなのいるとかマジかよ、私の、私だけが特別だと思ったのに…嘘だよそんなのふざけんな…。」

ぶつぶつと、独り言のように女が呟く。

そしてディスプレイの画面を見ると何か念じるように眉間に指を当てた。

その瞬間にゾッとするような妖力が女から流れ出た。

同時に蟷螂坂と鈴音の脳に声が響く。

『こちら狂骨!すまない今6階の階段に差し掛かったところでまた屍が出た!7階からも奴らが降りてきている!』

「…リーダー…!?」

蟷螂坂が僅かに声を荒げ、そして女を見た。

鈴音も大きく顔をしかめて女を見る。

「誘ったのか、私たちを。」

あの煙草の臭いは自分たちを誘うための罠であったことを鈴音は理解した。

鈴音と蟷螂坂が階段を上った際に屍はでなかったが、それは下の階にいた三人を足止めするためにあえて残していたようだ。

せめてカメラを潰しているか三人と先に合流していればと鈴音は後悔するが、もう遅い。

まず目の前の相手に集中するべく頭を切り替える。

女はいやらしい笑みを浮かべながら、もう見る必要はないとばかりにノートパソコンを閉じる。

「ひひひ…うまい具合にひっかかってくれた…。」

「…連行…される気は──」

「ないよ、お前ら、私を連れてってどうする気だ…どうせ碌なことにならないんだろわかるよ。」

女は虚ろな目で二人を見ずに早口でまくし立てるように口にし、またしても眉間に手をやった。

 

ぐじゅり

 

生々しい、湿った音がする。

粘着質な液体が立てるようなねばついた音と、やわらかい物体がつぶれ、混ざり合うときの柔らかい音。

肉塊が、蠢いていた。

ちぎれた肉片が互いを補う様に混ざりあい、こねあい、一体となり、一つの人型を形作っていく。

やがて折り重なった肉塊は二つの赤黒い人型となり、立ち上がった。

それは子供が作ったへたくそな泥人形の様な外見であった。

しかし生きた物体のように自立して動いている。

生命としてはあり得ない形をしながらもそれは動いている。

あまりにも歪な存在。

あってはならない存在。

鈴音はそう感じた。

嫌悪感を感じる鈴音に反し、女は笑っていた。

「ひひひひ…こいつは少ない死体をもとに、ここで死んだ奴らの記憶から生み出したあいつらとは違うよ…。」

「あいつら…あの動く屍か…!」

「そう、これが私の力、私だけの力…。」

女は己が作ったのであろう、歪な生命を酔ったような目で眺めながら笑った。

鈴音は女の言葉に蟷螂坂の推理が大まかにあっていたことを理解する。

目の前の歪な生命の創造から察するに、あの屍はこの女が形作ったものではなくこのビルであった抗争で命を落とした暴力団の残滓、怨念の様なもの。

それをもとに動物の遺骸や死体の一部を媒介に生み出して形作った、質量のある妖力の塊のようなものであったのだろう。

へたくそな人型しかつくれないこの女が、あんなに人間らしい物体を形作れるとは到底思えなかった。

どうしてこの女がこのような力を持っているのか鈴音には分からない、しかしやることは一つ。

あの屍と目の前の人型──肉人形と呼べばよいだろうか、その本質が同じであれば、対処法も同じ。

二つの肉人形がそれぞれ、鈴音と蟷螂坂の前に立つ。

互いの目の前に立つ敵から視線をそらさず、二人は構えた。

「鈴音…。」

「分かっています、あの屍と原理が同じなら…。」

「殺せる…。」

蟷螂坂の身体から妖力があふれる。

先ほどの女から出たような冷たい妖力ではなく、熱がこもったような、熱い妖力。

本当に妖力に熱があるのか質があるのかは不明だが、感覚的に鈴音はそう感じた。

鈴音も大通しを構える。

選んだ構えは、下段。

鈴音は普段は天に切っ先を突きつける様に構えることが多いが、それとは逆。

天に逆らわず、受け入れる様に切っ先を地に向ける構え。

肩甲骨を落とし込み、無駄な力を抜き、立つ。

見るからに一筋縄にはいかない敵を目の前にして、思わず大きく鳴り響いてしまいそうな心臓の鼓動を抑えるようにあえて鈴音は下段を選んだ。

鈴音が普段好んで使用する八相やそれに類する様な構えは、無意識のうちに攻撃的な心理を働かせる。

人が棒を持って何かを殴ろうとすると本能的に右上から振り下ろすパターンがほとんどらしい。

剣術で言う袈裟斬りである。

すなわち袈裟斬りの動作は実戦でも本能的に放つことができる技といってよい。

敵が持つ本物の刀を前にした際、その恐怖によって大方の人間はパニックに陥り型のような動きは行えないであろうが、袈裟斬りの動きは別だ。

遠い地の古き時代において実戦で名をはせたある剣術は、鍛錬の際に猿の鳴き声のように絶叫しながらひたすら袈裟斬りと逆袈裟を繰り返すと聞く。

おそらく声を上げることで自分を鼓舞し、死に怯え固まった身体を無理やり動かして本能的に放つ袈裟斬りを命がけで叩き込むための鍛錬であったのだろう。

技術も何もないようで人間の本能に裏打ちされている、実際に刀刃を相手に戦った人間が生み出した恐ろしいほど論理的に組み立てられた剣術である。

しかし鈴音は違う。

驚くまでに鈴音は、心臓の昂ぶりが恐怖でないことを実感していた。

歓喜だ。

その昂ぶりを抑えるように鈴音は本能的に下段を選んだ。

怯えて動けぬなら、狂ったように叫び身体を動かした方が生き残れるであろう。

だが本来、無駄な昂ぶりは死を招く。

死ということは、負けるということ。

冷静に、目の前の肉人形を観察する。

身の丈は三メートルを優に超え、鈴音の倍近い体格をしている。

だが人型をしていた。

その点に鈴音は微かに笑みを浮かべる。

ヒトと同じ形なら、鹿角流が、人の剣術が、人を斬る技が使えるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

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