帝都の鬼姉妹。 ふぉっくすらいふ!外伝   作:百合道いおりん

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15話 不覚

「あああああ!めんどくせえええええ!!!」

花鈴の怒号がまたも響き渡る。

花鈴は…それはみごとな、ジャイアントスイングを屍に放っていた。

「はやくすーちゃんのとこにぃ…行かせろ!!!」

姫斬りはその手に無く、すでに身体にしまわれている。

両足をガッチリとホールドされ、振り回された屍は既に他の屍に幾度もぶつけられてボロボロになっており、最後は豪快に投げ飛ばされた。

投げ飛ばされた屍はボーリングのように他の屍を巻き込みながら壁に衝突、最後は壁に大きな赤い花を咲かせて散った。

「ちょ、花鈴!危にゃいっての!」

化け猫は花鈴の攻撃に巻き込まれて吹き飛ばされた屍を咄嗟に蹴りで弾き飛ばす。

「あんまりイライラすんじゃねえにゃ!!」

そして化け猫は後ろから近寄る屍の顔面を振り向かずに裏拳でぶん殴り、さらに振り向きながら身体を回転させ強烈なローリングソバット…胴に向かって後ろ回し蹴りを放った。

鈍い、重い音が響き、屍が後ろに向かって吹き飛ぶ。

しかしその屍が吹き飛んだ先には狂骨がいた。

「ちょ!イライラしてんのは君もじゃないかな化け猫!」

吹き飛んだ屍を狂骨は後ろから抱きかかえるようにキャッチ、そしてそのまま勢いに乗って豪快なジャーマンスープレックスを放った。

綺麗なブリッジが虹の様なアーチを描き、屍の脳天はコンクリ敷きの地面に叩きつけられたことで粉砕された。

三人は既に、武器を仕舞っていた。

霊力や妖力の消費を抑えるというのが一応の理由だが、単純に何度も足止めを喰らったことでタガが外れ、ストレス発散とばかりに豪快なプロレス技を見舞っているのである。

既に三人の元には蟷螂坂と鈴音が屋上で今回の元凶となった、一見人間の女性らしき存在と戦闘になっているという通信は届いている。

本来ならこのような雑魚は無視してでも屋上に向かいたいが、簡単に無視できる数ではなく、更に屋上にこの屍が入り込み大混戦になる可能性を考えるとここで始末しておかねばならない。

それもまた三人の苛立ちを加速させている。

更に連戦に次ぐ連戦で集中力にも乱れが見え始めていた。

花鈴は天性の見切りの才能も相まっていまだに無傷であるが微かに息を乱しており、化け猫と狂骨の腕や足には服の上から屍に食いつかれた跡がいくつか見受けられる。

「ぜぇ…ぜぇ…これ、実は結構ピンチじゃないかにゃ?」

「ふぅ…ふぅ…タバコの吸いすぎじゃねえの…もうへばったのか化け猫?」

「あぁん?んな訳にゃいに決まってんでしょう!」

花鈴の挑発じみた言葉に化け猫が気力を取り戻したのか、大きく声を張り上げて気合を入れなおす。

そして迫る屍の突き出された腕を掴み、引き込むように引っ張りながら横に回り込み、屍の胴を抱きかかえるとバックドロップを放った。

屍の頭を粉砕した化け猫が起き上がるまでに新たな屍が迫るが、その屍にすかさず花鈴が斧を振るうかのような強烈なラリアットを叩き込み、首をへし折る。

見事な連携が決まっていた。

気性の荒さが似通っているのか、いがみ合うことも多いがお互いに息があうと驚くべき息の合い方を発揮する二人であった。

化け猫が跳ね起き、花鈴とお互いに背を預けあう様に立つ。

そんな様子の二人を見て、狂骨は肩をすくめた。

「息が合うのは良いけど、私は蚊帳の外みたいで寂しいなぁ。」

唇を尖らせ、まるで焼きもちを焼く子供の様な声色で狂骨は言う。

しかしその腕には屍がガッチリとヘッドロックで捕らわれており、その頭を寺の鐘でも突くように思いっきり壁面に叩きつけていた。

狂骨はスタンプのように壁にべっとりと赤い丸を印つけると、満足するように他の屍に向かって投げ捨てていた。

その顔には狂暴な笑みが浮かんでいる。

それは狂骨もまた、本来は妖怪という存在であることを裏付けるような笑みであった。

 

 

 

 

 

 

ビルの屋上。

血に濡れ、赤い絨毯が敷かれたように染まったその場所で、吹き付ける強い風の流れを切り裂くように暴れまわる異形の影が二つ。

人の形をしながら命としてあり得ない形をした、歪なヒトガタ、肉人形と形容された物体。

その異形の肉人形の周りを舞う様に動く影が二つ。

鈴音と、蟷螂坂である。

鈴音は三メートルは超えるであろう肉人形が振るう腕を、必要最小限の体捌きで避けつつ、肉人形の腕に沿わせるように大通しの刃を扱っていた。

肉人形が直線的に腕を振るえば斜めに体捌きを行いつつ刃を沿わせ、曲線的に振るえば即座に姿勢を低くして腕をかいくぐるように避けつつ斬り、両手をハンマーのように振るえば即座に懐に入りながら大通しを振るった。

一撃で肉人形をたたっ切るような力は鈴音にはない。

大通しを発現させるだけで精いっぱいの鈴音にそんなことはできない。

そんなことは鈴音には関係はなかった。

ならば百でも二百でも千でも、肉人形に血を流させれば良い。

一方蟷螂坂は同じ古い武術の系統である動きを根底に置きながら、対照的に飛び跳ねるような動きを織り交ぜながら肉人形と相対している。

純粋な妖怪としての人ならざる身体能力にくわえ妖力の扱いに長ける蟷螂坂は真っ向から肉人形と渡り合っていた。

力任せに薙ぎ払う様に振るわれる肉人形の巨大な腕を最も威力の出るポイントで受ければさすがの蟷螂坂もひとたまりもないが、踏み込んで威力の出ない腕の根元に近い部分で受ければ別だ。

どっしりと腰を落とし、両手を使用してがっちりと防御を固めたうえで肉人形の腕を受け止める。

肉人形は懐近くまで入り込んだ蟷螂坂に対し、自分の胸元に腕を巻き込むようなフックを放ったが、腕が振るわれた時には蟷螂坂の姿はなかった。

蟷螂坂の姿が消えたと思った時には肉人形がバランスを崩し、前に向かってつまずいたかのように体を泳がせる。

そして傾いた肉人形の身体に付いている頭──頭に相当するであろう突起のように膨れ上がった肉塊。

その肉塊が弾けた様に血をまき散らし、天を仰ぐように上に向かってかち上げられた。

先ほどまで肉人形の頭があった部分、そこには空を穿つように突き上げられた蟷螂坂の足が伸びていた。

蟷螂坂が片手で逆立ちをしながら、蹴りを放っていたのだ。

ここまでに至る流れ。

まず蟷螂坂は肉人形の振るったフックに対し、即座に地面に手を着くほど姿勢を低くしてそれを避けながら身体を回転させ、地面に円を描くように足払いを放つ。

その足払いが肉人形が身体を泳がせた原因であった。

さらに蟷螂坂は低い姿勢を維持したまま後ろに手を着き、スッと足を地面から浮かせるとぐっと身体を曲げて一瞬溜めを作る。

そして一気に身体を伸ばし、全身を使って射出された砲弾の如く足を突き上げたのだ。

ゆるりと、音を立てずに蟷螂坂が再度両足で地面を踏みしめて立った。

腰を落とし、そしてカマキリのように胸の前で腕を畳み、妖力をたぎらせる。

蟷螂坂の周囲のみ空気の流れが変わったかのように気が揺らいだ。

追い風が吹くように、蟷螂坂の髪が揺らぐ。

眼前にそびえる異形は、先ほどの蹴りによって後ろに身体を大きく傾けていた。

一歩、大きく踏み込む。

畳んだ両腕を、獲物を高速で捕えるカマキリのように伸ばし、掌を開いて渾身の力を込めて肉人形にぶつける。

双掌打。

肉人形が後ろに向かって突き飛ばされた。

バランスを崩していたとはいえ、三メートルを越える肉人形が宙に浮き、飛んだのである。

肉人形は赤黒く染まったコンクリートの地面に瑞々しい新鮮な赤い斑点を散らし、地面に一度は背をつけながらも、のそりと立ち上がった。

しかし、立ち上がったところに蟷螂坂の強烈な跳び蹴りがその頭に突き刺さった。

またしても肉人形が後ろに向かって吹き飛ばされる。

だが肉人形は倒れながら駄々っ子のように腕を振り回す。

我武者羅な、狙った動きではなかったであろうが、偶然その腕がまだ空中にいて動けない蟷螂坂を打ち据えた。

「不覚…!」

巨大な質量という、暴力。

今度は蟷螂坂が玩具のように吹き飛び、コンクリートの地面を転がる。

咄嗟に受け身を──柔道の様な受け身ではなく、へそを見るように背中を丸め転がることで衝撃を逃す受け身を行い、すぐさま立ち上がる。

蟷螂坂はコンクリートの上を派手に転がったせいで全身に切り傷を追い、普段はピシッと着こなしているスーツもズタズタになっていた。

顔からサングラスが外れ、人ならざる複眼の目が露になる。

その目が怒りで大きくゆがむ。

(シャア)…。」

ぼそりと、呟く。

その瞬間、景色が歪んだ。

全身から放たれる強烈な妖力によって、気が揺らぎ、歪む。

構えた。

蟷螂坂が構えると、歪んだ気が糸を張ったように整い、周囲の景色が元に戻る。

同時に肉人形が立ち上がり、自分を痛めつけた報復とばかりに蟷螂坂に向かって疾走する。

蟷螂坂は動かない。

肉人形はそんなことはお構いなしに突進。

疾走した勢いそのままに右腕を振り上げ、頭上から蟷螂坂に向かって振り下ろす。

その腕が、蟷螂坂を叩きつぶした。

蟷螂坂の姿を打ち消す様に振りぬかれた腕はコンクリートの地面をへこませ、轟音と共に周囲に破片をまき散らした。

しかし、飛び散ったものは砕かれた破片のみ。

そこに血肉はない。

たしかに叩き潰されたはずの蟷螂坂の肉体、その残滓がない。

ただその空間は一瞬、ぐらりと景色が歪んだように動いた。

 

「空蝉…。」

 

消えた蟷螂坂の声が響く。

蟷螂坂は肉人形の懐に入りこんでいた。

肉人形が叩いたものは、蟷螂坂が全身に張り付けた妖力のみをその場に残した抜け殻のような存在。

蟷螂坂はこの技のことを“空蝉”と称し、その名を呟いた。

蟷螂坂が踏み込む。

(タン)、と固い音が鳴った。

心地よいほどに無駄のない音色。

しかし一歩踏み込んだその足元にはくっきりと足跡が残り、ひび割れていた。

「殺!!!」

掌底を肉人形の胴に打ち込む。

強烈な衝撃と共に妖力が放出され、掌が突き抜けるように妖力の波動が肉人形を貫いた。

その一撃で肉人形の背中の肉は繊維が引きちぎるように裂け、その隙間から血を溢れさせる。

(シャア)…──」

蟷螂坂が掌の一撃から繋げて肘を打ち込む。

殺殺(シャアシャア)…──」

肘から拳、拳から掌──

殺殺殺(シャアシャアシャア)───!!」

掌から膝、膝から肘、肘から拳──

殺殺殺(シャアシャアシャア)殺殺殺(シャアシャアシャア)殺殺殺(シャアシャアシャア)!!!!!!!!!!」

掌が潰す。

拳が弾く。

指が穿つ。

脚が薙ぐ。

足が突く。

肘が壊す。

膝が抉る。

拳が。

足が。

脚が。

掌が。

膝が。

拳が。

指が。

拳が。

拳が。

拳。

拳。

拳。

拳。

拳。

拳。

拳。

拳。

拳。

拳。

拳。

拳。

拳。

拳──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「嘘だ…私の力が…。」

自身の作った肉人形が壊されていく様を、癖ッ毛の女は茫然と眺めていた。

蟷螂坂と相対した肉人形は既に動くことなく地面に仰向けに倒れ、胴体であった部分をひき肉のように潰されている。

もはや死に絶え肉塊と化した物体を蟷螂坂が殴り続けているのだ。

(ゴン)、と肉を打つ音ではない固い音が響く。

蟷螂坂の拳がついに肉人形の胴を突き抜け、地面を打った音であった。

「殺あああああああああああああ!!!!!」

吠えた。

その音で勝利を確信した蟷螂坂が獣のように吠える。

女はその声に小便を漏らしそうになりながらへたりこむ。

昏い瞳は目の前の現実を受け入れられない虚ろな瞳に変化し、そして泣き出しそうに潤ませた。

嘘だ、嘘だ。

嫌だ、嫌だ。

ダメだ、ダメだ。

世界の全てが否定してきた私の力なのに。

それさえも否定するなんてダメだ。

やっぱり間違っている、こんな世界は間違ってる。

女は狂ったように髪をかきむしり、歯を食いしばった。

その先に偶然、自分が作ったもう一つの命、力の象徴たる肉人形が見えた。

鈴音と相対している肉人形である。

鈴音はかの有名な牛若丸と弁慶のようにゆらり、ゆらりと肉人形の攻撃を避けながらその度に肉に線を引いたような跡をつける。

肉人形の巨体からすれば小さな傷だった。

しかしその傷は既に膨大な数が積み重なっている。

その腕はミキサーに入れた肉のようにズタズタに傷が刻まれ、動くたびにもう限界が近いことを示す様に血を流している。

女はその姿を見てついに泣き出した。

もう駄目だと、絶望した。

終わったと思った。

全てが終わったと。

 

その時、絶望が閃きを産んだ。

 

もしかしたら、もし世界が私を見捨てていないならという、一縷の望みから出た発想。

女は笑みを浮かべた。

虚ろな目を大きく見開いて、涙を流し、笑った。

そして立ち上がる。

向かう先は己が生み出した肉人形の、その元だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鈴音はもう幾度振るったか覚えていない大通しを振るい続ける。

その額には汗が浮かんでいるが、呼吸は一切乱れていない。

一方の肉人形は汗こそ流さないものの滝のように血を流しており、動きに精彩がない。

もう限界が近いことは目に見えていた。

勝てる。

勝ち筋が見えたことに鈴音は笑みを浮かべる。

だが油断はしない。

もしかしたら濡れた血のせいで足を滑らせるかもしれない。

飛び散った肉人形の血が目に入ったら。

だが、それがなんだというのだ。

鈴音はそんな不安さえも斬り捨てた。

なったら、なった時だ。

止まらない。

それだけを決める。

肉人形が腕を振るう。

鈴音が向かい打つ。

止まらずにそれを──

 

「!?」

 

刹那、鈴音は止まった。

止まらざるを得なかった。

目の前にあの女が、肉人形を創った女が、鈴音と肉人形の間に入り込んだ。

このまま大通しを振れば、この女を斬ってしまう。

鈴音は刃を振る手を止めた。

鈴音の意識が女に集中した。

肉人形から目を逸らした。

殺し合いの最中、相手から目を逸らした者には──

「ぁが…ッッッ!!」

相応の報いが訪れる。

 

 

 

 

 

 

 

 

「すーちゃん!お待たせ──」

屋上に辿り着いた花鈴が見た光景は、歪な肉の塊と、そいつの前にいる女と、血飛沫と共に宙を舞う鈴音の姿だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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