帝都の鬼姉妹。 ふぉっくすらいふ!外伝   作:百合道いおりん

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18話 平和な危機の訪れ

 

 

 

帝京歴784年、7月。

多くの事件が巻き起こった初夏から刻が経ち、湿り気のある空気が消え、梅雨が明けようとしている今日この頃。

八咫総合事務所は重苦しい雰囲気に包まれていた。

元からいたメンバーである妖怪たちと、もうすっかり事務所の雰囲気に馴染んだ少女二人を含めた五人組。

その内の少女一人があるものを目の前にして他の四人に囲まれていた。

 

分かっているよ…。

 

少女は思う。

悪いのは全部自分だ。

仕事とか、鍛錬とか、嫌なことがあったとか、言い訳にはならない。

全てはなるべくしてなった結果だ。

自分の不徳がなしたことである。

だが、そうわかっていても、信じたくないことはある。

「鈴音ちゃん…ごめんね私たちも悪いんだ。」

やめてください狂骨さん、自分がすべて悪いのです。

「そうよ…鈴音ちゃんは悪くないわ…貴女が…その…こんなだって知っていたらこんなことには…!」

化け猫さん、優しさは時にトゲとなるんですよ。

「…鈴音。」

静かに肩に手を置くのはやめてください蟷螂坂さん、胸が痛いです。

「すーちゃん…私が養うから…大丈夫だよ!!!」

やめろ!花鈴!やめてくれ!!!!

少女──鹿角鈴音はあるものを目の前にしてうなだれていた。

目の前にあるものは、数学や物理等の理系関係の学期末テストの答案。

名前の横に刻まれた数字は18、20、16と酷い点数が並んでいた。

そして数の横に無情に記された、追試の二文字。

鹿角鈴音、16歳。

追試デビューです。

 

 

 

 

 

 

 

 

「えー、お集りの皆さん、緊急事態です。」

八咫総合事務所の私物でごったがえしたオフィス、そこに4人のメンバーが集まっていた。

狂骨、化け猫、蟷螂坂、そして花鈴である。

緊急事態とは鈴音の追試である。

なお鈴音本人は今この場にいない。

学校にて追試対策のための勉強会に強制参加させられているのである。

「いやー、忘れてたわ、すーちゃんが割とお馬鹿だって。」

「言えよ花鈴!それなら報告書とか事務仕事とか任せなかったわよ!」

能天気に言う花鈴に化け猫のツッコミが飛ぶ。

そう、鈴音は割と勉強が得意ではなかった。

雰囲気的にできそうなところがあるが、実際は滅茶苦茶苦手なのである。

今までの試験は元から少ない睡眠時間を削ってどうにか赤点は回避していたが、今は生活環境もいっぺんに代わり、更に仕事まで引き受けていたのだ。

そんな状況でまともな点数が取れるはずもなく。

「なまじ事務仕事ができるから油断してたよ…。」

「鈴音ちゃん文章は丁寧よね…。」

「すーちゃん…私の代わりに生徒会の文章とか打ってくれてたから…。」

「姉に何させてんのよ!」

「すーちゃん国語の点数は高いから!だいたい50点は固い!」

「それ高くにゃいでしょぜったいいいい!!!!!!!!」

化け猫は頭を抱えた。

「待って、そういうあんたはどうなの花鈴!?」

「いや…私はだいたい90点以上は固いけど?」

「おいこるああああああ!!それでにゃんで雑用おしつけてんだ!!!!」

化け猫がバシンと思い切り花鈴の頭を叩いた。

普段なら避けるなりなんなりしている花鈴であったが、今回ばかりは思うところがあったのかそのツッコミを甘んじて受け入れた。

「いってぇ…とにかく!今はすーちゃんの追試対策しないと!」

「そうだね…追試は来週、とりあえず各々できることをやろう!」

狂骨は強い口調で言い放った。

「鈴音ちゃんに合格してもらわないと…また事務仕事を私がやる羽目になる!」

「おい、リーダー。」

続けられた狂骨の言葉に化け猫が冷たい声色を出すが、その言葉に狂骨はギラりと目を光らせる。

「あのねえええ…化け猫、君も事務仕事手伝ってくれればよかったんだよ!?」

「うにゃ…あーその…。」

「もうやだよ私は!何回も何回も訂正の赤ペンが入った書類を直す作業は!」

「それは酒飲んで書類書いてるリーダーの自業自得じゃねえかにゃあああ!?」

「やりもしない君に言われたくはないねええええええ!!!!」

「…じゃあ僕がや──」

「「役立たずは下がってて!!!!!」」

言い争う化け猫と狂骨を前にして蟷螂坂が言葉を発するが、歯に衣着せぬ戦力外通告に項垂れ、しゅんと引き下がってしまった。

二人の矛先が一旦蟷螂坂に向かったことで少し落ち着いたのか、ふーふーと息を息を荒くしながら言い争いを一旦休戦する。

「で、鈴音ちゃんのためににゃにすんの…?私は学校の勉強とかさっぱりよ?」

「…私も。」

「…僕も。」

化け猫の言葉に狂骨と蟷螂坂が同意する。

彼らは妖怪なのだ、高校の専門的な勉強など教えるどころか習ってすらいない。

つまり、今の時点で勉強のサポートができるのは──

「じゃ、私しかいないか…家庭教師花鈴頑張りまーす。」

「あー…じゃあ私は部屋片づけるわ…この部屋じゃ集中できないだろうし。」

化け猫がゲーム機や取っ散らかった書類に雑誌やら煙草の空き箱、雑貨類が一面に広がったオフィスを見渡して言う。

「僕は…コーヒー淹れたり…するよ。」

「蟷螂坂はいつも通りねー、で、あんたはどうするのさリーダー?」

「うーん、一応一つ考えがないこともない…ちょっと出かけてくるよ。」

「はぁ?サボる気じゃないでしょうね?」

「ふっ…私は真面目にサボるためなら努力はするよ!」

「威張るな!」

狂骨に一発化け猫のツッコミが入れられる。

こうして急遽編成された鹿角鈴音追試緊急対策部隊は行動を開始したのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…どこだここは…?」

強制参加の勉強会を終え、事務所に帰った鈴音が発した第一声はそれであった。

登校前までは足の踏み場を探す必要のあった事務所が、少なくとも歩くことには不自由しない程度に片付いている。

特に勉強に使えそうなテーブル周辺は念入りに片付けられており、しっかりと表面が拭かれた痕跡まである。

一瞬鈴音は自分が階を間違えてしまったのではないかと錯覚し、一度扉の外を確かめたくらいだ。

「おかえりーすーちゃん、じゃあ早速お勉強始めよっか?」

「ああ、ただいまかり…ん?」

聞きなれた花鈴の声に鈴音は自分が事務所に帰ってきたという実感がようやく沸いたが、その姿を見てぎょっとした。

「…なんでスーツ姿なんだ?」

「今日から追試まですーちゃんの…いや!鈴音さんの家庭教師担当になりました花鈴です!」

花鈴はおそらく蟷螂坂のスーツを借りたのであろう深いスリットの入ったスーツ姿であった。

まだスーツに着られている感が可愛らしいが鈴音にとって重要なのはそこではない。

「…待て、家庭教師?」

「それは鈴音さん、貴女が勉強するためですよ?」

「…勉強なら学校でしたぞ!」

「鈴音さんのお馬鹿が学校の勉強会程度でどうにかなるとでも!?」

「くっ…!」

何故か口調まで変えて家庭教師になりきる花鈴の言葉に鈴音は言葉を濁らせる。

「ほーら、みんな協力してくれるんだから、鈴音さんもトレーニングは少し我慢して頑張ろうねー!」

「…みんなって…ちょ、花鈴!」

反抗しながらも鈴音は無理やりテーブルの前に座らされ、勉強道具をバッグから出させられる。

そこに蟷螂坂がどこからともなく現れ、すかさず勉強のお供にとコーヒーを持ってきてくれた。

「甘めの…コーヒーになります。」

「あ、あの…蟷螂坂さん…。」

「…お嬢様。」

「お嬢様!?」

思わず鈴音は大声を出してしまった。

何故なら蟷螂坂は普段の恰好からは想像がつかないメイド服に身を包んでいたからだ。

なんとういうか、古風?いや、古典的と言えばよいだろうか。

とにかく伝統的なメイド衣装に着替えていた。

「どうよすーちゃん!テンション上がらない!?」

「いや、その…。」

先ほどまでの家庭教師口調はどこにいったのだと、自信がテンションを上げて言う花鈴にどういえばよいのか分からず、鈴音は視線を泳がせる。

助けを求めるように蟷螂坂に視線をやるが、蟷螂坂は鈴音の視線に気づくと自身の服装を見やり、心配そうに首をかしげる。

「…似合って…ないかな…鈴音?」

「いや…似合ってはいますよ…蟷螂坂さん。」

「…ふふん。」

似合っているというのは本心であった。

蟷螂坂は元々スーツが似合う美人なだけあってメイド服も気品があり様になっていた。

鈴音の言葉にどことなく得意気な、満足そうな声を蟷螂坂は漏らすとキッチンに帰っていく。

そうして花鈴に視線を戻すと花鈴が不満そうな視線で鈴音を見ていた。

「……。」

「…どうした、花鈴?」

「私は?」

「え?……あ、ああ、可愛いと思うぞ…スーツ姿。」

「えへへ…そっかぁ、良かったぁ。」

返答を待たずに言うべきことに気づいた鈴音の言葉に花鈴が満足そうに頬を緩ませる。

似合っているというより可愛いなのだが、そこはややこしいことになりそうなので鈴音は黙っておく。

今の状況で機嫌を損ねてはどうなってしまうか分かったものではない。

「じゃあ始めますよ!鈴音さん!」

「ああ、わかったよ花鈴…。」

「私のことは先生と呼びなさい!」

「…せ、先生って…なんだこの既視感は…。」

「何か言った鈴音さん…?」

「なんでもないです…先生…。」

あきらめた様に鈴音は項垂れる。

こうして元鬼コーチは鬼教師の手によって今宵より従順な生徒になった。

ただ──

 

「じゃあ、花鈴先生…この数学の問題…教えてください。」

「花鈴先生…むふふふ…これはこの式使えばいいよ。」

「…どうやって?」

「どうやってって、使えばいいんだけど。」

「え?」

「え?」

 

「水兵りーべー僕の船…七曲り…。」

「そこくらい覚えててよ鈴音さん!?」

「Cってなんだっけ…。」

「炭素!!学校の勉強会はなんだったの鈴音さん!?」

「そうだな…CO2で二酸化炭素だからな…。」

「うんうんそうだね!って小学生じゃないんだよすーちゃ…鈴音さん!!?」

 

「……。」

「すーちゃん!?物理の問題文読んだだけでフリーズしないで!?すーちゃん!!?返事してえええ!!!!」

 

鈴音のお馬鹿さと花鈴の天才肌がかみ合わず、勉強は難航した。

その日は日付をまたぐギリギリまで勉強は続いた…。

 

 

 

 

 

 

 

 

狂骨は八咫総合事務所を出てからある施設を訪れていた。

そこで何かのリストの様なものに目を通し、目当ての存在を見つけるとなにやら頷いてリストを閉じた。

そして施設の職員らしき人間に声をかけ、なにやら書類にパパっと記入を済ませる。

そうして満足げに狂骨は頷くと、狂骨は施設を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「終わった…。」

鈴音にとって地獄の様な追試がようやく終わりを迎えた。

その場で採点されたが結果は合格。

花鈴による猛勉強含め、八咫総合事務所の手厚いサポートによってどうにか修羅場を乗り越えた鈴音は事務所のソファで寝ころんでいた。

「はーいお疲れ様すーちゃん。」

「ああ…ありがとう、花鈴…助かった。」

今事務所には二人以外の姿はない。

何やら所用で蟷螂坂と化け猫は狂骨に連れられて出かけてしまったのだ。

狂骨はともかく、蟷螂坂と化け猫には今回の追試のことで迷惑をかけてしまった、帰ってくれば礼を言おうと鈴音は思う。

ただ狂骨もこの数日間はどこかに頻繁に出かけており、なにかしらのことはしてくれている様子であった。

今日二人を連れて出かけているのもそのことに関わっているのかもしれない。

「…誰もいないね、すーちゃん。」

「ん?ああ…静かだな。」

事務所に入る音は道路から聞こえてくる車の音と窓から入る風の音くらいだ。

「…ねーえすーちゃん?」

「ん?」

「ご褒美、欲しいなー、私。」

寝ころぶ鈴音の顔を覗き込むようにソファの横に膝立ちになりながら花鈴が言った。

「ご褒美って…?」

「チュー。」

「…だから、あんなのしてたのは子供の頃だろう…。」

「やーだ、今してほしい。」

「はぁ…。」

徐々に顔を近づける花鈴に観念したように鈴音はため息を一つつくと、花鈴を迎え入れた。

鈴音としても、正直嫌な気はしない行為だった。

ついばむように、キスをいくつか繰り返した後。

そっと花鈴が突き出してきた舌を、鈴音は抵抗せずに受け入れた。

そうして数分間経った。

トントントンと、扉に向こうから複数人が階段を上ってくる音が聞える。

短いながらの二人だけの時間がもうすぐ終わりを告げようとしている音であった。

そっと花鈴が互いの口から透明な架け橋を引かせつつ唇を離す。

「えへへ…好きだよすーちゃん。」

「私もだよ…。」

花鈴の頭をそっと鈴音が撫でる。

そうしたところで事務所の扉が開かれた。

「ただいまー!」

狂骨の大きな声が響く。

そのテンションは普段より高く、酔っているときの様であった。

車を使って出かけていたはずなのでまさか飲酒はしていないだろうが、何があったのかと視線を向ける。

その後ろには狂骨とは逆に不機嫌そうな表情の化け猫と、相変わらず無表情なようで普段より緊張感を纏った面持ちの蟷螂坂、そして、なにやらもう一つの姿があった。

「今日よりウチで更生活動の一環に事務担当として働いてもらう新入りが入ります!」

狂骨の言葉に驚き、そして連れてこられた新入りの顔を見て鈴音はさらに驚きの表情を浮かべる。

隣にいた花鈴も似た表情をしていた。

その顔が知っている顔であったからである。

そいつは狂骨の後ろに隠れたまま鈴音と花鈴に視線を向けた後、すぐに目線を外してうつむきながら小さな声で自己紹介をした。

「…黒崎ユリカです…その…よろしく…。」

あまり手入されていない癖ッ毛、陰鬱な雰囲気、成人しているだろうがそう見えづらい、若いというより幼さを感じさせる風貌。

1か月以上前に起こった廃ビルでの事件の黒幕であった女性、黒崎ユリカ。

それが新たな八咫総合事務所のメンバーであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

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