帝都の鬼姉妹。 ふぉっくすらいふ!外伝   作:百合道いおりん

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20話 絆の萌芽

 

 

 

 

不審な少女を見かけた日の夕方、化け猫は事務所で一寝入りしてサッと汗を流した後、早朝に訪れた路地裏に来ていた。

路地裏の横にある家の屋根の上に腰かけ、スマートフォンを触りながらその場に張り込んでいる。

普通なら不審者として通報されてもおかしくはないが化け猫は妖怪だ、本来ならば人間からは意識されない存在である。

そんな彼女が誰にも見つからずに堂々と張り込みができることは不思議ではなかった。

スマートフォンの画面にはSNSの画面が映っており、その中の情報を見て化け猫は顔をしかめる。

「やっぱり…ペット──飼い猫が行方不明になってるって人がいるわね。」

秋奈町 ペット 犬 猫 のようなワードでSNSに検索をかけると、飼い猫が帰ってこないという投稿がいくつか見受けられた。

ほかの地方でもいくつかそういった類の情報はあるが、秋奈町だけで数件、しかも近い次期の6月や7月の投稿がある。

考えられることは一つ、何かしらの存在が猫たちをさらっている、いや、今朝のことを考えれば──

「…来た。」

スマートフォンの画面を眺める視界の隅で路地裏を見ていると、待っていた存在が姿を現した。

朝にみかけた少女が何かを片手に路地裏に足を運んだのだ。

少女は路地裏の隅に何かを置くと必死に手を合わせながら何事かを呟いている。

化け猫は屋根から音もなく飛び降りると、彼女の前に姿を現した。

「貴女、何してるの?」

「ひっ!?」

突然声をかけられた少女はとっさにその場を離れようとするが、その腕を化け猫が掴んだ。

「ごめんなさい!ごめんなさい!私は何もしてないです!ごめんなさい!」

「ちょ!なんか誤解されそうだからやめなさい!」

慌ててそう言う化け猫は彼女が路地裏の隅に置いた何かに視線を向けた。

それは猫用の缶詰であり、缶の天面、無地のアルミ部分にはマジックで文字が書かれていた。

”ごめんなさい ゆるして コロちゃん”

「…。」

化け猫はその文字を見て顔をしかめた、そして意を決して少女に語り掛ける。

「…見たのね、貴女…!」

「…ッ!?」

「大丈夫よ、貴女は悪くないから、話して…。」

優しい声色だった。

貴女は悪くない、その言葉を聞いて少女は化け猫の方を向き、そして大粒の涙を流した。

「コロちゃんが…コロちゃんが…!」

涙声で少女が言う。

おそらくコロというのはこの子が関わりのあった猫の名前であろう。

「コロちゃんが…ここで…その、酷い目に遭ってたのね。」

酷い目と化け猫は言ったが、おそらく、コロちゃんはこの場で殺されていた。

そしてこの子はその現場を見ている。

朝に臭った洗剤の臭いはアルカリ性のものであった。

アルカリ性の洗剤はアスファルトの血を落とすことにも使われる。

その臭いが新鮮だったということは洗剤が使われて間もないということだ。

少女は化け猫の言葉にさらに涙を流しながら、嗚咽と共に朝見た光景を化け猫に話しはじめる。

「いつもこの場所でエサあげてたの…朝…人に見つかると怒られるから…そしたら女の人が…。」

断片的にだが化け猫は事情を理解し始めた。

多分だが家で猫を飼えないこの子が何かしらの事情で出会った猫にエサをあげて可愛がっていたのだろう。

ただ野良猫にエサをやると周囲の人間に怒られる。

だから人気のない朝早くに家族の目を盗みながらこの場所に来てコロちゃんとやらにエサをあげていたのだ。

それが結果として最悪の場面に遭遇するに至ったのだ。

「コロちゃん…血がいっぱい出て…でも怖くて…そこに隠れてたの…ずっと…。」

少女は室外機の方を指さした。

おそらく咄嗟に室外機の物陰に身を隠したのだろう。

子供ならあの小さい物陰にどうにか身を隠すことはできる。

「それで、あの時に私とたまたま会ったのね…。」

少女は無言でコクコクと頷く。

「私…怖くて…何もできなくて…!」

「大丈夫、貴女は何も悪くないわよ…よく話してくれたわね。」

化け猫は優しい声色で彼女を慰める。

実際彼女は何も悪くない。

いや、あんな時間に一人で出歩くことは決して褒められたことではないが、それでも彼女は悪くないと化け猫は思う。

ここで彼女を悪いと言ってしまっては、本当の悪者を少しでも肯定してしまうことになるからだ。

「今日はおとなしく帰りなさい、ここにもしばらくは来ない方が良いわ、特に朝は危ないから。」

「うん…ありがとうお姉ちゃん…。」

少女は涙をぬぐい、化け猫の言葉に頷いた。

そして少し頭が冷静になったのか、化け猫に視線を向けて首をかしげる。

「お姉ちゃんは…なんでまたここに来たの…。」

「そうねぇ…まぁ私はただの──」

化け猫は自分の頭に手を置き、その手をどかすと人前で隠していた猫耳を発現させた。

目の前の少女からすれば手品か何かで猫耳を出したようにしか見えないだろう。

驚きの表情を見せる少女に化け猫はにこりと笑った。

「猫好きのお姉さんよ、通りすがりのね、だから猫とあらば見過ごせなかっただけよ。」

化け猫の言葉に少女が初めて小さく、化け猫に笑みを返す様に小さく笑った。

「このことは私がなんとかするから、安心して。」

「うん…わかった、お願いします猫好きのお姉ちゃん。」

ぺこりと少女は頭を下げて路地裏から離れていった。

これで彼女がもうこの場所に来ることはしばらくないであろう。

そのことに化け猫は安心しつつ、改めて現場を見て首を傾げた。

「なんとかする、といってもどうすればいいのかしらねえ…。」

現場には痕跡の様なものは何もなかった。

あの人通りのなさからして目撃者もいないだろうし、そもそも警察でも何もないのに住人に聞き込みをするのも一苦労だろう。

何よりそういう面倒なことが化け猫は大嫌いであった。

悶々としながら化け猫は懐から煙草とライター、そして携帯灰皿を取り出し、咥えた煙草に火をつける。

ゆっくりと煙を吸い、吐き出した。

空中に浮かぶ紫煙を眺めていると、煙で揺らぐ景色とは逆に思考は透明感を増していく。

そうして一本煙草を吸い終え、吸い殻を携帯灰皿にねじ込んだところで一人、使えそうな人物が思い浮かんだ。

「気は進まないけど、仕方ねえにゃあ…。」

煙草。

それを見て連想した一人を思い浮かべ、化け猫は事務所へ帰るべく駆け出した。

 

 

 

 

 

 

「ただいまー!」

八咫総合事務所の扉を開け、化け猫は大きな声で言った。

そうして事務所を見渡し目当ての存在をみつけると、ずかずかと大股で歩き、パソコンが設置されたデスクの横に立つ。

デスクに座っていたのはユリカであった。

ユリカは突然自分のそばまでやってきた化け猫に驚きの視線を向け、何も言えずにただ化け猫の反応を待つ。

他のメンバーもなにがあったのかと二人を眺めていたが、やがて化け猫が口を開いた。

「リーダー、こいつ借りてくから。」

「へ?借りてくってちょっ──」

狂骨が止める間もなく、化け猫はその小柄な体から想像もつかない力を発揮してユリカの首根っこをひっつかみ、無理やりデスクの椅子から引っこ抜いて肩に担いだ。

「え、あ…なに…!?」

「事情は行きながら話す!んじゃ!」

事態についていけないユリカが怯えた声を出すがそれを意に介さず化け猫はさっそうと事務所の扉を開けて行ってしまった。

事務所のメンバーはただただその光景を呆気にとられたように見つめることしかできなかった。

 

 

 

 

 

「事情は分かった…です…けど。」

「なーによ、悪かったって。」

ユリカは不機嫌そうに顔を歪めながら化け猫に言う。

事情はどうにか理解した。

殺人現場ならぬ殺猫現場、そこから物理的な手掛かりは何も掴めなくとも、ユリカなら話は別だ。

その場に残った怨念の様な概念的な存在を読み取り、死体を操るだけにとどまらず、存在しないはずの死者を疑似的にとはいえ蘇らせる力まで持つユリカであればなにかしらの手掛かりをつかめるのではないかというのが化け猫の推測だ

「まぁ…たしかにここに…残ってるッスけど…。」

「やっぱわかる?」

「分かるッスよ…殺されて間もないでしょ、ここ…。」

「んじゃ、頼むわ!」

ポン──というよりバシバシとユリカの背中を叩き、力を使う様に促す。

ユリカはいってぇ…と悪態をつきながら化け猫から距離を取り、口を尖らせた。

「頼むわつってもさ…私の力は万能なもんじゃないし、手掛かり掴める保証しないよ…ですよ。」

取ってつけたような敬語を最後につけ、ユリカが話す、そしてもう一つ付け加えた。

「それに、怨念が籠ってる存在を起こすってことは──」

「危ないってことでしょ?大丈夫、腕っぷしには自信があるから。」

胸を張りながら化け猫が言う。

その態度にこの猫には何を言っても無駄だと理解したのかユリカが力を使うべく集中し始める。

すると夕方、あの少女がお供えとして置いた缶詰がゆっくりと、まるで気化するように粒子状になり、別の形を作り出す。

「へぇー…すごいじゃん、あんた。」

「…この缶詰、ここで死んだ猫のための…なんていうか…思いみたいなのが籠ってた、だからできただけ。」

化け猫はこの力があればなんでも物質を別の物体に変えられるのかとも思ったが、どうやらそう簡単な話ではないらしい。

やがて粒子は猫型の形となり、新たなかりそめの肉体を与えられた怨念の塊が生まれた。

形作られたものは、血に濡れた様に赤く染まった歪な猫。

その瞳は白く濁り、毛先から肉体の赤が溶け出す様に赤い液体が滴っている。

おそらく元はイエネコであったであろうが、その怨念の大きさを示す様に肉体は普通のイエネコよりも二回りは大きく、まるで中型犬のようであった。

赤く染まった血濡れの猫の顔に、切れ目が入ったかのように線が描かれる。

その線は切れ目のようにぱっくりと裂け、そこから目と同じく白く濁った牙が姿を覗かせた。

明らかに敵意を向ける赤猫を制御できないかとユリカが意識を集中させるが、その額から脂汗が垂れる。

「ッ…ダメ…これ…言うこと聞かない…!」

「オッケー、ま、仕方ないか。」

「多分私は狙わない…けど…あんたのことは…!」

「分かってるわよ、無理しなくていいわ。」

例の事件の時もユリカは自分が作り出した存在を操ってはいなかった。

生み出したそのまま、本能のままに暴れさせていただけである。

ただ自身を生み出した存在であるユリカを殺すと自分の存在が消えることを本能的に理解し、ユリカを攻撃することだけはないというだけだ。

より強い妖力や霊力があれば別かもしれないが、今のユリカの力ではこれが精いっぱいである。

化け猫は懐から大通しを抜く。

そして大通しを二つに分割させると互いに刃を発現させ、逆手に持って構えた。

化け猫は集団を相手にするならば両端から刃を発現させるようにして使用するが、一対一であれば逆手持ちの二刀流に構えるようにしていた。

さらにいつも通り、肩甲骨をぐにゃり、ぐにゃりと、まるで背中に別の生き物がいるかのように動かす。

「おいで、成仏させてあげる。」

化け猫の言葉を皮切りにするように、赤染めの猫──赤猫が動いた。

狭い一本道の路地裏の中、一直線に赤猫が化け猫に向かって飛びかかる。

左右に逃げ場がない中、化け猫はとっさに横にある壁に向かって身体を捻りながら跳んだ。

そして壁に降り立つように足を着け、赤猫の頭上を駆け抜けるかのように壁を走る。

すれ違いざま、逆手に持った大通しの刃が煌いた。

鮮血が舞う。

化け猫はたしかに肉を裂く手ごたえを感じたが、壁から地面に降り立つとすぐさま背後を振り向く。

「速ッ…!?」

振り向いた時には傷を全く意に介せずに動く赤猫が近くまで迫っていた。

化け猫はまたしても飛びかかってくる赤猫に対し、牙を剥く口に向かって右手の大通しで斬りつけるように刃を振るった。

刃が口に食い込んで肉に埋もれるように止まったことで化け猫にその牙が届くことはなかったが、小柄な化け猫は勢いそのままに地面に押し倒される。

「こん…の!」

化け猫は押し倒されながらも左手の大通しを喉元に向かって突き立てるが、赤猫は止まらない。

むしろ傷口からあふれでる血液を補うために化け猫に食らいつくべく、口元に食い込む刃をさらにその身に沈みこませ更に化け猫に迫る。

化け猫は牙が右腕に届く前に大通しから手を離し、左腕の喉元に突き立てた大通しで赤猫を押しとどめながら空いた右手で目に向かって親指を突っ込んだ。

突っ込んだ親指を動物で言う眼窩に相当する肉の窪みに引っ掛けて無理やり身体を押しのけ、空いた隙間に足をこじ入れて力ずくで赤猫を蹴りはがした。

蹴り飛ばした勢いのまま化け猫は後転して地面から起き上がる。

同じく赤猫も身体を起こした。

その口元からボトリと化け猫が手放した大通しの片割れがこぼれ落ちる。

更に切れ込みが入り醜悪な顔つきになった赤猫はさらに大口を開いて牙を剥き、血をぼたぼたと垂らしながら化け猫に向かって敵意をむき出しにする。

そして再度化け猫に向かって駆け出そうとした瞬間、何かが赤猫に向かって飛来した。

光の筋を残す様に輝きながら一直線に赤猫に向かっていったソレは新たな鮮血を飛び散らせる。

化け猫が残っていたもう片方の大通しを投げつけたのだ。

その一撃がほんの一瞬、微かな時間ではあるが化け猫に猶予を与えた。

ぐにゃり、と化け猫の肩甲骨が動く。

波を作るように蠢くそれはやがて肩、肘、拳まで流れ込み、小波は大きな波となって行き場を失った力の行き所を欲した。

そして目の前に、力の向かう先がやってくる。

「にゃおらぁ!!!!」

波が弾けた。

赤猫の顔面で炸裂した化け猫の拳はボクシングのパンチのように打つと同時に引かれることはなく、波の流れを赤猫の肉体に浸透させるように押し込んまれた。

裂けた口元から血をまき散らし、折れてしまった何本かの牙を宙に浮かせながら赤猫は背後に向かってぶっ飛んだ。

渾身のカウンターパンチであった。

それでも赤猫はまだ動きを止めない、だがしかしその身体はもう限界が近いのであろう。

先ほどまで痛みというものを感じないせいで肉体の損傷をなんら意に介さず動いていたが、今では立ち上がることも少しぎこちない様子であった。

勝機とみて化け猫が前に向かって踏み出──

「待って…!!」

不意に制止の声が響いた。

化け猫が突然の声に反射的に動きを止める。

すると目の前の赤猫は牙をむいていた口元を閉じ、先ほどまでの敵意が嘘のように消え、まるで逃げようとするかのように化け猫を警戒しつつ後退り始めた。

「あんた…ユリカ、なにしたの!?」

化け猫は制止の声を上げた主──ユリカに問いかける。

ユリカは疲労した様子で息を荒くし、問いかけに答えた。

「やっと…いうこと聞いた…。」

「なんですって?」

「多分あの猫…身体が損傷したせいで、力が薄れた…。」

息を整えながらユリカは言葉を続ける。

「私、あの猫に逃げろって命令した…どこに逃げるかわからないけど…逃げた先が…手掛かりとかになる…かも…です…ね。」

「そういうこと…ね、やるじゃん、あんた。」

そう言うと化け猫は事務所から連れだしたときのようにユリカの首根っこを掴み──今度は担がずに背中におぶるように背負った。

「んじゃ、もうちょっと付き合ってもらうわよぉ!」

「…安全運転でお願いです。」

「保証はしない。」

化け猫の言葉と同時に赤猫が路地裏を抜け出し、猫特有の身軽さを駆使して素早く住宅街を抜けていく。

しかしこちらも元猫。

身の軽さなら負けてはいない。

化け猫はその自負の元に夜の街を飛ぶように駆け抜けた。

夜空に響くのは特等席に座らされたユリカの悲鳴。

綺麗な星明かりに照らされる夜であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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