帝都の鬼姉妹。 ふぉっくすらいふ!外伝   作:百合道いおりん

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23話 小さな不穏、新たな事件

 

 

 

 

 

鈴音は木刀を八相に構えていた。

切っ先を天に突き立てるようにほとんど真っすぐ、身体は自然体に、力を抜いて。

筋肉ではなく骨で支えるように立つ。

まるで天と地を繋ぐ一本の柱のように鈴音は立っていた。

相対するは歳の離れた老婆、ツツジ。

ツツジは正眼の構えで鈴音に相対していた。

しかし、所謂他流の正眼の構えとは違う点があった。

正眼の構えはその字の通り、目の前に真っすぐと相手に切っ先を向けて構える形になる。

しかしツツジの正眼は切っ先を相手に向けながらも木刀を斜めに構えていた。

本来なら刀によって守られるような形になる左手が露になっているようにさえ見える。

これが新陰流の正眼──青岸と呼ばれる構えである。

左手に隙があるのは誘いであった。

新陰流は主に後の先、現代的に言うならカウンターをとる型に特化した流派である。

それ故の構えであった。

しかし青岸の構えは体力の消耗が比較的早い構えである。

両手にかかる負荷が大きいため構えを維持するのが難しいのだ。

鈴音も以前のビルの戦いでは集団相手に戦う際、腕への負担が少ない八相を崩した構えを用いている。

鈴音は動かない。

間合いのギリギリでツツジの体力の消耗を待つ。

それは鈴音が本気であるからだ。

不用意な動きをわずかでも見せれば一本を取る。

そういう覚悟である。

ツツジも動かない。

青岸の構えのまま、誘いもせず、剣道のように切っ先を揺らすこともなく、待つ。

しかしその時不意に、ツツジの口元ににやりと笑みが浮かんだ。

まるで口には出さないが”こういう細かいやりとりはつまらないねえ”とでもいう様に、笑った。

する、っとツツジが一歩前に踏み込んだ。

ただ歩くように自然に。

力みも何もなく。

友人に対して手を挙げて挨拶をするときのように何のよどみもなく。

ただ手に持たれたその木刀の切っ先は、鈴音の胸に向かって突きこまれていた。

「…ッ!」

鈴音が突きに対し身体を斜めに捌いて正中線をずらしつつ、ツツジの左手に向かって八相から袈裟懸けに一刀を繰り出す。

しかし、鈴音の木刀がツツジの腕に触れる寸前、ツツジの腕が消えた。

ツツジが突くと見せかけた腕を引き、鈴音の打ち込みを外したのである。

新陰流、手引きの太刀。

ツツジが引いた腕を小さな円を描くように回し、鈴音の手に向かって木刀を打ち込んだ。

鈴音がその打ち込みに対し咄嗟に手首を返して木刀を跳ね上げ、弾くことができたのは元よりツツジの腕に当てる寸前で止める意識があったからか。

誘われた!

鈴音はその段階になってようやく自分が誘いに乗ってしまったことを意識した。

意識したと言ってもそれは頭の中の一角にほんの少しばかり、濁流のように溢れかえる思考の中のわずかなうちにすぎない。

そんなものを今深く意識したところで意味はない。

カン、と乾いた音が響く。

鈴音が切り上げから上段に木刀を構えなおし、振り下ろした打ち込みをツツジが木刀の鎬を用いて受け流した。

鎬とは日本刀の小高く盛り上がった部分のことだ。

日本刀はこの部分を用いて防御を主に行う。

鎬を削るという言葉があるが、それはこのことが語源になっているのだ。

両者の間合いが狭まる。

鈴音が次に選んだ手段は体当たりであった。

受け流された木刀を引き戻さずに踏み込んだ勢いのままに半歩踏み込み、肩から体当たりを放って体勢を崩しにかかる。

ツツジは体当たりを後ろに退いて避け左上から斜め下に、鈴音の肩のあたりを狙って逆袈裟に木刀を打ち込んだ。

「はぁぁッッッ!!!」

鈴音の気合が響く。

体当たりの体勢から瞬間的に股関節の前後を入れ替えるように体を返した鈴音は、渾身の力を籠めてツツジの木刀に向かって切り上げを放った。

その一撃によってツツジの腕から木刀が離れることはなかった。

しかしツツジが持っていた木刀は信じられないことにその一撃によって半ばからひしゃげ、くの字に曲がってしまっていた。

鈴音の木刀は大きな傷跡を残しながらもどうにか原型を保っている。

鈴音が切り上げから霞の構えに木刀を構えなおすと、ツツジがも折れた木刀を青岸に構える。

お互いに距離が開いた。

そうなったところでツツジは構えていた折れた木刀を降ろす。

それを見て鈴音も霞に構えていた木刀を降ろし、互いに礼をおこなった。

礼を終え、再びお互いの目をみたところでツツジが明るい笑みを浮かべる。

「あっはっはっは!でたらめだねえあんた、これじゃあこのババアの立つ瀬がないじゃないか!」

「そんなことは…。」

「謙遜すんじゃないよ!しかし真っ二つに折れなくてよかった、折れた先がどっか飛んでたら大変なことになってたかもしれんからね!」

豪快に笑いながらツツジは周囲を見渡した。

周辺にあるのはジャングルジムやシーソーなどの遊具と、二人の手合わせを前に遊びの手を止め目を丸くしている子供たちが数人。

そう、ここは普通の公園であった。

普段鈴音がトレーニングに使用している公園である。

ツツジから鈴音に時間の都合がついたから軽く手合わせでもどうだい、と連絡があり、それに飛びついた鈴音が自由に動ける場所として選んだのがこの公園であった。

「後ろに下がりながら打ち込んだから刃筋が乱れてたかね、まぁ見事なもんだ。」

「恐縮です。」

「鹿角流、久々にやりあったが楽しめたよ。」

ひょい、とツツジが投げてよこした折れた木刀を鈴音がキャッチする。

「こちらこそ…新陰流の太刀、勉強させてもらいました。」

「それならババアも身体張った甲斐があったもんだ、じゃあそろそろ私は行くよ。」

「はい、今日はありがとうございました…。」

「おう!」

ツツジはそう元気に返事をしたところで、鈴音の少しばかりの表情のゆがみの様なものに気づいた。

普段通りの仏頂面の中に、少しばかり何か言いたげなものがあることに気づいたのだ。

「…あの刀、それと八咫烏については今旧い知り合いを回って話をきいてるところだよ、ただ今のところ有益な情報はないね。」

「そう…ですか。」

「まぁこうやって嗅ぎまわってればそのうち向こうから接触してくるかもしれないし、気長にいこうじゃないか。」

ツツジは肩を落とす鈴音に笑いかける。

「すみません…気を遣わせてしまって。」

「気にしなさんな、今日は私も楽しかったよ、またな。」

そう言ってツツジは公園を後にする。

その姿を見送ってから、鈴音も公園を離れ八咫総合事務所へ帰る道を進みはじめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

八咫総合事務所にはいつも通りのメンバーがそろっていた。

夏休みだからと何かゲームを買っては一日中二人で協力プレイをしている化け猫と花鈴。

ユリカは出勤して事務所の経理関係の仕事から報告書の作成、それにくわえて本部から送られてくる一部の事務仕事までこなしている。

ユリカの仕事ぶりは丁寧だと評判が良いらしい。

本人は本部の仕事まで押し付けられることに文句を言いながらも頼られること自体は気分が良いらしく、淡々と仕事をしていた。

それにたいして一切仕事をする姿を見なくなったのは狂骨である。

一応本部での定期的な報告会議などには出席しているらしいが、はたしてまともに会議に参加しているか怪しい。

今も昼間から事務所のソファに寝転がりつつ、鈴音もコンビニで目にしたことがあるような黒いラベルが貼られたウィスキーを瓶を傾けて飲んでいる。

そんな狂骨の今日の肴は蟷螂坂特製のオニオンソースがたっぷりかかったローストビーフ。

お手製故に厚切りに切られたローストビーフを豪快に口に運びながら、化け猫と花鈴がゲームをプレイする様子を眺めていた。

蟷螂坂は今日もキッチンにこもって料理をしている。

ちらりと中を覗いてみればエビの下ごしらえをしていた。

そばにはトマトにいくつかのハーブ類とパスタが用意されていた。

どうやらエビを使ったトマトソースのパスタを作っているらしい、味を想像するだけで思わずよだれが出そうになる。

「うーん…。」

変わらないいつもの日常、そこでふと鈴音は考えた。

考えてみれば八咫烏のことならメンバーに聞くのが一番手っ取り早いではないか。

「あの…蟷螂坂さん?」

「…?」

ちょうどエビの下ごしらえがひと段落付いたところを見計らって鈴音は蟷螂坂に声をかけた。

「気になったんですが、蟷螂坂さんはなんで八咫烏に…?」

「僕が…ああ…。」

鈴音の疑問に蟷螂坂は思案するが、少し困った様に首を傾げる。

「覚えて…ない…。」

「そうなんですか?」

「蟷螂坂──僕の種族は陰陽師に狩られて数が少なくなって、保護されたんだと思う。」

「そうですか…いきなりすみません、少し気になって。」

「…気にしないで。」

そう言って蟷螂坂は調理に戻った。

次は化け猫に聞いてみようかと、鈴音はゲームをプレイ中の化け猫に近づく。

ちょうどゲームが一段落着いたところであったらしく、化け猫が鈴音の方を振り向く。

「あら、どしたの鈴音ちゃん?」

「いえ、ちょっと気になったんですが…化け猫さんはなんで八咫烏に入ったのかと思いまして。」

「私が?うーん…。」

化け猫は煙草に火を付けながら、蟷螂坂と同じように首を傾げた。

「気が付いたら、いたわね。」

「…気が付いたら?」

「聞いた話だと暴れまわってたところを捕獲されて…そのまま八咫烏に所属させてもらった感じみたい。」

「そうなん…ですか。」

「うん、まぁここ居心地よいし、そのままいる感じよね。」

そう答えて化け猫はゲームに戻っていった。

蟷螂坂も化け猫も覚えていないという。

最後に残るは狂骨だ。

「あの…狂骨さん…。」

「ん~?どしたの鈴音ちゃん~?」

「狂骨さんはなぜ八咫烏に入ったのか、少し気になって…。」

「あ~私は…なんだっけ、気づいたらこの身体を晴明様が用意してくれてて、そこから自然にかな~。」

「そう…ですか、いきなりすいません。」

「いいよいいよ~、私飲んでるだけだから。」

「…ほどほどにしてくださいね、片付け大変なんで。」

「あっはははは…ごめんなさい。」

鈴音の言葉に少しばかりしゅんとした狂骨であったが、すぐさまウィスキーの瓶を傾け始めた。

つまり、三人とも八咫烏に所属した経緯に関してはまともに記憶がないということになる。

鈴音は先日ツツジから聞いた過去の話を思い出していた。

八咫烏設立の際に、祖父が裏の仕事を引き受けていたという可能性が非常に高いこと。

どんどんと八咫烏という組織に関しての不信感が募ってくる。

しかしだからといって今の鈴音のどうすることもできない。

とりあえずこのことをツツジに報告し、今は任務をこなしながら八咫烏という組織について探るしかないだろうか。

鈴音がそう思った頃合いにちょうど蟷螂坂が昼食が出来たことを皆に伝えた。

それを聞いてソファに寝ころんでいた狂骨が起き上がり、化け猫と花鈴はゲームを中断、ユリカも仕事の手をいったん止めた。

今日の献立はどうやらエビとトマトの冷製パスタの様だ。

それぞれの分が盛られた皿の中、一つだけ三人前は盛られた大きな皿が一つ。

鈴音は何も言わず大皿に盛られたパスタが置かれた席に座る。

今はしばしの間、この料理に舌鼓を打つとしよう。

 

 

 

 

 

 

 

「…ごちそうさまでした。」

鈴音はおおよそ三人前の冷製パスタを二皿おかわりしてようやく満足した。

既に他のメンバーは食事を終えており、それぞれの定位置に戻っている。

さて、これからどうしようかと鈴音が考え始めたところだった。

 

テテテテテテテレレン♪

テテテテテテテレレン♪

 

誰かの携帯がなり始めた。

各々が自分の携帯かと確認をするが、誰もが自分ではないと首をかしげる、一人を除いて。

 

「ぐおおおお…すぴー…。」

 

狂骨が酔いも相まって爆睡しており、よく耳をすませば着信音はその胸元から鳴り響いていた。

どうやら懐に携帯を仕舞っているらしい。

「…。」

仕方なく鈴音が寝ている狂骨の携帯をとろうとするが、そこで着信音が止む。

そして代わりに別の着信音が鳴り響いた。

どうやらそれはユリカの携帯らしい。

「…はい、黒崎です…ああ、狂骨さんなら寝てます、いつも通り…はい、はい…他のメンバーに伝えます。」

ため息をつきながら狂骨の代わりに電話の対応をしたユリカが携帯を仕舞うと、メンバー皆の方を向いた。

「任務かもしれないって…秋奈町で負傷した妖怪が出て犯人は不明、今は他のチームが対応してる。」

「へぇー、面白そうじゃん…でも人間じゃなくて妖怪が襲われたの?」

花鈴が首をかしげながらユリカの方を見る。

「うん、最初に見つかったのはカマイタチ、他も垢舐めにぬりかべみたいな基本人に危害を加えない妖怪がやられてたって。」

「カマイタチ…が…!?」

蟷螂坂がユリカの言葉に反応する。

似た種族の妖怪として放っておけない言葉であったのだろう。

「一応、八咫烏の施設に送って治療は受けてるらしい…。」

「そう…か…。」

ユリカの言葉に少しばかり蟷螂坂は少しばかり安堵したようだ。

しかしそれでもそわそわと落ち着かない様子で、鈴音が食べた後の食器を妙に念入りに洗いながら視線を右往左往させている。

その様子を見た化け猫が煙草に火を付けながら小さく頭を掻いた。

「…蟷螂坂、心配ならちょっと様子見に行ってきなさいよ。」

「でも…。」

「私は水ぶっかけてでもリーダー起こしとくし、一応車の運転はできるから…ユリカ、ここに連絡回ってくるってことは現場って近いんでしょ?」

「最初の現場は近くの商店街、蟷螂坂なら生身でもすぐ到着できると思う。」

「だってさ蟷螂坂、まぁなんにもならないかもしれないけど行ってきな。」

「…恩に着る。」

蟷螂坂はそう言うや否や事務所を飛び出していった。

そしてその後に続く様に花鈴もゲーム機のコントローラーを置いて立ち上がる。

「私も面白そうだし行ってくるわ化け猫、すーちゃんはどうする?」

「…私も行くよ、蟷螂坂さんにはお世話になってるし。」

「決まり!じゃあ化け猫後は任せた!」

「あーはいはい!じゃあ行ってきなさい!さーて…どうしてやろうかこの馬鹿リーダーを…。」

事務所の扉を開けて出ていく二人を化け猫は見送ると、さっそく台所へ行き普段は蟷螂坂が調理に使っている大きなボウルを手にする。

その様子を視界の端で見ながらユリカがそっとため息をついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鈴音と花鈴は蟷螂坂に追いつくことなく商店街に到着した。

花鈴ならともかく、鈴音はまだ蟷螂坂ほど身体を強化できる妖力を身に着けていない。

持ち前のスタミナを駆使して常人よりは圧倒的に早く移動はできるが蟷螂坂には及ばなかった。

そして商店街の入り口を見てみると何やら人だかりが見える。

そばにはパトカーまで来ており、なにやら大きな騒ぎがあったことは明白だった。

人垣の奥をよく見てみると、どうやら入り口にあった大きな看板が落下したらしい。

救急車が来ていないことからけが人は幸いにもいないようであったが、先ほど聞いた事件と関連がありそうだった。

「うっひゃー、派手に看板ぶっ壊れてんねこれ。」

「事件の犯人のせいのかもしれないな…。」

そうして人垣の中に蟷螂坂の姿はないかと探していたところ、不意に二人に向かって声がかけられた。

『…姉ちゃんたち、この声が聞こえるかい…?』

「む…!?」

「この声、妖怪っぽいね。」

驚く鈴音に対し、花鈴が周囲を見回しながら言う。

二人が声に対して反応をすると、ひょこんと小さな影が二人の前に現れた。

短い手足に細長い胴と長いしっぽ。

一見するとただのイタチのように見えるが、その身体には妖力が感じられた。

「カマイタチ…!?」

『そうだよ、事件だなんだ呟いてたからまさかと思ったが、姉ちゃんたちも退魔士か。』

「へぇ~資料で見たことあったけど本当にイタチそっくりなんだな。」

しげしげとカマイタチの姿を眺めながら花鈴が言う。

鈴音も興味深い視線を投げかけながらも質問に答えた。

「ああ、一応退魔士だ…見習いだが。」

『そうか、さっきも別の退魔士の姉ちゃんが来たから声かけたんだよ。』

「もしかして…サングラスかけてたか…?」

『おう、変な色眼鏡かけた姉ちゃんだ…あんたらに声かけたのもお願いがあったんだ。』

「お願い…?」

『ああ…。』

カマイタチは二人にたいして頭を下げるように体を伏せると、言葉を続けた。

『頼む、仲間を止めてやってくれ…!』

「仲間って…まて、それって事件の犯人のことか…?」

『なんだ、知らなかったのか?』

「その口ぶりだとさ、今回の犯人ってカマイタチってわけ?」

『その通り、あの看板潰したのも、今退魔士に追われてるのも俺…カマイタチの仲間だ。』

「…どうしてそんなことを…。」

聞いた話だとカマイタチは生息数を減らし、保護されている身だったはず。

その代償に危害を加えるような悪戯はやめていたはずであったが、それを反故にしたということになる。

『分からねえ、ただちょっと前に、あいつら度が過ぎて一回退魔士連中に捕まったはずなんだ。』

「ふむ…。」

『それから帰ってきたんだが、それ以来様子がおかしくてよ…。』

カマイタチは困惑したように首を振りながら話を続けた。

『なんか気が荒くなっちまったと言うか、ただでさえ度が過ぎてたのに更に過激な悪戯するようになっちまって…俺も止めたんだが聞く耳もたなくてよ。』

「ふーん、それで今回みたいなことになったんだ。」

『ああ、このままだとカマイタチ自体がまた狩られるようなっちまう…それにあいつらも退魔士連中に何されるか…。』

「だから止めてくれと…まて、あいつら?」

そこで鈴音は一つ気づく。

「犯人は複数いるのか…!?」

『ああ、それにあいつら悪戯しまくったせいで妖力自体も俺なんかよ相当強くなってる…いくら退魔士だっていってもあぶねえんだ…!』

「善処はするけどさぁ、あんまり期待しないでよ、あくまでこっちが怪我しないのが最優先だし。」

『分かってる…無理言ってすまねえ…でも…。』

「…それで、仲間が逃げた先に心当たりはあるのか…?」

『ある、ちょっと離れた高い建物の屋上に管と機械がたくさんあって、仲間はそこに隠れて過ごしてた。』

高い建物、とはビルのことであろう。

そして管とは配管のことだろうか、たしかにビルの屋上には大きな空調やボイラー設備が配置されていることが多い。

「わかった…それは蟷螂坂さん…さっき来た退魔士には伝えたのか?」

『おう、話を聞いたらすぐに向かってくれたよ…そっちの仲間まで巻き込んで済まない。』

「こっちも仕事だ…気にするな、教えてくれてありがとう。」

「じゃあ行こっかすーちゃ──って危なッ!?」

不意に花鈴が声を上げ、急に地面にいたカマイタチの首根っこをひっつかみながら見事な側転宙返りを繰り出し、その場から飛びのいた。

次の瞬間、カマイタチがいた場所の地面がすさまじい衝撃音と共に抉れ、アスファルトが飛び散った。

突然の出来事に驚きながらも鈴音が周囲を見回すと、ソレはいた。

「あれが…カマイタチ…だと?」

『ありゃ…たしかにカマイタチだ…けど…そんな…!?』

「あーらら、でかくなっちゃって。」

花鈴がカマイタチを地面に離しながらにやりと笑みを浮かべる。

今自分たちを攻撃した存在。

それはカマイタチでありながら鈴音たちのそばにいるカマイタチとは明らかに違う存在であった。

その体躯は小動物のそれではなく、成人男性ほどまで巨大化している。

手足の爪は熊のようにカギ状に曲がって鋭く発達している。

短いはずの手足は人間の手足のように長く、筋肉質に発達している。

巨大なイタチ──大鼬(おおいたち)とでも呼べばよいだろうか。

大鼬は二人と一匹の前に降り立つと牙を剥くように笑った。

『外しちまったか…勘が良いなお前…。』

仲間を狙ったことになんの罪悪感を抱く様子もなく大鼬は笑う。

その姿を見てカマイタチは表情を歪めながら叫んだ。

『お前…なんでこんなこと!』

『なんでこんなことだぁ?そりゃこれが俺たちカマイタチの本来の力だからよ…もう陰陽師や退魔士なんて恐れる必要なんてねえ…!』

『そんなわけあるか!いいからやめてくれ!』

『黙れ!』

大鼬は叫び声と共に妖力を籠めて、発達した腕を振るう。

同時に周囲の空気が一気に引き込まれるように風が巻き起こり、目に見えないすさまじい何かが腕から放たれた。

それは目に見えないながらも周囲の空気や先ほど飛び散ったアスファルトの破片をまき散らし、一直線に花鈴に向かって突き進む。

「これがカマイタチの正体って訳ね!」

花鈴が笑みを浮かべながら姫斬りを身体から抜き放ち、目の前に向かって妖力を込めた抜き打ち一閃。

すると目に見えない何かは破裂音を響かせ、周囲に衝撃をまき散らしながら散華した。

突如鳴り響く破裂音に周囲の人々がざわめく声が聞こえる。

「妖力を使った真空波ってところかな、まぁ目に見えなくてもあんなに派手に風起こしてたら丸見えだけど。」

「流石だな花鈴…神域、出すぞ!」

鈴音は懐から大通しを、そして神域を発動させる勾玉を通した数珠を取り出し、神域を発動させる。

その瞬間、先ほどまで聞こえていた人々の声は綺麗にかききえ、花鈴と鈴音、そしてカマイタチと大鼬のみがその場に残された。

「すーちゃん、思えば一緒に戦うのって初?」

「そうだな…蟷螂坂さんが心配だ、とっとと終わらせよう。」

『とっとと終わらせるだぁ…ふざけるな!』

大鼬が吠えるが、二人は一切動じることなく、互いの武器を構える。

花鈴は姫斬りを普段の様な正眼ではなく鍔をこめかみの横に置き、切っ先を相手に向けるような霞構えに構える。

鈴音は普段通り大通しを八相に構えた。

「花鈴のおかげで真空波の対処法は分かった…妖力をぶつけて散華させる。」

「それで大丈夫っぽいよ、行こうかすーちゃん!」

花鈴が霞構えのまま大鼬に向かって突っ込み、少し遅れて鈴音も前に向かって走る。

『死ねええええええ!!!』

大鼬が二人に向かって両腕を振るい、それぞれに真空波を放つ。

花鈴は霞の構えのまま僅かに体捌きを用いて斜めに身体を動かしつつ、姫斬りの刀身をほんの少し後ろに引き、真空波を斬ることなく後ろに受け流した。

鈴音は真っ向から大通しを袈裟に振るい、真空波を断ち切る。

動きが少ない分花鈴の方が先に大鼬に接敵する。

大鼬は焦りの表情を浮かべながら再度両腕を振るい、今度は真空波を二つとも花鈴に向けて放った。

首を狙った真空波が飛び、少し遅れて足元を狙った真空波が飛ぶ。

花鈴はほぼ立ち止まることなく、それどころか真空波に向かって飛びこむように前に向かって跳んだ。

上下段二つの真空波。

その隙間を身体を捻ってくぐりぬけ、大鼬に向かって進む速度を落とすことなくその眼前に迫る。

『ひぃぃ!』

「何が退魔士を恐れる必要がないってぇ!!?」

花鈴が嗜虐的な笑みを浮かべながら大鼬に斬りかかる。

霞の構えから大鼬の左腕を狙って姫斬りを振り下ろした。

大鼬は慌てて後ろに向かって飛び退るが、花鈴が振り下ろし姫斬りは切っ先が地面を向くことはなく、途中でぴたりと制止すると、跳ねあがった。

跳ねあがった切っ先は突きとなり、大鼬の右腕の付け根に突き刺さった。

『がぁぁッ!!?』

鮮血が舞う。

それとほぼ同時に、やや遅れていた鈴音が大鼬に接敵した。

鈴音は大通しの刃を反転させ、峰を大鼬に向けて構えると八相から渾身の袈裟斬りを放った。

「噴ッッ!!!!」

大通しが大鼬の左腕に食い込む。

鈴音は、間違いなく刃を向けていなかった。

しかし峰を用いた鈴音の渾身の一撃は大鼬の左腕の付け根の辺りに打ち込まれると、筋肉越しにその骨を砕き、あらぬ方向に腕を曲げさせる。

そのせいであたかも大鼬の肉体に大通しが食い込んだかのように見えたのだ。

「よっと!」

そこで花鈴が大鼬に突き刺さった姫斬りを捻りこんだ。

姫斬りの切っ先は大鼬の腕の付け根の骨の部分まで到達し、さらに捻ったことで周囲の靭帯を切り裂く。

靭帯を破壊されたことで大鼬は右腕を動かせなくなり、力の入らない腕をだらりとぶら下げながら後退する。

力の入らなくなった両腕を信じられないという様に交互に見つめ、先ほどの攻撃的な表情はどこえやら、怯え切った表情で鈴音と花鈴を見る。

『や、やめろ…お前ら俺たちを保護しなきゃいけないんだろ…だから。』

「安心しろって、だから殺しはしないよ。」

「止めてほしいと…あのカマイタチからも言われたからな。」

鈴音は大通しの刃を収めて懐にしまい込み、花鈴も姫斬りを自分の身体に収める。

しかし二人は怯えて後退る大鼬に向かって歩みを進めた。

花鈴は先ほどと同じく嗜虐的な笑みを浮かべ、鈴音はつまらなそうな落胆したような表情で大鼬を見つめていた。

『お、お前ら、何を──』

「まぁ、下手したら死ぬかもしれないけど。」

「恨むなよ…。」

二人は言葉を放つと同時に前に向かって踏み込む。

「「せえええやぁぁッッッ!!」」

花鈴のサイドキックが大鼬の顔面を、鈴音の掌底突きが大鼬の腹を、それぞれ打ち抜いていた。

ぐちゃっ、とおおよそ普通の打撃を放ったときには出ない音を響かせ大鼬は数メートル吹き飛び、石ころのように地面を転がると壁に衝突。

そこまでしてようやく吹き飛んだ大鼬の勢いは止まり、鼻と口から血を吐き出しながら倒れ伏した。

「…。」

「…。」

花鈴と鈴音はぴくぴくと痙攣までしている大鼬を見てお互い顔を見合わせると、やりすぎてしまったか、と肩をすくめる。

「まぁ、妖怪だし、大丈夫だよねすーちゃん?」

「神域で捕まえる手間が省けた…と思おう。」

そう言って互いに掌を合わせ、ハイタッチをする。

その一部始終を物陰から見守っていたカマイタチは震えあがっていた。

『お…おっかねぇ…。』

見習いとは思えない強さの二人を目にして、間違えてもあの退魔士には悪戯をしないよう広めることをカマイタチは深く心に決めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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